『「砲兵」から見た世界大戦: ――機動戦は戦いを変えたか 』
パンダ・パブリッシング
古峰文三 (著)


「砲兵」から見た世界大戦: ――機動戦は戦いを変えたか (WW2セレクト)


文:誤字 様

 
大砲を扱う砲兵、それは「戦場の女神」と称される一方、その活躍が取り上げられることは少なく、書籍やファクションでは自然現象のごとく唐突に砲弾の雨を降らす舞台装置のような扱いを受けることも多々あります。

 単独で取り上げられることの少ない、地味で重苦しく目立たない砲兵ですが、しかし砲兵は登場以来その火力で戦争と戦場をダイナミックに変化させてきました。

 特に20世紀の二つの大戦では砲兵が取り扱う膨大な数の大砲が生み出した火力戦が戦争の様相を左右し、また戦車や航空機などの新兵器のあり方にも多大なる影響を与えるなど大きな存在感を見せるのです。

 本書では砲兵視点で20世紀の二度の世界大戦を語る事により、この目立たない女神が戦場に与えた様々な影響を明らかにしています。

ニューギニア砲兵隊戦記―東部ニューギニア歓喜嶺の死闘 (光人社NF文庫)
大畠 正彦
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第一次大戦で戦車は砲兵のための土木作業車だった?
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1870年の普仏戦争で憐れな砲兵を蹂躙する勇ましい騎兵部隊、あるいは20世紀前半の人々が夢見た戦争の有るべき姿。一次大戦でこのような幻想は塹壕戦により打ちのめされるが、戦間期にはその戦訓は忘れ去られ電撃戦の成功で幻想は再び蘇る。本書はこのような騎兵・戦車の勇ましく美しい機動戦と砲兵の力づくで重々しい火力戦の間でなされた葛藤の物語でもある。(出典:カナダ国立図書館・文書館が発行していたカナディアン・イラストレイティッド・ニュースの3724から:画像参考:ウィキペディアコモンズ:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Battle-Mars-Le-Tour-large.jpg?uselang=ja

 本書は第1章で第一次世界大戦前から第一次世界大戦中の砲兵の大きな変化を詳細に描き、第2章では戦間期に戦車以上に冷遇された砲兵の有様について紹介し、第3章から第5章までで第二次世界大戦におけるイギリス軍、ソ連軍、アメリカ軍の砲兵の変節を、それに対峙したドイツ軍砲兵の動きと共に詳細に書いています。

 色々な戦術や兵器の変化がわかりやすく紹介されていますが、主に身軽な騎兵・戦車による「機動戦」と多数の火砲による濃密な集中射撃を行う「火力戦」という軸を立てて説明がなされているのが特徴でしょう。

 例えば第一次大戦前は機動戦偏重の時代です、華やかな騎兵が最後の輝きを見せる一方、砲兵は野戦においては馬匹牽引の軽量砲で肉迫射撃を行うという非常に危険な運用が行われており、第一次大戦初期には機関銃にも撃ち負けてしまうような兵科だったようです。

 当然このような有様では機関銃で守られた強固な塹壕線を突破するなど叶わず、第一次大戦が塹壕戦の様相を見せると各国は大急ぎで塹壕を突破するために重砲の配備など砲兵火力の拡張、つまり火力戦の重視に舵を切ります。

 急激な砲兵の拡大は様々な試行錯誤の連続でした、様々な弾幕射撃が実施され、砲撃地図作成用に航空機が飛び回り、砲弾の消費量は何倍にも激増し、粗製乱造された野戦砲は暴発を繰り返し、偽装により騙し合いも行われ、砲兵観測の精度は飛躍的に向上し、毒ガスの利用なども行われましたが、決定打を欠いた塹壕戦が続いていきます。

 このような塹壕戦が続いた第一次世界大戦における戦車の登場は『その装甲で機関銃を跳ね返し、無限軌道で塹壕を踏み潰して塹壕線突破に多大なる貢献を果たした』といった風に紹介されることが多く、特に1917年のカンブレの戦いでの大突破は連合軍が投入した400両以上もの戦車が大きな役割を果たしたものとして語られています。

 しかしながら本書ではこの大突破はそれまで積み重ねてきた多様な戦術・技術の進歩によって初めて砲兵が「縦深制圧に独自に動く、独立した存在」へと踏み出したおかげだったとし、それに対して戦車はこの砲兵の活躍を助けるために障害物除去の土木作業車的な運用が行われ、最前線では野砲の直接射撃や航空攻撃の前に無力だったという驚くべき実態を明らかにしています。

 戦線突破に戦車必ずしも必要でなかったことを示すため、本書では戦争末期の1918年春季攻勢でドイツ軍砲兵指揮官ブルフミュラーが見せた縦深制圧による塹壕線突破を「戦車のいない電撃戦」とし、戦車に頼らずに砲兵を主体とした火力戦によって塹壕線が突破可能な事を示しているのです。

 延々と塹壕戦が続いているイメージの強い第一次世界大戦ですが、本書はこのように砲兵の活躍に注目することにより第一次世界大戦が始まる前から終わるまでの戦場の変化をダイナミックに、かつわかりやすく描いています。


実は戦車こそ優遇されていた戦間期
BirchGun
1925年に開発された英国製自走砲Birch gun 戦間期には多種多様な戦車が作られた一方、後の大戦で戦車に勝るも劣らぬ活躍をする自走砲の開発・配備は遅々たるものだった。(写真参考:ウィキペディアコモンズ:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:BirchGun.jpg

 
第一次世界大戦が終わってから第二次世界大戦が始まるまで戦間期の軍備については、よくよく「騎兵など旧弊な兵科に固執し、戦車など新しい兵器の発展を妨げた」などと言われることがあります。

 しかしながら砲兵の視点から眺めるとこの意見は全くの見当外れで、逆にこの時期の戦車は過剰に優遇されており、砲兵こそが極端な考えにより不当に貶められて発展の道を閉ざされたのだと本書は訴えます。

 実際戦間期の欧米では第一次大戦で悲惨な大殺戮合戦を招いた砲兵の火力主義を嫌悪し、戦車を中心とした装甲機動戦や戦略爆撃理論により「より早く、きれいに勝つ」という誘惑にかられ、砲兵から重砲を取り上げて代わりに馬匹牽引の軽量砲で戦車に肉迫射撃を行うという第一次世界大戦前を思わせる戦いを強いているのです。

 例えば英国では開戦時には複数の機甲師団を有する一方で、野戦重砲連隊はわずか一個連隊が実働状態で残るは旧式砲ばかりという悲惨な状況です。戦前の想定ではこの砲兵不足は航空機による近接航空支援が補うはずでしたが、拡充途中の英仏両空軍にドイツ空軍の急落下爆撃機を止める術はありません。

 戦争が始まった時に英軍はドイツ軍も電撃戦を行うために大きく砲兵戦力を減らしている点に注目し、これに対抗するには第一次大戦のような砲兵の大規模集中による火力戦で立ち向かうしかないと結論したというのです。

 本書では英軍が開戦直後のまやかし戦争の時期から2年間をかけて戦間期に見捨てた火力戦体系の再編に奔走し、試行錯誤の末にエル・アラメインの戦いで第一次世界大戦のような大規模砲兵戦を行い火力主義に”復帰”する様が描かれています。


ソ連火力主義は人命重視の証?
泥まみれの虎―宮崎駿の妄想ノート
一部で軍オタとして有名な漫画家・映画監督の宮崎駿氏が戦車エース、オットー・カリウスの戦いを描いた「泥まみれの虎」 この漫画で戦車は対戦車兵器としても歩兵の火力支援兵器としても戦い、ソ連軍の優秀な野戦砲兵部隊は度々カリウスの重戦車とドイツ軍歩兵部隊を脅かしている。

 ソ連軍といえば「畑から兵士が取れる」という風潮があるくらい、人海戦術の国だとされることが多々ありますが、しかしそれはナチス・ドイツの侵略により国家存亡の危機に陥った緒戦の頃だけで、開戦前からソ連軍は第一次大戦以来の火力主義を唯一継承する近代陸軍でした。

 本書はドイツによるソ連侵攻・バルバロッサ作戦を「電撃戦VS火力戦」という視点で読み解きます。緒戦こそ短距離ダッシュを続けたドイツ軍がソ連軍を圧倒しますが、急進撃は重要な砲兵部隊の落伍を招き、最終的にはソ連軍が予備兵力として温存していた砲兵部隊がモスクワ前面で砲兵の支援の無いドイツ軍戦車部隊を撃破し、「火力支援を受けない戦車は砲兵により撃破される」という第一次世界大戦の原則が再確認された としています。

 このようにして「電撃戦VS火力戦」の結果はソ連式火力戦の粘り勝ちとなり第一次大戦以来の火力戦の有効性と機動戦の限界を示しましたが、一方で両軍共に足の遅い牽引式野砲の問題点を悟り、戦間期にほとんど手をつけられていなかった自走砲や突撃砲といった兵器に力を入れるようになります。そうした動きの結果、戦車は火力主義に適応した実質的な突撃砲化してしまったというのです。

 火力戦に転化した戦場でドイツ軍は足の遅い重戦車と念入りに構築された防御陣地という第一次大戦を思わせる戦い方に移行しますが、それに対してソ連軍も第一次大戦のような大規模な砲兵火力の集中と弾幕のすぐ後ろを歩兵と戦車が進む戦い方で対抗します。

 この時にソ連軍砲兵が目指したのは敵の60%以上を撃破して敵の指揮統制系統から機材までを全て潰す極端な「破壊」主義で、これは圧倒的な砲弾量でドイツ軍の防御陣地を粉砕して人命の浪費を抑えるためにソ連軍が採用した戦術であったというのです。

 実際に1944年に行われたソ連軍の大規模反攻・バグラチオン作戦でソ連軍はドイツ軍がかつて行なったバルバロッサ作戦以上の大突破を成し遂げますが、ドイツ軍のように機動戦に頼り敵首都まで急進する愚は犯さず、足の遅い砲兵を待って時間をかけて軍を進める事で被害の拡大を防いでいます。


火力と機動力問題の米国的解決法
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爆撃によりクレーターだらけになったノルマンディー地方カーン南東の町カニー。米軍は地上攻撃機を「長射程の砲兵」として大いに活用して「破壊主義」を達成したが、それは人員損失に対する不安と稚拙な地上砲兵火力運用への対策でもあった。(写真参考:ウィキペディアコモンズ:https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=File:Cagny.jpg&uselang=ja

 米国は第二次世界大戦において、その圧倒的な工業力で高度な機械化を達成して戦争中盤には自走砲を有する装甲機動戦志向の編成と戦術を持って北アフリカに上陸しました。

 一見先進的に見える米陸軍装甲部隊ですが、本書はそのような米軍も火力戦という観点から見ると周回遅れの「0点」編成とし、火力戦適応への遅れからチュニジアやイタリア南部の戦線では枢軸軍のよく防御された砲兵陣地に苦しめられる様を描いています。

 頼りの自走砲も増大する砲弾消費のために思うように活躍できず、一般の歩兵師団は自走砲よりも最新の牽引砲を歓迎する有様だったようです。

 実際多くの経験を積んだ米軍がノルマンディー上陸以降に行なった戦いは重砲の代わりに航空機を使った第一次世界大戦以来の重々しい大規模火力戦であり、戦争初期には機動戦の主役として期待されていた戦車がこの時には火力戦を支える「火力の一部」として機能していた事が示されています。

 そしてこのような米国の火力戦もまた、東部戦線のソ連軍と同じく多量の砲弾と爆弾を費やす事により最前線での人命損失が抑えられる という歴然たる事実を重視し、いくつかの欠陥や誤爆による被害にもめげずに続けられたものだとしています。


戦争の真の主役は戦車では無く砲兵だった

 
本書は砲兵を中心とした視点で20世紀前半の二つの大戦を丹念に読み解く事により、新兵器戦車の機動的な活躍を通じて語られることの多い第二次世界大戦欧州戦線を、実は第一次世界大戦から続く火力戦の諸原則に支配された戦争であったことを明快に示しています。

 本書で書かれる戦争の様相は「優れた機動力が火力の優位を覆すという軍人にとってロマンチックな発想」を打ちこわし、「もともと戦車は弱かった」という残念な事実を突きつけてきます。

 一方でたとえ弱いとされても戦車は砲兵を中心とする火力戦の中で欠くことの出来ない役割を持っており、航空機と共に機動力に劣る砲兵を補佐して火力戦の枠組みの中でも十分に活躍した点も見逃せないでしょう。

 本書は重要とされながらなかなか理解しにくい砲兵の活躍や火力戦の実態をわかりやすい語り口で第一次世界大戦まで遡って明快に示しており、初心者から上級者まで満足のいく素晴らしい本です。

 兵器や作戦の細部にまで踏み込まず要点を噛み砕いて説明しているので軍事初心者にも読みやすくオススメです。

 また第二次世界大戦の色々な兵器や戦いを諳んじるような歴戦の軍事オタクでも、本書で示されている砲兵中心の見方や第一次大戦との連続性、航空機との関連性、編成の重要性、兵站の問題などは多くの示唆に富んだものになるはずです。

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