無題 Name 名無し 18/11/09(金)21:18:34  No.1259374

潜水艦攻撃―日本軍が撃沈破した連合軍潜水艦 (光人社NF文庫)

限定的過ぎますが日本軍の対潜戦闘について語っていきたいです
当時レーダーやソナーなどが貧弱であって日本軍がどうやったら夜の海で敵潜水艦を見つけられるのか…
と夜の海に出向いたときに難も見えない海を見てるとふとそんなことを思ってしまいました

無題
Name 名無し 18/11/09(金)23:34:19  No.1259387      
https://cgi.2chan.net/f/src/1541774059936.jpg
陸軍のソナー「ら」号装置は太平洋戦争前から開発してるっぽいけど
これは日中戦争で中国軍の機雷による被害を相応に出しているからですかね

無題
Name 名無し 18/11/10(土)01:18:56  No.1259393
夜間は潜水艦側も潜望鏡では哨戒に苦労する上に
内燃機回して充電タイムにあてたいのでたいてい浮上して見張り出してたり
掃討側とどっちもどっちな部分が
水上レーダーとPPI表示装置を手に入れた戦争後期の米潜はもう別次元の兵器

無題
Name 名無し 18/11/10(土)09:12:06  No.1259405
>水上レーダーとPPI表示装置を手に入れた戦争後期の米潜はもう別次元の兵器
対水上レーダーの性能差により米潜水艦の夜間水上航行と集結を抑制できなかったのが潜水艦被害の大きな要因ってのを最近見たな
接敵襲撃の母数を増やしてるのはたしかに大きいと思う

無題
Name 名無し 18/11/10(土)09:47:46  No.1259406
東海の磁気探、使い物にならなかった説があるけどどうなんでしょ。

無題
Name 名無し 18/11/10(土)21:28:44  No.1259442
逆探もセンチ波捕まえられるE47が出て来た頃には
四方から入感して動くに動けないっていうのが

無題
Name 名無し 18/11/11(日)14:39:27  No.1259485
磁探は米側に被害記録が見当たらない戦果誤認が多いが
ハリバットの撃破は探知成功例なんじゃないか

無題
Name 名無し 18/11/11(日)15:26:24  No.1259487
「丸」の手記とかで対潜水艦戦の話をたまに読みますが
どれもうまくいかなかったようですね
成功例は対潜哨戒機の話がありましたがやはり昼間の戦闘記録だけです
日本海に迷い込んだアメリカ潜水艦を追い回してついに撃沈した話です

無題
Name 名無し 18/11/11(日)15:26:43  No.1259488
海峡で潜水艦の潜望鏡を発見した海軍は
護衛艦総掛かりで爆雷をばらまいて日本海に誘導することに成功
海軍機が対潜爆弾をもって昼間捜索したところ
ダメージがあって深度10メートルしか潜れない潜水艦を発見
爆弾を投下、撃沈に成功、帰投してビールで祝杯を上げたとのこと
戦後アメリカ人の遺族がきたのでその詳細を伝えたそうです

無題
Name 名無し 18/11/11(日)21:37:07  No.1259522
まぁ対潜水艦戦の場合、必ずしも撃沈までしなくてもいいのよ
当時の潜水艦は性能的にはまだまだ可潜艦だったから
哨戒機や高速哨戒艇をブンブン走らせて中々浮上出来ないようにするだけでもかなり効果がある

無題
Name 名無し 18/11/12(月)12:35:11  No.1259570
日本の対潜戦略は穴がありすぎてどこから手をつけていいかわからん
兵器の物自体はあるけど
結局その数を揃えてなんぼなんだからどうしようもないよ
熱心にやってた機雷堰の構築が最適解かな

無題
Name 名無し 18/11/12(月)20:57:51  No.1259598
ルソン海峡や本州沿いの太平洋側航路は水深の面で機雷敷設無理だけども
戦争末期にある程度戦果上げた南西諸島沿いのラインをさっさと敷設したり
マラッカ・スンダ・ロンボク海峡なんかでもやろうと思えばやりようはあったな

無題
Name 名無し 18/11/18(日)10:12:57  No.1260152      
WW1では潜水艦が猛威を振るって、世界的に重要な兵器と見なされるようになり、日本でもIJNの遣欧艦隊が潜水艦相手に苦闘してたりするんですが、日本海軍のみならず、当時欧州戦の情報収集・分析を進めていた日本陸軍にとっても、今後の戦争に於ける潜水艦対策というのが重要な案件と見なされるようになったんだそうで
例えば1918年1月の「偕行社記事」(522号)では、今次大戦での欧州海戦の様相は

「英国の大艦隊が軍港の奥深く自衛に汲々たる間に、きわめて少額の費用と、短小の時間とを以て建設せられたる、ドイツの潜水艇は無遠慮にも、英国の玄関前に跳梁跋扈を縦にして居る」

…として、

「明らかに制海権と云ふことの今昔の変化を語っている」

…と論じる記事が既に掲載されているんだそうで

無題
Name 名無し 18/11/18(日)10:16:21  No.1260153      
1542503781636
IJAにとって対潜作戦が特に重要となるのは、日本国外への派兵(海上輸送)時なわけで、輸送船自体の自衛策から陸上要塞からの対潜戦闘に到るまで、以降様々な研究が進められていったそうなんですが、その中でも大戦中に実用化された水中聴音兵器は重要な要素とみされていたようで、戦後間もない1920年の「偕行社記事」(565号)に、福井策三陸軍少将が寄稿した「水中聴音機に就て」という論文では

「航空機、軍艦及潜水艇の発達せる今日、海岸要塞の編成は之を水面及水中、、空中の三段に分ち考究せらるるを要し、就中水中の防備を解決するには此水中聴音機に待つもの頗る多い」

…として、沿岸や海峡部の防備を担当する海岸要塞に、対潜様に陸軍独自の水中聴音機を配備するべき、と主張されているんですとか

無題
Name 名無し 18/11/18(日)10:17:15  No.1260154      
1542503835764
こうした大正時代に始まるIJAの対潜研究は、昭和の初期頃からカタチに成り始めまして、「砲兵沿革史」によると

「潜水艦の急速な発達は、我陸軍に於ても之(水中聴音機)に対する研究の必要を認められるに至り、昭和の初頭より研究を開始した。その目的とする所は主として要地の防衛と輸送船の自衛であって、研究も両目的を区別する迄に進行、分化していなかった」

…そうなんですが、まず陸軍重砲兵学校、昭和4年から6年にかけて(1929~31年)、「毘式改造型」水中聴音機の実用試験、続いて昭和10年6月から13年3月まで、IJNでも沿岸監視に用いられた「菊型聴音機(=97式沿岸用水中聴音機/海軍)」の実用試験を行っているんだそうです

無題
Name 名無し 18/11/18(日)10:20:27  No.1260155      
1542504027711
一方、陸軍科学研究所でも昭和8年ごろから「す号」装置の名で水中聴音機の研究が行われており、昭和10年ごろに観音崎聴測所で実用試験が実施されたそうなんですが、聴測可能距離の短さから主として船舶塔載用装備とされるようになっていったんだそうで

またコレらの研究と並行して陸軍運輸部でも昭和6年から9年にかけて、船舶に対する水中聴音機の装備試験が計画されているほか、昭和9年には研究の為にやはり海軍サンから水中聴音機2種(K型、OV型)を借用しているそうです

更に、IJAでは聴音機による対潜射撃についての研究も行われており、重砲兵学校では昭和10年5月の海軍防備隊との協同研究、11年7月の机上研究を経て12年4月には教練を実施、翌13年2月には走水聴測所で射撃演習を行っているんですとか

無題
Name 名無し 18/11/18(日)10:25:08  No.1260156     
1542504308596
これらの成果は13年11月、「潜水艦に対する射撃の参考」として纏められているそうなんですが、印刷された59部の内、過半数の30部は陸軍運輸部に送達されており、恐らく船舶自衛の教育・訓練にも用いられたと考えられるそうです

更に昭和10年以降、陸軍技術本部第7研究所では、汽船「扇海丸」および「西村式豆潜水艇」を用いた水中音波伝搬調査を実施しているんだそづえ、調査に従事した塩見文作陸軍中佐(後の「まるゆ」設計者として有名な方ですね)によるとコレは

「1937年秋以降、朝鮮海峡の安全確保、ソ連潜水艦対策のため、海峡での潜航を繰返し、対馬海峡の音響封鎖線(釜山~対馬~壱岐~九州本土)を如何にすれば、完全封鎖線の形成が可能であるか、その資料を入手する」

…為のものであったそうです

無題
Name 名無し 18/11/18(日)10:26:17  No.1260157      
1542504377859
その後昭和11年には要塞の掩護を主体とする対馬海峡の海上輸送演習も行われ、14年には「扇海丸」が塔載の水中聴音機試験のため、横須賀鎮守府主催の対潜演習に参加して居たりと、「大東亜戦争」前の割と早期から種々のIJA独自の潜水艦対策の実験・研究が行われていたようなんですが、IJAというか日本自体が最も連合軍潜水艦の脅威に晒された同戦争中の対潜戦闘では、海軍との技術交流不十分による性能不足、そもそもの配備数の少なさまたは遅れ等から、結局「水中聴音機」による戦果自体は乏しいままで終わってしまっているんですとか

もっとも、水中聴音による海中対潜封鎖線とか、現代の技術でも難しいシロモノでしょうし(潜水艦側の性能向上も有りますが)、20~30年やそこらの蓄積ではどうにもならなかったのは、ある意味では仕方がなかったのかもしれないですねえ

無題
Name 名無し 18/11/18(日)11:55:05  No.1260164
言うても日本の沿岸を敵の潜水艦が出没しまくるってのが既に末期状態だよね

まあ先の戦争末期は実際そうだったわけだけど(白眼)

無題
Name 名無し 18/11/18(日)15:40:01  No.1260177
日本近海での潜水艦による被害は早くも開戦7か月後の6月25日に駆逐艦 山風が静岡県沖100kmで撃沈されています

撃沈されたのが駆逐艦というあたり暗い将来を予感させます

無題
Name 名無し 18/11/19(月)07:40:39  No.1260255
>駆逐艦 山風
独航中にSOSを出す間も無く轟沈し、全員戦死という有様だったので
暫くは「原因不明の行方不明」扱いだったのが痛い

沈没した事は確実とされたけど、潜水艦に沈められたと判明したのは
終戦後の米側記録の提供を受けてからのはず

無題
Name 名無し 18/11/20(火)16:44:20  No.1260375     
1542699860322
>>駆逐艦山風

>終戦後の米側記録の提供を受けてからのはず
沈む過程をじっくり撮影してるんだよな、やになるわ

無題
Name 名無し 18/11/18(日)16:08:54  No.1260179
駆逐艦が独行で巡航するような速力だともう聴音探知には不向き
配置について潜航中の潜水艦なら大して音も出ない電動機・低速で遊弋してればいいしパッシブソナーでは厳しい

無題
Name 名無し 18/11/18(日)18:23:48  No.1260191      
1542533028770
日本近海を荒らし回った米潜水艦の一隻に「ワフー (SS-238)」というガトー級潜水艦があるんですが、同艦は日本海にも数度侵入、幾多の日本船舶を撃沈する戦果を挙げておりまして、その最期もまた、日本海から宗谷海峡を経て太平洋に脱出しようとしていた所を日本側に捕捉された、というモノだったんだそうで

木俣滋郎せンせいの「潜水艦攻撃」によりますと

「日本海から脱出しようとした『ワフー』は、1943年10月11日、宗谷海峡を浮上したまま突破しようとしたらしい。宗谷海峡は幅45キロ、海底は平均50メートルと浅く、しかも対潜機雷原があるため潜水艦には苦手な海峡だ(略)日本陸軍はここに太平洋戦争直前の1941年9月、96式15センチカノン砲4門の砲台を設けていた。この砲台が敵潜を発見して射撃を加えた。もちろん敵潜は潜航する」

無題
Name 名無し 18/11/18(日)18:27:02  No.1260193      
http://cgi.2chan.net/f/src/1542533222588.jpg
「稚内から発進した大湊航空隊分遣隊の水上偵察機19号機が10月11日午前9時20分、現場に幅5メートル、長さ10メートルもの油が浮流しているのを発見(略)油の先に司令塔らしき黒いものを発見した。これに対して9時45分、爆弾1発を投下」

…したそうなんですが、その後大湊空の水偵隊および同隊に誘導されて到着した駆潜艇、掃海特務艇らは4時間余りに亘って60キロ爆弾40発、爆雷63個を投下して「ワフー」にトドメを刺しているそうです

木俣氏は「ワフー」が潜航後油を噴いていたのは急速潜航後に機雷堰の機雷により損傷していた為では…と推測されているんですが、ともあれ陸上要塞・(対潜機雷原)・航空隊・対潜艦艇の連繋が綺麗に決まった、という点では、数少ない理想的な対潜攻撃の例の一つではあったんでしょかねえ

無題
Name 名無し 18/11/19(月)01:05:49  No.1260238
対ソ海戦してソ連の潜水艦が極東に集中した場合
海軍では対処しきれないという見立てがありましたの

無題
Name 名無し 18/11/19(月)04:54:07  No.1260242 
この時代になっても狭い海峡の砲台は有効だったのですね

無題
Name 名無し 18/11/19(月)06:57:25  No.1260251
砲台から視認されて撃たれたり潜航中のわずかな油紋も水偵から発見されるほどよさげな天候・海象の下
朝8時に堂々の浮上航行はワフーがさすがに舐めすぎてしまった感あり
あるいは日中堂々浮上航行することでソビエト潜誤認を狙ったか

無題
Name 名無し 18/11/19(月)18:15:12  No.1260290
敵潜に接近するとソナーで探知不能になる問題にも結局対応できなかった
九七式曲射歩兵砲→短十二・二十糎砲→8~15cm砲用対潜弾と
前方投射できる対潜兵器は色々導入されたがどれも攻撃力に欠ける

無題
Name 名無し 18/11/20(火)18:01:20  No.1260376
ワフーって確か撃沈した日本の船を浮上後銃撃して300人近く殺してるんだったな(その殆どがインド兵の捕虜)。もちろんお咎めナシ

無題
Name 名無し 18/11/20(火)21:41:02  No.1260393
ヘッジホッグやマウストラップの弾体は推進にロケット使ってるでもなく
装薬でポーンと飛ばすのは従来の爆雷と変わってないんだし
着発かつ全弾誘爆する信管とかパターン撒布とか凝ったところ除けば
日本でも爆雷軽くして飛距離や射角稼ぐ軽便な対潜兵器は可能だったんじゃなかろか
着想さえあれば

無題
Name 名無し 18/11/21(水)21:42:31  No.1260452      
1542804151863
>対ソ海戦してソ連の潜水艦が極東に集中した場合海軍では対処しきれないという見立てがありましたの


1941年6月22日に、ドイツさんが対ソ戦に踏み切った直後の日本の大本営政府連絡懇談会で、松岡洋右外相からこの際日本も対ソ戦に踏み切るべき!という提案がなされたそうなんですが、これに対して及川古志郎海相は

「将来の外交上の参考の為海軍として一言す(略)海軍は対英米戦には自信あれども、対英米『ソ』戦には自信なし」
「米『ソ』結んで、米が極東『ソ』領に海軍基地航空基地(略)を造り、或は『ウラジオ』の潜水艦が米に移譲せらるる様な事にでもなれば、海軍作戦としては極めて困る」

…なんて返答されていたりします
無論、既に「北守南進」の方針を固めていた海軍にとって「北進」を断るイイワケめいた発言ではあるんですが、対米英戦に取り掛かっている最中、対「ソ」にまで戦力を割けない…
というのは案外正直なホンネでもあったんじゃないでしょか

無題
Name 名無し 18/11/21(水)21:43:46  No.1260453      
1542804226151
もっとも、いざ対ソ戦となった時、IJNが独自の作戦の都合から陸サンの対ソ戦支援に充分な戦力を回せないのでは?というのはIJA側でも割合早期から懸念されていたそうでして、当時IJAでの音響兵器の開発に関わられていた篠尾正明大佐によると、

「陸軍で水中聴音の研究をはじめたのは昭和のはじめのころである。一見陸軍で水中聴音の研究は必要ないようであるが、当時は主として大陸作戦が考えられており、いかなる場合にも朝鮮海峡の輸送は完全に確保されていなければこまるのであった。」

「ところが、すでにソ連はウラジオ方面に相当の潜水艦を準備していたことがわかっていたし、一方海軍は独自の作戦に主力をつぎこむ関係で朝鮮海峡に多くの力が割けなかった。結局、同海峡の安全は、主として陸軍自らはからねばならないとの結論になった」

…んだそうで

無題
Name 名無し 18/11/21(水)21:44:20  No.1260455      
1542804260602
因みに篠尾氏によると

「潜水艦の位置を探す方法には二種類ある。その一つは(略)水中聴音機。他の一つはこちらから音波を発射して(略)距離を出す音波探知機である」

「音波探知機のほうから説明すると、第一次世界大戦中フランスのランジェバンによって創案されこの方式が一般に使われていた(略)陸軍では1万4000と9000サイクル毎秒が用いられた。音を出す発信機としては、初期にはランジェバンの方式(略)が考えられたが、後には磁歪式が採用され一般に使用された(略)この種の装置は海岸にも設置し、また輸送船などにも取り付けられて対潜戦闘に大いに活躍した」

「実際に潜水艦の位置を定めるには、音波探知機と水中聴音機の二種類を併用(略)両者を一つの船に取りつけ、潜水艦の音を聞いてその方向を定めると同時に、音波探知機で距離を求めれば本船からの関係位置が測定できる」

無題
Name 名無し 18/11/21(水)21:44:46  No.1260456      
1542804286371
「小型汽船にこれらの装置を設備し、さらに(略)無線で誘導する爆雷投下艇を駆使して、発見した潜水艦の頭上からこれを攻撃することのできる一種の対潜システムを試作して相当の成績を収めた」

…そうでして、コレなんか今どきの無人ドローン利用の対潜システムに通じるような感があってオモシロイと思うんですがw
この実験については、IJAで種々の電波兵器開発に従事された佐竹金次大佐(陸軍電探の先駆者として有名な方ですね)の回想記にも記述が有りまして、曰く

「つぎに考えられた問題は、海岸要地における潜水艦防御への利用である。水中聴測基地で確認した潜水艦に対し無線操縦によって水雷艦を直上に誘導攻撃を加えようというのである。海岸で観測した位置、または観測船で捕捉した位置へ電話で誘導することはなかなか困難であって、確かに無線操縦の有利を認めえる」

無題
Name 名無し 18/11/21(水)21:45:26  No.1260458      
1542804326913
「(略)無線装置は戦車に利用されたものが供用され、操縦は非常に円滑(略)しかし、なんとしても不便を感じたのは、位置の決定であった。電波技術の進歩した今日から見れば、何でもないことであるが、当時いろいろ電波測距の問題を検討したけれども(略)光学測距儀にたよる以外に方法もなく、その使用がいちじるしく制限されてしまっていた」

「この舟艇を使って、水中聴測と協力して(略)潜水艦攻撃の研究が行われていった。この場合にも位置の標定が非常に大きな問題であった。もし電波兵器が進歩していたならば、この利用正面は非常に開拓されていったと考えられるが、今は昔の夢である」

「これと並行して考えられた問題は、超高速艇の飛行機上よりの操縦であって、これで潜水艦の攻撃手段を発見しようとの考えである」

無題
Name 名無し 18/11/21(水)21:48:46  No.1260460      
1542804526355
「当時、陸軍運輸部において高速艇の建造をしていたのでその一つを借り受け、装備しようと計画したけれどもいろいろの事情で実現できなかった」

「対潜水艦問題は次期戦争といえども重要な課題である。航空機の適用によりその大半は解決すると思うけれども、また一面、これだけでは死角を生ずる恐れが十分にある。されば舟艇無線操縦の問題もまだわれわれの頭から完全に払拭してしまうことのできない問題であると思う」

…との事
戦前から独自の対潜探知手段、及びその攻撃手段にまで曲りなりに研究を進めていた我がIJA、仮に「大東亜戦争」が起ることなく、順調に発展が続いていたなら、やがては世界最強の対潜能力を保有する「陸軍」として、その名を轟かせていたかもしれないですなあ…w

無題
Name 名無し 18/11/22(木)10:24:12  No.1260497 
そんな金と暇があったらもっと戦車とか小火器とかさあ…

…と思ったけど、まあ輸送途中に海上で沈められたらどんな優秀な陸戦兵器でも意味ないもんね

無題
Name 名無し 18/11/22(木)11:54:22  No.1260500
フィリピンでアメリカ戦車相手に奮戦した一式砲戦車なんか
その大半がフィリピン到着前に撃沈されちゃってるしね

揚陸できれば大活躍できる装備も、輸送船ごと沈められたのでは戦争にならんわ

無題
Name 名無し 18/11/22(木)13:30:51  No.1260503
まあ輸送船も護衛してる駆逐艦に航行中
「汝前進ナリヤ?後進ナリヤ?」
って信号送られるほどの低速が多かったみたいだし
戦時中は我が方の潜水艦すら機関減少で
「20ノットで快走してた頃がなつかしい」
なんて言われるほど物資不足だし
正午に「トン」と確認信号無線まで飛ばしちゃ居場所バレバレで"沈めてください"って言ってるようなもんだしな

無題
Name 名無し 18/11/23(金)20:40:03  No.1260666      
1542973203943
「大東亜戦争」中に首相も務めた小磯國昭陸軍大将が、まだIJA参謀本部の兵要地誌班長だった1917年に、世界大戦の研究・分析を元にした「帝国国防資源」なる論文をまとめておられまして、その内容は国家総力戦となったWW1の教訓から

「長期戦争最終の勝利は鉄火の決戦を敢行し能わざる限り 戦時自足経済を経営し得る者の掌裡に帰すること瞭なり」

…として、将来の戦争における経済要素の重要性と、今後日本として採るべき施策案などを訴えているんですが、その中の「大陸との交通連絡の確保」という章には

「帝国の原料は(略)支那の資源に仰がざるべからざる(略)航路は距離長大にして潜航艇威力増大の今日 其安全を期し難く」

無題
Name 名無し 18/11/23(金)20:43:23  No.1260667      
1542973403374
「英国が彼の優勢なる海軍力を擁しつつ尚且一少『ドヴァー』海峡の連絡を確実に保持し能わざる現状に鑒みる時は 対馬海峡は最早大艦隊の整備或は海堡の編成又は防禦網の設備等に依り其確保を期し能わざるを知る」

…なんてありましたり

要は大エゲレス海軍でさえ、本国の眼前にUボートの跳梁を許している状況から鑑みて、海軍力による日本と大陸間の海上交通路の保護は今後は潜水艦の為に困難になるだろう…と予測しているわけなんですが、ソレに対してどのように対処すべきか?という問題に対して小磯さんらが提案しているのが、対馬海峡の海底に鉄道の走る海底トンネルを建設する…という案だったりします

無題
Name 名無し 18/11/23(金)20:44:35  No.1260669      
1542973475183
総工費およそ八億円、工事期間21年をかけて全長約79万尺の海底トンネルを開鑿しようというこのアイデア、「本企画を以て誇大妄想上となすものあらん」としつつも、戦時に海上輸送防禦用の要塞や設備を整備するコストを考えれば、決して非合理な案ではない…というのが小磯さんらの主張なんですが、ある意味コレもIJAによる潜水艦対策の一案、って事になるんでしょかね…w

因みにWW1の対潜水艦戦の戦訓調査レポートとして、後半から参戦したアメリカの戦時海上輸送についての調査結果をまとめた「米国軍の海上輸送」なる文章も残されているですが、例えば米輸送船等の対Uボート戦訓として

・武装する商船は敵潜水艇の攻撃を受けても75%は撃沈を免れている
・非武装の商船は敵船水艇の攻撃を受けると75%は撃沈されるのが通常
・速度は武装と並んで自衛手段の最大要件であり
・一説では速度7浬の船舶が「潜水艇危険區域」に入ると被撃沈率は100%に達するが、16浬では10%に減少する

無題
Name 名無し 18/11/23(金)20:45:03  No.1260671      
1542973503811
…などの研究結果が報告されている他、戦時の船舶運営の組織や、その他対潜水艦迷彩や煙幕による欺瞞、被雷時に沈没を防ぐ不沈装置、小型船による泊地警戒から護衛艦隊と輸送船団による護送船団方式、果ては米国海軍当局により考案されたもので、輸送船に搭載されて敵潜水艇の接近を予知し得るという”Submarine Detector”なる詳細不明の装置(ソナーか聴音機の類でしょかね)の情報に到るまで、極めて詳細な分析と報告が行われておりまして、またその「結言」では

「我が国の地理的関係(略)豫想作戦地を稽うるに、海陸の輸送は常に国軍の作戦計画に密接なる関係を有するに拘らず、単に対潜水艇保安の点のみに依り海上輸送の全権を海軍に委任せむが、国軍の作戦計画は甚しく海軍より掣肘を受け遂に消極的に終わるなきやの惧あるべし」

…なんて危惧して居たりします

無題
Name 名無し 18/11/23(金)20:47:50  No.1260672      
1542973670633
要は日本陸軍内では早くからWW1 での潜水艦の猛威に着目して、海上交通路の防御手段、或はその困難さについても詳細な検討がされており、それが引いては後に日本陸軍が海軍サンに頼らない、独自の対潜・輸送手段の保持へと向かう源流の一つにもなっているんだそうで

ともあれ、日本軍の海外への兵力展開、或は日本という国が戦時経済を維持していく上で、海上通行路はそのアキレス腱であり、その敵潜水艦からの保護・維持の首尾の如何が国家の命運そのものまでも左右しかねなくなる…というこうした先駆者さんたちの識見の正しさは、ある意味その後(大正の日本陸軍が海上護衛の在り方を学んだセンセイでもある)アメちゃんの潜水艦に、日本が酷い目にあった史実そのものが証明した…って事なんでしょかねえ

無題
Name 名無し 18/11/24(土)01:05:20  No.1260721      
http://cgi.2chan.net/f/src/1542989120647.jpg
>対馬海峡の海底に鉄道の走る海底トンネルを建設す

>る…という案
水中に橋桁とチューブを渡す海中トンネル案も有名だけど「朝鮮海峡トンネル計画とその経緯」によれば本命はあくまで実績のある海底トンネルとして戦中まで調査は行われてたとのこと

ともあれ消極的な潜水艦対策として船運から陸路(貨物列車)への転換は着々と行われていて
輸送力増強のために山陽本線と関門トンネルは昭和19年に大陸も鮮鉄が昭和20年3月には複線化が何とか完成

大陸の船運を大連発から釜山発に切り替えると同じ船で3往復できるようになるなど効果は大きかったそう

無題
Name 名無し 18/11/24(土)01:19:15  No.1260723
じゃあ南方で鉄道への転換はできなかったのかという点については
支那と仏印は国民党支配下で通れない
仏印とタイはレールが繋がってないという状態だったため
マレー~タイ~ビルマ間が泰緬鉄道を介して陸路への移行に成功したのみ

無題
Name 名無し 18/11/24(土)17:47:05  No.1260772
もういっそフィリピンか米本土までトンネル掘っちゃおう(提案

しかし、これだけ我が陸軍が熱心に研究しているというのに海軍は一体
何をやっておるのか!(陸軍脳)

無題
Name 名無し 18/11/25(日)19:50:47  No.1260886      
1543143047275
海軍技術中佐だった深田正雄さんの著書に、対潜用の水中聴音機設置の仕事をした際のエピソードがあるんですが、曰く

「昭和15年ごろになって、日本近海の防衛が論ぜられるようになってきた。元来、日本の軍港や要港は全てといってもよい位に、入り口の狭い湾の奥にあり、湾口の防備がその港の生死の鍵を握るといっても過言ではない。そこで、水上、空中からの侵入を防ぐ防空砲台や海面砲台の整備とあわせて、水中からの潜水艦の進入を防ぐ防備衛所の整備が急がれることとなった。特に東京湾と瀬戸内海への侵入を阻止する方策が優先された」

「東京湾口は横須賀工廠、瀬戸内は呉工廠の担当として工事が指令された(略)瀬戸内海では、四国の東側の紀伊水道、西側の豊後水道、それに関門海峡のそれぞれの両岸に数箇所ずつ、潜水艦の侵入監視を目的とする防備衛所を設けることが決められた。」

無題
Name 名無し 18/11/25(日)19:51:57  No.1260887      
「これには、水中に数基の水中聴音機と、高所の見張所に大型望遠鏡、連絡用無線機などが装備される。東京湾入口周辺も同様だった。この装備工事の為に呉電気部からは数組の工事班が編成されて緊急工事が実施された(略)私もその内の一班を担当して、豊後水道西岸の鶴御崎で水中聴音機の設置工事を実施した」

「外海から呉に入る航路は三つある(略)最も広いのは速吸の瀬戸だが、それでも幅は9㎞足らずしかない。呉に出入りする艦船の多くは、この速吸を通った(略)したがってこの速吸の瀬戸から南の豊後水道一帯が、対潜水艦戦闘の面でも、また敵潜水艦の内海侵入を阻止する上でも重要な地域だった」

「そこでこれらの地点に見張所を設け、そこから水道の中央部に向って海底ケーブルを数km敷設し、その先に水中聴音機を結んで、海中の音を捕捉しようとしたのだった」

無題
Name 名無し 18/11/25(日)19:52:32  No.1260888      
「水中聴音機は1箇所に3基が標準であった。3基あれば、それぞれが音源方向を確定することによってその交点として音源の位置を確定することができるからである」

「工事は、水中聴音機の海底設置、ケーブルの海底敷設及び陸上埋設、測定機設置と試験、に大別される(略)接続を終えて、岬の突端の見張所で海を見渡しながら測定器のレシーバを耳にあてると、ある方向からスクリュー音が次第に大きくなり、やがて望遠鏡の視界に漁船が見えてくる。3基の聴音機それぞれの音の来る方向を組合わせて音源の位置を確定する。工事隊長として一安心の一刻だった」

「しかし、海峡は狭いといっても、見張所から見る海は圧倒的に広かった。音を消して潮に乗ってくる潜水艦に対しては、さらに磁気探知機の設置が必要である」

無題
Name 名無し 18/11/25(日)19:58:19  No.1260890      
1543143499890
「また、風雨、煙霧の日、または暗夜に、水上あるいは水中深く静かに潜入してくる潜水艦などを、捕捉し得たとしても、どのように処分するか。駆潜艇による爆雷攻撃か、管制機雷による水中爆破か、海面砲台による射撃か、本当の防備はこれからだという感じを深くした。その後、海面砲台や防空砲台が防備衛所に逐次併設されていった」

「これと略同様の工事が、全国各地の主要な港湾の入り口などに、各地区担当の工廠、工作部によって実施されていた」

「防備衛所によってどのくらい敵潜水艦を捕捉、阻止し、あるいは撃沈できたかについては、残念ながら私にはデータが無い。しかし米軍の動きを見ると、潜水艦の潜入よりも航空機による湾内、湾口への機雷敷設を重視するようになったのではないかと思われた」

無題
Name 名無し 18/11/25(日)20:00:21  No.1260891      
…との事
IJNでもそれなりに対潜対策は戦前から実施されていたことが窺えるエピソードではあるんですが、回想後半の、目視・聴音以外の索敵手段や、肝心の攻撃手段の整備への懸念、米軍による新型空中投下機雷による海上封鎖の話なんかは、その後のホンの数年の間に、実際日本陸海軍の技術者さん達が必死で取り組まなければならない大問題となっていくわけですなあ

因みに余談ですが、工事中、船上でキツい作業の連続に耐える深田さんらのささやかな楽しみが魚釣りだったそうなんですが、速吸の瀬戸あたりは現在でも好漁場として有名で、そこで揚がる「関アジ」「関サバ」ブランドの鮮魚は市場で高値で取引されておりましたり
深田さんは聴音機ももし回収されていなかったら今頃は立派な漁礁になっているだろう…と回想されておられるんですがw
「関アジ」を狙う漁船のフネの魚探に映る海底の突起物の中には、もしかしたらかつてのIJNの対潜防備網の遺構が、混じっていたりするのかもしれませんですなあ


無題
Name 名無し 18/11/26(月)19:29:16  No.1260995

米軍でも南北戦争で南軍の装甲モニターに港湾突入されて砲撃も効かなかった戦訓から
19世紀末には管制機雷が要港に配備されて
対潜への応用へシフトしながらWWⅡ終了まで運用されたそうだけども
水上艦の突入阻止と違って機雷原の直上にいるかがはっきり分からない対潜攻撃には有効性どうなんだろうかね
処理・回収の安全性や敷設海域の安全な通行という他種の機雷にはないメリットはある

NF文庫『空母艦爆隊』で真珠湾二次攻撃からの帰途
湾口部で突然数十もの水中爆発が起こるのを目撃した、という記述あり

無題
Name 名無し 18/11/27(火)20:32:50  No.1261155      
塩見文作さんの手記に、戦中のIJAで検討されていた「敵潜水艦を拳銃一丁で生け捕りにする方法」なるものが紹介されているんですが、曰く

「すなわち、強力な水中超音波発生(入力約5キロワット)により数千メートルの遠方に潜水中の潜水艦はだいたい発見できる(略)発見した場合には、小型舟艇に探雷機(機雷探知用装置で筆者はこれを研究整備した)を装備して敵潜水艦上に馬乗り状態で追跡する。二日でも三日でも基地と連絡をとりながら気長にやる」

「いかなる潜水艦でも(略)必ず浮きあがってくる(略)司令塔に取りついたものは、まず潜望鏡のレンズを破壊して、要すれば催涙弾を打ちこむ。こうすれば至極簡単に潜水艦を捕獲できるであろう」

…との事
何と云うか、陸戦でいう戦車の砲塔に飛び乗って…的思考というか、如何にも陸サンらしい発想ではあるような(偏見

無題
Name 名無し 18/11/27(火)20:34:19  No.1261156      
1543318459811
>管制機雷

IJNは割合ホンキで対潜管制機雷に取り組んでいたというか、専用の電纜敷設艇(初島型)も建造してましてたですよねー
造船士官の福井静夫さん曰く、

「港湾防禦用の管制式水中聴音機雷の敷設を主任務とする特殊艦。92式機雷すなわち管制機雷は、6個1組の対潜機雷を敷設し、その中央の海底に水中聴音機を賽の6の目ののようにおき、近寄る敵潜を陸上の防備衛所で監視し、適時に6個の機雷を同時に爆発させるもので、本土周辺の要地の水道を守る新兵器であり、この設置は管制用の電纜を敷設するのが作業の大部分である。このために1939年度の臨時軍事費の雑船製造費で、4隻の電纜敷設船が建造されることとなった」

…そうなんですが、ちょうど前述深田正雄さんの防備衛所&聴音機の設置工事の話と同時期にこういうフネが建造されているあたり、当時のIJNの対潜対策の重点が伺える感がありますですな

無題
Name 名無し 18/11/27(火)20:35:11  No.1261157      
1543318511381
また管制魚雷以外の対潜機雷戦として、対潜防禦網に機雷を組合わせるやり方も採用されておりまして、96式防潜網機雷の場合ですと全重量108キロ、炸薬量55キロの軽量機雷で、長さ100メートルの網1枚につき3個あて装着され、敵潜が防潜網に引っかかると、その張力で信管が作動する仕組みになっているんだそうで

この防潜網を24組、6浬(約11キロ)分の展開・設置が可能な初鷹型急設網艦も、1939年から1941年にかけて竣工して、戦中はさらに各種対潜兵装を追加されて船団護衛や泊地防衛に活躍しているんだそうなんですが、こうした対潜機雷敷設専用艦艇が建造されたこと自体、ある意味ではIJNが対潜戦闘において機雷重視の姿勢だった事の証でもあるんじゃないでしょうか

無題
Name 名無し 18/11/27(火)20:36:56  No.1261158      
1543318616885
因みに福井さん、戦中1943年の初秋に平島型敷設艇「怒和島」での対潜兵器実験に参加しておられたそうなんですが、

「豊後水道の機雷原に沿って、数日間ピーン、ピーンという音響を聞いてすごしたことがある(略)実験委員として乗り組み、仮称水中磁気探知機(Y装置)と仮称水中探査装置という2種の実験に従事したのである。いずれも目標艦伊40潜を確実に捕捉して愉快であった」

「Y装置では海中の潜水艦を幅100メートル以内なら確実に捕捉し、また探査装置では直下の潜水艦の形がグラフ上にオートマチックに現われた」

…んだそうで
「Y装置」は後に1式3型探知装置と称して、第62号海防艦での実験でも実用性が確認されたそうなんですが、ともあれIJNでも、聴音のみならず、新規の対潜対策手段についてはそれなりに継続的に研究自体は行われてはいたみたいですなあ…

無題
Name 名無し 18/11/28(水)07:27:35  No.1261204
磁探は航空機用の方は末期だけど一応投入までいったよね

時間さえあれば…とは思うけど、時間は敵味方に平等だもんなあ・・・

引用元: http://cgi.2chan.net/f/res/1259374.htm

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