無題 Name 名無し 17/02/27(月)15:14:37  No.1205992

1488176077450
某スレでオランダで日本向けにUボートを造る計画があったとかなかったとか?
でもオランダと日本は戦ってたよな・・・とちょい調べたら

あんの野郎、ドイツの空爆にビビって、七日で降伏してるのに植民地インドネシアの艦隊は、本国が無いのに抵抗してたんだな
(亡国の艦隊とか描くとちょっとカッコいい)

第二次世界大戦中は、まるでいいとこ無しのオランダですが
ミニマムな視点では活躍したり、勝った事はあるんですかね?

曲がりなりにも、あんな美味しいインドネシアを押さえてるくらいだし
太平洋戦争 3―決定版 「南方資源」と蘭印作戦 (歴史群像シリーズ)

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無題
Name 名無し 17/02/27(月)15:47:30  No.1205993
確か陸上砲台が日本軍の掃海艇二隻を撃沈してるはず

無題
Name 名無し 17/02/27(月)18:08:21  No.1206003
ナポレオン戦争中もオランダの領土は長崎の出島だけになったことあったよね

無題
Name 名無し 17/02/27(月)18:29:26  No.1206005
英蘭戦争のオランダ海軍は神がかってるけどな

無題
Name 名無し 17/02/27(月)18:59:43  No.1206006
日本の過激化を踏み留めるために関係改善の意味も込めて日本から巡洋艦を購入する計画があったはず

無題
Name 名無し 17/02/27(月)20:03:06  No.1206014
>あんの野郎、ドイツの空爆にビビって、七日で降伏してるのに
オランダ人雑魚すぎだな

無題
Name 名無し 17/02/27(月)20:09:49  No.1206015
>>あんの野郎、ドイツの空爆にビビって、七日で降伏してるのに
>オランダ人雑魚すぎだな
でもアーネム橋確保しようとしたドイツ軍部隊は全滅したんでしょ?(by遠すぎた橋の中のセリフ)

無題
Name 名無し 17/02/27(月)20:30:51  No.1206017      
http://cgi.2chan.net/f/src/1488195051548.jpg
>ミニマムな視点では活躍したり、勝った事はあるんですかね?

1940年のドイツ軍との戦いではハーグを巡る戦闘でドイツ軍空挺部隊の攻撃を失敗に追い込んだ例とか?
「西方電撃戦 フランス侵攻1940」という本によればドイツ軍の計画では北部空挺集団長フォン・シュポネック中将の9300名の将兵が三つのグループに分かれて5月10日の夕刻までにハーグの包囲を完了する計画になってたけど
事故やオランダ軍の激しい対空砲火や反撃にあって作戦地域に到着できたのは目標の3分の1以下(搭乗員含めて)で予定していた目標の奪取にすべて失敗し到着した兵士も多くが損害を受けたり捕虜になったりと散々だったみたい
ちなみにオランダ軍が空挺部隊への対処に投入した兵力は9個歩兵大隊と砲兵部隊だったとか

無題
Name 名無し 17/02/27(月)21:32:38  No.1206025      
http://cgi.2chan.net/f/src/1488198758206.jpg
WW2中の対日戦のエピソードですと、他に有名なのでは1941年12月17日に、ボルネオ島北岸のミリ上陸作戦を支援中だった第3水雷戦隊所属の特型駆逐艦「東雲」が、王立オランダ東インド諸島海軍航空隊所属のDo24三発飛行艇(X-32号機)の水平爆撃により撃沈されてたりします

オランダ側は直撃三発、至近弾一発を報じていますが、当時日本側はドルニエの存在を認識しておらず、「東雲」の沈没は蘭軍の管制機雷によるものでは、と推測していたんだとか

本国をドイツ軍に占領された国の遠い植民地の現地軍が、そのドイツ製の航空機でドイツの同盟国軍艦を撃沈!なんてちょっと皮肉な感じもするんですけれど、ともあれ乗員228名全員が瞬時に戦死した「東雲」及び日本海軍に対する、ちっと手痛い反撃になってしまったんだそうで

無題
Name 名無し 17/02/27(月)21:34:04  No.1206026      
1488198844456
また12月23日には、ミリからクチンへ向かう日本の輸送船団をドルニエ飛行艇隊が追尾、船団掩護の水上機母艦「神川丸」塔載の零観と交戦しつつも送られた情報により、オランダ潜水艦「K-XⅣ」が船団を攻撃、これにより輸送船「香取丸」及び「日吉丸」が撃沈された他、同日夜間にはやはり第3水雷戦隊所属の駆逐艦「狭霧」が「K-XⅥ」によって撃沈されてまして、この日なんかは完全に日本側の厄日になった感じですねえ

また王立オランダ領インド諸島陸軍航空師団なんかは、戦闘機がカーチス「ホーク75」ブリュスター「339D(=バッファロー)」なのはまだしも、爆撃機なんて骨董品のマーチン爆撃機しかなかったそうなんですが、この旧式機が意外に奮闘してまして、12月26日には輸送船「第2雲洋丸」、1月23日には戦闘機隊と共同で「南阿丸」を撃沈してたりします

勿論、全般で見ると質量ともに優勢な日本航空隊にボッコボッコにされてる最中の話なんですが、逆にそんな中だからこそ、こういう奮戦っぷりが際立って見える気はしますですな

無題
Name 名無し 17/02/27(月)23:38:18  No.1206042      
1488206298330
英国やオーストラリアと艦隊組んでた手前
祖国が降伏したから戦争やーめたとはいかなかったと
(目の前の相手はドイツじゃなく日本だし)

そしてインドネシアの権益の大きさがよくわかる

無題
Name 名無し 17/02/28(火)06:40:50  No.1206059      
http://cgi.2chan.net/f/src/1488231650416.jpg
>祖国が降伏したから戦争やーめたとはいかなかったと

>(目の前の相手はドイツじゃなく日本だし)

これがわからんのだけどドイツが降伏させた時にもうすぐ日本が侵攻してくるからインドネシアは無条件であけ渡せって一筆書かせれば良かったんじゃね?

インドネシアを持っていてもオランダはなんか空軍の更新するのを諦めちゃってる感があり
デロイテルは、自分の身は自分で守るとボフォース4cm連装機関砲×5とか装備してたが役にたったのかねぇ
(妙な副砲とかも・・・すまん画像はあまりの可愛さにw)

無題
Name 名無し 17/02/28(火)09:53:20  No.1206071
>あんの野郎、ドイツの空爆にビビって、七日で降伏してるのに植民地インドネシアの艦隊は、本国が無いのに抵抗してたんだな

インドネシア支配での収益はオランダ国家予算の三分の一を占めたと言われています。

無題
Name 名無し 17/03/01(水)20:58:51  No.1206215      
1488369531971
>もうすぐ日本が侵攻してくるからインドネシアは無条件であけ渡せって一筆書かせれば


オランダ本国がドイツに占領されるのは1940年5月なんですけれど、日本が独伊と三国同盟を結ぶのは同年9月27日なんですよね
従ってドイツサンとしては(まだ)同盟国でもない国に南方資源獲得の便宜を図ってあげる義理もない訳ですし、日本側も(少なくとも正式に決定された政策としての)英国に亡命したオランダ政府及び蘭印を相手の武力攻略実施の意図はまだないんですよね

従って1940年7月、オランダ本国が既にドイツに占領された後の話になりますが、インドネシアのバタビア(ジャカルタ)で現地蘭印政府と日本との間で、主に蘭印からの石油輸出増大を求める目的で第2次日蘭印会商なる交渉も行なわれちょります

ただ先述の通り、9月27日に三国同盟が成立、交渉最中におたくの本国占領してるトコと同盟しましたのでよろしく(ニッコリ)、なんてされて蘭印側の御機嫌よろしかろうはずがなく、翌年6月に帰国した芹沢代表は「実力的解決意外なし」と報告するに至ってしまったんだそうな

無題
Name 名無し 17/03/01(水)21:02:12  No.1206216      
1488369732314
因みに同交渉で、1940年11月まで日本代表を務めた小林一三商相さんによると、当時の日本の財界人の蘭印の実情への理解は乏しく、「依然として未開野蛮な土人の国であると思っている」様な有様であったのに対して、小林氏の見た蘭印は鉄道の総延長は日本と大差なく、

「列車の立派さは、その快速といい、乗り心地と言い(略)わが東海道線の列車でも遠く及ばない」    

もので、アスファルトの立派な道路網も張り巡らされている、というものだったんだとか

ある意味では、それだけおカネをかけるに見合う利益をオランダがインドネシアから得ていたって証明でもあるんですが、小林氏は当時蘭印で日本製品の売り上げが不振だった事についても

「どうせ南洋土人相手に売る品物だ、安かろう悪かろうということになって、在住邦人商業者の信用を失墜せしめ、それが結局日本の貿易に悪影響を及ぼす」

無題
Name 名無し 17/03/01(水)21:02:45  No.1206217      
1488369765261
…なんて嘆いてらっしゃるそうで

ある意味、後の大東亜戦争時の今村軍政と中央の指示の反目の様を彷彿させるのが面白いと思うんですけれどwこれには後日談がありまして、この時交渉団が見た蘭印の立派な道路網についての情報は、随行した武官を通じて日本陸軍内にも伝えられたそうなんですな

そして、後に日本軍のインドネシアジャワ島攻略の際、要衝カリジャチ飛行場の攻略を命じられた東海林俊成大佐指揮の東海林支隊は、この情報に基づき前攻略地の香港で鹵獲した戦利品の大型トラックをあらかじめ数十台借用していたそうでして、上陸後は全部隊をこれで移動、舗装道路上を猛スピードで突っ走り、わずか半日で飛行場を完全占領するに至ったんだとか

無題
Name 名無し 17/03/01(水)21:04:48  No.1206218      
1488369888051
同じような舗装道路および鹵獲含む自動車の利用による急進撃は他方面でも行われたそうなんですが、更に飛行場への蘭軍反撃を撃退した東海林支隊は逃走する敵を独力で急追、1942年3月1日の上陸から6日後にジャワ中西部のバンドン要塞の一角を占領して、

「日本軍の先鋒が上陸一週間後、かくも神速にバンドンの一角に現れた事は、敵にとっては隣家から火事が起こるの比ではなかった。いわんや、それが七百名ばかりの寡兵によって実行されたとは想像する由もなかった。想像したのは、日本軍主力兵団がその背後に膚接しているに相違ないという一事であった(伊藤正徳『帝国陸軍の最後』)」

…という誤判断を惹起させまして、数万の兵力を擁したバンドン地区防衛司令官ペスマン少将が、数百名の東海林支隊先遣隊に降伏申し入れする、という椿事に至ったそうですw
ある意味ではまあ、蘭側は植民地経営の為にせっせと拵えた自らのインフラに足を掬われた、ってことになるみたいですな

むう…インガオホー…!

無題
Name 名無し 17/03/01(水)23:22:15  No.1206234
当時の蘭印って情報統制というか貿易規制とかあったんですかね?
どうしてここまで、国際貿易に長けていたはずの財界人でさえ実情が知られていなかったのか
こんなに線路網を作っていたのに維持管理は地元民がやれていたのか、線路や機関車はオランダから持ってきたのか

意外と知らないことばかりだ

無題
Name 名無し 17/03/02(木)08:30:14  No.1206247
>当時の蘭印って情報統制というか貿易規制とかあったんですかね?
>どうしてここまで、国際貿易に長けていたはずの財界人でさえ実情が知られていなかったのか

今の情報があふれる現代でも、南アフリカ共和国と聞いてアフリカ随一の資源・工業国と即座に連想できる日本人が殆どいないのと一緒だよ。


当時の日本の貿易は欧米・シナ・人口が多い東アジア地域・印でほぼ全てを占め、蘭印はそこから外れた地域だし、貿易しようにもゴムをオランダ当局から買う程度(石油はアメリカからの輸入が多い)で、ベトナムやフィリピンのように日本人の行商人も殆ど入っていなかったんだから、そりゃビルマや南洋諸島にゴムや石油が生えた程度の未開の地と思われてもしょうがない。

無題
Name 名無し 17/03/02(木)20:42:05  No.1206273 
>No.1206247
そういうところを狙って商売をするのが商社なんだが
日本の商社が入り込めない障壁でもあったのかなと。
関税とか輸出規制とか
まぁどこの世界でも開戦に至ってようやくその国の実情を知る、というのは珍しくもないから仕方なかったのかもしれない

無題
Name 名無し 17/03/02(木)22:53:09  No.1206283
>そういうところを狙って商売をするのが商社なんだが
>日本の商社が入り込めない障壁でもあったのかなと。

日本の総合商社が、そういった未開の地の販路開拓を本格的にやり始めたのって70年代からだぞ。

それまでは欧米の販路拡大と貿易仲介で食っていたしそれで手一杯だった(70年代に入って欧米の市場が粗方開発し終わったんでアフリカなどにも積極的に進出するようになった・・・と言うか市場飽和でそうせざるを得なかった)から、戦前の東南アジアとかそういった所に入り込んでいたのは主に行商人や大陸浪人だよ。

そしてそういった流浪の民とでも言うべき連中にとって、人口や市場が大きいシナ・印や、東西貿易で交通・資源の要だった
インドシナ半島が活動のメインだったから、どうしてもそこから外れた蘭印方面は手薄になっちゃうのよ。

無題
Name 名無し 17/03/04(土)13:34:59  No.1206407     
http://cgi.2chan.net/f/src/1488602099402.jpg
>こんなに線路網を作っていたのに維持管理は地元民がやれていたのか、線路や機関車はオランダから持ってきたのか

戦前の蘭領東インドの鉄道なら基本的に管理はオランダ主体で資材も概ね本国から持ってくるか欧州メーカーから輸入
当時は急行列車がバタビア~スラバヤ間を12時間前後で走ってたものの戦中戦後は状態が悪化したり使い切れず速度低下著しくなった
その急行を牽いた1000形(戦時中に日本式のC53形に改称)は狭軌で4気筒とか戦前の鉄道省が悔しがるほど高度なものだったが…

無題
Name 名無し 17/03/04(土)17:49:30  No.1206433
>No.1206407
わざわざ日本国鉄(鉄道省)式に形式付けたのが面白いな

無題
Name 名無し 17/03/05(日)15:53:46  No.1206553      
1488696826141
戦前の日本で

「流れ流れて落ち行く先は、北はシベリア、南はジャバよ」

…なんて歌があったそうなんですがw

(『流浪の旅』https://www.youtube.com/watch?v=FzuCxZ4HoaQ
昭和13年頃のジャワ島で約6300名ほどの在留邦人が居たそうです

日本との関係は基本的には自由貿易を基礎としたものであったのが、世界大恐慌や満州事変の後頃(1932年~)から保護貿易体制や入国規制が強まり始め、1934年の第1次日蘭会商も決裂して、蘭印政庁に批判的だった在留邦人が強制出国させられた事もあったそうで

但し一応1937年には石沢・ハルト協定なるものが成立して、それなりの経済交流も行なわれていたのが大戦前の状況だった、って事みたいですな

無題
Name 名無し 17/03/05(日)15:58:30  No.1206555      
1488697110991
余談ですが1945年の日本敗戦の後、舞い戻ってきたインドネシア宗主国のオランダは独立運動の制圧にかかるんですが、珍しくというかこの戦いでは一時オランダ軍がかなり優勢に立ちまして、1948年12月19日にはオランダ軍が首都ジョクジャカルタ他の主要都市の大多数および幹線道路を占拠、スカルノ大統領、ハッタ副大統領ら多数のインドネシア政府要人がオランダ軍に捕らえられているんだそうでベトナム戦争に例えればアメちゃんがハノイを占領、ホー・チ・ミン=サンを捕虜にしちゃった、みたいな感じですかね

ただその後、反共主義者のスカルノ=サンを排除すれば結局共産主義のインドネシアへの浸透を招く、と判断する米国らの介入により、オランダはスカルノ=サンらを解放、インドネシアの独立を認めざるを得なくなってまして

折角純軍事的にはインドネシアに対して勝利しても、冷戦体制への移行という歴史の空気が読めなかったオランダは、所詮時代の敗北者じゃけェ…(煽

無題
Name 名無し 17/03/06(月)01:01:30  No.1206588
https://www.youtube.com/watch?v=FScJKiU1jk4

当時の蘭印軍

無題
Name 名無し 17/03/06(月)01:32:14  No.1206590
大変勉強になった
安定した市場にまで成長していたとはいえ、優先度は低かったってことか
あと二十年平和な時期が続けば恐慌があったとはいえ違う世界があったかも
あの気候でもSLが赤イワシになりながらも現存しているのがすごい
日本だと海が近いのやら屋根があってもボロボロになる
中小の商社がジャングルで餓死しそうになりながら金の採掘したりと、国内で働いていると商社の仕事って今も昔も想像を絶するね

無題
Name 名無し 17/03/06(月)19:53:09  No.1206626      
1488797589374
>あと二十年平和な時期が続けば


チョコレートやココアの原料のカカオ豆なんですが、2014年の統計では世界の生産量一位はコートジボワール、二位がガーナと共にアフリカ諸国である一方、第三位はというとこれがインドネシアなんだそうで

インドネシアにカカオ豆がスペインによってもたらされたのは1560年頃、その後オランダ領になって以降その生産は次第に拡大されたそうなんですが、大東亜戦争で同地を占領した我が日本軍も早速この現地のカカオ資源に目を付けまして、陸海双方の要請により、1942年に森永製菓から約50名の従業員がインドネシアに派遣された他、翌年からは明治製菓も参加して、現地での軍用チョコレート生産を開始してるんだとか

無題
Name 名無し 17/03/06(月)19:54:13  No.1206627      
1488797653925
一方、南太平洋で「日本の真珠湾」と謳われた日本海軍の拠点たるトラック諸島に、1943年3月、同地の第2艦隊司令部付の命を受けて赴任した杉山績という主計士官さんがおられるんですが、旗艦「愛宕」に乗艦して、内地からトラックに運ばれてくる糧食の補給・分配計画を立てる仕事に就かれたんだそうで

当時内地からの糧食輸送は「間宮」「伊良湖」の2隻の給糧艦によるものが主だったわけですけれど、内地の食糧事情も厳しくなるばかりな上に、そろそろ米潜水艦の跳梁も激しくなってましたから、この唯一の補給路に何かあれば、最前線のIJN将兵さん達は今後オヤツ抜きで戦わなければならなくなってしまう…!というのがこの方の悩みの種だったそうなんですが、そこで思い付いたのが、内地―トラックという従来の補給線の他に、ジャワ・スマトラ方面からの新たな補給線を設定するアイデアだったんだそうな

無題
Name 名無し 17/03/06(月)19:55:44  No.1206628      
http://cgi.2chan.net/f/src/1488797744008.jpg
当時既に、インドネシアの産油地帯とトラック泊地の間を給油艦船が行き来して連合艦隊他の燃料補給に当たっていたわけなんですが、これらの船舶の余積にインドネシア現地の生鮮食料や嗜好品を積んできてもらおうというこの提案、上司の艦隊主計長サンからは「こんな思い付きの計画を…」と批判されちゃったものの、杉山さん自身の手配で実行に移されたんだそうで

やがて初の試みとなった給油艦「旭東丸」が無事にトラックに入港して、早速塔載品目を調べてみると、「インドネシア特産のウェハースやチョコレートまでかなり豊富に持ってきている(杉山氏)」ことが判り、早速本来の重油補給と並行して、各艦隊、各艦、陸上部隊に、至急これらの嗜好食品の割当を作成すると、「愛宕」艦上より、イイものがあるから取りにいらっしゃーい!と発光信号を送ったんだとか

無題
Name 名無し 17/03/06(月)19:56:52  No.1206629      
1488797812951
反響は素晴らしいもので、特にインドネシア特産のチョコレートは大評判となって喜ばれ、後日「愛宕」が横須賀に帰港した時に海軍省にもお裾分けした際にも

「こんなうまいチョコレートははじめてだ!」

…と喜ばれたそうです

杉山氏の新補給計画も、かくて目出度く大成功と相成ったわけですけれど、その陰にはオランダの植民地支配の影響から、日本の製菓企業の海外事業進出?まで色んな縁があるのが面白い気がするんですが、いまでは独立したインドネシアがカカオ豆を主要輸出農産物にして、私らはコンビニでオランダのバンホーデンのココアを森永の紙パックで買って飲んでるわけでして

…何というかまあ、平和が一番ですねえ、やっぱしw

無題
Name 名無し 17/03/06(月)22:56:00  No.1206649      
「愛宕」は菓子担当か
姉妹艦の「摩耶」は猿を飼ってたな・・・

戦前、蘭印時代にもインドネシアに華僑のネットワークが存在したそうだが、そう考えると彼らはほんと強かだ

http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=10014634&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1

無題
Name 名無し 17/03/06(月)23:57:16  No.1206655      
http://cgi.2chan.net/f/src/1488812236895.jpg
米軍はHershey'sが売店でもよく売られてるね

無題
Name 名無し 17/03/07(火)15:39:03  No.1206677
>米軍はHershey'sが売店でもよく売られてるね
摂氏60℃まで耐える耐熱チョコレートだっけ
なお味は

無題
Name 名無し 17/03/07(火)20:15:56  No.1206686      
http://cgi.2chan.net/f/src/1488885356087.jpg
>>なお味は


"蒸した芋"程度の味は保証されてるだろいいかげんにしろ!


エチオピア人どころか猫も犬も逃げ出すレベルの代物を食べさせられた者も居るんですよ!

無題
Name 名無し 17/03/07(火)20:50:58  No.1206693
>エチオピア人どころか猫も犬も逃げ出すレベルの代物を食べさせられた者も居るんですよ!

どこの船の話かわからんな
まあイギリスのようだが

無題
Name 名無し 17/03/07(火)07:44:19 No.1206664
重巡使って何やってんだか

無題
Name 名無し 17/03/07(火)12:09:47  No.1206667
むしろ足の早い重巡洋艦で運んであげたら陸軍は泣いて喜んだな。

無題
Name 名無し 17/03/07(火)21:03:14  No.1206694      
>耐熱チョコレート

戦時中日本海軍の要請でも「溶けないチョコ」の開発が行われてるんですが、こちらは時に水面下の密室で酷暑に耐える、潜水艦の乗組員さんたちに支給する為だったそうですw

因みに依頼を受けた大東製薬工業株式会社さんは、特殊な機械で圧縮することで要求に応えたそうなんですが、同社は大東カカオ株式会社の名で今もチョコレートその他の食品原料製造販売企業として健在だそうで

またインドネシアに進出した明治製菓でも「溶けないチョコ」の製造がおこなわれたんだそうなんですが、此方は詳細なレシピは不明みたいです
恐らく、ココアバターに代わってより融点の高い代用油脂を使用したモノでは?と推測されてるようなんですが…

無題
Name 名無し 17/03/07(火)21:07:00  No.1206695      
因みに光人社から出てます「零式水偵空戦記」に、著者の搭乗員さんがブイン基地からラバウルまで陸軍の依頼で要人輸送を引きうけた所、翌日お礼に高級ウィスキー2本と「スラバヤのチョコレート2箱」が届けられて、搭乗員宿舎が大いに賑わった、なんて微笑ましいエピソードがあったりします

この話はその要人と言うのが他ならぬ第八方面軍司令官の今村均陸軍大将さんだったと知って驚いた、というオチが付くんですがw
或はこの御褒美のインドネシア産チョコレートも、今村さんの蘭印滞在時に手に入れたものだったのかも知れませんですなあ

無題
Name 名無し 17/03/08(水)04:07:14  No.1206705      
【M&Ms エムアンドエムズ】ミルクチョコレート プレイン 56oz(1587.6g)
>耐熱チョコレート

今でこそ駄菓子として有名なM&M'sですがこれも元は暑い地域でも甘くて美味しいチョコレートを作って欲しいというアメリカ陸軍の要請で作られたらしいですね
チョコレートを砂糖でコーティングする事でべとつきにくくするという工夫を取り入れたとか
今でも"当たり"としてMREにランダムで入ってるらしいです(ソースは"イラク戦争従軍記")

無題
Name 名無し 17/03/08(水)04:20:46  No.1206706      
伊号第一〇潜水艦 針路西へ!―潜水艦戦記 (光人社NF文庫)
>>水面下の密室で酷暑に耐える、潜水艦の乗組員さんたちに支給する為だったそうですw

水上艦に比べ極限なまでに水が貴重な潜水艦で虫歯対策はどうするんだろう?
ソースは光文社の別の書籍で"伊号第一〇潜水艦 針路西へ!―潜水艦戦記"ですがラムネは積んでたらしいですね
(爆雷攻撃をなんとか凌いで手近な物を探るとラムネを見つけるもビンが粉々の破片に・・・)

無題
Name 名無し 17/03/08(水)13:56:24  No.1206725
>水上艦に比べ極限なまでに水が貴重な潜水艦で虫歯対策はどうするんだろう?
洗口剤と言う名のガムがある。
今で言う歯磨きガムみたいなものらしい。

無題
Name 名無し 17/03/08(水)16:11:41  No.1206730      
>水上艦に比べ極限なまでに水が貴重な潜水艦
瀬間喬海軍主計中佐さんの「日本海軍食生活史話」によりますと

「(潜水艦では)水は浮上航海中のディーゼルの排気で海水を熱して作ることが出来る(略)従って洗面や歯を磨き口をすすぐことにも事欠かないが、出撃中は三直哨戒で二時間当直につき四時間休むことを繰り返していると、いつが正規の起床時間で顔を洗うのか分からなくなり、水不足からではないが歯も磨かなくなる」

…なんて事情もあったそうです
因みに戦時中の「潜航時増加食」としては、清涼飲料(ラムネも含まれます)、生果物、口中清涼食の3点が規定されていたそうなんですが、この「口中清涼食」が歯磨きをサボる水兵さんへの清掃措置(=ガム)に当たるんだそうで

ただこのガム、ある伊号潜水艦長さんによればやたらと歯にくっつくのが難点だったそうなんですが、そこでチョコレートを一緒に食べればあら不思議、ガムが消えちゃった!ってなr…(

無題
Name 名無し 17/03/08(水)16:13:18  No.1206732     
余談ですが外地はともかく、日本国内へのカカオ輸入は昭和15年12月を最後に正規のルートは途絶えて、砂糖も貴重品となってきますと、甘味としてグルコース、カカオの代わりに百合根・チューリップ球根・オクラ・チコリ・芋類・小豆、ココアバターの代わりに大豆油・ヤシ油・ヤブニッケイ油等を用いて、バニラで香りを付けた「グル・チョコレート」なる代用チョコレートが開発されたそうです

変わった所ではココアバターの代わりに、北海道産のスルメイカのわたから取った油脂を代替品にした製品もあったそうなんですが、これらの「代用チョコレート」、W-DAYのお返しは手作りするぜ!という主計科系男子の住人の方々は是非参考にされてはイカがでしょう(棒

無題
Name 名無し 17/03/08(水)21:49:30  No.1206764
>そこでチョコレートを一緒に食べればあら不思議、ガムが消えちゃった!ってなr…(
ガムは油脂と反応すると分解されちゃうからね
なのでポテチやかっぱえびせんでも同じことができる

無題
Name 名無し 17/03/08(水)22:44:04  No.1206770      
特型駆逐艦「雷」海戦記―一砲術員の見た戦場の実相 (光人社NF文庫)
情報ありがとうございます。歯磨きガムは知りませんでした。生果物はパパイヤとかバナナ等になるのかな?。

>>う主計科系男子の住人の方々

汁粉が出来たらしいから銀蝿してk・・・飯炊きの様子を見てくr・・あ、主計長さんおはようござい、い、いやグーはやめてグーは

無題
Name 名無し 17/03/09(木)19:04:31  No.1206825      
カカオと同じ南米大陸原産で、マラリア治療薬キニーネの材料になるキナの木があるんですが
コレもオランダによりインドネシアに持ち込まれまして、戦前には世界最大のキナ生産地として年間1千トンを産出するまでになっていたんだそうで

当然、日本の南進の際には石油資源と同じくその確保が重要目標とされたそうなんですが、ジャワ占領が完了した1942年3月には、現地軍参謀長より

「キニーネ50トン、樹皮2500獲得す。工場は完全なり。従業員は付近に待避しあるも招致し得る見込み」

…との喜びの電報が送られてきたそうですw
以後、南方戦線での日本軍の作戦でインドネシア産キニーネは兵隊さん達の健康管理に重要な役割を果たすんですが、石油にカカオ、キニーネと当時の日本にとって蘭印はまさに宝の山だったわけでして、また言わばコレらがかつての通商大国オランダの繁栄を支えていた源でもあったわけですなあ

無題
Name 名無し 17/03/09(木)19:06:14  No.1206826     
ただ大東亜戦争も末期になってくると、蘭印は未だ日本の手にあっても、輸送路がズタズタに寸断されて各種資源の供給も止まり、「赤ん坊以外は何でも出来る」と称された自給体制を築いていたラバウルでも、抗マラリア薬の不足から多数の患者の発生に悩まされる事になってしまったんだとか
そこで現地に残された残骸から再生した百式司偵によって、トラック島に滞貨していたマラリア用薬剤を緊急輸送する作戦が実施されたんですが、この司偵の操縦者さん曰く

「今でもはっきり覚えていますヨ。トラックから帰って来て、今村大将のもとに報告に行きました。行くと今村大将はニコニコとされて(略)ビールとチョコレートをくださいました。当時イモばかり食ってましたから、こりゃ腹にしみました」

…んだそうでw

このチョコレートも、やはりかつて零式水偵の搭乗員さんがご褒美に貰った、インドネシア産のモノだったりしたんでしょかねえ…

引用元: http://cgi.2chan.net/f/res/1205992.htm

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