Name 名無し 18/01/23(火)22:33:48  No.1234706

国際政治史における軍縮と軍備管理 (明治大学国際武器移転史研究所研究叢書)


https://cgi.2chan.net/f/src/1516714428424.jpg
中華人民共和国が、どんどんと海軍機動艦艇を建造・就役させているニュースに接し、かつてのNaval Holidayといわれたような、軍縮はいまの時代はないのかなっと思い、調べてみました。
1922 ワシントン海軍軍縮条約・1930 ロンドン・・ 1936第2次ワシントン 主に艦艇の保有制限(トン数・砲性能等による制限)
1925 ジュネーブ議定書にて、化学兵器の制限
第二次大戦後は
1972 SALTI 戦略核の数量制限等 以後 米ソ・米露で  核削減条約 複数回
1971 生物兵器禁止条約
1997 対人地雷の制限
2008 クラスター爆弾の制限
軍縮条約の歴史を見ていくと、 通常兵器の総量の制限から、人道をキーワードとした特定の兵器(生物・化学・核・対人地雷・クラスター)といった、機能別の制限を国際社会はかけているように見えます。
今後の軍縮条約や交渉は、どのようになっていくのか、語りませんか?
画像は在りし日のフィッツジェラルドです。
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無題
Name 名無し 18/01/23(火)22:47:48  No.1234712
海軍軍縮条約って、結局役に立たなかったわけですよね?
それとも部分的に(戦争の集結を早めるとか)あったんですかね?

無題
Name 名無し 18/01/23(火)22:56:04  No.1234713
>海軍軍縮条約って、結局役に立たなかった

各国の財政破綻を避けられた。特に日本

無題
Name 名無し 18/01/23(火)23:41:45  No.1234722
海軍軍縮条約は戦略核軍縮(SALT・START)と同じ種類の軍備管理だと思っている

どちらも有力な国家間の「決戦兵器」の制限なんだな

通常兵器の総量規制は緊張緩和がないとできないんじゃないかな(欧州通常戦力(CFE)条約がまとまったのは冷戦後だよ)

無題
Name 名無し 18/01/23(火)23:50:36  No.1234727      
https://cgi.2chan.net/f/src/1516719036448.jpg
>各国の財政破綻を避けられた。特に日本

対米7割!対米7割!

無題
Name 名無し 18/01/23(火)23:57:14  No.1234728
>対米7割!対米7割!

今なら航空母艦は70万トンまでOK?

無題
Name FMG 18/01/26(金)09:33:31  No.1234896
>今なら航空母艦は70万トンまでOK?


いくらなんでもド無理。
譲って頑張って米国に根回しして、半分の半分で勘弁してもらおうよ。

無題
Name 名無し 18/01/24(水)00:08:59  No.1234733      
https://cgi.2chan.net/f/src/1516720139269.jpg
1万トン未満は無制限らしいで!
たくさん姉妹つくって大家族や!(1929年現在)

無題
Name 名無し 18/01/24(水)00:24:55  No.1234735
>1936第2次ワシントン
うちの曾祖父さんが海軍をリストラされた時だ…(つд`)
当初はショックを受けたものの、無事に民間企業に再就職することができ、新しい生活にも慣れて来ると、毎朝毎晩、家族と一緒に食卓を囲める生活に満足し、結果的に海軍をクビになってよかったかも?と思うようになったそうだ。
しかし、僅か数年後には太平洋戦争が勃発し、曾祖父さんは海軍に呼び戻され…。
この海軍軍縮は、曾祖父さんにとっては、家族との思い出を作るために貰った価値あるギフトだったのかも。

無題
Name 名無し 18/01/25(木)20:32:58  No.1234879      
https://cgi.2chan.net/f/src/1516879978049.jpg
1934年12月に、日本はワシントン条約の破棄を通告しているんですけれども、コレに先立ち同年3月に海軍省内の軍備制限委員会が算出していた数字によると、日米両国の造艦能力は平時で日本の年間4万5000トンに対してアメちゃんが8万トン、戦時には日本14万トンに対して米国が24万トンと推定されていたそうです

単純に計算して平時で日本は対米5割6分、戦時で5割8分って事ですから、「対米7割」どころか「艦隊派」の皆サンが大いに不満としていた対米6割にも及ばないのが日本の実力である、ってのを当の日本海軍自体が認識していた、って話なんですけれども、IJNとしては結局、同年9月からの時期海軍軍縮会議(第二次ロンドン会議)決裂も覚悟の上で、ワシントン条約の破棄通告を政府に求めることを決定しているんだそうで

無題
Name 名無し 18/01/25(木)20:34:04  No.1234880      
1516880044283
そして条約廃棄後の国際…というかアメちゃんの動きについてIJNがどう見ていたか?というのが、海軍大臣の内閣閣議の為の応答資料に記されているんだそうでして、それによると会議決裂後、「生起することあるべき建艦競争」に関して財政上及び国防上の支障について質問された場合は

「建艦競争は引続き直ちに生起するものと断ずることを得ず」
「其の競争程度は必ずしも急激なるものにあらざる」

…と答えることになっているんですとか

要はまあ、軍縮条約を破棄したからといって、直ちに米英との建艦競争が起こるとは限らない、という見通しが、そもそも破棄決定の前提であったそうなんですな

無題
Name 名無し 18/01/25(木)20:35:33  No.1234881      
1516880133484
その根拠となったのは、まず当時のアメリカで進行しつつあった建艦計画(ヴィンソンⅠ計画)が、アメリカの条約上の上限まで建艦を進めるものであって、1940年から41年にかけて完成する見込みである…という情報であったそうなんですが、IJNでは逆に先の米国造艦能力の推定から、既にこの計画で米国の増艦能力は手一杯であり、仮に日本が軍縮体制から脱退しても、米国との建艦競争に陥ることはない、と判断しているんだそうで

また、当時既に条約制限一杯までの建造を終えていた日本側が、脱退後新たな建造を進めればそのまま米国との差を維持できる…という、何やらアキレスと亀の逸話みたいな見込みもあったそうなんですがw
一応この推定自体は、過去二十年の造艦実績から割り出されていた数字ではあったそうです
(但し、あくまでアメちゃんが「平時の」能力のままでいてくれる、という前提なわけですが)

無題
Name 名無し 18/01/25(木)20:36:09  No.1234882      
1516880169093
ただまあ、結論からいうとこの目論見はあっさり裏切られまして、無条約時代に突入した米国は1938年5月のヴィンソンⅡ計画、1940年6・7月のヴィンソンⅢ計画・両洋艦隊法…と次々に海軍増強計画を成立させまして、IJNでは早くも1938年9月には、米国は1943年末までに

「(対日本で)主力艦及び補助艦に於いて各30余万トン、航空兵力に於いて千数百機(の優勢)」

「我が国策遂行上にも重大なる支障を生ずるのみならず延いては戦争誘発の危機をも招来する」

…という、危機的認識を持たざるを得なくなっているんだそうで

因みに、軍縮時代最後の年(1936年)における日米の海軍戦力比は、日本が対米八割に達していたんですが、条約廃棄後の建艦競争の結果、これが1941年末には71%弱、42年には65%、43年には50%、44年には30%に低下する(見込み)事になってしまったんですとか

無題
Name 名無し 18/01/25(木)20:37:42  No.1234883      
1516880262525
国防上の安全圏が「対米7割」であるなら、まさに「大東亜戦争」に踏み切った41年末がその境界線であったわけですけれど、その比率に拘って脱退した結果が、7割どころじゃない大差を生じる建艦競争を引き起こして、延いてはその後の悲惨な諸々に繋がっていった…とすると
ある意味皮肉な話であるんですが、結果的に見れば、「5対3」の不公平な軍縮比率も、実際の国力比等を考えれば、むしろ日本側に有利な安全保障であった、ってことなんでしょかねえ

無題
Name 名無し 18/01/26(金)11:04:03  No.1234898
「あれは向こうを縛る条約なんだからいいんだよ」って言ったのは山本五十六だっけ?

まあ、⚫⚫が今の色々な問題の原因!廃止しよう!…って、いざ廃止したら実は前の方がよかったとか今でもよくある話だよね
ウチの職場とかさあ(略)

無題
Name 名無し 18/01/26(金)11:13:42  No.1234899
五十六自身はロンドンでの交渉で
「米英10の海軍力が、7の日本にとって脅威にならないのなら
同じ数でも脅威になるはずがない」と切り返してるんだが
如何せん、多勢に無勢

無題
Name 名無し 18/01/26(金)12:14:25  No.1234901
>>その比率に拘って脱退した結果が、7割どころじゃない大差を生じる建艦競争を引き起こして、延いてはその後の悲惨な諸々に繋がっていった

いやあ、実際の米の建艦能力であれば、衝突に至る過程がよほど史実からぶっとんで変化しない限り、大差を生じた上の悲惨な諸々は変わらないのではなかったかと。
これが建艦競争でなくても同じことで、航空主兵であれば航空機の数で、一次大戦さながらの陸上戦力の衝突するような事態であっても火砲と弾薬でと、日米が軍事でも経済でも競り合わないようななにかほんわかふんわりとした歴史の流れでもない限りはどうにもこうにも・・・。
植民地主義に至らない欧米諸国の歴史とかそういう世界になっちゃう。

無題
Name 名無し 18/01/26(金)22:05:43  No.1234916      
1516971943534
とある小説で
『全長1000m以上』の艦を保有してはならないという軍縮条約があったので
全長999m、全幅8500mの宇宙戦艦を造ったっていう
せこい条約逃れをみたが

利根型と最上型はセーフなの?アウトなの?
てゆうか軽巡と通告したのは分かるが、それをチェックする体制とか条約違反した場合のペネルティとかどうなっていたんだ?

無題
Name 名無し 18/01/26(金)22:55:02  No.1234922
>>とある小説で
>>『全長1000m以上』の艦を保有してはならないという軍縮条約があったので
>>全長999m、全幅8500mの宇宙戦艦を造ったっていう
タイラーに出てきた「信濃」だな

無題
Name 名無し 18/01/26(金)23:01:44  No.1234923
>せこい
ウィル・ウィプスをせこいとか言うな!

無題
Name 名無し 18/01/27(土)00:22:46  No.1234933
>>全長999m、全幅8500mの宇宙戦艦を造ったっていう
>タイラーに出てきた「信濃」だな
樺太じゃね?

無題
Name 名無し 18/01/26(金)23:28:16  No.1234925      
https://cgi.2chan.net/f/src/1516976896898.jpg
スレ主です、
meshさんをはじめ、おもしろいお話がきけて
ホクホクです^^

あ、画像は・・・
中距離核戦力全廃条約を締結した、アメリカのとある
大統領のTシャツですが・・・ どこからつっこめばいいやら^^;;

無題
Name 名無し 18/01/26(金)23:33:11  No.1234926
そういえば、軍事衛星ができる以前の軍縮条約の 履行状況って・・
どうやったんですかね・・・?

相互に調査団くらいは派遣はするでしょうが・・・

主力艦の制限も 、実際に戦争になってから、海戦に登場して 条約破りがわかっても罰則をかけようもないし・・・・・

けっこう ザルなんでしょうか・・

無題
Name 名無し 18/01/26(金)23:52:34  No.1234929 
>罰則をかけようもないし・・・・・
>けっこう ザルなんでしょうか・・
そもそも破るような条約なら批准しなければよいだけです
国家の主権は国際社会では最高の存在なので、その最高存在に科す罰則というものは基本的にないです。
向こうが破ったときにはこっちに課せられた制限が解除される条項を入れる、とかはありえますが…

あと偵察衛星とかなくても建艦みたいな大規模なものなら政府予算や建造の動きを見てればわかると思いますよ。

無題
Name 名無し 18/01/27(土)00:12:11  No.1234931
なるほど・・・
条約というものについての認識が・・・
あやまっておりました

>国家の主権は国際社会では最高の存在なので、その最高存在>に科す罰則というものは基本的にないです。
>向こうが破ったときにはこっちに課せられた制限が解除され>る条項を入れる、とかはありえますが…

無題
Name 名無し 18/01/26(金)23:37:31  No.1234927
>米国は1938年5月のヴィンソンⅡ計画、1940年6・7月のヴィンソンⅢ計画・両洋艦隊法…と次々
>に海軍増強計画を成立させまして、IJNでは早くも1938年9月には、米国は1943年末までに
>「(対日本で)主力艦及び補助艦に於いて各30余万トン、航空兵力に於いて千数百機(の優勢)」
 
うん。抑止力を手放しで称賛する人がいるけど、かえって相手に火を付けちゃうことにもなるという話。

軍縮条約はあくまで対処療法であって決定的な処方箋にはならんのよね。そのことがわかってるから
>機能別の制限を国際社会はかけているように見えます。
戦後処理が面倒にならないようなこっちに軸足を移してるのでは。

無題
Name 名無し 18/01/26(金)23:41:34  No.1234928      
1516977694633
航空母艦へ改装前提で建造され世を忍ぶ仮の姿で六年
空母になって三ヶ月で沈められた剣埼/祥鳳

諸行無常

無題
Name 名無し 18/01/27(土)01:29:22  No.1234935      
1516984162613
かつて日本海軍のOB士官サン達の集まりである「海軍有終会」なる団体が有りまして、その活動の一環として、IJNについて一般国民の皆様方への啓蒙を行うべく様々な出版物を発行しているんですが、ちょうど軍縮条約脱退寸前の昭和10年に出された「海軍要覧」の内容がなかなか興味深いものでしたり

国会図書館の電子資料化でネットで全文が読めるこのパンフレット、当時の海軍自体の空気を汲んでか全般に軍縮条約そのものに批判的なトーンで書かれているんですが、海戦を「侠客の喧嘩」に例えて、

「『甲組日本刀10本(略)短銃10挺』『乙組日本刀6本(略)短銃6挺』で相対せしめたとすれば、乙組が勝つ事は第一に武器が優れて居て(略)腕も余程優れて居なければ話にならない。處が正宗の銘刀を6本揃えたり、最新式の『ブローニング』短銃を6挺揃える爲には金がかかる」

無題
Name 名無し 18/01/27(土)01:32:53  No.1234936      
1516984373040
「併し此の制限があっても、武器甲組50個乙組30個と総数だけ定められたなら、乙組は(略)例えば短銃を25挺として残り5振の日本刀を用いるかも知れない。こうすれば短銃は南部式でもよく日本刀も正宗の必要はあるまい(略)武器に個別の制限があるよりもずっとやりよくなり、勝ち得る見込も多くなる」

「帝国の海軍軍備も其の通りである。帝国の国策を遂行するに一番能率の良い費用の要らない軍備は既存条約を破棄して始めて出来るものである。之を国民全體が明確に呑み込んで、来るべき軍縮会議には挙国一致我主張を貫徹せねばならぬ」

…なんてありまして、サラっと陸サンというか南部センセイがディスられてる気もしますがw
なるだけ分かりやすく、軍縮条約破棄が安全保障上も経済的にも得策である、というのを国民に訴えよう…という内容になっておりましたり

無題
Name 名無し 18/01/27(土)01:34:36  No.1234937      
実際、IJNとしても条約破棄後に米国との建艦競争が生じる可能性について全く考慮していなかったわけはなく、その場合の対策としては、各艦種を対米均等を維持するような建艦は必要なく(尤も経済的に無理なわけですが)、米国に比して個々の艦の性能を優秀として、実際の戦闘力に於いて均等となるような艦艇を建造する、としていたそうです

さしづめ戦艦「大和」なんてその最たる例なわけなんですが、面白いのがこの昭和10年の「海軍要覧」、ちょうどこの頃極秘裏に計画がスタートし始めていた大和型戦艦についての言及は当然無いんですが、当時日本で公開されていた米映画「キングコング」を例に挙げて、軍縮後日本の海軍国防のあり方について説明していたりします

無題
Name 名無し 18/01/27(土)01:42:49  No.1234938      
https://cgi.2chan.net/f/src/1516984969141.jpg
曰く

「先日『キングコング』と云う馬鹿々々しい活動写真があったが、軍縮後日本で現在のアメリカの艦隊に対しては、『キングコング』の様な軍艦を一隻作ったらどうだろう。アメリカがいくら強いと云っても、『キングコング』一匹に対しては手も足も出まい」

…との事で、この辺パナマ運河通過前提の全ての米戦艦に優越することを目指した「大和」建造に重なる部分があるんですが、実際には映画のラスト、コング=サンはエンパイア・ステートビルの頂上に登った所を米軍機に銃撃され墜落、敢え無い最期を遂げていましたり

そして、劇中でコングを銃撃している機体と言うのがカーチス社製のF8C複葉艦上戦闘爆撃機で、空母「サラトガ」等に配備され、いわゆる「ヘルダイバー」のルーツになった機体であったりするんだそうなんですな

無題
Name 名無し 18/01/27(土)01:46:52  No.1234940      
https://cgi.2chan.net/f/src/1516985212512.jpg
無論、コレは偶々と言うか最早こじ付けの類なんですがw

日本海軍が「キングコング」に例えた、アメリカ艦隊が手も足も出ない軍艦を具現化したような大和型戦艦が、後年、姉妹艦の2隻ともが「ヘルダイバー」の名を継ぐ艦爆含む米海軍機の大群に寄ってたかって沈められる姿は、ある意味エンパイア・ステートビルから射落とされるコング=サンのそれと、重なる所がある気がしますですなあ

無題
Name 名無し 18/01/27(土)10:34:50  No.1234962
>けっこう ザルなんでしょうか・・
排水量の制限なんかザルもいいとこだったからなあ
一応条約配慮して設計しても実際建造したら全然収まってないとか

無題
Name 名無し 18/01/27(土)13:45:53  No.1234989      
造船側で制限内に収めようとしても用兵側が
あれ積めこれだけ積めと無茶ねじ込んで来るからいけないの

龍驤は当初計画の五割増の航空艤装をとか言う人のせいで・・・
重巡青葉とほぼ同じ船体に無茶ハメし過ぎだ

無題
Name 名無し 18/01/27(土)22:17:02  No.1235020      
ワシントン条約に続く1930年のロンドン海軍軍縮条約の締結の際、戦艦のみならず虎の子の一万トン級重巡洋艦まで保有量を削られる…っていうんで色々大騒動になったわけですけれども、当時海軍艦政本部長だった小林躋造海軍大将さんの回想記「倫敦軍縮会議論」によると、実際には1936年の同条約終了まで、日本の補助艦艇の対米割合は7割に僅か2厘5毛不足するだけで、特に大型巡洋艦は米側の新造艦起工の遅延により、1935年末まで対米7割を保持できたんだそうで

また、軍縮条約締結に同意した見返りとして、軍備補充計画の予算も政府に認められるという利点も有って、締結してみれば必ずしも国防上…というかIJNにとっても悪い結果ではなかった、という事になったんですとか

無題
Name 名無し 18/01/27(土)22:17:48  No.1235021      
これには当時のアメちゃんの側の事情も反映されてまして、大恐慌による経済的混乱、時のフーバー大統領の軍縮路線等もあり、既に1922年から1930年までの軍艦建造実績で比較しても、日本が125隻、英国74隻に対して米国はわずか12隻に留まっているんだそうです

言わばまあ、条約の条文上での米側の優位に対して、現実の戦力比はむしろ日本の理想に近い、という状況であったそうなんですが、コレを奇貨として喜んだのは実は日本海軍だけではなかったんだそうで

例えば当時関東軍高級参謀だった板垣征四郎サンなんかは、1931年9月の満州事変における首謀者グループの一員であるんですが、事に先立ち、同年5月に陸軍内部で、次のような主張を述べておられるんですとか

無題
Name 名無し 18/01/27(土)22:19:23  No.1235022      
「国防上また産業資源の確保上、世界の大国に伍して進んでいくためには、ぜひとも満蒙をわが領土としなければならない(略)アメリカが強い干渉をする可能性があるが、わが海軍はこれを撃破する力をもっている。ロンドン条約の結果、海軍力の差は後になるほど開いていくはずだから(略)早い方がいい」

また、満州事変と言えばこの人…な石原莞爾サンは、賀屋興宣氏(大東亜戦争開幕時の大蔵大臣さんですな)の回想によると、後年、なぜあの時期に事を起こしたか?という理由について

「アメリカの強力な武力干渉あるいは外交干渉があるか否かを検討し、当時のアメリカの海軍力が(とくに巡洋艦の隻数で)著しく不足している状況にあったため、アメリカが満州問題について干渉してくることはないと判断し、事変を起こした」

…と語っているんだそうで

無題
Name 名無し 18/01/27(土)22:20:15  No.1235024      
因みに賀屋さんはロンドン条約会議にも大蔵省から随員として出席、財政面から締結賛成の意見を述べた所、条約反対派だった若き日の山本56サンにザッケンナコラーッ!スッゾオラーッ!!と猛烈に噛み付かれた経験のある方だそうでしてw
そうまでして締結したロンドン条約で、日本の対米戦力比が弱体化する前に駆け込みで事を起こしたんやで!…と満州事変の首謀者自らに聞かされた時は、さぞ複雑な気分だったんじゃあないでしょか

もっとも、米海軍の低成長ぶり自体は実は満州事変勃発後も暫く続いておりまして、1931年9月27日、事変勃発の9日後にフーバー大統領が32年度米国予算案における駆逐艦建造計画の半減を決定していたりするんだそうです

また、翌1932年に出版の、先の「海軍有終会」編による「米国海軍の真相」では、時の米国海軍作戦部長プラット=サンの言葉として、次のような意見を紹介しておりましたり

無題
Name 名無し 18/01/27(土)22:22:20  No.1235025      
「海軍を急速建造せんとするが如き計画は思慮ある海軍士官の決して賛成せざるところである。斯の如きは徒に建造を輻輳せしめ、一時に多数の艦齢超過艦を出し、決して海軍の能率を維持する所以でない」

…んだそうなんですが、ある意味日本側では陸サンでも、日本の対満州/中国政策に対する米側の干渉手段の支えとなるのはその海軍力である、という正しい認識がされていた、という話ではあるんでしょかね

もっとも、米海軍の低迷路線も1933年にフーバー=サンに変わってルーズベルト大統領が就任するに伴い終わりを告げ、1934年には取りあえず軍縮条約の上限いっぱいまでの建造を目指すヴィンソンⅠ計画が承認されるわけで

無題
Name 名無し 18/01/27(土)22:23:06  No.1235026      
ココに到って、日本海軍としてはついにそれまでは条約条文上のみであった戦力の劣勢が現実のものになる、という事態に向き合わなくてはならなくなったわけでして、これがより最善の軍備拡充=そのためのワシントン条約破棄、という決断に踏み切った原因でもあったそうなんですが、にも関わらず、先述のようにヴィンソンⅠ計画以後の更なる米海軍の増強ぺースについては非常に楽観視していたわけなんですよね

日本が大陸進出を目論んでコトを起こせば、干渉してくる米国の圧力の源はその海軍力であり、危機、若しくは対立の激化に臨んで米側も増強を図る…という事態への認識自体は正しく為されていたのにも関わらず、その脅威の判定基準はまだ日米が中国問題を巡って深く対立する前の時代のデータに基いていた、ってのはちょっと不思議な気もするんですけれど、実際この辺の事情はどうなっていたんでしょかね…?

無題
Name 名無し 18/01/28(日)09:05:44  No.1235043
冷戦時代の米ソなんかは、逆にお互い相手の実力を過大評価してたのがかえって平和につながった、なんて何かで読んだなあ

でも軍縮条約の取り決めが出来るって自体がある意味一定の信頼関係があるってことなのかも

引用元: https://cgi.2chan.net/f/res/1234706.htm

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