無題 Name 名無し 19/01/02(水)20:14:05  No.1264629

タミヤ 1/350 艦船シリーズ No.25 日本海軍 戦艦 大和 プラモデル 78025
ふとした疑問なんですけど
建造中の戦艦などの主砲ってどうやったら設置してるんでしょうか?
クレーンなどであの長く重い砲身など運ぶことができるんでしょうか?

無題
Name 名無し 19/01/02(水)20:17:22  No.1264631     
https://cgi.2chan.net/f/src/1546427842521.jpg
砲塔1個2700トンですからねえ

無題
Name 名無し 19/01/07(月)21:58:22  No.1265230     
>砲塔1個2700トンですからねえ
素人で思ったんだけど、もしもターレットリングが歪んだりで損傷した時(ほぼ無いに等しいだろうけど)
なんかどう修繕するんだろう…

無題
Name 名無し 19/01/07(月)22:18:57  No.1265235    
>なんかどう修繕するんだろう…
日向の第5砲塔爆発の時にはフタして機銃乗っけてただけだけど
時間さえあればいくらでもどうとでも
ただ戦時では…

無題
Name 名無し 19/01/02(水)20:49:42  No.1264644     
建造時ならパーツごと分割して組み立て
(上記の写真でも組み立て中の第一主砲塔が確認できる)

主砲丸ごと交換する場合もいくつかに分割して外すんじゃないかな?
構造的には丸ごと外れるにしても輸送等を考えれば分割した方が都合がいいし

無題
Name 名無し 19/01/02(水)21:28:36  No.1264648      
1546432116895
艤装中の戦艦の写真とか見てますと、大体砲塔の基礎部分が出来た時点で、まだ天井を取り付ける前に砲身を組み込むみたいですねえ

港湾で進水した戦艦の艦体に艤装を行うクレーン他の施設自体は、当時でも既に各国ともかなり強力なモノがありましたので、作業能力自体は別に問題なかった筈ですが、いまではもう誰も知らないコツとか作業を円滑に進めるノウハウはいっぱいあったんでしょうなあ

無題
Name 名無し 19/01/02(水)21:28:48  No.1264649     
ちと調べてみたけど、呉や佐世保でシンボル的位置付けだった
大クレーンでも250トン~300トンを吊り上げるのが限界ぽいね

大和の主砲が2700トンだから、分解して積み込み→艦上で組み立てるしかないんだな

無題
Name 名無し 19/01/02(水)23:31:32  No.1264659      
ドイツのアレの砲身は400トンもあったらしいな。

無題
Name 名無し 19/01/03(木)11:58:42  No.1264703    
プロペラ軸なんかも太くて長そうだけど接いでる?

無題
Name 名無し 19/01/06(日)22:13:45  No.1265152     
砲身は交換前提だろうし
上部装甲も取れるのだろう
これでかなり軽くなりそう

無題
Name 名無し 19/01/06(日)22:28:20  No.1265153     
大和型は主砲の輸送用に専用艦(樫野)を建造したな。
樫野が沈んだ事が信濃を空母改装する決断の一つになったとも言われている。

無題
Name 名無し 19/01/06(日)23:27:00  No.1265158      
1546784820414
砲身重量は長門で100t、大和で165t
大和級に関しては主砲各部材を運ぶ適当な船が無く
新たに給兵艦という名目で樫野を建造する事に

無題
Name 名無し 19/01/06(日)23:42:30  No.1265160      
1546785750765
英艦ロドネイの砲身搭載工程
今の保安基準で見るといろいろアレなシーンだよ・・・

無題
Name 名無し 19/01/07(月)17:59:34      
https://cgi.2chan.net/f/src/1546851574020.jpg
搭載シーンではないけど天板取り外し画

無題
Name 名無し 19/01/07(月)18:08:11  No.1265203      
1546852091669
このようにネジ止めだと交換は楽そう

無題
Name 名無し 19/01/07(月)20:09:35  No.1265216      
https://cgi.2chan.net/f/src/1546859375271.jpg
軍縮で要塞にリサイクルされた砲なんかだと
分解できない砲身の陸揚げには難儀したようだ

無題
Name 名無し 19/01/07(月)20:56:05  No.1265220    
大和の46サンチ3連砲塔の天蓋の装甲板は砲身交換の際に簡単に外せるような取り付け構造なの?

無題
Name 名無し 19/01/07(月)21:09:23  No.1265222      
1546862963096
練習戦艦化した比叡は
こんな感じに舷側装甲剥がしてるし
リベット時代は今より分解が簡単だったんかな?

>このようにネジ止めだと交換は楽そう
それリベットかと

無題
Name 名無し 19/01/07(月)22:02:27  No.1265231    
>それリベットかと
マイナスのボルトでしょ

無題
Name 名無し 19/01/07(月)23:13:11  No.1265238      
1546870391488
天蓋が直撃弾でくの字に曲がったため撤去した巡戦ライオンの主砲

無題
Name 名無し 19/01/09(水)01:41:48  No.1265353      
1546965708841
砲塔も舷側装甲も大重量物だが外部に露出した部分なだけマシかもしれん
機関だと小パーツ交換で済む範囲超えたダメージはもう上構撤去・水平装甲板ひっぺがしの大手術になってしまう
日常の保守整備にせよボイラーの水管くらいなら分かるがもうちょっと部品が大きく重くなったら
どこから搬入出するのかも分からん

無題
Name 名無し 19/01/09(水)06:18:53  No.1265361      
https://cgi.2chan.net/f/src/1546982333384.jpg
>日常の保守整備にせよボイラーの水管くらいなら分かるが

非戦闘時のちょっとした『不具合』なら、艦内にある金工・木工室で加工して応急処置出来る

中破以上で工作船使っても直せないような『戦闘不能』状態なら本国でドック入りだから、上部構造の一部を取り外して修理だろ

無題
Name 名無し 19/01/09(水)12:46:06  No.1265387     
駆逐艦は主砲塔の脱着してたみたいだし、20センチ砲を正8インチにするときにボーリングしてるから砲身を脱着してたろう
けど、戦艦の主砲は竣工時か改修時からそのままじゃないかね?
被弾して復旧諦めて航空戦艦になったり、砲身寿命の短さがネックになったのもあるし

無題
Name 名無し 19/01/09(水)16:21:49  No.1265397      
>けど、戦艦の主砲は竣工時か改修時からそのままじゃないかね?

砲身命数が尽きたら交換します。そのために予備砲身が製造されてから。
無題 Name 名無し 19/01/09(水)22:46:55 IP:240d:1a.*(ipv6) No.1265464 del
    1547041615616.jpg-(84017 B) サムネ表示
84017 B
>砲身命数が尽きたら交換します

大和型の46センチは1門あたり200発
でも交換するのは砲身そのものではなく、ライフリングがあるた内筒だけなのね

内筒と外筒の着脱も焼きバメでやるのか
無題 Name 名無し 19/01/11(金)07:39:04 IP:49.98.*(spmode.ne.jp) No.1265585 del
>でも交換するのは砲身そのものではなく、ライフリングがあるた内筒だけなのね
砲身を砲塔に付けたまま内筒を抜いたり出したりの加熱が出来るとも思えんし、垂直で作業しないと重力の悪影響が出そうな気が・・・

無題
Name 名無し 19/01/09(水)13:00:51  No.1265389     
ボイラーや主機は装甲の内側にあるから、そう簡単に交換できんぞ
金剛は石炭、混焼、重油と30数年で3回ボイラー交換しとる

無題
Name 名無し 19/01/09(水)16:53:39  No.1265398
1547020419372
堀元美さんとか造船士官さん達が「大和」型戦艦について語られてるモノを読むと、同型で当初予定していたディーゼル機関の搭載を取り止めたのは、
「一部の大型水上艦に新式の大馬力ディーゼル機関を装備し、成績を検討していたのだが、ついに自信(虎ノ子戦艦の主機として、工事の困難な防御甲板下におさめて、20年以上も使うための]あるディーゼルエンジンは、大和の設計時期までには出来上がらず、より燃料を食うタービンにもどらざるをえなかった(※堀氏)」

…為だとか書かれおられたりするんですよね

当時のディーゼルの信頼性については置くとしても、「大和」が建造当初の機関を数十年使うつもりでいること、及びいざ艦が完成してから不具合が生じても交換作業はエライ事になりまっせ!というのは、当時の造艦に携わる人々の間では共通して認識されていた…ってことなんですかしらん

無題
Name 名無し 19/01/09(水)16:55:03  No.1265399
1547020503667
因みに呉海軍工廠の砲熕部砲塔工場で「大和」の主砲組立て工事を担当していた、井上威恭海軍技術大尉によると

「三連装砲塔は、一基で2770トンもあり、砲身だけでも約165トンあって(略)組み立てる際には起重機に吊ってさしこまねばならないから(略)少なくとも200トンの天井走行起重機が必要になってくる」

「砲塔は分解して運び出すとしても、もっとも小さい部分の旋回俯仰の機構が付いている旋回盤は、400トンもあるしろものである」

「工場内での運搬には、200トン起重機二基の”とも吊り”としても、海上における積み込み用としては、少なくとも400トンの海上起重機が必要となるが、とうじ呉海軍工廠にあった最大の起重機は300トンであるので、この場合は多少の不便をしのんで部品をすっかりと外して旋回盤を300トン以下に分解することにした」

無題
Name 名無し 19/01/09(水)16:55:50  No.1265400
1547020550085
…そうなんですが、同じく砲塔工場の係官だった下村暢という技師さんの回想記から、多少内容の重複する所もありますが引用させて頂くと

「砲塔部品のうち、単体としてもっとも大きく、もっとも重い旋回盤の転倒作業があった。直径約12.5メートル、重量277トンの下面を持ち上げるため200トン、天井走行起重機2台で吊り上げるのである。つぎに、”たすき”にかけたワイヤーロープを、他のウィンチで引っ張り、転倒したのである」

「一番砲塔の旋回盤の旋回盤の積み込みが終了すると(略)砲室のなかはもとより、給弾薬室のなかは、ほとんど空席がないほど、ぎっしりと機械がつめこまれ(略)この状態の砲室に、砲身が組み合わされ、甲鈑がかぶされて完成された砲塔となる」

無題
Name 名無し 19/01/09(水)16:57:03  No.1265401
1547020623899
「なお、砲塔積み込み用の海上起重機の能力が、300トンしかなかったので、砲塔を分解して300トン(※以内のパーツ)にするため、特別な労力がはらわれた」

…との事

要は進水後の艦体に砲塔を取りつける作業において、使用する海上起重機の能力から逆算して砲塔が分割出来るよう考慮されていた、という事みたいなんですが、逆に言えば少なくとも300トンの吊り上げ能力がある起重機を持つ港湾設備ならば、「大和」型の砲塔の修理・パーツ交換・大規模改修等は問題なく行えた、ってことになるんですかねえ

無題
Name 名無し 19/01/09(水)19:57:24  No.1265437
No.1265216 のイラストにも出てくる陸軍の蜻州丸の主起重機が150tなので
16インチ連装砲塔まではそれで工事可能ということか

無題
Name 名無し 19/01/09(水)21:21:53  No.1265446      
https://cgi.2chan.net/f/src/1547036513901.jpg
陸の上なら分解組み立て式のゴライアスクレーンでもガッチリとパワフルなの立てられるから
たいてい辺鄙でちょい標高がある要塞適地の岸辺にパーツ揚陸する方が大変やね

無題
Name 名無し 19/01/09(水)22:20:36  No.1265456      
https://cgi.2chan.net/f/src/1547040036752.gif
大和型の主砲輸送に造られた樫野は陸側のクレーンで荷役する前提なんで
呉、長崎、横須賀には砲身等をパーツ別に吊れるクレーンがあったということだろう
111号艦は呉で建造されてるから舞鶴には無かったのかもしれない

無題
Name 名無し 19/01/09(水)23:10:54  No.1265472
吊り上げ能力300t級の起重機船が呉と佐世保にいたし
横須賀と佐世保にはハンマーヘッドクレーンのデカいのもあるしで問題ないと思われる

しかし樫野ってわりと深刻な無駄使いやね
倉口がリング径丸出しだったりまるで仮組みした状態で砲塔装甲を運ぶかのようで
あまりにも専用設計だし機密保持面でも難

無題
Name 名無し 19/01/09(水)23:13:48  No.1265473
165tもある長大な砲身を焼きバメって
歪みはどうするのかな?
てか200発で交換とは
砲身や内筒の予備は作っていたのかな?

無題
Name 名無し 19/01/09(水)23:42:45  No.1265478
https://cgi.2chan.net/f/src/1547044965552.jpg
壱岐の黒崎砲台跡へ
呉の陸奥砲塔をはめこんで復元(無理)

無題
Name 名無し 19/01/10(木)03:34:30  No.1265487
不勉強なもんでよかったら教えていただきたいのですが
実際砲身寿命を迎えた戦艦の砲身交換ってどれくらいかかるものなんですか?
あんまり長期間かかるとなると寿命迎えてない砲身も含めて一斉に交換したりするのでしょうか?
それと交換すると試射等をやるんでしょうけど、どれくらい撃てば砲の癖ってわかるもんなんでしょうか

無題
Name 名無し 19/01/10(木)08:11:13  No.1265497 
駆逐艦ぐらいの重さの物を回転させてると思うと戦艦の砲塔って凄いよな

無題
Name 名無し 19/01/10(木)12:24:02  No.1265504
>駆逐艦ぐらいの重さの物を回転させてると思うと戦艦の砲塔って凄いよな
そーいやー、大和の砲塔の回転って油圧なの?蒸気圧?

無題
Name 名無し 19/01/10(木)13:06:12  No.1265507
>大和の砲塔の回転って

水圧だって聞いた、油圧だと被弾による火災の懸念があるし、蒸気圧は本缶ボイラーから持ってくるにも経路が長いし破断や艦速に影響ありそう。
別途、蒸気エンジンで水圧かけてたとか。

無題
Name 名無し 19/01/10(木)15:21:31  No.1265511
https://cgi.2chan.net/f/src/1547101291957.jpg
余り詳しくないのですが大和型の主砲旋回動力はスイス ブラウン・ボベリ社製のタービン水圧ポンプを参考に日本で開発されたモノだったようです(・w・
(タービンと高圧遠心式タービン・ポンプとのユニット)
主砲1基辺り、コレのセット(タンデム)が2個搭載され予備に1個ありましたので4セットが有った事になりますね(・w・
ちなみに1セットあたりの重量が152t・・・・・

無題
Name 名無し 19/01/10(木)16:14:04  No.1265515
大和の建造だとバーベット設置に約4ヶ月・砲塔部の工事に約3ヶ月かかってる
砲塔工事の最中に海軍省から工期短縮命令あり

砲身命数に達するほど射撃の機会に恵まれた貴重な例のウォースパイトだと地中海から太平洋渡って米西岸の海軍工廠で交換をやってる
オーバーホールや改装工事も兼ねてたり日本の参戦で工事を切り上げてしまったので4ヶ月いたというだけしか分からない
英国からストック砲身を運んだのか現地でやってしまったのかはてさて

無題
Name 名無し 19/01/10(木)18:05:45  No.1265521
なるほど水圧かぁ まぁ、ベアリングの精度が良ければ指先でも動く(言い過ぎw)だろうからなぁ
いずれにしてもアリガ㌧

無題
Name 名無し 19/01/10(木)20:25:22  No.1265544
今更ながら、大和のすごいのはあんな小さな船にあれだけの兵装を積んだ事とかで
後日のアメリカの検証で、大和の兵装分を独自の造船技術で作ったら、1.5倍の容積になるとか言っていたなぁ

無題
Name 名無し 19/01/10(木)21:40:51  No.1265548
>後日のアメリカの検証で、大和の兵装分を独自の造船技術で作ったら、1.5倍の容積になるとか言っていたなぁ
通路等の人間用スペースの差ってことはないの?

無題
Name 名無し 19/01/10(木)22:05:58  No.1265552
基礎工業力に格段の差があるから、アメリカの基準ではケチったらいかんとこをケチッて軽量化してるからだろうな。
射撃盤が衝撃で使用不能になったり、カタログスペックじゃないとこに旧軍の欠陥が潜んでる。

無題
Name 名無し 19/01/11(金)00:11:20  No.1265565
>射撃盤が衝撃で使用不能になったり、カタログスペックじゃないとこに旧軍の欠陥が潜んでる。

英米の戦艦も主砲射撃中に主砲が射撃不能になっているんだが

なんでもかんでも旧軍が悪いという思考停止はアホ発言にしかならんよ

無題
Name 名無し 19/01/10(木)22:09:15  No.1265553
1547125755941
米の造艦方針に倣うなら
・機関はシフト配置(機関区画の増大)
・パナマ運河対策(全幅制限)
・空母に随伴できる速度(機関の大型化と全長の増大)
・主砲塔の防火対策(主砲配置の制限)
などなど
1.5倍は盛り過ぎかもだが、主砲を18インチにして
相応の防御区画を配するなら同じ排水量は難しい

無題
Name 名無し 19/01/10(木)22:24:46  No.1265555
米海軍は大和の砲塔を、安全対策がいささか過剰でその分重量が無駄に重いと見ていたようだ。
水圧駆動にこだわらずに、電動化や油気圧駆動をもっと使えばいいのにとみなしていたらしい。
水圧駆動は英海軍の伝統を受け継いだものなんですけどね。

無題
Name 名無し 19/01/10(木)22:30:18  No.1265556
コンパクトに纏めるために妥協してる部分も多々あるわけだ
速力や機関配置がそれ

無題
Name 名無し 19/01/10(木)22:35:58  No.1265558
https://cgi.2chan.net/f/src/1547127358747.jpg
大和型の機関集中配置は賛否あるもののボイラー四列配置で防御区画に集中させる事により全体としての防御力を高めている
実際、大和・武蔵ともに沈没まで機関は全滅していない

欧州の戦艦で近代的思想により建造されてたのは実は仏のリシュリュー
建艦に制限かけられて久しかった独のビスマルクは意外に古風な造り
英・伊は・・・まぁええか

無題
Name 名無し 19/01/10(木)23:03:59  No.1265561
シフト配置で横隔壁重視の米戦艦
タンデム配置で縦隔壁重視の大和型
外軸機関のスペースも空間装甲と注水区画にすることで内軸を守る方式だからね。
戦艦のような大型装甲艦の場合、シフト配置は余り防御力向上に役立たないのでは?と時折おもいます。

無題
Name 名無し 19/01/11(金)01:20:45  No.1265572
モンタナ級計画でパナマは断念してなかったか

無題
Name 名無し 19/01/11(金)17:47:52  No.1265611
速度も米は測り方が違って大和は実戦ではノースサウスと速度逆転しているし
アイオワは細長くて射撃のプラットフォームとしては色々不便
VP長くて防御力低い、ちょっと波が出ただけで頭からザブザブ被って射撃不能
カタログスペック番長はアメリカの方なんだけどなー

無題
Name 名無し 19/01/11(金)18:01:48  No.1265612
重装甲艦のシフト配置は長い軸が損傷時に歪んで腹の中で暴れまわって、えらいことになって沈没ってのがマレー沖で起きたんでしたっけ

無題
Name 名無し 19/01/13(日)12:54:45  No.1265824
1547351685515
>165tもある長大な砲身を焼きバメって歪みはどうするのかな?

御田重宝せンせいの「戦艦大和の建造」に、46センチ砲身の製造工程の話も有りまして、曰く
「砲身内の最高圧力は、毎平方ミリで33キロ。大気圧の3300倍の圧力がかかる。それを砲身でくい止めるのだから、砲身の材料、厚さ、製法が特殊なものとなる」

「1A、2A、3A、3B、4B、4Aと内側から層を数えるが(略)一口に46センチ砲の強度の秘密をいえば、内筒の2Aに鋼線を巻いて3Aとして高圧に耐えさせ、さらに4A、4Bなどと焼きばめした鋼線砲であったことである」

「大砲には、砲齢がある(略)正常装薬で射った場合が砲齢1、強装薬は(略)砲齢は2.弱装薬は2分の1.減装薬は16分の1で計算する」

無題
Name 名無し 19/01/13(日)12:55:32  No.1265825
1547351732990
「46センチの砲齢は200に過ぎない。正常装薬で200回発射すれば寿命が尽きる。どの軍艦の砲にも『砲歴簿』が必ず厳密に記録されるのは、そのためだ」

「精錬工場で、1万5000トンプレスで鍛えられた砲身材料は、順調に流れ出した(略)長い砲身用材料を大型旋盤で削って仕上げるのだが、1本削るのに、ゆうに2日間はかかった」

「まず2Aを仕上げる(略)天井を走るクレーンが、ゆっくりと2Aの鋼材を大型旋盤の上に吊り下ろした。それを削るために旋盤上に固定して、工作図通りに削る(略)砲熕部の工員たちは、46センチ砲こそ初めてだが、何年も、何十年も、36センチ、40センチ砲を造って来たベテランだ。製造工程、たとえば、砲身を旋盤で削るときの芯出しなど、万が一にも狂いのあるはずもないが、その巨大さにとまどう」

無題
Name 名無し 19/01/13(日)12:55:59  No.1265826
1547351759421
「腔削機という、砲身の内側を削る専用の旋盤がある(略)中グリ盤とも呼ばれるが、昭和9年(1934)、唐津製作所から25メートル用、芝浦製作所から23メートル18センチ用のものを購入していた。中グリ盤だから、床長はその2倍になる」

「大砲を製作するのに、大きく言って二つの関門がある。一つ2Aの外にガン・ワイヤを巻き、それを熱処理工場で4Aにはめ込む作業。いま一つは、最後に1Aをはめて、水圧で自緊処理(オート・フレタージ)をする工程だ」

「当時、ガン・ワイヤは、東京製鋼小倉工場に外注して造らせていた(略)2Aの外側に、このガン・ワイヤを巻きつける(3Aとなる)が、工作図を見ると、24重に巻くことになっていた。全長20.70メートルの内筒に砲尾部分が加わるから、22メートルの巨大な砲長だ。これに24重に巻きつけるのだから、ガン・ワイヤの延長は、相当長くなる(※380kmだとか)」

「ガン・ワイヤを巻き終えた3Aは、最初の関門の焼きばめ工程に入る。」

無題
Name 名無し 19/01/13(日)12:57:14  No.1265827
1547351834612
「4Aを仕上げる。3Aをはめ込む外側の層だ(略)砲身の加工はピットを使う。ピットは地下に掘った穴で、とくに熱処理をする場合、横にして加工すれば曲がる危険があるからだ」

「ピットで、4Aは200度程度に加熱される。砲口を下に、砲尾を上にして、立てたままの処理である。数時間の加熱で、4Aは均等に膨張する。つまり、3Aを入れる内径が大きくなる。それは計算で正確にはじき出される」

「巧妙なクレーン操作で、3Aが4Aの真上に導かれる(略)数人の工員は、ピットの中に入って、3Aを支え、性格に4Aの中に入るように調子を取る(略)砲身の自重で、3Aは、吸い込まれるように4Aの中に入ってゆく」

「ピットの中で、周囲から冷水が一斉に放出される。一度膨張した4Aは(略)収縮し、3Aをムクの鉄塊のように抱き込む」

無題
Name 名無し 19/01/13(日)12:57:47  No.1265828
1547351867483
「5Aは砲尾部分、4Bは砲口部分の補強層だが(略)簡単に言えば、砲尾部分は5層、砲身部分は3層になっている。46センチ砲が、砲身のほとんど半分ぐらいまでの間、太くなって見えるのはそのためである」

「内筒は、ほぼ46センチ径(仕上げ代があるから、それより小さい)に削られ、2Aにはめ込まれる。最後の筒だ(略)旋盤─腔削の過程は全く同じだ(略)内筒は焼きばめはしない」

「クレーンで内筒を吊り、ピットの中(※の3Aの中に)に打ち込んだ(略)ピットの底では、砲口が厳重に封じられた。水圧をかけるために、密閉するのである。内筒をはめられた”46センチ砲”の未完成品は、水を入れられ、強力な圧力で内部から押しひろげられる」

「3層、5層の鋼鉄の砲身が、強力な水圧で押しひろげられ、内筒は2Aに完全に、密着する」

無題
Name 名無し 19/01/13(日)12:59:17  No.1265829
1547351957730
…との事で、やはり基本作業は砲身を垂直に立てて行うようなんですが、仮に後で内筒だけ交換する際にも同じようにやるなら、砲塔内から再び組み立て工場に運んでから作業まで色々かなり大変そうではありますですなあ
因みに御田氏の記述に従えば一番内側の内筒(1A)は焼き嵌めしないということになるんですが、原勝洋せンせいの「戦艦大和のすべて」ではこの46センチ砲身の製造法について、「2A根幹式の採用」と題して解説されていまして

「自己緊縮砲の技術が確立し、その応用面(中口径砲)は広くなったが、大口径になると使用鋼塊が大きくなり、材料の信頼度が低くなるのが常識的であり、且つ安全であるためには純然たる層成砲は危険であるとの見地から、やはり従来の36糎及び40糎砲身同様に鋼線砲が採用された」

「ただ将来、内筒砲換装の場合、新砲と同様の強度を持たせるために所謂、2A根幹式を採用した」

無題
Name 名無し 19/01/13(日)13:00:10  No.1265830
https://cgi.2chan.net/f/src/1547352010958.jpg
「2A根幹式とは、砲身の2Aの上に諸鋼管及び鋼線を組み立てて最後に1Aを2Aの孔の中に差し込み、内側より水圧を加圧して密着させ(略)る内筒水圧加圧であった」

「それは、20糎砲開発研究中(昭和5年頃)に考案された『2A根幹式内筒換装砲』型式を意味していた」

…とのこと

敢て旧来慣れ親しんだ製造技術(鋼線砲)を取ることで、製品の信頼性に万全を期す…というのは機関の話と通じるところがあるんですが、同時にある程度は新技術(水圧加工内筒砲身)による就役後の砲身交換作業や性能の維持についても配慮した結果、採用された方式でもあった…ということなんですかしらん

無題
Name 名無し 19/01/13(日)14:16:06  No.1265834 
>ということなんですかしらん
初めて知ったことばかりです
ワイヤ巻きにも驚きですが水圧で内筒を拡げるとか
一体どれほどの水圧なんだと

無題
Name 名無し 19/01/13(日)17:28:23  No.1265844
砲身は大口径になるほど製作の手間が掛かる品
イチから新しいのを作る事を考えたら、多少面倒でも一部の交換で済む
構造にしたい罠

無題
Name 名無し 19/01/13(日)17:57:19  No.1265845
最後の水圧拡げは一度やっちゃうと不可逆に思えるから、砲身の交換は現地で完成品を交換後、磨耗した筒は工廠戻しで内筒部は切削して除去し、新たな内筒を嵌める方法しか無さそう。

しかし、水圧拡げは自転車のフレームとかの軽量化狙いのイメージが有ったから、砲身っちゅうゴッツイ物でもやっててびっくり。

無題
Name 名無し 19/01/13(日)18:09:22  No.1265847
>基本作業は砲身を垂直に立てて行うようなんですが
ブラタモリ室蘭で、日本製鋼所で長門/陸奥の主砲身を作った際のピットを紹介していたな
大和のは呉で造ったそうだけど、そっちの施設は残ってないのかな

無題
Name 名無し 19/01/13(日)21:37:38  No.1265867
>大和のは呉で造ったそうだけど、そっちの施設は残ってないのかな
呉駅裏の三菱日立がそれだったはずだけど、施設は残ってるかなぁ……もう無いんじゃない?

無題
Name 名無し 19/01/13(日)18:44:22  No.1265852
大和と武蔵の砲身は
結局実際に交換したことはあったんだろうか?

無題
Name 名無し 19/01/13(日)19:00:47  No.1265855
大和も武蔵も訓練以外で撃ったのはレイテだけで
そこまでずっと後方で引きこもってたから交換する程撃ってないんじゃ

無題
Name 名無し 19/01/13(日)19:02:58  No.1265856
ネットを見回ってた感じ
内側から2層/3層が水圧締め、3層の外に鋼線巻いて
4層・5層を焼き嵌め、1層は最終工程で差し込み
の「海軍製鋼技術物語」に乗ってるらしい方法の方が
層の数としてはそれっぽいけどどうなんだろ

無題
Name 名無し 19/01/13(日)20:19:49  No.1265859
オートフレタージュ自体は砲と名の付くものなら当時でももうありふれた製法のはずだけども
バレルが変形するほどの大水圧を内側にだけどうかけてるのかイメージができん…
『戦艦「大和」の建造』でもピットに砲身を入れた・3台の送水ポンプが水を送ったって記述くらいでわからん
そこ以外は双葉社ムックの『大和誕生』か学研ムックの『長門型戦艦』に工程ごとの図解がある

無題
Name 名無し 19/01/13(日)21:44:31  No.1265868
https://cgi.2chan.net/f/src/1547383471359.jpg
46センチ砲身が「2A根幹式内筒換装砲」であったというのは、原勝洋せンせいによれば堀光一技術大佐の「日本海軍大口径、同砲塔(揚弾装置を含む)同用弾丸の整備経過」がソースであるんだそうで
というかまあ、アメリカに送られた後行方不明らしい「信濃」用砲身が見つかれば一発で分かるのかもですが…w

因みに「戦艦大和のすべて」では

「36糎及び40糎砲身はいずれも後半部分が1A、2A、鋼線、4Aの4層から成り立っていたが、94式は1A、2A、3A、鋼線、5Aの5層にした。これは、2A、3Aを一体にすると鋼塊の大きさが甚だしく大型となり、製鋼技術的に不安があったからである」

無題
Name 名無し 19/01/13(日)21:45:51  No.1265869
1547383551372
…とのことで、46糎砲の砲身構造図も掲載されているんですが、それを見ると砲尾部〜後半では内側から1A内筒・2A鋼筒・3A鋼筒・鋼線・5A(&5B)鋼筒という構造になっていて、砲口部では1A内筒・2A鋼筒・鋼線・4B鋼管の順番とされています

この辺、実は御田氏の記述と一部食い違っているんですが、それでも例えば「2Aの外側に鋼線を巻いた」というのは、砲尾部分では原氏の示す図と異なるものの、砲身前半部の構造としては正しい、という事になりますですな…w

また続けて引用させて頂きますと

「(※46糎砲身の)生産施設は代替平均1年間に1艦分、計9門と予備1門合計10門を製造するものとして、諸施設の整備を計画した(略)40糎砲までは、全所要量の約半分を室蘭の日本製鋼所に部外発注していた。しかし、94式は厳密な秘密保持のため、全部呉海軍工廠内(略)で工事を行わなければならなかった」

無題
Name 名無し 19/01/13(日)21:47:12  No.1265870
1547383632127
「日本海軍の砲身は英国に学び、小口径に層成焼嵌め式、中口径砲は半鋼線式、そして大口径砲には全鋼線式を採用していた。その後、仏国シュナイダー社から自己緊縮砲を学び、その理論を確立していった。そして、新製砲のみならず老齢砲の内筒換装にも採用したのである」

「砲身の2A(鋼筒)、鋼線、4A(鋼套)を先に組み立てておき、その中に1A(内筒)を差し込み、内筒の内部に水圧を通し、内筒を外面付近に到るまで軽度に塑性変形させ、2Aの内面に密着させ焼嵌めまたは打ち込みと同じ効力を発揮させ、内筒内面に圧縮残留応力、イニシャル・コンプレッションを生じさせる自己緊縮砲を巧みに応用した新製砲であった」

「それは、命数(砲身の寿命)に達した老齢大口径砲身の換装後の領収発射の際に内筒がたびたび破損することが切っ掛けとなった。これが動機で材料破損に関する研究が盛んになり(略)」

無題
Name 名無し 19/01/13(日)21:49:22  No.1265871
https://cgi.2chan.net/f/src/1547383762869.png
「種々の研究の結果、砲身の4A(鋼套)、鋼線(ガンワイヤ―=高張力鋼線)、2Aを組み立てたものに1Aを打ち込んだ場合と、1A、2A、鋼線、4Aの順に組み立てた(略)場合とでは、発射の際、内筒に働くストレスに大きな差があることが明らかになった」

…ともありましたり

同じ砲身でも前半・後半・砲尾で構造も違いますし、元にした資料や伝聞が著者さんごとに異なっているんでしょうけれども、少なくとも内筒(1A)が水圧ハメである、というのだけは共通しているみたいですねえ…

無題
Name 名無し 19/01/14(月)17:04:54  No.1265922
さらに適当に徘徊した感じ
><二A根幹式砲>:日本海軍が開発した砲身で、三年式五〇口径二号二〇サンチ砲を内筒交換により製造する際、鋼線巻き直しに時間がかかったため、より簡単に交換できるよう開発したものである。内筒を二分割し、境界部分に250分の1の傾斜を付け、内筒内側のライフリング部分のみを外せるようにした。これにより射撃によって主砲が寿命に達した時の内筒交換も容易となった。参考:月刊丸2,’08
このかんじ2A根幹式内筒換装砲の説明じゃなくて
戦艦砲の制作手順の説明なだけなんかね?

無題
Name 名無し 19/01/15(火)15:12:42  No.1265985
>より簡単に交換できるよう開発したものである。内筒を二分割し、境界部分に250分の1の傾斜を付け、内筒内側のライフリング部分のみを外せるようにした。

これは知らなかったなあ…
でも巡洋艦とかだといかにも発射速度早そうだけど、実際日本の戦艦で砲身交換とかまで行った艦とかあるのかね

無題
Name 名無し 19/01/16(水)01:26:13  No.1266021
おそらくもっとも太平洋戦争中に主砲を放ったと考えられる金剛でも
ガダルカナル島砲撃時
三式弾104発、一式徹甲弾331発計435発
サマール島沖
三式通常弾98発、一式徹甲弾211発計309発
金剛は36cm8門だから
単純に計算して二つの海戦で1門あたり約92発

対空射撃や訓練を考えても46センチ砲の砲身命数200に達したとは考えづらいことを考えると
内筒を交換した戦艦はないのではなかろうか

無題
Name 名無し 19/01/16(水)07:35:10  No.1266031
>>一会戦100発
逆に結構撃ってるんだなと言う感じもするな。
一回で半分使っちゃうんじゃ、おいそれと戦艦を出せなかった理由の一つにもなってそう。
砲の話では、四三年あたりの訓練で、大和型の散布界がひどくて、
これじゃ実戦じゃとても使えないって戦藻録に書いてあるって話も気になるんだけどね。

無題
Name 名無し 19/01/16(水)17:53:21  No.1266040
>ガダルカナル島砲撃時
むかーしの丸スペシャルに発令所長の手記があったけど
砲齢の急増を避けるとともに落角を大きくして信管が作動しやすいように弱装薬を使用するみたいなことが書いてあった(うろ覚え)

無題
Name 名無し 19/01/16(水)17:42:13  No.1266039
散布界にも日米それぞれの思想が反映されていて
交互撃ち方(砲半数を使い短時間に射撃)の日本と全門斉射の米とでは、米の方が日本の倍ぐらい広範囲に弾がバラけた

これを低技量と括るのは早計で、実際の砲戦で散布界が狭いと大当たりと大外れの二極化となり標的側は(相手の射撃が正確なら)
「発砲炎確認即大転舵」で比較的容易に回避が出来てしまう。
相手にも意思があり散布界イコール命中率と単純にいかないのであった。

無題
Name 名無し 19/01/16(水)18:14:55  No.1266042
>「発砲炎確認即大転舵」で比較的容易に回避が出来てしまう。
照準が正確なだけにコンピューターで予測しやすい

無題
Name 名無し 19/01/18(金)20:02:18  No.1266201      
1547809338587
日露戦争の際、黄海海戦のさなか膅発を起して前部主砲右側の砲身を失った戦艦「三笠」の有名な写真が残っておりますけれども、この海戦ではトータルで「三笠」「朝日」「敷島」塔載の12インチ主砲の内、4門が膅発により使用不能になっているんですとか

当時IJN戦艦の主砲だったアームストロング(安式)40口径12インチ砲は未だ国産化されていなかったそうなんですが、開戦時に保有していた砲身の予備は8門分のみで、同砲の命数が150発程度であったこともあり、開戦直後には既に急遽予備砲身24門がエゲレスのアームストロング社に追加発注されていたんだそうで

日露戦争全期間で換装を要した12インチ砲は9門に達して、「三笠」なんかは新造時に搭載していた4門全てを(恐らく戦後の作業も含めて)換装しているそうなんですが、結局、消耗が戦前の予備保有数を上回ったわけで、仮に消耗のペースがより早く、追加輸入も滞っていたとしたら、あるいは対馬沖の歴史的大勝利ももしかしたら…なんてことになっていたかしれないですねえ

無題
Name 名無し 19/01/18(金)20:03:45  No.1266202     
1547809425085
とはいえ、すでに戦中から臨時軍事費を割いて砲身加工用設備等の増強が図られ、戦艦主砲(艦自体もですが)の国産化への努力は既に始められていたそうなんですが、それでも1912年(明治45年/大正元年)に竣工した日本初のド級戦艦「河内」「摂津」では、主砲の50口径12インチ砲は、未だエゲレスのヴィッカーズ社へ2艦分8門の砲身と連装砲架4基分が「外注」されているそうです

また、「河内」型戦艦の主砲12インチ砲は50口径4門と45口径8門の混載で、この内45口径12インチ砲については既に国産化が進められていたものの、「河内」型以前の「薩摩」型戦艦、「伊吹」型巡洋戦艦等の搭載砲の供給に追われる中生産能力が追い付かず、砲身のみはこれも全てヴィッカーズ社に発注されているんですとか

なんとなく日露戦争を経て急激に拡張しつつあったIJNの、当時の生産現場の事情が窺える話ではありますですな

無題
Name 名無し 19/01/18(金)20:04:48  No.1266203      
1547809488895
その後時代は流れて1922年(大正11年)、ワシントン海軍軍縮条約により、旧式主力艦の多くは御役御免となり、「摂津」の場合は本体は標的艦として再度の御奉公につき、外された主砲塔は陸サンの海岸要塞の砲台へと転用されているんですが、この時引き渡しに際して作成された資料によれば、「摂津」の50口径12インチ砲は大正5年(1916年)の時点で内筒、若しくは砲身自体を換装しているんだそうで

面白いのはこの際、艦首・艦尾砲塔共に右砲身は新造時のヴィッカーズ社製砲身の内筒のみを換装したのみであるのにたいして、左砲身はそれぞれ「呉#2」「呉#3」とのナンバリングされた国産砲身にそっくり換装されているんだそうなんですな

その際撤去されたヴィッカーズ社製砲身の左砲も、陸サンへ予備砲身として引き渡されれているんですが、記録によるとこちらも内筒は換装済みであるものの、加工(ライフリング?)が未済のままであったそうです

無題
Name 名無し 19/01/18(金)20:06:54  No.1266204      
1547809614987
要はこの頃になると国内でも50口径12インチ砲身の製造が可能になっていた…ということのようなんですが、一時期は同じ砲塔で右砲はエゲレス製砲身、左側が国産砲身という形で運用されていたというのは、或はそうした国産への移行期という背景があった故の実験・試験的な配置だったりするんでしょかね、コレ

因みに「摂津」舷側の45口径12インチ砲8門もこの時引き渡されているんですが、此方は新造時のまま、内筒も換装されていない状態であったそうです

一説では、50口径砲の砲身寿命が45口径に比して著しく短かったのが、交換の有無の差に表れている…という事だそうなんですが、実際どういう事情で50口径砲身の国産・輸入混在の交換が行われたのか、ちょっと気になるトコロではあります…w

無題
Name 名無し 19/01/19(土)00:09:27  No.1266236
45と50口径長の間に砲身の長尺方向支持力が弱い鋼線巻きの限界のラインがあったのか
弩級艦時代の高初速・低伸弾道追求に無理があったのか
本家イギリスでも12インチの後継開発には命数問題でしくじってるあたり日本も国産搭載におっかなびっくりなんかね

無題
Name 名無し 19/01/19(土)17:22:14  No.1266294
>50口径12インチ砲

たしか統制射撃の関係で45口径と同じ射程にするために弱装弾で運用してたんだよね
逆に弱装だったら砲身寿命は長持ちしそうだけど…どうだったんだろね

無題
Name 名無し 19/01/19(土)17:31:14  No.1266295
不発弾を意図的に残すのも有効だと思う
時限信管付きで数時間おき程度に作動すればなお良い

無題
Name 名無し 19/01/19(土)23:24:25  No.1266322
大戦中の米軍が飛行場爆撃でそれやってたな。
夜中でもドカンドカン爆発して命がけで除去したと

無題
Name 名無し 19/01/20(日)12:25:37  No.1266342      
1547954737779
50口径12インチ砲はアドミラル・トーゴー=サンの主導で「河内」型への搭載が決まり、また同砲は明治43年(1910年)発注の「金剛」型巡洋戦艦の主砲にも採用が予定されていた砲なんですが、「金剛」の仕様が決定された明治43年4月のIJNの諮問会議では、軍令部長伊集院五郎中将が14インチ砲・28ノット案を推していたのに対し、他の出席者から共に将来の国産化を考えると時期尚早であるとの意見が出て、12インチ・27ノット案に落ち着いた、なんて経緯があったそうです

もっとも、その後エゲレスに派遣されていた加藤寛治中佐(当時)から、英海軍の試験に依れば12インチ50口径砲より13.5インチ45口径砲の方が散布界が優れ、また砲身命数も12インチ砲50口径の150発に対し、13.5インチ45口径が450発と大差があるとの報告がもたらされ、この報告を受けてヴィッカーズ社に発注された14インチ45口径砲が優秀な試験成績を示した為、急遽「金剛」の主砲は14インチに変更されたんですとか

(尤も、そもそもヴィ社に「金剛」が発注されたのが、逆に同社が14インチ砲を製造可能であったため、とする説もあるんだそうで)

無題
Name 名無し 19/01/20(日)12:27:45  No.1266343      
1547954865326
その際、秘密保持のため、「金剛」搭載の新14インチ砲は「43式”12インチ”砲」の秘匿名称で呼称されたという、後年どこかで聞くような処置が取られたそうなんですがw
当時の記録によると、「43式12インチ砲」1門の予算額は約17万円、同連装砲が1基70万6千円、同被帽徹甲弾(エゲレス製)1発513円であったそうです

ともあれ、14インチ砲の採用が決定されると、直ちに国内での同砲の製造も図られまして、1910年11月14日、ヴィッカーズ社と「金剛」建造の正式契約が結ばれる3日前には、既に呉工廠に対して14インチ砲8門の発注が決定されているそうです(ただし「金剛」ではなく横須賀工廠で建造する「比叡」用)

この8門の内、4門は翌年正式創業間もない日本製鋼所に振り替え発注されており、割合早期から既に14インチ砲身の国産製造に踏み切っていることが窺えるんですとか

無題
Name 名無し 19/01/20(日)12:29:47  No.1266344      
1547954987442
もっとも、エゲレス側からの技術指導・移転を受けながら「金剛」型4隻及び、続く「扶桑」「伊勢」型戦艦らに搭載する14インチ砲全てを一から国産する、というのはやはり困難であったようで、例えば1911年に日本製鋼所が受注した28門の内訳をみると

(1)ヴィッカーズ社から完成砲身を輸入したもの…9門(「霧島」用8門、「榛名」用1門)
納期:1913年10月
(2)同社から砲身素材を輸入し、仕上げ工作を担当したもの…14門
(「比叡」用4門、「榛名」用7門、「扶桑」用3門)
納期:1913年8月〜1914年3月
(3)素材から完成砲身まで日本製鋼所が担当…5門(「扶桑」用)
納期:1914年3月〜6月
…となっているそうです(単価はどれも1門17万9千円)
納期と合わせると、大体建造順に合わせて後期ほど「国産化」を進める方針であった事が窺われるんですが、実際には製造上のトラブル等から、納品状況はこの予定からだいぶ遅延しているんだそうで

無題
Name 名無し 19/01/20(日)17:04:33  No.1266371      
1547971473087
因みに日本の14インチ砲塔載艦ごとに見てみると、1910年から1914年の間に、各艦に用意(発注)された砲身の数と製造元は

・「金剛」…10門(全てヴィッカーズ社製、建造時塔載分含む)
・「比叡」…10門(呉4、日鋼5、ヴィ1)
・「榛名」…10門(日鋼9、ヴィ1)
・「霧島」…10門(ヴィ10)
・「扶桑」…15門(呉4、日鋼11)
・「山城」…14門(呉4、日鋼10)
・「伊勢」…12門(呉12)
・「日向」…12門(日鋼12)
※他に「一般補給用」1門(呉)、「準備用」1門(ヴィ)

…となるそうで、計95門の内ヴィッカーズ社製が23門、呉工廠製が25門、日鋼製が47門ということになるんですとか(一部材料輸入の場合も含みますが)

無題
Name 名無し 19/01/20(日)17:06:52  No.1266372     
1547971612449
もっとも日本製鋼側の記録によると、納品した14インチ砲47門の内、まったく「故障ナキモノ」は10門に過ぎなかったそうで、砲身素材の製造時まで含めればこの完成品数の陰には膨大な不良品と失敗の山が有るんだそうです(棒

また、大正元年(1912年)10月にIJN艦政本部長から海軍大臣あての手紙によると、当時の呉海軍工廠における計画の設備が完成すれば、年間8門の14インチ砲が製造可能になるものの、これを維持する為には現有主力艦の主砲である12インチ砲の内筒換装工事の年間必要数12門の製造を犠牲にせざるを得ず、半数の6門に減じても、確実に実施できるのは更に少ない5門にすぎないと見込まれていたんだそうで

従って、現行の実弾演習での発射弾数に鑑みて、将来的に内筒換装工事が追いつかなくなる恐れがあるので、演習での発射弾数を抑える必要がある…というのが艦政本部長さんの主張だったそうなんですな

無題
Name 名無し 19/01/20(日)17:09:26  No.1266373     
1547971766688
ただ逆に言えば、こうした明治・大正の頃からの膨大なトライアル&エラーの積み重ねがあってこそ、昭和期に「大和」型の18インチ砲の砲身素材から砲身製作までを国内で賄えるだけのノウハウが蓄積できた、ということみたいでして

何事も一朝一夕にはならない…という、イイ例の一つであるみたいなんですが、仮に戦争も軍縮もなく、ハチハチ艦隊や「大和」型戦艦が当初の予定通り更なる数が建造されて、更に20インチ砲戦艦も作っちゃうでえ!なんて話になっていたなら、今度は「金剛」他が新戦艦の砲身製造の為に、少し発射弾数を抑えてくれや!なんて言われる側になっていたりしたんでしょか…w

    引用元: https://cgi.2chan.net/f/res/1264629.htm

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