無題 Name 名無し 17/02/14(火)21:18:34  No.1204796

1487074714595
某潜水艦スレのおかげで色々リンクを辿っていたら
チョビヒゲがUボートを2隻くれた以外にもう一隻手に入れてて
ドイツ降伏時にシンガポールに寄港中のを接収したとか

ドイツが降伏すると日本政府から同盟組んでても
ドイツ大使館へ職務執行停止が通告され外交特権も剥奪されちゃうとか知れて面白い

ドイツ降伏という明らかな劣勢に当時どう報道され、どう対処しようとしたんでしょうね?
伊400でパナマ運河を潰そう!ってのは知ってますけど
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無題
Name 名無し 17/02/14(火)22:28:19  No.1204805     
1487078899023
ドイツ降伏というと
遣独潜水艦で日本に向かう途中に降伏したU234が思い浮かぶ
降伏を潔しとせずに自決した友永・庄司両技術中佐の胸中たるや如何ばかりか

分解して積まれたMe262とMe163が無事到着して、というのもifも興味をかきたてられるが

無題
Name 名無し 17/02/14(火)22:32:39  No.1204807
いくら軍人・将校とはいえ、技術士官なんだし降伏しても責める奴はいないよ…
生きてれば戦後も活躍出来ただろうに至極残念だ

無題
Name 名無し 17/02/15(水)06:39:14  No.1204839
>U234
両人がどこまで知っていたかは不明ですが
ウラン塊までも輸送してましたし
それでなくても当人は当時最先端のジェットエンジンの技術を会得してたわけですから
ドイツが降伏してても日本が健在の状況じゃ敵に情報は渡せない!と判断したんでしょうね~

無題
Name 名無し 17/02/15(水)17:31:00  No.1204879
>降伏を潔しとせずに自決した友永・庄司両技術中佐の胸中たるや如何ばかりか
当初、同乗していたケスラー空軍大将が「せめて日本人は中立国で降ろしてやりたい」と強調し艦長も一端は同意し南米へ進路を変えたそうなんですが他の士官が不満を述べて
結局米国へ降伏することになったそうですね(;w;

無題
Name 名無し 17/02/14(火)22:44:27  No.1204810
ドイツ潜水艦だけでなくドイツ海軍に接収されたイタリアの潜水艦も伊504として日本海軍に接収されてるのも面白い
乗員はイタリア人だったらしいけどどういう思いだったんだろう

無題
Name 名無し 17/02/15(水)06:59:01  No.1204841
>伊504

接収される前は、同型艦にレオナルド・ダ・ヴィンチと命名するイタ公のセンスがわからん

接収された後はB-25爆撃機を撃墜したとか、わけがわからん
流石、後のオート・メラーラ製ということなのか

無題
Name 名無し 17/02/15(水)13:36:43  No.1204866
>同型艦にレオナルド・ダ・ヴィンチと命名するイタ公のセンスがわからん
まぁイタリアを代表する著名な偉人ではありますし
そもそも日本人的には船に人の名前を付けるってのがあまり馴染みないし

無題
Name 名無し 17/02/15(水)19:00:09  No.1204886      
1487152809162
>ケスラー空軍大将

1945年8月9日に、ワシントン郊外のアメちゃんの捕虜尋問センターで、ケスラー=サンと日本海軍独駐在武官で、オーストリアで捕虜になった小島秀雄少将さんとが面会してたりするんですが、実はそもそもケスラー=サンが日本行きの希望を伝えた相手が小島少将で、ゲーリング=サンにケスラー大将渡日の許可を取り付け、なおかつそのUボートに日本側の技術士官両名が便乗できるよう奔走したのも小島さんだったそうなんですな
二人が自決した事自体は、既に45年5月にBBCのニュースにより知っていたそうなんですが、この時改めて涙ながらに語るケスラー大将より、艦内で起きた事の詳細を直に知らされたんだそうで

米軍の記録にはその後の二人の会話内容も残されてるんですが、曰く

ケスラー「全ては終わりました。ロシアが参戦してきたのだから、日本は戦い続けても勝ち目はないでしょう。自分が日本に到着していたとしても、何も変わらなかっただろうし、それは今でも同じです」

無題
Name 名無し 17/02/15(水)19:02:15  No.1204887      
1487152935317
ケ「ゲーリングは常に原子爆弾について話していました。原子爆弾ひとつで島ひとつ消してしまうことができるといっていました」

小島「そうです。原子爆弾は恐ろしい手法です」

ケ「(略)我々(ドイツ)は戦うことが出来るということを証明したが、もはや現状は勇敢さの問題ではなくなっている(略)もし我々がふさわしい時期に降伏しておればこうなることは避けられたはずです」

小「もし妥当な条件を提示されれば日本も降伏を受け入れることは疑いありません」

ケ「日本は世界のどの国よりも勇気と勇敢さを示してきたが、勇気と勇敢さだけでは地震に対抗することができないのと同じように、勇敢さは原子爆弾への対抗手段にはならないと思います」

無題
Name 名無し 17/02/15(水)19:07:08  No.1204888     
1487153228728
…と、ケスラー=サンが諄々と小島さんに、日本も早く降伏するべきだ!と説いてるんだとか

いわばU-234事件の後日談って所なんですが、実はこの会談、アメリカ情報部側で仕組まれたものでして、要は日本軍高官に、親しい間柄の独軍将官の口から降伏論を持ち掛けさせて、その反応を見るのが目的だったそうなんですな

ご存知のように米国時間の8月9日、日本時間10日には御前会議でポツダム宣言の受諾がすでに決定されていましたから、この会談内容の利用価値自体は余りなかった訳なんですけれど、同じ捕虜収容施設に旧知の小島少将がいることを知って、日本人技術士官自決の詳細を是非伝えたいと望んだケスラー大将の意向や、アメちゃんの工作では?と疑っても、自分が乗せたという責任上面会に応じた小島少将の心情を利用し、更には両者には事前に原爆投下の情報も与えて、盗聴器の仕込まれた部屋内での会話をこっそりドイツ語に堪能な情報士官が記録したのが前述の会話記録なんだそうで、エゲつないといえばエゲつないんですが、ある意味当時のアメちゃんが、「捕虜」という情報源を如何に徹底的に活用したか、見て取れる話な気がしますのう

無題
Name 名無し 17/02/15(水)20:05:13  No.1204890
>実はそもそもケスラー=サンが日本行きの希望を伝えた相手が小島少将
その際に「自分はヒトラー暗殺計画に荷担していた」
「なので、ゲシュタポによる逮捕も間近かもしれない」
「日本赴任をゲーリングに運動していただきたい」
と、語ったとか(・w・;

無題
Name 名無し 17/02/16(木)00:15:17  No.1204908
ドイツの開戦時に日本に来ていたドイツ客船が買収され後に空母に改装(神鷹)されたという例はありますが
どうやって代金を払ったのかわかりませんね
ドイツ降伏後なら同盟国として接収とか名聞は立ちますが

無題
Name 名無し 17/02/16(木)01:44:21  No.1204915
ソ連経由じゃない? まだ独ソ戦前だし
神鷹のもとになったシャルンホルスト乗組員はシベリア鉄道経由で帰国したそうだよ

無題
Name 名無し 17/02/16(木)20:37:42  No.1204936      
1487245062950
ヒトラー=オジサンが日本にUボート2隻の無償譲渡を申し出た時、ドイツ産業界からライセンス料支払いを受ない譲渡には反対ダケンネン!という声が上がって進展せず、独駐在日本海軍代表の野村直邦中将さんが善処を求めて、激怒した総統の鶴の一声で譲渡が決まった、なんて話があったそうですw

尤も、ドイツの優れた各種技術を我が日本に是非!という申し出自体は戦前から多々ありまして、日米開戦後も交渉が続けられるんですが、ドイツ経済省等の反対もあって、1942年2月の段階で日本側の提出した256品目の要望中、回答があったのは62品目のみ、という消極的な反応に留まっていたんだとか

それでもめげずに、今度は日本国内での生産用サンプルとして、42年7月に更に216品目の要望を提出するんですが、やはり製造権も買い入れない限り譲渡シュナイダー!というドイツ工業会や国防総司令部の反対にあって、交渉は中々進展しなかったんだそうなんですな

無題
Name 名無し 17/02/16(木)20:41:42  No.1204937      
1487245302987
この実情に先述の野村中将は42年11月に独側軍事委員長のグロス大将サンにお手紙を出して

「平時の商取引的な考えを一掃して、真に共同の勝利の為に一層の努力が肝要である」

…と訴えてるんですが、翌月のドイツ側からの回答では工作機械の提供量は要望の一割以下、

「要求対価法外に高く(従来の3~10倍)」

野村さんは再びドイツ側に抗議のお手紙を送ったそうです

これに対しグロス大将からは、今後価格問題等が生起した場合には直ちに介入するとの回答があった他、独総参謀長カイテル元帥からは日独共同の為、日本に製造権、特許および見本品の譲渡に関する民間及び政府の反対意見を却下する、という通報も出されたんですとか

無題
Name 名無し 17/02/16(木)20:42:30  No.1204938      
1487245350480
更に1943年1月21日には、特許、免許および意匠の譲渡、工作機械の供与、技師などの派遣を

「能う限り容易ならしむ為、必要なる措置を執るべし(第1条)」

…との、

「技術協力に関する日本国『ドイツ』国間取決」
「経済協力に関する日本国『ドイツ』国間取決」
「貿易に関する日本国『ドイツ』国間取決」

…等が調印された他、外貨不足の日本が6千万マルクまでを円で支払える特別勘定を認めた

「支払に関する日本国『ドイツ』国間取決」

…も調印されたんだとそうで

無題
Name 名無し 17/02/16(木)20:45:45  No.1204939      
1487245545400
ただこれらの取引のバランスは結局ドイツ側の大幅な対日出超とならざるをえず、43年7月には独国防省経済局長兼日独軍事兼経済委員ヴェッカー少将=サンより、ナニが必要か…分かってるデンね?と申し入れがありまして、結局日本から潜水艦で金塊を運んで支払い負債を清算することが決められ、伊8・伊29・伊52潜の3隻に2トンずつ、計6トンの金がドイツに向けて送られちょります
ただこの内伊52は中途で撃沈されて金塊も未着、その後ますます戦況も悪化して日独連絡も難しくなってくると、しょうがない、お客さんツケでいいよっ!という次第になりまして、44年3月には、「勝利」後にライセンス料や武器代金を清算する事にして、取りあえずはドイツ政府が日本向けの特許料や代金を肩代わりするという

「日独間の相互ライセンスおよび資源交換に関する協定」

…が締結され、技術・武器の供与もようやく促進されたんだそうな
聊か遅きに失した感もありますけれど、まあある意味ドイツって国が技術って資産を如何に大事に考えてたか、って証ではあるのかもですなあ

無題
Name 名無し 17/02/16(木)23:20:36  No.1204945
>「日独間の相互ライセンスおよび資源交換に関する協定」

結局は機を逸したわけですが
仮にこれが戦前から取り交わされてドイツからの積極的な技術供与があったとしたら
具体的にどんな兵器の生産に影響があったんでしょうね

無題
Name 名無し 17/02/17(金)06:42:00  No.1204958
同盟って関係に
どこまで求めるかだなぁ

今なら○○マルク、兵器の設計図、送信ポチーで済む
利便性にビックリだ

無題
Name 名無し 17/02/17(金)06:50:02  No.1204959      
話がちと脱線しますが
パナマ運河って特殊な構造をしてますが
晴嵐3~9機で何ができたんです?

まぁ上手くいったとしても
敗戦が2、3ヶ月伸びる代わりに大日本帝国への宣戦布告数52ヶ国がさらに倍率ドン!
悪の帝国として名をはせ、主権の回復が遠のいた事でしょうけど

無題
Name 名無し 17/02/17(金)07:20:58  No.1204961
>晴嵐3~9機で何ができたんです?

閘門を上手く破壊すれば後はガドゥン湖の膨大な水が自動的に運河を破壊してくれるし、そこまでうまくいかなくても閘門機能に損傷を与えれば修理するまでアメリカ東西海運に打撃を与えられるだろ。

無題
Name 名無し 17/02/17(金)08:24:45  No.1204962
アメリカ近海での対潜と防空に兵力を割かなければならなくなる

無題
Name 名無し 17/02/17(金)09:13:09  No.1204964
伊400は晴嵐3機も積むスペースに蓄電池や酸素積んで水中を長く航行出来る様にした方が長距離性能生かせたのでは?
飛行機組み立ててる間と回収する間は敵のレーダーにも無防備過ぎて現実的じゃ無いし数機で特攻してもそんなに効果無いし

無題
Name 名無し 17/02/17(金)09:37:04  No.1204965 
特高と組んでドイツ降伏後も敵性外国人の摘発のために自由に歩き回ってたドイツ人外交官が居たって何かで読んだな

無題
Name 名無し 17/02/17(金)12:54:04  No.1204973
イギリスが老朽駆逐艦に爆薬満載してドイツの乾ドックの扉に突っ込ませた作戦があったな

無題
Name 名無し 17/02/17(金)19:03:23  No.1204996      
>ドイツからの積極的な技術供与があったとしたら

例えばドイツのIG・ファルベン社の人造石油製造法(石炭液化)なんてのは特許の壁で日本は情報を得られず、これでは「成果なき三国同盟」だ、なんて関係者を嘆かせていたそうなんですが、同協定の調印された44年頃からようやくIG・ファルベン社からの資料供与や、工場見学が許されるようになり始めまして、45年1月には日本へ関連情報の譲渡を行う契約が正式に締結されてるんだそうで

当時ドイツに石炭液化の研究の為派遣されていた陸軍技師の木下利貞さんなんかは、IG社からの情報を得る度に、資料をマイクロフィルムに圧縮して潜水艦便の有る度に日本へ託送していたそうなんですが、まあ正式譲渡がドイツ降伏の4ヵ月前ってのは、正直閉店大セールの特価品販売!みたいな感がなくもないですのう

無題
Name 名無し 17/02/17(金)19:05:02  No.1204997     
ただ実はまだWW2勃発前の1935年に、逆にIG・ファルベン社から日本の満鉄に対して人造石油技術に関して、IG法(直接液化法)を1500万円、石油合成法を400万円で買いまへんか?という打診も有ったりしたんだそうで

ただ、導入に当たっては生産量をIG社に報告する義務を生じる事、ロイヤリティ等を含めた対価が多大(約6000万円)であると見込まれた事等から、独自技術(海軍法)での人造石油生産に取り組んでいた日本海軍より反対を受け、外貨を管理する外務省も巻き込んでの運動の結果、遂にIG社からの特許導入は見送られることになったんだそうな

その後、結局海軍法による満鉄での人造石油生産は数年間の努力と多大な費用、資材の投入も空しく失敗に終わり、再びドイツからIG社の技術が導入される事になった時にはもう色々と手遅れだったわけですけれど、では仮にコレが早期に日本側に導入されたとしても、果してそれは日本にとって吉と出るもんだったんでしょかねえ…?

無題
Name 名無し 17/02/18(土)01:10:13  No.1205027
>ただ実はまだWW2勃発前の1935年に、逆にIG・ファルベン社から日本の満鉄に対して人造石油技術に関して、

その後、日本は独自技術をあきらめて1937年にフィッシャー法の特許を取得し、ドイツ側の協力や装置の輸入により大牟田に工場を建設。
1940年に操業開始したこの三池石油合成工場では43年に1.1万トン/年の生産実績を上げてたようですね。

ただ、全国でも戦中での人造石油の生産量が6万~10万トン/年(計画では160万トン/年)であり、その不振の理由が触媒であるコバルトが戦争により入手困難になったこと、資材不足や軟弱地盤により終戦まで創業できなかった新工場があったことを考えると特許を取得するだけではあまり史実と変わらないような気がします

無題
Name 名無し 17/02/18(土)06:12:35  No.1205036      
>人造石油技術
どっちにしろ、コストが掛かるので
普通に石油が手に入るなら、それにこしたことはなくて
人造石油技術だけじゃ賄いきれないから、押し込まれたら結局カツカツになるのよね
つまり米軍の潜水艦対策が出来てなければ・・・

>伊52
有名なトレジャーハンターが場所を特定し調査しましたー
金塊は見つかりませんでしたー
え?話は終わりなの?
約80億円の金塊はどこ行っちゃったのよ
深海5000mって、そんじょそこらのトレハンじゃ先回り出来ない深さなのに

無題
Name 名無し 17/02/18(土)16:32:01  No.1205100      
1487403121048
何事も学ぶって事は時間がかかるものですし、師匠と同じかそれを超えるまでに達するには長い不断の努力が不可欠なわけですからねえ

独航空機メーカーの社長だったハインケル=サンの自伝によれば、WW1中、独海軍の為にUボートから運用する組立式水上飛行艇W-20を設計したそうなんですが、肝心の航空機運用型Uボートが準備されない内に終戦になってしまったんだそうで

ところが戦後暫くして、旧知の元独海軍パイロットさんがハインケル=サンに、ある商売の計画を持ちかけて来たそうなんですな

「ヤンキーにな、あんたが戦争中に造ったUボート搭載機のことを話してみた。乗ってきたね。すごく、そういうのが欲しくてたまらないらしい。ベルリンのアメリカ大使館付き海軍武官も血眼になってる」

無題
Name 名無し 17/02/18(土)16:32:23  No.1205101      
1487403143878
「日本人にも面識があるんだ。連中の技術はもっと遅れてる。手当たり次第に飛行機を集めてるぜ(略)いいか、賭けてもいい。アメリカがUボート搭載機を入手したら、日本だって負けちゃいない。二度商売ができるというものさ」

…というお誘いだったそうなんですが、この話を受けたハインケル=サン、戦中の設計経験を元に水上機「U-1」を製作するんですが、ハインケル=サン曰く

「アメリカは、直径1.5m、全長6mのケースに収納できるよう機体が分解可能であることを要求していた(略)私の設計した双フロート小型機は(略)分解するのに、工具なしで4人で22秒しかかからない。ケースから出し、飛べるようにするのは31秒だった」

…という出来栄えでアメちゃん側を驚かせ、見事契約成立にこぎつけたんだとか

無題
Name 名無し 17/02/18(土)16:33:15  No.1205102      
1487403195402
更に、

「2週間してクリシャン(=先の元独海軍パイロットさん)は賭けに勝ったのである。日本が我々にわたりをつけてきたのだった。同じ飛行機をほしいといって。どんなに高価でも構わないそうだ。それで日本のために2機造った」

…そうなんですが、その後同じドイツ製の潜水艦搭載機からスタートした日米両国の内、アメちゃんが実用化を諦める一方で、夢を諦めずに追い続けた日本はついに潜水空母なんてゲテモノめいたモノまで到達したわけですが、それがまた日本の敗戦後に米国に接収されて熱心に調査されることになったのは、ある意味ではドイツ師匠に追いついた!というべきなんでしょかねw

その努力が戦争の役に立ったか取りあえず置いて、やはり潜水空母は男のロマン…!!

無題
Name 名無し 17/02/19(日)00:06:21  No.1205153      
1487430381056
>逆にIG・ファルベン社から日本の満鉄に対して人造石油技術に関して

ドイツ・満鉄の交渉経緯を期待して読んだら
「北樺太石油会社が羨ましい」という愚痴だった

無題
Name 名無し 17/02/19(日)00:17:40  No.1205155
ドイツには露天掘りの石炭層があって大量にとれるものの質が悪く合成石油の技術が進んだ
日本も石炭が出たが地中から掘り出すもので質も外国製に劣ったので数種類の炭をブレンドして固め質を向上する練炭の技術が発達した

無題
Name 名無し 17/02/19(日)06:34:21  No.1205185
伍長がルーマニアに固執した理由がよく分かるな

無題
Name 名無し 17/02/20(月)18:43:34  No.1205409      
>北樺太石油会社
1941年に日ソ中立条約締結のための交渉が行われた時、ソ連側の条件が北樺太の日本側石油利権の解消だったりしますよねー

結局松岡外相サンが解消を確約する秘密文書を送って条約は成立するんですけれど、日米開戦後になっても暫くはソ連側の返還要求に「『ズルズル』遷延策を講ずれば可(杉山元陸軍元帥)」なり、としてたんだそうで

尤も、枢軸側の旗色が大分悪くなってきた1944年3月には、返さないなら中立条約破棄するでスキー!というソ連側の圧力に屈して、採掘施設等を500万ルーブルで譲渡することを含めた返還協定が正式に結ばれるんですけれど、コレは当初の要求額4250万6490円の八分の一程度に(1ルーブル≒1円ちょっとぐらいのレートだったんでしょかね)値切られちゃった額だそうで、ソ連側の史書には「疑いもなくソヴィエト外交の成功であった」なんて書かれちゃってるんだとかなんとか

無題
Name 名無し 17/02/20(月)18:45:35  No.1205410      
1487583935256
その後1945年4月末にベルリンでヒトラーサンが総統官邸で自殺して、ドイツの敗北が決定的になったニュースが伝わってくると、5月3日には時の首相鈴木貫太郎さんが

「ドイツの敗北は遺憾ではあるが、我が戦争目的が共存共栄の道の秩序をアジアに建設せんとする人類の正義に立脚するもので、欧州戦局の急変によって我が国民の信念がいささかも動揺するものではない。我に万全の備えがある。陸海空一体の作戦の妙がある。国民諸君も亦前線における特攻勇士の如く、一人もって国を興すの気魄と希望をもって勇奮邁進せられたい」

…との戦争継続の談話を発表してたりするんですが、勿論これは国民向けのタテマエでして、実際には5月11日から三日間、首相・外相と陸海軍トップが集まって、ぶっちゃけこれからどないしましょ?と今後の方策が検討されたそうなんですな

無題
Name 名無し 17/02/20(月)18:46:55  No.1205411      
1487584015255
結論としては

「日本に有利になるような、なんらかの方法においてソビエトを利用しないのは賢明な策でないようです。とにかくソ連のハラをさぐりつつ運んでみることにしましょう。スターリン首相という人は、なにか西郷南洲に似ているような気がする。当たってみましょう(鈴木首相)」

…という事で、ソ連の協力をもって終戦交渉を有利に進める事が今後の方針とされ、その為に南樺太の放棄、漁業権の放棄、北満州鉄道の譲渡、内蒙古におけるソ連勢力圏拡大の容認、等のいわばソ連サンに与える具体的な「餌」の内容も決められたそうなんですが、その後結局スターリン=サンは西郷どんの江戸城無血開城に倣うどころか、8月9日には日ソ中立条約を無視して日本側に宣戦布告、日本側の目論見も泡と消えちゃうわけなんですよね

まあ頼んじゃいけないモノを頼んでしまっただけ、という話なのかもですが、それはそれとしても北樺太石油利権譲渡の約束の500万ルーブルって、結局ちゃんと全額支払ってもらえたんでしょかね(棒

無題
Name 名無し 17/02/20(月)19:03:55  No.1205412      
1487585035713
>疑いもなくソヴィエト外交の成功であった

ホントだ。続きを読んだら「ソ連の手のひら返しに気を付けろ」的なことを書いてありました

無題
Name 名無し 17/02/20(月)20:51:57  No.1205419
日ソの立場が逆なら日本は絶対にソ連を攻めなかっただろうな
それだけソ連が卑劣だという事

無題
Name 名無し 17/02/21(火)00:45:16  No.1205461 
>日ソの立場が逆なら日本は絶対にソ連を攻めなかっただろうな

いえいえ、昭和16年7月2日の御前会議で独ソ戦の推移によっては対ソ戦に踏み切るという方針が決定されています。
実際、演習を名目に関東軍に大規模な増強が行われました。

ただしモスクワにドイツ軍が迫っても、スターリンは彼らしい用心深さで極東からの兵力引き抜きは一部にとどめ、極東になお100万の兵力を残したので、対ソ戦は見送られ、そのうちに対米戦が始まってしまうわけです。

無題 Name 名無し 17/02/20(月)22:26:54  No.1205431
1945年5月11日にどないしましょ?と言ったって
すでにドイツ敗色濃厚な2月4日にチャーチル、ルーズベルト、スターリンがヤルタでソ連対日参戦で確約されちゃってるからなぁ
(はぁ・・・うちの情報網は、なにやってんだか)

アメリカは日米開戦翌日1941年12月8日には、もうソ連にさっさと裏切れようと対日参戦要請してるわけだしw
(約束の反故がまかり通ってしまうのは同盟国ドイツが先に独ソ不可侵条約を破ったのでそれのとばっちりを受けた?)

無題
Name 名無し 17/02/21(火)20:33:39  No.1205506      
1487676819070
>うちの情報網は、なにやってんだか


一応より細かく記しますと、もしドイツやらイタリアらが先に倒れて枢軸の敗北が濃厚になってきたらどうすんべい?という研究自体はもうちっと早くから行われていたそうで、例えば既にイタリアサンが実質脱落した1944年9月21日の日本の最高戦争指導会議では、更にドイツサンが敗北或は連合国との単独講和に応じても

「一億総戦闘の態勢を徹底して一路努力を以て戦争完遂に邁進する」

…との、「独逸屈服の場合に於ける国内的措置要綱」と「独急変の場合の対外措置腹案」が決定されているんだそうで

更にドイツ終局の土壇場の45年4月30日の同会議では「独逸屈服の場合に於ける措置要綱」により

無題
Name 名無し 17/02/21(火)20:38:49  No.1205507     
1487677129385
ドイツ敗北に際しては、日本の勢力範囲内にあるドイツ艦船については

「対英米戦に使用する如く処置し、右に応ぜざるものは抑留する」

…ことが定められた他、

「一億鉄石の団結の下必勝を確信し、皇土を護持し飽く迄戦争の完遂を期する決意を新たに」
「一億特攻の戦に徹し必勝施策の急速具現を目指す」

国内措置が定められたんだとか

ただまあ、いざ実際にドイツが現実に脱落した所で、冷静になって考えてみれば、日本一国で連合国全部を敵に回した状況下で具体的な「必勝施策」なんて有るわけがないですから、せめてもの次善の策としての対ソ接近案が以後次第に主流になっていった、って事みたいなんですな

無題
Name 名無し 17/02/21(火)20:41:10  No.1205508      
1487677270165
因みに、時系列はやや前後しますけれど、1945年4月16日の大本営陸軍部戦争指導班の「機密戦争日誌」に、先のケスラー=サンの渡日問題について言及してる部分がありまして、曰く

「独の駐日空軍武官『ケスラー』の渡日方法は去年の八月頃以来の問題にして結局潜水艦に依ることに決定しありしか、最近又(略)北極―『ベーリング海峡』―幌筵の空路を経て渡日致度申込あり、統帥部としては『ケスラー』一行の来朝は技術的に貢献するところ多々あらんも、日「ソ」関係の微妙なるに鑑み(略)失うところ極めて大なるものあるを以て空路利用は不同意なり」

…と、要はソ連を刺激するような事は困る!という事らしいんですが、日誌の記述者の一人である種村佐孝大本営参謀サンによりますと、

無題
Name 名無し 17/02/21(火)20:41:55  No.1205509      
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「従来ドイツのいう日独連絡の方法が、いつも北方コースでことさら日ソ間を刺戟させるための措置の様に考えられたのは遺憾であった。互いに同盟と中立の条約を結びながら、することは狐と狸だ」

…との事で、もう完全に独逸を見限っているというか、米英相手に負け越してる状況で万一にも対ソ戦にまで引き込まれたら困る!というのがホンネだったみたいなんですね

ただ、同日の日誌では同時に「『ソ』連は極東兵備を増強す」と題して、

「『チタ』領事館員の3月1日に於ける目撃、伝書使の(略)視察に依れば『ソ』連は極東に狙撃兵団並に相当数の飛行機戦車等を極東に輸送を開始せるものの如し」

無題
Name 名無し 17/02/21(火)20:47:13  No.1205510      
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「独『ソ』戦の現況に基づき対日戦兵備を既に準備中なりと第二部(情報)は判断しあるも若し之が真実なりとせば由々しき問題にして、其の対日開戦の時期と之か対応措置の急速なる完整とは大東亜戦争完遂の致命的鍵として最大なる関心を払うの要あり」

…とありまして、ソ連の対日参戦が「大東亜戦争完遂の致命的鍵」になりえるだろう、なんてある意味非常に正確な予言みたいになっちゃってるのが今の私らからしたら皮肉っぽく見えるんですが、このおよそ4ヶ月後の事態に関する警報、若しくは警告となり得る情報自体は、この時点で日本側もある程度掴んでいた証では有るみたいなんですな

まあ、それがその後どの程度有効に活かされたか、と言えば…なんですケド…

無題
Name 名無し 17/02/22(水)04:36:44  No.1205558      
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また「機密戦争日誌」からの引用になりますけれど、1945年4月30日の項を見ますと

「『今後採るべき対『ソ』施策に関する意見』並に之に基く対『ソ』施策要綱を起案 種村(佐孝氏)より大臣総長次長次官に意見を具申す」

…とあるんですが、この内容と言うのが

「帝国は飽迄対米英戦を完遂する為」
「帝国並満支の犠牲に於て『ソ』を我が方に誘引し」
「(日ソ支は)善隣友好相互提携不侵略の原則の下に結合し、以て相互の繁栄を図る目的」

…の為、外務大臣あるいは特派使節をソ連に派遣するべき、というものだったんだそうで

無題
Name 名無し 17/02/22(水)04:37:23  No.1205559      
更にコレを受けて、当時戦争指導班長から鈴木貫太郎首相補佐官に転出していた陸軍の松谷誠大佐サンが、もっと踏み込んで終戦後の「日本国家再建方策」をも作成してるそうなんですが、曰く

「スターリンは独ソ戦後、左翼小児病的態度を揚棄し、人情の機微に即せる左翼運動の正道に立っており、したがって恐らくソ連はわれに対し国体を破壊し赤化せんとする如きは考えざらん。ソ連の民族政策は寛容のものなり。右は白黄色人種の中間的存在としてスラブ民族特有のものにして、スラブ民族は人種的偏見少なし。されば、その民族政策は民族の自決と固有文化を尊重し、内容的にはこれを共産主義化せんとするにあり。よってソ連は、わが国体と赤とは絶対に相容れざるものとは考えざらん。ソ連は国防・地政学上、われを将来親ソ国家たらしむるを希望しあるならん」

無題
Name 名無し 17/02/22(水)04:38:25  No.1205560      
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「自活自戦体制の確立の為に満州、北支を必要とするとともに、さらに海洋への外核防衛圏として日本を親ソ国家たらしめんと希望しあるならん。戦後、わが(日本)経済形態は表面上不可避的に社会主義的方向を辿るべく、この点より見るも対ソ接近可能ならん。米の企図する日本政治の民主主義化よりも、ソ連流の人民政府組織の方が将来日本的政治への復帰の萌芽を残し得るならん」

…との事で、例え一時的にせよソ連の衛星国になる事こそ日本の生きる道でありますっ!なんて意見が、大本営陸軍部の中枢にいた軍人さんから出てくること自体がある意味末期的な感じなんですが、ともあれ他ならぬ軍部の中にも少なからぬソ連への好意的、若しくは希望的な観測の持ち主が存在したことが、末期の日本首脳部の親ソ政策への転換にも影響を与えていた、という事なんだとか

無題
Name 名無し 17/02/22(水)04:39:00  No.1205561     
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ただ余談ですが松谷サン、戦後は吉田首相の支持を得て、対立する服部卓四郎サンらの国軍創設(再軍備)及び復帰活動を阻止した後、自衛隊に入隊して1954年には陸将に昇進しているんですが、1957年には皮肉にもというか、ソ連と向き合う立場の北部方面総監に就任しているんだそうです

「満州事変以来終戦まで、参謀本部、陸軍省、支那総軍等の重要幕僚として行動し、その戦争責任を十分負わねばならぬ立場(松谷氏)」だった陸軍参謀サンが、終戦後の方策として仇敵だった筈のソ連の衛星国となることを提案して、戦後は逆に親米の吉田首相の下で対ソ連防備の要職に就くとか、流離転変っぷりがスゴイんですけれど、ある意味ではそのまま当時の日本が直面していた、世界情勢の複雑怪奇な変化の程を反映しているモノ、と言えなくもないのかもですなあ

無題
Name 名無し 17/02/23(木)19:56:44  No.1205684      
個人的なスキキライは取りあえずおいといてですねw
WW2が枢軸サイドの敗北で終わることが決定的になった時点で、戦後は残る2強の民主・資本主義陣営とソ連を筆頭にする共産主義陣営からなる連合国が対立する構造になるだろう、ってのは当時でも容易に想像されてたわけでして、従って独伊が既に倒れ唯一人残された日本自身の終戦交渉、若しくは戦後再興にその世界情勢を如何に利用するか?ってのは当時の指導者さん達の重大な関心事であって、スレ主さんのいう

>ドイツ降伏という明らかな劣勢に(略)どう対処しようとしたんでしょうね?
…という点にも一応深く関わってくるんですよね

そして米英VSソ連と愉快な赤い仲間たちが対立するだろう未来に於いて、日本はソ連寄りの進路を採るべきである!ってのが松谷大佐らによる日本陸軍案だったわけですけれど、一方日本海軍の方で考えられていた戦後構想案はどうだったかと言えば、コレもやはり日本の利益の為にソ連を利用すべき、というモノだったんだそうで

無題
Name 名無し 17/02/23(木)19:57:28  No.1205685      
米内海軍大臣の下で終戦工作に当たっていた高木惣吉少将の当時の研究によると、そもそも今回米国が対日戦争に踏み切った根底には「対支自由処置権の確立」という目的があり、日本の敗北で戦争が終わった後には

「支那を支援助長しつつソ(連)と拮抗せしめてソの極東進出を押え、併せて日本の再起復仇に備う」
「(米国が)ソ支の抗争による漁夫の利を占むる政策が行詰る迄は、日本の立場に同情をしめさざるべし」

…と予測しているそうなんですな

実際の米国の戦後も続いた蒋介石=サンの国民党政権支援と、国共内戦での蒋サンの敗北によるその崩壊の史実に比べると当たらずも遠からずと言った所なんですが、アメちゃんのアジア政策が行き詰った所で日本にチャンスがあるだろう、ってのは今の私らから見ても正鵠を得ている分析だったんじゃあないでしょかね

無題
Name 名無し 17/02/23(木)19:58:24  No.1205686      
ただ高木さんは、ソ連への過度な接近は日本国内に革命の危険を招く他、経済的・技術的相互援助の期待も薄い一方で、米国との和平は「資本主義機構の維持」「経済的財政的支援の可能性」上利益が大きいとして、終戦までは対米牽制にソ連を暫定的に利用するも、それは中国大陸にソ連を誘引して共産勢力を拡大させ、戦後に中国を巡って米ソが対立する情勢を作り出す為で、あくまでその対立を利用して戦後米国からの支援を引き出す為でなければならない、としているそうなんですな

ある意味ではソ連及び米国へのスタンスは陸サンと大きく異なるわけですけれど、コレを受けた米内さんは先の5月11日からの会議で

「支那方面の兵力を引き抜き、ソに対し中南支または北支に(略)向けさせて」
「ソ連と米英を東亜で向かい合わせる」

…事を提案して、陸相および参謀総長から全面賛成を受けてたりもするんだそうで

無題
Name 名無し 17/02/23(木)20:01:04  No.1205687      
結局はソ連の利用は陸海軍どちらの思惑どおりともいかなかったものの、何だかんだで実際の戦後の日本の復興は、親米英路線の吉田首相の元で西側陣営に参画する形で行われ、朝鮮戦争を経ての再軍備や日本防衛も冷戦下の米国の支援により行われたわけで、そういう意味では日本海軍側の構想に近い形だったわけなんですけれども、仮に何処かで歯車の切り換えが異なって、陸軍案に近い形から東側陣営に参画でもしていましたら、今頃私達も赤軍@双葉板に集っては

「帝国主義者del」
「今どき資本主義なんてダッセーよな同志名無し氏!」
「アカいいよね…」
「いい…」

…なんて駄弁ってたりしてたかもしれないわけでしてw
ちょっと不謹慎な物言いかもしれませんが、こういう所が歴史の面白い、またはコワイ所なんじゃあないでしょかねえ

引用元: http://cgi.2chan.net/f/res/1204796.htm

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