無題 Name 名無し 17/10/16(月)12:42:13  No.465035

1509013135261
戦場で生き残る秘訣について考えるスレ
死んだじーちゃんが「敵と撃ち合いになったらな、まず勇気を出して一番最初に飛び出るんだ。そうすると敵はビックリしてマトモに狙いをつけられない。二番目に飛び出すやつはもう狙いを付けられてるのでだいたい撃たれて死ぬ」
みたいな事を言うておりました。

祖父:近衛兵の迫撃砲担当、最後は伍長、相手は新四軍だったそうです
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無題
Name 名無し 17/10/16(月)12:53:12  No.465037
中国での駐屯地の兵隊の集合写真を見てみると、明らかに日本軍と違う制服を着てる人が何人かおり、そいつらは現地中国人の警察官だ、村の治安とかはめんどくせぇからそいつらに任していた
とか、なんとか

祖父がいた所はそんなに激しい戦闘地帯ではなかったようです

無題
Name 名無し 17/10/16(月)13:13:42  No.465038
最初に飛び出した奴に狙いをつけて撃つんだけど、そうそう狙い通りに当たるもんじゃないからむしろ他の奴に当たるんじゃないかと思うんだ

あと出遅れると集団になってしまうから撃つ側としたらバラけた個人より塊の集団に撃ちたくなるような気が

無題
Name 名無し 17/10/16(月)13:18:38  No.465039 
死中に活ありとか
死なんと戦えば生き、生きんと戦えば必ず死するもの也という世界でしょうか

無題
Name 名無し 17/10/16(月)13:23:31  No.465040
FPSゲームはまさにこれだわ、バンバン前に出る方が意外とやられない、後ろに引っ込んでるとあらぬ方向から狙撃されて死亡が多い

無題
Name 名無し 17/10/16(月)14:47:45  No.465044
スレ主ですが、私なんかはスキムボードやってるとでかい一番波には挑まず、気付いたら2番目の波に向かって走り出してる人間なので

無題
Name 名無し 17/10/16(月)14:52:33  No.465045
まぁ戦場では真っ先にやられるどんくさい奴になると思います
祖父は戦後もそれなりの社会的地位のある人間だったので、きっと判断力や度胸に優れた人間だったのでしょう
ちなみに父方の曾祖父は戦争中にはもうトシだったので台湾でごはん係をしていたそうです

無題
Name 名無し 17/10/16(月)18:33:34  No.465053      
1508146414019
IJA騎兵として、やはり中国大陸で従軍された伊藤圭一せンせい曰く

「軍隊が『運隊』と呼ばれるのは、兵隊の置かれるポストによって、運不運が異なるからである。異なりすぎるからである。同じ兵団に所属していても、ほとんど弾丸の音をきかない兵隊もいれば、あけくれ戦火の場にさらされている兵隊もいる」

「中隊にしても、指揮班は後方に位置することが多いから、一般小隊より死傷率は少ない」

無題
Name 名無し 17/10/16(月)18:35:00  No.465054      
「分隊にしても第四分隊(擲弾筒)は幾分後方になる。第一、第二分隊の軽機の射手と分隊長が、戦闘におけるもっとも損な立場(逆に言えば花形としての立場)に立つことになる」

「しかし、彼らこそ、ほんとうに戦争をやった、選ばれた兵隊なのである。もし幸い生きて還れたなら、かれらこそ、終生語り尽きない思い出と話題を持っている」

…との由

仮に実際の生死を分けたものが運に過ぎなかったとしても、戦友の方々が次々斃れて行った戦場にいて、なおかつ生き残った方にとっては、自分が今生き残れていることこそ、当時の自分のやり方が正しかった証明である、と思える部分があるんじゃないでしょかね、やっぱし

無題
Name 名無し 17/10/16(月)23:39:19  No.465086
>分隊にしても第四分隊(擲弾筒)は幾分後方になる。
父方の爺様が擲弾筒分隊だった(所属連隊の陣中日誌で確認した)
だが最初に遭遇した相手が米海兵隊…どんな最後だったかは不明だがその日に戦死したよ
まあ所属連隊が玉と砕けたが

無題
Name 名無し 17/10/16(月)19:08:09  No.465055
フルメタルジャケットでもジョーカーが市街で見張りしていたら
数人の越共兵がビルからビルへ大通り跨ぎ走り抜けて行ったのを最初はライフル構える前に見送っちゃったが
次に渡ろうとした奴等は落ち着いて全員撃ち殺していたよね~

無題
Name 名無し 17/10/16(月)19:53:27  No.465063
>最初はライフル構える前に見送っちゃったが
>次に渡ろうとした奴等は
落ち着いて全員撃ち殺していたよね~
別の人も似たような事言ってたけどこれもFPSあるあるだなぁ
キャンペーンモードのNPCみたいに最初から動きが分かってるような相手でも
急に走り抜けて行くやつは外しやすいし逆に2番目3番目くらいは狙いやすい

無題
Name 名無し 17/10/16(月)19:24:40  No.465057
映画「スターリングラード」でもそうだったな>二人目以降が撃たれる。

無題
Name 名無し 17/10/16(月)19:45:05  No.465061
オレの爺さんは頭隠して撃っていたと言っていた

無題
Name 名無し 17/10/16(月)19:49:26  No.465062
要するに相手が予期しないタイミングで素早く動いて狙いを定めさせないって事が大事なんかな?

無題
Name 名無し 17/10/16(月)20:22:21  No.465069
う~ん
やっぱりそうなんですね…
とりあえずじーさんの遺志を継いで
サバゲの時は一番に飛び出すようにします

無題
Name 名無し 17/10/16(月)20:30:06  No.465070
スターリングラードの映画でも
夜マッチ使って煙草に火を付けると
1~2人までの時間は狙撃兵に撃たれないが
3人目は撃たれて死ぬと言う会話があった
確かに夜中に長い間光出してたら撃たれる
無題 Name 名無し 17/10/16(月)21:19:45  No.465073
もう亡くなったお寺の和尚さんが若い頃大陸へ徴集されたとか
しかし和尚さんは180cm近い身長とそれに見合う筋肉質だったが
出征先で病気入院と退院を繰り返して部隊を追いかけるで終戦になったそうな
結局生き運があったんだろーねぇ

無題
Name 名無し 17/10/16(月)21:46:51  No.465075
そうですね
ウチの祖父も派遣されたのがある程度平穏な地域だったから良かったのでしょうが、フィリピンとかに送られていたら、まず生きては帰って来られなかったでしょう
アルバムをみせてもらったら中国のお寺の前でニコニコしながら記念撮影してもらってたり、現地の村人と運動会を開いてパン食い競争してる写真とかありましたし

無題
Name 名無し 17/10/16(月)21:53:41  No.465076
既に第一次大戦で機関銃の時代と言われ
最初に飛び出した人は敵陣地に辿り着けたなんて聞いた事が無いし

いったい新四軍とは、どんな軍隊なんだと、ちょいググったが
あまり日本軍と戦ってはおらず
日本軍と良く戦った八路軍ですら初の戦車が関東軍の装備を接収したソ連軍が与えたもの
正規の砲兵隊がなかったので日本人教官の基で砲兵学校を設立したってレベルだから

おじいちゃんの言う事を素直に信じちゃダメだw幸運にも相手に恵まれただけだ
別スレで最初はバンザイ突撃が有効だったが
後に対策されほとんど効果がなかったという話もあるので
過去は過去、戦術も装備も目紛るしく変わるので柔軟に対応しましょう

無題
Name 名無し 17/10/16(月)22:17:50  No.465077
相手…そうですよね
確かに私なんかが兵隊としてスターリングラードだの沖縄戦にいたら
生き残る秘訣も何もあったもんじゃないと思います
話変わりますが、じーさんは機関銃否定派で、トミー銃なんて最初の1発以外全部横に弾が逸れるから弾を無駄使いするだけだとか言ってましたね
新四軍がトミー銃を装備してたのかは分かりませんが

無題
Name 名無し 17/10/16(月)22:24:10  No.465078
うちのじーさまは、大失敗に終わって連隊の大半が死傷した作戦では生き残ったのに
その半年後の何でもない時期に、不意の遭遇戦で撃たれて死んでしまった

運が悪かったんだろな

無題
Name 名無し 17/10/16(月)22:59:11  No.465081      
もういっそ敵の服でも着てれば撃たれないかもしれない
とか思ったけど、それを日本軍がマジでやってたのに驚いた

無題
Name 名無し 17/10/16(月)23:01:36  No.465082      
しかもその日本式便衣兵、かなり活躍したらしい
http://shanxi.nekoyamada.com/?p=126

無題
Name 名無し 17/10/17(火)02:29:27  No.465093
>既に第一次大戦で機関銃の時代と言われ
>最初に飛び出した人は敵陣地に辿り着けたなんて聞いた事が無いし
いやいや
WW1の標定されたHMGが据えられた火線に全員でほぼ歩いていく塹壕戦と、それ以後の散兵戦を一緒にしてはいけないんでは?
スレ主のご祖父さんは、一番に飛び出してそのまま暴露したまま敵陣一直線なんて言っていないものと思うのですが
遮蔽物へ次々と飛び込みながら移動するのが散兵戦の基本かと(戦後の現代戦も変わらない)

それに相手は新四軍ですからHMGで支援されているのではなく(あったとしても戦闘の最初から撃たないし、急に射角を変えられない)、おそらく小銃とLMG相手の不期遭遇戦の場合でしょう
まぁ地形や何年の話なのかが判らないと、あまり言えない話ではあるんですが

>そいつらは現地中国人の警察官だ、村の治安とかはめんどくせぇからそいつらに任していた
毎日新聞社「日本の戦史」の写真にも大陸各地のそういう組織が写っていますね
確か「自衛隊」という名称もあったかと

無題
Name 名無し 17/10/17(火)20:51:30  No.465116
>最初に飛び出した人は敵陣地に辿り着けたなんて聞いた事が無いし
だだっ広い場所をすでに備えが出来てる陣地に突撃する状況じゃ一番も二番も関係ないでしょう
ただ不意を突くって意味で見ればWW1でも似たような例がないわけでもなくて
ロシアがやったブルシーロフ攻勢ではそれまでやってた長期間の砲撃を短時間化して
さらに広い範囲で同時攻撃を行った結果
それまで守備側が有利だった塹壕陣地を容易に突破したりしてるし

無題
Name 名無し 17/10/17(火)08:00:29  No.465097      
http://may.2chan.net/39/src/1508194829805.jpg
>>遮蔽物へ次々と飛び込みながら移動するのが散兵戦の基本かと


あー・・・下に貼られた漫画に戦場の想定が引っ張られました
確かに遮蔽物間の移動なら、同じルートを通る人は狙い安いですね

ただ相手を殺せる距離まで近づいた後は
無暗に出るより、別ルートで近づく仲間に任せた方が安心な気がしますけどねぇ

サバゲーでも楽しい部分は、相手の気がそれてる時に上手く攻撃出来た時でしょ?
大事なのは別班との連携で上手く相手の注意を引き付ける事でしょうね
(サバゲーしませんけど銃声が聞こえなくてどうやって連携とるんでしょう?音って重要ですよね?)

無題
Name 名無し 17/10/18(水)23:10:17  No.465178
スレ主さんには「土と兵隊」という映画を観る事をお勧めします
DVDも安価で売られていましたが、この支那事変での歩兵分隊映画は歩兵大隊の「野戦演習そのまま」の動きが視覚的に判るよう写っています

>ただ相手を殺せる距離まで近づいた後は無暗に出るより、別ルートで近づく仲間に任せた方が安心な気がしますけどねぇ
動く必然性があっての行動ですから、必然性がなければ「無暗に」出ることはないでしょう
小銃兵としての移動する必然性として考えられることは
1.敵の弾が明らかに自分(の方向)に照準され、着弾も近く次弾が自分に当たりそうな場合
(着弾音で判ります)
2.敵を今射撃する必要があるが、地形や遮蔽物が邪魔で位置が悪い場合
の二点くらいが代表的かと思います

無題
Name 名無し 17/10/18(水)23:10:40  No.465179
お祖父さんの話は「敵に発見されている場合、移動しなければそのうち照準されて撃たれる。だから一番最初に意を決して移動するのが野戦で生き残るコツ」と言っているのだと思います

すばやく動いている人間にはボルトアクション小銃は簡単には当たらないし、急に動いた一番目の人には照準がつけられない
それ以上でも、それ以下でもない話では?
私はFPSもサバゲもWW2リエナクト(訓練含む)も経験がありますが、ご祖父さんの話は「ごもっとも」だと思います

無題
Name 名無し 17/10/17(火)12:29:19  No.465101
大体の話ですが戦場で経験を積むと用心深くなって無暗に突っ込んでいかないということです
経験を積むほどその場の状況を把握できるようになって冷静な判断もできるのです
新兵は教育のせいで熱心に前線に出ることを望みすぐに死んでしまうと嘆く士官もいます

無題
Name 名無し 17/10/17(火)13:08:33  No.465102
元グリンベレー大尉は著書で
「ギャンブル好きのヤツは早く死ぬ」とか書いていたが

追い込まれた時に少ない情報で生きる道を考える前に出たとこ勝負の丁半博打みたいな衝動的な感情だけで行動しちゃうから死にやすいって意味だったのか
遊びで運を使い果たして死んじゃうと言いたかったのか‥

無題
Name 名無し 17/10/17(火)19:41:46  No.465110
>死んだじーちゃんが「敵と撃ち合いになったらな、まず勇気を出して一番最初に飛び出るんだ。
おじいさまは一番に飛び出して死んだって言うオチじゃないですよね

無題
Name 名無し 17/10/17(火)20:00:52  No.465111
>おじいさまは一番に飛び出して死んだって言うオチじゃないですよね

いやいやいや生きて帰ってきましたからw
敵方のスパイは自分の支配地域にも何人かいて
もちろんこっちも敵方の地域に送り込んでいるので
おあいこということで、捕まえて殺すのもバツが悪いし結構ほったらかしだったそうです
要するにユルい感じの地域だったんですね。

無題
Name 名無し 17/10/17(火)22:49:49  No.465120      
1508248189232
これも伊藤せンせいが紹介されている逸話なんですけれど、ある分隊が深追いしすぎて逆に優勢な敵陣地に不用意に接近し過ぎてしまい、後退を余儀なくされてしまったそうなんですが

「このとき分隊長がどう指示したかというと、先ず右翼の一兵を後方へ斜めに走らせ、敵の弾着が集中して命中してくる寸前に伏せさせる。同時にそのときは左翼の一兵が後方へ逆方向に斜めに駆け、あわてて照準を変える敵弾の集中してくるころには伏せる」

「つづいて右翼の一兵がまた走る、というわけで、交互に敵の弾幕を避けながら巧みにジグザグに後退して、分隊は一兵も損傷を出さなかった」

無題
Name 名無し 17/10/17(火)22:51:25  No.465121      
1508248285722
「後になって考えてみれば当然の処置のように思えることでも、ふいに至近距離で反撃を食ったりすると、なかなか沈着な指揮はとりがたいもので、この場合にも各個に後退すれば、少なくとも一、二名の犠牲は出たであろう」

…なんて事も有ったんだそうで

相手の意思や技量、装備の程度を咄嗟に判断して命令を出した分隊長さんも、その指示を正しく理解した上で信頼して従った部下の方々もエラかったとは思うんですが、一兵卒の立場から見れば、こういう危機に陥った時に的確に指示を下せるリーダーの下に付けるかどうか自分の力では決めようがないわけでして、そこでまた運不運が別れた例なんかも多かったんじゃあないでしょかねえ

無題
Name 名無し 17/10/17(火)23:09:41  No.465122
>巧みにジグザグに後退して、分隊は一兵も損傷を出さなかった」
これは作戦もそうだけど実行できた兵隊さんがえらいと思う
弾が集中する寸前で伏せるとか、それにタイミング合わせて逆側が行動開始とか、練習しないと絶対パニクるよね

無題
Name 名無し 17/10/17(火)23:57:58  No.465124
練習なんてしたことないでしょ。

弾が当たるか音でわかるとか戦闘経験がものをいう状況だよ。

無題
Name 名無し 17/10/18(水)01:54:18  No.465125
経験と訓練のたまものって感じかね
何にしてもまずは分隊長の言うことをちゃんと実行する事ができないと話にならないし

無題 Name 名無し 17/10/18(水)17:37:09  No.465139      
1508315829411
歩兵小隊の分隊長さんっていうと下士官なわけですが、当時のIJAでは入営した兵隊サンの中でも特にやる気があって優秀な方が志願してなるものですから、兵営内で散々下士官サン達に絞られる「普通の」兵隊サン達からは煙たがられる存在でもあったそうなんですけれど、いざ戦場では伊藤せンせい曰く

「これらの下士官は分隊長として隊員の先に立ち、部下をいたわり、善戦したのである。指揮能力というのは、いかに部下を殺さず、如何に戦果をあげるか、にかかっている(略)多くの統率者は、自分が偉いから敬礼されるのだと安直に錯覚し、兵隊の期待を裏切った事例枚挙に遑がない。ただ、分隊長である下士官が兵隊の期待を裏切ったという事例は、率からいうとほとんどないのである」

…という、実に頼りがいのある存在であったんだそうです

無題
Name 名無し 17/10/18(水)17:38:06  No.465140      
1508315886348
従って、ある小隊の指揮を任された新米小隊長さんが、正直に兵員に自己の指揮能力のなさを吐露した上で、右翼分隊長に実質的な戦闘指揮の一切を任せたことによって、問題なく戦えた、なんて例もあったんだそうでして、

「これは必死な、兵隊の防衛本能であった。また、それが戦場行動の原則でもあった」

…そうなんですが、やはり支那事変に陸軍伍長として従軍された作家の棟田博さんの回想によると、当時やはり新米少尉の小隊長さんが、古参の曹長さんにビンタを張られて気合を入れられている所を見て仰天されたそうなんですが、平時ならゲコクジョめいた上官反抗として大問題になりそうなこの行為も(大っぴらではなかったようですが)戦地ではそのまま看過され、その後も戦況が苛烈になるにつれ、小隊の指揮は曹長の手に移って行き

「兵隊たちは、少尉の肩章より曹長のメンコめしの数を頼りにしていたようだ」

…という状況だったんだそうで…

無題
Name 名無し 17/10/18(水)21:30:37  No.465167
>「兵隊たちは、少尉の肩章より曹長のメンコめしの数を頼りにしていたようだ」

空なんかでも同じですな
階級では上でも戦場に慣れるまでは
古参下士官機を長機として新米少尉機は列機にまわったとか。

無題
Name 名無し 17/10/19(木)19:18:27  No.465224      
1508408307827
>空なんかでも同じですな


艦隊の水偵搭乗員上がりで、戦争末期に偵察機「彩雲」の操縦員だった予科練出身の方の手記で読んだ話なんですけれども、グラマンより優速の「ベッピン機」が使用機材であり、搭乗員も開戦以来各戦線で経験を積んだベテランの下士官揃いで、ワザマエに不足はないのにも関わらず、未帰還となる機が続出したのは、結局機長となる若手中尉さんの経験不足が主因であった、と指摘されておられたり

当時は所謂学徒出身の予備士官の方々が、ようやく前線に大量に配属されるようになった時期とも重なるわけなんですが、その技量の程は

「おしなべて飛行教育が短期間であった期らしく、下士官搭乗員諸君に比べ飛行時数、経験、ともに甚だ少ないので、索敵機機長としてどれほどのお役に立つかはやって見ないと分からない状態であった」

無題
Name 名無し 17/10/19(木)19:24:02  No.465225      
1508408642867
「もちろん米軍との戦いは初めてである。中尉諸官はご自分の技量の程度を知ってか知らないでか、歴戦の下士官搭乗員たちを整列させて文句をいったり叱ったりした。ペアの下士官二人をならべてなぐった中尉もいた。『仲の悪いペアから死ぬ』と、いい古された大切な飛行機乗り気質さえ知らないのである」

「もし敵空母と護衛艦の群れを洋上に見つけても、艦隊が何ノットで走っているか、まず速力判定からして出来ないであろう」

…という心もとないもので、また見兼ねて(又は頼まれて)実戦向きのテクニックをアドバイスしようにも、士官/下士官の階級差に阻まれてこれまた思うように行かなかったんだそうで

「敵と渡り合って力の足りないのが死ぬのは昔から相場の決まった鉄則である。実力のない中尉機長が連日帰ってこないのは当たり前だ」

…との事なんですが、この辺は兵士個人ではどうしようもないですよねえ…

無題
Name 名無し 17/10/19(木)22:10:20  No.465237
アメリカ海軍なんて、士官は下士官以下とは私語禁止だったからな。
戦時動員で大学生士官が大量に入ってきてようやく変わったけど、それも良く思わない士官もいたと言う。

無題
Name 名無し 17/10/20(金)00:04:21  No.465246
>…という心もとないもので、また見兼ねて(又は頼まれて)実戦向きのテクニックをアドバイスしようにも、士官/下士官の階級差に阻まれてこれまた思うように行かなかったんだそうで

当然ご存知でしょうが、

パイロット養成時の訓練にあたっても
士官は「教官」、下士官は「教員」と明確に区別され、教えを請う側にもかかわらず、中には階級を傘にふんぞり返って「どうだ。俺の操縦は?」と教員に接する士官もいて
教員の下士官は適当にあしらって卒業させていたそうですね。

そうした士官では実戦において階級がものを言うわけもなく・・・

無題
Name 名無し 17/10/20(金)04:47:50  No.465250 
日本は兵隊の操縦員もいたからなぁ。

無題
Name 名無し 17/10/20(金)09:00:33  No.465251
野戦昇進という制度を採用していたのは、どこの軍だっけ
本来なら下士官相当のベテランが、新米士官パイロットに命令できるよう
戦時中限定で中尉や大尉に任命していたって話

無題
Name 名無し 17/10/20(金)10:04:00  No.465252      
俘虜記 (新潮文庫)
「俘虜記 (新潮文庫) 大岡 昇平」にそんな記述がありましたっけ
アメリカ軍の奇襲をうけた兵舎でみんなパニックを受けたが
ベテラン兵士がひとり飛び出して発砲したら
反撃を受けたアメリカ軍が引き上げたってくだり

無題
Name 名無し 17/10/20(金)10:08:31  No.465253
逆にユーゴスラビア紛争の山岳戦では先に動いた方が負けるケースも
銃撃を受け反撃に飛び出した新人兵士が相手に囲まれて捕虜に
ベテランはさっさと後退して無事、捕虜になった新人兵士は片耳を切り落とされて祖国に帰還って話でした
まあ、山岳戦では勝手に動くなってことです

無題
Name 名無し 17/10/20(金)18:51:57  No.465258      
コレも1944年の中国大陸での話なんですが、ある歩兵中隊の分遣隊を中隊長が訪れた際、歩哨は居眠りしていて来訪に気付くのが遅れる、調べてみたら内務班で花札に耽っていることが判明する…という次第で、分遣隊隊長が古参の曹長から幹候出身の少尉サンに交代させられる、という事があったんだそうで

ところが、中隊長より特に軍紀の引き締めを命じられたこの少尉サンが、程なく当番兵一人と中国人保安隊員のみを引き連れて、事前連絡もないまま十数キロ離れた中隊本部に戻ってくると、部下の分遣隊員から総スカンを食らってしまったと、中隊長サンに直訴したんだそうで

この件について、少尉サンと交代させられた曹長サンの語る所によれば、要は当時孤立した分遣隊が八路軍に襲撃されるというのは、ほぼ夜間の奇襲に限られていましたので

無題
Name 名無し 17/10/20(金)18:58:57  No.465259      
「古い兵隊は一切寝せちゃいけないってんで(略)三年兵以上はもう、私なんか支那服に着かえちゃって(略)麻雀なんかやる時は、脇へ小銃立てかけちまいました。それで麻雀なんかやってました。花札やる人も、将棋やってる人も(略)『考えてちゃ駄目!どんどんやれ!』なんてわけでとにかく眠らせない方法を考えました」

…との事で、要は徹マンも花札も、連日徹夜で八路の奇襲に備える戦場での生存の知恵であって、それを知らない若い少尉サンが闇雲に軍紀厳正を計ったのが、総スカンの原因であったそうなんですな

因みに、陸軍歩兵として北支・満州で戦った斎藤邦雄氏の「陸軍歩兵よもやま物語」にも、分遣先で連日徹マンに耽っていたある分遣隊の話が紹介されているんですが、こちらでは逆にそうした日本側の事情が、八路軍の方に掴まれてしまった結果として

無題
Name 名無し 17/10/20(金)19:03:59  No.465260     
「その夜も、分遣隊では隊長の下士官と古兵たちが、いつものようにマージャンに熱中していた。すると、とつぜん日本の憲兵に変装した八路軍兵士三人が、分遣隊の中へあらわれたのである」

「驚いたのはマージャンをやっていた連中である。兵隊にとって、いちばん怖い憲兵が、こんな怠けている場所へ、とつぜん来たものだから、前後の冷静な判断を一瞬うしなって、下士官以下、不動の姿勢をとった」

…ところを次々に撃たれ、結局銃を取っての応戦も叶わないまま、全滅してしまったとの事

どんな歴戦の古参兵サンでも、油断してしまえば命取りになるのは変わらないですし、この場合は大胆不敵な敵サンもエラかったのかもですが、ともあれ戦場のマージャンで「放銃」は禁物、って話になるんでしょかねえ

無題
Name 名無し 17/10/20(金)19:44:28  No.465262
>歩哨は居眠り
殺してくださいと言ってるようなもんだろこれ

無題
Name 名無し 17/10/20(金)19:48:48  No.465263
>…ところを次々に撃たれ、結局銃を取っての応戦も叶わないまま、全滅してしまったとの事

(一体誰が報告をしたんだろ・・・?)

無題
Name 名無し 17/10/21(土)00:02:51  No.465268
>(一体誰が報告をしたんだろ・・・?)
全滅=生き残り無しでも無いし

無題
Name 名無し 17/10/21(土)00:15:40  No.465269
寝ないと能力落ちるぞ
寝れるときに寝るのは仕事だと思うけどな。
寝させないってすごいな

無題
Name 名無し 17/10/21(土)00:41:21  No.465270
>寝れるときに寝るのは仕事だと思うけどな。
もっともだと思うけど上の話は要するに寝ちゃいけない時に居眠りさせない工夫の事をいってるんじゃないの

無題
Name 名無し 17/10/21(土)17:01:12  No.465298
歩哨担当は担当時間にはちゃんと歩哨できるように睡眠時間をずらしてローテーションするものじゃないのか?
いくら起きていても麻雀や花札やってれば敵が近づいてきても気づかねえだろ
上の話は筆者のフィクションか遊んでいた事を正当化するために兵隊たちがでっち上げた作り話だろ
どこから拾ってきた話か知らないけれど少し考えれば不自然な話を真に受けすぎ

無題
Name 名無し 17/10/21(土)19:13:16  No.465299
麻雀してたのは歩哨じゃなく分遣隊の控えだろう
「三年兵以上」が起きてたのだから、他の歩哨に就くような
ぺーぺーは交代までは寝ていたと思われる

「偽装憲兵」が素通りしたくだりはいまいち不明だが
当時の周辺状況を洗わなければ安易な断定は出来ない

無題
Name 名無し 17/10/21(土)22:24:55  No.465308      
1508592295155
前半の方の分遣隊員の構成は四年兵3人、三年兵4人、二年兵4人、初年兵7人の計18名ほどであったそうで、三年兵以上は起きて待機、となると夜通し起きてなければいけないのは7名、二卓には足りませんから余った三人が花札なんでしょかね…w

因みに分遣隊が派遣されていたのは華北の古城苗家という所だったそうで、前述のように中隊本部からは十数キロ離れている上、双方をつなぐ道路は幅2メートルほどの細い道で、山中故に車両は通行できず、中隊本部からの連絡は月に1回あるかどうか、それも八路の跋扈する危険から2個小隊の警護兵力が必要であったような場所なんですとか

そこに十数名で孤立している分遣隊が、仮に八路の襲撃を受けたらまず救援は間に合わず、独力で戦わざるを得ないわけで(現地人による保安隊も居たようにも取れますが)、そのやり方について現地の事情を知らない新任の指揮官が口出ししたら…って事だったのかもですなあ

無題
Name 名無し 17/10/21(土)22:25:16  No.465309      
1508592316612
因みに八路軍の情報収集力はかなりのもので

「警備隊長がどちらを向いて寝るか、酒をどの程度飲むかも把握されていた(『晋察冀辺区粛正作戦関係者回想資料』、防衛省所蔵資料)」

…そうなんですが、「陸軍歩兵よまやま~」の方の分遣隊は、著者さん曰く、比較的治安の良い地域の状況に慣れきって「歩哨も立てずに」マージャンに熱中している様子を察知されたのが原因、とされておられたり

同じような状況下で同じような行動をしていても、実態としては精兵全員が夜通し起きているのを見せつけていたのか、単に遊び惚けていたのが筒抜けだったのかで結果が違ったのか、それとも単にツキの有る無しが生死を分けたのかは見解が別れる所でしょうけれども、両分隊の様子を外から見ていた八路軍の側がどう判断したのか、ホントの所は想像するしかないですねえ…

無題
Name 名無し 17/10/21(土)22:26:08  No.465310     
1508592368032
余談ですが陸軍参謀本部が、「紅軍」対策のために作成した「時局報(支第96号)・遊撃戦術」なる教育資料に於いて、八路軍の「麻雀戦術」には特に気を付けなさいよ、なんて注意していたりするそうですw

といっても、別に八路軍が日本軍に点棒分の血液を抜き合うデスゲームを仕掛けてきた…というような話ではなくて、地元民をより多く構成員とし、10人を一群として小部隊で行動し、撹乱しながら戦闘を行い、相手を疲弊させる…という八路軍のゲリラ戦術を「麻雀戦術」と称していたんだそうで

あるいはまあ、地元住民の中からお互い使えるコマ…というか「牌」を多く揃えた方が優位に立つ、って意味なのですかしらん…?

無題
Name 名無し 17/10/22(日)21:22:22  No.465379      
先に他の方のレスで「日本式便衣兵」の話題が出ておりますけれども、戦中帝国陸軍報道部嘱託として各戦線で従軍された、小柳次一というカメラマンさんの手記にも同様の部隊と行動を共にした際の話が載っておりまして、曰く

「(昭和)一九年の夏から二〇年の二月まで大陸挺身隊と行動を共にしました(略)従軍してた部隊の兵隊から、支那軍だと思って撃ち合ったら、支那軍のかっこうをした日本軍部隊だったという話を聞きましてね。まあ、面白い部隊がいるもんだ、ぜひ取材したいと思いまして」

「(部隊を見つけて)その辺の村の連中だと思ってたら、日本語でしゃべっているのが聞こえて」

無題
Name 名無し 17/10/22(日)21:22:59  No.465380     
「日本人が四十人くらいに、汪兆銘軍の兵隊が十人ほど。それに人夫が三十人もいたですか。馬なんか使ってないですから、荷物運びの人夫を雇って、全部で七、八十人くらいの部隊でした」

「全員、蒋介石軍の民兵か中国の百姓姿で、綿入りの軍服を着てまして、持ってる武器もチェコ製の軽機関銃ですから、とても日本軍の部隊には見えないんです」

「隊長は中野学校を出た人で、広島、山口、福岡の兵隊さんが多かったですか。まったくの後方撹乱部隊ですから、軍の本隊とは別行動で、ずっと裏道、裏道を行きながら、宣撫工作とかゲリラ戦をやってきたんだそうです」

無題
Name 名無し 17/10/22(日)21:26:05  No.465381      
「日本軍が占領もなにもしていない地域の部落に入って、一緒に行動している汪兆銘軍の兵隊が、日本軍に抵抗しないで降参しようというような話をして懐柔工作をするわけです」

「戦闘するのが主目的の部隊じゃないですから、なるべく敵軍と会わないように裏道を選んで進むんです。私が従軍してからはあんまり派手な戦闘はありませんでしたが、かっこうを見て、友軍だと勘違いした蒋介石軍が向こうから寄ってきたりするもんですから、遭遇戦になって何人か戦死者も出ました」

…との事

やってることは隠密工作っぽいのに、報道班員を同行させて良かったのかなと思わなくもないんですけれどw
地味で苦労も大きい上に、場合によっては敵味方両方から撃たれるとか、なかなか大変な任務だったんじゃないでしょかねえ

無題
Name 名無し 17/10/23(月)10:53:44  No.465393
特殊部隊の指揮官に現地政府軍兵士の組み合わせとか
今でもアフガンとか中東の紛争地帯でどこかしらやってそう
何十年経っても基本は変わらないのかなあ

無題
Name 名無し 17/10/23(月)18:29:13  No.465403      
満州第五八六一部隊という、ある自動車隊の戦友会会報に掲載された挿話だそうなんですが、

「第一小隊が丹桂沖と称する地点に派遣されたとき(略)ここに半年以上も駐屯して、輸送業務に従事したのであるが(略)住民を刺戟せず、その親睦をはかることに努力したため、短いあいだに、部落民の予想以上の大きな信頼を獲得することに成功した」

「村長の息子の結婚式が行われることになった(略)その仲人役を第一小隊長に依頼してきた。第一小隊長は心よくこれを引き受け(略)隊の携行食料を持参して出席し、無事に仲人役をつとめたばかりか、小隊全員が村民と共にこの栄ある結婚式を心から祝った」

無題
Name 名無し 17/10/23(月)18:55:22  No.465407      
「これだけでは大した話にもならないのだが、或る夜、敵の便衣隊長(略)率いる約二百名が夜襲をかけようとして、この第一小隊をひそかに包囲にかかったことがある」

「この情報を知った村の幹部が、あわてて便衣隊長に交渉し、第一小隊の日頃の善行を伝え、部落の(略)平穏をみださないでくれとうったえて、その行動を中止させた」

…なんてことがあったそうで、また後に小隊が中隊に復帰して移動後、敗戦を迎え、前線から苦労して後退してくる際にも、その通り道となった丹桂沖では住民が交代で寝ずの番を立てて、馴染みの小隊員さん達を迎えると、温かくもてなしてくれたというちょっとイイハナシが残っているそうです

図らずも結果的には護身完成という話ですが、こういうのも「戦場で生き延びる秘訣」の範疇に入りますですかしらねえ…?

無題
Name 名無し 17/10/23(月)23:25:26  No.465424
>図らずも結果的には護身完成という話ですが、こういうのも「戦場で生き延びる秘訣」の範疇に
支配地域の地元民との友好的な関係ってのは鉄則だから十分範疇に入ると思います

インドなんかでも支配地域の地元民に反政府組織と関わりありそうな気配を感じたり、明らかに嘘をついていたとしても信じるのが鉄則らしい。ま、頼りにもしてないにしてないだろうけどね

無題
Name 名無し 17/10/24(火)20:18:27  No.465473      
http://may.2chan.net/39/src/1508843907340.jpg
自衛隊もイラク派遣では現地住民との交流や協調を最優先に人道支援任務を遂行した結果現地住民とかなり良好な関係を築けたとか。(例えば移動中でも住民に手を振られたら振り返すとか"笑顔の訓練"等)
一部の外国軍曰く「自衛隊は何をしたら現地住民にあんなに気に入られたんだ!?」と。

無題
Name 名無し 17/10/25(水)07:25:28  No.465488
だいぶ昔の軍事研究に同じような記事が載っていたのを記憶している。
自衛隊が派遣先の土地で一番警戒しているのは地域住民との関係が損なわれることだそうな。
上にあるように、旧軍の中国でも経験が元にあるようで、記事の中では「民害」って書かれてたな。

無題
Name 名無し 17/10/25(水)08:24:42  No.465491      
誰も書かなかったイラク自衛隊の真実―人道復興支援2年半の軌跡
"イラク自衛隊の真実"によると上に挙げた"手を振る(ウグイス嬢作戦)"や"笑顔の訓練"もそうなんだけど支援において心がけた事・決めた事としてあくまでも自分達は迎えられたお客であり相手の考えや風土を尊重しながら筋を通す。
またある時は"隊員全員がイラク人とのツーショットを撮る"との目標を立てたり積極的に部族長と交流を図る他各国軍と合同訓練を積み重ねる事で信頼を築き各部族長や市長に「絶対に日本人の安全を守る。」と言わしめたり。
相手の長と交渉する時も"こちらの出来ることを相手の期待が上回った時に不満が生じる"を心がけて無理な事は無理とはっきり示しつつ最善策を提示して"一緒にやりましょう"という姿勢を示した事で交渉相手も「日本人にやらせるだけでなく自分達も動かなくては最良の結果を得られない。」と互いに良好な関係を結べたらしい。

無題
Name 名無し 17/10/25(水)08:30:06  No.465492      
http://may.2chan.net/39/src/1508887806661.jpg
現地住民は土地勘が優れている分敵に回したら最も厄介なゲリラになるしかといって要求を全部飲んだら格差が生じて不満が生まれやすいから良好な関係には高度なコミュニケーション能力と判断力が必要になる。

ちなみに他の本で見たんだがある隊員がオランダ軍だったかの女性兵士に"夜這い"をかけられたとか。(宿舎に帰ったら何故か自分のベットに"待機"していて即隊長の元に逃げたらしい。)

   引用元: http://may.2chan.net/39/res/465035.htm

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