無題 Name 名無し 17/07/27(木)06:24:26  No.1219980

1501104266379
日本と相対した二人の将、ハルゼーとスプルーアンス
ハルゼーはブルと呼ばれ、まさしく軍人の鏡って感じだが

一方のスプルーアンスは
大将なのに朝はコーヒーとトースト、それに桃の缶詰ばっか
昼夜の飯も質素
8時には寝る、書類は大嫌いで部下に丸投げ
故郷と同じ名前の糞狭いロートル艦を旗艦にする
戦争勝利の功労者なのに、呼ばれても降伏文書調印式に来ない
若いころに盲腸の手術を見学して気を失った事もある

・・・へ、へんたいだぁ、というかお前はヤン・ウェンリーかw
他にも階級が高いのに性格が変な人はいますか?
キル・ジャップス!―ブル・ハルゼー提督の太平洋海戦史
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無題
Name 名無し 17/07/27(木)07:36:45  No.1219981
>他にも階級が高いのに性格が変な人はいますか?
戦国時代から江戸時代にかけての武将なんでお求めの物に合致するか分からんが「岡左内」とか・・・
休日には部屋に小判を敷き詰めてその上に裸で寝転び昼寝をするのが楽しみだったとかいう話が残っていたようなw

無題
Name 名無し 17/07/27(木)21:21:21  No.1220011
性格で言ったら、ハルゼーも将官という立場からすると相当ヘンだと思うが。

無題
Name 名無し 17/07/28(金)03:42:47  No.1220033
南軍のジャクソン将軍は食いながら寝るので有名、とか?

無題
Name 名無し 17/07/28(金)05:56:03  No.1220034
変人でも偏屈でも最小の被害で
最大の戦果を挙げられれば優秀
残念な人も居る反面、高潔なのも居るから面白い

無題
Name 名無し 17/07/28(金)06:38:22  No.1220035      
悪魔的作戦参謀辻政信―稀代の風雲児の罪と罰 (光人社NF文庫)
>他にも階級が高いのに性格が変な人はいますか?
つじーん

無題
Name 名無し 17/07/28(金)13:45:13  No.1220050      
http://cgi.2chan.net/f/src/1501217113429.jpg
>他にも階級が高いのに性格が変な人はいますか?

アレクサンドル・スヴォーロフとか?
狂人の一歩手前の奇人だったけどロシア帝国史上四人しかいない大元帥の一人かつ生涯不敗で誰も文句を言えなかった

無題
Name 名無し 17/07/29(土)00:55:04  No.1220075
>アレクサンドル・スヴォーロフ
本人が稀代の天才用兵家であるだけでなく、のちにナポレオンをフルボッコにしたクトゥーゾフやバグラチオンなどの用兵家を育てているのも凄いところ。
大相撲で例えるなら、自らも横綱として一時代を築いた上に、弟子の千代の富士と北勝海を横綱にまで育て上げた、北の富士のようなものかな。
どんな分野でも後進の育成ってとても大切だよね。

無題
Name 名無し 17/07/28(金)14:01:13  No.1220051
山本五十六もなかなかオチャメな性格してたってな話を聞いたな
小指が無いからヤクザのふりしてタクシータダ乗りとか(おふざけなので後で部下に代金届けさせたり)

無題
Name 名無し 17/07/28(金)20:02:11  No.1220061      
1501239731416
戦艦「大和」最後の艦長になった有賀幸作海軍中将さんが、中佐で第一水雷戦隊旗艦の軽巡「川内」の副長だった時に、艦内で火災への応急訓練を行う事になったんだそうですが、「居候」の司令部参謀サンたちは全く艦内の作業には無関心で、非協力的であったんですとか

コレに腹を立てた有賀さん、わざと火災訓練の想定現場を幕僚事務室に想定すると、発煙筒を放り込んで兵隊を飛び込ませる実戦さながらの防火教練を実施したんだそうで

「アイエッ!?火事?火事ナンデッ!?」といきなり大騒ぎに巻き込まれた参謀サン達からは訓練終了後、案の定猛抗議されたそうなんですが、防御指揮官でもある「川内」副長の有賀さんはニヤニヤ笑いながらソッポを向いていたそうな…w

無題
Name 名無し 17/07/28(金)20:03:20  No.1220062     
1501239800379
また、有賀さんが朝鮮の鎮海鎮守府の先任参謀だった時、やはり防火訓練を行う事となった際、部下の方が

「先任参謀、火災現場はどこにしましょうか」

と尋ねた所、有賀さんは

「官舎で一番ナイス(美人)の奥さんはどこじゃろ」

と聞き返して来たんだそうで、居合わせた副官さんがそれはどこそこの奥さんです、と言うと

「よし、火元はそこだ!」

と即座に決定されたんだそうで
…うん、防火訓練に非常に熱意をお持ちの方だったんですね…!

無題
Name 名無し 17/07/28(金)23:27:40  No.1220068
有賀さんって大和艦長になれた喜びのあまり、息子への手紙の差出人に「大和艦長有賀幸作ヨリ」なんて書いちゃったとか…

無題
Name 名無し 17/07/28(金)12:01:07  No.1220046
ハルゼーはキルジャップ!キルジャップ!で知られる人格破綻者

無題
Name 名無し 17/07/29(土)07:10:42  No.1220088
>ハルゼーはキルジャップ!キルジャップ!で知られる人格破綻者
そりゃ指揮官として士気を鼓舞すんのは当たり前だろ

無題
Name 名無し 17/07/29(土)00:41:13  No.1220073
>ハルゼーはキルジャップ!キルジャップ!で知られる人格破綻者
まあそれで言うとカーチス・ルメイなんてのは優秀な軍人であると同時にサイコパスなわけですが

無題
Name 名無し 17/07/29(土)10:28:14  No.1220095
>まあそれで言うとカーチス・ルメイなんてのは優秀な軍人であると同時にサイコパスなわけですが
ルメイなんてむしろエピソード聞く限りは愚直なまでに軍人たろうとした偽悪者だろう
サイコパスっていうのは英空軍のハリスみたいなのを言う

無題
Name 名無し 17/07/29(土)09:14:51  No.1220089      
1501287291323
>ハルゼーはキルジャップ!キルジャップ!で知られる人格破綻者

まあスプルーアンスは奥さんへの手紙で「日本人は世界で最も容姿が醜い人種」と書くくらいでハルゼーのように対日憎悪をストレートに公言しなかったようですが
>8時には寝る、書類は大嫌いで部下に丸投げ
このように多少変わった所があったようです。その変わった所を補完したのはスプルーアンス、ハルゼーに限らず「優秀?な参謀」だったのですが
スプルーアンスにはカールJムーア大佐と言う極めて優秀な参謀が居ましてスプルーアンスの苦手とする作戦等の文書化するのが巧み。
どんなに忙しくてもスプルーアンスの散歩へお供。
実際、第五艦隊は彼と戦術指揮のミッチャー中将で成り立っていたと言えるほどだったそうです。
ただ・・・このかた非常にキング艦隊司令長官から徹底して嫌われていたそうで
(戦前の巡洋艦艦長時代に座礁事故を起こしたためだとか)
スプルーアンスが大将に昇進すると「大将の参謀長は少将」の規定とキングがムーアを少将に昇進させるのを嫌った為に部署を離れることに(;w;
(写真はマークミッチャー)

無題
Name 名無し 17/07/29(土)09:16:03  No.1220090      
1501287363207
ハルゼーは翌日の作戦行動を前日深夜に極端な改編を行うので参謀は大変
ハルゼーの参謀は最初、パイロット出身のマイルズ・ブローニング大佐でした。
このかたは、個性が強く陰湿&毒舌家で上下問わず嫌われ者だったらしいのですが
ハルゼーの管理能力不足をそこそこ補完していたそうです
ブローニング大佐もムーア大佐以上にキング艦隊司令長官とノックス海軍長官に嫌われ、ハルゼーの猛烈な反対に関わらずクビに(;w;
変わって参謀に成ったのはロバートBカーニー大佐、この方は後に海軍作戦部長になるほどでしたので非常に優秀・・・しかしハルゼーとは馬が合わ無い上に、元々大西洋方面で作戦行動を行っていたので日本海軍との戦いは勝手が違い中々慣れるのに苦労したそうですが、きちんとハルゼーの管理・計画性の無さを補完しています
カーニー大佐は当たりだったようですが配下で戦術指揮を行っていたマッケーン中将も実は能力に疑問を持たれていたようですしハルゼー自体に多大な問題があるとは言え中々部下に恵まれなかったようですね・・・まあ余談です(・w・
(写真はロバートBカーニー)

無題
Name 名無し 17/07/29(土)09:36:28  No.1220092
というか変人っていうか人格破綻者ならアメリカ軍ならキングが真っ先に来るだろ
マッカーサーとかパットンだっておかしいしまともなのアイゼンハワーぐらい

無題
Name 名無し 17/07/29(土)12:12:20  No.1220099
なんで黒島見たいのを五十六は重用したんだろか

無題
Name 名無し 17/07/29(土)16:29:06  No.1220110 
>なんで黒島見たいのを五十六は重用したんだろか
だって他には専門バカばっかりでセクショナリズムに凝り固まった意見しか出てこないし・・・

無題
Name 名無し 17/07/29(土)18:03:33  No.1220117
>専門バカばっかりでセクショナリズムに凝り固まった意見
しかし特攻マニアなんだよな黒島
開戦初撃のハワイですら甲標的使ってるし
言い訳が「志願者が熱望した」だし

無題
Name 名無し 17/07/29(土)18:27:31  No.1220119
口を酸っぱくして厳命したという攻撃隊の常時待機を艦隊航空参謀の草鹿・源田が破って台無しにしただけで
暗号読まれて反撃に出てきただけとはいえ米主力誘引には成功してるし
黒島の作戦自体は成功してるかと

無題
Name 名無し 17/07/29(土)22:06:11  No.1220139
暗号解読されてるなんてのは一参謀が考慮することではないしな

無題
Name 名無し 17/07/29(土)22:24:46  No.1220141
今村均がアップを始めました

無題
Name 名無し 17/07/30(日)18:25:32  No.1220173      
優秀な将軍・人格者はチェスター・ニミッツ提督に限る

無題
Name 名無し 17/07/30(日)18:49:44  No.1220174
>優秀な将軍・人格者はチェスター・ニミッツ提督に限る
異論はありません(・w・
このかた、非常に事なかれ主義でキングに怒られそうなことを揉み消しまくったそうで後からばれてキングに呼び出され大目玉・・・という事を繰り返していたそうです(・w・;
まあキングの異常な程の秘密主義や参謀さえ信用しない性格に起因する事も多々あったんでしょうけど・・・・

無題
Name 名無し 17/07/30(日)20:01:56  No.1220180      
1501412516387
「兵に組み立て式鉄棒を前線まで運ばせ、弾丸雨飛の中で大車輪をやった」
「南方赴任の途中、中継飛行場でふんどし一本で降りて『正装の出迎え感謝するぞ』とアイサツ」
「わら人形を囮に敵を引き付け、裏から連隊長先頭で斬り込んだ」

…等の、多彩?な逸話が伝えられている、桜井徳太郎という陸軍少将さんが我がIJAにはいらっしゃいまして、黒田藩の砲術師範を祖父に持つこの方、幼少時より身体頑健、運動神経も抜群でスポーツ武道なんでもござれ、戸山学校で体操教官も務めたそうなんですが、少佐時代の1936年、大陸で宋哲元率いる第29軍の軍事顧問として北京に赴任していた際、折悪しく日支の軍事衝突勃発に巻き込まれてしまったんですとか

北京の広安門で、懸命に事態の収拾を図るも興奮した中国兵によって同行していた通訳さんは射殺され、自身も内股に銃創を負うも屈せず、得意のジュー・ジツで押し寄せる相手を跳ね飛ばすと、隙を見て10メートル以上の高さの城壁から身を躍らせて逃走に成功したんだそうな

無題
Name 名無し 17/07/30(日)20:04:52  No.1220181      
1501412692132
翌朝救出された際には、診断した医者が「よく助かったものだ」と驚嘆する程の重傷であったそうなんですが、一月もしない内に病院を抜け出して前線に戻った桜井さん、この一件で「公安門の桜井」としてすっかり有名になるんですがが、城壁飛び降りを成功させたグレーター・ウケミのワザマエを伝え聞いた講道館の嘉納治五郎艦長より、名誉段位を送られているそうですw

この翌年、大佐になった桜井さんは会津若松原隊の歩兵第65連隊「白虎部隊」の聯隊長に補せられるんですが、着任の際はお供の中国人従者と着衣を交換して登場、従者さんの方に敬礼する部下さん達にカラカラ笑いながら

「音に聞こえた白虎隊の目も怪しいもんだ。オレが桜井だ。よく覚えてくれ」

…という登場だったんだそうで

無題
Name 名無し 17/07/30(日)20:17:45  No.1220182
その夜も「各中隊の酒豪どもを征伐してくれるわ」と中隊舎を歴訪して飲み比べを挑み、その内上着もズボンも脱ぎ捨ててふんどし一本になり裸踊りを披露、最期は「連隊長戦死!」と叫んでノビてしまったんですとか
ともあれ着任一日目にして忽ち歴戦の猛者の心をつかんでしまった桜井さん、戦場の部隊指揮官は実はコレが初だったそうなんですが、その指揮ぶりも神道の秘本「神軍伝」に由来するという「楠木流兵法」ベースのある意味時代錯誤、型破りなものであったものの、これがまた実戦で次々に成果を上げていきまして、65連隊の戦記によると

・一隊に日の丸の小旗を林立させ敵を引き付け迂回した本隊が本拠地を撃破
・敵側面で松明を盛大に燃やして牽制、潜行した主力で敵を包囲
・連隊長自らふんどし一本で軍刀を頭にのせ、真冬の湖水を泳ぎ渡って敵を急襲

…といった、さながら戦国時代の軍記モノのような戦法が悉く図に当たるという見事さであったんだそうな

無題
Name 名無し 17/07/30(日)20:33:30  No.1220183
その裏には桜井さんの豪胆さと会津の精兵ぶりだけでなく、数度の中国勤務で中国兵の習性や弱点を十分に知悉していた事や、密偵を放って事前の情報収集や反間工作を行う、という緻密さあっての成功だったそうなんですが、そんな桜井さんもある時深追いが過ぎ、気が付けば敵の大群に逆包囲される、という危機に陥ってしまった事があるんだそうで

すると桜井さん、「ヤブをつついてヘビになってしまったが、これもおまけにいただこう」と不敵に笑うと、連隊旗手の少尉さんに「軍旗をひろげてくれえ」「ラッパ手に突撃ラッパの準備を」と命じると、「これから連隊は総力をあげて突撃する。この桜井、軍旗とともに真っ先をゆくぞ!」と号令を下すと、言葉通り軍刀を引き抜き連隊3千人の先頭にたって突進、これが完全に日本軍は守勢に回る筈、と判断していた中国側の意表を突き、そのまま敵司令部に突入して戦勢を逆転させると、序に苦戦中の他の部隊の救援に駆けつけてこちらも成功させてしまったそうですw

…今こんな筋と主人公の仮想戦記が出たら、「ご都合主義過ぎィ!」とか叩かれそうですねえ…

無題
Name 名無し 17/07/30(日)21:00:33  No.1220184
>桜井徳太郎
敗戦の翌日、備蓄物資の移管を巡って宮崎県経済部長と57軍司令部員が一触即発状態となったところへ天秤棒(中身は酒と魚)を担いだ桜井師団長が登場。
「やー、みんなごくろうであった―。まあ一ぱい」と場をおさめた話もありますね。

無題
Name 名無し 17/08/01(火)10:55:31  No.1220251      
1501552531946
牟田口も前線指揮官時代は評判よかったと聞くしねぇ
そういや米陸軍ではシャーマンごり押し・パーシング出し渋りで悪名高かったAGFのマクネアー中将は前線視察中に「誤爆」されて殉職したという…

無題
Name 名無し 17/08/01(火)22:00:05  No.1220279
米軍は部下の優秀さが上司の優秀さに直結してるイメージ
なので部下の功績を奪わなくても良いし功績を産むに部下に責任を押し付けにくい

無題
Name 名無し 17/08/01(火)22:18:43  No.1220280
ハルゼーのブルズランも猪突猛進の性格が出たというより
栗田艦隊の反転と小沢艦隊が戦艦含んでるって情報の下だと
合理性はそれなりにあったというだけだろう

無題
Name 名無し 17/08/03(木)12:03:03  No.1220353      
文庫 敵兵を救助せよ!: 駆逐艦「雷」工藤艦長と海の武士道 (草思社文庫)
この人の話には感動する

無題
Name 名無し 17/08/03(木)15:48:21  No.1220358
>この人の話には感動する
工藤艦長も救助した英水兵たちの規律に則った行動に関心してたな
それだけにミッドウェーでの自軍(海戦時には榛名に乗艦)の蛮行には心を痛めただろううな…

無題
Name 名無し 17/08/03(木)19:41:28  No.1220369
英兵捕虜の規律の良さはアフリカ戦線の話でも読んだな(ロンメルの部下の誰だったかの本)

無題
Name 名無し 17/08/03(木)20:05:55  No.1220370      
1501758355824
名指揮官として高名な宮崎繫三郎陸軍中将さんが、戦後エゲレス軍の捕虜収容所で部下に対して語った話だそうなんですが、曰く

「先日、英軍の司令官の所に行ったとき、ウィンゲート空挺旅団の降下地点に建てるんだといって立派な銅板を見せられたんですが、通訳が訳してくれたその(略)文句を聞いて、私は参ったと思いました」

「旅人よ。祖国に帰り語り告げよ。我らここに、戦死の掟に従い戦いて、苔むすと。という言葉だそうで…司令官の話では、ギリシアの古典の文句だそうです」

…との事で、自身ビルマで激闘を繰り広げてきた相手であるエゲレス軍の、自軍兵士への処置への感銘を率直に語られたそうなんですが、この話を聞かされたのが木庭智時という陸軍少将さんだったんですとか

無題
Name 名無し 17/08/03(木)20:06:58  No.1220371      
1501758418372
木庭さんも率先垂範型の猛将で、ビルマの防衛戦では英軍相手に奮戦してやはり多大な戦功を挙げられているんですが、終戦後、収容所に入った少将に対して、英側から名指しでマンダレー収容所の日本軍兵士の作業隊の指揮をとってくれ、との要請があったんだそうで

当時同収容所は英軍も手を焼くほど風紀も統率も乱れ、実際木庭少将「閣下」が到着しても、作業隊の面々はてんで無視する…という有様だったそうなんですが、そこで木庭さんは英軍に連絡すると、毎晩500人程度を相手に、一時間程度の訓話を行う事にしたんだそうなんですね
     
そしてやはり最初はお説教なんてまっぴらごめん…と命令の人数の半分も集まらなかった物が、毎晩訓話を続けるうちに徐々に人数が増加していき、終いには既定のグループ以外の人達まで木庭さんの話を聞きに来るようになっていったんだそうな

無題
Name 名無し 17/08/03(木)20:07:58  No.1220372      
1501758478018
といっても、木庭さんの話の内容自体は特に難しいものではなく、

「祖国日本を救うものは、我々戦場の生き残り以外にないのではないか。インド人やビルマ人に、日本の軍隊は不軍紀でやっぱり駄目な軍隊だと思わせるのと、戦争には敗けても、日本の軍隊は軍紀厳正でしっかりしている。大したものだ、という観念をうえつけるのと、どちらが将来の日本の復興に役立つか。この際、五年先、十年先を考えて、われわれは行動しようではないか。今ビルマの地での我々の労働は、将来の我々の子供や孫たちが発展する場合の土台であり、種子をまいているのだ」

…という趣旨のことを、具体的な例を引いて話したんだそうで
また一方では、エゲレス側の不当な待遇、作業要求等には率先して抗議して

「敗けたからと言って、卑屈になるな」「背筋を伸ばして、堂々と歩け」

…と説いたんですとか

無題
Name 名無し 17/08/03(木)20:08:44  No.1220373      
こういう木庭さんという人物は一面では英側には扱いにくい所もあったはずですが、一方こうした心の籠った訓示で実際収容日本兵さん達の風紀が回復し、上下のけじめが復活するにつれ英軍の使役作業中の事故も減少してくる…という「実効」も上がり始めると、エゲレス側はマンダレーだけでなく他の収容所への巡回訓話も依頼してくるようになり、木庭さんもこれに応じてその回数は帰国までに数十回に及んだそうで

敗戦と降伏、という節目を超えて、ある意味では将官という肩書の持つ威光が色あせているような状況で、なおかつての戦前戦中に劣らない部下への統率力を発揮できた、というのは稀有な話というか、良い意味で非凡だった木庭さんの人格が窺える話じゃあないでしょか…w

引用元: http://cgi.2chan.net/f/res/1219980.htm

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