無題 Name 名無し 17/02/04(土)02:02:35  No.1203533

ピットロード 1/700 日本海軍 潜水艦 伊-9&呂-35 SPW23
戦時量産型潜水艦の呂35型
量産性も良く手頃で使い易く評価が高いながらも
実戦では大きな戦果を挙げられないあたりに大戦後半の厳しさを感じます
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無題
Name 名無し 17/02/04(土)05:54:05  No.1203541
緒戦期というか真珠湾作戦の伊号でもそうだが
敵港湾・泊地の至近で哨戒するようなハイリスクな運用が多いから当然損害は積み上がる
呂35型が投入される頃にはもう後手後手で敵が大挙来寇した海域に集中投入しては無為に失ってばかり

無題
Name 名無し 17/02/04(土)12:00:34  No.1203554
連合国側が、静粛性の高い独潜水艦ですら探知できるようになり、潜水艦の持ち味を生かせなくなったのが泣き所

無題
Name 名無し 17/02/04(土)12:14:42  No.1203555
ドイツ軍潜水艦隊ですら1944年の大損害&戦果の激減で自壊状態だったからな・・・

四六時中航空制圧されたら、通常潜(ましてやWW2)はたまらん。

無題
Name 名無し 17/02/04(土)23:22:41  No.1203603     
>ドイツ軍潜水艦隊ですら1944年の大損害&戦果の激減で自壊状態だったからな・・・
Uボート乗組員が4万人中3万人が死んだと聞いた時はぞっとしたわ・・
潜水艦と言えば太平洋で日本相手に暴れ回ったアメリカ軍の潜水艦ですら50隻以上(座礁など含め)喪失してるんだよな
潜水艦は潜航中に沈められるとまず助からないしこうして見ると本当に過酷な職場だなぁ

無題
Name 名無し 17/02/04(土)12:30:18  No.1203556
呂号潜自体は優秀なんだが
幹部がなぁ…
哨戒線張って一列に並べるのはばれてたから
芋づる式に撃沈されたね

無題
Name 名無し 17/02/04(土)16:22:54  No.1203571
電気推進のUボートは米英の技術をもってしてもなかなか探知出来なかったそうだ。(終戦後のテストで)
しかし時期が遅すぎた。

無題
Name 名無し 17/02/04(土)16:41:40  No.1203574
静粛性に優れてれば聴音であたりをつけられる可能性は下がるがアクティブソナー相手には変わらんし
夜間浮上中にレーダーであたりをつけてくる時代になっとるしでもう大変

無題
Name 名無し 17/02/04(土)17:30:11  No.1203580
電気推進じゃないUボートがあるの?
エレクトロボートはもう少し早く出てればなってのが残念

無題
Name 名無し 17/02/04(土)17:57:13  No.1203583 
>電気推進じゃないUボートがあるの?
ワルターエンジン「・・・」

無題
Name 名無し 17/02/04(土)19:21:36  No.1203586
>エレクトロボートはもう少し早く出てればなってのが残念
蓄電池の生産量が倍にでもならないと無理だよ……

無題
Name 名無し 17/02/04(土)17:33:02  No.1203581
とはいえまぁ、「敵が潜水艦を潜ませているかもしれない」と思わせるだけで広範囲に多数の哨戒機や哨戒艦艇の配備を強いているわけで
終戦間際ですら一定の効果はあったとは思う
もちろん現場の声を聞いて柔軟に作戦・戦術指導をする必要があったのは言うまでも無いけど

無題
Name 名無し 17/02/04(土)18:10:24  No.1203584
その手のよくあるコスト戦果論はあかん
アメリカ人はロスト以外大して損害とはとらえん

無題
Name 名無し 17/02/04(土)19:24:19  No.1203587
日本の一番の欠点はデーニッツが居ない事。それに潜水艦の積極運用をしようにも中央に航空参謀は居ても潜水参謀は居ない。しかも頑なに通商破壊しないし運用に難あり

無題
Name 名無し 17/02/04(土)21:19:27  No.1203592
>しかも頑なに通商破壊しないし
そうは言うが、日本海軍の根拠地から出撃して通商破壊しようとしたら相当な大型艦でないと太平洋を超えられないと思うけど
伊400型とかは通商破壊用の巡洋潜水艦と思うけど、(中間に根拠地がない)日本海軍では通商破壊にはこれくらい必要と考えてたんじゃないの

無題
Name 名無し 17/02/04(土)22:28:04  No.1203595
>>しかも頑なに通商破壊しないし
北米大陸近辺で伊25が通商破壊ぽいのやってたし
インド洋もドイツ潜まで来て大規模に通商破壊やったろ
まあガダルで下手こいてネズミ輸送に回されたのは痛かったけど

無題
Name 名無し 17/02/05(日)00:09:58  No.1203609      
1486220998208
>しかも頑なに通商破壊しないし

ドイツとかアメリカに比べれば劣ってただろうけど一応日本もやってはいたよ
例えば有名なのだと映画「轟沈」で取り上げられた伊10なんかはインド洋で通商破壊戦に参加して最終的に14~16隻を撃沈したと言われてるし
15隻を撃沈した伊27や伊21(10隻撃沈)、伊25、26(9隻撃沈撃破)、伊37(7隻撃沈)など伊15型は通商破壊に参加した艦が多い
ほかにも小型の呂100型なんかも43年にベンガル湾で通商破壊に参加したとされてる

無題
Name 名無し 17/02/04(土)20:14:39  No.1203588
ⅩⅩⅠ型は竣工自体は44年に始まってるが
如何せん初期不良が…

無題
Name 名無し 17/02/04(土)23:43:04  No.1203606
戦力集結前の帰投・進出中だと護衛も手薄ぎみでサラトガ食いかけたりできるんだし後方での交通破壊はやるべきだった
国内資源と鉄路だけでも戦争できそうな米相手じゃ通商破壊は効果微妙

無題
Name 名無し 17/02/05(日)12:35:55  No.1203654
ロ-35は外フレームで工作が面倒なので量産性はそんなに良くない
という指摘はあるな

無題
Name 名無し 17/02/05(日)20:55:12  No.1203680      
第6艦隊参謀だった鳥巣建之助サンが当時の事情を回想されてる所によりますと、日本潜水艦の戦中の主任務の様相をまとめると

・艦隊戦闘:参加隻数 97隻 参加期間月数 406月
・輸送作戦:参加隻数 59隻 参加期間月数 255月
・交通破壊戦:参加隻数 59隻 参加期間月数 203月

…という事になるんだそうで、氏曰く

「(交通破壊戦の)参加隻数は太平洋40隻、印度洋38隻であり、決して少なくはなかった。しかし問題は、これらの潜水艦がどの程度、交通破壊戦に従事したかである」

無題
Name 名無し 17/02/05(日)20:56:35  No.1203681      
1486295795820
「交通破壊戦に従事したのは、昭和16年12月8日の開戦から19年11月までの満3年間(終戦直前の回天戦はのぞく)(略)戦争に参加した潜水艦は154隻であるが、このうち交通破壊戦に従事した潜水艦は実数59隻(38%)であった。その59隻の潜水艦が交通破壊戦に従事した期間(月数)は合計で約203ヵ月で、これらが戦争に参加した総期間(月数)1049ヵ月の20%に満たないのである」

「つまり、交通破壊戦参加2ヵ月以内29隻、3、4ヵ月が18隻、5、6ヶ月(以上)が6隻、すなわち53隻は1~6ヵ月(以内)従事しただけで、7ヵ月以上交通破壊戦に従事できた潜水艦は僅かに6隻であった」

…んだとか

無題
Name 名無し 17/02/05(日)20:59:03  No.1203682      
1486295943153
因みに氏によれば交通破壊戦の実績は太平洋で撃沈54隻・撃破24隻、印度洋で撃沈115隻・撃破15隻、計で撃沈169隻、撃破39隻の総計208隻となるんだそうなんですが、7ヵ月以上交通破壊戦に従事した6隻の内訳と参加月、戦果はそれぞれ

・伊10潜 12ヵ月 16隻
・伊27潜 15ヵ月 17隻
・伊37潜 11ヵ月 7隻
・伊162潜 7ヵ月 5隻
・伊165潜 10ヵ月 8隻
・伊166潜 9ヵ月 7隻

…となるんだそうで
この6隻がそのまま交通破壊戦の上位6位になるわけではないんですが、参加59隻の内6隻(10%弱)で戦果208隻の内60隻(29%弱)、伊10&27のエース2隻(3%)で33隻(15%強)という結果だけ見れば、もっと交通破壊戦に重点すべきだった、ってのもまあもっともな気はしますですなあ

無題
Name 名無し 17/02/05(日)22:06:37  No.1203684
少なくとも潜水艦部隊の現場も艦隊決戦への参加より、通商破壊戦を望んでたんだよなぁ
開戦前に繰り返された演習で、大体どの時間にどの海域を張ってれば艦隊が来ると分かってる状況でもなお、戦闘艦の捕捉は至難
この時点で現場は艦隊攻撃をほぼ諦めざるを得ない状況に
戦闘艦への攻撃や散開線での哨戒、商船への魚雷使用の渋りetcは現場ではなく連合艦隊の意向が強かった

無題
Name 名無し 17/02/06(月)14:48:46  No.1203742
でも対米戦には貢献しないよね。

無題
Name 名無し 17/02/06(月)19:22:49  No.1203754
船員が減れば米国でもきつくなるはず

無題
Name 名無し 17/02/06(月)19:57:00  No.1203755
魚雷発射制限があったんだってね
貨物船・商船・駆逐艦には1本のみ発射を認められた
だから民間船相手には、浮上して艦砲で仕留めたり

あとは、空母や戦艦など大型艦なら発射本数が増えるので
巡洋艦をわざと戦艦と誤認して、発射数を増やしたり
そもそも制限を守らなかった艦は結果的に成績優秀だった

と20年以上前の軍事雑誌で読んだ記憶あり

無題
Name 名無し 17/02/07(火)00:33:14  No.1203789
>貨物船・商船・駆逐艦には1本のみ発射を認められた
正直現場が何発使うかなんて口を出すべきじゃないと思うけど
それともそれだけ魚雷が不足してたって事なんだろうか

無題
Name 名無し 17/02/07(火)01:49:13  No.1203793
>正直現場が何発使うかなんて口を出すべきじゃないと思うけど
>それともそれだけ魚雷が不足してたって事なんだろうか

そうなんですよ
最前線で戦う将兵から武器を奪っておきながら戦果が悪いぞと文句言うって酷い話です

魚雷数に関しては憶測ですが、機動部隊の航空魚雷や水雷戦隊の艦艇用に生産資材を優先的に回した結果、潜水艦用魚雷の生産に影響出たのかな?

無題
Name 名無し 17/02/07(火)01:56:05  No.1203794
>魚雷数に関しては憶測ですが、機動部隊の航空魚雷や水雷戦隊の艦艇用に生産資材を優先的に回した結果、潜水艦用魚雷の生産に影響出たのかな?
決戦志向だから、決戦時に最前線にいない部隊は後回しになる
ってところなんですかね

無題
Name 名無し 17/02/07(火)02:38:17  No.1203797
>決戦志向だから、決戦時に最前線にいない部隊は後回しになる
>ってところなんですかね

実際、何故魚雷発射制限がかかったのか不明ですが可能性ありですね
これは水上艦艇の話ですが、対空戦闘を全力で戦った艦に対して、対空砲撃ち過ぎと事務方が文句言うぐらいですし全体的におかしいです
後方の安全な場所にいる事務方が何を言っとるのかと

水上艦艇に比べて、環境劣悪な潜水艦で戦う人たちのことを思うと、せめて戦闘ぐらいは好きなように、思う存分戦えるよう配慮してほしいものです

無題
Name 名無し 17/02/07(火)02:57:40  No.1203801
>後方の安全な場所にいる事務方が何を言っとるのかと
現代で似たような話だとアメリカ軍で固定目標にジャベリンを使いすぎだと文句があったなんて話もあるね
ほかにも南北戦争中に弾薬の消費が増える事を懸念してスペンサー銃の採用が遅れたり
前線と後方ではそれぞれ見える物が違うから重視する物もまた違ってくんだろうか

前線「目の前の敵を倒せねぇとしょうがないだろ」
後方「弾が切れたら敵を倒せねぇだろ」
てな感じで

無題
Name 名無し 17/02/07(火)08:39:22  No.1203815
六年式まで配るほど魚雷ストックが足りなかった上に中身が内燃機関式と違うから量産向きでヌルい目標相手に気軽に撃てる電池魚雷がモノにならなかった
九五式系列の総生産量2000本は潜水艦の数考えたらかなり厳しい数字
このうち昭和16年までの総生産量469本

無題
Name 名無し 17/02/07(火)10:01:01  No.1203817
http://www.akinokuni.jp/g/201304gyorai.html

92式電池魚雷は一応は開発に成功したは93式酸素魚雷。95式酸素魚雷の高性能に目がくらんで量産しないでいたら、戦時に必要になった頃には製造設備や資材が他で転用されて量産できなかったのでなかったか?

無題
Name 名無し 17/02/07(火)13:19:08  No.1203834
八年式まで引っ張り出してた日本軍が魚雷が充足してた時期があるんだろうか

無題
Name 名無し 17/02/07(火)13:34:16  No.1203836
九五式の初期不良に手間取ったのがねえ

無題
Name 名無し 17/02/07(火)02:41:45  No.1203798      
1486402905513
>少なくとも潜水艦部隊の現場も艦隊決戦への参加より、通商破壊戦を望んでたんだよなぁ


序に鳥巣氏が呂35型について述べてらっしゃる所も引用させてもらいますと、

「戦時中に建造した(日本潜水艦)隻数は120隻であるが、艦種、艦型は8種、15型にも及んだ(略)そのうちの八つの型は一隻ないし三隻しか建造していない。最も多いのが伊15型の22隻、次が呂35型、呂100型のそれぞれ18隻である。まさに非効率極まる建艦実績である」

「特に潜水空母、燃料補給潜水艦、輸送潜水艦などの建造の為、必然的に肝心の普通潜水艦の建造を大幅に削減せざるを得なかった」

「昭和10年と12年に竣工した呂33潜とロ34潜は(略)約5ヵ年間にわたり、各種実験や訓練を重ね、さらに改良に改良を加え、18年に完成したのが呂35潜であった」

無題
Name 名無し 17/02/07(火)02:42:17  No.1203799      
1486402937838
「この潜水艦は奇しくもデーニッツがUボートの主力として建造した七型Cにもっとも近い潜水艦で、若い潜水艦乗りにとってはもっとも使いやすい、戦いやすい潜水艦として好評であった。しかも18年以降、大量生産可能な状況にあった」

「この潜水艦こそ敵の後方補給路遮断のホープと目されていた。ところが、はたして使いものになるかどうかの目鼻もはっきりしない水中高速潜水艦への切り換えを軍令部は企図した。実戦部隊や建造関係者は強く反対したが、結局、軍令部は強行した。こうして呂35型は大量に建造が計画されたが、結局、18隻で打ち切られてしまった」

…と強く無念さを滲ませていらっしゃってたり

無題
Name 名無し 17/02/07(火)02:45:57  No.1203800      
「軍令部や海軍省が、戦訓無視、実施部隊や建造機関の意見無視、潜水艦技術の本質無視などを犯した最大の愚行」

「潜水艦の建造には高度の技術と長い時間を要する。さらに造船施設、資材、労働力共に極度に窮迫していることは言うまでもなかった。こんな状況下で、艦種、艦型をまるで無定見に変更していったわけである」

…と鳥巣サンの批判はキビシイんですが、さりとて既に他の方が指摘されてるように、既に大西洋でも「お手本」の独Uボートを制圧し得る対潜戦力を連合軍側が揃え始めた昭和18年頃に、戦前型の改良で独の通常型と大差ない性能の呂35型が大量投入されたとしても、果して氏が期待したような戦果を上げられたかは疑問の残るところではあるんですが、なんというかまあ、ある意味では色々ままならなかったIJN潜水艦部隊の思い出の、象徴みたいな艦でもあるんですかねえ

無題
Name 名無し 17/02/07(火)03:14:38  No.1203802
>はたして使いものになるかどうかの目鼻もはっきりしない水中高速潜水艦への切り換え
これって所謂伊201型(潜高大)の事ですかね?
水中での高速航行を重視した点はその後の潜水艦の進化を考えると正しい判断だったんでしょうが
ドイツのXXI型同様に不具合が出まくって結局実戦投入できなかったのを考えると鳥巣氏が文句を言いたくなるのもわかるけど
一方で在来型の潜水艦では歯が立たない状況になりつつあったのに呂号などを量産してたらそれはそれで別の方面から文句がでそうではあるよなぁ

無題
Name 名無し 17/02/07(火)03:23:17  No.1203805      
1486405397327
ドイツ軍なんかは43年頃から在来型の延命措置としてシュノーケルの配備を進めたらしいけど
日本軍ではシュノーケルや逆探の普及率ってのはどんな物だったんだろう

無題
Name 名無し 17/02/07(火)03:37:59  No.1203806
>日本軍ではシュノーケルや逆探の普及率ってのはどんな物だったんだろう

逆探に関しては、wiki情報になりますが、三式一号電波探信儀三型が活躍したそうです

以下抜粋
潜水艦にもアンテナ部のみを変更し搭載された。
このレーダーを搭載した1944年(昭和19年)春以降は潜水艦の被害が著しく減少したという。
潜水艦用としては、まず既設の昇降式短波無線マスト(本来は無線通信用アンテナ)を回路切替式として兼用する方式で装備された。
この装備法ではアンテナが全くの無指向性となるため、最大感度方位の測定ができず目標の方位が不明となるが、潜望鏡深度で潜航したまま使用できることが利点であり、浮上前の対空警戒用に使用され効果を挙げた。
次いで、浮上中の対空見張用として目標方位も含めて探知可能とするよう、八木・宇田アンテナが増設され、短波無線マストと併用されるようになった。

無題
Name 名無し 17/02/07(火)20:54:41  No.1203888      
1486468481754
>逆探に関しては、wiki情報になりますが、三式一号電波探信儀三型が活躍したそうです

>最大感度方位の測定ができず目標の方位が不明となるが、潜望鏡深度で潜航したまま使用できることが利点であり
潜水艦では13号電探はレーダーっていうより一種に警報器として当初はつかいはじめたわけか
ちなみに日本軍の逆探は下のページによればE27と「電波探知機3型」と言うそうで
前者がメートル波、後者がマイクロ波用でアンテナとかはドイツからもたらされた物を参考に開発したらしい

http://kenyamamoto.com/yokohamaradiomuseum/2011oct27.html

無題
Name 名無し 17/02/07(火)21:36:28  No.1203897
>潜水艦では13号電探はレーダーっていうより一種に警報器として当初はつかいはじめたわけか

そうですね
潜望鏡深度で、電探作動させると方角も距離も分からないけど「周辺に飛行機が飛んでいるか」は
分かったので、浮上の判断に使用して活躍したようです

書き込み見直したら「逆探に関しては」は変な表現でした

無題
Name 名無し 17/02/07(火)04:49:53  No.1203808      
輸送専門の潜水艦ってのは日本独自のアイデアなん?

無題
Name 名無し 17/02/07(火)05:09:25  No.1203809
>輸送専門の潜水艦ってのは日本独自のアイデアなん?

少なくとも陸軍が運用した三式潜航輸送艇は日本独自かと

無題
Name 名無し 17/02/07(火)07:13:23  No.1203813
>輸送専門の潜水艦ってのは日本独自のアイデアなん?
その元ネタの行き着く先ははWW1ドイツの貨物潜水「船」だよ
中立国アメリカから輸入しようとしたの
学研ムック本の「日米潜水艦」によれば巡洋潜水艦としてかなり日本海軍も輸送潜水船(後に普通の潜水艦に改装)ドイッチュラントにかなり興味があったらしい
と書いてあったような気がする。大塚好古記事だったかな?

無題
Name 名無し 17/02/07(火)12:34:33  No.1203832
ドイツはミルヒクーも運用してたしね。
潜水艦では流石一日の長といったところか。

無題
Name 名無し 17/02/07(火)19:19:28  No.1203877
>それともそれだけ魚雷が不足してたって事なんだろうか
魚雷は高いからな。
八九式で二万円、九五式で四万円とかする。
零戦が14万円、一式陸攻が25万円の時代なので、あんまり無駄撃ちできない。
ドイツでも、可能な限り浮上砲撃で沈めるようにと命令されている。

無題
Name 名無し 17/02/07(火)20:18:19  No.1203883
とはいえ、真珠湾直後からミッドウェー海戦前くらいまでなら
米戦艦部隊は壊滅状態で出し惜しみしなきゃならない程の標的もいないんだから
商船相手でもバンバン使えばいいのにね
…それとも連合艦隊のお偉いさん達は戦争がこの後何年も続く総力戦になることを悟ってでもいたのか

無題
Name 名無し 17/02/07(火)21:23:01  No.1203892
>八九式で二万円、九五式で四万円とかする。
>零戦が14万円、一式陸攻が25万円の時代なので

九五式魚雷を艦首6門で魚雷斉射すると一式陸攻1機分ですか
使い捨て兵器であることを考えると高価ですね

無題
Name 名無し 17/02/07(火)21:49:56  No.1203899
92式電池魚雷は電解液の取り扱いもそうだけど
射程一杯の航行を待たずに電圧が下がり始めて雷速がどんどん落ちていく欠陥が直ってないはず
仮に額面出ても30ノット7000mと炸薬量以外89式に劣る性能じゃあ現場から嫌われて当然
速度も射程も安定しないんじゃ撃ちようがない

無題
Name 名無し 17/02/08(水)21:21:35  No.1203976      
1486556495159
>商船相手でもバンバン使えばいいのにね


戦史叢書「海軍軍戦備<1>」にある話だそーなんですが

「(対米開戦前の)出帥儒bン尾の発動に際し、最も憂慮されたのは軍需品の不足であった(略)特に航空関係の最重要な大型爆弾、航空機用の91式魚雷(略)の充足率は10パーセントないし30パーセントに過ぎず、しかもこれらの生産能力もまた低少であって、このまま推移すれば開戦後数ヵ月にして貯蔵皆無の状態となるものと判断されたので(略)魚雷、機銃は艦政本部系統の同種兵器の生産能力の転換により、緊急増産を図ることを措置した」

…そうなんですが、この際、航空用魚雷増産のための艦船用魚雷からの生産転換に際して、数ヵ月にわたる魚雷自体の全面的な生産中止を已む無くされてしまったんだとか

無題
Name 名無し 17/02/08(水)21:23:34  No.1203978      
1486556614396
この話が潜水艦魚雷の開戦前の備蓄に具体的にどれだけ影響したかは、生憎自分は数字の持ち合わせが無いんですけれど、例えば1941年11月6日に呉で竣工した新鋭艦の伊26潜水艦の場合ですと、早くも11月19日には対米戦に向けて出撃しているんですが、同艦の先任伍長さんによれば、

「肝腎な実装魚雷のつみこみにさいしては、大きな難関にぶつかってしまった。出撃までには、待望の『95式酸素魚雷』が間に合わないというのである(略)例え数本でもと、横須賀入港後に期待をかけていたが、直接の配給先である軍需部兵器庫に在庫のない事にはどうすることもできない」

「せめて『89式(普通空気魚雷)』でもと、毎日のようにかけあったが、95式、89式魚雷とも、すべて就役全潜水艦に供給してしまい(略)なんとか『6年式魚雷』を10本だけ用意するとの返事であった」

無題
Name 名無し 17/02/08(水)21:24:58  No.1203980      
「最新鋭の潜水艦に、すでに教材からもはずされた大正6年採用の古い魚雷とは、あまりにも対照的だ。はたしてこれで、戦争に突入しても大丈夫だろうかと、ふと不安な気持ちにもなる」

…そうだったんですが、その後伊26潜はハワイ~サンフランシスコ航路の中間で通商破壊任務に就き、開戦当日には米陸軍輸送船「シンシア・オルソン号」を撃沈して、対米戦におけるIJN潜水艦隊の初戦果を上げちょるそうです

ただその経過は、乗員の退船を見届けて水上砲撃に移ったまでは良かったものの、数十発の命中で沈まない同船に、トドメの魚雷1発を放ったところ途中で意図せぬ斜進に入って外れ、已む無く再び砲弾十数発を撃ちこんでようやく撃沈、といささか冴えないものだったそうで

「責任はすべて古い6年式魚雷にあると転嫁したいくらいであった」

何事も始め良ければ~と言いますけれど、その説に従えば、逆にこの際先の悪さはある意味最後まで尾を引きましたかねえ…

無題
Name 名無し 17/02/08(水)22:11:46  No.1203991
あと酸素魚雷は調整も面倒なんだっけ?
酸素魚雷ベースの回天を訓練するのに基数足らずで
「握り飯の特配」を条件に調整のペースアップさせたとか
板倉光馬氏の本に書いてあった

無題
Name 名無し 17/02/08(水)22:22:56  No.1203993
試射で斜進癖だの深度の癖だの把握して個別のプロフィール作って管理するらしいもんなので
倉庫から引っ張り出した旧式を使うとかかなり無茶な話

無題
Name 名無し 17/02/09(木)00:29:34  No.1204007
九一式魚雷のwikiが読み応えがある。
航空魚雷だけど、当時の魚雷生産や技術について面白いよ。

http://ur0.biz/Buji
PID制御は、20世紀初め辺りから自動操船なんかで行われていたそうだけど、魚雷に採用したのは日本だけだったのかな?
放った方向にまっすぐ進ませるだけでも結構いろんなノウハウの塊で、開発もそうだけど、生産も簡単に増産出来るもんじゃなさそう。
総力戦っつうのは後手に回ったら終わりつうか、ホント、きちんと目配るだけでも大変だな。

無題
Name 名無し 17/02/09(木)21:03:47  No.1204092
アメリカは魚雷の試射は、しなかったのかね
日本の船を一番沈めたガトー級の末路は

自分の放った魚雷が命中したとかでどんだけ曲がるのよw
呪いか?と思ったわ

無題
Name 名無し 17/02/09(木)21:43:58  No.1204101
アメリカの魚雷は最初のころは不発の多さに悩まされてたな。
その後試験と改良を重ねて実践に耐えうるものを作って行ったわけだが。

無題
Name 名無し 17/02/09(木)23:17:31  No.1204123
磁気信管の魚雷はどこも大量の不発を出してますので

無題
Name 名無し 17/02/09(木)23:41:37  No.1204128
>磁気信管の魚雷はどこも大量の不発を出してますので
通常の信管まで不発まみれだったから大問題だった訳で

無題
Name 名無し 17/02/10(金)18:58:36  No.1204188
>磁気信管の魚雷はどこも大量の不発を出してますので
>通常の信管まで不発まみれだったから大問題だった訳で
磁気信管使えねぇってんで接触信管にしたのに13発命中させて11発不発という不名誉な記録を作ったんだよな

無題
Name 名無し 17/02/09(木)23:25:39  No.1204124
円描いて回っちゃうのは舵またはそれに指示出す機構が壊れて固定されるという機械的・確率的な事故だろう
発射時の衝撃やいきなり全開でぶん回されるエンジンとか考えると大偏斜などと共に起こりうるこっちゃろうし
Uボートでも日本潜でもあわや自爆なんて記述を読んだことある

無題
Name 名無し 17/02/10(金)00:48:54  No.1204139
イギリスの巡洋艦にも自分の放った魚雷に被雷したのいたっけか…

無題
Name 名無し 17/02/10(金)02:30:25  No.1204143
南太平洋海戦では米艦隊付近に不時着水したアベンジャーの魚雷が着水の衝撃で動き出し、米駆逐艦に見事命中!なんて耳を疑うようなエピソードが。

無題
Name 名無し 17/02/10(金)15:48:54  No.1204177
着水前に投棄せぇよ。

無題
Name 名無し 17/02/10(金)18:05:40  No.1204183
投棄した魚雷が自分に命中したUSS Scorpionなんてのもいますから、投棄すれば良いというものでも。
※魚雷が原因という点は共通ですが異説もあります。

無題
Name 名無し 17/02/10(金)20:36:50  No.1204200      
1486726610918
>磁気信管

呉海軍工廠で魚雷実験部長・水雷部長を務めた賴惇吾海軍技術少将さんによると、

「(戦中)米国の魚雷頭部を捕獲するに及んで、その頭部外皮はどうで出来ており、中にコイル式の磁気起爆装置のあることが判った。これを発射実験してみると、その感度に於いてはわが国に既に存在していて、能力不足として採用に到らなかった試製の磁気起爆装置の方が、勝るとも劣らない結果を示した(略)この結果を見て用兵方面でもその価値を認め、二式起爆装置として兵器に採用されたが、その生産が要望に伴わず、完成の数量は余り多いものではなかった」

…んだとか

アメちゃんの磁気信管をみて、なんだ、この程度でもいいならもっとイイのが造れるわい!となったってのはちょっと面白いんですがw
逆に言うと多少拙劣な設計でもまずは大量生産して、実戦投入しながら改良してモノにしてく、ってのが米式のやり方だった、ってことなんでしょかねコレ

無題
Name 名無し 17/02/10(金)20:39:11  No.1204202      
1486726751883
因みに賴氏によれば、戦中大いに苦労させられたことは何か、といえば、

「協同して戦争完遂を念願し、互譲しつつ團體として成果を高めんとする精神が、陸海軍の間に缺けていたこと」

…だそうでして、

「両者の兵器資材の争奪戦は、如何に戦争遂行を阻害したか、測り知られないものがある(略)一方が必要として集める資材や機械を、片方は何の目的もなく、唯対抗意識で買い漁るなどは、民間人から屡々訴えられたことであるが、そのために眞に必要とする側は随分迷惑を感じた」

…と随分と手記で憤懣の程を吐露されてたりします

無題
Name 名無し 17/02/10(金)20:40:40  No.1204203      
1486726840246
氏の専門分野の魚雷についても、

「(陸サンが)海軍の陸戦隊が戦車を持つのと同じだと言って(略)魚雷の製造まで企画し(略)本気で魚雷を造ることを呉海軍工廠の水雷部へ相談に来たのには啞然たらざるを得なかった」

…そうなんですが、

「魚雷は海軍でも長期に亙る経験によって漸くものになった兵器であって、これを泥縄式に今更始めようとしても、非常に困難なことを説明して帰した」

「これではさなきだに気息奄々としていた国力を、四分五裂にして益々戦力を弱体化するものと思えた。」

…と回想されておられたり

無題
Name 名無し 17/02/10(金)22:52:43  No.1204218
>…と回想されておられたり

ちゃんと陸海空を統合し、兵器開発も整理して綺麗に開発されてたらもう少しマトモな戦争したかもしれないのか・・

無題
Name 名無し 17/02/10(金)20:42:31  No.1204204
陸戦隊の戦車は陸軍に分けてもらった物だろうに

無題
Name 名無し 17/02/10(金)20:44:16  No.1204205      
ただ佐山二郎せンせいの著作によれば、戦争も終盤の昭和20年に、陸軍式の「電気推進式魚雷」の試作実験が行われたんだそうで、自動操舵装置に海軍の6年式魚雷の機構を流用した直径53センチのこの電池式魚雷、昭和20年2月の第一回試験では実験中電液の漏曳により電槽間に短絡を生じ、予想時間前に自己放電を開始し航走試験を中止

3月末から4月にかけての第二回試験では発射時の傾斜により電池の一部が電池枠から脱落して発射されず、失敗

そして三度目の正直ともいうべき7月の試験では、海軍水雷学校水雷部長、雷撃課長他の海軍側の視察者も見守る中、見事始動・発射には成功したものの、約400m程進んだところで停止すると、魚雷本体から煙を噴出し始めやがて、大音響と共に爆・発・四・散!
サヨナラー!…と敢無く海没してしまったんだそうな

図らずも賴氏の言葉を証明するような形にはなってしまったんですが、まあある意味人死にが出なかった分だけは、「回天」とかよりマシなオチの話という気もしますですなあ…

無題
Name 名無し 17/02/10(金)21:57:33  No.1204214      
Albert_Einstein_Head
>磁気信管使えねぇってんで接触信管にしたのに13発命中させて11発不発という不名誉な記録を作ったんだよな


そんなヘッポコ魚雷に改良をしてくださったのが
このお方、20世紀最高の物理学者アインシュタインだー

宇宙の謎を解こうという人には
船の周りの水流が信管に悪さをしていると解明する事なぞ、造作もなかったろう

日本はこちらの改良型魚雷は鹵獲出来なかったのかな?
アインシュタインが関わっていると知らないうちにこっちの感想が聞きたかったわ~(笑)

無題
Name 名無し 17/02/10(金)22:34:14  No.1204217
ロケット魚雷なんかも作ってたよね陸軍
いや化薬ロケットを推進剤に使う小さな爆弾ボートみたいなものだけど

無題
Name 名無し 17/02/11(土)01:35:07  No.1204236
陸軍と言えば浮沈式特火点はともすればネタ扱いされがちですが
三型ともなると火点ではなく多数の小型機雷を上陸用舟艇の予想進路に散布するつもりだったようで
これはまるレでの舟艇攻撃より余程筋が良いのでは?と思います

無題
Name 名無し 17/02/11(土)05:27:17  No.1204244
側面を攻撃するのではなく
艦底部分ぐらいしか攻撃できない魚雷があるとか昔何かの雑誌で開発してると見たことありますが
本当にそういう魚雷を日本軍は開発してたんでしょうか?

無題
Name 名無し 17/02/11(土)09:22:28  No.1204263
逆に艦底爆発を狙ったのが磁器信管その他の魚雷で、各国とも側面より艦底を狙う方が効果的なので熱心に研究してた。
現用魚雷も水上艦目標なら艦底爆発が基本じゃね?

無題
Name 名無し 17/02/11(土)12:47:38  No.1204283      
1486784858442
>艦底部分ぐらいしか攻撃できない魚雷

またまた賴氏の回想から引用させて頂きますと、

「艦船が爆破攻撃を受けるに就て最大の弱点は艦底を襲われることにある。魚雷もその威力増大の最も有効な手段として、艦底起爆装置の達成にあらゆる努力が傾注された」

…そうで、我がIJNでは1933年頃から本格的な研究が開始されたそうなんですが、まず最初に試作品が出来上がったのは光電式の方法だったそうで

「魚雷頭部は上方に向って投射する光線を備え、その光源の周囲を毎秒25回の速さで回転するシャッターが有って、光を明滅させることになる。この魚雷が(敵)艦底に来て明滅する光の反射を受けると、別に光源と並べ少しく距てて頭部に装備してある光電管がこれを受けて(略)起爆電流のスイッチを入れようというのである」

無題
Name 名無し 17/02/11(土)12:49:04  No.1204284      
1486784944731
…という、原理的には大戦後半に実用化された航空機爆弾の「有眼信管」と同様の、差し詰め「有眼魚雷」とも言うべきモノだったんだとか

ただ残念ながら実験では作動自体は問題なかったものの、60ワットの光源で海中1.5メートル程の有効距離しかなく、光力を200ワットに増してみた所が逆に目標以外の浮遊物からの反射を拾って誤爆するようになってしまい、あえなくお蔵入り

そして次に試されたのが超音波利用の信管で、魚雷頭部に超音波発振器及び受振機を装備して艦底からの反射音を起爆の引き金にしようという試みでしたが、機構が複雑で装置も大となり、装薬量が夥しく減ってしまうことも有って戦争中に実験中止

磁気信管は1923年頃にドイツから入手した設計を元に割と早くから研究が行われていたそうなんですが、性能的に用兵側の要求を満たせないでいた所が、対米戦でその価値を見直されて遅まきながら採用されたのは前述の通りで

無題
Name 名無し 17/02/11(土)12:51:39  No.1204285      
1486785099643
その他魚雷頭部に一種の水中凧を内蔵して、水中航走に移った後に鋼索で繋がれた凧を放出してこの凧が敵艦舷側に衝突して破壊した際、魚雷本体に伝わっていた張力が消え去るのを爆発のトリガーにしようというシンプルな方式も考案されまして、実験結果も良好で直ちに採用され航空魚雷の信管として実戦投入されたんだそーで

これも実際戦場で運用してみると色々問題が出たそうではあるんですが、まあ間に合わないハイテクより確実に動くローテクを!ってのは、軍事の鉄則なんでしょかね、やっぱし

無題
Name 名無し 17/02/12(日)04:41:49  No.1204436
T金物だっけ
ワイヤねじれたりしないのかな

無題
Name 名無し 17/02/12(日)06:59:09  No.1204439
>アインシュタイン
前進する船舶の周囲には水流が生まれてそこへ弾頭が突っ込んだ魚雷は斜めになって命中する
その結果信管がうまく作動しなくなるという図を黒板に書きつつ説明する博士の動画がありました
>本当にそういう魚雷を日本軍は開発してたんでしょうか?
最近マリアナ沖海戦のスレが立った時にその話を書き込んだ覚えがあります
うまく作動せずみすみす雷撃の機会を不意にしたそうですが
通常魚雷ならそこそこの効果はあったでしょう

無題
Name 名無し 17/02/12(日)17:03:28  No.1204556      
>兵器開発も整理して綺麗に開発

海軍技術科士官だった内藤初穂さんによると、ガダルカナル島攻防戦の間に失われたIJN潜水艦は計11隻に上ったそうなんですが、日本軍が「転進」する頃にはIJNの保有隻数は教育訓練用も含めて64隻、開戦時と大差なく、しかも新造能力は月2隻程度だった為、このままでは増勢どころか減少する一方になると危惧されて、一挙に大増産が計画されるも、

「艦隊決戦用に設計された潜水艦は、精緻なだけに多量生産には向いていない(略)量産体制に欠かせない条件の一つは、艦型の統一である。ところが、昭和18年3月末に策定された作戦方針を見ると、『敵海上輸送の破壊』を第一にするといいながら、『敵艦隊又は要地に対する奇襲戦』あるいは『前進基地に対する補給輸送』までも指示している」

無題
Name 名無し 17/02/12(日)17:04:48  No.1204558      
「こうした多様な任務は、とうてい同じ艦型でさばき切れるものではない。その結果、当時の呉工廠は、踏ん切りの悪い方針に振り回され、まるで潜水艦の見本市といった観を呈していた」

「進水を終えて艤装中のものをみれば、伊40、41、42は飛行機塔載設備をもった乙型(巡洋潜水艦であり、伊52、53、55は、乙型から飛行機塔載設備を省いた丙型である。建造中のものをみれば、伊361と363とは人員・兵器・糧食を運搬しようという潜補であり、また、建造ドックの”葛城”後方に置かれた伊400は、攻撃機3機を塔載してアメリカ本土を奇襲しようという潜特である」

…という様相だったそうなんですが、ここに更にドイツからはこれ上げるからもっと通商破壊して欲しイッヒ!というちょび髭伍長さんのお願いにより、ドイツ潜水艦(U511)が呉に到着するんですな

無題
Name 名無し 17/02/12(日)17:07:34  No.1204560      
1486886854651
「潜水艦の量産には、心にくいほどの配慮がめぐらされ、艦型の統一、溶接の全面採用、主機・補器・兵器の標準化、材料・労働力の確保を始め、各艦型ごとに中央事務所をおいて合理的な管理を進めるなど、ともすれば個艦主義に陥りやすい日本海軍の技術陣に一石を投じた」

…というUボートの調査結果は、早速

「当時計画中だった中型・中性能艦(呂35型)の急造に参考とし、あわせて溶接技術や量産技術の導入を図る」

…ことになったんだそうなんですが、その後結局Uボートそのもののコピー、並びに中型潜水艦の量産計画はすべて御破算になったそうなんですな

「従来の潜水艦の水中速力では敵のソナーやレーダーをふりきることができなくなったため」

…だそうなんですが、

無題
Name 名無し 17/02/12(日)17:08:27  No.1204561      
1486886907639
「これに代わって水中高速潜水艦が計画され、昭和19年春から”伊201潜”型(潜高大)が、昭和20年初頭から”波201潜”型(潜高小)が、それぞれドイツ式の全溶接・量産方式によって建造され始めた」

…ものの、いずれにしろ度重なる造艦方針の変更は大きな混乱を招き

「建造予定表は頻繁に変更が加えられ、既定計画艦の建造をとりやめて、次期の艦に切りかえ、また、これをとりやめて別の艦型に移るなど、変転きわまりない状況であった。このため、かえって資材、工数に大なる無駄を生じた(福井静夫氏)」

…という結果に終わってしまったんだそうで

アレも欲しい、コレも欲しい、もっと欲しいもっともっと欲しい!って現場のニーズは確かに大切なんですけれど、その全部に応えようとすれば大変なことになるわけで、この辺色々ムズカシイところであったようですねえ

無題
Name 名無し 17/02/12(日)17:32:52  No.1204563
ブルーハーツ懐かしいw
夢を見るんじゃなくて現実をみるべきだったのですね、海軍は

無題
Name 名無し 17/02/12(日)19:46:21  No.1204582
>アレも欲しい、コレも欲しい

問題点は戦中に技術交流してる
行き当たりばったりな同盟じゃないですかね
も一つ貰ったIXC/40型の調査結果は技術力に劣る日本海軍では生産不可能と判断されてるようだし
そんなの戦争前に済ませておかんかいと

そういやU511は日本へ回航中に、日本の中将さんを乗せてるのに米商船2隻を撃沈する真面目な艦長のようでw

無題
Name 名無し 17/02/12(日)20:47:59  No.1204592
アインシュタイン博士のことを軍板に書き込むのは三度目くらいになるかな
そういえば映像の世紀で例の動画をやっていたのを思い出しましたよ
>日本軍ではシュノーケルや逆探の普及率ってのはどんな物だったんだろう
日本のシュノーケルはドイツのような凝った仕組みではなく単に先端をU字に下へ曲げた管だったようですね
おしなべて排水量の大きかった日本の潜水艦は深度も安定していたし自動懸垂装置も実用化していたのでUボートはど危険な航海ではなかったのかもしれません

無題
Name 名無し 17/02/12(日)21:17:48  No.1204595      
>そんなの戦争前に済ませておかんかいと

艦艇研究家の中川務さんが集計したところ、戦時中喪失した日本潜水艦127隻の内、原因が連合軍のレーダー探知によるものが48隻、ソナー探知によるもの25隻になるんだそうなんですが、年ごとの内訳をみると

・開戦~42年:レーダー…1隻 ソナー…5隻
・1943年:レーダー…8隻 ソナー…4隻
・1944年:レーダー…24隻 ソナー…15隻
・1945年:レーダー…15隻 ソナー…1隻

…と、戦争の経過につれ、連合軍の対潜水艦戦におけるレーダーの威力が増していくのが見て取れるものになっているんだそーで

無題
Name 名無し 17/02/12(日)21:18:47  No.1204596      
1486901927980
無論、レーダーだけで撃沈まで行くわけではなくて、最終的にはソナーその他の機材・戦法と組み合わせて攻撃するわけなんですが、例えばスレのお題の呂35型ですと、戦没した姉妹艦17隻の内、喪失原因にレーダーが絡んでいるとはっきりしているのが12隻(呂35、36、37、39、41、42、43、44、45、47、48、55)とその大半を占めているんですが、各艦の状況を簡単に纏めると

・呂35(44年8月25日19時12分発見)
水上艦電探捕捉(3600m以上)→ソナー捕捉(3400m)→爆雷攻撃

・呂37(44年1月22日20時05分発見)
水上艦電探捕捉(1万1000m)→1800mで照射・潜没→ソナー捕捉(1100m)→爆雷攻撃

・呂39(44年2月3日22時03分発見)
水上艦電探捕捉(3万8900m)→ソナー捕捉(2200m)→爆雷攻撃

無題
Name 名無し 17/02/12(日)21:19:39  No.1204599     
1486901979742
・呂45(44年5月1日6時21分発見)
水上艦電探捕捉(1万1400m)→ソナー捕捉(1600m以内)→爆雷及び航空攻撃

・呂42(44年6月11日23時23分発見)
水上艦電探捕捉(距離不明)→誰何(2700m)・潜没→ソナー捕捉→ヘッジホッグ攻撃

・呂36(44年6月13日22時06分発見)
水上艦電探捕捉(5400m)→レーダー射撃(3600m)→ソナー捕捉(2600m)→爆雷攻撃

・呂44(44年6月16日早朝発見)
水上艦電探捕捉(1万8000m)→誰何(4500m)・潜没→ヘッジホッグ及び爆雷攻撃

・呂48(44年7月19日00時24分発見)
水上艦電探捕捉(1万9000m)→ソナー捕捉(1400m)→ヘッジホッグ攻撃

無題
Name 名無し 17/02/12(日)21:20:11  No.1204600      
1486902011344
・呂47(44年9月26日02時03分発見)
水上艦電探捕捉(8300m)→誰何・潜没→ソナー捕捉(2300m)→ヘッジホッグ及び爆雷攻撃

・呂55(45年2月7日23時07分発見)
水上艦電探で潜望鏡を捕捉(3100m)→ヘッジホッグ攻撃

・呂43(20年2月27日02時23分発見)
航空機電探で捕捉→対潜爆弾攻撃

・呂41(20年3月23日23時23分発見)
水上艦電探捕捉→爆雷攻撃→浮上・砲撃及び衝撃攻撃

…という具合で、殆どが夜間もしくは早朝に浮上航行中を遠距離から探知され、場合によっては潜望鏡も探知できる優秀なレーダーに先に発見されて接近を許し、慌てて潜航に移った所をソナーで追い詰められて撃沈されている、という事になるんだそうで

無題
Name 名無し 17/02/12(日)21:21:04  No.1204601      
1486902064862
因みにアメちゃんの駆逐艦の開戦時のソナー探知距離は理想の条件下で900~1400m、平均で650~750m程度だったそうなんですが、改良が進んで1943年には2700~2800mまでに向上したとかで、前述の被害概要からもそれが見て取れるんですが、コレがレーダーの性能向上と組み合わせさると、要は遠距離でレーダーで探知された目標(日本潜水艦)が米艦の接近に気付いて潜航する、ちょうどその頃からソナー探知が可能になった、って事になっちゃったようなんですな

更にソナー探知との相性の良い前投・触発のヘッジホッグの採用、複数の対潜艦による探知誘導と攻撃の分担戦法の採用等との組み合わせで、米海軍の対潜能力が飛躍的に向上したのが43~44年頃で、これがレーダーによるものに限らず、日本潜水艦の被害が急増した原因だった、って事になるんだそーで

だからまあ、もう従来型の日本/独潜水艦じゃどうにもならないっ!なにか画期的な新技術をっ!
てのも、確かに切実な実戦の教訓ではあったみたいなんですけどねえ…

無題
Name 名無し 17/02/12(日)21:46:19  No.1204604
大戦末期になるとレーダー用に逆探つけても夜間は危ないので逆に目視できる昼間に浮上するようになったなんてエピソードもあったね。

シュノーケルを装備してもレーダー技術の発達の前には付け焼刃か

無題
Name 名無し 17/02/12(日)22:30:55  No.1204608
UボートXXI型みたいに水中を5ノットで340カイリ潜航可能。
みたいな性能じゃないと逃げきれないな

無題
Name 名無し 17/02/12(日)23:53:54  No.1204617
日本も末期には水中速力を重視した潜高大型を開発しましたが具体的な運用ともなると研究不足で技術的にも末期兵器にありがちが脆さがあったといいます

無題
Name 名無し 17/02/13(月)02:12:44  No.1204622
日本のレーダーが実戦で潜望鏡を発見した例ってあるんですかね

無題
Name 名無し 17/02/13(月)09:07:30  No.1204642
もし日本が伊400を早いうちから配備していれば・・・・・

無題
Name 名無し 17/02/13(月)12:28:31  No.1204649
現代の潜望鏡はどうなんだろう?
どこまでステルス化してるのかな

無題
Name 名無し 17/02/13(月)13:57:16  No.1204654
>潜望鏡も探知できる優秀なレーダーに先に発見されて接近を許し
おかしいな
「伊58潜帰投せり」で橋本元艦長が「潜望鏡どころか大きな箱が浮いてても気づかない」
と破顔一笑されて「ビクビクしながら潜望鏡上げてたのに」
とガッカリした話が書いてあるんだが

無題
Name 名無し 17/02/13(月)22:01:36  No.1204677
>とガッカリした話が書いてあるんだが
本当のセンサー性能なんて軍機もいいとこだし嘘つかれたのかもね
センチメートル波ならシュノーケル映って何らおかしくない
もちろん海面の状態にもよるだろうし、信頼性的な意味だったかもね

無題
Name 名無し 17/02/13(月)22:17:37  No.1204680
レーダーに映ってもおかしくないが伊号でも拳大の潜望鏡が見つかるかねぇ?
当時の可潜艦だと目標見つけてから潜るので浮上中に発見されたものだと思う
対潜部隊接近に泡喰って潜っても後の祭りってこった
レーダー完備の米軍潜水隊は反応あれば潜って潜望鏡で観察できるが
ぼけーっと浮いてるのは日本の潜水艦だから躊躇せずに沈めたしな

無題
Name 名無し 17/02/13(月)22:45:10  No.1204684
>呂39(44年2月3日22時03分発見)
>水上艦電探捕捉(3万8900m)→ソナー捕捉(2200m)→爆雷攻撃



細かい話ですが、3万8900mだと水平線の向こうな気がしますな。1万8000m、1万9000mでの補足も、目標が潜水艦だとすると結構ぎりぎりの距離。当時のアメちゃんのレーダーってそんなに強烈かな。

無題
Name 名無し 17/02/13(月)22:50:40  No.1204686
銀紙の短冊でも対空捜索のチャフになるくらいやし高出力のセンチ波で海上の突出物ともなれば
本邦の二号二型ですらチューンが最高に決まってると
砲弾がAスコープの緑の芝生を走っていくのが見えたというし

無題
Name 名無し 17/02/13(月)23:42:26  No.1204691
呂39の探知距離はレーダーコンタクトした艦と攻撃参加艦艇が別なせいでの混同かな?

無題
Name 名無し 17/02/13(月)23:49:32  No.1204694
気になったので調べてみた(wikipediaですまんす)。

日本語の呂39のページでは、Charrette (DD-581)と Fair (DE-35)による爆雷攻撃で沈没したとある。一方で、英語のCharretteとFairのページには沈めたのは伊175と推定している(ヘッジホッグの初使用と書かれていますな)。日本語の伊175のページではNicholas (DD-449)によって撃沈されたと書いてあるが、英語のNicholasのページには伊175撃沈の記載がない。試しにNicholasの出典もと、Naval History and Heritage Command(米海軍公式)のHPを見てみると、やっぱり伊175撃沈に関する記載は無い。

まだまだこの手の研究は途上なんですな。特に潜水艦は最期を目撃しずらいので解明されない点も残りやすいと。

無題
Name 名無し 17/02/14(火)00:04:08  No.1204706
>呂39の探知距離はレーダーコンタクトした艦と攻撃参加艦艇が別なせいでの混同かな?

その可能性はありますね。Naval History and Heritage CommandのCharrette (DD-581)のページには、以下の記述があります。

On the night of 4-5 February, Charrette left her screening station to investigate a radar contact reported by one of the battleships.

こやつが沈めたのが呂39なのかは何ともですが(確かに日付と場所は近い。DD-581のページには、撃沈したのはI-21と書いてある。もう謎)。中川務さんがどの様な方法で資料を精査したのか気になりますな。

無題 Name 名無し 17/02/14(火)21:22:24  No.1204797      
1487074944320
>中川務さんがどの様な方法で資料を精査したのか


中川さんによれば「戦史叢書・潜水艦戦」および「日本潜水艦戦史(木俣滋郎氏著)」が考証元だそうなんですが、生憎わたくしの手元にこの2冊が有りませんので、中川氏の記述以上の詳細は提供出来かねることを最初にお詫びしておきますです

取りあえず、改めて「呂39」及び「伊175」の戦没状況を中川氏の記述から引用させてもらいますと(前レスで一部省略した部分も入れてみます)

・呂39(44年2月3日22時03分発見)
水上艦のレーダーで探知(3万8900m)→9200mでレーダー失探、2200mでソナー探知→爆雷攻撃

・伊175(44年2月17日03時00分発見)
水上艦のレーダーで探知(2万1000m)→2600mで視認→砲撃→潜没→ソナ―探知→爆雷攻撃

無題
Name 名無し 17/02/14(火)21:23:20  No.1204798      
1487075000106
…となっておるんですが、残念ながら戦闘海域および交戦艦艇の詳細は記述されておられないん
ですよね

そしてNo.1204694さんに調べて頂いたところと引き比べてみますと、日付等から「呂39」の日本語版WIKIの記述は多分中川氏と同様のソースからと思われる節がある一方で、「レーダー探知後、浮上航行している所を発見して発砲、潜航した所に爆雷攻撃」という「Charrette (DD-581) 」らの44年2月4日~5日の日本潜水艦撃沈の様子は、中川氏の(=戦史叢書/日本潜水艦戦史」)記述から見る限り、「呂39」より寧ろ「伊175」の方と一致しているわけでして、この辺、確かに色々疑念が残る所でありますですね

因みに中川氏の挙げる電探での発見が喪失に繋がったIJN潜水艦48例の内、潜望鏡の探知によるもの、とはっきり書かれてるのは先述の「呂55」一隻だけなんですが、No.1204694氏にならって芋蔓式に検索していきますと、「呂55」の交戦相手は護衛駆逐艦「Thomason (DE-203)」と出まして

無題
Name 名無し 17/02/14(火)21:24:43  No.1204799     
1487075083522
1945(略)At 2222 hours on 7 February, Thomason's surface radar made a contact at a range of 14 miles which was thought to be a small boat. She closed the range and challen
ged the craft with a flashing light. There was no answer, and surface radar lostcontact.
However, sonar soon made an underwater contact.The escort made a hedgehog run but did not fire because she was going too fast. She made another run and fired a pattern of hedgehogs. On both runs, a large submerged mass, outlined by phosphorescence, was seen moving through the water at a depth of between 25 and 50 feet. Four to six of the hedge
hogs detonated almost simultaneously,and contact with the target was lost. A heavy oil slick, 250 yards in diameter, rose to the surface.(略) RO-55 had been sunk in over 800 fathoms of water.


(https://www.history.navy.mil/research/histories/ship-histories/danfs/t/thomason.html)

…という米側記述の日付時刻は中川氏とほぼ同じ、「呂55」が相手という点でも一致しております

無題
Name 名無し 17/02/14(火)21:29:20  No.1204801      
1487075360126
英語版WIKIによれば”Thomason's SL surface radar made a contact at a range of 14 miles (26 km)”
ということで、ではSLレーダーとはどないなもんかのう?と米海軍のレーダー手マニュアル他で見てみますと

https://maritime.org/doc/radar/index.htm
http://pwencycl.kgbudge.com/S/l/SL_surface_search_radar.htm
波長10㎝、出力150kWでPPIスコープ使用のマイクロ波レーダーである、と出るんですが、ここで問題なのが同レーダーの潜水艦の探知可能距離でして

マニュアルのカタログ値では浮上潜水艦を3~11マイル(アンテナの高さで異なるわけですが)、潜望鏡も2マイルの距離で探知可能、と有るのはいいんですが、そうすると米側記述の14マイル(26キロ)はマニュアル上のスペックを超えてる優秀な数字であったっとしても、、仮に他艦の支援なし(そのように読めますが)とすると、「呂55」が潜望鏡だけしか出していなかった状態で捕捉できた距離とは思えないんですよね

無題
Name 名無し 17/02/14(火)21:30:27  No.1204802      
1487075427546
一方で、仮に中川氏の記述での発見距離3100mが正しかった場合ですと、カタログ上の潜望鏡探知可能距離2マイルとはそう差はなく、また逆に「呂55」が浮上航行状態だったとすると、もっと遠くから探知されていてもおかしくないわけで、ここまで近接してからの発見になったのは、中川氏(&日本側書籍)の記述通り、潜航状況下で潜望鏡を探知されたから、とも考えられるわけでして

日米のどちらかの記述が間違っているのか、それとも別の艦の交戦内容が記録上入れ替わっているのか、現時点で「正解」を断言できる材料を提供できないのは残念なんですが、もしこの辺の詳細をご存知の方がいらっしゃれば、是非、御教示願いたいところでありますですのう

引用元: http://cgi.2chan.net/f/res/1203533.htm

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