Name 名無し 18/03/24(土)18:03:35  No.1239562

ピットロード スカイウェーブシリーズ 1/700 日本海軍 工作艦 明石 エッチングパーツ付き プラモデル W37E
新旧古今東西陸海空何でも(・w・
出来れば豆知識的なエピソード等々
屁理屈揚足取り等は無しで(・w・

画像は日本海軍工作艦「明石」
あと、もう一隻くらい欲しかったです…

無題
Name 名無し 18/03/24(土)18:05:18  No.1239563      
1521882318386
まあ、この子もいましたけど(・w・;

無題
Name 名無し 18/03/24(土)18:25:27  No.1239565
>まあ、この子もいましたけど(・w・;
朝日だっけ?元戦艦の

無題
Name 名無し 18/03/24(土)20:20:05  No.1239571      
1521890405707
>朝日だっけ?元戦艦の

そうですね(・w・
確か上海での撮影だったかと

写真は掃海艇1号です
戦争初期は掃海艇として活躍してますが
中期以降は、他の艦船との差異は無く船団護衛へ…
艦艇数の激減のせいもあるんですが日本海軍の場合
何でもかんでも船団護衛に組み入れていた感じ(;w;

無題
Name 名無し 18/03/24(土)18:15:46  No.1239564     
1521882946874
小型の方ですが機動部隊随伴タンカーの「洲崎」
有名なお話ですがレイテ沖海戦時の栗田艦隊に随伴タンカーが付けられず、巡航速度に制限があったという…洲崎とは関係ないですが…

無題
Name 名無し 18/03/24(土)20:19:57  No.1239570
南洋のサンゴ礁隆起したような島で乾ドック掘るのはえらい難工事になるけども
駆逐艦以上の艦艇収容できる大型の浮きドックくらいは邀撃決戦志向でも準備しないと…

無題
Name 名無し 18/03/24(土)22:30:49  No.1239585      
>駆逐艦以上の艦艇収容できる大型の浮きドックくらいは邀撃決戦志向でも準備しないと…

http://mhbz.blog.fc2.com/blog-entry-1.html?sp
によると公称3575号を含め幾つかの浮きドックを保有していたもよう。
でも艦艇修理に欠かせない超重要装備なのに資料が無さ杉。

無題
Name 名無し 18/03/24(土)22:34:10  No.1239586      
https://cgi.2chan.net/f/src/1521898450064.png
https://m.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/q1178606406
によると公称3575号の収容能力が全長150m重量5000tらしい。
もう少し鮮明な絵か写真でも残っていればよいものを...。
公称3575号で調べてもこの模型を除いて画像を伴う裏付けが取れないのがもどかしい。
存在した事は確実っぽいんだが...。

無題
Name 名無し 18/03/24(土)21:32:48  No.1239577      
https://cgi.2chan.net/f/src/1521894768398.jpg
美味い白米ありがとう

無題
Name 名無し 18/03/24(土)21:41:36 ) No.1239579      
1521895296964
砕氷艦 大泊

大正10年就役、「尼港事件」の教訓により建造された帝国海軍唯一の砕氷艦
戦前戦中と北方警備に従事し続けソ連艦の臨検などを行う。
代艦建造の話もあったが無い袖は振れず単艦こき使われ続け終戦時の特別輸送艦からも外される傷みぶりだった。
戦後は係留保管されていたが1949~50年にかけてひっそりと解体された。

無題
Name 名無し 18/03/24(土)21:57:25  No.1239581      
1521896245776
日本は炭酸ガス発生器でラムネを造った。
一方アメリカはアイスクリーム船を造った。

無題
Name 名無し 18/03/24(土)22:10:41  No.1239582      
https://cgi.2chan.net/f/src/1521897041435.jpg
ちなみにスレ画の明石なんですが俺の親戚の爺様が溶接工で乗組んでいたらしくトラック泊地で大和に乗って反対の舷のカッターまで歩いて行った話や大和含む多数の艦艇の修理に従事した等話を聞かせていただいたのですがとある仲間の話である時同僚の一人が「内地で子供が産まれた」と大喜びで写真を見せびらかして回っていたそうなのです。それがトラック空襲の前日。
その方は甲板に居て敵艦上機の機銃掃射で亡くなったのだそうで....。

無題
Name 名無し 18/03/24(土)22:43:51  No.1239589      
1521899031954
宗谷
元々ソ連発注の砕氷船だったんですが
大戦中は南方へと大活躍(・w・
まあ、船舶不足の結果なんですけど

無題
Name 名無し 18/03/24(土)22:44:53  No.1239590
日本海軍では、小型の凹字型のハシケみたいな浮きドックを連結させて使用する
感じの浮きドックはなかったの?
https://ja.wikipedia.org/wiki/ファイル:USS_Artisan_ABSD-1_01.jpg

無題
Name 名無し 18/03/24(土)22:58:11  No.1239592 
トラックうろちょろしてた駆逐艦用のはそこそこ知られてるでしょ
せっかく捕獲・浮揚させたシンガポールの超大型のがろくに利用されなかったように
結局付属工場・大量の工員・豊富な資材がいないと機能しない問題なんだろうけども

無題
Name 名無し 18/03/25(日)08:05:13  No.1239616      
https://cgi.2chan.net/f/src/1521932713151.jpg
ロシアの超巨大浮きドックPD-41
キーロフ級重巡からアドミラル・クズネツォフに至るまですべてのロシア艦が入渠できる
冷戦真っ盛りのソ連時代にIHIが建造して輸出したらしいがどういうことなの・・・

無題
Name 名無し 18/03/25(日)17:36:05  No.1239639      
https://cgi.2chan.net/f/src/1521966965395.jpg
>ロシアの超巨大浮きドックPD-41

>キーロフ級重巡からアドミラル・クズネツォフに至るまですべてのロシア艦が入渠できる
>冷戦真っ盛りのソ連時代にIHIが建造して輸出したらしいがどういうことなの・・・
未だ健在のようですね(・w・;

無題
Name 名無し 18/03/25(日)08:28:51  No.1239618      
https://cgi.2chan.net/f/src/1521934131335.jpg
まあ、なんだ張子の虎なんかじゃなく
もしもや実戦を想定した装備も配備してるのが
わかったので良かったんじゃないでしょうか?

無題
Name 名無し 18/03/25(日)08:30:48  No.1239619      
https://cgi.2chan.net/f/src/1521934248393.jpg
本当にこれで地雷除去出来るの?
シャベルじゃないと壊し漏れが心配

無題
Name 名無し 18/03/25(日)11:46:53  No.1239627     
1521946013308
多少拡大解釈で言えば「兵器」なんでしょうか
鐘淵デイゼル工業の5トン押均機、所謂ブルドーザー(・w・
陸海軍で結構な種類を作っていますね
数はたいしたことなかったんですが…

無題
Name 名無し 18/03/25(日)12:43:47  No.1239628
戦車回収車にとって訓練や演習で戦車が想定してなかった故障起こすのが一番訓練になるんだと

無題
Name 名無し 18/03/25(日)18:31:27  No.1239642
軍用の浮船渠
http://www.geocities.jp/tokusetsukansen/J/Z3H0/index.htm

三菱造船の浮船渠各種
初建造は明治38年。
http://jpnships.g.dgdg.jp/company/prof_zosenjo_kobemitsubishi.htm

無題
Name 名無し 18/03/25(日)21:26:11  No.1239659      
浮き桟橋の「元巡洋戦艦 天城」…(・w・
http://jyousiru.doorblog.jp/archives/37175068.html

無題
Name 名無し 18/03/25(日)22:31:18  No.1239665
1521985385949
Crane Ship No.1ことキアサージ
砲塔配置のせいで戦艦としてはアレだったけど第二の人生で大活躍

無題
Name 名無し 18/03/25(日)22:38:28  No.1239666      
1521985108136
元貨客船ですが日本海軍病院船「高砂丸」(・w・
大戦後半は色々あったようで…

無題
Name 名無し 18/03/25(日)23:16:24  No.1239669      
https://cgi.2chan.net/f/src/1521987384956.jpg
全盛期の宗谷伝説
・進水時はソ連商船。しかし大人の事情で日本に残る。
・魚雷が直撃したと思ったら不発弾だった。
・直後に駆けつけた二十八号駆潜艇と共同して魚雷を撃ってきた潜水艦を返り討ちにした。不発だった魚雷を引き揚げ記念撮影をした後、ラバウルに凱旋。
・「ただの輸送艦だから大丈夫だろう」と思い、攻撃しようと宗谷に接近した航空機が逆に撃墜された。
・トラック島大空襲の時にはさすがの宗谷も小破。おまけに座礁して身動きが取れなくなり絶望的。……と思ったら、翌日の朝には満潮によって何事もなかったかのように自然に離礁して浮いていた。
・輸送船団の他の船は撃沈されているのに、なぜか宗谷だけ無事。魚雷を撃たれても船体の下をすり抜けて外れる。攻撃してきた潜水艦に対して爆雷で反撃して撃退。
・横須賀軍港が空襲された際、隣にいた戦艦「長門」が中破したにもかかわらず宗谷は無事。
・海上保安庁に所属する耐氷船が宗谷だけだったので、魔改造大改造されて南極観測船に。
・第一次南極観測時に「到達不可能」とされたプリンスハラルド海岸に見事到着。しかしこの船、この時点で建造から20年のおんぼろ船である。

無題
Name 名無し 18/03/25(日)23:23:57  No.1239670      
https://cgi.2chan.net/f/src/1521987837174.jpg
・第一次南極観測で南極へ向かっている途中、インド洋上で幻の流星群に遭遇。この流星群は100年以上行方不明だったブランペイン彗星である事が判明した。
・世界で初めて電離層の船上観測に成功。
・第二次はさすがの宗谷もスクリューが折れ満身創痍に。樺太犬15頭を置き去りにしたため叩かれる。ところが第三次でタロとジロの2頭が生きていることが判明。一躍美談として語り継がれる。
・第五次観測時、当時の南進の世界記録を更新。
・1965年南極での活躍を認められ、プリンスハラルド海岸の東海岸側が宗谷海岸と命名され世界共通の地名となる。
・巡視船を退役した時点で建造から40年の超老朽船。解体されかけたところを沢山の人々から嘆願され博物館船になる。
・海上保安庁創立30周年記念観閲式の翌日の新聞の一面に太文字で宗谷モテモテと掲載された。
・現在でも海上保安庁の特殊救難隊の特殊訓練場として使用されている。
・進水から70年以上経過しているのに未だ船籍を保有し
、(その気になれば)航行も可能である。
(一部抜粋)
http://dic.nicovideo.jp/t/a/宗谷%28船%29

無題
Name 名無し 18/03/25(日)23:34:11  No.1239671
>進水から70年以上経過しているのに未だ船籍を保有し(その気になれば)航行も可能である。
なんか水上だけでもペンキ剥げたりゴムも傷んだりだったけど修理できたん?
まあ数年前にネット上で見ただけだが

無題
Name 名無し 18/03/27(火)22:37:14  No.1239757 
>進水から70年以上経過しているのに未だ船籍を保有し(その気になれば)航行も可能である
現状じゃ航行どころか長距離の曳航すら怪しい状態だから大規模な修理は必須だけどね

無題
Name 名無し 18/03/28(水)15:02:22  No.1239770 
>現状じゃ航行どころか長距離の曳航すら怪しい状態だから大規模な修理は必須だけどね

一度ドックに入渠させて水線下の大規模な修理をしてほしい・・・

無題
Name 名無し 18/03/26(月)12:43:03  No.1239689
シンガポール占領した時に5万トンクラスのでっかい浮きドックを鹵獲してた気がするけど、トラックにでも引っ張って行けば良かったのにな。

無題
Name 名無し 18/03/28(水)16:52:16  No.1239775     
先の大戦中、太平洋での戦いでは日米ともに広大な海洋に点在する島嶼に航空基地を設営して戦ったわけですけれども、米陸軍ではこうした補給に不便な前線基地の支援の為に、リバティ型貨物船6隻を中核とした、航空機の修理施設とその運用人員を塔載する改造船舶を用意したんですとか

http://www.eaglespeak.us/2007/02/sunday-ship-history-aircraft-repair.html

IJAでも同様のコンセプトのフネを作って、ラバウル等に送り活用しておりましたけれども、この米陸軍自前の「浮かぶ航空機修理工場」もやはり硫黄島やサイパンなどに派遣され、現地のB-29やP-51その他の米陸軍航空機の稼働率維持に大いに貢献しているそうなんですが、その前部甲板には小規模の飛行甲板が仮設されており、人員物資の輸送用に2機のヘリコプターが塔載されていたんだそうで

無題
Name 名無し 18/03/28(水)16:54:21  No.1239776      
搭載機は当時実用化されたばかりのシコルスキーR-4型、今の眼で視れば機体規模も搭載量もまだまだ…といった初期の機体なんですが、それでも要修理品、若しくは修理済みのパーツのデリバリーに重宝され、時には基地周辺で不時着した航空機乗員の救難活動なんかにも活躍していたそうです

https://www.youtube.com/watch?v=BrMP28wKBhA

現代の軍隊ではヘリコプターによる輸送、若しくは救難活動はもはや無くてはならないものなわけですけれども、そうした”縁の下の力持ち”としてのヘリコプターの価値を実証した最初の例の一つ、って事になるんでしょかねえ

無題
Name 名無し 18/03/29(木)12:25:22  No.1239796
>https://www.youtube.com/watch?v=BrMP28wKBhA
ダンボール抱えて乗り降りする姿が宅配便のにーちゃんみたいだ

いやまあ、ある意味そうなんだろうけど

無題
Name 名無し 18/03/29(木)16:20:36  No.1239803
>パーツのデリバリーに重宝され、時には基地周辺で不時着した航空機乗員の救難活動なんかにも活躍していたそうです
浅学なので戦中に米陸軍が(一応)部隊編成されたヘリ運用をしていたとは初めて知りました
てっきり戦後だとばかり・・・
WACOグライダーを回転翼にしたみたいな形だし、何となく赤軍のアエロサンにも似ていてダサ可愛らしい機体ですね

無題
Name 名無し 18/03/29(木)21:45:51  No.1239816
>パーツのデリバリーに重宝され
パーツを交換させすれば修理できてしまう程、規格化が進んでいた事にも驚きだよ

無題
Name 名無し 18/03/30(金)16:59:03  No.1239843      
1522396743305
飛行第44戦隊で99式軍偵等の整備に当たったある整備員さんの手記によりますと、当時のIJAでは

「兵器には第一類兵器(機体、発動機、プロペラ、固定機関銃、旋回機関銃、無線機等)、第ニ類兵器(航空写真機、偏流測定器、整備工具等)、第三類兵器(簡易始動機、特殊工具等)、第四類兵器(車輪、尾輪、其の他一切の部品)と分類されていた」

…そうなんですが、

「整備上一番問題となったのは第四類兵器の部品関係であった」
「第4類兵器を如何にして数多く所持するか、故障の多い部品を如何にして予備を沢山準備するか」

…が、整備能力に直結していた、と回想されておられましたり

無題
Name 名無し 18/03/30(金)16:59:49  No.1239844      
1522396789171
これらの航空機整備兵さんたちにとっての「兵器」である工具や機体部品には陸軍独自の名称が付けられておりまして、

「スパナを『螺鑰』と云った。モンキー即ち自在スパナが自在螺鑰、ネジを螺子、ボルトを緊定螺とか螺桿、ナットが牝螺」

…といった具合だったそうなんですが、勿論実際には現場の整備員さんの間ではスパナ、ボルト、ナットといった一般名称の方が使われていたそうです…w
因みに

「一番小さな平凡な部品で、一番長い立派な名称を頂戴していた様に記憶している」

のが「弁動桿圧子調整螺緊定螺」だったそうなんですが、滅多に使わないタテマエ上の名称とはいえ、やっぱり一応はちゃんと覚えておかなければいけなかったんですかしらん…

無題
Name 名無し 18/03/31(土)02:57:39  No.1239856 
バルブクリアランスアジャストスクリューロックナット?

>弁動桿圧子調整螺緊定螺

無題
Name 名無し 18/03/31(土)12:29:53  No.1239874
>>第四類兵器(車輪、尾輪、其の他一切の部品)
意外な感じもするけど、偵察機担当だから、武装や損傷よりも、毎日消耗する部品が枯渇しがちだったのかな。
確かに、一番騙しが効かなそうな部分でもあるけど。

無題
Name 名無し 18/03/31(土)13:10:49  No.1239876 
64戦隊の整備班長の証言で
優秀な整備は同期だとかコネだとかを使って
如何に「員数外」を確保するかが大事って書いてたね。

無題
Name 名無し 18/03/31(土)14:21:58  No.1239878      
https://cgi.2chan.net/f/src/1522473718014.jpg
>優秀な整備は同期だとかコネだとかを使って

>如何に「員数外」を確保するかが大事って書いてたね。

ALGS(人力)

無題
Name 名無し 18/03/31(土)20:23:41  No.1239883     
1522495421592
各部隊で整備のタツジンが余剰のパーツを抱え込んでいざという場合に備える…というのは確かに個々の部隊単位で見れば有難く、機材の稼働率の向上にも繋がるわけなんですが、逆に言うと航空戦力全体から見れば、優秀な部品集積能力を持つ部隊とそうでない部隊で稼働率に差が出ちゃうわけで、コレはコレで問題であったんだそうで

そこでバトル・オブ・ブリテンの最中のエゲレスでは、航空機生産省トップのピーヴァーブルック=サンの命により、部下の職員さん達が各基地の戦闘機部隊を「急襲」しては、略奪同然にストックの補給部品を徴発して回っていたんですとか

無題
Name 名無し 18/03/31(土)20:25:56  No.1239884      
1522495556328
「そ、そのパーツだけは勘弁して下され…それがあれば明日も我が部隊のハリケーンが飛べる、今日よりも明日なんじゃ…!」
「それを聞いてなおさらそのパーツが欲しくなったぜヒャッハー!」
「うう…あ、明日…明日が~~~!」

…というようなやり取り(※イメージ)を経て強奪されてきた部品は、片っ端から主に新規機体の生産ラインへ回されたそうなんですが、ピーヴァーブルック=サンに言わせれば

「部品のストックがあり余っていて、肝心の機体の数が足りないというのよりも、機体の数はちゃんと揃っているが交換部品がなかなか手に入らない、という方がマシじゃろ?」

…という事になるんだそうで

これはこれで一理ありな考え…なんですかねえ…?

無題
Name 名無し 18/04/01(日)06:28:08  No.1239912
基本兵隊さんが使うものならなんでも兵器って事になるわな

輜重兵ならトラックは自動貨車
砲兵ならトラクターは牽引車
主計さんならカレーライスは辛味入り汁かけ飯なのであr(違

無題
Name 名無し 18/04/01(日)14:52:07  No.1239937
それでもプロペラはプロペラであり続けたわけで
航空隊では実際エンジンも発動機とは言わなかったとか

無題
Name 名無し 18/04/01(日)16:05:53  No.1239940
加藤隼戦闘隊も、歌い出し「エンジンの音 轟々と」だしな。

無題
Name 名無し 18/04/01(日)18:23:38  No.1239941 
エンジンの音で思い出したが工作艦朝日に三式戦がお世話になってた頃
エンジン調整せないかんがダミーペラがない
無いものは仕方ないと普通のペラで二時間ばかり調整してたら
元戦艦の朝日もたまらず動き出したとか

無題
Name 名無し 18/04/01(日)18:59:27  No.1239942 
>エンジンの音で思い出したが工作艦朝日に三式戦がお世話になってた頃

 興味深い話ですね。
元戦艦の工作艦朝日が陸軍の三式戦の整備のお世話をしていたんですか?

無題
Name 名無し 18/04/01(日)20:11:43  No.1239946      
>普通のペラで二時間ばかり調整してたら元戦艦の朝日もたまらず動き出したとか
第17船舶航空廠所属だった方の手記に同じ話が有りましたけれど、そちらは「朝日」でなくて徴用の輸送船「弥彦丸」でしたですねえ
液冷機用の試運転台が無かったので不時着大破した三式戦を流用したとか、防御用にやはり航空機用の12.7機関砲を流用した旋回砲架を造って船体に取り付けたとか、いかにも工作のプロらしい逸話が色々あったみたいです…w


>加藤隼戦闘隊も、歌い出し「エンジンの音 轟々と」だしな。

日本海軍の主計兵さんが烹炊所で使用していた器具に「スッポン」なるものがあったそーなんですが、その正体は巨大な長柄のお玉で、語源は勿論”Spoon”なんですとか

他のIJNの海軍用語同様、かつてエゲレス海軍に範をとった名残の名称の一つ、ということみたいですなあ

無題
Name 名無し 18/04/01(日)20:13:18  No.1239947      
ともあれ、主計兵さんたちにとっては調理器具こそ日常親しむ我が兵器、というわけなんですが、例えば戦艦「武蔵」なんかでは乗り組みの主計科員70数名の内、衣糧関係者は約50名ほど
対する乗組員総数は少なくとも2千名から多い時には3千名を超えるという兵力?差で、戦闘配食のおにぎりなど一人2個宛としても5千~6千個以上を数十名で握るという過酷な「戦場」であったそうなんですが、そんな「武蔵」の初代掌衣糧長だった四十九院梧樓という、迫力あるお名前の主計少尉さん(当時)によって、手動式の「おにぎり製造マシーン」が考案され、同艦で使用されていたんだそうで

その使用状況は「武蔵」乗組みだったある主計兵さんの回想によると

「たきあがった熱い飯を大きなおけにうつし、まないたのところまで運ぶ。」

無題
Name 名無し 18/04/01(日)20:14:03  No.1239948      
「それを掌衣糧長発明のにぎりメシ型にもりこむもの、型ブタをして押栓器を下へまわすもの、おすもの、はずしてにぎりメシをとりだすもの(略)どんどんまわる。」

「一つの型で正三角形のにぎりメシが六コできる。それをきょうぎに二コずつと副食として漬物をそえてつつむ」

…といったものだったそうで、使用方法や形状がなんとなく想像できるんですが、器具の製作自体は艦内の工作科に依頼して造ってもらうため、日ごろから獣魚肉の缶詰等を融通しておいて、便宜を図って貰っていたんですとか

余談ですが、1944年10月24日早朝、フィリピンのシブヤン海に突入しつつあった「武蔵」艦上では、朝食として白米8割、糯米2割の梅干しのおにぎりが配られたんですが、その際も勿論、この武蔵特製手動握飯器が大いに活用されたそうです

無題
Name 名無し 18/04/01(日)20:16:55  No.1239949      
そして同日の激しい対空戦闘の末、遂に「武蔵」は夕刻に到って沈没するんですが、その際最後の名残に烹炊所に戻られた主計兵さんの証言によると、戦闘で炊飯を中止した昼食用の御飯が釜内に手つかずで残っていたそうです

従って、実質的に「武蔵」艦内で最後につくられた艦内料理は朝食のおにぎりだった、という事みたいなんですけれども、その製造に使われて、「武蔵」と共に海底に沈んだこのおにぎり製造マシーン、この前のポール・アレン=サンの撮影した無数の動画をよく見たら、どこかに映っていたりしないですかねえ…

無題
Name 名無し 18/04/01(日)22:05:15  No.1239960      
>従って、実質的に「武蔵」艦内で最後につくられた艦内料理は朝食のおにぎりだった
同様なお話を栗田健男中将もお話されていまして、レイテ沖海戦での大和でも食事配布は朝食が最後だったようです(・w・

昭和40年に雑誌「丸」で行われた「山岡荘八対談」に参加した栗田氏のお話で
『(前略)艦橋の下に長官の休息所がある。朝飯ができたからというので、そこへおりていった。握り飯が2つ置いてある。それを一口パクッとやったら「飛行機!(敵機)」というわけです。そこから晩までずっとやられた。それで武蔵をなくした。それから夕方になって気がついたのですが、ああ飯が残してあるなと思って行ってみたら酸っぱくなっていてとても食べられないんですよ。参謀長(小柳富次少将)がポケットからビスケットを二枚ばかり出して「これが良いんですよ」と言って私にくれた(以下略)』
まあ朝から夕刻まで空襲と警戒を繰り返していましたので…

無題
Name 名無し 18/04/01(日)23:19:54  No.1239968
>昭和40年に雑誌「丸」で行われた「山岡荘八対談」に参加した栗田氏のお話

成る程ねえ
司令官クラスと山岡荘八氏の話は興味湧くなぁ
中々そういう肉声っぽいの聞けないしね
スレ違いだけど、山岡荘八氏の対談の話ってもっとない?

無題
Name 名無し 18/04/02(月)21:38:56  No.1240063      
>スレ違いだけど、山岡荘八氏の対談の話ってもっとない?
実は戦争後半の例の作戦に関わった牟田口廉也中将も参加しております(・w・
お話内容は簡潔になりますが「今度、インパールのことをお尋ねになると言うのでどういうふうに申し上げたら良いか苦しみました。私が何か申し上げて他の人を苦しめてはと…でも結局喋らせて貰おうかと思いました」
この時、牟田口氏は泣きながらお話をしたそうです(・w・

まあ非難等々あるでしょうが、実情は現場にいた本人や関係者しか解らぬ事でしょうから、ここでの個人的な批評は差し控えます(・w・
まあ人間ですし色々ありますよね(・w・

無題
Name 名無し 18/04/02(月)02:22:02  No.1239983      
艦長たちの太平洋戦争―34人の艦長が語った勇者の条件 (光人社NF文庫)
>『(前略)艦橋の下に長官の休息所がある。朝飯ができたからというので、そこへおりていった。握り飯が2つ置いてある。それを一口パクッとやったら「飛行機!(敵機)」というわけです。そこから晩までずっとやられた。

確かその時”艦長たちの太平洋戦争”によると3日寝てなかったという説が。

無題
Name 名無し 18/04/01(日)22:09:45  No.1239961      
ピットロード 1/700 W178 日本海軍 給糧艦 伊良湖 就役時
御飯と言えば伊良湖…

無題
Name 名無し 18/04/01(日)22:10:13  No.1239962
随分前に民放かNHKかは忘れちゃったけど、クロスロード作戦を扱った番組で沈没艦の水中撮影があったけど、長門の烹炊所の大釜とか、サラトガのトイレとか映ってたことがある

無題
Name 名無し 18/04/02(月)19:33:07  No.1240050      
1522665187355
大東亜戦争に於て、ビルマ方面のIJA主力航空隊だった第五飛行師団で経理官だった方の手記に、空中勤務者さん達の飛行中の食事の用意に関わる苦労について書かれたものがあるんですが、曰く

「のり巻きずしだとか、サンドウィッチ状ならば大いに結構であるが、材料が揃わぬときはどうしようもない。ライファンという、セロファン状の袋は熱にも強いので、米と水を入れて密封し、お湯で煮ると、出来た飯は保存がきいてそのまま携帯できた」

…んだそうで

セロファン袋の中に米と水を入れて、熱湯中で炊飯するのは航空隊に限らず日本陸軍では各所で行われていた手法で、後方からの補給品として専用のセロファン袋もちゃんと用意されていたそうなんですが、パイロットさん達のお弁当に使われたという「ライファン」、どうもどこかで読んだ名称のような気がしまして、本棚から「食生活世相史(柴田書店)」を引っ張り出してみましたり

無題
Name 名無し 18/04/02(月)19:34:14  No.1240051      
1522665254948
そうしますと、戦後の昭和27(1952)年の項目で「魚肉ソーセージ生産開始」という中に

「本格的に(魚肉ソーセージが)商品として登場するのは、戦後で、日本水産の戸畑工場で、ライファンという新しい包装材料を使って製造をはじめてからである」

…なんて有ったんですが、更にネットで検索してみますと、この製品の開発元であるその名もズバリ”ライファン工業株式会社”は今も食品包装材商社として健在で、HP上では社名にもなっている「ライファン」の概要についても説明されておられるんですが

http://www.ryphan.com/company01.html

「昭和15年から製造の始まった生ゴムに塩酸ガスを吹掛け、乾式法で作ったチューブ状(筒状)フィルムで当時としては、バリヤー性、防湿性、収縮性を特徴とした画期的なフィルム」

…であったんですとか

無題
Name 名無し 18/04/02(月)19:35:31  No.1240052      
因みにライファン(RYPHAN)というモダーンな名称の由来は

「特許商品という事でRight(権利)とセロファンのファンを組合せRight,phanからRyphan(ライファン)と命名されました」

…との事なんですが、要は戦時中陸軍航空隊の空中勤務者さん達の胃袋を支えた最新技術が、平和な時代になってからギョニソという新食品の普及に大いに貢献した、という事だったみたいですなあ
もっとも、やはり同社の解説によればその「ライファン」も

「昭和30年後半に入り、プラスチックフィルムが台頭し、生産性などの理由により生産を中止しました」

…との事で、残念ながら今の魚肉ソーセージでは、往時の「ライファン」若しくは陸軍航空隊の航空糧食の有様を偲ぶ…というわけにはいかないようです…w

無題
Name 名無し 18/04/03(火)03:32:26  No.1240085      
https://cgi.2chan.net/f/src/1522693946293.jpg
>セロファン袋の中に米と水を入れて、熱湯中で炊飯するのは>航空隊に限らず日本陸軍では
各所で行われていた手法で、
それで思い出した。確かビニール袋で米を炊く野外炊事の方法があったようなと調べてみたら今はハイゼックス袋を使った炊飯があるようです。
ハイゼックスという素材自体は1958年に日本で作られたらしいのですが日本赤十字でも災害対策に備蓄しているそうで皆様も防災対策でぜひ。
炊飯袋 ハイゼックス 20枚
自分も弁当によくおにぎりとレトルト食品と缶詰とポリ袋を飯ごうに入れて携行していましたが便利なことこの上ない。洗い物も無いし。

無題
Name 名無し 18/04/03(火)03:17:47  No.1240084      
https://cgi.2chan.net/f/src/1522693067334.jpg
航空勤務者の”燃料”

無題
Name 名無し 18/04/03(火)21:21:52  No.1240128
>航空勤務者の”燃料”
低気圧下での飲酒はあまりよろしくないんだが低空飛行ばかりの機体ならそれでもいいのかな

無題
Name 名無し 18/04/03(火)21:56:54  No.1240133
>低気圧下での飲酒はあまりよろしくないんだが低空飛行ばかりの機体ならそれでもいいのかな
流石にそういう問題ではないでしょう…
まぁレシプロ時代は日本軍に限らず、良くも悪くも飲酒に関してはおおらかだったみたいですが(死ぬかもしれないパイロットに対する黙認もあったでしょうし)

無題
Name 名無し 18/04/03(火)23:10:10  No.1240139 
>低気圧下での飲酒はあまりよろしくないんだが低空飛行ばかりの機体ならそれでもいいのかな

豪気とかそんな類の自慢話、笑い話のエピソードであって全員に推奨ってわけじゃないからね。
アルコールがダメという体質のパイロットもいただろうし、ガソリン不足でアルコール燃料で零戦飛ばしたら
コクピット内に揮発したアルコールが入ってきて酩酊したなんてエピもある。

無題
Name 名無し 18/04/04(水)03:17:42  No.1240164 
>航空勤務者の”燃料”

そういや確か札幌オリンピックの時の話だったと思うけど
音楽隊に「楽器の凍結防止」の名目でウイスキーだか酒類が支給されたけど
実際の使い道はお察し…てのを読んだ記憶が

無題
Name 名無し 18/04/04(水)05:07:59  No.1240166      
https://cgi.2chan.net/f/src/1522786079999.jpg
>音楽隊に「楽器の凍結防止」の名目でウイスキーだか酒類が支給されたけど

>実際の使い道はお察し…てのを読んだ記憶が

オリンピック繋がりで確か東京オリンピック開会式の天気が雨の予報だったので前日から呑んだくれていたら当日まさかの晴天で二日酔いの頭で曲芸飛行に臨んだとか...。

無題
Name 名無し 18/04/03(火)06:00:54  No.1240090
絹のマフラーは火傷防止って聞いたけど

無題
Name 名無し 18/04/03(火)08:01:41  No.1240093
別にマフラーする理由が一つだけってこともなかろう

旧軍の航空糧食だとゴム玉ようかんとかも有ったけど、そちらもまだメーカーが残ってたりするのかねえ

無題
Name 名無し 18/04/03(火)08:43:20  No.1240096      
>ゴム玉ようかん
>メーカーが残ってたり

健在だよ

玉嶋屋
http://tamasimaya.com/

無題
Name 名無し 18/04/03(火)10:04:13  No.1240103      
スクランブル―警告射撃を実施せよ (光人社NF文庫)
航空自衛隊ファイターパイロットのノンフィクションで
虫歯を隠していたらホットスクランブルかかって上昇中に虫歯がパーンしたというエピソードがあるんだが40年代の時代にもあったんだろうか。

無題
Name 名無し 18/04/04(水)03:29:02  No.1240165      
https://cgi.2chan.net/f/src/1522780142847.jpg
>航空自衛隊ファイターパイロットのノンフィクションで

>虫歯を隠していたらホットスクランブルかかって上昇中に虫歯がパーンしたというエピソードがあるんだが40年代の時代にもあったんだろうか。

ファントム無頼で描かれてたけど元になった話があったのね
ジェットとレシプロでは上昇力も違うから気圧の変動も急激になるんだろうけど
実際どうなんだろう

無題
Name 名無し 18/04/04(水)08:24:34  No.1240169
虫歯破裂はよく言われるけど
虫歯だって穴開けて進むのに中に空気が残るってのも変な話だ
治療したあとに悪化して開口部がないまま穴だけ大きくなったならわかるが
ほんとにある事例なのか都市伝説なのか・・・

というかそれほどの空洞ができてるなら遅かれ早かれ欠けるよな

無題
Name 名無し 18/04/04(水)10:03:24  No.1240174
虫歯は詰め物や銀歯詰めたときに中に残った空気が云々って話で
だからパイロットは虫歯治療しても穴開けたまんまって話だったような
最近はレジン流し込んで硬化させる治療だけどそっちはどうなんだろ

無題
Name 名無し 18/04/04(水)10:41:34  No.1240176
歯の神経通ってるところに空間があるので
そこの空気によって歯を押し広げようとする力がかかるので痛むらしい
虫歯があると痛む理由はよくわからん

無題
Name 名無し 18/04/04(水)12:45:48  No.1240179
虫歯が内側で進行してるとガスが発生してたりする
コクピット与圧なかったっけと思ったが旅客機と違ってダメージ時の自壊怖いから半分くらいに軽減してる程度なのね

防寒に酒入れるのは睡魔と思考判断力低下でまずすぎないか
フネの上だと救助者や当直前後に強い酒やさらに砂糖やコーヒーぶちこんだカクテル与えるのは聞くんだが

無題
Name 名無し 18/04/04(水)13:11:28  No.1240180
まあ疲労がポンと取れる薬が使われてた時代ですし。

無題
Name 名無し 18/04/03(火)20:12:58  No.1240124     
1522753978131
本当の任務は給油艦なんですが、潜水艦救難設備を持ったのやら
水上機母艦やら給炭油艦になったのやら…実質雑役艦的な知床型給油艦(・w・;

無題
Name 名無し 18/04/04(水)14:09:25  No.1240181
アリューシャン方面に出る駆逐艦では、見張りに火酒が支給されたと言う話を読んだ記憶。

無題
Name 名無し 18/04/04(水)15:14:43  No.1240182      
マレー沖海戦の際、エゲレスの2戦艦沈没の方を聞いた陸攻搭乗員さん達の中には、機上で葡萄酒で祝杯を挙げたペアも有ったそうなんですが、コレは不時着時の非常糧食として機内に備えられていたものだそうですw

因みに日本陸軍では航空糧食として利用される前から、寒冷地におけるアルコールの効果を期待した耐寒用レーションの開発が進められていたそうで、朝鮮飴や寒天と混合することで固形食品とした「耐寒食」や「固形火酒」などが制式化されていたそうです

「耐寒食(第2号)」などは空中勤務者が片手で食べられるよう、収納された厚紙紙筒の底から指で押し出して食べられるようになっていましたんですとか

無題
Name 名無し 18/04/04(水)15:17:35  No.1240183      
原料組成を見ると、グルコース100g、朝鮮飴100g、ハチミツ100g、粉乳160g、バター及びカカオ油150g、挽茶20gに対し純精アルコール165gという割合で、更に唐辛子から抽出したカプサイシン等の辛み成分が温感刺戟の為添加されていたそうです
(下戸の方の為に食べやすく表面をチョコレートでコーティングしたものも用意されていたそうな)
また、純粋なアルコール飲料そのもの…というかお酒を飛行中に飲むのはやはり御法度とされていたようなんですが、

「上戸にして平素より嗜む者は少量であれば無害である(略)葡萄酒を水で希釈したものは時に興奮および体温上昇の必要がある場合において、搭乗中であっても少量のアルコールは排除すべきものではない(陸軍糧秣本廠)」

…なんて意見もあったそうです

これなんか、解釈の仕方によっては事実上飲酒の許可と言えなくもな…(

無題
Name 名無し 18/04/04(水)15:55:32  No.1240186
>収納された厚紙紙筒の底から指で押し出して食べられるように
端に付いた糸で切れる羊羹が今も売ってますよね

無題
Name 名無し 18/04/04(水)16:16:32  No.1240190      
https://cgi.2chan.net/f/src/1522826192414.jpg
>下戸の方の為に食べやすく表面をチョコレートでコーティングしたものも用意されていた

>そうな

おお、航空チョコ寒天。
前にそのレスを無覚えがある。ちょこっと感動。

無題
Name 名無し 18/04/04(水)18:40:03  No.1240198      
羊羹と言えば有名な「虎屋」さんも戦中陸海軍向けに多数の製品を納入していたんですが、大正末期から昭和43年まで生産していたモノで「罐詰羊羹」というものが有ったそうです

元来は輸出時の保存性を高めるための製品であったようなんですが、面白い所では皇太子時代の昭和天皇が大正十年、半年に亘るヨーロッパ外遊に出た際、罐詰羊羹200缶、罐詰煎餅50缶のほか、日持ちのする干菓子として紅白の押物(砂糖に澱粉粉、寒梅粉を混ぜて木型で成型、乾燥させたもの)5000個がお召艦「香取」に搭載され、長旅を共にしているそうです

この内押物の干菓子は日頃の軍事演習などでも納品される定番商品だったそうなんですが、後に昭和天皇が即位し、大東亜戦争に突入すると、菊と桐を模った押物の「御紋菓」が生産され、天皇の名代で戦地を回る宮様方によって配られた他、戦死者の家族にも箱入りの「御紋菓」が渡される習わしだったんですとか

無題
Name 名無し 18/04/04(水)18:41:44  No.1240199      
昭和16年に海軍の監督工場の指定を受けた「虎屋」さんには当時の当主さんが書かれた

「陸海軍御用の製品の数は絶対に口外せざること、内(※家)に帰って家族の人達にも」

…なんて社内掲示が今も残されているそうなんですが、終戦後も「罐詰羊羹」は暫く生産が続けられ、かつてのIJN運送艦「宗谷」が観測船として南極に赴いた際も、観測隊の食糧として提供され、赤道の炎暑と極地の極寒に立派に耐えて、隊員さん達の舌を喜ばせたそうです

ともあれ、大元帥陛下から一般将兵、民間に到るまで、甘味の士気の維持に果たした役割の大きさを思えば、ようかんというかアンコは当時の日本にとって必須の重要な戦略物資であった…と言っても過言ではないのではないでしょうか(真顔

無題
Name 名無し 18/04/05(木)04:20:24  No.1240252      
特型駆逐艦「雷」海戦記―一砲術員の見た戦場の実相 (光人社NF文庫)
>ようかんというかアンコは当時の日本にとって必須の重要な戦略物資であった…と言っても過言ではないのではないでしょうか(真顔
"特型駆逐艦「雷」海戦記―一砲術員の見た戦場の実相"
によると一日三食の配食の他夜食というのがあって基本は余り物のオジヤだそうなのですがたまにでるお汁粉がご馳走だったようです。そんな時には各科から抜け駆けしておこぼれを頂戴せんとする"ギンバイ"が集まるようで主計もこの日ばかりは網戸に鍵をかけるなど対策するようで。

無題
Name 名無し 18/04/05(木)04:20:50  No.1240253      
しかしそこで上手くせしめるのが"ギンバイ(銀蝿)長"。これは特にその分野で秀でた者を"○○長"と呼ぶ習慣から来ているそうなのですが、曰く"食卓番 長""廁番 長""ギヤ(甲板用具)長""バス(風呂)長"等があり、その中でギンバイの名手が"ギンバイ長"なのですがその極意はコミュニケーション能力にあるようです。
あるときは主計兵曹をおだて喜ばせ汁粉を頂戴したり、またあるときは上陸して言葉の通じない現地人から豚を頂戴したり...。そんな粘りと強心臓を備える外交術に秀でた勇者という事から畏敬(?)の念で"ギンバイ長"の称号を預かり、新兵から"ギン長"と呼ばれて「おおッ」と応える猛者だったとか。

無題
Name 名無し 18/04/05(木)04:21:58  No.1240254
ちなみに自衛隊では"○○長"では無いですが"ハガキ賞"というのがあって、(徽章程では無いが称えるに十分な功績)に与えられるものだそうで、内容は多肢に渡り、例えば射撃から果ては掃除やアイロンまであるようです。意義としては(小さな事でも殊勲されたと親御さんに手紙でも書いて喜ばせろという計らいだそうで。)

無題
Name 名無し 18/04/05(木)04:40:24  No.1240256      
https://cgi.2chan.net/f/src/1522870824623.jpg
羊羹といえば大日本帝国海軍では欠かせないのが艦隊のアイドル、給糧艦間宮なのですが特に人気だったとされる非公式呼称"洗濯板"が実はどのようなものかはっきりしないらしいです。
議論はされていますが今のところ有力な仮説としては"パンに羊羹を塗ったようなもの"あるいは"シベリア"という可能性が高いようで.....。
もし今年のお盆に奄美に行けたら明石で溶接工していた親戚の方に聞いてみます。

無題
Name 名無し 18/04/06(金)19:08:57  No.1240381
青島文化教材社 1/700 ウォーターラインシリーズ 日本海軍 特設水上機母艦 君川丸 プラモデル 562
川崎汽船の神川丸型貨物船と言えば、「神聖君国」を一字ずつ冠する姉妹船4隻が、戦中IJNに徴傭され特設水上機母艦/運送艦として大いに働いたフネとして有名ですけれども、その内「君川丸」が北方方面で作戦任務に従事していた時の事

昭和18年3月10日、僚船と共に日本に占領下にあったアッツ島へ補給物資の陸揚げを行ったそうなんですが、同艦主計長だった市川浩之助少佐の回想によると、「君川丸」艦長八島元徳氏の指示により、航海中大炊飯釜いっぱいに作っておいた「お汁粉」を守備隊に差し入れしたんだそうで

現地守備隊の主計兵さん達が、大きなバケツにお汁粉を受け取ると、こぼれるような笑顔で運んで行かれたそうなんですが、そのわずか2か月半後、同島守備隊玉砕の悲報を聞いた際には、その様子が思い出されて辛かったそうです

無題
Name 名無し 18/04/06(金)19:13:07  No.1240383      
そんな市川主計長さん、「君川丸」より同じ北方部隊の第一水雷戦隊旗艦「阿武隈」主計長に転勤になり、今度は木村ショーフク司令官の下でキスカ島守備隊救出作戦に従事することになるんですが、その際「阿武隈」では対空防御強化を図って、陸軍の高射砲を借り受け、後甲板に設置したんですとか

と言っても88式高射砲が一門、軍曹を指揮官とした10名くらいの分隊というささやか陣容であったそうなんですが、軍紀極めて厳正で、慣れない航海で船酔いに苦しみつつも、毎日欠かさず訓練に励むキビキビした姿は艦内でも好感を持って受け入れられていたそうです

かくて臨時の陸海合同作戦部隊?と化した「阿武隈」以下の一水戦は、待望の霧に恵まれていざキスカ島へと向かうんですが、今度は逆に霧が濃すぎて、洋上補給を予定していたタンカーを見失い、このままでは作戦実施も困難…というトラブルに見舞われてしまったんだそうなんですな

無題
Name 名無し 18/04/06(金)19:15:51  No.1240384      
そこで窮余の一策として、搭載の陸軍高射砲の試射を行い、その発射音でタンカーを呼び寄せよう…という事になったそうなんですが、コレが首尾よく成功してタンカーとの合同に成功、無事洋上補給を行うことができたそうです
陸軍高射砲隊にとっては、本来の目的であった対空戦闘は結局一度も生起しなかったものの、思わぬ所で「奇跡の作戦」成功に貢献することになった、という事だったみたいですねえ

さて、無事タンカーと合同できたその夜の「阿武隈」の夜食に、市川氏は奮発して「おはぎ」を作り、トレードマークのあの髭を器用に持ち上げて食べる、木村司令官以下の乗組員の皆さんに大いに喜ばれたそうなんですが、特に

「陸軍では、こんな美味しい夜食はありません」

…と大喜びする陸軍高射砲隊の言葉を受けた時には、お礼ができたような気持ちで嬉しかったそうです…w

無題
Name 名無し 18/04/07(土)00:26:06  No.1240410      
https://cgi.2chan.net/f/src/1523028366329.jpg
「一番が 敵だ敵だと わめきたて あっと撃ち出す20万円」と現代価格20億円を文字通り海の藻屑にした阿武隈サンですが撤退の際炊飯を禁止されていたにもかかわらず陸軍将兵をおにぎりで迎えたという色々な意味であたたかい話が。

無題
Name 名無し 18/04/07(土)04:09:56  No.1240424
現地でも鮭とイクラは大量に調達できたらしいけど…
おかずだけで白飯が無いとかだと辛いなあ

無題
Name 名無し 18/04/07(土)04:26:42  No.1240425      
https://cgi.2chan.net/f/src/1523042802614.jpg
ちなみに艦これでは出汁巻きといえばづほ=サンですが史実では阿武隈=サンネタでして。キスカで愛情込もったおにぎりを振る舞う4年前に料理コンテストで出汁巻きを出品したそうなのですが、結果は〈評価無し〉。
曰く「軍艦の大量調理に日持ちしない生鮮食品をふんだんに使う奴があるか」「戦闘の合間にいちいち卵巻く訳にはいかんだろJK」
という訳で所謂"反則負け"だったようです。
(思いやりと愛があり元気で優しくはあるが大事な事を忘れがち)といったところでしょうか。

無題
Name 名無し 18/04/07(土)04:27:02  No.1240426      
https://cgi.2chan.net/f/src/1523042822239.jpg
ちなみに同料理コンテストでは"フルコースのような"レパートリーの戦艦・空母に次いで高評価だったのが川内の"イワシの餡かけ揚げ団子"だったようです。
金剛エントリー 複数
http://gondwana.biz/teikongo.html
伊勢エントリー そうめんとアサリのクラムチャウダー
https://www.google.co.jp/amp/s/gamp.ameblo.jp/s-ohtori025ys/entry-12302858891.html
扶桑エントリー 牛肉の五錦合え
https://www.google.co.jp/amp/s/gamp.ameblo.jp/s-ohtori025ys/entry-12314443890.html
赤城エントリー 酢豚
https://www.google.co.jp/amp/s/gamp.ameblo.jp/s-ohtori025ys/entry-12311008156.html
料理コンテスト諸評
http://kancolle.doorblog.jp/archives/46827051.html

無題
Name 名無し 18/04/07(土)04:55:06  No.1240427
海上自衛隊では公式レシピサイトがリニューアルして"艦めし"に。
http://www.mod.go.jp/msdf/kanmeshi/about.html
「"艦めし"始まります!」「補給長が4分隊に着任しました、これより配食の指揮に入ります。」

無題
Name 名無し 18/04/07(土)17:20:38  No.1240466
>http://www.mod.go.jp/msdf/kanmeshi/about.html
女王殿下来艦の折りのスイーツのレシピは掲載されてないね
個人的にはシンプルな入港ぜんざいが最高だけど

引用元: https://cgi.2chan.net/f/res/1239562.htm

海上自衛隊 最強レシピ集 艦めし 艦艇&部隊のおいしすぎる料理を紹介!
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