空自の日本防空史40
警戒管制レーダーの発展 その3


文:nona


 今回は国産の警戒管制レーダーを扱います。

電子戦の技術 通信電子戦編
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J/FPS-3

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http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2000/photo/frame/ap124011.htm
J/FPS-3のアンテナ装置

 
J/FPS-3は昭和に開発された最後の国産警戒管制レーダーです。技本での内部研究は1979年にスタートし、1983年には三菱電機を主契約企業として試作が行われ、1991年に開発を完了、翌年から運用を開始しています。

 J/FPS-3のアンテナは1000個以上のアンテナ素子で構成されるアクティブフェイズドアレイ方式が採用され、探知距離の長い遠距離用、高精度の近距離用の2つのアンテナが導入されました。

 これは探知距離の延伸と高機動目標に対する追尾能力を両立させるための措置ですが、一方が機能を失った場合も、限定的にもう一方のレーダーが補完できるなど、冗長性も確保されているそうです。

 またレーダー区域とオペレーションルームは光ファイバーケーブルで隔離され抗堪性が向上しています。

 (ケーブルの通るトンネルは人員用の連絡通路としても機能します)

 さらに遠近両レーダー用の疑似電波発生装置(後述)も導入され、対レーダーミサイルへの欺瞞を可能とするなど、抗堪性が改善されました。

 ちなみに、J/FPS-3の製造を担当した三菱は同時期に陸自向けの対空レーダーJTPS-P14、海自の艦載レーダーOPS-24も扱っており、J/FPS-3と共通の技術が投入されたように見られます。

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http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/1984/w1984_03056.html
防衛白書に掲載されたJ/FPS-3運用サイトの構想図。


疑似電波発生装置

 前述のとおりJ/FPS-3では疑似電波発生装置が導入され、これ以降の地上用レーダーシステムの標準装備となっています。

 この装置はレーダーが対レーダーミサイルを探知すると、対象が接近するにつれて送信出力を落としていき、代わりに周囲の囮から疑似電波を発射し誘導を妨害することで、レーダー本体を防護しつつ、レーダーの停止時間を最小限に抑えることが可能です。

 三菱の公開した特許によると、複数の装置からの電波を合成することでペンシルビームやファンビームを自在に形成し、電波を集中させ強度を高めたり、複数の対レーダーミサイルへの対処能力を高める方法があるようです。

 また、条件次第ではミサイルをレーダーと囮装置の双方から離隔した位置へ誤誘導できるようです。詳細は不明ですが、複数の囮を連携させたクロスアイ妨害による方位欺瞞ではないかと思われます。

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航空自衛隊五十年史P497より
J/FPS-3のより詳細な運用構想図


21世紀のJ/FPS-3

 J/FPS-3は1999年までに7セットが導入されましたが、やはり2種類のレーダーを用いたことでシステムが大きくなりすぎたのか、J/FPS-4では再び小型化が求められました。

 その後J/FPS-3は弾道ミサイルの探知能力が求められ、2008~2009年度中に55億円をかけ、J/FPS-3改へアップデート。

 2017年には三菱電機がタイ王国空軍の新警戒管制レーダーのトライアル参加が発表されるなど、配備以降の話題も多いレーダーです。

 ところで、今年の2018年5月に防衛省を表敬訪問したタイ王国空軍司令官のジョム・ルンサワン大将は、防衛大学校第26期の留学生で、防大同窓会のタイ支部会長でもあります。

 タイ軍では2014年までに、のべ180名の留学生を防大へ派遣しており、各国の留学生同窓会の中では最大の人数を誇るそうです。

 その割には日本とタイとの軍事的なつながりはさほど強くないのが実情ですが、ルワンサン大将とタイ軍内の防大留学者の一派は日本との関係強化のきっかけとして、J/FPS-3の導入を計画しているのかもしれません。


80年代に検討されたOTHレーダー

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http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/1986/w1986_03.html

 J/FPS-3が実用試験されていた1986年から91年の5年間に、防衛庁および空自ではOTH(水平線外)レーダーの開発も検討していました。

 OTHレーダーとは短波を上空へ発射し電離層で反射させて地表海面を迂回し、遠く離れた空中または海上の目標の探知を可能とするものです。探知距離は1000~3000km、幅約60度の範囲と想定されました。

 導入に要する諸経費は500億円と見積もられ、早期警戒管制機やイージス艦と共に90年代中に長距離警戒網を形成する計画だったようです。

 OTHレーダーの建設予定地は日本各地(特に離島)が候補に上がったようですが、民間電波の妨害などが懸念され、沖縄では用地確保をめぐり反対運動が起きています。

 こうした事情から民間人のいない硫黄島も建設候補地に挙がったのですが、さすがに大陸からは遠すぎる気がしなくもないです。


OTH開発は見送りに

 OTHレーダーの検討にあたり用地確保もさることながら、OTH自身の探知精度の低さも問題となり、結局OTHレーダーが建設は見送られています。

 OTHレーダーの電波は電離層へ向け斜め上方へ発射されるため、アンテナから1000㎞圏内は死角であり、分解能も極めて悪いため、探知目標の識別・脅威度判定が難しく、さらには低ドップラーシフト目標に弱い、との指摘もありました。

 それでも大陸間弾道ミサイルの検知は可能だったようですが、冷戦の終結・ソ連の崩壊をうけ、その脅威も(完全になくなった訳ではないにせよ)低下しつつありました。

 後には北朝鮮から発射される弾道ミサイルの脅威も高まりますが、これらは日本近隣から発射されるものですから、OTHレーダーよりも通常の警戒レーダーを弾道ミサイル探知用に設計したほうが効果的であり、J/FPS-5の開発へつながっています。


 次回は昭和時代の移動レーダーを解説いたします。(J/FPS-4以降の移動警戒レーダーについてはまたの機会に)


参考
航空自衛隊五十年史(航空自衛隊50年史編さん委員会編 防衛庁航空幕僚監部発行 2006年3月)
防衛庁技術研究本部五十年史(防衛庁技術研究本部 2002年11月)/II 技術研究開発 7.第2研究所
日本の防衛戦力③航空自衛隊(読売新聞社編 ISBN4-643-87032-X 1987年5月14日)
航空自衛隊「装備」のすべて「槍の穂先」として日本の空を守り抜く(赤塚聡 ISBN978-4-7973-8327-0 2017年5月25日)
疑似電波発生レーダシステム
防衛大学校同窓会 タイ支部会長の交代について(2014年11月4日)
弾道ミサイル防衛(2008年3月防衛省)
毎日新聞 三菱電機タイ軍の入札に参加 国産防空レーダー(毎日新聞2018年2月25日 )

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