無題 Name 名無し 17/09/07(木)19:17:49  No.462782

海軍さんの料理帖 明治~昭和まで歴史で辿る日本海軍レシピ46品
買った?

無題
Name 名無し 17/09/07(木)21:48:15  No.462785
あ、もう発売されたんだ!
この前さくら兵団で紹介していた海軍料理のレシピ本だよね。

無題
Name 名無し 17/09/08(金)19:48:14  No.462808      
>海軍料理のレシピ本

8月に舞鶴に遊びに行った時に、「海軍割烹術参考書(明治41年)」の復刻版なる小冊子をお土産に買って来たんですけれど、一番簡単というか短いレシピは以下の通りでした

●六六、トーストパン

生パンを適宜の厚さに切って焼く

…ようし、コレなら自分にも出来そう!

無題
Name 名無し 17/09/08(金)20:06:59  No.462809
それは再現しようとすると適宜の厚さなるものが具体的に何センチくらいなのかが分からなくて困るパターンだな

無題
Name 名無し 17/09/08(金)21:35:43  No.462816
>それは再現しようとすると適宜の厚さなるものが具体的に何センチくらいなのかが分からなくて困るパターンだな
レシピの〇〇少々で少々って何グラムってパターンと同じだなw

無題
Name 名無し 17/09/10(日)14:22:53  No.462907
海軍は、兵士と士官で違う飯を食べてるんでしょ!西洋料理とか旨い飯は将官クラスだけ食べてるんじゃないの

無題
Name 名無し 17/09/10(日)15:54:46  No.462911
>西洋料理とか旨い飯
一般兵に西洋料理を食わせたところで喜ばないんじゃね?

無題
Name 名無し 17/09/10(日)19:59:27  No.462928      
>西洋料理とか旨い飯は将官クラスだけ食べてるんじゃないの
単にカツレツやフライ、シチュー、カレーと言った「西洋料理」というジャンルという意味では、日本陸海軍の兵食への導入はかなり早期から始められておりまして、おコメのご飯の代わりに三食パンばかり出されて閉口したとか、軍隊に行った息子が帰って来たら入隊中覚えた洋食や肉食をねだるようになって困った、なんて類の逸話は陸海軍共に明治の頃から豊富だったりしますw

当時のレシピ集なんかを見ても、下士官兵用・士官用双方に豊富に西洋料理が紹介され、かつ実際に提供されてもいたんですが、一応階級別の差は確かに有りまして、准士官以上はフルコースの形式で(テーブルマナーを守って)供されるのが普通で、下士官兵さん達は「おかず」の一品として麦飯、若しくはパンと一緒に提供されたようです

言ってみれば准士官以上は高級レストラン、下士官兵は町の洋食屋さん、みたいなもn(

無題
Name 名無し 17/09/10(日)20:02:49  No.462931      
1505041369857
因みに開戦後まもなくの1942年8月頃の規定による、IJNの階級ごとの「食料(一食)」は

(甲)
・将官室…45銭
・艦長室/士官室/士官次室…40銭
・准士官室…35銭
(乙)
・士官、特務士官、候補生、見習尉官(略)…40銭
・准士官(略)…35銭
・下士官兵…30銭

…が基本だったそうで、コレに×3で一日の食事代(基本)、って計算であったんですとか
思ったより差がない印象なんですけれど、実際は士官さんらの食事は腕利きの民間から傭人コックが作っていたり、規定額以上に自腹で御馳走を食べたりで、兵隊さんから見れば士官サン達はイイものを食ってる!と見えるのも確かだったみたいですなあ

無題
Name 名無し 17/09/11(月)07:05:22  No.462957
土曜は半ドンだし手抜きしたいな
じゃあカレーにしよう!
てなぐらいだし

無題
Name 名無し 17/09/13(水)00:07:20  No.463048
>土曜は半ドンだし手抜きしたいな
>じゃあカレーにしよう!
実際のところは必ず土曜だからカレー、という事でもない。
昭和3年5月の長門では木曜に出てたりする。

無題
Name 名無し 17/09/13(水)13:58:53  No.463056
そりゃ今でも場合によって金曜カレーじゃない時もあるし

無題
Name 名無し 17/09/13(水)17:26:04  No.463058      
1505291164890
>昭和3年5月の長門では木曜に出てたり


食材を見ると生牛肉・ジャガイモ・玉葱・カレー粉と、大根とサツマイモが入ってるんですよね
うーん、イモとイモが被ってしまったぞってい(

コレが所謂「長門カレー」の定番だったかは分からないんですが、駆逐艦「響」では基本の牛肉・ジャガイモ・人参・ねぎに松茸(缶詰)を入れ、同じく駆逐艦「磯波」ではやはりサツマイモを入れて、レモンエッセンスを隠し味にするのが秘訣だったそうです

教科書通りの作り方から、やがて各艦ごとに独自のレシピが生れて引き継がれる、ってのは、昔の帝国海軍から今の自衛隊まで変わらぬカレーの伝統ってことなんですかね…w

無題
Name 名無し 17/09/11(月)23:43:32  No.463004 
江戸時代の参勤交代と明治以降の徴兵制が日本全国の食文化を均質化したんや。
カレーや肉じゃがが国民食になったのも軍隊のおかげ。

無題
Name 名無し 17/09/12(火)12:46:38  No.463029
海軍じゃ士官にテーブルマナーまで学ばせたのに
なんで現代に間違いが分かったのかね?
例えばフォークの背を使ってご飯食べるとか

無題
Name 名無し 17/09/12(火)16:25:02  No.463034
>例えばフォークの背を使ってご飯食べるとか
家族で洋食屋で食事した時、フォークの背にライスを乗せて食べてたら元海軍士官の爺さんに激怒されたって読んだことあるんだが

ナイフの背にライス乗せて食べるってのはイギリスでは豆を食べる時フォークの背を上にして豆を突き刺して食べるのをベースに考案された日本オリジナルの食べ方
だからちゃんとしたマナーを知っている爺さんに激怒されたんだな

無題
Name 名無し 17/09/12(火)16:25:46  No.463035
当時軍隊で初めてカレーというものを食べた人が多いとか

無題
Name 名無し 17/09/12(火)20:57:02  No.463045
>当時軍隊で初めてカレー

そういえば10月14日(土)に呉カレーフェスタが開催されるみたい。

http://www.city.kure.lg.jp/soshiki/67/curryfesta-2017.html

無題
Name 名無し 17/09/13(水)20:54:11  No.463069
毎日のメニューは献立予定表とかあったりするんですかね?それとも料理長がその都度適当に考えてるのか?

無題
Name 名無し 17/09/13(水)21:06:22  No.463071
陸上部隊は計画立てやすいから月々の献立表が用意されてるね
艦艇部隊は急な出撃もあるしね

無題
Name 名無し 17/09/13(水)21:45:09  No.463073      
1505306709643
海軍経理学校で使用されていた「海軍厨業管理教科書」に掲載されている試験問題で、

「敵艦見ゆとの警報に接し本艦(適宜の艦種で可)は戦備を整え直ちに出港、本日午後二時頃敵と砲火を交えんとす。本日午食の兵食献立を案画し、その適当なる理由を説明せよ」

…なんてのがあったそうですw

通常、下士官兵さん達の毎日の食事献立については、主計長が軍医科士官と協議して決定し所轄長(艦長、司令)の検定を受ける規定になっていたそうなんですが、実際には主計長や軍医長、副長(艦長代理)さんらが献立内容に口を出すことはほぼ無く、大体すでに食事が出来上がった後、食事点検の際に献立簿に押印して済まし、実務はベテラン准士官/下士官さんらがこなしていたんだそうな

無題
Name 名無し 17/09/13(水)21:46:25  No.463074      
1505306785505
一方陸さんの規定では、「兵食」の献立は各部隊本部に勤務する「経理主任」が毎週ごとにやはり軍医さんと相談しながら、翌週一週間分の「献立予定表」を起案して、部隊長の承認を受ける形になっていたんだそうで

余談ですが、海軍経理学校で教えていた「洋食食卓作法」によりますと、「カレーライス」は、「右手」に「フォーク」を親指を上にして持ち、軽く混ぜてすくって食べるのがマナーだそうです

フォークの背に載せるのは実際NGなようですけれど、例えカレーであっても海軍士官たるもの、米料理をスプーンなどで食べてはいかん!という事のようで…w

無題
Name 名無し 17/09/14(木)05:52:01  No.463089
そういえば、今の艦内や駐屯地でおこなわれているブッフェ形式での配食は、いつごろからはじまったんでしょうかね?

無題
Name 名無し 17/09/18(月)22:15:02  No.463400
和洋中ひととおり作れて海外にも慣れてるから在外公館から誘いがあったり

無題
Name 名無し 17/09/19(火)19:47:39  No.463437 
別の話になりますが、
そういえばラノベのゲートの新作(海自編)は、給養員が主人公だけあって、調理描写も細かいし、物語に”ごちそう”を絡めていて、おもしろかったね。

無題
Name 名無し 17/09/19(火)20:37:33  No.463440
ゲートの海自編って本編しか読んでなくても楽しめるんだろうか?
本編終了後の外伝がさっぱり面白いと思えず、ちょっと読んだだけでスルーしてしまった俺としてはちょっと手出しにくいなぁ・・・

無題
Name 名無し 17/09/20(水)10:22:45  No.463458
>本編終了後の外伝がさっぱり面白いと思えず
個人的には、明確に面白いと言えたのは炎龍編までだったわ
ゾルザルはバカがバカなこと仕出かしてバカなまま終わる話だし・・・

無題
Name 名無し 17/09/19(火)21:15:59  No.463442
人によって、感じ方はちがうとはおもいますが、伊丹氏だけが主人公であった外伝よりも、

海自編は
主人公(料理スキルのある若者)
海江田氏(海軍軍人としてのキャリア・スキルをもち、年齢以上の知見の持ち主)
の2人が、いろいろやって、難問をクリアしていく感じで私は楽しめましたよ。

無題
Name 名無し 17/09/21(木)20:59:57  No.463506      
浅田次郎せンせいの自衛隊モノ小説とか読むと(本人の経験が元なら昭和40年代)食堂のシーンではもう旧軍式のテーブルに配膳式でなくて、各自がトレイで受け取る方式なんですけれど、逆に警察予備隊時代を含めて、自衛隊の営内での給食が米軍式でなくて旧軍式だったことってあるんですかね?
この辺、是非詳しい方のお話を聞いてみたい所ではあります

因みに余談なんですが、元海軍予備士官だった阿川弘之せンせいのエッセイに、終戦後二十数年経ってから江田島の海上自衛隊の訓練施設を見学した際、術科学校長の富田海将の部屋で昼食を御馳走になった話が有りまして

「献立は、そのへんのオカズ屋で売っているような、さめた、薄っぺらな魚のフライが二切れ、海軍食器に塩からい豆腐汁、丼めし、義理にも美味いとは言いかねる代物であった」

無題
Name 名無し 17/09/21(木)21:00:59  No.463507      
「昔の海軍は、英国流に、食事でも階級の差が甚だしかった。今は、入隊早々の海士も、富田校長のようなアドミラルも、みんな同じ食事だそうである」

「これは、いいことかも知れない。いいことかも知れないが(略)他国の海軍に招待されて、キャビアと年代ものの葡萄酒でもてなされたあと、我らのスモール・ネイビーは、鯵のフライと、きざみキャベツ、豆腐汁の兵食でおかえしをするつもりだろうか」

…と、ちょっと心配になってしまったそうですw

阿川せんせいのこのエッセイが書かれたのも今じゃあ大分前のことですし、今どきの海上自衛隊の給養員の方々に、海外のVIPさんをもてなす饗応料理の心得が無いとも思えないんですが、現在の自衛隊でも、宴席でのテーブルマナーが必要になったときは、正式に訓練の一環として教育されておられるんでしょうかね…?

無題
Name 名無し 17/09/21(木)21:06:16  No.463508
>我らのスモール・ネイビー
なぜこんな卑下した表現を???

無題
Name 名無し 17/09/21(木)22:50:46  No.463514
そらあんた1960年代の海自なんてまだまだ沿岸海軍もいいとこの小規模海軍じゃん
帝国海軍時代の栄光を知っている人なら尚更

無題
Name 名無し 17/09/21(木)23:36:15  No.463519      
昭和40年といえば排水量3000トンの「あまつかぜ」が最大級の護衛艦だった頃か・・・
かっての威容を知る人らは40~50歳
連合艦隊司令長官が音楽隊の生演奏を聴きつつ昼食を摂っていた頃と比べたら酷な話よ・・・

無題
Name 名無し 17/09/22(金)00:39:10  No.463522
>現在の自衛隊でも、宴席でのテーブルマナーが必要になったときは…

「自衛隊 テーブルマナー」でググるとどのように学んでいるか分かりますよ

無題
Name 名無し 17/09/22(金)23:09:14  No.463548      
>「自衛隊 テーブルマナー」でググるとどのように学んでいるか分かりますよ

有難うございます
皇族(!)の方々に研修してもらったとか、色々面白いお話があるみたいですけれど、逆に今はその手のマナー教育は外部委託(?)、って事なんでしょかね
尤も、実際教わる相手としてはこの上ないものとは思いますが…w

因みに阿川せンせいの上記エッセイが載ったのは昭和40年刊の「小説新潮」なんですが、もう少し内容を引用させて頂くと

「幹部候補生学校の学生たちは、ある意味で、可哀そうである(略)伝統古き江田島で、日夜(略)『誇りを持て』と教えられているが、海軍の初級士官候補生として、誇を持てるような客観情勢は存在しない」

無題
Name 名無し 17/09/22(金)23:10:25  No.463549      
1506089425248
「江田島で一年を終わって、遠洋航海に出ると、彼らは行く先々の国で、一国の青年海軍士官として、それにふさわしい待遇を受けて、非常に満足し朗らかになるそうである。それが、帰途について、日本が近づくにつれ、みんなの気持ちがふさいで来るという」

「それは、よく分る。私たちの税金で維持している海上自衛隊が、私たちにとって必要な『スモール・ネイビー』なら、彼らがスモール・ネイビーの士官として、それらしい矜持を持てるだけの状況は、作っておかなくてはならない。いたずらに過去の偉大を語るだけでは、どんないい結果もうまれてこない」

…なんて有りまして、まあ当時の自衛隊の置かれてた状況の程が伝わってくる感じなんですが、ある意味今の私らでは既にそこらへん、想像しづらい部分もあるのかもですなあ

無題
Name 名無し 17/09/23(土)03:59:35  No.463560      
>幹部候補生学校の学生たちは、ある意味で、可哀そうである(略)伝統古き江田島で、

といっても
幕府と各藩の船をかき集めて発足した明治海軍から70余年。
日露戦争で一等国の末席に加わり、ようやく誇れる海軍を手にしたことを考えれば、むしろ阿川氏のころが日本海軍にとって特別だったともいえる。

引用元: http://may.2chan.net/39/res/462782.htm

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