無題 Name 名無し 19/01/17(木)19:59:42  No.487944

800px-Hurricane_r4118_arp
wikipedia: 作者Adrian Pingstone パブリックドメイン

ハリケーンスレ
頑張ったのに褒められない子に愛の手を

無題
Name 名無し 19/01/17(木)20:42:44  No.487952      
戦場ロマンシリーズ 全5巻完結(文庫版) [マーケットプレイス コミックセット]
戦場ロマンシリーズの
「白骨の吠える丘」「ハリケーン・キャット」を読みましょう

無題
Name 名無し 19/01/18(金)02:10:58  No.487982      
日本は資源が乏しいのに無理して全身軽合金の飛行機ばかり造っていたけど、羽布張りの飛行機を造っても良かったんだよね。
その点英国は羽布張りの戦闘機や木製の高速爆撃機を造ったし、ソ連も木製の戦闘機を大量生産してドイツ軍を迎え撃った。
「必要な時に必要なものを必要な数だけ調達する」ことは大切。
もし英国空軍にスピットしかなかったらBOBで大きな被害を被っていたのは間違いないだろうし。

無題
Name 名無し 19/01/18(金)02:47:57  No.487983
そりゃ糞みたいなエンジンしかつくれねーんだもん
無理してでも軽いひこーき作るしかないわなあ・・・

無題
Name 名無し 19/01/20(日)08:29:31  No.488122      
https://may.2chan.net/39/src/1547940571276.jpg
>英国は羽布張りの戦闘機や木製の高速爆撃機を造ったし、
ソ連も木製の戦闘機を大量生産してドイツ軍を迎え撃った。
木製機そんな簡単に造れるものではなかった

無題
Name 名無し 19/01/20(日)23:33:27  No.488165
>木製機そんな簡単に造れるものではなかった
ドイツが接着剤で失敗して頓挫してるな
釘?が腐食して落っこちたとか

無題
Name 名無し 19/01/21(月)01:41:08  No.488169
>木製機そんな簡単に造れるものではなかった
だって鬼畜米英の爆撃機が接着剤工場を爆撃するんだもん。
ご飯粒で木材を接着しろってか?(´・ω・`)

無題
Name 名無し 19/01/18(金)06:56:04  No.487992
7.7㎜ × 12丁の火力を見せてやる

無題
Name 名無し 19/01/18(金)07:14:12  No.487994
ハリケーンはハリボテだから強い

無題
Name 名無し 19/01/18(金)12:03:36  No.488004
てかメーカーの都合だけどね
羽布張りにせよ木製機にせよ
「伝統にこだわって技術革新忘れました」な感じ

無題
Name 名無し 19/01/19(土)03:27:05  No.488038
羽布張りの機体って最高速度はどれくらいまで出るんだろう? (´・ω・`)?
布というか繊維の種類や品質にも拠るんだろうけど、例えばパラシュートの素材にもなったシルクを使ったなら、軽くて抵抗の少ない機体に仕上がるんじゃなかろうか?
ちなみに蜘蛛の糸から紡いだ繊維が世界で一番軽くて強いらしいそうですけど。

無題
Name 名無し 19/01/19(土)04:57:32  No.488043
>ちなみに蜘蛛の糸から紡いだ繊維が世界で一番軽くて強いらしいそうですけど。
ミノムシの糸が更に上行くらしいよ

無題
Name 名無し 19/01/19(土)10:53:39  No.488060
>シルクを使ったなら、軽くて抵抗の少ない機体に仕上がるんじゃなかろうか?
ロマンは有るけどそれを量産や武人の蛮用に応えられるかとなると…

無題
Name 名無し 19/01/19(土)09:59:12  No.488056      
1547859552882
使い捨て任務にも就きました
パイロットは極寒の海に不時着水

MAC(Merchant aircraft carrier)
Name 名無し 19/01/20(日)06:28:48  No.488119      
https://may.2chan.net/39/src/1547933328197.jpg
>使い捨て任務にも就きました

>パイロットは極寒の海に不時着水
何という鬼畜な人権思想! さすが(大英)帝国海軍よ。
まぁCAMシップはちょっと残念なアレだったけど、MACシップの方は実用的だったね。
護衛空母の量産体制が整うまで見事にストップ・ギャップの役割を果たした。
日本海軍も同様な鷹野型給油艦を計画したけれど結局実現しなかった。
もしも開戦前から準備して置いたなら商船の被害もかなり減らせたかも…。

無題
Name 名無し 19/01/19(土)13:19:13  No.488067      
https://may.2chan.net/39/src/1547871553855.jpg
>パラシュートの素材

薄いくせに手ぐらいじゃ裂けない(実際にやってみた)

しかしやたら布張りにしても強度部材としては役立たずでフレーム側補強が必要になるため単純に軽量化とはいかず高速では変形による空力上の悪影響も出てくる
まぁ全金属機でも部分的には布張りという機体は幾つもあったよ

無題
Name 名無し 19/01/21(月)06:04:38  No.488180
戦時中はカゼインの生産が優先されて国民はほとんど牛乳が飲めなかった
その環境で育った子供が小学校に入って、終戦直後に与えられたのが脱脂粉乳…

無題
Name 名無し 19/01/21(月)21:04:31  No.488225
零式とか当初は金属製だったけど戦争末期は資材が無くて布どころか紙製のパーツもあったとか聞いたけどガセですかね?

無題
Name 名無し 19/01/22(火)23:39:13  No.488325      
https://may.2chan.net/39/src/1548167953157.jpg
>零式とか当初は金属製だったけど戦争末期は資材が無くて布どころか紙製のパーツもあったとか聞いたけどガセですかね?

機体の構造部材ではないですけど、落下式増槽は竹の骨組みに紙を貼ったりとかして資材倹約に努めたんだと
日本だけでなく米軍でも紙製の増槽を作ってますが、これは敵地上空で切り離したタンクが敵に入手されたときにアルミ資源として利用できないようにするためらしいです
paper drop tank で検索すると色々出てくる

無題
Name 名無し 19/01/22(火)23:08:59  No.488318      
https://may.2chan.net/39/src/1548166139947.jpg
「ハリケーン」でも採用されている薄肉鋼管の基本骨格に、木製の肋材や縦通材で機体外形を成型するやり方は、ホーカー社のフレッド・シグリスト=サンという技師さんの考案にんるものだったそうなんですが、コレを初めて採用したのが単発複葉複座の「ハート」軽爆撃機で、設計者はこれまた「ハリケーン」と同じシドニー・カム=サンであったそうです

1928年6月に初飛行した「ハート」は卓越した性能を発揮してめでたく制式機となり、その高性能ぶりから戦闘機型の「デモン」、熱帯地用の「ハート・インディア」、「ハート・スペシャル」、南アフリカ用の「ハート・ピーズ」、中近東用の「ハーディ」、陸軍直協機型「オーダックス」、艦上機型の「オスプレイ」、練習機型「ハート・トレーナー」、改良型「ハインド」「ヘクター」など多数の派生機も産まれているんですとか

無題
Name 名無し 19/01/22(火)23:10:40  No.488319      
https://may.2chan.net/39/src/1548166240841.jpg
総生産数は合計で2874機と戦間期軍用機としては多数に上り、1934年にはエゲレス空軍に納入される機体8機中7機は「ハート」系統の機体で、1936年も新編成の4個スコードロン中3個が「ハート系」機体装備、その後もWW2勃発の年の1939年まで運用されていたというベストセラーで、ホーカー社の発展にも大きく貢献した機体であったそうで

尤も、これだけの需要にホ社のみで応えるのは不可能で、アームストロング・ホイットワース、アブロ、ボールトン・ポール、ブリストル、グロスター、ヴィッカーズ、ウェストランド…と、当時の英国の主だった航空機メーカー全てが「ハート」系統機の生産に参加したそうなんですが、言い換えれば「ハート」の生産・運用を通じて、生産サイドから軍側の現場サイドに至るまで多岐に渡って、非常に多くの人達がそのホーカー社式の機体構造について経験と知識を積んでいた、って事みたいなんですなあ

無題
Name 名無し 19/01/22(火)23:12:30  No.488320      
1548166350815
とはいえ1939年のWW2勃発時で、鋼管骨組式は既に旧式であったというのは否めない事実ではあったとは思われるんですが、例えば開戦までに配備されていた「スピットファイア」299機と、「ハリケーン」578機の生産に掛かったマン・パワーを比較すると、「スピット」の2400万人・時に対して「ハリケーン」2000万人・時、1機当たりでは約8万人・時対4万人・時となり、単純に考えて「ハリケーン」は「スピット」の2倍の生産となる…なんて数字があるそうです

これは当初スーパーマリン社に充分な生産能力がなく、機体生産のかなりの部分を「下請け」に回していた影響もあると思われるんですが、一方やはり機体設計上より複雑な工程を含み、生産準備や拡張にも時間を取られた「スピット」と、よい意味で機械工や組立工に馴染み深い構造の「ハリケーン」…という差が出ているんじゃあないんでしょかね

無題
Name 名無し 19/01/22(火)23:14:48  No.488321      
1548166488119
また別の数字によると、開戦時に第一線に配備されていた「ハリケーン」は18個スコードロン(497機)であったのに対して「スピット」は9個スコードロン、BOBが激化していた達した1940年8月半ば頃で32個対19個となり、数でいえばBOBの全期間を通じてRAFの主力戦闘機は「ハリケーン」であった、という事になるんだそうで

また堅牢・シンプルな「ハリケーン」の機体構造は前線各部隊での現地修理もより容易で、ドイツ空軍との真っ向からの殴り合いになったBOBにおいて、常に「ハリケーン」が「スピット」より多数を用意できた、というのは、生産性に更にそうした要素が加わっての事だったのかも知れませんですし、その背景には「ハート」以来ほぼ10年間に渡って愛用され続けてきた、ホーカー社方式の実績があったのかもですな

無題
Name 名無し 19/01/22(火)23:16:28  No.488322      
1548166588992
ただ、レン・デイトン=サンの「戦闘機」には、シドニー・カム=サンが「ハリケーン」の原型となる新型戦闘機の設計案をまとめるにあたって

「ただし経済的理由から、彼はホーカー社のすでに手持の冶工具のみしか用いない方向で極力この設計を進めることにした」

…なんてエピソードが紹介されておりましたり

「経済的理由」というのが、新設備に投入できるだけの手持ちがなかったのか、或は単に今まで大量に導入した鋼管式胴体の製造設備を無駄にしたくないだけだったのか、というのはコレだけでは判断が付きかねるんですけれど、仮に新技術の導入に積極的な設計者さん(例えば「スピット」のミッチェル=サンのような)なら、いくら自分の過去の成功作とは言え、10年前と大して変わらない方式で作れ!と言われるのは結構忸怩たるものがありそうなんですが、結局「花形」の主任設計者とはいえ会社の社員、色んなシガラミから自由ではあり得ない…ってハナシなんでしょかねえ

無題
Name 名無し 19/01/23(水)01:15:22  No.488331
木製の機体は気温の変化や高い湿度で接着剤が劣化するという問題があるよね。
モスキートは欧州戦線では活躍できたけれど、高温多湿の東南アジアの戦地では配備される先から接着剤が劣化したり、木材が腐食したりで次々と飛行不能になったし、ソ連のヤコブレフやラボーチキンの戦闘機もロシアの厳しい気候では、やはり数年で飛行不能になってしまい、戦後に慌てて全金属製のレシプロ戦闘機を開発、生産した。
(そのせいでヤコブレフとラボーチキンの設計局はジェット機の研究が遅れてしまい、戦後はミコヤンとスホーイに主役の座を奪われることになった。)
 
一方ハリケーンは欧州だろうとアフリカ、アジアだろうと地域を選ばずに活躍したので、羽布張りの機体の方が木製よりも気候の影響を受けづらかったんじゃないかな。
木製機は表面を滑らかにできるので、抵抗を減らして速度面では有利になるけど、あまり高速を要求されない機種なら羽布張りの方がメリットが大きかったかな。
九九式襲撃機辺りの機体だったら羽布張り式でも全然OKだったように思う。

無題
Name 名無し 19/01/23(水)21:09:43  No.488357      
特種製紙という、今は吸収合併で無くなった製紙会社の社史に、「大東亜戦争」中の活動についての記述もあるんですが、その中に軍からの要請で紙製の「機上塔載砲身」なるものを試作した、なんて有りましたり

「これは鉄とパルプ単繊維の強さを断面一平方ミリメートルの強度で比較して、さほどに劣らないことから発足したもの」

…とあるんですが、なにぶん簡潔過ぎて依頼元がカイグンさんだったのかリクグンさんだったのか、どのような砲弾の発射に用いられたのか、試験結果はどんな感じだったのか…等、一切詳細が未だ分からないんですが、実際どういうモノだったんですかしら…

無題
Name 名無し 19/01/23(水)21:12:19  No.488358     
1548245539417
因みに余談ですが、戦中の日本での航空機用木材接着剤について、海軍技術中佐だった野間口兼良さんが「木に金を接ぐ」と題した手記を残されているんですが、曰く

「木製飛行機のためには是非共優秀な木材接着剤が必要であった。又、木材と金属を補長し、それらの欠点を救済するために考えられる木金混合の設計には、木材と金属とを接着する優良なものが必要である」

「海軍では初期には、骨膠を使いその後カゼイン接着剤を使用したが、硬化時間が長く、少くとも二日間はかかり耐水性が弱いので、之の代りに、ドイツのカウリット接着剤にまねて尿素樹脂接着剤を昭和11年に(略)作り、かの有名な上海渡洋爆撃の頃の急速工事に使用し着効をあげた。之であると30分位で硬化して製品が使用できる状態になる」

無題
Name 名無し 19/01/23(水)21:13:05  No.488359      
「然し新しい新しい優良製品が出来ても現場では永年使いなれたミルク・カゼイン接着剤を好み、尿素接着剤に仲々なれないので、その普及には苦心をした」

「我々技術者が考えるとすぐ採用してもよいことを現場技術者は仲々採用しない。之は一つは新しいものを吸収するのが面倒なことと、飛行機の場合には若し使用上の誤り又は未研究の要因で墜落事故でもあると非常に困ったことになるからである」

「昭和11年、その新しい接着剤が出来てから現場で全面的に使用するに至る迄約3年間かかった。その後更に本品を改良して(略)終戦の頃は全面的に愛用された」

…との事
長年親しんだやり方を変えるに当たって、現場との折衝が一苦労になる…というのは日本でもあったというか、世界の何処でも(そして昔も今も)新たな技術開発に関わる方々の悩みの種であった、ということなんでしょかね

無題
Name 名無し 19/01/24(木)01:48:59  No.488369
>「機上塔載砲身」なるもの
そんなモノまで開発されていたなんて驚きました。
パルプ製の砲身ということは砲腔圧力が高いと壊れるでしょうから使い捨ての無反動砲の類ではないでしょうか。
1発撃ったらパルプ砲身を投棄して身軽になって飛行する感じの。
無反動砲の弾速は低めなので飛行機が相手とは考えにくいので、やはり目標は艦船か地上の陣地と考えるのが妥当でしょうかね。

無題
Name 名無し 19/01/24(木)22:17:28  No.488408
>その中に軍からの要請で紙製の「機上塔載砲身」なるものを試作した、なんて有りましたり
幕末か!!
しかし使い捨てロケット架なら出来次第ではありかも
適切な樹脂とオートクレープ窯があれば…ないなあ

無題
Name 名無し 19/01/24(木)00:10:40  No.488366      
https://may.2chan.net/39/src/1548256240839.jpg
ハリケーンも性能の平凡さをよく言われるが、同世代の戦闘機と比べてどれくらいだったんだろう?
大事なのは多少の性能の差よりも、必要な時に間に合ったということではあるだろうけど

無題
Name 名無し 19/01/24(木)01:20:35  No.488368
>ハリケーンも性能の平凡さをよく言われるが、同世代の戦闘機と比べてどれくらいだったんだろう?
世界の傑作機だったか?に
「ハリケーンは九七戦程度、スピットで隼といい勝負」
と書かれていたけど日本機マンセーな頃の旧世傑再掲だから
バイアスかかってるかも?

無題
Name 名無し 19/01/26(土)20:14:46  No.488509
1548501286529
>世界の傑作機だったか?にハリケーンは九七戦程度


単純に試作一号機が初飛行した時期で比較するなら、「ハリケーン」が1935年11月、対して97式戦(キ27)が1936年10月ですから、97式戦の方が「ハリケーン」のほぼ一年後に登場した新型機、って事になりますですなw
ただ、手元の世傑No29「陸軍97式戦闘機」では、

「昭和16年12月8日太平洋戦争開戦時にもなお、15個戦隊と1個中隊に97戦が配備されており、数の上では(※IJA戦闘機隊の)主力戦闘機だった(略)しかし、ビルマ攻略戦において50、77戦隊の97戦は、米義勇軍のP-40、英空軍のハリケーンに対して苦戦を強いられ、掩護すべき味方爆撃隊にかなりの損害が出た。とはいっても、1式戦はまだ2個戦隊分しか配備されておらず、昭和17年5月にビルマ占領が完了するまで苦しい戦いを続けねばならなかった」

…と、寧ろ「ハリケーン」の側が優位であった、との記述になっておりましたり

無題
Name 名無し 19/01/26(土)20:17:01  No.488510
1548501421288
梅本弘せンせいの「ビルマ航空戦」によると、

「昭和16年12月23日から17年6月4日まで、連合軍側記録と照合の結果確認できた陸軍戦闘機隊の撃墜戦果は、36機(うち戦闘機は26機)。失われた陸軍戦闘機操縦者は、戦隊長2名を含む43名(捕虜2名)にも昇り、そのうち36名が対戦闘機戦闘による犠牲者であった」

…そうなんですが、この内連合軍が97式戦との空戦で失った戦闘機はP-40が8機、「バッファロー」が7機、「ハリケーン」が7機であったそうです(残りは1式戦によるもの)
また、

「日本軍側の損害記録と照合して確認できた連合軍戦闘機隊の撃墜戦果は、米義勇航空群のみが参加した空戦によるものが27機(略)米義勇航空群と英空軍機がともに参加した空戦が36機、英空軍単独の空戦が5機、合計71(略)機であった」

無題
Name 名無し 19/01/26(土)20:19:06  No.488511
1548501546167
「機種別に挙げれば、97重爆19機、99双軽5機(略)、97司偵1機、98直協1機、97軽爆3機、百式司偵1機、97戦30機(略)1式戦11機であった」

「英印軍がビルマから完全に撤退した昭和17年の5月22日までの空戦で、日本陸軍航空隊が報じた確実撃墜戦果は218機、一方、連合軍側が報じた確実撃墜戦果は233機。実際に空戦で撃墜された連合軍機は36機、日本陸軍機は最大74機(略)数だけは揃えたものの、旧式機が多く、少数の新型戦闘機にかき回され、大損害を受けた陸軍航空隊の苦戦も偲ばれる」

…なんてあるんですが、機数的には97式戦が最大の犠牲を出しており、戦闘機同士の対決に限れば1式戦が11機の損害で7機の連合軍機を落としたのに対して、97式戦は30機の損害で22機を落とした、という事になるわけですねえ

無題
Name 名無し 19/01/26(土)20:20:40  No.488512
1548501640950
尤も、前述のように連合軍側戦闘機隊との空戦は米航空隊のみ、又は「ハリケーン」以外の複数の機種が絡む場合も多々ありましたので、失われた97式戦30機の内のどれぐらいが「ハリケーン」によるものかまでは特定が難しいようです

ただ梅本氏によると、戦闘機同士の空戦で出た操縦者の損害は日本側36名に対して連合軍側は11名と3分の1程度だそうなんですが、内最大の犠牲を出したのは防弾鋼板を持たないタイプだった「バッファロー」の7名で、次いでP-40が3名(うち1名は落下傘降下中に射殺)
であるのに対し、97式戦に7機、1式戦に6機の計13機が撃墜された「ハリケーン」の戦死者は、防弾鋼板等が功を奏して1名のみに留まっているんですとか

ある意味、7.7ミリ機銃2丁のみの97戦にとっては、単純な機体性能のみならず、タフネスさという意味でも相性の悪い相手だったのかもしれないですなあ

無題
Name 名無し 19/01/27(日)04:47:28  No.488532
火力だけならハリケーンって97式の4~6倍だもんね

最高速度も上だし、一撃離脱に徹せられたら格闘戦特化機体の97式にはキツイ戦いになりそう

無題
Name 名無し 19/01/27(日)06:26:38  No.488534
空戦はサッチ戦法のような大火力でお互いを援護し合う戦い
重要任務たる爆撃・大型機護衛も甲事件のように敵機のズームとダイブについていけなければやり逃げされるだけ

そんなこんなで火力!防弾!速度!が求められるとあっては軽戦闘機じゃな…

無題
Name 名無し 19/01/27(日)13:43:54  No.488540 del
1548564234345
97戦相手には善戦?したっぽい「ハリケーン」なんですが、その後日本側が1式戦主体になってくると次第に押され気味となっていったようで、「ビルマ航空戦」によれば昭和17年9月9日から昭和18年5月29日まで見ると、「ハリケーン」に撃墜された1式戦9機に対して、1式戦に撃墜された「ハリケーン」は実に36機に達しているんですとか

また、ビルマ戦線ではないんですが、むかーしの丸エキストラに飛行第59戦隊の空中勤務者だった小野崎煕大尉・石塚徳康准尉らを招いた座談会形式の記事が載っておりまして、緒戦から1式戦を駆って「ハリケーン」と戦った経験を語られている所によると

石塚「ところであんたの隊はハリケーン殺しで有名だったね?」
小野崎「そうそう、我々はマレー、スマトラあたりではハリケーンに対しては絶対でしたね。」
本誌(※丸編集)「そのハリケン殺しを一つ……?」
小野崎「あれは鉄板背負ってますから真後から射っても駄目なんですよ」

無題
Name 名無し 19/01/27(日)13:45:54  No.488541
1548564354748
小野崎「そこでうちの隊は胴体の下にラジエターが出ている、そればかり狙え、他は狙っちゃいかんということだった」

…そうなんですが、

石塚「ハリケーンは簡単に落ちたが、やられたらひどい。」
小野崎「そうなんです。機銃を十二門持っているでしょう。それでこっちの機銃が火を噴くと同時に敵のも一斉に火を噴いてくる。飛行機がくるんではなく、火達磨がくるような感じだからやられたらことですよ」

…と、「隼」の「ハリケーン」への優位は前提としいるんですが、一方その火力や防御力については一目置く発言なんかも有りましたり

無題
Name 名無し 19/01/27(日)13:47:10  No.488542
1548564430492
また、またまた世傑の一式戦(No65)号からの引用になるんですが、「連合軍側から見た隼」なる記事で、ビルマ戦線での「ハリケーン」パイロットさんらの見解が紹介されていまして

「軽量な日本機はどの戦闘機と戦っても内側に回り込んでくる。これに勝つ秘訣は、速度を上げて高度を取り、降下して射撃し、撃ち終わったら死にもの狂いで高速のまま上昇し、高度を確保したら再び降下して攻撃することだ。それがうまくいかなくなったときには、地面スレスレに降下して全速力で逃げるのだ。ハリケーンは速度では負けない。旋回戦で勝てないのだ」

「私は両軍戦闘機の性能比較の報告書を作った。高度6000~7600m以上ではハリケーンの上昇率は絶対的に”01”より高く、運動性は同等だ──これが私の結論だった」

無題
Name 名無し 19/01/27(日)13:55:44  No.488544
「しかし格闘戦はいつでも高度を食いつぶすものであり(略)01との格闘戦は引き合わないものだ。ハリケーンは2段過給器を装備していて、パイロットは高度4000メートルで作動させ始める。01にはないこの装備によって、われわれは優位に立つことができる」

「ここでの戦闘の戦術はドイツ空軍相手の戦術とまったく別物だ(略)高い高度で高速を維持していればハリケーンは有利に戦えるのだが、われわれが常にこの条件に立つことができたとは限らない」

…なんて体験談が紹介されておりましたり

結局日本機が優位になると分かっている低空での、邀撃や地上攻撃ミッションに駆り出される「ハリケーン」パイロットさんらの心中や如何…という所なんですが、ある意味では97戦より更に新型の「隼」相手でも、条件次第ではまだ互角に戦えた…というのはスゴイ事だったのかもしれませんですなあ…w

無題
Name 名無し 19/01/27(日)15:30:36  No.488545
確かに初飛行した時期を考えたら、零戦とか隼より古くさいのはしょうがない罠

でもほぼ同じ頃に飛んだスピットが戦後まで使われてたりする分、比べられちゃう所があるのかも

引用元: https://may.2chan.net/39/res/487944.htm

ホーカー・ハリケーン (世界の傑作機№182)

文林堂 (2017-11-30)
売り上げランキング: 125,550