無誘導爆弾も一撃必中!昭和の空自パイロットによる職人芸的射爆撃術
(空自の日本防空史18)

文:nona

ハセガワ 1/32 F-86F-40 セイバー JASDF #ST10

 今回はガンとロケット射撃を中心に、F-86Fが北海道でトドを狩ったエピソードや、射撃時に注意すべき跳弾の危険を紹介します。

 12.7mm機関砲と20mmバルカンによる対地射撃

 
F-86Fは固定装備としてAN/M3 12.7mm重機関銃を6門、F-104J以降の機体はM61およびM61A1バルカン20mm機関砲を搭載し、パイロットはこれらを「ガン」と呼称します。

 
対地射撃訓練におけるガンの有効射程はAN/M3が約500m、M61で約1300mですが、跳弾の危険(後述)があるため、それぞれ400m、650mで機首を引き上げ、標的の上空を通過するまでに十分な高度を確保する必要がありました。

 
こうした回避行動の必要もあり、射撃ができる時間は1秒から1.5秒程度に限られます。

 
また、対地射撃は低空で実施することから、機体は低空乱気流の影響をうけ、命中精度に影響を及ぼします。

 
元戦闘機パイロットの服部省吾氏は、ガン射撃時の降下角は予め定められたものを用いるのではなく、その時々で乱流層を回避できるベストな降下角を取るべきである、と語っています。

 
ちなみに低空乱気流の影響は機種と速度によって異なり、F-104JやF-1は高速でも安定する傾向にあるものの、F-86FやF-4EJは高速時は乱気流に煽られやすい機体でした。

 
このような話を聞くと、命中率もさぞ低いように思える対地射撃ですが、三菱重工のテストパイロットを経験された方は、「相手がトラックならば、100発撃てば50発は当たるでしょうし、全速で走っている戦車でも 30発は当たると思います。相手が駆逐艦程度の船ならば、90発は命中する」と解説しています。


 ロケット弾による対地射撃

 
空自はこの兵器の運用を終えてしまった、という話を最近耳にしましたが、かつてはポピュラーな対地・対艦攻撃兵器でした。

 
ロケット弾は1発の威力は銃弾よりもはるかに大きく、射程も長大(F-86F用の訓練弾でさえ有効射程は900m)ですが、弾速は銃弾に比べれば遅く、風の影響も受けやすいため、実戦においては精度の悪さを一斉射撃で補う、という特性の兵器です。

 ところが、F-86F時代の空自では訓練毎に一斉射撃を行うだけの経済的余裕がなかったため、1機あたり4発だけ搭載し、1回のアプローチで1発づつしか撃てませんでした。

 
こうした状況でも、パイロット達は可能な限り命中率を高めるため、並々ならぬ努力を重ねていたのですが、取り越し苦労であったことも否定できません。

 
服部氏がロケット弾を1発ずつ撃つよりも、35°の降下角で投下する爆弾のほうが精度が良かったと語っているからです。


 トドと航空自衛隊

 元F-86Fパイロットの菅原淳氏は、F-86Fのガンを用いる「トド」の撃退作戦を立案した経験を自著に記述しています。

 トドとは北海道各地の沿岸で見られるアシカ科の大型哺乳類。よくセイウチと混同されますが、トドには大きな牙がなく、いくらか小型の生物です。

 
このトドは春になると繁殖のため北海道に現れ、高価な刺し網を食いちぎり鱈や鰊を横取りするとして、漁師達から害獣として嫌われていました。

 
このトド害に悩む漁業組合の一つは陸自駐屯地へ駆除を依頼したそうですが、トドが占拠する沖合の岩礁、通称「トド岩」は機関銃の有効射程外にあり、照準した通りにトドに命中せず。

 
トド側は、機関銃の音に驚いて海中に逃げ出すものの、陸自が帰る頃には戻ってきてしまい、威嚇効果も不十分でした。

 
別の地域ではM42 自走対空砲やM45対空機関銃が出動し、トドをその場で挽肉に加工する試みもされたようですが、この漁業組合は航空自衛隊にトドの退治を依頼。空自の戦闘機なら沖合のトド岩まで接近でき、昼寝中のトドを奇襲できる、というわけです。

 
漁業組合からの依頼を北海道の航空団司令は快諾したものの、実際に出動するF-86F飛行隊は、正規の訓練場でない場所で射撃するための根拠を、どうすべきか苦慮した様子。

 
最終的に「漁業の被害を軽減し民生の安定に寄与」するため、災害派遣を根拠に命令書を書いたそうですが、依頼主の漁業組合は災害派遣を要請する権限がないため、その権限を持つ北海道知事に掛け合う必要があったそうです。


 菅原氏が立案したトド撃滅作戦

 
トド攻撃の命をうけたF-86F飛行隊では「若いものを鍛える」ということで、作戦計画を新人時代の菅原氏に任せました。

 
菅原氏が立案した作戦計画は、当初F-86Fの偵察編隊をトド岩上空へ派遣し、高々度からトドの動向を偵察。トドが確認でき次第、別地点で待機する複数の射撃編隊へ通報し、順番にトドを射撃する、というもの。いわゆるハンター・キラー戦法です。

 
射撃に際しては、聴覚に優れるトドに気付かれないよう、F-86Fはエンジン回転数を絞り静かに降下、成果を確実にするためガン6門の1斉射撃を実施し(通常の訓練では節約のため2門に制限される)、跳弾を回避するため機首の引き上げ高度を高くとる、などの策を講じています。


 トドに命中した12.7mm弾

 
そして作戦当日。先行する偵察編隊が岩礁のトドを確認した後、まずは飛行隊長のF-86Fが射撃体勢に入りました。

 
編隊長はエンジンを絞り、なるべく静かにトド岩へ接近しますが、トドは驚異的な聴覚でこれを察知、海へ逃走を開始します。

 
編隊長はトドを逃すまいとトド岩へ機銃掃射を開始。銃弾がトド岩に命中するものの、跳弾を回避すべく機首を素早く引き上げたこともあり、成果をはっきりと確認できませんでした。

 
そのうえ生き残ったトドは全て海中に潜行し、戻ってくる気配はありませんでした。続いて射撃を実施する予定だった菅原氏のF-86Fも燃料が尽きてしまうため、帰投を余儀なくされました。

 
微妙な結果で終わったかに見えたトド撃滅作戦でしたが、1週間後に漁協組合長が土産の魚を持って飛行隊を訪ね、トドを3頭仕留めていたことを報告します。組合長が見せた、トドの体内に残った潰れた12.7mm弾がその証拠でした。

 
菅原氏がトドを撃つ機会はなかったものの、作戦は成功だったようです。


 
危険な跳弾

 
ガン射撃における注意事項の一つとして、服部氏と菅原氏はともに跳弾の危険を挙げています。

 
総合火力演習などの重機関銃の射撃展示を見ていただけるとわかりますが、標的に命中した無数の曳光弾がかなり高い位置まで跳ねていきます。

 
仮に戦闘機がその跳弾の弾幕を通過することになれば、自分の撃った銃弾に撃墜される、という有り得ないことが現実に起きてしまうのです。

 
1976年9月1日には、第二航空団のF-104Jが北海道の島松演習場で対地攻撃訓練中、跳弾を吸い込みエンジンを損傷、パイロットは緊急脱出に成功するものの、機体が地上へ墜落、という事故も実際に発生しています。

 
跳弾の回避策は、射距離を厳守し素早く機首を引き上げることですから、パイロットは弾着の瞬間を見たい、という衝動もこらえなくてはならないのです。

 次回は、かつて日本近海に出没したソ連軍艦と、空自戦闘機の付き合い方について紹介いたします。


 
参考資料

操縦のはなし(服部省吾 ISBN4-7655-4392-7 1994年2月10日)
P117~126

世界の傑作機 No.117 三菱 F-1(ISBN978-4-89319-141-0 2006年10月5日)
P86

トップガン奮戦記(菅原淳 ISBN978-4-87149-391-1 2002年6月3日)
P59~68

北海道新聞 道新写真データベース 1967/03/27掲載
6日、新冠で自衛隊がトド退治
http://photodb.hokkaido-np.co.jp/detail/0090553626

航空自衛隊五十年史 資料編(航空自衛隊50年史編さん委員会編 防衛庁航空幕僚監部発行 2006年3月)
P259