Name 名無し 17/05/14(日)01:04:43  No.456661

写真で見る日本陸軍兵営の食事



生きるため、そして食べるため、一人の兵が日露戦争を駆ける!本格歴史飯漫画、開幕!
明治時代、貧困にあえぎ飢えに苦しんでいた青年・千歳は、陸軍兵舎から出た残飯を食べたことで、一日三食が支給される軍隊の存在を知る。食べるため、歩兵第一連隊に志願入隊した千歳は、日露戦争に出征していくことになりーー!?

http://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_KS02000050010000_68/

面白そうな漫画があったのでステマ
戦争めし (ヤングチャンピオン・コミックス)
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無題
Name 名無し 17/05/14(日)01:28:55  No.456666
ついにミリタリーにまでグルメブームがやってきたのか

無題
Name 名無し 17/05/14(日)01:54:23  No.456670
ホモ臭が強いと感じるのは心が汚れてるせいだろうか・・・

無題
Name 名無し 17/05/14(日)10:49:31  No.456701
>ホモ臭が強いと感じるのは心が汚れてるせいだろうか・・・
睡眠欲と食欲と性欲は人間の三大欲求だからね。
君は本能に正直な人なんだよ(棒

無題
Name 名無し 17/05/14(日)15:03:23  No.456718
ホモ漫画は大嫌いだけど
確かにスレ画はホモにしか見えん

無題
Name 名無し 17/05/14(日)10:55:14  No.456702
日露戦争…飯…脚気不可避

無題
Name 名無し 17/05/14(日)12:28:45  No.456708
映画の二百三高地じゃ「飯だ!飯だ!」ってでっかい袋に入った干し飯を戻したのが引きずられながら運ばれてくるシーンがあったな
んで一つの袋から皆で手掴みで食ってたら真っ赤な飯に気づいて「赤飯か?」「血だ!血だ!」ってなるやつ

無題
Name 名無し 17/05/14(日)15:05:48  No.456720
長谷川伸だっけ国府台部隊で和布に切干大根
酢醤油かけたオカズばかり食べさせられたのは
スレ画で眼鏡の兵士はどんな生い立ちなのか気になる

無題
Name 名無し 17/05/14(日)19:22:43  No.456726
適度にビタミン取る工夫をしないと、脚気とか壊血病でやられるね。
江戸時代に北海道警備で何人もの兵士が死んだけど、その原因がビタミンB、C不足だった。
北海道ならアイヌ人から知識を得てハマナスの実などを食べるようにすると良かったのだが。

無題
Name 名無し 17/05/14(日)21:17:36  No.456737
日露開戦後の歩一の軍服って黒だっけ?

無題
Name 名無し 17/05/14(日)21:36:17  No.456738     
ゴールデンカムイ 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)

http://may.2chan.net/39/src/1494765377101.jpg
ゴールデンカムイでいいじゃん

無題
Name 名無し 17/05/14(日)21:49:11  No.456740
高橋孟画伯の海軍めしたき物語をコミカライズしてくれんかなー。
孟さんの画はもちろん素晴らしいんだけど、それはそれで・・・

無題
Name 名無し 17/05/19(金)23:08:28  No.456932
>海軍めしたき物語

ミッドウェー海戦の間、淡々と食事を作り続けていて、モノを取りに甲板に出たら、空母が次々に火につつまれている描写が面白くも、もの悲しかった。

無題
Name 名無し 17/05/20(土)08:16:53  No.456955
>空母が次々に火につつまれている描写
炊事場も軍隊だから、何人働いているか、いつ食事を作ったか記録に残してるんだよね
21時に戦闘糧食としておにぎりを作ったとか、応急支援に5人出して15人になったとかの記録が残ってる書面を何かで見た事ある

無題
Name 名無し 17/05/14(日)22:41:53  No.456741
湯気立ち過ぎな気が

無題
Name 名無し 17/05/15(月)10:00:10  No.456756      
戦争めし (ヤングチャンピオン・コミックス)
>ついにミリタリーにまでグルメブームがやってきたのか
なんだ?知らんのか

無題 Name 名無し 17/05/15(月)14:39:38  No.456762
>なんだ?知らんのか
この飯盒の蓋にごはん盛ってるのってさ、創作物や現代のキャンプではよく見るけど、昔の写真だとほとんど見ない。大抵飯盒本体から直食いしてる。
蓋に乗るのなんてせいぜい一合くらいだから、それだと全然足りないって事なんだろうけど。

無題
Name 名無し 17/05/15(月)17:02:21  No.456769
>なんだ?知らんのか
知らんかった

無題
Name 名無し 17/05/15(月)22:14:57  No.456789
>>なんだ?知らんのか
>知らんかった
この人「思い出の味」といった実話系のグルメ漫画を沢山描いている人で、これはその軍隊版だね

ビーフシチューから肉じゃがが出来た、といった俗説系のネタから戦場帰りの人の実体験ネタまで色んな話が載っているからオススメだよ

無題
Name 名無し 17/05/15(月)10:34:17  No.456757
なんだもっと明治残飯事情を説明してくれるんじゃないんだ…
最暗黒の東京をそのまま描くだけでいいのに

無題
Name 名無し 17/05/15(月)22:04:44  No.456786
軍隊と飯のかかわりはこの板でも古い部類だよ
むしろ一周まわって巡ってきた感じがする

無題
Name 名無し 17/05/15(月)22:08:28  No.456787     
http://may.2chan.net/39/src/1494853708705.jpg
元祖軍飯漫画

無題
Name 名無し 17/05/15(月)22:14:09  No.456788
ミリメシって言葉も少し流行ったな

無題
Name 名無し 17/05/15(月)22:22:43  No.456790
ミリメシ漫画と思って観たら
凄惨な戦場ドラマだった・・・とか?

無題
Name 名無し 17/05/16(火)14:01:35  No.456804      
http://may.2chan.net/39/src/1494910895043.jpg
明治陸軍は携帯口糧(野戦食)用にコンビーフを導入したが
「メシのおかず」にどうにも不向き、という実に日本的な理由から
替わって導入されたのが「牛缶の大和煮」と聞く

無題
Name 名無し 17/05/16(火)16:32:40  No.456807
神馬の横でコンビーフを食べるのもなあ

無題
Name 名無し 17/05/16(火)16:47:16  No.456808
馬肉使ってるのはニューコンビーフ(コンミート)じゃないの?

無題
Name 名無し 17/05/16(火)16:54:04  No.456809
>馬肉使ってるのはニューコンビーフ(コンミート)じゃないの?
そうなんださすが軍板住人は缶詰事情にくわしいのう

無題
Name 名無し 17/05/16(火)20:25:55  No.456827
>馬肉使ってるのはニューコンビーフ(コンミート)じゃないの?

安いし馬肉の風味(サラミみたい)で高いコンビーフより100均で叩き売りされてるコンミートの方が美味く感じる

無題
Name 名無し 17/05/16(火)17:03:52  No.456810
魚の蒲焼や味噌煮じゃなく肉に行ったの?

無題
Name 名無し 17/05/16(火)19:46:28  No.456815      
http://may.2chan.net/39/src/1494931588028.jpg
コーンビーフはお湯で解かしてスープ状にするか茹でた野菜と混ぜると米飯とも馴染むかな。
あのまま直に食べるとちょいきつい。

無題
Name 名無し 17/05/16(火)20:08:34  No.456822     
http://may.2chan.net/39/src/1494932914163.jpg
旧軍で存在した魚のメニューはどんなもんだったろう
http://www.pref.mie.lg.jp/suigi/hp/15803016964.htm

自衛隊レーションで現行は「さば、さんま、かつお」とか使ったものとかがあるが、現在も年度毎に一部メニューが変更されている模様。
廃止されたⅠ型(缶詰)では「ます、まぐろ」等が存在した。

無題
Name 名無し 17/05/16(火)20:26:39  No.456828
フィリピンの捕虜収容所で、来る日も来る日もコンビーフ粥ばっかりで、飢餓戦線を彷徨った兵士から不満が出たという話もあるから、よっぽど合わないんだろうな。

無題
Name 名無し 17/05/16(火)21:34:42  No.456832      
http://may.2chan.net/39/src/1494938082313.jpg
明治国軍の缶詰レーションとしては、西南戦争(明治10年)の時点で民間業者の製造した牛肉と根菜の醤油味付けの缶詰を購入した記録がある他、鶏肉を砂糖・醤油・生姜とで濃く味付けした「大和煮」等が使用されていたそうなんですが、品質にバラつきが多く、1897年にはいったん陸軍用の缶詰は全て陸軍糧秣廠の管轄の缶詰工場で製造する、との決定が下されてるんだそうで

これに先立ち、陸軍では米国より輸入していたコンビーフ等の肉缶がどうも日本の兵隊さんの口に合わない…というので、明治15年以降「牛缶」を艦艇用保存糧食としていた海軍サンを頼ることとして、明治26年、陸軍の鶴田義昭主計さんが海軍省経理局長の川口武定さんを訪ねて、製造技術その他事項の伝授を受けたんですとか

言わばこれが陸海統一の日本の「牛缶」のルーツと言う事になるんだそうで

無題
Name 名無し 17/05/16(火)21:37:28  No.456833      
1494938248028
その後日清・日露の戦を経て需要は大幅に伸び、戦時には民間からの買い上げもまた大々的に復活するんですが、国内の缶詰製造能力の不足から、米国にわざわざ醤油を運んで「牛缶」の生産を発注した、なんて椿事もあったそうですw

更に日露戦争中には国内の食用牛も払底、代替品として水産物缶詰の採用が決定されまして、明治37年4月より戦争終結までに全国116か所の製造所で537万円分、9千333トン余りが生産されたそうなんですが、特に多かったのが日清戦争当時からあったイワシの缶詰

戦争期間中に陸さんが民間から買い上げた缶詰量3千675トンの内、「イワシ缶」は実に2千366トン弱に達したそうで

「牛缶」と並んで恐らく戦争後半は兵隊さんにお馴染みの食材になってたとおもわれるですが、コレがどんな味付だったか分からないんですよね

やっぱり水煮だったのですかしらん

無題
Name 名無し 17/05/16(火)22:00:11  No.456836
>コレがどんな味付だったか分からないんですよね
明治37年の東京朝日新聞には、「魚缶は糧秣廠ではなく水産伝習所が中心となって生産(漁協・個人業者製造品も伝習所が指導)。
丸缶と角缶2種(各々120匁)があり、種類は鮪・鰹・鰤・鯖・鯵・鰯・ワカサギ・コアユ(琵琶湖産)・イカナゴ缶、試作品として鮭缶と鯛味噌が作られた」とありますね。
肝心の味付け方法がのってない……。

無題
Name 名無し 17/05/16(火)22:13:51  No.456837
・牛缶の製造技術について、糧秣廠は戦後の民間転用も考慮していた
・当初の牛缶は1個160匁、後に全国各地で1個40匁の小型缶も製造していた
だそうで。他には、漬物関係でも色々な話が出てきて面白いなあ

無題
Name 名無し 17/05/16(火)22:14:34  No.456838
牛の大和煮は醬油で味付けしてたから
魚の缶詰も醬油味なのかなあ?

広島の郷土資料館(元陸軍糧秣支廠の建物)に牛大和煮の缶詰め資料があったなあ。

http://www.cf.city.hiroshima.jp/kyodo/html/00top/topfrm.htm

無題
Name 名無し 17/05/16(火)23:38:56  No.456845
戦場(前線じゃないと思う)で缶詰を食べたら
残った缶はどうするんでしょうか
偵察なんかだと穴ほって埋めるんでしょうか?

無題
Name 名無し 17/05/17(水)06:35:02  No.456852      
http://may.2chan.net/39/src/1494970502716.jpg
再利用をしない空き缶の廃棄処理と言えば埋設が相場だったかと。

当時はクジラ肉とか価格の安さも手伝い
軍用缶の一翼を担ったそうで、肉味の癖を抑えるため大和煮として供給されたと思われる。
しかし大戦中盤以降は母船も含め捕鯨船まで徴用され
これらも生産出来なくなったと・・・つらい。

現在は捕鯨も風前の灯火で、自分も年に数回食べるくらいか。

無題
Name 名無し 17/05/17(水)07:29:20  No.456854
少なめの塩っ辛いおかずで大量の飯をかっくらう当時の食生活によくよく考えてみりゃぴったりだよな缶詰って

無題
Name 名無し 17/05/18(木)00:35:15  No.456879
脚気、もやし、肉じゃが、カレー
3巻ぶんくらいで逃げきるのかな?
洋食の発祥まで踏み込むには、
戦争が終わってしまう

無題
Name 名無し 17/05/18(木)22:19:53  No.456900
毎回赤飯で大半を食ってからムシロ袋の中から戦友のパーツが出てくるストーリーだったら神マンガ

>フィリピンの捕虜収容所で、来る日も来る日もコンビーフ粥ばっかりで、飢餓戦線を彷徨った兵士から不満が出たという話もあるから、よっぽど合わないんだろうな。
コメのおかゆじゃなくオートミールポリッジ(粥)
だったのかもしれないですな 
あれ、食べたことが無い日本人の平民には酸っぱくないゲロでしかないし

無題
Name 名無し 17/05/19(金)02:36:52  No.456912
>オートミールポリッジ
小学生の頃、今考えたら親父(見栄坊のハイカラ好き)がハマったんだろうな、一時期朝飯がオートミールだったことがあったな。
砂糖で味付けしてたからウマウマ食ったけど、今あの匂いとか思い出すと躊躇する。正直エッとなる。
(グラノーラやミューズリーを冷たい牛乳で・・・てのは好きなんだが)

無題
Name 名無し 17/05/19(金)14:59:42  No.456917
>砂糖で味付けしてたからウマウマ食ったけど、今あの匂いとか思い出すと躊躇する。正直エッとなる。
ヨーロッパやアメリカの人間も飯の炊ける匂いが苦手な人もいるからお互い様

無題
Name 名無し 17/05/20(土)01:07:03  No.456941
>日本人の平民には酸っぱくないゲロでしかないし
業務スーパーで安く売りだしてくれたおかげで時々食べてました
味付けはなんでもいいんですよ麦の粥というだけで醤油でも合います
ぼくは大豆粉を加え牛乳と水を半々に入れて塩とブラックペッパーで味付けしました

無題
Name 名無し 17/05/20(土)01:42:05  No.456944 
百閒先生だっけかオートミールに
味噌汁云々と書いたのは後陸海軍共に
病人に与ていたから割と知られていたかも

無題
Name 名無し 17/05/19(金)19:28:23  No.456923      
http://may.2chan.net/39/src/1495189703438.jpg
>オートミール

東宮御所主厨を務められた渡辺誠さんによると、昭和天皇の朝食は365日洋食で、

「毎朝、オートミールかコーンフレークスを交互に召し上がり、火を通した野菜料理を一品、そしてサラド、つまりサラダの盛り合わせを一品というのが変わらぬメニューでした」

…そうでして、

「私が宮内庁に入った当時、つまり昭和40年代までは、一時間以上、水を吸わせて柔らかくしたオート麦を湯煎にかけながら、一時間以上も煮ていましたが、昭和50年代の半ば過ぎには、十分くらいで軟らかくなる、アルファ化されたオート麦を使い始めました」

無題
Name 名無し 17/05/19(金)19:30:19  No.456924      
http://may.2chan.net/39/src/1495189819464.jpg
「見かけはまるでお粥のようです。器に大き目なスプーン二杯ぐらいのオートミールをお取りして、皇后陛下のところにお持ちします。そうすると皇后陛下はおもむろに、天皇陛下のお好みに合わせてミルクと砂糖またはハチミツを入れて、その硬さと甘味を調整され、陛下に差し上げる。これが天皇家の微笑ましい朝の食卓風景です」

…との事だったそうなんですが、この朝は洋食スタイルでオートミールを召し上がる、というのは昭和天皇がまだ大元帥閣下でもあらせられた戦前からの習慣だったんだそうで、当時は

「麺麭・オートミール・卵料理系・果実」

…という組み合わせであったそうです
激動の時代も平和な戦後も陛下の一日の始まりはオートミールだった、というわけですが、あやかって試してみるのもよろしいんじゃないでしょかw

私?私はオートミールより自分の好みに合わせて味付してくれる、優しい彼女の方が欲s(

無題
Name 名無し 17/05/20(土)01:57:31  No.456946
皇族はやっぱO脚じゃないな
洋食のおかげかスラリと綺麗だ

無題
Name 名無し 17/05/20(土)06:22:52  No.456953
>洋食のおかげかスラリと綺麗だ
食生活もさる事ながら
「畳の上の生活」をなされないこともあるかと拝察

無題
Name 名無し 17/05/20(土)12:39:43  No.456961
>「畳の上の生活」をなされないこともあるかと拝察
一日の大半を宮中祭祀に費やす日々を送るので、畳の上に居られることが多いんだが

無題
Name 名無し 17/05/20(土)18:25:38  No.456983
>皇族はやっぱO脚じゃないな
>洋食のおかげかスラリと綺麗だ
O脚に食生活って関係あるか?
ジョージ5世と6世は逆にX脚に悩まされていたそうだけど

無題
Name 名無し 17/05/20(土)19:39:15  No.456986      
1495276755595
スレ画のまんがの最新話更新されましたが、ライスカレーでしたねw
個人的にはもう少し明治の日常ネタで引っ張って欲しかった気もしますケド


>魚の缶詰も醬油味なのかなあ?
「写真で見る海軍糧食史」を読み返してみましたら、日露開戦直後の明治37年4月に

「牛肉の不足を魚肉で補うため、水産局が東京に水産技師を集めて缶詰の製造指導を行った。これにより陸海軍あわせて116の製造所で12種類の缶詰が製造」

…とあって、No.456836さんの書き込みの新聞記事もこの件についての事だと思うんですが、

「この時に日本人の嗜好に合う魚肉として、角型の缶に入れられた鰮(イワシ)の水煮である『鰮ボイルド缶詰』が製造されるようになる」

…とありました(ただ、明治44年頃には魚肉の「大和煮」も各種あったそうで)

無題
Name 名無し 17/05/20(土)19:41:53  No.456987      
1495276913228
因みに日露戦争に歩兵第16連隊に所属して参戦したある陸軍伍長さんの戦時日誌には、度々戦地での食事についての記述が出てくるんですが、ご本人も食べ物ネタばかりが続くのに読見返して気づいたらしく

「お菜は相変わらずの牛肉汁であった。昼飯は抜きであった。こんな風に食物の話ばかりしていると卑しく思う人もあろうが、それは戦地にある人のことを知らぬのである。連隊長でさえも、その時副官たりし梅津大尉に向い、晩餐のお菜は何であるかねえ、と漏らされたこともあると当番卒が言ったことがあるではないか。いわんやその他に楽しみを持たぬ一兵卒においてをやだ」

…なんて書き込まれてたりします

将兵さん達の戦地最大の楽しみ、ってのは取り上げ方次第では非常に興味深い題材だと思いますから、今後の展開も是非楽しみにさせて貰いたいところですねえ…w

無題
Name 名無し 17/05/27(土)00:57:04  No.457390
http://www.meijimura.com/spring2017/
博物館明治村では「食の明治維新」と称して陸海軍の食事を期間限定でやってる
「入港ぜんざい」は特におススメ

無題
Name 名無し 17/05/27(土)12:00:09  No.457414
旧軍は補給(食い物)はお粗末のイメージがあるが違うのだろうか?

無題
Name 名無し 17/05/27(土)15:28:36  No.457421
米は直火で炊くだけで最高に美味しい
オカズなんて漬物で充分なんだぞ

無題
Name 名無し 17/05/27(土)23:23:00  No.457438      
http://may.2chan.net/39/src/1495894980143.gif
>オカズなんて漬物で充分なんだぞ

日露戦争モノを読んでると陣中のオカズにしょっちゅう「福神漬」が出てくるんですが、明治10年頃に上野の漬物屋「酒悦」さんで考案されたこの漬物、名前の由来は7種の野菜を使っているから、という他に、これさえあれば他におかずがいらず、お金が貯まって福が舞い込むから(若しくは知らずの内にお金がたまる縁起の良い漬物だ、福の神が一緒につけてあるのだろう)、という説があるそうですw
ただ戦地の給食の記録を見ると、朝食のお菜が一週間福神漬けだけ、なんてのがあって流石にちょっと気の毒な気もしますケド

余談ですけれど、浅田次郎せンせいの「天切松」シリーズで、主人公の松蔵さんの幼少期のエピソードに、長屋に「ヅケ屋」がやってくる話が有るんですが(時代設定は日露戦争直後)

「そのころァ、娑婆にだって残飯屋があった。ヅケ屋といやァ、軍隊(略)から残飯をもらい下げてきて、長屋で売るれっきとした商売でよ」

無題
Name 名無し 17/05/27(土)23:24:16  No.457439      
残侠―天切り松 闇がたり〈第2巻〉 (集英社文庫)
「大八車が路地に入ってくると(略)住人たちが駆け出してくる。『あいよォ。きょうのごちそうは士官学校。できたてほやほやの虎の皮(※おこげ)。アライ(水で洗い流した飯)にヘッツイ(パンの耳)、株切(野菜や漬物の切れっぱし)はおまけ』」

「『さあさあ、さすがは士官学校、麻布の三連隊よりァずっと豪勢な献立だ。はい、並んで並んで。山盛り五銭、飯とおかずで十銭』」

…とあって、無論フィクションではあるんですが、実際東京市内に実在した「残飯屋」のルーツは日清戦争中に東京市内の各聯隊の残飯を集めて雑炊にしたモノの販売業者さんからなんだそうで、スレ画まんがのプロローグも、浅田せンせいの小説の描写も、そうした史実に基づく描写って事になるんですかねえ

無題
Name 名無し 17/05/27(土)23:24:43  No.457440      
1495895083903
因みに「麻布の三連隊より豪勢」とヅケ屋さんの称する明治陸軍士官学校のゴハンなんですが、

「食事は三食とも洋食にして、朝はスープに卵二個、昼はビフテキ、フライの類二皿、夕は同じく一皿、パンは一食に半斤、その他コーヒー、果物、又は時々赤飯の供給あり」

…と実際なかなかのモノだったみたいなんですが、明治7年に陸軍幼年生徒隊(=幼年学校)に入った柴五郎陸軍大将さんの回想にも

「食事もまた洋食にて、スープ、パン、肉類なり。ただ土曜日の昼食のみ、ライスカレーの一皿を付す」

…なんてあったりします
日本における「らいすかれい」の起源が明治9年に来日したボーイズビーアンビシャス!のクラーク博士だ、なんて説が有る事を考えると、日本陸軍とカレーの因縁はかなり古いというか、実際日本で最も早く日常的に食べ始めた集団だったんじゃないでしょか…w

無題
Name 名無し 17/05/28(日)01:12:16  No.457447      
http://may.2chan.net/39/src/1495901536628.jpg
>「食事は三食とも洋食にして、朝はスープに卵二個、昼はビフテキ、フライの類二皿、夕は同

じく一皿、パンは一食に半斤、その他コーヒー、果物、おお、興味深い、玉子はオムレツだったのか
フライは魚介だったのか そしてパン半斤と言う事は食パン食べてたと ほぼ戦前日本型フランス料理(かつてに命名)ですね

無題
Name 名無し 17/05/28(日)18:47:09  No.457486
>福神漬け
新聞ネタついでに、日露戦争で糧食の沢庵が福神漬けに変更されたのは「日清戦役の戦訓」とあるのですが、その戦訓とやらは何なんでしょう?生産者は東京12軒、名古屋2軒。1缶分120匁で納入していたそうです。
ちなみに梅干納入業者は東京1、小田原・大阪に数軒、河内2軒。味噌漬納入業者は東京2軒・大阪3軒。奈良漬納入業者は大阪のみ。ラッキョウ漬は東京1軒・大阪2軒。あと、古来の兵食であった芋茎と切干大根を持ち込んだら、湿気て使えなかったとか何とか。

無題
Name 名無し 17/05/28(日)09:46:09  No.457458
大戦という断絶期があったせいであまり一般には認知されてないかもだけど、戦前の洋食文化って現代の目から見ても正直そんなに遜色ないよね
戦後になってから大きく普及したのは、むしろ中華料理のほうかな

無題
Name 名無し 17/05/28(日)15:22:18  No.457473      
1495952538674
日露戦争直前の明治35年(1902年)のある食堂車(残念ながら列車名は不明)の「汽車内喫茶室御案内」によれば、当時のメニューは

・食蒸餅 一人前 六銭 ・擺斯鉄 一皿 一○銭
・火腿万苣 一皿 一○銭 ・婦雷 一皿 一○銭
・可喜 一杯 三銭 ・鶏蛋糕 一皿 六銭

…というものだったそうで
(順に食パン、ビーフステーキ、ハムサラダ、フライ、コーヒー、カステラ)

因みにオムレツは「鶏卵焼」だそうなんですがw一方で明治32年の「陸軍給与例」では、下士官兵さんたちの光熱費含む副食費である「賄料」の支給額は日額五銭四厘~九銭九厘(地域差有)となっておるそうです
但し「賄料」の他に「精米」6合が毎日支給されますので、実際のおかずの質はとびきり良くはなくとも、少なくとも民間の平均に比して悪くもない、って所だったんじゃあないでしょかね

無題
Name 名無し 17/05/28(日)15:23:01  No.457474     
1495952581263
>戦後になってから大きく普及したのは、むしろ中華料理のほうかな


前述の歩兵第16連隊の伍長さんの日記に、明治38年(1905年)2月4日に現地の志那人さんとお正月(向こうの暦なんでしょうね)の御馳走を食べる話が有るんですが、曰く

「朝昼兼帯の飯を食べていると、支那人が豆腐とお正月のお祝いにこしらえた団子と饅頭とを持ってきてくれたので、さっそくに賞翫した。饅頭は美味しく食べたが、団子は麦粉にて皮を作り中に牛肉、豚肉、ニンニクをたたきにして入れたもので、それに豚の油を塗ったよう、実に妙なもので
二つとは食われなかったが、折角の厚意だから好々多謝多謝(ハオハオターシャターシャ)でこれを食べた。ところで自分も本部の兵隊や支那人に御馳走をするつもりで、大枚一円を投じて菓子を買い一同で味わった」

…そうで
「餃子」の印象はイマイチだったみたいなんですがw当時なら戦地で外国料理を初めて食べた、なんて人も珍しくはなかったんでしょうなあ

無題
Name 名無し 17/05/28(日)16:41:12  No.457482
自分も中国で食べた家庭料理の餃子はいまいちでした
(がっつり香菜入っていたので)
老辺餃子みたいな店の餃子は普通においしかったのですが

無題
Name 名無し 17/05/28(日)17:45:48  No.457485
大陸ではよく現地調達をしてたから現地民と仲悪いのかと思ったけどちょくちょく一緒にご飯食べたり何か持ってきたから代わりにこっちもあげたりって描写があるから一概には言えないのかな

無題
Name 名無し 17/05/29(月)10:31:36  No.457518
>No.456756
のマンガにも載っていたが今の焼き餃子は満洲からの引き揚げ者が戦後作って広めたもの

無題
Name 名無し 17/05/29(月)12:17:42  No.457522
ハムサラダとビフテキが同じ値段というのも不思議だな
昔はチキンカツはビフテキより高価だったらしいけど

無題
Name 名無し 17/05/29(月)12:28:32  No.457523
>ハムサラダとビフテキが同じ値段というのも不思議だな
>昔はチキンカツはビフテキより高価だったらしいけど
ハム作るのも手間がかかるし
生にしろ温野菜にしろ野菜を提供するのが大変じゃないかな

無題
Name 名無し 17/05/29(月)12:36:51  No.457524
>ハムサラダとビフテキが同じ値段というのも不思議だな
当時はハムの大量生産なんて出来なかったから
有るのは今でいう本格ハムだけですし野菜だって生食用も貴重ですからね
少ないと高価ってのは仕方ありません
今の鯨肉と逆パターンって奴ですな

無題
Name 名無し 17/05/29(月)19:36:46  No.457536
貧乏学生の頃によく中国人留学生のところに行って餃子とか飯を食わせてもらってた
彼らによると日本の中華料理は中華風日本料理とのことだった

無題
Name 名無し 17/05/29(月)20:05:01  No.457538
そりゃまあ、今の日本で食されている中華料理はほぼ陳建民が日本人の好みや食卓事情に合わせてアレンジしたものだろうし

無題
Name 名無し 17/05/29(月)21:07:22  No.457541      
1496059642951
>日露戦争で糧食の沢庵が福神漬けに変更されたのは「日清戦役の戦訓」


面白そうな話というか、是非私も詳細が知りたいですねw
沢庵自体はその後も軍用糧食に普通に使われてますから、ソレ自体がNGってわけじゃあなかったんでしょうけれど、福神漬が特に優ってたメリットってなんだったんでしょかね…?

因みに切り干し大根も昭和の時代までその後も愛用されたみたいなんですが(画像は支那事変中の糧食集積所)日露戦争中、千葉県国府台の砲兵連隊に入営した作家の長谷川伸氏によると、


「そのころは、水曜日と土曜日の昼めしだけは御馳走にありつけた。ご馳走と言っても、コノシロの煮付けとカマボコ一切れ、芋の葉っぱか何かの煮たのが少し。が、どうかすると大福餅が一ヶつくことがあった。しかし、それ以外の日は寝藁ばかりだった」

…んだそうで

無題
Name 名無し 17/05/29(月)21:08:43  No.457542      
http://may.2chan.net/39/src/1496059723577.jpg
「寝藁」というのは切り干し大根とワカメ少々を酢醤油にくぐらせたもので、形と色が厩舎のお馬さんの寝藁に似ていた故の命名だったんですとか

一方、先の伍長さんの日記から今度は既に日露休戦の成った後、まだ外地にある1905年9月24日に行われた、聯隊の軍旗祭の時の御馳走についての記述を引かせてもらいますと

「酒党にあらざる吾は御馳走を片端より食べ始めた。赤飯、ビフテキ、カツレツ、天麩羅、茹で豆、するめ、きんとん、羊羹、等で腹をふくらした(略)十時の消灯号音と共に就寝したが、各人四合ずつ下給された清酒のため舎内は例によって賑やかであった」

…そうで、むろん戦争終結というお祝いムードの中での行事宴会のご馳走と、内地の日常食のメニューをそのまま比較しても不適切かもとは思うんですが、ある意味凄く対照的な所がちょっと興味深い気が致します…w

無題
Name 名無し 17/05/30(火)22:01:53  No.457595
後のべトコンはグルタミン酸ナトリウム(要は味の素的な?)
を携行してたらしいけど旧軍にそんなの有ればなぁ…

無題
Name 名無し 17/05/31(水)02:58:54  No.457613
海軍では味の素を使っていて「麦粉」という隠語で呼ばれていた記述が高橋孟さんの著作にあったと記憶

無題
Name 名無し 17/05/31(水)20:35:50  No.457641      
http://may.2chan.net/39/src/1496230550101.jpg
「味の素」が商標登録されて一般販売の始まるのが明治42年頃からだそうですので、明治34年からの日露戦争モノでは取り上げられなさそうですかねえ

尤も、「味の素」というかうまみ調味料は早くから人気商品となり、昭和の初めごろにはすっかり定着して軍民問わず愛用されていたんだそうで
元海軍士官の阿川弘之せンせいによると、終戦後、焼け野原となった広島の掘っ立て小屋で両親と暮らしていた時の事、食糧事情の悪い中、味噌もダシの材料もろくになく、マズい味噌汁に阿川氏が辟易していると、見かねたお母さんが

「そんなら、原子爆弾使おうか」

…といって取り出してきたのが、闇市で手に入れた貴重品の缶入り「味の素」だったそうでして、ひと掬いの白い粉を入れた味噌汁は見違えるように美味しくなり、おもわずせンせいは味の素に感謝した、なんて書かれておられますw

無題
Name 名無し 17/05/31(水)20:37:47  No.457642     
http://may.2chan.net/39/src/1496230667192.jpg
また、面白い所では昭和の日本軍で割とポピュラーに使われていたもので「飯の防腐錠」なるものが有ったそうなんですが(開発者は有名な川島四郎さんですとか)ヘキサメチルテトラミンを主成分とする「ウロトロピン」なる殺菌剤と、グルタミン酸ナトリウム(=味の素、ですな)を合わせて作ったこの錠剤、炊飯時に混ぜておくと炊きあがった飯が長期保存できるようになるだけでなく、グルソーのうまみ成分が味も良くするとあって、陸海共用で使われるベストセラー製品だったんだそうな

ただこの「防腐錠」の殺菌効果は、ヘキサメチルテトラミンが加熱分解される過程で生成される「ホルマリン」によるもので、一応余剰ホルマリンはグルソーと結合して消失する理屈で、当時の動物実験でも連食しても危険はない、と判定されてはいたそうなんですが、現在じゃあまず認可されないでしょうねえ、コレ…

無題
Name 名無し 17/06/03(土)18:55:31  No.457812
味の素は戦時中は贅沢品指定くらって一般販売が制限されてたそうだが、この「飯の防腐錠」の大量調達によって会社が助かった、ってな話もあるそうな。

無題
Name 名無し 17/06/03(土)20:25:57  No.457826
板前が徴兵されたら飯炊き係に任命されるとかあったんだろうか
特に宴席とかが多いとそういうのに重宝がられそうな気がするが

無題
Name 名無し 17/06/03(土)21:27:50  No.457833      
http://may.2chan.net/39/src/1496492870768.jpg
>板前が徴兵されたら飯炊き係に任命されるとかあったんだろうか


1985年の7月号の雑誌「丸」に海軍主計科奮戦記っていう特集があって、それによると伊363潜水艦では

洋食、和食、中華ににぎり寿司とバラエティに富んだ元コック、板前等が居住する潜水艦
とか書いてるので
適材適所というように採用されてたみたいですね。

無題
Name 名無し 17/06/03(土)21:40:15  No.457834
男の自炊が一般化した現代と違って、普通の男の料理スキルなんて皆無だろうから「自分で作るとなっちゃあとても食えたものにならない」ていうのもあながち誇張ではないんだろうな

無題
Name 名無し 17/06/04(日)02:15:49  No.457856
明治、大正の男が思ってるほど料理しなかったわけではないな
大正ぐらいから仕事と家事を分業し始めたって話もある
逆にもっとさかのぼると江戸時代の庶民なんかは落語にある通り、旦那もメシを作ってるのが普通

うちももれなく庶民の家系なんだが、ジイさん(大正一けた生まれ)はバアさんや両親がいない日はメシ炊いて、大量に野菜を入れたみそ汁作って、適当に魚か肉焼いて俺に食わせてた
買ってきた総菜が無かったのは今に思えばすごい

「昔の男は料理しないんじゃないの?」と聞いた時、「全部母ちゃんに家事をやらせてたらメシなんて何時食えるか判らん。金と人に余裕が無きゃ無理」って言ってた
家事一切やらないとかは結構特殊なことだって言ってたわ

無題
Name 名無し 17/06/04(日)07:23:13  No.457867
ま、考えてみりゃあ戦国時代は料理も裁縫も男所帯でやってたし
割と最近まで農家なんか繁忙期は人手不足で
小学生ですら農作業してから学校行くって
婆さん言ってたから料理とか手ぇ空いたモンがやらんとね

無題
Name 名無し 17/06/04(日)11:52:39  No.457892
>ま、考えてみりゃあ戦国時代は料理も裁縫も男所帯でやってたし
伊達政宗は料理が趣味だったし

無題
Name 名無し 17/06/04(日)12:02:37  No.457893
>伊達政宗は料理が趣味だったし
茶道を本格的にやると懐石の包丁も執ることになるから…
旧制高女卒の老母によると戦前は国粋主義的な学校ほど
軍隊生活を意識して男生徒に炊事や裁縫を教えることに熱心だったとか

無題
Name 名無し 17/06/06(火)21:55:35  No.458028      
http://may.2chan.net/39/src/1496753735419.jpg
検索してたらこんなの出てきた
軍で使ってたのかな?

無題
Name 名無し 17/06/07(水)15:18:13  No.458055      
http://may.2chan.net/39/src/1496816293386.jpg
No.458028さんの画像の小型缶入りアルコール燃料はWW1後のシベリア出兵時に研究が始まったもので、「アルコールに石鹸を加えてゲル化し、屑綿に混和した後に小型ブリキ缶に流し込んだもの」だそうで、昭和陸軍でも使用されていたんですとか

因みに戦争後半になって、缶材のブリキ、燃料のアルコールが不足してくると、ヘキサメチレンテトラミンを主原料にした新型固形燃料が製造されるようになるんですが、コレは現在「エスビット」の商品名で売られているような製品とほぼ同一だそうでして、現用の各国レーションでも携帯ストーブに附属している場合もあるそうですw

「ヘキサメチレンテトラミン」は先述の通り、「防腐錠」の成分でもありますから、ちょっと近所のホムセンで「エスビット」を買って来て、台所にある「味の素」と混ぜて炊飯器に入れれば、原理的には「防腐錠めし」の味を体験できることになりますけど…ちょっとお勧めはs(

無題
Name 名無し 17/06/07(水)15:21:35  No.458056      
1496816495489
>板前が徴兵されたら飯炊き係に任命されるとかあったんだろうか

帝国ホテルの調理場で働いていた所を招集された村上信夫さんなんかは、戦場では歩兵砲の砲手だったそうで
炊事班からスカウトも来たそうなんですが、砲手のワザマエを惜しむ上官さんの抗議で移籍は無しに、それでも頼まれてコックとしての腕を揮う事も多々あったそうですw

昭和4年に岡山の歩兵第十連隊に入営した作家の棟田博さんによると、新兵さん達が入隊して暫くすると、営内で炊事・縫工・衛生・通信等のお仕事に従事する「特業兵」が選別されるそうなんですが、やはり炊事兵なら入隊前に調理人だったひと、縫工兵なら洋服職人…という風に「娑婆」の職業が考査の第一条件であったんですとか


勿論、必要な数だけ経験者がいるわけでもないですから、性格成績等を考慮したうえですがズブの素人の分野の「特業兵」に任命されることもまた普通であったんだそうな

無題
Name 名無し 17/06/07(水)15:22:48  No.458057      
1496816568028
因みに棟田さんら新兵の一部は、体力強化の為に屯営から30数キロ離れた海水浴場で合宿を行なうことになり、現地での自炊の為に、炊事助手の上等兵サンより野菜の切り方から魚の下ろし方、味噌汁の作り方といった基本的な「料理講習」を受けたんだそうで
棟田氏によると、「炊事場のボス」の助手サンは

「目に険があるが、ヒゲの剃り跡の青い苦み走った男前だった。あとで知ったが、娑婆で板前を職業にしていたそうだ。さぞ、イナセな板サンだったろう。袖をまくったとき見えたが、手首に桃の刺青があった」

…そうなんですが、その指導はバリバリのスパルタ方式で、「男児たるものは、台所にノコノコ入るものではない」と育てられていた棟田さんらを、板前志願ではないんだがなあ…と嘆かせたんですとか

無題
Name 名無し 17/06/07(水)15:23:57  No.458058      
1496816637800
板サンの調理講習はその後海水浴場での合宿が始まった後も現地に場所を移して続けられたそうなんですが、いつしかそのセンセイの上等兵サンが本職の板前だったことが周囲に知れると、地元の婦人会からも講習の申し込みが入り、図らずしも現地での出張料理教室も開かれたそうでw
棟田氏曰く

「その後の板サンについて、ぼくの耳にはいったことがらは、連(隊長)サンが連隊の将校連中を官舎に招いて宴を張るときなど、かならず板サンにお召しがかかっていたということである」

…そうなんですが、折角の人材を有効活用したい陸軍側の思惑は尤もですから、上手くすれば入隊後も料理人として腕を揮えた人、ってのは案外いたんじゃあないでしょか…w

無題
Name 名無し 17/06/07(水)20:57:19  No.458070
>「ヘキサメチレンテトラミン」は先述の通り、「防腐錠」の成分でもありますから、ちょっと近所のホムセンで「エスビット」を買って来て、台所にある「味の素」と混ぜて炊飯器に入れれば、原理的には「防腐錠めし」の味を体験できることになりますけど…ちょっとお勧めはs(

さすがに、エスビットは単に飯ごうの下で燃料にしただけなのでは?
これ、現在でもかなりのファンがいて、アウトドア板では各種の「かまど」の形状が工夫されているよ。
ガダルカナルあたりだと、木を燃やすとそこが砲撃の目標になるから、ろうそくで飯を炊いたようだが、これがあると便利だろうな。直ぐに無くなるだろうが。

無題
Name 名無し 17/06/08(木)23:47:50  No.458168
>原理的には「防腐錠めし」の味を体験できることになりますけど…ちょっとお勧めはs(
Falloutな世界に放り出されたら役に立ちそうだけどあまり試したくない味でしょうねえ

無題
Name 名無し 17/06/07(水)23:27:54  No.458082      
http://may.2chan.net/39/src/1496845674232.jpg
>458055


おおお、解説感謝です
大戦中には携帯燃料として確立していたのは意外
自衛隊のもフタが付いた以外は似たようなものみたい。
現行野戦糧食はレトルト+水反応加熱剤が主流になったため
今後の携帯燃料の前途やいかに。
(個人炊飯や湯沸し用というタテマエでしぶとく残るかも)

無題
Name 名無し 17/06/08(木)13:06:21  No.458125      
http://may.2chan.net/39/src/1496894781602.jpg
フレームレス・レーション・ヒーターが主流になった現在の米軍でも、携帯燃料(パック詰めジェル状)が3年程前に新規採用されているくらいだから
自衛隊でも携帯燃料は、まだまだ無くならないだろうさ。

無題
Name 名無し 17/06/11(日)09:03:34  No.458295
陸自でも飯炊きの上手い奴が重宝されたという話聞いたことあるな

引用元: http://may.2chan.net/39/res/456661.htm

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