航空自衛隊防空史6
儚き月光F-86Dその1  機体解説編

文:nona


 
今回は航空自衛隊初の全天候迎撃機F-86Dを解説いたします。実用性に乏しく故障だらけの同機を現場はどうフォローし、その経験から何を得たのでしょうか。

ハセガワ 1/72 F-86D セイバードック JASDF

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 F-86D「セイバードッグ」

 F-86Dは1949年12月22日に初飛行した単座の全天候迎撃機。F-86Aをベースに開発されたものの、E-4FCS(火器管制装置)、アフターバーナー付きJ47-GE-17ターボジェットエンジン、24連装2.75インチロケットランチャーなどの搭載により、別物の機体へ発展しました。

 
F-89スコーピオンなど同世代の全天候迎撃機と比較し、F-86Dは速度性能で秀でたものの、小型機であることが災いし、航続性能および兵装搭載量の不足、加えて機関砲やナビゲーター席の不在など、欠点ばかりが目立つ機体となっていました。

 
ところが1949年にソ連が核実験に成功し、防空戦力の増強に迫られる中、アメリカは2504機のF-86Dを生産し、アビオニクスの改良も繰り返されました。

 
こうしたF-86Dのうち4割ほどの機体はSAGE対応のL型へ改修され、目標までの飛行を自動操縦で行うことを可能とします。単座のF-86LにとってSAGEの恩恵はとても大きく、F-102やF-106といった単座の全天候迎撃機が整備される契機となっています。

 
上記のF-86DおよびLに加え、簡易版であるF-86Kも開発されています。同機のFCSは機能を省略したMG-4、武装は空対空ロケットから4門の20mm機関砲に変更されており、主にNATO加盟国へ供与されました。

 
イタリアはF-86K生産国となり、1973 年まで運用した他、フィアットG91攻撃機の設計に影響を与えています。

 
なおF-86Dの愛称は「D」のイニシャルにちなんで、セイバー「ドッグ」。この呼称はL型も継承しています。ただし扱い難さから、元パイロットは「犬畜生」「足の短いダックスフント」と記しています。

 
K型は「ケイナイン(実際のスペルはcanine)」と呼称されたそうですが、これはラテン語で犬を意味し、軍用犬を指す場合もあるようです。


 航空自衛隊のF-86D「月光」

 
航空自衛隊ではE-4FCSの機密指定を解かれた後、1958年から在日アメリカ空軍の中古機126機の供与をうけています。うち99機が第一線で運用され、4個飛行隊が千歳と小牧基地へ配備、1959年から夜間の警戒待機任務に就きました。

 
ただしF-86Dはデリケートな電子部品が大量に使用され、これが頻繁に故障するため、運用には終始苦労したそうです。部品の多くが国内で調達できず、慢性的な部品不足となり、共食い整備も横行しました。

 
1965年にアメリカがF-86Dシリーズの運用を終了すると、日本への部品供給も途絶えてしまい、運用10年目の1968年をもってF-86Dは退役しています。第105飛行隊など編成から5年8ヶ月で解散したF-86D部隊もあります。

 
なお航空自衛隊によるF-86Dの公式愛称は「月光」。F-86Fの「旭光」と対をなし、旧海軍の同名の夜間戦闘機の名を引き継ぐ気の利いたネーミングです。

 
ただし現場からは、故障の多い全天候迎撃機ということで「お天気屋」、あるいは体が小さく足も短いことから「テ○コロ要撃機(河野士郎元空将談)」と揶揄されました。


 初のアフターバーナー付きジェットエンジン

 
航空自衛隊のF-86DはJ47-GE-17Bアフターバーナー付きターボジェットエンジンを搭載し、推力を3400kgまで増強できました。これによりF-86Dは高度40000フィート(約12000m)まで7分で到達します。これはF-86Fの2倍以上の早さです。

 
ただし、F-86DはF-86Fよりも自重が約1トン重く、逆にエンジンのミリタリー推力はF-86FのGE-27型エンジンより劣っており、アフターバーナーの助けなしの離陸は困難でした。

 
またアフターバーナーを常用するとなれば、周辺への騒音も大きかったはずですが、当時のF-86D配備基地の周辺では民家がまだ少なく、夜間訓練を実施しても官舎から苦情が出るだけでした。

 
このため深夜12時まで続く夜間訓練を実施し、翌朝早くのエンジン試運転を行う場合も、要員は萎縮することなく訓練に励めた、といいます。


 犬の拾い食い

 
アメリカ空軍のパイロットによると、F-86Dは離着陸中のFOD(エンジンの異物吸入による損傷)が起きやすく、「犬の拾い食い」と呼ばれ問題視されました。

 F-86Dと通常型でどれほどFOD数の違いがあったかは定かでないものの、対策としてエアインテイクに可動式の金網が装備されています。このようなエアインテイク保護は現在もMiG-29やSu-27で見られるます。

 
ただしF-86Dの金網は空中で畳む際に、引っかかっていた異物が結局エンジンに吸い込まれてしまうという中途半端な仕様でした。

 
パイロットによると離陸後にエンジンが止まるよりは、吸い込んだ直後に地上でエンジンが止まってくれたほうがいくらか予後がいい、ということで離陸時に金網を使用することを定めたマニュアルは無視され、着陸時にだけ用いたそうです。


 高空性能への不安

 
上昇加速性能に秀でたF-86Dですが、高度40000フィート(約12000m)をこえた辺りから飛行性能が大幅に低下する欠点がありました。

 
この欠点は、仮想敵がレシプロ爆撃機のTu-4(実用上昇限度11200m)とする場合には問題となかったものの、自軍の爆撃機との訓練において露呈したようです。

 
一例としてB-36爆撃機は高度55000フィート(約16800m)まで上昇し、さらに進路のフェイントまでしたらしく、この高度では弾道飛行がやっとのF-86Dでは、手も足も出ませんでした。もっともアメリカ戦略航空軍団の爆撃機が特別強すぎた、という一面もありますが。

 
対策としてF-86LではF-86Aをベースとした主翼から、F-86Fのスラット付き6-3翼へ改修し、高高度性能が改善されています。

 
さすがに55000フィートではアフターバーナーがブローアウトするため、まともに戦える状態にならなかったものの、45000フィートまでは水平旋回をしても高度が維持できるようになり、Tu-16やTu-95などのソ連爆撃機にも、ある程度の余裕を得ています。(航空自衛隊のF-86Dに翼形改修が施されたかは定かではありません。)


 帰りの燃料は?

 
F-86Dの戦闘行動半径を自衛隊史はを約420km、世界の傑作機では450kmとしていますが、これは燃料に余裕がなかったことを示すものです。

 
その一例としてアメリカ空軍の話でF-86Lが2機で射撃訓練に向かっても、射撃を訓練できるのは1機だけでした。1番機が射撃訓練を行う間、2番機が周囲の安全確認を担当するものの、射撃の順番が来る前に燃料が切れてしまうのです。

 
航空自衛隊のF-86Dも燃料切れの懸念からダイバートは日常茶飯事で、さらには上空で着陸の順番待ちをする余裕もないために、昼夜関係なく編隊を維持したまま滑走路へ進入しました。

 
こうしたタイトな運用のためか、計器進入中のF-86Dによる空中接触事故が2回発生し、3機のF-86Dを喪失しています。


 次回はF-86のFCSと空対空ロケットについて解説いたします。


 参考

世界の傑作機 No.93 ノースアメリカンF-86セイバー (文林堂 ISBN4-89319-092-X 2001年5月5日)
P35~36, 64~73, P99~100, P101

航空ファン2005年3月号 航空自衛隊50年の歩み「翼の回想録」空自を作り、育てた人 第10回 全天候要撃機(宮本勲 文 文林堂 編  2005年3月)
P76~80

航空自衛隊五十年史 資料編(航空自衛隊50年史編さん委員会編 防衛庁航空幕僚監部発行 2006年3月)

世界の傑作機 No.126 ツポレフTu-16 バジャー(ISBN978-4-89319-162-5 2005年4月5日)
P32~33

世界の傑作機 No.110 Tu-95-142 ベア(ISBN4-89319-125-X 2005年7月5日)
P19. P36~37

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