無誘導爆弾も一撃必中!昭和の空自パイロットによる職人芸的射爆撃術
(空自の日本防空史18)

文:nona

 童友社 1/72 航空自衛隊 F-86F セイバー ブルーインパルス プラモデル DXB-1

 今回から3記事は、空自初期の対地および対艦戦闘の模様を紹介します。(防空史なのに防空の話でなくてすみません)1回目はF-86Fの原始的な爆撃法について。 

 支援戦闘機としてのF-86F

 
航空優勢の確保が至上任務、と言われる空自においても対地攻撃はF-86Fの時代から実施されており、1962年以降は海空共同演習も行われ、本格的な艦攻撃訓練も経験しています。

 
これら攻撃任務にあたる機体は、陸自や海自を空から「支援」するという意味の支援戦闘機と呼称され、F-104Jの戦力化により要撃機が増勢された60年代中頃、F-86F部隊の一部が、この支援戦闘機部隊に区分されました。

 
ただし、本来F-86Fは爆撃に特化した機体ではなく、政治的な事情もあって爆撃関連器材を撤去(F-86Fの場合もLABS計器の一部を撤去したそうですが、詳細は不明)するなどの制約がありました。当時NATO諸国が考えていた、核爆弾で一網打尽、という乱暴な戦術は言語道断です。

 
そうした事情もあり、F-86F部隊は急降下爆撃や跳飛爆撃など、特別な爆撃関連器材が不要で、命中率も高い、しかし投下時の機体操作に熟練を要求される、大戦期の原始的な爆撃法を訓練し、彼らが退役する70年代末まで、その能力を維持しました。


 F-86Fによる急降下爆撃

 
急降下爆撃は無誘導兵器でも必中が期待できる、レシプロ時代からの爆撃法です。

 
F-86Fの急降下爆撃は降下角60~45°で実施し、翼が左右に傾いていないか確認の後、適切な距離で投下、爆弾の危害範囲に入らないよう(500kg級爆弾の場合で高度300m)急いで機首を引き上げて離脱する、というもの。

 
元戦闘機パイロットの服部氏は、周囲に脅威がなく目標に接近できる場合、降下角35°付近がもっとも精度が高まるとしています。この角度は爆風からの安全を確保しつつ、目標に最も接近して爆弾を投下できるもので、服部氏が独自に計算したものです。

 
照準はガン射撃用の光学照準器を用いるため、専用の爆撃照準器や爆撃コンピュータは不要です。ただし、爆弾の適切な投下タイミングを把握するため、照準器のピパー周囲に表示される測距用の光環の直径を調整する必要がありました。

 
光環の直径と目標の大きさが一致して見える瞬間が、爆弾の投下タイミング、というわけです。

 
ただし、照準の際は風速風向に注意せねばならず、降下角35°のときに風速が毎秒15mある場合、照準を風上へ約200mも修正する必要がある、とのこと。

 
F-86Fは風向風速を検出する環境センサーを持たないため、風の情報は射撃場幹部からの無線や、草木や煙突の煙なびき方で判断するようですが、地表と投下高度で風向きが異なる場合も多く、ベテランであっても的を外すことがありました。

 
目標が地上にある限りは、後続機が1番機の弾痕を見て照準を修正できますが、海上ではそうもいきませんから、編隊で一斉投下し精度を補うか、下記の跳飛爆撃が実施されると思われます。


 超低空からの跳飛爆撃

 
跳飛爆撃はスキップボミングとも呼ばれ、特別な爆撃器材が不要、という点は急降下爆撃と同じです。

 
さらに跳飛爆撃は爆弾の滞空時間が短く風の影響をうけにくい、あるいは超低空飛行で目標へ接近するため敵に補足されにくい、という急降下爆撃にない利点もありました。

 
F-86Fの跳飛爆撃は高度10から15m、速度700kmで目標へ接近することに始まり、目標手前1km辺りでラダーを用い機首を目標に向けつつ機体を水平に保ち、照準器の光環と目標が重なる瞬間に爆弾を投下、直後に機首を引き上げ、爆弾の危害範囲から離脱する、というものでした。

 
投下のさい、定められた速度・高度・姿勢が維持できていれば、爆弾は計算した通りの弾道を描き目標に直撃します。

 
レシプロ機の時代の跳飛爆撃では、目標の手前で爆弾を落とし水切り石のようにバウンドさせて射程を延伸させる試みもされています。ただし、爆弾がそのまま海中に没したり、自機に跳ね返ってくるなど、必ずしもうまく行かなかったようですから、直撃方式に越したことはないのでしょう。

 
なお、服部氏は跳飛爆撃の投弾高度を記述していないものの、海外の軍事研究者でともにパイロットであるアルフレッド・プライス氏とジェフリー・エセル氏は、低空から爆弾を投下する場合、最低60m以上から実施すべき、としています。

 
両氏は1982年のフォークランド戦争でアルゼンチン軍機が(低空投下した)爆弾の約4分の3が不発弾であり、原因は投下高度の不足にある、と推測しています。航空爆弾は、滞空時間が短すぎると安全装置が解除されず、命中しても不発に終わってしまうのです。
 
(ただし、空自の爆弾も同じ仕様であったかは不明です)


 忘れられたトス爆撃

 
トス爆撃とは、機体の上昇中に爆弾を切り離し、空高く放り投げ滞空時間(あるいは射程)の延伸をはかる爆撃法です。

 
低高度侵入からの核爆撃を安全に行う攻撃法として有名ですが、通常爆撃で用いる場合もありました。海外のF-86Fでは計器盤にLABS(低高度爆撃システム)の姿勢指示計を装備する機体も存在します。

 
しかし、トス爆撃は目標を直接照準しないため精度が極めて悪く、空自では訓練されなくなり、半ば忘れ去られました。

 
(空自のF-86FはLABS姿勢指示計が撤去された、という話があるのですが詳細は不明です。)

 
もっとも、現在はレーザーやGPSを用いた誘導爆弾がありますから、射程延伸の手段として復活している、かもしれません。


 
腕時計が頼みの水平爆撃

 
空自では水平爆撃も試験的に訓練されていますが、こればかりは水平爆撃用の照準器や爆撃コンピュータおよび爆撃タイマーがないと高い命中精度は保てませんでした。

 
それでもあえて水平爆撃を行う場合、まず照準器などで目標までの距離を測り、次に秒時のカウントを開始しつつ計算された速度と高度を維持して目標へ接近、計算したタイミングで爆弾を投下、という方法が用いられました。

 
命中率の低さを補うため、隊長機の合図による編隊一斉投下や、高度数百メートルからの低空投下などの措置もとられますが、それでも満足の行く戦果は得られないようです。

 
秒時のカウントは腕時計(のストップウォッチ機能)を用いますが、左腕につけているとうまく測れない、ということで服部氏は右手に腕時計をつけるようになり、後に習慣化した、と語っています。

 
F-86Fの計器盤にも時計は装備されているのですが、服部氏によると、この時計は頻繁に故障するうえ、修理を頼んでも直してくれる気配がない、など極めて粗雑な扱いをうけていたそうです。


 原始的な爆撃法

 
今回はF-86Fの爆撃を中心に解説してまいりましたが、より新型のF-104JやF-4EJにおいても爆撃機器の搭載に制約が課されていましたから、やはり原始的な爆撃法が用いられました。

 
(さすがにF-104Jに急降下爆撃をやらせたとは考えにくいので、多少はやり方を変えたとは思いますが。)

 
この爆撃法に変化があるのがF-1戦闘機の配備以降で、命中点連続計算に基づく無誘導爆弾の精密投下機能や、80式空対艦誘導弾、91式爆弾用誘導装置など、コンピュータ制御された兵装を装備できるようになり、パイロットが爆撃の腕を磨く必要は薄れた、と誤解も生まれたそうです。

 
しかし服部氏は「システムが故障しても、爆弾を命中させて帰ってくるのがプロだ」と語っており、もし精密な機器が故障しても、原始的な方法で任務を果たせるよう準備することは依然として重要、としています。


 次回はガン(機関砲)とロケットの対地射撃を紹介いたします。F-86Fがトドを撃った話についても解説するので、動物が好きの方にはおすすめできない、かもしれません。


 
参考資料

操縦のはなし(服部省吾 ISBN4-7655-4392-7 1994年2月10日)
P127~137

空戦フォークランド ハリアー英国を救う (Aプライス&Jエセル ISBN 4-562-01462-8 1984年5月10日)
P130-131 P264

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