無題 Name 名無し 17/07/10(月)06:08:07  No.1218624

1499634487692
日本の輸送艦、油槽艦などの補助艦艇スレなんていかがでしょうか?
ところで輸送艦と油槽艦の違いってなんなんでしょうか?
文字通りものを運ぶ船と原油等を運ぶ船ということはわかるんですが
どちらも兼用できると思うんですけどね…
補助艦艇奮戦記―縁の下の力持ち支援艦艇の全貌と戦場の実情
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無題
Name 名無し 17/07/10(月)06:39:06  No.1218625
>どちらも兼用できると思うんですけどね…
普通の貨物船に原油満載を思い浮かべた時に311の時の25mプールにガソリンをなんとなく思い出した。
気密性の低い船庫?に原油なりの可燃物入れて揮発した可燃ガス駄々漏れだと大鳳見たいな事になりそうだよな…
輸送船での原油等の液体輸送の場合ドラム缶輸送になるんじゃなかろうか?
逆の場合、油槽船は気密性のあるタンクなんで開口部と言っても点検用の人が入れるハッチくらいになるでしょうし荷物の出し入れの部分で問題になるのでは?あと、原油等運んだ後だと荷物入れる前にタンクの洗浄も必要になるな。

無題
Name 名無し 17/07/10(月)06:40:02  No.1218626
ガソリンとか揮発油はどうする?
輸送艦の船倉じゃ蒸発したり気化して爆発だぜ
専用設計の理由があるだろ

無題
Name 名無し 17/07/10(月)07:23:57  No.1218627      
http://cgi.2chan.net/f/src/1499639037695.jpg
>どちらも兼用できると思うんですけどね…

空中給油機の場合だけど、給湯/貨物兼用機のIL-78と給油専用機のIL-78Mを比べると、後者の方が1.5倍も燃料を詰めるようになってる。
艦船の場合でも専用艦はムダのない設計になっているんだろう。

無題
Name 名無し 17/07/10(月)09:29:21  No.1218632
ぶっちゃけ油槽船ってタンカー。
ドライカーゴが無きゃ液体以外何も積めん

無題
Name 名無し 17/07/10(月)09:43:30  No.1218633      
http://cgi.2chan.net/f/src/1499647410735.jpg
まあパレット&ドラム缶かタンクコンテナならバラ積み船でも船倉とデリック次第でなんとかなるだろうけどそれは荷役システムの規格化を待たないとね。
それに油槽船が専門とする送油システムが貨物の場合死重になるし。
現在は各システムが小型化&高効率化してるのもあって兼用するケースが多いけど。

無題
Name 名無し 17/07/10(月)12:50:52  No.1218639
水船とかもあるからな

無題
Name 名無し 17/07/10(月)15:41:52  No.1218645
日本は油田から遠いからいくら軍が頑張っても限界が有る

無題
Name 名無し 17/07/10(月)18:16:53  No.1218653
>輸送艦と油槽艦の違いってなんなんでしょうか?
AO:給油艦
AOE:補給艦(米:高速戦闘支援艦)
AOR :洋上艦隊補給艦
ということで

無題
Name 名無し 17/07/10(月)20:23:42  No.1218658
まあタンカーには違いないが
搭載燃料燃やして走るのな
原油やLPG ならともかく
ガソリンとか軽質油は
ちともったいない気もする

無題
Name 名無し 17/07/11(火)02:25:27  No.1218684
2Eをタンカーにする時は、コンクリートでちゃっちゃと油槽作ってなかった?

無題
Name 名無し 17/07/11(火)10:59:31  No.1218704      
http://cgi.2chan.net/f/src/1499738371125.jpg
ハイ・ドリンクって
やろうと思えば軍用艦以外でも出来るのかな~

無題
Name 名無し 17/07/11(火)13:15:07  No.1218713
>ハイ・ドリンクって
ハイ・ドリンクって何ぞ?「HIFR」じゃ無いのか?と思ったら米海軍での俗称なのね。

>やろうと思えば軍用艦以外でも出来るのかな~
航空燃料と適切なポンプやホース類があれば艦船を改造することなく実施できる。(空中給油 - Wikipedia)

無題
Name 名無し 17/07/11(火)19:39:36  No.1218745
>「HIFR」じゃ無いのか?と思ったら米海軍での俗称なのね。
むかし軍板でハイドリンクってワードが普通に使われていたので
一般的な表現と思っていたのですがHIFRの方が適切だったのですね

それにしても改造無しで民間の船でも空中給油が出来るとなると
大規模災害とかで何か有効に使えるんじゃないのかなぁ
(設備だけじゃなく給油者の教育の方が大変だろうが)

無題
Name 名無し 17/07/11(火)22:13:08  No.1218774      
1499778788246
どうも日本海軍の補助艦艇と言うと対潜装備は遅れて居ながらある程度装備した上で対空装備不足のまま本来の任務から外れて護衛任務に従事したイメージがあります(・w・;
掃海艇から砲艦から駆潜艇から最後は何でも護衛艦・・・

写真は掃海二号艇
第一段階作戦中(昭和17年)に味方魚雷に撃沈されマストが海上に出ていただけの理由で除籍されず昭和20年11月30日に漸く除籍された可哀想な艦艇(;w;

無題
Name 名無し 17/07/20(木)23:08:51  No.1219555      
http://cgi.2chan.net/f/src/1500559731071.jpg
>日本海軍の補助艦艇と言うと対潜装備は遅れて居ながら


こんな戦いも・・・

http://www7a.biglobe.ne.jp/~navy_yard-iwa/

駆潜艇二隻の仇を特設運送船が討ったというお話

無題
Name 名無し 17/07/11(火)22:52:18  No.1218779      
ピットロード 1/700 日本海軍給兵艦 樫野 1942 エッチングパーツ付
給兵艦ってのは日本独自という訳でもなさそうだけど

無題
Name 名無し 17/07/12(水)22:57:13  No.1218833
以前、知り合いの親戚が乗っていたという南方へ向かう輸送船団の事を調べた事があって
まあ、その船団は台湾海峡でほぼ全滅するんですが、船団中の一隻が武器類と空のドラム缶を積荷にしてたデータがあって
その輸送船、おそらく帰路は原油か現地精製の諸油でいっぱいのドラム缶で帰るつもりだったんでしょうな

無題
Name 名無し 17/07/16(日)01:46:33  No.1219140
台湾海峡とかバーシー海峡は
陸から93式中練とか90式作業練習機で哨戒しまくればなんとかならなかったんでしょうかね?

無題
Name 名無し 17/07/16(日)08:50:37  No.1219159
>93式中練とか90式作業練習機
赤トンボじゃ無線がないし
機作練も足が遅くて墜とされるんじゃね?

無題
Name 名無し 17/07/16(日)01:55:51  No.1219143
夜はどうにもならんし、その頃には米機動部隊という暴風が・・・

無題
Name 名無し 17/07/16(日)02:58:46  No.1219148      
http://cgi.2chan.net/f/src/1500141526673.jpg
海峡というわりにけっこうな規模だし
水深あって機雷敷設に向いてないし
南方の澄んだ浅海のように上から目視で潜航中の敵潜シルエット発見とかも難しい
日本の磁探の戦果も眉唾モノの記録だらけ
     
Name 名無し 17/07/17(月)00:18:33  No.1219270
軽空母が居た船団なんかは、哨戒機出せる時は出してるんだよね。
大西洋じゃ海と空を圧倒してる側が、ありとあらゆる手を使っても完封はできなかった訳で、制空権なしでちょこちょこ飛ばしてもなあ。
神鷹なんか、逆に撃沈されてるし。
にしても、wikiで船団の壊滅地点の座標が見られるけど、地図に飛ぶとドコまで行っても青一色…。

無題
Name 名無し 17/07/18(火)22:22:30  No.1219414      
1500384150893
大本営海軍参謀だった実松譲大佐さんの「日米情報戦」に、戦前にアメリカまで石油を引き取りに行っていた海軍の特務艦(タンカー)についての記述があるんですが、こうした特務艦の任務の一つに米国近海で行われている米艦隊の演習情報の収集、言わば「スパイ船」としての役割もあったんだそうで
例えば昭和7年に派遣された特務艦「襟裳」には、軍令部情報班アメリカ班の小川貫璽少佐が「乗組士官」の名目で乗艦していた他、多数の通信・諜報要員が乗り込んでいまして、ハワイ近海で行われていた米海軍の大演習について情報入手に努めたんですとか
小川少佐さんの回想によると、

「この大演習中、私どもの予期しないほどに関心と好奇心をあおったものは、当時のアメリカ陸軍の飛行機が自在に海上で活躍していることであった。これは参謀本部空軍と呼ばれる陸軍機で、これらが海軍機と終始呼応しながら、洋上を自在に馳駆しているのには、私どもはまったく驚異の眼をかがやかしたのだった」

無題
Name 名無し 17/07/18(火)22:23:21  No.1219416      
「例の『サラトガ』級のような一流航空母艦を、きわめて困難な状況のもとに、陸軍機がじつに有効確実に攻撃していたこと、それにひじょうな悪天候をおかして、洋上はるか数百マイルを往復してその奇襲を敢行し、これに成功したこと、これは全く注目にあたいするものだった」

…んだそうな

昭和7年(1932年)と言えばまだ日本海軍自慢の陸攻も存在しない時期ですから、陸上基地から発進した航空機(しかも『陸軍機』)が洋上の艦隊を長駆襲う、という光景がインパクト大だったのが窺えるんですが、ほんの十年後には日本海軍艦艇のみならず、日本船舶全般がその米陸軍機に洋上で襲われる立場になるわけでして

そもそもまあ、仮想敵の演習をこっそり覗きに行く一方で、その当の相手から自国海軍のフネやヒコーキを動かす油を買ってくるのがお仕事だったわけですからw
色々な意味で、当時の日米関係の危うさのようなものが反映されてるエピソードな気もしますですねえ

無題
Name 名無し 17/07/19(水)10:23:25  No.1219464
演習海域が公海上なら覗かれても相手は文句言えないんだっけ?
たぶんお互い同じような事やってたんだろうけど

無題
Name 名無し 17/07/20(木)03:45:49  No.1219515
「特務艦」って名前って凄くカッコよく聞こえる

でも実際はただの輸送船とかタンカーでほぼ商船なんだよな
「特務艦配属!」とだけ聞いて行ったらがっかりしたりした
んだろうか

無題
Name 名無し 17/07/20(木)07:08:35  No.1219517
>「特務艦」って名前って凄くカッコよく聞こえる
>でも実際はただの輸送船とかタンカーでほぼ商船なんだよな
>「特務艦配属!」とだけ聞いて行ったらがっかりしたりしたんだろうか
そこは兵曹から叩き上げの特務大尉が普通の大尉よりカッコよく聞こえるけど
指揮系統では兵学校出たての少尉より扱いが低い帝国海軍だからなぁ…

無題
Name 名無し 17/07/22(土)01:53:58  No.1219614      
ピットロード 1/700 日本海軍 給油艦 襟裳 W61
昭和12年4月に「襟裳」特務艦長になった大西新蔵大佐(当時)さんの回想によると

「さて特務艦襟裳という艦である。最初期の給油艦である(略)10000トン近くの重油を積み、6000馬力弱のピストン機械一基を備え、最大速力八節の鈍物である」

「前任者中邑元司大佐から申継ぎをうけた。主機械が時々原因不明でストップすること、船体強度に不安あり、同型艦(ママ)神威の姉妹船は船体折損で沈没している。低気圧は徹底的避航すべきこと(略)等であった。主機械の問題は呉工廠でも解決しなかったとか。いやはや大変な船の艦長になったものである。洋上で立ち往生でもしたら!」

…という状況だったそうで、正直な所この時点で大分使い込まれてボロボロのベテラン船、折角の艦長任命もあまり嬉しくなくなる代物だったみたいですなあ

無題
Name 名無し 17/07/22(土)01:54:51  No.1219615      
1500656091770
「油槽船は船体強度に不安ありとして、重油輸送任務中は前甲板の一二糎砲を卸していた。一三粍機銃すら積んでおらず全くの丸裸である。特務艦たる所以であろう」

…とも大西さんは書かれてるんですが、それでもやはり米国サンフランシスコでの原油買い付けの帰り道、米艦隊の演習海域やハワイ島の泊地に接近して情報収集の任にも当たっておりまして、ハワイ・北米航路偵察の為に潜水艦屋の藤本傳少佐、暗号関係の安田蓊少佐等が乗り込んでおり

「加州の原油を買いに行くのが本務だが、行きがけの駄賃にいろんなことを目論んだもの。その任に充てられた私は、軍人冥利とでも言うべきである」

…との事だったそうなんですが、まだ日米関係もそれ程切迫していなかった時期とはいえ、地道な情報活動の積み重ねは常に行なわれていた事が窺えますですな

無題
Name 名無し 17/07/22(土)01:55:49  No.1219616     
1500656149673
ともあれ、こうした任務を無事果して「襟裳」は帰路に付くんですが、その様子も

「大圏航路を航海すれば近道になるのだが、安穏海面を選んだものである。航海日数を無理に短縮するには及ばない。この点商船と異なって呑気である」

…というある意味のんびりしたモノだったんだそうですが、実際問題として無理に荒れた海域を突破するのは「襟裳」の老朽船体では危険、という判断もあってのことで、事実日本に帰投して呉工廠で入渠した際、昭和7年時に発生して修理した艦底の亀裂という「古傷」が再び開いていた事が分かり、急遽大修理を行う騒ぎになったそうですw

全く勇ましさとは無縁な話ばかりなんですが、老齢にもめげず、ロジスティクスや情報収集といった地道な任務をこなしたこういう「特務艦」の働きが、連合艦隊の艨艟の活躍を支えていた、って事なんですかねえ

無題
Name 名無し 17/07/22(土)16:32:43  No.1219654
「襟裳」ってそんな古い船なのか…って調べてみたら1920年竣工と出た
昭和12年なら17年目、船舶の寿命はよく知らんけど17歳はもうBBAなのん…?

無題
Name 名無し 17/07/22(土)20:59:19  No.1219676
種類や作りの良し悪しや稼働率にもよるが
20年は戦闘艦でも次代が模索される域

石炭でほとんどまかなってた時代にタンカーは液体燃料しか積めないもんだから片道が空荷になったり
民間船会社も建造や所有を嫌がる経済性の悪さ

無題
Name 名無し 17/07/22(土)21:13:17  No.1219677      
http://cgi.2chan.net/f/src/1500725597658.gif
同じ時期に長門とか建造しててカネは無かったと思うよ
エンジンは三段膨張式ね

無題
Name 名無し 17/07/22(土)21:17:04  No.1219678
>三段膨張式
タイタニックのエンジンがこれプラス、タービンだったよね
当時は割と一般的な技術?

無題
Name 名無し 17/07/22(土)21:41:09  No.1219680
ギヤードタービンは高級品だし一般商船の航行特性にあんまり合わない
舶用ディーゼルの中・大型は戦後を待たないとまだいいものがなく不調や騒音振動だらけ

無題
Name 名無し 17/07/23(日)02:31:59  No.1219692
>三段膨張式
効率が良くないから低、中、高速に分けてなかったっけ?
蒸気タービン

無題
Name 名無し 17/07/23(日)03:54:59  No.1219693      
1500749699335
>1219677


前レス補足
長門は竣工時からオールギヤードタービンながらボイラーはまだ重油と石炭の混焼缶が載っていた時代。
(後日改装されて重油専焼となる)
しかし同時期の襟裳は石炭専焼缶と三段膨張レシプロのまま・・・
補助艦艇の多くは石炭+レシプロで先の大戦に臨んだのだった。

石炭焚きでレシプロだけどご紋を掲げた砲艦鳥羽も・・・

無題
Name 名無し 17/07/23(日)16:15:57  No.1219717
>補助艦艇の多くは石炭+レシプロで先の大戦に臨んだのだった。
おかげで、油が足りなくなった時期にも動けたんじゃなかったっけ?

無題
Name 名無し 17/07/23(日)05:02:11  No.1219694 
>三段膨張式
蒸気レシプロエンジンの復水器は
蒸気の水分を回収して再利用することで給水の手間を省くことが目的のようですが、蒸気タービンの復水器と同じ様に膨張比を大きくして出力を高める効果もあるんでしょうか?

無題
Name 名無し 17/07/29(土)16:44:04  No.1220111      
http://cgi.2chan.net/f/src/1501314244474.jpg
>タイタニックのエンジンがこれプラス、タービンだったよね

>当時は割と一般的な技術?
亀レスだけど個々の技術は一般的だったけどタイタニックで使われた組み合わせは当時でもユニークで高効率を期待されてたけど他の方式と比べて大きな差は無かったそうな
そのうえタービン技術の発達で数年で時代遅れになったのであの3姉妹以外での採用は少数なんだってさ

http://ww3.tiki.ne.jp/~awata-a/sub1/engines.htm

無題
Name 名無し 17/07/23(日)18:43:02  No.1219725      
ピットロード 1/700 日本海軍 神風型駆逐艦 神風 【フルハルモデル + 特殊潜航艇 海龍】
>1920年竣工

「襟裳」は艦底の修理を終えると、今度は重油とバラスト水を積んで北はカムチャッカに向い、同地で警備中の駆逐艦隊や農林省の漁業指導船への補給任務に就いているんだそうで

カムチャッカのヤイナ沖でやはり1922年竣工の古参駆逐艦「神風」と会合した時の様子をまた引用させて頂くと

「神風の一二糎砲はとも角、上甲板には小銃を構えた兵員がずらりと列んで、上空を照準する姿勢である。上空にはソ連の小型飛行艇が旋回している。神風は正に寄らば斬るぞの構えである。橋本象造司令曰く、未だ一発も発射したことはないが、士気の昂揚からも一触即発の姿勢を執るとのこと」

…というものものしさだったんですとか

無題
Name 名無し 17/07/23(日)18:43:59  No.1219726      
「カムチャツカ沿岸には顕著な陸地目標が少ない。従って艦位の測定が極めて困難である。ソ連は領海一二浬を固執している。ここでは日本の五浬説は通らない。日本の漁船は充分の距岸距離を取って操業せざるを得ない。領海侵犯だと文句を付けられないためには己むを得ない。網さえ卸せば鱈場蟹はいくらでもとれるらしかった」

…という、対ソの漁業保護の故の構えだったそうなんですが、補給任務を終えた「襟裳」はそのまま北樺太のオハに向い、現地生産の原油を積み取って持ち帰ったそうで

北樺太の石油採掘及び北方漁業権は、戦前の日ソ間でしばしば揉めた懸案事項だったそうなんですが、その第一線で大正生まれのボr…古強者の艦船たちが頑張ってた、って話みたいですな

無題
Name 名無し 17/07/23(日)18:44:48  No.1219727      
余談ですが「襟裳」は「神風」との会合の後、千島最北端の占守島・潮見川沖で僚艦「波風」にも補給作業を行っているんですが、報告上ではこちらもカムチャツカのロパッカ沖で行ったとしているんだそうで

要は作業地がどこかによって各種加算が変わってくるので、こうしたちょっとした改竄がされるのは「常用手段であった」そうなんですが、まあ煩く言えば不正の類、という話なんでしょうけれど、この程度の余禄は苦労に報いる御褒美の内じゃないかな?というか、既に日本海軍自体が消失して数十年立ったいまならまあ、とっくに「時効」ではありますよねえ…w

無題
Name 名無し 17/07/23(日)22:35:13  No.1219739
>地道な情報活動の積み重ねは常に行なわれていた事が窺えますですな

これらから、導き出された日米の戦力差は10対1
国のトップは、うーん地の利もあるし、そもそも精神力が違う!
実際は4対1だろうと結論だすんだから

上がアンポンタンじゃ、どーしよーも無い

無題
Name 名無し 17/07/24(月)05:45:26  No.1219757
情報と兵站

大事なのはホントはみんな分かってたんだろうけどね
それでも平時の整備が正面装備中心になるのはどこの国でもある傾向だよね

無題
Name 名無し 17/07/26(水)21:46:31  No.1219965      
海軍技術少佐だった艦艇研究家の福井静夫さんが「特務艦」について解説されてる所を引用させて頂きますと

「特務艦は、その排水量の大きさにおいては軍艦に相当し、かつ運送艦などでは、大型の貨物船や大型タンカーに相当するものが多かった。特務艦の主体は運送艦であったが、さらにそれは二大別される」

「(イ)艦隊に随伴して、洋上補給を行なうもの。今日の艦隊補給艦の前身であり、給油艦の一部と揮発油運搬艦がこれに属する。給油艦は洋上補給用として、かねてから政府の助成金で、民間タンカーとして優秀船を多数建造していたので、戦争前期にはこれらを徴傭した特設給油艦が主としてこれに当たり、海軍固有の給油艦は、多年、平時に艦隊補給用として使用されてはいたが、大部分は次の項の任務に当たった」

無題
Name 名無し 17/07/26(水)21:46:54  No.1219966      
1501073214595
「(ロ)基地と基地間を軍需品一般を輸送するもの。これらの特務艦は、ごくかんたんな兵装を有するのみで、性格的には貨物船、油槽船、その他の商船と変わらない。以上は、いずれも数千トン、ないし二万トンにおよぶ大型船体であるが、ただ一つの例外として給糧艦の一部となった冷凍船がある。これらは開戦直前に、雑役船の一部として建造に着手された六〇〇~一〇〇〇トン級の小型船体であるが、後に特務艦として使用された」

「給油艦をはじめとする運送艦船はもちろんだが、潜水母艦などは特設艦の方が優秀であった。これは北米航路の大客船などを使用したから当然のことである」

無題
Name 名無し 17/07/26(水)21:48:25  No.1219969     
1501073305909
…との事なんですが、実際、例えば日米開戦劈頭の真珠湾攻撃に於いて、南雲サンの機動部隊に同行した補給隊のタンカー7隻は全て「本職」の「襟裳」のような正規の給油艦ではなく、戦前海軍からの助成を得て建造され、民間会社に所属して働いて居た特設給油艦だったりするんだそうで

機動部隊の進撃した冬の北方航路は荒天が予想されていましたから、大正生まれの老朽艦では心配だ、という所もあったんでしょうけれどもw
レシプロ機関でスペック上の最大速力14ノット弱の知床型給油艦に対して、知床型の倍近い出力の優秀なディーゼル機関で19~20ノットの速力を発揮できるこれらのタンカーでないと、機動部隊に同行できない、という事情もあってのことだったんだそうで

言ってみればいざ鎌倉となった時、ベテランの正規社員より臨時職員の方が頼りにされた、みたいな話なんでしょか…w

無題
Name 名無し 17/07/26(水)21:50:24  No.1219970      
実際、こうした特設艦船の活躍ぶりは期待を裏切らないものだったわけですから、日本海軍の方針も当時の実情に合った賢明なものだった、って事なんでしょうけれども、これらの特設艦船への転用を配慮されたタンカーには、平時の民間運用時、原油引き取り先への往航時に空荷で航行する不採算への対策に生糸のような貨物搭載スペースが設けられていたんだそうで

従って、例えば「真珠湾攻撃組」の一隻であるタンカー「極東丸(旭東丸)」なんかは、その後インドネネシアの産油地帯からトラック島泊地への燃料輸送の際、同地の第2艦隊司令部付の主計士官さんに頼まれて、石油以外にこの輸送スペースに南方産のチョコレートのような嗜好品を塔載して運ぶ給糧艦のような任務も果して、大いに喜ばれていたりもするんですとか

さらに「極東丸」は戦中米機動部隊の攻撃で大破・着底するも、戦後引き揚げられタンカーとして復活、戦後の日本の海運業と復興に大いに貢献しているんだそうでして、その性格上華々しい武勲とは無縁ながらも、IJN及び日本国にとって最大級の「殊勲艦」の一つと言える活躍っぷりじゃないですかねえ、コレ

無題
Name 名無し 17/07/27(木)10:54:38  No.1219988
meshさんいつも興味深い話をありがとうございます

>昭和12年4月に「襟裳」特務艦長になった大西新蔵大佐(当時)さんの回想によると
個人的にこの手の兵站モノが好きでして
こちらの資料を教えていただけないでしょうか?

無題
Name 名無し 17/07/28(金)02:30:51  No.1220031      
>こちらの資料

「襟裳」のエピソードについては大西新蔵さんの自伝「海軍生活放談(原書房)」より引用させて頂いております

ただ、大西さんが「襟裳」特務艦長だったのは昭和12年4月から同10月までの半年ほどですので、総646ページ程の自伝中、「襟裳」時代の描写はP388~P406の18ページ分のみ、兵站関連のみに興味を絞る観点からするともちょっと物足りないかもしれませんです

勿論、海軍全般に関わるエピソードは色々豊富ですので、個人的には非常に楽しい本だと思っておりますが…

無題
Name 名無し 17/07/28(金)16:12:48  No.1220056
船舶用焼玉エンジンも海務院の統制型あったんだね
制定が遅いけど

無題
Name 名無し 17/07/31(月)20:20:52  No.1220221
補給軽視の結果いったい何人の将兵が亡くなったことか、、、

引用元: http://cgi.2chan.net/f/res/1218624.htm

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