防衛大綱から読み解く”事実上の空母”の正体
 第二回:防衛大綱から”事実上の空母”の正体に迫る
 「つまりF-35Bは凄いってことなんです!」

文:誤字脱字 ツイッターブログ

平成30年版防衛白書
「防衛計画の大綱」は行政向けの指針なので官僚向けの分かりにくい文章で書いてある。防衛白書なら読みやすいように工夫しているが、それでもやっぱり官僚文書で読みにくいよね(´・ω・`)
 

  前回の記事では”事実上の空母”という話題に対し、大まかに「空母と言えば真珠湾攻撃」という認識でよくある基本的な間違いを指摘して行きました。
 それでは具体的に”事実上の空母保有”と言われている多用途運用護衛艦「いずも」と第二次世界大戦時の空母はどのように違うのでしょうか?
 今回の記事ではその点を比較した後、いよいよ「防衛計画の大綱」を使って”事実上の空母”の正体を明らかにします。



空母「赤城」と多用途運用護衛艦「いずも」

640px-Akagi_and_Nagato
  空母「赤城」と戦艦「長門」が並んだ珍しい写真、元々巡洋戦艦として建造された「赤城」は特別大きな船体を持つ、とはいえ「いずも」の全長も「赤城」と「長門」の中間ぐらいである。(引用:Wikimedia Commons[a]
 

 海上自衛隊が導入するという”事実上の空母”は正確には「多用途運用護衛艦」[1]といって有名な「零戦」を載せて真珠湾攻撃を行ったかつての日本海軍の空母とは大きく異なります。
 真珠湾攻撃に参加した空母「赤城」は60機以上の艦載機を搭載していましたが、海上自衛隊が改造する護衛艦「いずも」は多くても10機程度の戦闘機しか搭載する予定はありません。
 また「赤城」の艦載機は戦闘機の「零戦」の他に同数の爆撃機や攻撃機を載せていましたが、「いずも」はF-35B戦闘機の他に哨戒機(対潜ヘリ)「SH-60K」と掃海・輸送機「MCH-101」という二種類のヘリコプターを搭載することになります[2]
 搭載する戦闘機も大きく性格が異なるもので、空母「赤城」が搭載する戦闘機が同時代の中では優れた航続距離と格闘戦能力を有する有名な戦闘機「零戦」だったのに対して「いずも」が搭載する戦闘機は特殊なSTOVL(短距離離陸・垂直着陸)タイプのF-35Bで、詳しくは後述しますが短い距離で離陸・着陸出来るようになっている反面航続距離や格闘戦能力に劣る機体とされています。
 このように同じように「空母」と呼ばれている艦船でも搭載できる艦載機の数や種類、大きさ、搭載する戦闘機の特性に到るまで全く異なるのです。

一体何をするつもりなの?

photo0202001
航空自衛隊の戦闘機航空団と基地の一覧、広大な海域を持つ日本で戦闘機が運用できる基地は限られている。(引用:防衛白書[b]
 

 さて、このように昔の空母と比べて劣るようにも思える多用途運用護衛艦「いずも」で何をするのでしょうか?
 まずはマスコミ各社が”事実上の空母保有”として取り上げた「防衛計画の大綱」の話題の部分をピックアップして見ましょう、これは「防衛計画の大綱」つまり「平成 31 年度以降に係る防衛計画の大綱」の中の
Ⅳ 防衛力強化に当たっての優先事項
 のなかの
2 領域横断作戦に必要な能力の強化における優先事項
 のなかの
(2)従来の領域における能力の強化
 のなかの
ア 海空領域における能力
 のなかの以下の部分になります
『(前略)柔軟な運用が可能な短距離離陸・垂直着陸(STOVL) 機を含む戦闘機体系の構築等により、特に、広大な空域を有する一方で飛行場が少ない我が国太平洋側を始め、空における対処能力を強化する。その際、戦闘機の離発着が可能な飛行場が限られる中、 自衛隊員の安全を確保しつつ、戦闘機の運用の柔軟性を更に向上させるため、必要な場合には現有の艦艇からのSTOVL機の運用を可能とするよう、必要な措置を講ずる。』
 という部分です。

 なんだか長ったらしく書いていますね、わかりやすく「空母を保有します」と書いてある訳ではありません。
 1つ1つ噛み砕いて読んで読んでみましょう。

柔軟な運用が可能なF-35B

F-35Bの動画
短距離離陸・垂直着陸(STOVL) 機であるF-35Bの特徴的な垂直離着陸機構の解説動画、機体中央に装備されたリフトファンと排気を90度下方に曲げる事ができる特殊なノズルによってヘリのように上空で静止・そのまま移動・着陸という驚くべき運用が可能な戦闘機である。

 最初は
『柔軟な運用が可能な短距離離陸・垂直着陸(STOVL) 機を含む戦闘機体系の構築等』
 とありますが、これは米軍の最新鋭ステルス戦闘機であるF-35のSTOVL(短距離離陸・垂直着陸)タイプであるF-35Bを運用するという事になります。
 F-35Bはステルス機の中でも特に短い距離で離陸し、垂直に着陸できる能力を有しています。
 最近の戦闘機ではかなり切り詰めても離陸には500m以上の滑走路が必要で、実用上は3000m近い大規模空港レベルの滑走路での運用が主になります。
 零戦も空母の狭い飛行甲板から飛び立つには色々な苦労があり[3]、陸上基地で運用する場合は通常短い距離での離陸は行いませんでした。
 しかしこのF-35Bは滑走距離152m以下で離陸可能、また1000ポンド爆弾と空対空ミサイルを各2発載せた状態で垂直着陸可能[4]、さらに理屈の上では0mの滑走路でも垂直に離着陸可能[5]で、実用上でも数百m程度の地方空港で十分運用が可能となり航空自衛隊が展開できる空港の数が飛躍的に増大することになります。
 ただしF-35Bの垂直離着陸機構は重たくて場所を取り、F-35シリーズの中では機動力と航続距離、それに武器搭載能力が劣ります。

 そのほかの特徴として、F-35シリーズ全般の特徴として電子機器、特に無線通信能力とセンサー能力に優れた機体で、航空自衛隊ではすでに導入している同系統機「F-35A」にこれまで装備されていた偵察機「RF-4E」の戦術偵察任務を代替する役割が期待されている他、ほぼ全自動でF-35のセンサーが捉えた目標の情報を味方イージス艦に送信してミサイルを発射・誘導する事が出来ます[6]
 これは有名な零戦が長い航続距離と軽快な機体を生かした有視界戦闘での空中戦が得意な反面、搭載無線の能力に難があって一度飛び立つと僚機とでさえうまくコミュニケーションを取れなかった事を思うと隔世の感があります。

 こういった特徴をもつF-35Bがあれば短距離離陸・垂直着陸能力と高度な電子機器の性能を生かして今までにない柔軟な運用が可能になるので、「防衛計画の大綱」はまず最初にこの戦闘機を導入すると書いてあるわけです。

何処で使うのか?

紀伊半島沖まで進出したH-6爆撃機
沖縄本島と宮古島の間を通過して紀伊半島沖まで進出した中国軍のH-6爆撃機、中国機はすでに太平洋側にまで進出する意思と能力を示している。(画像:防衛省[c]

 F-35Bを手に入れて何処で使うのでしょうか?
 それが書いてあるのが次の
『特に、広大な空域を有する一方で飛行場が少ない我が国太平洋側を始め、空における対処能力を強化する』
 という部分です。
 航空自衛隊の基地は日本全国に点在していますが、緊張の続く南西諸島には那覇基地1つ、四国から小笠原諸島まで空自基地がほとんど無い領域もあります。
 那覇基地1つで多くの島々が点在する南西諸島を防衛するのは負担が多く、また今後中国軍が空母を使って「第二列島線」にある小笠原諸島に圧力をかけてきた際には戦闘機を常時運用している基地のない航空自衛隊は対応に苦慮することになるでしょう。[7]
 ”特に”このような戦力の空白地帯でF-35Bの短距離離陸・垂直着陸能力が対処能力を強化するのに必要だとされているのです。


”事実上の空母”と自衛隊員の安全

F-35Bの動画発着艦動画
米軍アメリカ級強襲揚陸艦で行われたF-35Bの発着艦の様子、機体内部のリフトファンを使って離着艦する姿は普通想像する空母の離着艦とは異なるものになる

 最後に以上のことを前提とした上で『その際、戦闘機の離発着が可能な飛行場が限られる中、 自衛隊員の安全を確保しつつ、戦闘機の運用の柔軟性を更に向上させるため、必要な場合には現有の艦艇からのSTOVL機の運用を可能とするよう、必要な措置を講ずる。』
 とあり、この中の『必要な場合には現有の艦艇からのSTOVL機の運用を可能とするよう、必要な措置を講ずる』という部分がマスコミが”事実上の空母”と書いている「いずも」級の多用途運用護衛艦に関わる部分になります。
 STOVL(短距離離陸・垂直着陸) 機であるF-35Bなら「いずも」のような長さ245mしか無い護衛艦の飛行甲板からでも離発着できるので、これを搭載すれば「戦闘機の運用の柔軟性を更に向上させる」事が出来るのは異論の無いところでしょう。

 一方で『自衛隊員の安全を確保しつつ』というのはどういう意味でしょうか? 
 空母艦載機に限らず航空機というものはいつトラブルを起こすものか分かったものではありませんが、空を飛んでいるので車のように「路肩に止めてJAFを待つ」という事はできません。
 また天候が悪く予定の滑走路では離着陸が難しい という事態も安易に想像できます。
 この際に離発着可能な代替空港が飛べる範囲に無い場合、高価な飛行機と貴重なパイロットを危険に晒す事になるのです。

 艦載機運用を考える際に重要な例として、最近シリアに派遣されたロシア海軍の空母「アドミラル・クズネツォフ」で起きた事例は注目に値します。
 この時は空母に着艦しようとしたMiG-29KR戦闘機が着艦用ワイヤーの1本を切断、このトラブルにより後続機が着艦不可能となり、その後燃料切れで墜落するという事態になっています。[8]
 陸上基地にしろ洋上の艦艇にしろ戦闘機を運用するならば些細なトラブルで高価な戦闘機と貴重なパイロットを失わないように代替飛行場を考慮する必要があり、特に洋上を自由に移動できる艦艇は緊急時の避難先として無視できない価値があるのです。

まとめ

Preview
冷戦時代に演習でドイツの森の中に展開する英空軍のハリアー部隊。垂直離着陸可能なハリアーは小規模仮設空港でも展開可能で、ハリアーの後続として開発されたF-35Bも同様の運用が可能になるだろう。(画像:英国国防省[d]

 以上の事から「防衛計画の大綱」の文章をまとめると
  「柔軟な運用が可能な短距離離陸・垂直着陸機F-35Bで、特に南西諸島から小笠原までの太平洋一帯の防御を固める。その際にF-35Bが離発着出来る基地を増やすために「いずも」を改造する」
 という事であり、このなかの「「いずも」を改造する」というのが”事実上の空母”の正体となる訳です。

 ここで多用途運用護衛艦「いずも」に求める役割とは柔軟な運用が可能なF-35Bの離発着基地の1つであり、空母「赤城」のように航続距離の長い戦闘機「零戦」が爆撃機・攻撃機を連ねて真珠湾攻撃を仕掛けるのとは大きな違いがあります。
 任務も「特に南西諸島から小笠原までの太平洋一帯の防御を固める」ためのものであり、太平洋からインド洋まで縦横無尽に暴れまわったかつての空母「赤城」のような大型空母とは全く異なるのです[9]

 このように目的も任務も全く異なる話を「空母と言えば真珠湾攻撃」という理解で云々しても全く噛み合わないのは安易に想像できるでしょう。

 しかしなぜ今の自衛隊に新しく柔軟な運用が可能なF-35Bを導入する必要があるのでしょうか?
 太平洋一帯の防御を固めるのに従来の戦闘機や空中給油機の組み合わせではいけないのか?
 F-35Bと多用途運用護衛艦という組み合わせは費用対効果が悪いのでは無いでしょうか?
 なぜ多用途運用護衛艦という難しい名前を「いずも」に付けるのでしょうか?

 次回からはこういった疑問点について「防衛計画の大綱」をさらに紐解いて明らかにしていきます。


平成30年版防衛白書
平成30年版防衛白書
posted with amazlet at 19.01.03
日経印刷株式会社 (2018-10-05)