Name 名無し 17/05/14(日)01:00:25 No.1213305
http://cgi.2chan.net/f/src/1494691225464.jpg
長年の疑問が20年越しくらいに解決したのでお知らせします。
昔、読んだガダルカナル島に参加した方の戦記に潜水艦による物資輸送の様子が描写されており
「海岸に魚雷の親玉のようなものが乗り上げて、扉が開いて中から海軍の兵隊が二人出てきた。(母艦の)潜水艦は逃げてしまって兵隊はガ島に置き去りだ。気の毒だ」とだいたいこのような内容だったと記憶していたのですが
この「魚雷の親玉」とはどんな兵器なのだろうかとずっと謎でした。
高級な甲標的を使い捨ての物資輸送なんかに使うとは思えないし…2人程度で動かせるならマルユのような輸送潜水艦ではないし…
「特型運貨筒」というのがその正体だったようです。
画像は特型運貨筒そのものではなくてそれに魚雷を付けた邀撃艇なのですが、なるほどこれから魚雷を除くと「魚雷の親玉」のような形になりますね。
知らない兵器があるものですね。
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無題 Name 名無し 17/05/14(日)02:22:39 No.1213314
置き去りの二人は大変だったろうに
潜水艦に残ってても助かる保障もないが
無題 Name 名無し 17/05/14(日)08:13:35 No.1213330
そのガ島の兵隊さんは運貨筒から降ろされた物資を目にしなかったんだろうか?
無題 Name 名無し 17/05/14(日)12:37:26 No.1213354
>置き去りの二人は大変だったろうに
「援軍は?」
「俺達さ!」
って事ですね分かりまs(
イ36潜水艦艦長だった稲葉通宗さんの手記に、1943年5月に呉で運荷筒の運用試験をやらされた話が載ってるんですけど、コレが無動力・無人版の大型運荷筒の方なんですよね
ガダルカナルへの潜水艦輸送は日本軍の同島撤退(1943年2月)以前の話だと思われますので、そうすると動力付きの特型運荷筒がまず実戦投入された後に、無動力の無人運荷筒の開発が進められてたって事になると思うんですが、この辺単に複数の計画が同時進行してただけなのか、それともガ島での有人版の運用成績を受けての無人版開発だったのか、がちょっと気になるんですが…どうだったんでしょかねえ
無題 Name 名無し 17/05/14(日)15:19:41 No.1213370
ドラッグを運搬するコロンビアDIY潜水艦
https://www.youtube.com/watch?v=wCZ1CiapAlA
巡り巡って似たような手を・・・
無題 Name 名無し 17/05/14(日)16:58:32 No.1213374
魚雷の炸薬くり抜いて羊羹や缶詰でも入れて撃ってやった方が泣いて喜ぶんじゃ無いの?
魚雷は高価だから撃てないって言うならもう戦争なんか止めた方が良い状態だろうし
無題 Name 名無し 17/05/14(日)17:55:39 No.1213379
俺も長年の疑問があるんだけど、誰か真珠湾閉塞用の潜水艦の話知らない。
甲標的と並んで検討された案で、古い巡潜型ベースに肥大化させて、爆薬積んで真珠湾の水道に突っ込ませて、閉塞するって奴。
乗員は甲標的で脱出する。
最終的には甲標的が採用された。
昔なんかで読んだんだけど、真面目な本だったか仮装戦記の類の本だったか思い出せない。
無題 Name 名無し 17/05/14(日)18:18:04 No.1213381
>魚雷の炸薬くり抜いて羊羹や缶詰でも入れて
IJNの伊号潜水艦乙型(発射管6門、水中排水量約3千600トン)で搭載魚雷数が17本ほどだったんだそうで、とりあえず炸薬量550キログラムの95式Ⅱ型酸素魚雷で単純に換算して550×17とし
て9千350キロ
コレに対して特型運荷筒で約20トン、大型運荷筒なら375トンの物資を塔載できたそうなので、潜水艦1隻出の輸送量、って点では運荷筒の方がやっぱり効率良いんじゃないでしょかねー
(運用する潜水艦の運動性低下の面とかは置いて)
因みに艦艇研究家の石橋孝夫さんがガ島への潜水艦輸送についてまとめた所によりますと、特型運荷筒がガ島へ初めて到着したのが1943年1月22日(伊20潜)、揚陸物資は18トンだったそうで
無題 Name 名無し 17/05/14(日)18:21:29 No.1213382
以後輸送作戦の状況は
・1月25日 運荷筒 18トン 伊16潜 /ドラム缶 12トン 伊9潜(米魚雷艇の妨害で3分の2のみ)
・1月26日 運荷筒 18トン 伊18潜
・1月27日 ドラム缶 15トン 伊2潜(敵哨戒艇の出撃で一部揚陸中止)
・1月28日 ドラム缶 10トン 伊17潜(敵機の制圧で一分揚陸不能)
・1月29日 伊1潜(敵哨戒艇と交戦沈没、揚陸失敗)
・1月30日 伊9潜(敵魚雷艇の出現で揚陸失敗)
…となっていますそうで、スレ主さんの読んだ回想記の著者さんは都合3回行われた特型運荷筒輸送のどれかを見た、ってことになるんでしょかね
なお運荷筒操縦者の人は次に来た潜水艦に回収してもらう手筈だったみたいですが、これを見る限りは3回とも直後の回でほぼ揚陸成功してますので、まず全員無事回収されてるんじゃあないでしょか…されてるといいなあ…
無題 Name 名無し 17/05/14(日)18:54:24 No.1213384
ガ島って何のかんの言って撤退に成功したのよね
無題 Name 名無し 17/05/14(日)20:29:04 No.1213391
運砲筒とかもあったよね
あれは有人だったか
無題 Name 名無し 17/05/14(日)20:50:52 No.1213394
甲標的を改造して物資を一度沖合いから沿岸へ運んだだけで使い捨てにするなんて
日本軍としてはかなり贅沢ではなかろうか。
無題 Name 名無し 17/05/19(金)00:32:50 No.1213765
>甲標的を改造して物資を一度沖合いから沿岸へ運んだだけで使い捨てにするなんて
ドンガラは確かに甲標的だけど
肝の機関は旧式の八年式魚雷か何かの流用だったのような
無題 Name 名無し 17/05/14(日)21:30:53 No.1213398
http://cgi.2chan.net/f/src/1494765053996.jpg
>運砲筒
輸送潜水艦各種や戦争末期の水中高速小型潜水艦(波201型)を設計された寺田明海軍技術少佐さんが、ガダルカナル島撤退直後の1943年3月からラバウルの第8工作部に派遣されて、現地で潜水艦に依る輸送作戦(主にニューギニア方面)を技術面で支えてらしゃるんですが、曰く
「乙型の伊38潜(艦長安久中佐)は6月からラエ輸送に従事した。本艦には特別に大砲を輸送する運砲筒塔載設備があって、12月12日までの出動23回で、合計753トンの輸送に成功した」
「砲は全て陸軍砲で、一度に15㎝榴弾砲1門、10㎝榴弾砲2門、10㎝加農砲2門、山砲10門、8㎝砲1門、37mm速射砲4門、弾薬28トン、他に米袋13.6トンを輸送した(『一度』と有りますが累計の数字ですかしら)」
無題 Name 名無し 17/05/14(日)21:31:10 No.1213399
http://cgi.2chan.net/f/src/1494765070844.jpg
「運砲筒は(昭和)17年秋、呉造船実験部長の片山有樹造船少将が提案されていたので、大要は承知していた」
「推進機関に魚雷2本を流用した双胴船で、円筒形の船体は潜水艦と同じ耐圧強度で、中に推進用高圧気蓄器がある。耐圧円筒内に重量調整タンクもあるが、空所が大きく、補給物件の搭載も出来た」
「全長約44m、幅4.35mで、後部に操舵席があり、陸軍の兵器の場合は陸兵が運転した」
「呉で建造に従事した但馬技術大尉は、安芸灘で運砲筒を搭載した伊38潜でラバウルに着いた。操縦員の訓練を陸兵と海兵に2週間実施したが、陸は船舶部隊で、海の新兵より格段の技倆差があった。実際には海軍砲の輸送はなかったので、すべて陸兵2名で実施された」
無題 Name 名無し 17/05/14(日)21:32:10 No.1213400
「(後続の)運砲筒は輸送船でラバウルに操縦員の訓練中に到着したが、建造された50隻の到着率は約半分であった」
…そうで
因みに伊38の安久榮太郎潜水艦長さん、戦前から大酒のみの素行不良で有名で、何度か海軍を首になりかけてるんだそうなんですがwまた一端乗艦すれば作戦中一切禁酒、際立った指揮ぶりを発揮するというフィクション作品ばりの人物で、これらの輸送作戦の功績により昭和天皇にも拝謁、連合艦隊司令長官より感状も受けているという、言わば潜水艦輸送のプロフェッショナルだったみたいなんですが、運砲筒とも縁が深かったんですねえ…w
無題 Name 名無し 17/05/14(日)21:33:11 No.1213401
けっこう積めるんだね運砲筒
無題 Name 名無し 17/05/16(火)20:09:51 No.1213556
徴用船舶に曳航させる用の曳航油槽船はよくて半潜没だからご覧の有様
無人とはいえいい的にしかならない
無題 Name 名無し 17/05/16(火)20:09:10 No.1213555
>けっこう積めるんだね運砲筒
運砲筒の実際の設計に当たった堀元美海軍技術中佐さんによると、搭載貨物量は15トンとの事ですので、寺田さんの記述だと一回の輸送量としては多すぎるんですよねw
仮に潜水艦本体にも若干の物資を積んだとしても、個人的にはやっぱり累計の輸送量では、と思うんですが
因みに堀さんの運砲筒開発時の回想によると
「ニューギニア方面で陸軍部隊が上陸しても、敵の航空機がいつも飛んでいるので大砲を持って行くことが出来ないで困っている。そこで潜水艦で陸軍砲を運ぶ方法が必要なのだ(略)日本海軍はすでに特殊潜航艇を真珠湾まで運び、その後、特型運貨筒というものも運んでいる。今度は陸軍砲を運ぼうというのだ」
無題 Name 名無し 17/05/16(火)20:10:15 No.1213557
「図面が出来上がった(略)そこで私は造船設計の潜水艦担当部員である緒明技術大尉と一緒に大阪の陸軍造兵廠に出かけた(略)15サンチ榴弾砲や野砲などを見せてもらい、各部の寸法重量や運搬の要領などを調べたのである」
「計画を進めるのに名前がないと不便だ。仮の名称は『戊標的』ということになってしばらくこの名前を使った(略)このほかに特殊艇には『何々金物』というシリーズも出来た。戊標的はその後正式の名称として『運砲筒』と呼ばれることになる」
「耐圧筒は親潜水艦の敵前行動に支障のないように約100メートルの安全潜航深度とした。大砲の弾薬は耐圧筒の一部に納める。(エンジンの)魚雷は燃料を使えば長距離走れるが、潜水艦の甲板上で長時水中を運んだものをいきなり暗夜発動(略)不適当だから、高圧空気そのままで魚雷のエンジンを動かし(冷走)」
無題 Name 名無し 17/05/16(火)20:10:41 No.1213558
「最初の一隻が出来上がると早速実験である。陸軍砲は大阪から送られて呉工廠に到着した。(略)特殊潜航艇の製造工場の出来ていた倉橋島の奥の内という湾へ大砲を持って行って、水上航走の実験をする」
「魚雷は40ノットぐらいで走るものだが、運砲筒は5ノット前後だから、プロペラだけは低速向きのものに取り替えた。冷走でも5ノットで6千メートルは走ることが出来る」
「大阪で貰ってきたデータによって、陸軍が運びたい兵器がどのように積みうるか、大砲には弾薬と弾薬車がセットになっているので、砲の種類によって次のどれかになることに考えられていた」
無題 Name 名無し 17/05/16(火)20:11:23 No.1213559
・89式15サンチ・カノン砲ならば 1門
・96式15サンチ榴弾砲ならば 3門
・92式8トン牽引車ならば 2輌
・96式10サンチ・カノン砲ならば 5門
・20サンチ榴弾砲ならば 2門
「大浦崎で筒と陸軍砲を載せた潜水艦は安芸灘に出動して試験潜航を行った。たしか0.5トンぐらいの過浮量になっただろうと思うが、潜航にはなんの支障もなかった」
「実験は極めて順調に完了した(略)片山技術少将から最初に提示されたのは昭和17年の11月中だったが、実験の完了は18年の3月上旬で、平時なら決して遅くはない仕事ぶりだったが、前線では大砲の到着を待っているのだ。呉工廠はただちに新訓令に基づいて建造に入り、4~5月の間に30隻を完成(略)ニューギニアの海岸で、陸軍砲の輸送が成功し、現地の部隊に大いに喜ばれたという話を、そちらに行っていた但馬技術大尉から聞いたのはずっと後のことであった」
無題 Name 名無し 17/05/16(火)20:12:25 No.1213560
「ともかくも役に立つ新しい要具が出来上がったということは、決して喜ばしくないことではない。しかしこんな能率の悪い戦いをやっていて勝てるのであろうか。貴重な潜水艦を何週間も戦闘任務から外して、たった数門のカノン砲を戦場の部隊に届けることで、どれだけの戦力増強になるというのだ」
「しかし私たちは、その真相を認識することなしに、目前の任務に追われながらその日その日を送っていた」
…んだそうで
犬猿の仲だったエピソードばっかりの陸海軍の協同計画としては、かなりうまく行った部類の話じゃないかとは思うんですが、まあ結果的にはそういう評価になっちゃうんですかねえ…
無題 Name 名無し 17/05/17(水)12:51:35 No.1213619
運砲筒だと大砲は運ぶ時むき出しなんだっけ
陸揚げした後錆びたりしないのかな
無題 Name 名無し 17/05/17(水)21:34:07 No.1213673
潜水艦の艦載砲もむき出しだからね
グリースを厚く塗るとかするんでしょ
無題 Name 名無し 17/05/19(金)20:58:44 No.1213819
>潜水艦の艦載砲もむき出しだからね
砲口栓も取り外しちゃったね
一発目は砲が冷えてるから
どうしても射程が短めになったらしいが
二発目以降は通常通りだそうで
無題 Name 名無し 17/05/21(日)05:02:51 No.1213940
>潜水艦の艦載砲もむき出しだからね
>陸軍の野砲は防錆仕様なんで海水に浸かってもある程度大丈夫
ありがとう
てっきり水揚げしたら分解して洗浄とかしなきゃいけないのかと思ってた
にしても結構潜水艦輸送作戦って苦労の連続なんだねえ…
無題 Name 名無し 17/05/17(水)22:23:04 No.1213680
堀元美さんの話だと、陸軍の野砲は防錆仕様なんで海水に浸かっても
ある程度大丈夫なんだとさ
無題 Name 名無し 17/05/18(木)21:24:40 No.1213751
>堀元美さん
堀さんも運砲筒以外に運貨筒の開発にも関わっておられたんですが、当初は「平目」と仇名された長さ5メートルほどの木製模型を、汽船で曳く実験を繰り返してデータを集める内に実物が出来上がり、今度は「U標的」と略称することになったそうで
愛媛県三机(開戦前の甲標的隊の訓練基地)での実物曳航試験も成功して、今度は再び呉に戻り
潜水艦での曳航試験に移るんですが、当時呉勤務の橋本敏郎という技術中尉さんの勤務録には
(1943年)
5月1日 呉工廠にて、大型運貨筒一号を見学す
5月4日 P施設(大浦崎分工場)にて、大型運貨筒一号の潜没試験を見学す
5月7日 安芸灘にて、潜水艦イ159による大型運貨筒一号の曳航試験を見学す
5月17日 大型運貨筒二、三号の進水準備、二号進水す
5月18日 三号進水す
…とあるそうで、スケジュール進捗の程が窺える感じがしますですな
無題 Name 名無し 17/05/18(木)21:25:11 No.1213752
堀さんの回想によりますと、
「5月22日、いよいよ大型運貨筒を潜水艦で曳いて潜航する実験が行なわれることとなった。指定されたのは(略)慣熟訓練中の伊号第37潜水艦だった。早朝に呉を出港し、安芸灘の大浦崎で曳船から運貨筒を受け取り、伊予灘に出て曳航しながら潜航する(略)実験は2日間にわたって行われ、すべて順調に経過して、成功と認められた」
「呉に帰ってみると、早くも出撃命令が来ていた。(略)戦局急迫を告げているアリューシャン群島アッツ・キスカ方面に対し大型運貨筒をもって補給を実施せよというのである(略)伊号第36潜水艦が指定されていた」
「2日間の大型運貨筒曳航実験を順調に完了したといっても(略)荒波の海上を航走して行くにはまだ何事が起こるか分からない。そこで呉工廠では私にこの潜水艦に乗って付き添って行けという事になった(但し途中大湊で退艦予定)」
無題 Name 名無し 17/05/18(木)21:25:56 No.1213753
「30日の朝、本格的な曳航を始めようとして、伊36潜はディーゼル・エンジンを起動した(略)艦は急にグーンと前に出た。運貨筒は100メートルほど後方に浮かんでいたが、まだ全然停止状態である。したがって離脱装置にもまったく荷重がかかっていない(略)無張力から急にショックがかかったときの機能が十分でなかったとみえて(略)曳索のシャックルが離脱してしまった(略)筒の小さなハッチはみるみるうちに取り残されて遠ざかっていく」
「こんな不安な点が発見されては(略)改造しなければ曳いて出撃することはできない。艦長と私は協議をして(略)再び艦首を回して呉に向うのであった」
「呉に帰って見ると、万事休す、アッツ島はその日の明け方玉砕全滅したという知らせが来ている(略)大型運貨筒の北方派遣は取りやめとなり、間もなく水上艦船による曳航で、初めの予想どおり南方に送られることとなるのであった」
無題 Name 名無し 17/05/18(木)21:26:26 No.1213754
なお、伊36潜水艦長だった稲葉通宗さんの手記には同実験・出動について
「実際に曳航実験をやってみると、潜航して曳航するのはまず成功だったが、浮上して主機械航走を始めると曳索が切れる。ワイヤーを太い丈夫なのにすると、こんどはその重さの為に、上手く潜ってついて来ない。」
「何度やり直しても、成功しない(略)百万研究手直しを重ねたが、3日間にわたる実験で、『実用に適せず』という結論が出てしまった(略)伊36潜は、急いで出撃準備をして、6月7日(略)北方部隊基地である幌筵水道に向った」
…とありまして、若干描写の異なる点はあるんですが、要は焦ると人間ロクなことはないというか、折角の「運貨筒」のデビューは結局なんとも冴えん結果に終わってしまった、という事のようですなあ
無題 Name 名無し 17/05/19(金)09:44:35 No.1213779
ただの運荷筒なら金属のシンプルな構造だし一番安く上がるのかなあ
引っ張る方はやっぱり大変そうだけど
無題 Name 名無し 17/05/20(土)02:18:07 No.1213848
>引っ張る方はやっぱり大変そうだけど
前述寺田明海軍技術少佐さんの回想によりますと、アッツ島輸送がご破算になった後、南方に転用が決まった大型運荷筒が貨物船に曳かれて平野技術大尉とともにラバウルに入港したのが1943年10月ごろ
トラブルシューティングにそれだけ時間を食ったって事だったのかもですが、ともあれ10月12日には早速、ラバウル現地で潜水艦による曳航航走、及び離脱装置のテストが実施されたそうなんですが、この担当に指定されたのがまたもや伊38潜水艦だったんだそうで
既に運砲筒で輸送実績を着々と重ねて、輸送のプロともいうべき働きっぷりだった伊38潜に、新たな新装備として貨物375トンを搭載できる大型運貨筒が加われば実に心強い事になったのかも知れませんけれど、折悪しくこの日はたまたま米軍側が初のラバウル大規模空襲に踏み切った日でありまして、米陸軍機(B-24、B-25、P-38)を中心として349機という大編隊の空襲により、ラバウル地上基地および湾内停泊中の艦船が甚大な被害を蒙っているんですとか
無題 Name 名無し 17/05/20(土)02:23:39 No.1213850
運貨筒の実験グループも例外ではなく、大発に乗って実験に立ち会っていた寺田さんらの上に爆弾が落下、陸上から実験の経過を見守っていた現地港務部より内地に一時
「大発被爆、全員死亡」「潜水艦も大発とともに沈没」
…なんて連絡も入ったそうなんですが、実際には伊38潜水艦は素早く潜航して難を逃れており、運貨筒も無事であったそうです
ただし大発乗船者の生存者は寺田さん含む5名のみ、うち3名重傷、平野技術大尉さんも戦死してしまい、腰椎骨折の寺田さんも内地帰還を余儀なくされたそうなんですが、退院後の初仕事が今度は離島輸送用の小型潜水艦(潜輸小型)設計だったりしたそうですw
それにしてもどうにも運貨筒はツキに恵まれていない兵器というか、これじゃあもう運貨筒というより不運貨筒じゃn(
無題 Name 名無し 17/05/21(日)10:38:46 No.1213959
伊400サイズの動力付き運貨筒に炸薬をギッシリ詰めてですね
無題 Name 名無し 17/05/21(日)11:10:53 No.1213961
>動力付き運貨筒に炸薬をギッシリ詰めて
陸さん「それで、ウチらのめしは誰が運んでくれるんかのう…」
個人的に気になっていた特型運貨筒乗員さんの運命なんですが、1943年1月22日の初回輸送(伊20潜)で操縦員だった後藤良忠一等水兵さんの場合、21日2000時頃潜航中の母艦より発進、敵機や魚雷艇をやり過ごし発光信号で陸上と連絡、4ノットで砂浜に乗り上げ、約一時間の揚陸作業後大発で沖合に曳航して貰い、注水弁と下部ハッチを開放して自沈、エスペランスの海軍通信隊に案内してもらい任務成功を打電
翌早朝カミンボの潜航艇乗員収容基地へ単身出発、屍累々の悲惨な密林中を、敵駆逐艦の艦砲射撃に遭うなどしながらも無事切り抜けて辿り着き、椰子小屋の中で待機
28日夜に入港してきた潜水艦へ、放置されていた鉄舟を手で漕いで辿り着いた直後、敵魚雷艇の接近で潜水艦は急速潜航、爆雷攻撃により停電・浸水するという危機に見舞われるもなんとか無事脱出
無題 Name 名無し 17/05/21(日)11:12:06 No.1213962
2日後にショートランド島に到着すると、ここから徴用船でラバウルを経由して、操縦訓練を受けたトラック島に復帰、現地の第4艦隊長官から直々にねぎらわれたそうです
後藤さんの母艦の伊20潜は、真珠湾攻撃に「甲標的」塔載母艦として参加した歴戦の潜水艦なんですが、ガダルカナルでも「甲標的」作戦を支援、特型運貨筒の前には「甲標的」をガ島泊地攻撃に発進させている他、マダガスカルの英軍基地攻撃も行なっているという「甲標的」と縁特に深い潜水艦だったんだそうで
後藤さんが収容を待った基地も本来は「甲標的」乗員の為に整備されたものだったそうなんですが、特型運貨筒塔載にはやっぱり「甲標的」母艦が色々都合がよろしかったんでしょかねえ
その後伊20潜は1943年8月30日、ニューヘブライズ島への輸送任務中に米軍駆逐艦の攻撃に依り沈没してしまうんですが、仮に末期まで生き残っていたら、今度は「甲標的」や特型運貨筒どころじゃなく、もっと悲惨なモノの母艦になっちゃってたかもですなあ
引用元: http://cgi.2chan.net/f/res/1213305.htm
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コメント
常々思うがこういう手段しか無くなった時点でこりゃかしいと思わなんだか
無理を通しても道理は引っ込まなかったでござる
それに連合とヴィジーフランスのマダガスカルでの戦いに日本の潜水艦も参戦してる。
それで陸戦隊が10人ぐらい参戦して捕虜と自決してるのは驚いたな。
陸戦隊を送ったのもこの魚雷の親玉的なやつかね?
当たり前だな。
領海を潜水したまま通過しようとしたら現在でも普通に撃沈される
近年、中国潜水艦の騒ぎもあったはずだが
ましてや軍港、対潜網を駆逐艦に追尾してこっそり潜入しようとしたんだから当然
現在の自衛隊でも流石に攻撃する
時折運貨艇や鼠輸送の話を聞くが、浜辺に下ろしてからの話をあまり知らないのは自分が勉強不足だからだと信じたい…
距離にもよるが、前線の兵隊を支えるためにその数倍、五倍とかの輸送要員を必要としたって話だ
ニューギニア戦線の話でガダルカナルとは事情が違ってくるかもだが
少なくとも俺が知る事例は君の想像の悪い方のそれだね。
レイテ島に逆襲上陸かけた第68旅団(星兵団)だけど、もとは満州で猛訓練積んだ陸軍公主嶺学校(教練部隊であると共に新兵器のテスト部隊を担っていた)を実戦部隊に編成した精鋭で、ジャングルの近接戦闘用に一○○式機関短銃を主力に軽機関銃、重機関銃、迫撃砲が充実しており、旅団には速射砲隊として一式47mm機動砲と砲兵隊には105mm榴弾砲が配備されてた、結構な重装備旅団なんだが、損害を受けつつも上陸にはなんとか成功したがせっかくの火砲を牽引する車輌がなく海岸に残置せざるを得なかった。
それでもなお機関短銃とか軽機関銃などの小火器とかで何とか善戦はしたがその分一般部隊よりも弾切れも早く補給線が切れた事もあって他の部隊同様に二ヶ月弱でほぼ壊滅した。
中国戦線に20000台、太平洋諸島、南方合計で30000台ほど
いや、あれは強襲揚陸潜水艦かな?
「俺達さ!」
おう、シュガートとゴードンは最期には戦死して名誉勲章と艦船の名前だからやめろや
第1次世界大戦に海上封鎖受けたドイツが当時はまだ中立国だったアメリカとの取引用に商用潜水艇を建造してるし、第二次世界大戦でもイタリアが輸送用潜水艦を建造して運用してる(はるばる日本領シンガポールまで来たのもいる)
アメリカも物資運搬に潜水艦を使ったり、敵地偵察部隊を送り込むのにも使われてる
まあ日本での運用における問題は他にも言われてるとおり陸揚げ後のことで、せっかく送り届けても敵の砲爆撃で吹き飛ばされてしまったそうな
いやいやw
問題は陸揚げ後の事じゃない
輸送量の問題だぞ
駆逐艦や潜水艦での微々たる輸送力が問題
輸送船なら車両も人員も物資も大量に運べるんだが
輸送船を投入できない状況になったから駆逐艦や潜水艦を使うしか無くなったので
正規兵を送り込む、それを支援するって目的に合致してるのかと
陸揚げ後が問題、ここが解決されない限りいくら輸送量増やしても補給問題はなかなか解決しない
ガダルカナルの戦いでは第二次高速輸送船団の4隻が岸に擱座しながら将兵と物資の陸揚げをしていたが砲撃で殆どの物資を失っている
湾港設備の無い場所は結局近距離のピストン輸送で時間がかかるし、敵の襲撃がある場所なら陸揚げ後にも砲爆撃を避けられる場所まで運ばないといけない
ガダルカナル撤退直前の1月中にも駆逐艦と潜水艦で400トン以上の物資を運んだがこれも殆ど前線に届いていない
海路の輸送量以前にそもそも陸路で輸送路が途切れてる
自分でも言ってるように輸送できない、陸揚げできないのが問題でしょ
論点すり替えて他国も同じだーとかにしたいようだけど
ガダルカナル、ソロモン攻防で輸送量は足りてたなんて初耳
たったの400tでね
なんで輸送船が使えないのかと
輸送が問題なら揚陸拠点では食うに困らなかったのか、補給に問題はなかったのかと
積み下ろしに時間がかかるって、駆逐艦や潜水艦なら迅速なのかと
現代の戦争では、道路を作るのが軍隊のお仕事と言われるくらいで、その機械力が不足してたとか言うならね
またはそもそも物資がない工業生産力が足りないって話ならまだしも
フィリピン増援で全滅の件でも、そこから継続しての補給が受けられなかったからでしょ
輸送路の問題ではなく、そもそも輸送できない問題
フィリピン増援部隊の手記も読んだが、最初に物資のある内は戦えてるんだよね
継続して戦ってるうちに物資弾薬が欠乏していきジリ貧
日本の工兵部隊だって馬鹿にしたもんではなかろ
マレー攻略では道なきところに道をつくり橋をかけ、南洋ではジャングル切り開いて飛行場や基地を設営してるんだから
輸送力が問題無いなら重機でも車両でも馬匹でも工兵部隊でも設営隊でも兵站部隊でも送り込み、物資基地でも物資拠点でも前線に向けていくつか作って備蓄
人海戦術でもなんでも運べないばいい
輸送船で大発でも何でも舟艇運べば積み下ろしも捗る、沿岸輸送もできる
ガダルカナルではそもそもそんな大量の輸送ができなかったって話
ガダルカナルと同じようにジャングル経由して人力輸送してたんだぜ?
単純な話、それだけの要員を送り込めばいい
それだけの人員もそれを支える物資も運ぶ方策がなかったでやんしょ
真面目な話、ガ島戦ならアメリカ軍も初期にはフラットトップの旧式駆逐艦改造の
高速兵員輸送艦とか使ってるし、輸送船で陸揚げしてから内陸に物資運ぶ段階を船
舶部隊と海兵隊のどっちがやるか決めてなかった所為で海岸で揚陸物資が大渋滞
揉めてる内に輸送船が退避始めちゃって重要物件含む多くの資材が揚陸されないまま
根源地に逆戻りとかもあったそうな
お互い別々の正しい問題点を指摘してるだけなんだから、ムキになるようなトコじゃ
ないと思うんだけどなあ
戦艦まで用いた飛行場への艦砲射撃や機動部隊からの攻撃、護衛までやってるから当然と言えば当然だけど。
物資揚陸も8割以上の揚陸で成功と呼べるものだけど、その揚陸した物資を素早く内陸へ運び込む事が出来ず「たった2隻の駆逐艦による砲撃」でその大半が灰燼と帰した。
制海権と航空優勢を確保出来なけりゃ幾ら輸送を成功させ物資を揚陸してもダメ、って事だな。
ついでに日本海軍が機動部隊とインド洋以外で作戦中の潜水艦を総動員したガダルカナル島封鎖作戦でにっちもさっちもいかなくなったアメリカ海軍、食糧じゃないけど航空燃料と爆弾輸送の為に駆逐艦を輸送作戦に投入、失敗してる。
水上艦の輸送がダメならと今度は潜水艦「アンバージャック」を投入、つまり追い込まれた側がやることなんて日米どっちも同じこと。
初期に成功したからって何?と
継続して補給できない事が問題なんでしょと
最初に運べばそれで済むってねえ…
兵站線補給線の構築維持とか思考の外なの?
最初に成功すれば、運んだ部隊の顛末はどーでもいいのんか?
…残念ながら兵站軽視の風潮は現在まで続いているようだねえ…
そのたったの400トンの物資すら前線に送れなかったのに輸送船でより大量の物資を送って何の意味があるの?ということなんですが
積み下ろしに時間がかかるから駆逐艦や潜水艦ではなく輸送船を使っても揚陸できる量には限界がある
例えば第二次高速輸送船団の輸送船4隻が揚陸できた糧秣は90トン、他に兵2000と弾薬260箱
なおこのわずかな物資すら運ぶことができずに砲爆撃で焼失した、これを1000トンに増やしたところで燃やされる量が増えるだけ
揚陸ポイントの安全が確保できればそのまま物資集積所にできるが、それが出来なかったかし運ぶこともできなかったから飢餓が起きた
輸送量があってもそこから運ぶことすらできないのだからいくら増やしても効果は無い
なおガダルカナルは揚陸ポイントが砲爆撃されるから物資は消えるけど、連合国の攻撃を受けない揚陸地点では文字通り『腐るほど』物資を余らせてる
だから物資集積所では喰うのに困らないし、船そのものが物資集積所になる艦艇では石油不足は起きても将兵の飢餓は起きてない
初期にアメリカが輸送困難になった時期でも、制空権と制海権はどちらにも決していなかったぞ、と
日本が潜水艦輸送やってた頃は更にその後じゃね?
もう最後にするが、大勢が決し、制空権制海権とも奪われ、鼠輸送に陥った状況で日本がガダルカナルに固執したのは正しかったと考えてるって事か?
港もなく道路もなく全土がジャングルで覆われた島で物資を最前線に運ぶのはかなり困難です。輸送量を増やしても海岸で爆撃されて輸送船が擱座するか浜辺で物資が燃やされるだけかと思います。
港があっても輸送が如何に困難なことかはクレフェルトの『補給戦』を読んでいただければわかるかと思います。
※12さんが言われていることも正しいと思います。
後半は輸送船を投入できなくなってますね。
※14、※15さん
第38師団の上陸についてwikipediaを引用しますと
「輸送船11隻中6隻が沈没、1隻(佐渡丸[15])が中破離脱し、翌日に強行突入した輸送船4隻は岸辺に乗り上げたが夜明けとともに始まった米軍の陸海からの砲撃や米軍機の銃爆撃により全て炎上した[16]。かろうじて揚陸した兵器・弾薬食料のほとんども、輸送船から浜辺の集積地に集めるのがやっとの状態で、ヘンダーソン飛行場から出撃してくる米軍機の爆撃や機銃掃射によって荷役組織力が麻痺し、さらに繰り返された執拗な米軍機の攻撃により物資は積み上げられたまま焼失した。」
といった状況です。
物資を揚げても浜辺から内陸に運べないのです。
じゃあ輸送船なんかいらんねw
輸送船団ってのを知らないようだが
その通り
敵に制空権制海権を奪われ、大量の物資を運ぶ術がないんだよ
最初からそんなのコミで言ってるんだが、理解できないんかね
輸送船では無理、こっそり駆逐艦や潜水艦で運ぶしかなかった
↓
それ故のガダルカナルの物資欠乏だと何度も
鉄道に置き換えるなら輸送力とは機関車の能力、輸送量は貨物車の数、輸送路はそれが走るレールで、そもそもレールが無いのに機関車や貨物車を増やしても荷物が届くはずもない
兵站を維持するのも兵站であって、ただ兵站の従業要員を増やせばいいというのも兵站軽視の発想
必要とする物を必要とする所に如何に省労力でこなすか
だからもうそんなのコミで話してたのにw
輸送船が使用できない状況だから駆逐艦や潜水艦使って鼠輸送やってたのに、今更制空権も制海権も無ければと言われても戸惑いますわよ
それを失い輸送船も投入できない状況、物資輸送がろくにできなくなった末期であかんでしょってお話しでしたが脱線しまくった
>>敵に制空権制海権を奪われ、大量の物資を運ぶ術がないんだよ
そもそもこれを前提としたこの本スレとコメ欄なのですが
そのうえで、この解決法における輸送潜水艦を用いた輸送における問題点の話をしているのであって、量の話と言うのはそれ以後の問題
逆説的に言ってたのがアレかなあ
結局そういう事を言ってるの
大量輸送ができない、そういう状況で駆逐艦輸送や潜水艦輸送をやっても結局どうよ?
状況好転したか?
兵站破綻してるでしょと
兵站も戦線も破綻、状況転換の目処も立たんと
さっさと損切りした方が良かったねと
結局転身してるんだしね
そうだよ?
さっさと損切りした方が良かったね
なんで輸送潜水艦における輸送についての話を、日本軍の兵站や戦略方針の話に論点ずらしてるの・・・
論点ずらしてるんでなく、運貨筒からの感想ですが
ガダルカナルにおける運用実績について感想
派生コメは禁止なら失礼つかまつった
極めて限定的なら明記してくれるとありがたい
が
運貨筒についてはこれで助かった兵隊さんもいたであろうし、あって良かったと思うが、できればこういうものに頼らず見切りをつけていればより多くの人達が助かったんじゃないかと思ってつい文句の一つも言いたくなりましたのでごめんなさいね
軍事は好きだけどその背後にいる人達は忘れたくないもので
悪いが関係ないと言われても言うですよ
ごめんね
では失礼いたしました
※22
全面的に賛成!
山本七平が書いているが(ガ島ではなく比島)、軍司令部の倉庫には弾薬・糧秣が腐るほどあるが、前線には全く不足している、どうせ米軍の砲爆撃で燃えてしまうくらいなら少しでも多く支給してくれと、恨み節を述べている。これは内陸部への輸送力の問題ではなく、軍司令部の物惜み体質に原因があるらしいが。
山本自身は現地住民の徴発と歩兵部隊の協力を得て砲弾を輸送したのだが、トラック1台さえあれば、鼻歌交じりの3往復ですんだとのこと。現地住民の日当がオタマ1杯の塩。当時の比島では塩は通貨の代わりになるくらい貴重品で決して不当な対価ではなかったが、米軍は先進国の価値判断でコレを現地住民への虐待として、戦争犯罪に問われた軍人が多かった話はまた別。
米国統治が長く、かつ開戦初期に占領し日本による軍政期間が長かった比島においてすらこのような有様で、況んやガ島に於いておや。
※31の意見にもかかわらず、敢えて書き込んでみました。
海路が壊滅して陸路でも運ぶ術が無かったって意見に対して問題なのは海路とか反論するのが滑稽に見える
そりゃ海路で大損害受けてる前提での話に決まってんだろアホ
そっから陸路で殆ど運ぶ術が無かったって言ってのに全く理解してないツッコミ入れてるアホに管理人すら見兼ねて突っ込んだだけだろ
ニューギニアではジャングル通過して輸送、備蓄拠点をいくつかつくり、バケツリレーのように輸送してたの
沿岸では大発輸送も活用してね
ジャングル地帯のところでも人員機材があればなんとか輸送やってるんだよ
困難ではあるが不可能ではない
それだけの人員物資が届けばな
ひとつ問うが
高速輸送船ばかり言ってるが、その後の駆逐艦や潜水艦輸送で上陸部隊を充足させる補給量があったのか?
一時大量に揚陸しても日数がたてばどんどん減っていくが、全期間を通じて充足してたのか?
本部も引いて前線部隊も引いてきた時、補給は行き渡ったのか?
戦記読む限りそんな事は無いぞ?
>>問題は陸揚げ後の事じゃない
これだよコレ。
大問題だっつの。
ただでさえ少ない陸揚げ量が運ばれなくて朽ちていくんだよ。
これを問題と言わずして何なのか。
彼らからすれば海路での沈没は問題でもこれは問題じゃないんだろうねぇ?
普通の見識ならどっちも大問題なんだよ。
補給線はだな、どこが切れてもダメなんだよ。途切れた一箇所一箇所それぞれが大問題なの。
これは問題じゃなくてあれはダメとかないの。
全くロジティクスを理解できてない子だ。出直してこい。
誰と勘違いしてるか知らんが、文盲なのか?
海路と陸路、両方に問題があるって言ってんだよ。
ガ島などで、駆逐艦や潜水艦の輸送量にも問題があったし、更に陸上でもまともに補給出来てない。
視野が狭過ぎるんだよ。
陸路「にも」問題があったと言っているのにロクに主張も汲み取れない。
本当に呆れた人だ。
陸路で運ぶ術が無かったってのもな
ガダルカナルでの戦記読んだ限りでは
前線から後背に至るまで物資不足が蔓延してるし後方でも糧秣配給が激減
本部と前線での人員連絡も行われてるし、増援部隊との交代もあった、糧秣弾薬の補充は細々と続いているんだよな
物資不足からの節約の側面はどうなんよ?
この辺無視してない?
あるからって一気には食えないし使えない
戦線縮小した後期ほど食料事情は酷いが
的はずれじゃなかろう
※12は※11への突っ込みね
>まあ日本での運用における問題は他にも言われてるとおり陸揚げ後のこと
まず海路で運ばなけりゃ陸路で運びようがないぞ?
どの辺が的はずれなんだろうか?
海路で陸路での輸送をサポートする人員物資を運べない、だから陸路でも輸送に支障が出ると言っている
ありゃりゃ、まだ分からないのかねぇ?
陸路以外の要素見ろ、は楽観視の君が言えた事じゃないでしょ。
陸路以外にも沢山の理由はあるんだよ。
物資がもともと不足していたのだって言うまでもないだろ。
陸揚げ後の事は問題じゃないとか言っちゃう甘い考えの事に突っ込まれているんろうが。
どうも補給線を甘く見ているきらいがあるんだよ。
物資に足が生えてそのまま歩いて来るならとでも考えているのかい?
問題じゃないとか甘過ぎ。
>>海路で運ばなきゃ陸路で運びようがない
まずこの指摘で反論付けようとする考え自体が的外れ。
海路で運んで陸路でも運ばなきゃ大問題。
トンネルの入り口で事故ろう出口で事故あろうがどっちも大問題なの。
海路が大問題なのは事実だろ。
それで陸路にも問題あったよねって言ってるのにまだ分からないのか。
いくら海路が問題と叫んだところでそれはみんな同意する事だし意味ないんだよ。
問題にされているのは陸揚げ後は問題じゃ無いとかアホな意見を言った事なんだよ。
陸揚げ後は問題じゃないなんて一言も言ってないので
そもそもガダルカナル島で戦う上で必要な物資を供給できていない事が根本の問題だと言ってる
そうだよ
物資に足がついて歩いていくわけじゃない
だからこそ兵站を担う人員や機材が必要になるって話
歯がゆいな
いや俺は※12の「陸揚げ後は問題無い」とかいう甘ったれた意見を批判していたのに、突然横から君が海路が海路がと絡んできただけだろうが。
「陸路にも」問題があるってのがまだ伝わらないとは、歯がゆいのはこっちだよ。
いろいろな考えを読むことができて楽しかったです。
激しいやり取りが行われていますが、もう少し穏やかにお願いします。
相手を論破して勝敗を争うことが目的ではないと思いますので。
まるで昔の軍事関係のまとめブログのコメ欄を見てるみたいで懐かしいねえ…
元スレの「ドラッグを運搬するコロンビアDIY潜水艦」の動画は
2009年?と結構前の話だけど、今はどうなってるのでしょうね
現場の裁量で任される部分が大きかったので暗号での情報漏れが少なかったのかな。
※49
兵頭二十八「日本の武器で滅びる中華人民共和国」講談社+α新書に載ってました(私はこの人をあまり信用していませんが)。市販の潜水艇は8万ドル〜600万ポンド、可潜深度は半没〜500m(にわかには信じがたい!)、船穀はFRPモノコックから鋼鉄製まで、動力はブッシュネル先生も驚く「足漕ぎペダル式」からディーゼルエンジンとバッテリーの組み合わせまで様々。航続距離はシュノーケルが付いて15000海里(ウソ!)のモノまで。ただし、著者も断っていますがあくまで販売元のカタログデータとのこと。麻薬密輸組織の潜水艇は木骨FRP製、ディーゼル機関とバッテリーとモーター搭載、航続距離12000キロにもなるそうです。
著者は、「これを大量生産して東南アジア諸国に供与し、対中国機雷敷設艇とすべし」と主張しています。くわしくは同書をごらんください。
回答ありがとうございます。折を見て購入させて頂きます。
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