Name 名無し 17/12/08(金)20:31:16  No.1231320

青島文化教材社 1/700 ウォーターラインシリーズ 日本海軍 航空母艦 蒼龍 1941 プラモデル 222

真珠湾「悲惨ナル状況」 「蒼龍」搭乗員の日記 熊谷の親類宅で発見
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201712/CK2017120802000126.html
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Name 名無し 17/12/08(金)20:42:23  No.1231324      
蒼龍の零戦1機が出撃時に落ちていたというのは

第3集団
└制空隊
......├第1制空隊:零式艦戦×9(「赤城」)
......├第2制空隊:零式艦戦×9(「加賀」)
......├第3制空隊:零式艦戦×8(「蒼龍」)
......├第4制空隊:零式艦戦×6(「飛龍」)
......├第5制空隊:零式艦戦×5(「翔鶴」)
......└第6制空隊:零式艦戦×6(「瑞鶴」)

赤城や加賀の9機と異なり、8機だったというのがそれなのか。
そうなると翔鶴も1機落ちていたかエンジン不調で引き返したのだろうか。

無題
Name 名無し 17/12/08(金)21:28:36  No.1231327
スレが立ってて話題になったやつか
詳細に記述されてたウェーク島上空図や保存状態が極めて良い艦内新聞には感動した

無題
Name 名無し 17/12/09(土)20:15:36  No.1231425      
1512818136025
福留繁海軍中将さんの回想によると、真珠湾攻撃での第一次攻撃隊の出撃予定機中、結局攻撃不参加は艦攻(水平爆撃隊)1機、艦爆隊3機、艦戦(制空隊)が2機だそうなんですが、戦史家の森史朗せンせい著の「運命の夜明け」に

「(第一次攻撃隊発艦時)エンジン不調で加賀の水平爆撃隊の1機が発進をとりやめたのと、蒼龍を発艦した制空隊第3小隊長の零戦1機が操作をあやまって海中に転落した」

…なんて有りまして、コレを島田さんや「陽炎」航海長さんが見てた、って事みたいですねえ

因みに、第一次攻撃隊では「翔鶴」から発進した2個小隊の艦戦の内、12小隊が列機1機のみで計5機であったようなんですが、コチラはどういう事情だったんですかしらん

無題
Name 名無し 17/12/09(土)20:16:43  No.1231426      
1512818203203
余談ですが、第一次攻撃隊の「蒼龍」制空隊の3個小隊8機(8名)はこの日は全機無事帰投されておられるんですが、その後1942年にソロモンで2名、1944年にパラオ・マリアナ沖・内南洋・南寧・硫黄島で5名の方が戦死されておられまして、戦後まで生き残ったのは田中平飛曹長(開戦時)のお一人だけであるそうです

むぅん…キビシイ…

無題
Name 名無し 17/12/10(日)00:10:31  No.1231444      
真珠湾攻撃隊隊員列伝―指揮官と参加搭乗員の航跡
>蒼龍を発艦した制空隊第3小隊長の零戦1機が操作をあやまって海中に転落した

さすが。疑問がたちまち氷解しました。ありがたいです。
真珠湾攻撃は知名度が高い分、参加搭乗員一人一人を追った書籍がでてますね

>戦後まで生き残ったのは田中平飛曹長(開戦時)のお一人だけであるそうです

蒼龍の戦闘機隊ですと第二次攻撃で撃墜を記録した藤田怡与蔵中尉、去年までご存命だった原田要一飛曹がいらっしゃいますね

無題
Name 名無し 17/12/10(日)01:03:18  No.1231445
そう言えば、20数年前に出掛けた先で偶然に、真珠湾攻撃に参加した九九式艦爆乗りだった方にお会いしたことがあるな。
お名前を頂戴するのは失礼だと思ったので、どなたか不明のままだけど、体調が優れなさそうなご様子だったし、もうご存命ではないだろうな…。
開戦時から参戦していた艦爆乗りの中で、終戦まで存命だった人はいないと思っていたので、その当時は非常に驚いた。

無題
Name 名無し 17/12/10(日)20:28:00  No.1231532      
1512905280501
>参加搭乗員一人一人を追った書籍


昔書店の店頭で見かけたとき、欲しかったんですけれどなんとなく買いそびれたままなんですが、やっぱり面白そうですねえ…w

因みに、真珠湾攻撃より帰投時、脚故障のため「蒼龍」に着艦できず不時着水した97式艦攻「3-312号」の操縦者だった森拾三さんの回想記も出版されているんですけれど、そちらでは着水後救助された駆逐艦は「陽炎」ではなく「谷風」となっておりましたり

取りあえず駆逐艦に収容されて人心地ついたものの、乗組員に真珠湾の武勇伝を迫られて弱っていたところ、9日午後に内地へ向かう機動部隊の前路警戒に当たっていた艦爆?が着艦に失敗、海面に脱出した搭乗員2名(負傷されていたそう)が再び「谷風」に収容されまして、「蒼龍」から派遣された救助艇により、森さんのペアを含む5名の搭乗員が「蒼龍」に戻ったんだそうで

無題
Name 名無し 17/12/10(日)20:29:26  No.1231533      
「艦戦1、艦攻1、艦爆?(搭乗員2名とのことですので)1」の計3機が海面に落下(事故)、計5名の搭乗員が駆逐艦に救助…という所は今回の記事内容と一致しているんですけれど、細かい部分での差異は記憶違いによるものか、それともまた別個のエピソードが混じっていたりするんでしょか

余談ながら不時着水で命を拾った森機の3名のペアの方々の内、森氏はその後MI作戦で「蒼龍」が沈没後「隼鷹」に転属となり、ガ島戦で敵機の銃弾で右手を失う重傷を負って退役、偵察員加藤氏は1944年に台湾沖海戦で戦死、電信員早川氏のみ終戦時息災であったそうなんですが、この方は真珠湾攻撃時

「いやあ、機銃弾がおしりのほうからご入来で、背中の皮とシャツのあいだを、すっと通りぬけていったんです。熱いのなんのって(略)とんだカチカチ山のタヌキです」

…なんて目に遭っておられるんだそうで、ある意味、ツキに恵まれた方ではあったんですかしら…

無題
Name 名無し 17/12/11(月)12:46:04  No.1231599
真珠湾攻撃に参加、ってのは長い戦争の初っぱなから出ずっぱり、とイコールだからね

戦争末期に「真珠湾帰り」で、なおかつ現役バリバリの搭乗員とかなら部隊の間で奪い合いになりそう…

無題
Name 名無し 17/12/11(月)13:14:02  No.1231601 
真珠湾の時に搭乗員、特に操縦員だと、昭和18年頃には大抵教官になってるからな。
偵察員や艦攻の電信員だと、戦争中ずっと飛んでた人もたまにいる。

無題
Name 名無し 17/12/11(月)19:32:32  No.1231614
前に話題になってたやつだな
然るべき所で保存してもらいたいもんだ

無題
Name 名無し 17/12/12(火)22:10:35  No.1231722      
1513084235743
歴史家の秦郁彦せンせいが、真珠湾攻撃隊について調査されたものからの引用になるんですが、第一次・第二次攻撃隊合わせて、実際に真珠湾上空まで到達した「蒼龍」攻撃隊機数は艦戦が17機(17名)、艦爆が18機(36名)、艦攻が18機(54名)の計53機(107名)と推定されるそうです

勿論、コレは島田さんや原田氏のような「母艦残留組」を除いた数字ですので、イコール当時の「蒼龍」搭乗員の全数、ではないんですが、言わば「蒼龍」における「真珠湾行き」組の総数、と言うところですね

そしてこの107名の搭乗員の方々の内、1945年8月15日の終戦時に生存されていたのが、艦戦17名中3名、艦爆36名中6名、艦攻54名中13名の計22名(戦死・殉職者85名)

配置別でみると、操縦員53名中生存者は11名、偵察員36名中生存者9名、電信員18名中生存者が2名、という事になるんですとか

無題
Name 名無し 17/12/12(火)22:16:31  No.1231723      
亡くなられた方々の内、1943年の1名、44年の2名、45年の2名は殉職、若しくは病死されておられるそうなんですが、この4名を除く、81名の戦死時期を見てみますと

1941年 13名(生存者94名)
1942年 31名(63名)
1943年 4名(58名)
1944年 28名(29名)
1945年 5名(22名)

…となっておるんだそうでして、戦争末期まで各地の最前線で「真珠湾帰り」が戦っていたことが窺われるんですが、これを次に戦死場所ごとに分けますと

真珠湾…7名
ウェーク島…6名
セイロン…8名

無題
Name 名無し 17/12/12(火)22:20:20  No.1231724      
ミッドウェイ…7名
ソロモン・南太平洋…16名
マリアナ…7名
台湾沖…8名
硫黄島…3名
沖縄・九州…5名 (特攻戦死2名を含む)
その他…14名

…となっておりましたり
正直、余り気分の良いリストではないと思うんですけれども、例えば42年6月5日、ミッドウェイで「蒼龍」が沈んだ際、母艦と運命を共にした7名の他に、2名の元「蒼龍」所属の「真珠湾帰り」組の搭乗員さんが、アリューシャン作戦で戦死されているんですよね
MI作戦前に北方作戦組に転任になり、奇しくも元の母艦と同日に幽明境を異にされた、ということなんでしょうけれど、眺めていると戦中のIJN搭乗員の皆さんの戦いぶりが、伝わってくるような数字ではある気がしますなあ

引用元: https://cgi.2chan.net/f/res/1231320.htm

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