空自の日本防空史56
燃料残り500ポンド


文:nona

56
2018年の百里基地航空祭で展示された、降着装置を下ろした状態で飛行するF-4EJ改

永遠の翼 F-4ファントム
小峯 隆生
並木書房 (2018-11-09)
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ヒットバリアーなしで奇跡の制動

 豪雨の中、硫黄島基地の滑走路に機体をねじ込んだF-4EJ。接地の瞬間に記録された加重は「+6G、-4G」という、すさまじいものでした。

 後席に搭乗していたCajunの氏も、「墜ちた」と表現するほどのハードランディングでしたが、正規の接地点から2000フィートもずれ、滑走路が濡れていたにもかかわらず、機体は十分に減速されていました。

 空母艦載機として設計されたF-4は降着装置が頑丈に設計されており、空自のF-4EJは他機よりも強めに接地することで、滑走距離を短縮するテクニックが使用できたそうです。

 今回の着陸は、かなり際どいものでしたが、それゆえ速度を大幅に減じられたのかもしれません。(当然ですが、性能書に、この荒技は書かれていないそうです。)

 ともかく、機体の減速に気付いたCajun氏は、パイロットにアレスティングフックを上げるよう指示。F-4EJは自力で制動し、オーバーランエリアでUターン。急いで滑走路を離れました。

 もし先に降りた2番機が着陸拘束装置のワイヤをつかんだ場合、通常は再セットに15分はかかり、その間に1番機が燃料切れで墜落してしまうのです。


自分が死にそうになってもモノを大切にする

 2番機の配慮もあり、1番機はただちに滑走路に進入したものの、視界の悪化で滑走路を見つけられず、やむなくゴーアラウンド。燃料は残り500ポンドまで減少していました。

 この状況で指揮をとっていた織田飛行班長は、突然ある事を思い出し、「タンクを捨てたか?」と1番機に問いかけます。

 これに対し乗員は「捨ててません」と、まさかの返事。
 織田氏は「バカヤロー、落とせ。パニックボタンを押せば全部落ちる」と急いで指示を送ります。

 ドロップタンクによる空気抵抗はかなり大きなもので、もっと早く投棄されるべきでしたが、 平素には「装備品」として捨てずに持ち帰ることが多く、それゆえ乗員も緊急時の扱いを忘れてしまっていたようです。

 古いノンフィクションの戦記小説を読みますと、客観的には重要と思えない物品を、危険を冒して回収しに行く例があったりしますが、織田氏も「日本人は不思議だよねぇ。自分が死にそうになってもモノを大切にする。」と回想しています。


帝国海軍の管制官、状況がわかってない。

 最後の着陸進入をおこなうにあたり、同島の着陸誘導管制に不安がありました。
 硫黄島の着陸誘導管制は1986年から海上自衛隊が担当していました。しかし、彼らはジェット戦闘機の着陸管制に慣れておらず、今回の悪天候下で管制を任せるのは不安、と感じられたそうです。

 すでに海自管制官の誘導で着陸したCajun氏は、彼らの無線の受け答えについて「帝国海軍の管制官、状況がわかってない。心もとない反応」と回想しています。

 そんな時、空自の管制官である大山1尉が、急きょ管制を交代。交信もスムーズなものとなり、着陸を成功させる可能性も高まりました。

 ただし、大山1尉は硫黄島での管制業務資格を持っておらず、これは航空法に違反することでもありました。


「パワー、パワー、パワー」

 1番機は視界不良の中、大山一尉の声を頼りに最後のアプローチを開始します。そしてPARの誘導限界に達した後、パイロットは必死に滑走路を探しました。

 この時モーボ(滑走路脇に設置される移動式管制塔)に派遣されたパイロットは、F-4EJが雲の中から現れ、90度近いバンクをとりつつ滑走路に機体をねじ込もうとする姿を目撃しています。

 彼は咄嗟に「パワー、パワー、パワー」と絶叫の無線を発しますが、機体は再び雲と雨に隠れ見えなくなりました。指揮所にいた織田氏の脳裏には機体が地面に衝突する様がよぎりまます。


グッドヒット

 ほどなくしてF-4EJから「グッドヒット」の無線が発されます。これは同機のフックがBAK-12ワイヤーにヒットし、制動に成功したことを伝えるものでした。

 同機が記録した衝撃は+7Gから-4G、燃料はたったの400ポンド。色々な意味でぎりぎりの着陸でした。
 地上で見守っていた織田氏らは、万歳で全機の無事を祝い、その晩は豪雨の中着陸に成功した4名の生還祝いとして1週間分のビールを飲みほした、という話です。

 また、1番機の生還に尽力した大山一尉は、織田氏らの嘆願もかなわず、規則違反をとがめられたのですが、注意処分に留まり、同時に三級賞詞も授与されています。

 織田氏いわく、処分と表彰を同時にうけたのは大山1尉が空自初。「空幕は粋なことをやった」とのこと。

 なお、大山1尉は後に当時の状況を織田氏に語ったとき、「お前は何をしているんだ。お前がコントロールしろ!」との声が硫黄島の地中から聞こえ、その声に押され管制を交代した...と告白しています。


硫黄島から帰れない

 奇妙な話は続きます。事件から数日後、硫黄島での訓練を終えた6機は硫黄島基地を離陸しました。ところが、1機のエンジンが故障し、全機で引き返すことになったのです。

 程なくしてC-130輸送機が予備のエンジンを空輸し、換装の後にテストフライトが実施されました。そして2日後に再出発が可能となったのですが、今度は百里基地が連日の天候不良で、出発できませんでした。

 一連の出来事は偶然だったのかもしれませんが、当事者は不吉に感じたようで、エンジン故障機のパイロットだけがC-130で帰るよう命令されました。彼が「祟られた」と思われたのです。そのようにしたら何事もなく全機が百里基地に帰投できた、とのこと。

 このトラブルについて織田氏は「人知では計り知れない何か」のためだ、と信じているようです。


貨物室は空ですが

 硫黄島で起きる怪奇現象の数々については「ジェットパイロットが体験した超科学現象」という佐藤守元空将の著作でもいくつか取り挙げられており、そのひとつに「貨物室が空なのに、輸送機が重くなり離陸滑走距離が伸びる」という不思議な現象が紹介されています。

 この輸送機は本土へ帰投する定期便だったのですが、機長は機体が重く感じることを不思議に思い、貨物室係に状況を尋ねます。

 彼は「貨物室は空ですが、うれしそうな声で充満しています」と不可解な報告を返したのですが、機長はその意味を理解。

 空の貨物室に向かって「本気は本土に直行します。長い間ご苦労様でした。」と挙手の敬礼。まもなくペイロードは通常通りに回復した、というのです。

 硫黄島は本土よりも気温が高いため、実際に離陸滑走距離も伸びやすく、そういう意味では機体も重く感じられるそうです。

 しかし、佐藤氏の解説によると、同島を離陸する際は気象状況と機体重量を入念に測定計算し、安全に離陸できるよう準備するものであり、

 意図せず上記のような現象がおきてしまうのは、やはり目に見えない誰かが機内に乗り込んでいたから、としか説明できない...とのこと。

 ...にわかに信じがたい話ですが、そのような超科学的現象が数多く発生するのが硫黄島、という土地の特性のようです。


 次回は硫黄島シリーズの最終回、同島で運用された無人標的機、UF-104を解説いたします。


参考

永遠の翼 F-4ファントム(ISBN 978-4-89063-378-4 小峰隆生 2018年12月20日)

ジェットパイロットが体験した超科学現象(佐藤守 ISBN978-4-7926-0448-6 2011年4月11日)

True Mach 音速の彼方へ FUEL
http://www2m.biglobe.ne.jp/~ynabe/mach/fuel.htm

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