無題 Name 名無し 19/01/31(木)10:05:33  No.488706

1548896733699
当初の運用方法を間違っていましたかねえ
(´・ω・`)

優れた上昇力、加速力、急降下性能をも備えた新時代の優秀機であったが、反面、旋回性能と航続距離には劣り、翼面荷重が大きい。これらは欧米の戦闘機と比べると標準的な値であったが、格闘戦に秀でて操縦も容易な従来機に慣れていた操縦者には、離着陸の難しさ、航続距離の不足などを理由に嫌われる傾向にあった。
設計に携わった糸川英夫技師は、「「隼」戦闘機は時宜を得て有名だが、自分で最高の傑作だと思っているのは、それの次に設計した「鍾馗」戦闘機である」と戦後の著書に記している。

TAIC(米海軍航空情報部)では、鹵獲した二式戦二型(キ44-II)の1機を使用し実際に飛行テストと性能調査を行っている。報告書によれば「急降下性能と上昇力が傑出しインターセプターとしてもっとも適切な機体」と論じている。同機関では他にも、三式戦・四式戦・雷電二一型・紫電一一型などの鹵獲機を調査しているが、二式戦はこれらの中で迎撃戦闘機として最高の評価を得ている。

無題
Name 名無し 19/01/31(木)13:36:48  No.488717
着陸が難しいのは滑走路が短いからだってさ
コイツで戦った黒江さんが言ってたと
当時戦闘機の標準滑走路は600mで爆撃機は1200m
おまけに伝統の効きにくいブレーキだしな
鍾馗、雷電は爆撃機用滑走路で運用してみたかったよね

無題
Name 名無し 19/01/31(木)19:21:33  No.488727
翼面荷重は欧州戦闘機並みだから特別悪くないけれど、前下方視界は確かに悪いよね。
でも一番の問題は運用環境であって、日本軍の前線飛行場は滑走路は短いわ、路面は凸凹してるわで、高齢者ドライバーの駐車作業並みに危険。
(私も昔、爺さんに轢き殺されかけたことがありますが…(´・ω・`)b)

無題
Name 名無し 19/02/03(日)13:03:58  No.488900
>着陸が難しいのは滑走路が短いからだってさ
米軍の評価でも1000m必要って云ってたねP-51Dの着陸距離を3500フィートで約1050mと規定してるアメリカはイギリスが同じ機体で2600フィート約800mとしてるのと比べて長い例もあるし大概多少マージンを多く取ってるのだろうけど

地上では前が全く見えないと文句言ってた日本陸軍も空に上がれば視界は良好で素直な舵に特に突っ込みの良さと射撃安定性は隼にない利点だと割と鍾馗気に入ってたそうね
失速の危険があるためスナップロールや高速時の背面飛行に制限があったけどダイブズームを多用するからその辺り特に不満は聞かないし
鍾馗といえばかわせみ部隊か85戦隊のイメージが強いけど特に85戦隊の鍾馗はダイブズームに徹して隼相手には速度で優位なP-40も不利な戦いを強いられたことでシェンノートは鍾馗を43年大陸で最も優れた機体なんて評してるから純粋に戦闘機としてもよく戦ってるかな

無題
Name 名無し 19/02/01(金)17:30:01  No.488758
前線で使うべき機体じゃなかったんじゃないの?
まあ最初から本土防空用ということは考えていなかったんだろうけど。

無題
Name 名無し 19/02/01(金)21:05:45  No.488771     
1549022745926
>糸川英夫技師は、「「隼」戦闘機は時宜を得て有名だが、自分で最高の傑作だと思っているのは、それの次に設計した「鍾馗」戦闘機である」


零戦の堀越二郎技師も最高傑作は九六艦戦と言ってるし、技師の考える傑作と用兵側のそれは異なるということで

無題
Name 名無し 19/02/02(土)02:26:54  No.488790
零戦だろうが一式戦だろうが、格闘戦で連合軍機にひと泡吹かせたのは確かだけど、日本軍も基本速度による優位を利用するので鍾馗の正しい運用法を理解してなかったわけではない

鍾馗があまり使われなかった原因はほぼ航続距離の短さ

無題
Name 名無し 19/02/02(土)03:20:37  No.488792
>鍾馗があまり使われなかった原因はほぼ航続距離の短さ
確かに1式戦、3式戦、4式戦と比較するとひと回り短いよね。
南方戦線は飛行場の間隔が長いから、鍾馗は防空任務くらいしか用途がないね。
 
ところで鍾馗の正式名称は「二式戦闘機」であり、「二式複座戦闘機(屠龍)」と区別するために便宜的に「二式単座戦闘機」と呼ばれてたけど、なぜ陸軍は屠龍の名称を「双発戦闘機」ではなく「複座戦闘機」にしたんだろうね?
「双発戦闘機」の方が「単発戦闘機」と区別しやすいと思うんだが? (´・ω・`)

無題
Name 名無し 19/02/02(土)13:32:52  No.488818
>なぜ陸軍は屠龍の名称を「双発戦闘機」ではなく「複座戦闘機」にしたんだろうね?
「陸軍航空本部兵器研究方針」に定められた仕様は「双発」じゃなくて「他座」だったから
ただし、航空本部は二式は単発でも双発でも良しと考えていたわけじゃなくて、他座戦闘機なら双発という前提があった。

無題
Name 名無し 19/02/02(土)03:13:46  No.488791 
鍾馗こそラバウル防空戦みたいなので使われれば活躍しただろうに

無題
Name 名無し 19/02/02(土)08:17:15  No.488801
迎撃インターセプターとしては非常に優秀という折り紙付きなのに、逆に何に使おうとしていたのかね?
他の用途なら隼も飛燕もあるだろうに。

無題
Name 名無し 19/02/02(土)12:47:41  No.488813
その割には末期の対B-29邀撃戦でもあんまり活躍してないよね。
やっぱり12.7ミリではしんどかったんかね。

無題
Name 名無し 19/02/02(土)21:01:49  No.488849
>その割には末期の対B-29邀撃戦でもあんまり活躍してないよね。
>やっぱり12.7ミリではしんどかったんかね。
シンガポールでB-29迎撃にあたった上房良太郎大尉によると
二式単戦は高航性能に劣るので7,000m以上の敵機に対しての高位からの攻撃は無理、それ以下の高度であれば攻撃方法によっては連続攻撃も可能。
一式戦は2型、3型なら9,500m~11,000mまで上昇可能なので敵機の前方に占位できた場合には有効だが、一撃のみで連続攻撃は不可とのこと。
B-29の実用(常用)高度は8,000mとのことでわざわざ高空性能の有利を捨ててまで低空侵入するB-29が少なかったことがあるんでしょうね

無題
Name 名無し 19/02/02(土)22:25:32  No.488855
>B-29の実用(常用)高度は8,000mとのことでわざわざ高空性能の有利を捨ててまで低空侵入するB-29が少なかったことがあるんでしょうね
3月10日の東京大空襲とか2000mぐらいの低高度で飛来してるよ
絨毯爆撃なら高空諦めて搭載量増やすほうが良いし
日本には高高度用迎撃機がないし
4月には護衛のP-51も付いてくるしな

無題
Name 名無し 19/02/03(日)11:00:43  No.488887 l
>二式単戦は高航性能に劣るので7,000m以上の敵機に対しての高位からの攻撃は無理
大気密度の低い高高度では翼幅荷重の高い二式単戦は揚力不足で不利になるよね。
元々エンジンパワーはあるんだから、発展性を考えて、全幅11m、翼面積20㎡くらいに設計していれば良かったんじゃなかろうか。
 
>「陸軍航空本部兵器研究方針」に定められた仕様は「双発」じゃなくて「他座」だったから
ありがとうございます。納得いたしました。

無題
Name 名無し 19/02/03(日)12:46:50  No.488897      
https://may.2chan.net/39/src/1549165610736.jpg
>二式単戦は高航性能に劣るので7,000m以上の敵機に対しての高位からの攻撃は無理

>大気密度の低い高高度では翼幅荷重の高い二式単戦は揚力不足で不利になるよね。
そもそも二式単戦の開発時の仮想敵はSBとかソ連の高速爆撃機だし
ノモンハンの戦訓から高度6000以上で侵入されると九七戦では迎撃困難だから中高度のインターセプターはという開発コンセプトはぴったりだった
まさか出来た頃に高度8000~10000飛べるオバケ重爆がゴロゴロ出てくるなんて・・・

無題
Name 名無し 19/02/03(日)19:50:57  No.488916
>まさか出来た頃に高度8000~10000飛べるオバケ重爆がゴロゴロ出てくるなんて・・・
中には先見の明がある人がいて研究課題として高高度戦闘機の研究やってるけどね
審査部という組織じゃなく個人研究だからつらいよね

無題
Name 名無し 19/02/02(土)22:41:47  No.488857
B-29って色んな理由で時期によって上がったり下がったりしてるんだよね。
硫黄島から戦闘機の友達連れてきたり艦載機の援護があったりでもまた変わるし

あと東京空襲だと早期警戒に穴があって上空待機がし辛いけど、九州方面だと途中にいい感じの島があるから迎撃機も上空に上がれるだけの時間があるそうな
こうなる特定機種の性能だけではどうこうできるものでもないわな

無題
Name 名無し 19/02/03(日)02:28:24  No.488870
生産が止まったから本土防空戦の途中で殆どの鍾馗部隊が四式戦に機種転換してるんだよね
B-29が中低高度を飛んできた45年3月時点で本土で鍾馗を集中運用していたのは70戦隊くらいだし
運用時期にもとことん恵まれなかった機体だと思う

無題
Name 名無し 19/02/03(日)08:34:28  No.488881
プラモデルを買うと他の機体よりもかなり小さいので、こんなに小さいのかと思う反面、これならばもっと安くてもいいのではないかと思ったりする。

無題
Name 名無し 19/02/03(日)11:40:42  No.488888
アメリカ軍からの評価は高いのよね鍾馗

無題
Name 名無し 19/02/03(日)17:23:32  No.488911      
1549182212557
二式単戦を最も早く配備された飛行第47戦隊で、名整備長と謳われた刈谷正意さんの手記によると

「『鍾馗』と後に命名されたこのキ44は、日支事変勃発からちょうど一年後の昭和13年(※1938年)7月1日に陸軍大臣の決裁を経て、陸軍初の重戦闘機として昭和13年度の研究方針で計画された」

「この計画では、従来の巴戦軽戦闘機と、局地戦闘機(インターセプタ―)として敵爆撃機を撃墜する高速度・急上昇性能と重武装を持つ戦闘機2種類を要求した」

「前者はもちろんキ43(のちの1式戦闘機『隼』)だったが、後者は日本で初の機種キ44で、それも海軍の局地戦闘機『雷電』の内示に先だつ14ヵ月前だった」

…んだそうで

無題
Name 名無し 19/02/03(日)17:25:17  No.488912     
1549182317101
一方、同じ頃のアメちゃん陸軍航空隊が次期戦闘機にどんな性能要求を出していたか見てみますと、例えば1939年末の時点で

・高度6100mで「時速400陸マイル(644km)」の速度性能を保証すること
・できれば高度7620mで682km/h以上の速度を達成すること
・想定最適戦闘高度は6100mとするが、高度7620mおよびそれ以上の高度域でも将来出現する敵戦闘機に対抗可能な優良な性能を維持できること
・高度6100mまでの上昇時間は6~7分であれば可とするが、できれば5分以下
・武装は最低限『戦闘機』として有効に使用できるもの
・ただし『迎撃機』としても有効利用できるよう、大型機関砲が装備可であれば望ましい
・戦闘速度での航続時間は単発機で1時間、双発機で2時間

…というものであったそうです

無題
Name 名無し 19/02/03(日)17:26:49  No.488913     
1549182409623
要は日米とも、数年後の航空機がより高速化することを睨んでの要求仕様であったものの、要求性能的には日本側でいう「重戦」はむしろ米側では次期「戦闘機」として普通の仕様に匹敵する、ってコトみたいで、より高高度性能重視の姿勢を含めて、なんとなく彼我の思想の違いが窺われますですな

もっとも、アメちゃんの要求仕様も当時としてかなりハードルの高いもので、コレに近い性能を発揮できる実用機が前線に登場してくるのは1943年頃にまでずれ込むんですが、日進月歩で技術革新が進んで行く当時、数年先の状況を見越して要求性能を設定して、更に実際にソレを実現していくのがどれだけ困難か考えると、当時の方々の苦労の程が偲ばれますですねえ…

無題
Name 名無し 19/02/03(日)20:00:23  No.488918
>要求性能的には日本側でいう「重戦」はむしろ米側では次期「戦闘機」として普通の仕様に匹敵する、ってコトみたいで
日本の場合も「兵器研究方針」では重戦闘機がフルスペックの戦闘機、軽戦闘機は機関砲未装備など軽量化を図った対戦闘機用の補助戦闘機扱いではないかと
無理やり当てはめればハイローミックスのF-15とF-16の関係が近いんじゃないかと思いますが
公文書的には重戦闘機は迎撃機という意図は無いが、現場の人間や製造業者にはこれうまく伝わってなかったんじゃないですかね

無題
Name 名無し 19/02/03(日)23:28:03  No.488939
>軽戦闘機は機関砲未装備など軽量化を図った対戦闘機用の補助戦闘機扱いではないか
格闘戦闘機として充分な武装と出力は持たされて設計してるよ!と技師は怒るだろね
それにキ60とキ61を見れば軽量な61のほうが高性能でそのまま三式戦に採用されてるしな
重戦軽戦とワケワカラン区切り入れた陸軍の不明だね


無題
Name 名無し 19/02/05(火)22:16:21  No.489046

>格闘戦闘機として充分な武装と出力は持たされて設計してるよ!と技師は怒るだろね
陸軍が本当に欲しい重戦闘機はくるくる回る戦闘機ではないのです
それは戦闘機は落とせても重爆は落とせない(ということになっている)軽戦闘機なのです

>重戦軽戦とワケワカラン区切り入れた陸軍の不明だね
陸軍というより、研究方針をうまく噛み砕けなかった業者と発注者(やっぱり陸軍)の問題ではないかと
運用者側ではこれは軽戦、これは重戦というくくりはあまりなかったのではないでしょうか
実際、「軽戦」と認定された機体って殆どないんですよね
一式戦闘機も明野はもっと速度欲しいといってたくらいで、マレー戦がなければ制式化も怪しい
その上、結局機関砲を積み出すから研究方針の文面に従えば軽戦じゃなくなっちゃう

無題
Name 名無し 19/02/03(日)23:04:13  No.488932     
1549202653051
刈谷氏によると、未だ開発段階から関わったキ44は

「その誕生から終焉まで、青春のすべてを投入して哀歓を共にした終生忘れることのできない愛機」

だそうなんですが、

「ひと言に『用兵思想の貧困に災いされた悲劇の戦闘機だった』といっても間違いなかろう」
「もう半年早くその本質『長槍』『一撃離脱』の特性を認識して制式化を早め、長所を延ばして使い込まれたなら、傑作戦闘機として主軸となり得る優れた資質をそなえた飛行機だったといえる」

…なんて書かれておられましたり

無題
Name 名無し 19/02/03(日)23:05:17  No.488933     
1549202717887
また

「この頃(※キ44の試作要求の頃)、世界の戦闘機の主流は600キロ/時以上の速度と銃口馬力の増大を狙った多銃装備の重戦闘機へと向かっており、中でも操縦性能では、水平旋回性能よりも高馬力による上昇力と突っ込みの垂直面戦闘性能に目を移し、高速にともなう旋回性能の不足は、僚機と2機1単位(ロッテ)戦法(略)のチームワークでカバーするものへと進歩していた』

「しかし、わが日本陸軍航空隊一般の戦闘機用法は、相も変わらぬ3機編隊の(略)軽業戦法から抜け出せなくて、その流れから突出する新しい戦闘体形の知恵を出す着想がなかったのが惜しい」

「その風潮にもかかわらず、陸軍航空上層部の欧州航空界の視察で、やっと重戦闘機に目を開いたが、それより前、すでにこの趨勢を見極めていた技研の当路者が、戦闘機王国を自認する中島技術陣と密かにその基礎計画を進めていたことはあまり知られていない」

無題
Name 名無し 19/02/03(日)23:06:26  No.488934      
1549202786947
「だからこそ中島は、新研究方針が決済されるや『得たり応!』と素早く応えることができたのだった」

…なんてありまして、要は陸軍の一部と中島ヒコーキの技術者さん達の中には「重戦」こそ将来の戦闘機のトレンドである、という意識もあり、キ44にもソレが反映されているものの、「戦闘機」の主体はあくまで「軽戦」に置かれたままであった…というのが刈谷さんらの認識であったみたいですなあ

ともあれ、

「非公式に討議されていた重戦闘機の性能は、当時、比較的容易に入手できた欧米の資料で見られた米国のP43ランサークラスより一歩進んだものでなければならない」

無題
Name 名無し 19/02/03(日)23:09:16  No.488935     
1549202956981
…とされたそうなんですが、キ44が超えるべき目安として刈谷氏が挙げているP-43なる機体、米国リパブリック社で1939年頃から開発が進められていた単発単座戦闘機なんですけれども、そのカタログスペックだけで見るとキ44によく似かよった機体でして、エンジン出力が1200馬力(キ44初期型で1250馬力)、武装は12.7㎜4門と(12.7㎜2門・7.7mm2挺)、全長8.69m(8.9m)、全幅10.97m(9.45m)、翼面荷重約163㎏(約170㎏)、最大速度時速573km/時(580km)、航続距離1046km(926km)、自重2,713kg(1994kg)となっておりましたり

無論、細かい点で見れば相違も多く、何よりその野暮ったいスタイルは「鍾馗」のスマートさと大分異なってはいるんですが(棒
一方P-43はこの時点で既にターボ過給機を装備していたりするあたり、先の要求に見られるような、アメちゃん側が将来戦闘機求める者が既に反映されている感がありますですな

無題
Name 名無し 19/02/03(日)23:13:23  No.488936     
1549203203123
ともあれ、既にこういう機体が欧米で普通に実用化されつつあった時期に、日本も匹敵する高速戦闘機を造っておくべきだ!という思想が持たれたのは適切だったでしょうし、後に発動機を1400馬力のハー109に換装したキ44Ⅱ型以降ではめでたく性能的にも「お手本」のP-43を上回った、という事になったというわけみたいなんですな

ただP-43の方も、本来どちらかと云えば急進的に過ぎた将来戦闘機への要求性能を満たせる機体の出現までの「つなぎ」的な存在であったそうで、ヨーロッパ戦線での戦訓の分析等からも性能不足な機体として、早々に米陸軍航空隊からは姿を決しており、WW2ではその後継機筋であるP-47の方が活躍することになるんですよね

刈谷さん曰く、キ44の試作機が完成して、その零号機を用いて強度試験を始めていた頃にちょうど「P47」が噂になっていたそうなんですが、此方が相手に追いつこう、追い抜こうと努力している最中でも、相手は相手で過去作を踏み台に先へ進もうとしていた…って所なんですかね

無題
Name 名無し 19/02/03(日)23:15:12  No.488937     
1549203312105
そういう意味では、「キ44」も「P-43」も共に、戦闘機に求められるモノが変わりつつある言わば過渡期の機体というわけだったのかも知れませんが、この両者、二式単戦装備の飛行第85戦隊が中国大陸に進出した際、一度だけ交戦しているんだそうで

とはいっても、先に述べたように、「大東亜戦争」勃発時、本家アメリカ陸軍航空隊ではすでにP-43は第一線部隊に配備されていなかったんですが、中華民国向けに輸出された機体がまだ中国空軍で運用されておりまして、梅本弘せンせいの「陸軍戦闘隊撃墜戦記」によると、昭和18年11月21日、飛行第25戦隊の「隼」および85戦隊の「鍾馗」数機と16戦隊の99双軽からなる戦爆連合が中国空軍の恩施飛行場を攻撃した際、邀撃に上がったのがP-40・P-43・P-66からなる混成編隊の中国軍戦闘機隊であったんですとか

無題
Name 名無し 19/02/03(日)23:17:06  No.488938      
1549203426383
中国側の記録によると、この時日本軍の編隊にはお馴染みの隼以外に

「緑色に塗られ機種が黒く、重々しいエンジン音で速度と上昇力に優れた新型戦闘機」

…が混じっていたそうなんですが、空戦中P-40を追尾攻撃していた飛行第85戦隊の平井敏明伍長が、中国空軍第21中隊副隊長劉尊=サンの搭乗するP-43に捕捉・撃墜され、この日唯一の日本側未帰還機になっています(中国側はP-66を3機喪失)

飛行第85戦隊は昭和18年7月24日から、同年末までにP-40を9機、P-51Aを2機、B-25を1機確実撃墜(米側記録と照合できたもの)した代償に、空戦で操縦者12名を失っているんですが、内11名がP-40との交戦によるもので、残る1名がこの平井伍長の例になるんだそうで
ただの偶然と言えばそれまでなんですが、開発段階で(一方的にですが)ライバルと目されていた機体同士と思って読むと、ちょっと印象に残るエピソードではある気がします…w

無題
Name 名無し 19/02/04(月)08:48:17  No.488959
>過渡期の機体
逆に、最初から鍾馗に米軍なみに機銃載せてたら重量過大で不採算になってそう

最初からいきなりサンボルなみの機体作っててもまず受け入れてもらえなかっただろうし、そう考えたら鍾馗って結構ギリギリのラインだったのかなあ

無題
Name 名無し 19/02/05(火)07:17:30  No.489015
>最初からいきなりサンボルなみの機体作っててもまず受け入れてもらえなかっただろうし、そう考えたら鍾馗って結構ギリギリのラインだったのかなあ
開発時期が近い外国の(空冷式の)重戦といえばドイツのFw190Aがあるね。
両機を比較すると鍾馗の方が主翼が少し大きく、胴体はほぼ同じ大きさ。
もう少し主翼を大きめに作っておけば発展性に余裕が生まれ、わざわざ三式戦や四式戦を開発せずとも、改良だけでも終戦まで十分に通用する性能になったのではないかな。
その方が生産ラインを合理的に整備できただろうし。
 
        全長  全幅  翼面積  自重   発動機  最高速度 武装
キ44-II丙  8.85m 9.45m 15.0㎡  2100kg 1450hp  605km/h 12.7㎜×4
Fw190A-3 8.80m 10.5m 17.7㎡  2900kg 1800hp  610km/h 7.92㎜×2、20㎜×4

無題
Name 名無し 19/02/04(月)11:26:01  No.488965
ノモンハンでは7.7mm機銃ではソ連の重爆を中々落とせなくて、弾切れになるまで撃ち込んでやっとおとせた事例もあるとか
二式単座戦闘機に限った話じゃないけど、12.7mmと7.7mmみたいな混載してる機体って、本当は12.7mmで纏めたいけど機銃の製造が追い付かないからやむなく混載になったんだって

無題
Name 名無し 19/02/06(水)19:35:01  No.489101
1549449301585
本土防空戦時に飛行第47戦隊戦隊長を務めた奥田暢陸軍少佐によると、「鍾馗」という機体は

「卓抜した上昇力、スムースなひねり込み、および加速突進間の安定、蝶型フラップの妙味、空中におけるこれ等の機能は、戦闘機乗りにとっては忘れられぬものであり、着陸の困難さなどは、現在のジェット機からくらべれば問題ではない」

…そうなんですが、

「もし鍾馗に排気タービンをつけ、20ミリ砲を装備していたならば、戦闘の様相ははなはだしく変わっていたに違いないのだ」

…というのは、逆に言えばソコだけが不満点だった、って事になるんでしょかねえ

無題
Name 名無し 19/02/06(水)19:37:29  No.489102
1549449449727
因みにまたまた刈谷氏の手記に依りますと、

「武装は胴体内に7.7×2と(略)13ミリ砲×2を装備したが、後に40ミリ翼砲や13ミリ砲×4などと装備の変遷はあったものの、当時は銃口全勢力では米国機の13ミリ砲の多銃装備よりは貧弱な武装だった」

「海軍の零戦はすでに破壊力の大きい20ミリ砲を装備していたが、一味足らないキ44の砲装備は陸軍の指定だから、中島には関係ない」

「キ44の姿を特長づけるのは、まずお義理につけたようにMe109よりちいさい全幅9.45メートル、面積15平方メートルの主翼(略)性能を左右する主翼面積は、小さければ小さいほど全空気抵抗が少なくて速度も出るし、縦軸回りの運動も機敏になるが、小さくなる縦横比の不利をおぎないながらも、やはり全体の重さを支える揚力を出す必要から限度がある」

無題
Name 名無し 19/02/06(水)19:38:06  No.489103
1549449486500
「『Me109よりも小さい翼幅や面積15平方メートルの数値決定には、一番苦慮した』と、糸川博士は述懐されているが、1号機製作後の翼面荷重は計画より14キロもオーバーした」

…なんてあるんですが、一方碇義朗氏の「決戦機疾風/航空技術の戦い」の中に、こんな部分が有りましたり

「(※キ44の)空力設計は(略)空力班長糸川英夫技師が主になってやった。重戦か、軽戦かの論議がやかましくなった理由のひとつに、戦闘機同士の空戦のほかに、来襲する敵爆撃機の邀撃が問題となりつつあったからで、海軍でも(略)少しあとに14試局地戦闘機(のちの雷電)の計画をスタートさせた」

「対大型機の戦闘では旋回性などよりはむしろ上昇力、スピード、強力な火力などが重視される」

無題
Name 名無し 19/02/06(水)19:38:48  No.489104
1549449528672
「この観点からすれば、97戦は典型的な対戦闘機用戦闘機であり、キ43はどっちつかずの性格、そしてキ44は対爆撃機用戦闘機となり、糸川はこの目的のための理想実現をめざし、きわめて野心的な手法を用いた」

「武装は強力な20ミリ機関砲を装備し、翼幅は10メートルを切り、翼面積は世界最小とし、来襲する敵爆撃機を邀撃するのに必要な上昇力は世界最大をねらった」

「最終的に決まった主翼は、翼幅9.5メートル、アスペクト(縦横)比6、翼面積は思い切って15平方メートルとした。これはかなり大胆な決定だったが、空力研究班では97戦の試作時代に、翼面積を系統的に変える実験を16.4平方メートルまでやってあったので、このときの結果と経験が裏付けとなっていた」

無題
Name 名無し 19/02/06(水)19:40:05  No.489105
http://may.2chan.net/39/src/1549449605646.jpg
「重戦、軽戦のひとつの目安である翼面荷重は147キログラム/平方メートルに達し、キ27の約90、キ43の約100に対して、重戦の性格がありありとうかがわれるが、主翼面積についても当時、キ44の設計上のライバルと目されていたドイツのメッサーシュミットMe109の16平方メートルより1平方メートル少ないことがわかり、設計室では、『やった、やった』と快哉を叫んだという」

この記述を信じるなら、糸川せンせいらによって構想されていた時点での「プレキ44」的機体では20ミリ機関砲搭載を予定していたことになりますし、「鍾馗」の特徴的な小さい主翼は、予定性能実現のために端から「世界最小」を目指して企画されたものだった、ということになりますですな

キ44の主翼が「Me109 」より小さいと知って設計者が喜んだ、なんてのも興味深いトコロなんですけれど、先の刈谷氏の回想の中にも「Me109よりちいさい」なんて表現が出てくる辺り、当時の開発現場では「Me109 」を意識するフインキが全般にあった、って事なんですかしらん

無題
Name 名無し 19/02/06(水)19:41:17  No.489106
1549449677736
ただこの「世界最小」の「鍾馗」の主翼、後の日本本土防空戦での対B-29高高度邀撃戦では、発動機の高空性能の不足と相まって「鍾馗」の泣き所になってしまい、刈谷氏をして

「防空戦闘機として開発された(略)「鍾馗」は、結論からいえば性能不足だったというほかない(略)技術開発思考がワンステップ遅れていた結果である」

…なんて嘆かせておられましたり

「ハ442000馬力で主翼面積19平方メートルの2単Ⅲ型試作の記録もあるが、時すでに遅し。せめてスピットファイアの例もある先端翼交換で対応できなかったか、とは後知恵というべきか」

…なんてのは、如何にも整備の立場から「鍾馗」の戦力を支えた方らしい所見なんですが、スピットみたいに武装の違うAウイング・Bウィング・C…と交換できる「鍾馗」とか、確かに想像してみますと、実にカッコよさげではあります…w

無題
Name 名無し 19/02/07(木)11:07:37  No.489133
無駄なものというか、機体をギリギリまで切りつめて高性能を狙うのがコンセプトなら、発展性が犠牲になるのはしょうがないよね

まあ日本機はみんなそんな感じだけど

無題
Name 名無し 19/02/07(木)16:59:17  No.489142
機体開発には数年かかるけど、数年の間の技術革新が予想より早かったら
完成した時点で時代遅れ、とかシビアな商売だよね

逆に今の戦闘機とか、最初から数十年使うつもりで設計してるのと凄く対照的だと思う

無題
Name 名無し 19/02/08(金)07:05:07  No.489171
>逆に今の戦闘機とか、最初から数十年使うつもりで設計してるのと凄く対照的だと思う
当時だと平均寿命3年と言われてた
bf109とか長寿だったんだなぁ

無題
Name 名無し 19/02/08(金)10:49:48  No.489176
>スピットみたいに武装の違うAウイング・Bウィング・C…と交換できる「鍾馗」とか、
>確かに想像してみますと、実にカッコよさげではあります…w
発動機のない三式四式なら…
真面目な話なら発動機にもっと出力あればですねえ

無題
Name 名無し 19/02/07(木)20:29:50  No.489153
「キ44(鍾馗)」と同じく「重戦」として開発された機体では、川崎の「キ60」なんかもあるんですが、そのだった設計者の土井武夫さん曰く

「戦闘機は(略)近い将来における敵国の飛行機の性能とその戦闘方法とを十分に調べ上げた上で、これに勝つ戦闘方法を研究し、必要な上昇力や運動性などを与えなければならない」

…として、

「戦闘機の設計は実に世界各国を相手にした死闘であった」

…なんて述べてらっしゃいましたり

戦闘機設計者さんらにしたら、同時期に他国で飛んでいる、又は飛ぼうとしている機体を意識せずにお仕事は出来ない、ってことなんでしょかね

無題
Name 名無し 19/02/07(木)20:30:32  No.489154
「(戦闘機は)敵のあらゆる種類の飛行機を容易に捕捉してこれらを打ち落とす能力を備えていなければならない(略)高速、重火器と運動性とは技術上相反する要素であるから、これらの要素をどう調和させ、どう発揮させるかが設計者の苦労するところである」

「当時の海外での一般的傾向は、速度向上への邁進であり(略)戦闘機は、つねに優勢な数をもって、高位置から高速をもって襲いかかり、ついで急上昇して離脱するという、いわゆる一撃離脱の戦法を主とする傾向にあった」

「この方針で一貫することは、設計者にとってはむしろ楽なことであった。しかし敵機の中には(略)十分運動性を考慮して計画されたのもある。とくにしばしば劣勢な機数で戦わなければならないわが軍の将来を考えると、問題はますます沸騰し、かつ深刻にならざるを得なかったのである」

無題
Name 名無し 19/02/07(木)20:33:34  No.489156
「激しい論争の後に、科学技術と空戦戦法との間に一つの妥協点が見出された。これは、高速、重火器に重点をおき、局所的には必ず優勢な数をもって戦う”重戦闘機”と、運動性(軽快性)に主力を注ぐ”軽戦闘機”とに機種を分けて、おのおのその任務と戦法を区別して行動するという考え方である」

…との事なんですが、今の私らからすれば、結局時期FXを重戦/軽戦の2本立てで要求するというのは非効率的というか、一機種で行ければそれに越したことはないと思える所もあるんですけれども、当時としては逆に、限られたリソースの中でいかに巧く戦うか、という事を検討した結果である…というのは、機体開発を請け負う設計者さんたちの間でも認識されてはいた、って事なんでしょかねえ

無題
Name 名無し 19/02/08(金)16:00:05  No.489183
何かの本で読んだような

”零戦21があれば隼はいらなかった。
1式陸攻があれば97重や百式重はいらなかった。
鍾馗があれば雷電はいらず、
四式戦があれば紫電も不要。
そして五式戦は本来、三式戦として登場しているべき機体だった

もともと国力貧弱なところに陸海それぞれで似たような機体を数ばかり増やして効率の悪い戦い方をしていた”

無題
Name 名無し 19/02/08(金)21:42:33  No.489187
>もともと国力貧弱なところに陸海それぞれで似たような機体を数ばかり増やして効率の悪い戦い方をしていた”

もっともらしい事を言っているようでその実だめな例では
陸軍と海軍の仕様要求が異なるのだから一見にているように見えて、その実中身は全く別物
航空撃滅戦向けの小型のかさばる焼夷爆弾マシマシの陸軍重爆の代わりに魚雷攻撃の得意な一式陸攻とか渡されてもどうしろと
第一陸海軍双方の需要を満たせるのか?

無題
Name 名無し 19/02/08(金)22:18:06  No.489189
>第一陸海軍双方の需要を満たせるのか?
まあ飛龍-靖国の例はある
目立たない陸上偵察機も九七式、百式の司偵コンビは海軍も採用してるしな

無題
Name 名無し 19/02/08(金)22:25:43  No.489190
それ言いだすとアメリカを仮想敵にしてた海軍と
ソ連中国と大陸での戦闘を想定してた陸軍って時点で
もうどうにもこうにも

無題
Name 名無し 19/02/08(金)23:21:37  No.489191
http://may.2chan.net/39/src/1549635697126.jpg
>五式戦は本来、三式戦として登場しているべき機体だった


三式戦のころの金星エンジンは5×型だから非力でつかえない。
6×型になるには速くとも19年で疾風と同じぐらいの時期になる。
というのはその話が出てた頃にはあまり知られてなかった話。
90年代から見てもそれなりに歴史としての検証は進んだよなぁ
欧州ほどには無理だけど

引用元: https://may.2chan.net/39/res/488706.htm    
   

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