無題 Name 名無し 17/01/09(月)22:34:49  No.449594

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てんしんだー!
日米情報戦―戦う前に敵の動向を知る (光人社NF文庫)
実松 譲
光人社
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無題
Name 名無し 17/01/09(月)22:40:38  No.449596     
1167192089249
気力だー!

無題
Name 名無し 17/01/09(月)23:41:44  No.449601
撤退したとか敗れたって正直に認めちゃうと政府崩壊してしまうん?

無題
Name 名無し 17/01/10(火)01:22:53  No.449607
緒戦で勝ちすぎたからなぁ
そら言えないわな・・・

無題
Name 名無し 17/01/13(金)13:01:07  No.449838
台湾沖戦にしても、いくらなんでも空母十隻撃沈は盛りすぎだよなぁ

無題
Name 名無し 17/01/13(金)21:19:36  No.449860
>台湾沖戦にしても、いくらなんでも空母十隻撃沈は盛りすぎだよなぁ
空母十隻も生産維持できる国力があるって国民が知って萎縮しそうなもんだ

無題
Name 名無し 17/01/15(日)23:17:36  No.450066 
>台湾沖戦にしても、いくらなんでも空母十隻撃沈は盛りすぎだよなぁ
昭和18年のブーゲンビルやギルバートでも同じことやってるしこれくらいのどんぶり勘定お前ら察しろよ(海軍の本音)

無題
Name 名無し 17/01/14(土)07:49:54  No.449890
>>台湾沖戦にしても、いくらなんでも空母十隻撃沈は盛りすぎだよなぁ
>空母十隻も生産維持できる国力があるって国民が知って萎縮しそうなもんだ

第二次世界大戦中にアメリカが建造してた空母は120隻を超えるからいくら盛っても足りんくらいだ
トータルでは12隻も沈めたんだから健闘したほうだけど

国民が知ったら萎縮じゃなく無能を糾弾するレベル

無題
Name 名無し 17/01/13(金)21:29:14  No.449866
>台湾沖戦にしても、いくらなんでも空母十隻撃沈は盛りすぎだよなぁ


サラトガは以前にも沈めたよね?

無題
Name 名無し 17/01/14(土)09:47:13  No.449900
>サラトガは以前にも沈めたよね?
アメリカは沈んだ船の名前付け直すから。
レキシントンとかホーネットとかちゃんと沈んでるけど、エセックス級空母になって復活している。

無題
Name 名無し 17/01/14(土)17:40:10  No.449974
>サラトガは以前にも沈めたよね?
帝国海軍は沈めたと思ってたが損傷程度だったんで
修理後戦線復帰してるてのが真相
サラは2回ぐらい沈めたと公表されてたような

無題
Name 名無し 17/01/14(土)23:07:07  No.449994      
1484402827733
日本海軍の中央情報機関だった軍令部第3部の第5課(アメリカ担当)勤務だった実松譲大佐さんによると、海軍報道部が発表する「大本営発表」は、情報部の分析に基づいた忠告をよそに過大に発表されるのが常だったそうなんですが、年末になって一年の総合戦果を発表する段になると、情報部にやって来ては「なんとか辻褄を合わせてくれ」と頼み込んでくるんだそうでして、情報部の方ではコレを「戦果の年末調整」だ、と言っていたそうですw

因みに、情報部では日本が沈めた米空母の数は5隻(ラングレー、レキシントン、ヨークタウン、ワスプ、ホーネット)のみと判断して居たのに対し、大本営発表での敵空母の撃沈数は昭和18年末までに正規空母26隻に達しておりまして、例えば「レキシントン」は6回、「サラトガ」も数回沈没している、なんて事態になってしまったんだそうで

無題
Name 名無し 17/01/14(土)23:13:10  No.449996      
実松さんに依りますと

「たしかサラトガの三回目の”沈没”の時であったと思うが、戦果が上奏された時、不審に思われた天皇から御下問があったという。」

「情報部としても、戦果を再検討することになった。もちろん、われわれとしては、それまでサラトガは撃沈されたとは判断していなかったのである。だが、特別の場合であるので、慎重を期した」

「答えは依然として同じであった」

…なんて喜劇めいた出来事もあったそうなんですが、まあ大元帥閣下にツッコミを入れられるまでもなく、ホントの所はみんな分かってた気もするんですが、それでも敢えて景気のいい数字を発表し続ける、って心理ってのは、一体どんなもんだったんでしょかねえ

無題
Name 名無し 17/01/15(日)00:14:05  No.450003
mesh氏の元ネタって実松譲著「日米情報戦」かな?
丁度今読んでたところだ

艦隊司令部等が情報部を批判していたところに、沖縄帰りの参謀が「特攻機の攻撃で米戦艦を沈めるのをこの目でジカに見た」と報告してきて余計ややこしくなった逸話があったけど、この参謀って神直道少佐のことかな

無題
Name 名無し 17/01/15(日)17:53:21  No.450047     
1484470401523
嘘もつき続けるとそれが当たり前になってしまう
戦局ジリ貧状態の中、海軍大臣に就任した米内光政大将は天皇陛下に奏上する各種の数字を「このまま報告しますか?」と問われ
『陛下に嘘の報告はできないよ。君もおかしな事を言うね』
と返すと、前任の嶋田繁太郎大将の時は都度、数字を「調整」して奏上していたとの事。なんだかなぁ・・・

無題
Name 名無し 17/01/17(火)11:49:19  No.450104
>『陛下に嘘の報告はできないよ。君もおかしな事を言うね』
>と返すと、前任の嶋田繁太郎大将の時は都度、数字を「調整」して奏上していたとの事。なんだかなぁ・・・
仮に陛下が別ルートで正確な数字知っててええかげんにせいよとか言ったらどうなるんだろ…

無題
Name 名無し 17/01/16(月)13:21:28  No.450084
報告する方も「これはさすがにおかしい」と思わなかったのかな
現場も上司もさ

無題
Name 名無し 17/01/16(月)23:59:46  No.450096
>報告する方も「これはさすがにおかしい」と思わなかったのかな現場も上司もさ


みんな分かってたんだよ。
そんなのは今でも同じだろ。

無題
Name 名無し 17/01/16(月)16:55:40  No.450088
開幕で真珠湾の大戦果があるからそれぐらい盛らないとインパクトが出ないからね…

無題
Name 名無し 17/01/16(月)17:51:55  No.450089
そういや真珠湾も結果的に喪失した戦艦はアリゾナとオクラホマの2隻だけだったけど、当時の日本は把握できていたんだろうか

無題
Name 名無し 17/01/17(火)00:41:42  No.450098      
1484581302025
>そういや真珠湾も結果的に喪失した戦艦はアリゾナとオクラホマの2隻だけ


オクラホマはサルベージするだけはしたんだね
損傷が激しくて修理は断念したらしいけど

売却されてサンフランシスコに向かう途中、嵐で沈んでそのまま行方不明って
アリゾナと扱いが随分違うな
・・・名前のせいかな?

無題
Name 名無し 17/01/17(火)15:29:42  No.450107
>オクラホマはサルベージするだけはしたんだね
後ろの戦艦ちゃんと防雷網張ってて偉いな。

無題
Name 名無し 17/01/17(火)21:11:01  No.450117      
>「日米情報戦」
山口多聞さんの銀貨って、今でも大事に保管されてるんでしょかね…w

1942年10月26日の南太平洋海戦で、米側で空母「ホーネット」「エンタープライズ」らの護衛に付いていた戦艦「サウスダコタ」が、日本機との防空戦に於いて非常に戦果を上げたぞ!っというんで、戦艦「ワシントン」の艦長さんはわざわざ自艦の対空射撃指揮官を「サウスダコタ」に派遣して、インストラクションを乞わせたそうなんですが、この方の話によると

「『サウスダコタ』の対空射撃指揮官は、私の兵学校のクラスメイト、ピートパブリックだったが、彼は箝口令を受けていて、詳しい事はいっさい語ろうとしなかった。彼は、新たに装備されていた40ミリ砲と優れた防空体制のためだとだけ言った」

無題
Name 名無し 17/01/17(火)21:12:00  No.450118      
…そうなんですが、そこは同期生の気安さ、どうやら何か隠しているらしい…というんで、しつこく質問し続けるうちに、遂にこっそり実際の戦闘報告の詳細を見せてもらったそうなんですが、その内容は

「それが個々の砲手や砲架長の報告によるものだと納得がいくまでは、その数は確かに驚くべき数だったが、明らかに、そのうちのかなりまで、状況記述があまりにも類似していることから推して、ダブっていた。確か全部では30機以上ということだったと思う。」

…というものだったんだとか

無題
Name 名無し 17/01/17(火)21:14:22  No.450119      
1484655262832
「そこで私は、かなりのダブりがあるとして、実際の数はどうなるか?とピートにきいた。彼自身では7機が確かなところだが、甲板士官は14機だったと思っているし、砲術士官は21機と言っているし、副長は28機と称していると彼は言った。そういうみんなの報告から推して、私は10機から15機と見るのが妥当なところだろうと思った」

…とこの方は回想を結んでらっしゃるんですが、戦果が膨らんでいくプロセスがよく分かるというか、アレ?これ日本側の戦記でも似たような話読んだ事ないかしら?ってなるあたり、こういう問題は結構、万国共通だったりするのかもですな…w

無題
Name 名無し 17/01/17(火)23:21:19  No.450139
何だか
>彼は箝口令を受けていて
の時点で分かる人は分かっちゃったけど口をつぐんでいる感がひしひしとしてくるのですが

無題
Name 名無し 17/01/18(水)21:31:09  No.450168
> こういう問題は結構、万国共通だったりするのかもですな…w

万国共通どころか、時空を超えて共通ですよ。
陸自を退官された偉いさんが記された手記によれば...
師団の情報担当参謀だった時、演習中に仮想敵が設置した補給処の偵察任務に部下を向かわせたそうな。で、補給処を出入りする車両等を監視させ、敵勢力の実数を把握しようとしたそうな。
非常に危険で重要な任務だから、最も信頼の厚い部下を送った。偵察任務から帰ってきたその部下は、胸を張って敵勢力の実数を報告。しかし、どう考えたって多すぎる。仮想敵の全精力が補給処周辺に集結している計算になる。しかし部下は自説を絶対に曲げない。この目で見、定点観測した実数を報告していると言い張る。

演習終了後に仮想敵に問い合わせると、実態は報告数の1/3以下だったとのこと。古来より、斥候の報告は1/3に、を実体験した、と書いていました。でも、指揮官としては怖いよね。1/3に評価して、それが間違いだった時を考えたら...

無題
Name 名無し 17/01/21(土)02:22:10  No.450293      
1484932930461
同じ南太平洋海戦での、今度は日本側のお話なんですが、開戦翌日の10月27日には早速大本営から

「帝国海軍は10月26日黎明より(略)敵有力艦隊と交戦、敵航空母艦4隻、戦艦1隻、艦型不詳1隻を撃沈、戦艦1隻、巡洋艦3隻、駆逐艦1隻を中破し、敵機200機以上を撃墜その他により喪失せしめたり」

…という景気の良い発表がなされたそうなんですが、昭和天皇の弟さんで当時海軍軍令部におられました高松宮殿下の日記によると

「空母4隻は過大なりと(軍令部第1部)1課の電報にては認め、せいぜい3隻撃沈と云ふ処になりしも、(軍令部)次長が連合艦隊では4隻と云ふのに、3隻の根拠があるとかて、遂ひに4隻として発表せらる」

…という裏事情があったんだそうで

無題
Name 名無し 17/01/21(土)02:23:30  No.450294      
1484933010472
一方でこの発表翌日の28日空母「瑞鶴」艦上で第3艦隊司令部主催の作戦研究会が開かれたそうなんですが、コレが攻撃に参加した搭乗員全員を集めて改めて成果を報告させるという徹底したもので、その結論も空母2隻撃沈、とまずまず正確なものだったんだそうで

ただこの後、より正確を期して更に2回の研究会が行われたそうなんですが、逆に「敵機のコールサインが3種あった(=敵空母群は3群)」「サラトガを見たという搭乗員がいる」「2航戦は1航戦と違う空母をやりました!」と次々違う新情報が加えられ、最終的な第3艦隊としての公式発表は(31日)

「撃沈 大型空母3隻、戦艦1隻、大巡1隻、駆逐艦1隻、艦型不詳1隻」

…と、「大本営発表」と大差ない位に膨らんでしまっているんだそうな
今の私らからすると、一度はほぼ正解?に辿り着いてるだけにもどかしい気もするんですが、逆に言うとどの情報が正しいのか判断できる確証がないと、こういう結果になっちゃうって課程がよく分かる話なのかもしれませんですのう

無題
Name 名無し 17/01/21(土)10:54:10  No.450306
まあゲームみたいにキルログが出るわけでもなし
100メートル以上向こうで火を吹いて落ちていく飛行機をどの砲塔の弾が落としたかなんてわかるわけもなし
ABCDE各砲塔員が「1機撃墜」って帳簿に書いたら5倍の戦果ですわな
海上なら残骸数えて総撃破数確認とか出来ないし

無題
Name 名無し 17/01/21(土)21:23:42  No.450315      
1485001422732
>海上なら残骸数えて総撃破数確認とか出来ないし


WW2のエゲレスでの事だそうなんですが、偵察機による撮影写真の分析チームが本格的に活動を始めると、やがて爆撃機隊の将校サン方の不興を買う事がしばしば起きたそうなんですが、なんでかといいますと爆撃隊が「爆撃成功!大戦果!!」と報告した作戦について、事後の戦果確認の偵察飛行で取られた写真の精密判読の結果、実は殆どの爆弾が目標を逸れていて、見るべき戦果も上がっていない、という冷厳な事実を明らかにしてしまうことが相次いだからだそうなんですな

写真分析チームの活動自体は非難されるどころかある意味では立派に成果を上げてたわけですけれど、ある部隊では諜報将校さんが例によって爆撃隊の爆弾、目標を逸れております!という内容の報告書を提出したところ、暫く経って上官より「こんな報告は欲しくない」と赤字で写真の上に殴り書きされて返された、なんて話もあったんだそうで

無題
Name 名無し 17/01/21(土)21:24:17  No.450316      
1485001457493
これにはチャーチル=サンは回想記の中で

「高空写真で見ると、敵の被害がいかに小さいかが分かった。搭乗員もまたその事実を知っているようだ(略)貧弱な業績しかあげられず悲観している」

…と表現している位だったそうなんですが、まあドイツ上空で夜戦や高射砲相手に命がけで長時間の苦闘に耐え抜いた結果が、たった一枚の写真で翻されるってのは確かに現場の搭乗員さん達の気持ち的には我慢ならないもので、それが間違ってるのは写真班の方だ!という態度になったみたいなんですな

ただ写真判読の正確さが周知されていくにつれ、その成果を真摯に受け止めて爆撃精度を上げるための各種システムの研究が優先されていく事となり、結果的には英爆撃兵団の攻撃威力を大いに高めたんだとかで、結局時に非情に見えたとしても、事実を在りのままに捉える事の軍事上の価値は、そうしたデメリットを最終的には上回るモノになることを証明した、という事だったみたいですのう

無題
Name 名無し 17/01/21(土)21:32:08  No.450318
>その成果を真摯に受け止めて爆撃精度を上げるための各種システムの研究が優先されていく事となり
すげぇ大切な話だな。
現実を把握しないと改善も出来ないもんな。
耳に優しい言葉ばかりを望む人も多いけど、成長する機会を逃してるって事だな。

無題
Name 名無し 17/01/22(日)01:13:11  No.450332
>それが間違ってるのは写真班の方だ!

「これは現象の方が間違っています」

無題
Name 名無し 17/01/22(日)19:14:28  No.450355
>それが間違ってるのは写真班の方だ!
厳しい現実は現実として冷静に受け止めて
直ちに素早く有効な対策を打ち出す頭の良い陣営が勝つ

無題
Name 名無し 17/01/22(日)20:33:24  No.450359      
1485084804464
>直ちに素早く有効な対策を打ち出す頭の良い陣営が勝つ


1941年からの独ソ戦で、開幕当初からドイツ空軍は優勢に戦闘を進めて、一説では一週間で3千360機のソ連機を撃墜若しくは破壊したとされてるんですが、この空前の大戦果について、実は当のドイツ空軍上層部内でも少なからぬ数の指揮官・幕僚が余りにも過大すぎると不信感を抱いたんだそうで(ソ連軍の被害は実際甚大だったわけですが)、その結果、東部戦線の現場指揮官たる航空団司令や飛行隊長さん達は「戦果を水増ししている!」との謂れのない非難を受けることになっちゃった事があったんだとか

そこでこれらの現場指揮官さん達が始めたのが、詳細な戦闘記録の作成だったんだそうで、交戦地域、敵味方の編隊の機数と機種、撃墜戦果の正確な時刻と地点とその証人の報告に至るまで厳密に確認された報告書の規定が造られまして、戦果報告の裏付けとなる膨大な資料が残される事になったんだそうな

無題
Name 名無し 17/01/22(日)20:35:14  No.450360      
1485084914000
ただ、例えばドイツ空軍で撃墜189機を公認されているヨアヒム・ブレンデル大尉さんを例にとると、1943年7月5日から7月14日のわずか10日の間に、24回出撃して(1日4回出撃した日が1日、3回出撃が3日)交戦した敵機が延べ299機、撃墜戦果が20機だったそうなんですな

こういう際限のない激しい長期戦が続く中、しち面倒くさい戦果報告書を毎回疲れた身体に鞭打っては仕上げてただろうってのは流石勤勉なドイツ人…ってところなんですが、結局こういう個人的な奮闘では支えきれない膨大な戦力差に独空軍も押し切られちゃうわけなんですケド、一方独ソ戦の直前の41年4月、ソ連駐在のドイツ大使館付け空軍武官さんが、独空軍技術将校数名によるソ連の航空機工場見学をソ連側に申し入れたことがあったんだそうで

無題
Name 名無し 17/01/22(日)20:37:03  No.450361      
1485085023369
ソ連側はこの申し入れを快く?受け入れ、ある航空機工場の見学を許したそうなんですが、そこは1交代3万人の労働者が3交代で働いて居るという、既に驚くべき様相を呈していたそうで、その見学を許した理由について、有名なMIGコンビの片割れのアルテム・ミコヤン=サンが

「我々の持っているものと、我々がやれることをすべて諸君に見て頂いた。我々が攻撃を受ければ、我々がその相手を叩き潰す力を持っていることを、ご理解いただけたと思う」

…とドイツ側に説明したんだそうですが、ある意味ではソ連側の巨大な潜在力(1941年時点で航空機の月間生産数は2千機以上)がすでに動き出してるというこの上ない情報だったわけですけれど、結局その根本的な対策を怠ったことが、後に昼の空戦で大戦果を上げたエースが、更に残業して山積みの書類と格闘…なんてブラック企業めいた情景を生む元だった、って事なんでしょかねえ

無題
Name 名無し 17/01/22(日)20:51:03  No.450362
>ある意味ではソ連側の巨大な潜在力(1941年時点で
>航空機の月間生産数は2千機以上)がすでに動き出してるというこの上ない情報だったわけです

総統にはちゃんとそういう情報も上がってきたけど、「そんな事があるか!」とまともに信じなくて
ドイツにとって都合のいい情報を聞けば上機嫌だったので周りの茶坊主(そうでないと務まらない)は都合のいい情報だけを報告したと、佐貫亦男さんが書いてたなあ。

無題
Name 名無し 17/01/23(月)16:04:09  No.450397 
日本と同じで、「開戦は早い方が有利」論だったんじゃないの?
41年5月発動予定だったバルバロッサが、ユーゴのセルビア人クーデター受けてユーゴ侵攻したせいで6月に延期になった時、
「冬までに終わらないから来年に延期しましょう」って意見が多数あったのに、「一年待つと赤軍の体勢が整ってしまう」と言う総統の鶴の一声で発動決まったというし。

無題
Name 名無し 17/01/23(月)17:33:29  No.450402
ヒトラーはソ連に対しては最初から上から目線で冷静な分析出来てない。
「何でソ連のくせに月間1000両も戦車作れんだよ!」って…
あんたケンカする相手の体力くらい正確に調べなさいよと。
選民意識からくる慢心は危険なだけ

無題
Name 名無し 17/01/23(月)21:26:11  No.450416      
ちょび髭の伍長サンが政権を握った1933年に、ソ連の岡田真澄サンは

「ソヴィエト連邦が自国の経済発展を守り、外交政策を貫徹するために必要としているのは、常に出動できる態勢にある航空戦力なのだ」

…なんて言明してるそうなんですが、実際1930年代からソ連では軍の管轄下に大量の民間飛行クラブが設置され、1940年末には基礎的な航空機搭乗訓練を受けた青少年の数は十万人近くに達していたんだとか(但し実際空軍のパイロットになるには更に2~3年の訓練を要したとか)、コレが後に航空機の大量生産と共に、大消耗から立ち直ってドイツ軍を押し返す原動力になったんだそうなんですな
一方1941年に、独空軍技術装備局長だったエルハルト・ミルヒ=サンが、空軍参謀長ヨハネス・イエショネック=サンに、戦闘機生産を月間1千機に拡大しよう!と提案した所、
「戦闘機は月産360機で十分です。新しい戦闘機に乗せるパイロットは370名ずつしかありませんので」
…と断られた、なんて話があるんだそうで

無題
Name 名無し 17/01/23(月)21:30:16  No.450417      
因みに独ソ戦開始に踏み切った当時の事を、ハインケル社エルンスト・ハインケル=サンが語る所によれば(ハインケル氏は親友のウーデット=サンから内情を聞かされたとか)

「ゲーリングはうんざりしたような顔だった。ヒトラーに空軍の現状を説明したらしい。部隊は弱体化し、技術と産業はたまたま大規模の切り換え中で、生産量が減っているのだ、と。
(略)ソ連と戦争をはじめれば、いまやっとそろえたものを東部戦線に投入し、イギリスに息をつくひまを与え、とりかえしのつかないことになる、と」

「ヒトラーはこう答えたそうである。『ロシアにはせいぜい6週間しか要らん(略)遅くとも8週間後にはきみの空軍はまた西部戦線に集結している」

…なんて有様だったそうなんですが、まあ確かに正しい情報を得ていたからと言っても、それに基く判断もまた正しくなるか、というのはまた別ですよねえ…

無題 Name 名無し 17/01/23(月)22:08:23  No.450418
>…なんて言明してるそうなんですが、実際1930年代からソ連では軍の管轄下に大量の民間飛行クラブが設置され、1940年末には基礎的な航空機搭乗訓練を受けた青少年の数は十万人近くに達していたんだとか
凄いなぁ…借りに軍に回せなかったとしても戦争無かったら
使い様によっては民需や公共需要なんかにも十二分に回せそう…

Name 名無し 17/01/24(火)13:14:00  No.450441
>「戦闘機は月産360機で十分です。新しい戦闘機に乗せるパイロットは370名ずつしかありませ
>んので」
>…と断られた、なんて話があるんだそうで
パイロットの生還を考えてないのがソ連らしいのかそれは特に考えてない発言なのか困るな

無題
Name 名無し 17/01/24(火)18:23:53  No.450446
当時の戦闘機なんて耐用時間数百時間だろうに、その辺考えてないのもソ連らしい。

無題
Name 名無し 17/01/24(火)19:28:54  No.450448
>パイロットの生還を考えてないのがソ連らしいのかそれは特に考えてない発言なのか困るな
>当時の戦闘機なんて耐用時間数百時間だろうに、その辺考えてないのもソ連らしい。

その辺しゃべってるのドイツ空軍のお偉いさんだよ

一方ソビエトロシアは科学的に分析した
スペイン内戦やフィンランド戦から総力戦時における航空機の消耗率は400%程度だと見積もりそれを補うべく準備したんだよ

無題
Name 名無し 17/01/24(火)23:14:18  No.450459
スターリンは平均戦場寿命が数週間しかない単発戦闘機の機体を木材で作らせたリアリストだったから戦争に勝利できた。
一方ヒトラーは貴重な戦略物資の軽合金で作らせたロマンチストだったから戦争に負けてしまった。
もっとも戦争後半になってソ連空軍が圧倒的な制空権を握ると本来は数週間しか生き残れなかったはずの戦闘機が大量に生き残り木製の機体が老朽化して次々飛行不可能になってしまったのだが。
ロシアのように年間の気温の差が激しい地域では木材の収縮・膨張により木製機体の寿命は著しく短いものになってしまうから。

無題
Name 名無し 17/01/23(月)23:08:04  No.450419
>No.450315
肝心の爆弾が目標ではなく周りの畑にばかり落ちるので
「我々はドイツ農業に対し大攻勢をかけた!!」
なんて自虐的なジョークもあったようですな

無題
Name 名無し 17/01/24(火)12:48:15  No.450438
>肝心の爆弾が目標ではなく周りの畑にばかり落ちるので
>「我々はドイツ農業に対し大攻勢をかけた!!」
>なんて自虐的なジョークもあったようですな
でも不発弾や破片とかで年単位で耕作不能だし
ドイツフランスやウクライナとかあの塹壕と穴ぼこだらけからよく復活したと思う

無題
Name 名無し 17/01/24(火)19:04:19  No.450447
>ドイツフランスやウクライナとかあの塹壕と穴ぼこだらけからよく復活したと思う
フランスなんて第一次大戦時のガス弾なんかも未だに埋まってるしなぁ

無題
Name 名無し 17/01/25(水)20:32:49  No.450480      
>「我々はドイツ農業に対し大攻勢をかけた!!」

「これまで何度も出撃したが、厚い雲の為、高射砲と探照灯の来る辺りにいい加減に爆弾を落としてくることしかできなかった。ところが翌日の新聞には必ず『鉄道網と工場を攻撃』と載る(あるエゲレス空軍飛行士さん)」

…なんてのもありましたですなw

因みに日本が空母「ホーネット」から飛び立ったドウリットル=サン率いるB-25爆撃機によって、日米開戦後初めて日本本土に空襲を受けた1942年4月18日から約一年後の1943年4月に、この時の体験者の回想等をまとめた「四月十八日/敵機空襲体験記録」なる小冊子が日本国内で発行されてるんだそうで

無題
Name 名無し 17/01/25(水)20:34:49  No.450481      
国会図書館のデジタルアーカイブで全文が読めるこの小冊子、空襲直後に行われた「空襲防護の体験発表会」なるものの記録なんですが、この発表会には日本陸軍の防衛総司令部参謀の大坪義勢中佐サンなる方が出席しておりまして、参加者の質疑応答に答えてたりするんですが、曰く

「只今のところ、本当に爆弾を防げる防空壕は、物資の関係で到底皆様方には出来ません」

…なんて率直に断言してたりするんですけれど、

「そんなにしなくても、爆弾は滅多に当たりませんよ。弾丸(たま)にはタマにしか当たらぬから弾丸という。その弾丸に当るのは、よくよく前世に悪い事をしたと考えてもらいたい」

…なんてのは、気休めとしてもちょっと口が過ぎるような気もしますですな

無題
Name 名無し 17/01/25(水)20:36:17  No.450482      
また大坪サン、ドウリットル隊の奇襲を許した直後に「お前などは切腹してしまへといふ投書を頂戴しました」そうなんですが、当日の日本の邀撃戦闘内容に関して「防空に関する国民の常識がない為」この会合で語ってらっしゃいまして、曰く

「高射砲が中らないぢやないかといふ事ですが、弾丸といふのはそんなによく中るものではないのです。ドイツの様にあれ程高射砲を沢山据え付け(略)所でも、自分の見てゐる前で飛行機に中つた様子もなかつたといふことを、ベルリンの空襲を体験した人が申して居りましたが、それ位中り難いものであります。又、近頃飛行機はナカナカ頑丈に出来て居て、余程の急所に中らぬと参りません」

「この度の空襲でも高射砲弾の命中したのを確認して居るのですが(略)皆さんの目の前で墜落しなかった(略)又、日本の様な狭い所へ落ちても一年や二年はっきりしない所はまだあります」

無題
Name 名無し 17/01/25(水)20:38:09  No.450483      
…との事で、よって

「お互いに非難し合つたりして団結を破壊する様なことをして居ては、アメリカの思ふ壺にはまります。」

…からやめませう!というのが大坪さんの言でして、実際は当日の大本営発表で9機撃墜の所1機も墜落した機はなく、落としたのは空気(くうき)だろ?と馬鹿にされた史実を知ってる私らにすれば、ちょっと言い訳めいて聞こえる所かもですな

ただ実際1942年の初空襲当時からその1年後のこの小冊子発行の時期に至るまで、日本本土に本格的な空襲はその後絶えてなく、また参考にすべきドイツさんへの米英戦略爆撃もまだまだ
激しさを増す前のこの時期では、防空の当局者と言えども本格的な危機意識を持つには至っていなかった、って事情も背景にあるんじゃないでしょかねえ

無題
Name 名無し 17/01/25(水)20:38:58  No.450484      
ただ大坪サンの発言内容で

「何としても日本では敵の空襲に際しては絶対に焼夷弾と戦はねばなりません。この意気がなかつたら日本は亡びる。」
「日本のやうに木造建築を主とする都市では、何と云っても空襲の大敵は焼夷弾なのです(略)一切合切に焼けてしまつて居たら国は亡びますよ」
「日本の様な木造家屋の国では火事を防がなかつたら、爆弾で死なないでも、火事で死ぬ人が少くないといふことに注意して頂きたい」
「外国は日本に対して爆弾でやらうととは思つてゐません。爆弾でやつッけようと思つてくれたら、こちらとしては大よろこびですね」

…なんてあるのは、多分当時の御本人としては何気ない発言だったとは思うんですが、その後の戦史の展開を知ってる私らからすれば、ある意味未来を予言してるような内容になってるのはちょっとオトロシク感じる気もしますですのう

無題
Name 名無し 17/01/25(水)22:37:40  No.450489
他にも国会図書館のアーカイブには空襲の解説が結構あるよね。SF作家の海野十三も空襲があったらどうなるのかしっかり予期していた。
その後は海野十三敗戦日記(青空文庫にある)を見ると実際に焼け野原になったらどうなったか分かるからもの悲しいんだよね。

しっかり当時の人たちが空襲を予期していたからこそ、サイパン島が玉砕した段階で東条英機が辞職したんだよね。
そこからは延々空襲されると分かっていたから。

無題
Name 名無し 17/01/26(木)11:32:08  No.450514
でも実際、直撃なんてそうそうないけどな。
空襲に加えて艦砲まで狭い範囲にめちゃんこ撃ち込んでくる上陸作戦時でも沿岸防衛兵力の損耗は一割以下である事が多い。
米軍が頭抱えている。

無題
Name 名無し 17/01/29(日)13:46:26  No.450608      
>米軍が頭抱えている。

1944年にノルマンディーに連合軍が上陸した数週間後、海岸の橋頭堡から進撃する部隊の掩護の為、地上部隊の攻撃に先立って1800機の爆撃機で支援爆撃をするという贅沢な戦争プランが立てられたそうなんですが、連絡の不備と爆撃精度の不足から、予定の前日に出撃した爆撃機隊の爆撃を受けて、死傷者156名を出してしまったんだそうで

そのせいか翌日の本番では、爆撃の前に地上部隊は念のため数千ヤード前線から後退して待機していたそうなんですが、投下された爆弾の多くがまたもや友軍部隊の上に降り注ぎ、米陸軍中将レスリー・マクネアー=サンを含め死傷者600名以上、という、前日を上回る規模のフレンドリ・ファイヤが発生してしまったんだそうな

当らない爆弾の精度に悩まされている一方で、当っちゃいけない所にクリティカルな誤爆連発とか、色々ままならないのは世の常なんでしょかねえ

無題
Name 名無し 17/01/29(日)13:47:43  No.450609      
>SF作家

これも1944年の日本の話になるんですが、立川賢なる作家さんが発表した「桑港(サンフランシスコ)けし飛ぶ」なる「科学小説」がありまして、そのあらすじはというとウラニウム235を燃料とした核動力の日本の飛行機が、おなじくウラン原子爆弾でサンフランシスコを吹き飛ばす、という仮想戦記なんですが、「序詞」に曰く

「日米両国間の本土空襲は、今のところ、彼我等分に距離の防砦によって阻まれている(略)敵は我が本土を成層圏から狙おうとし、大型機の製作に躍起となっている(略)彼らにうんと沢山、行動の鈍い大型機を拵えさせろ。此方は来た奴を片っ端からぶち墜とすこと夏の夜に小煩い金ブンブンを叩きおとす如しである(略)慌てることは少しもない」

無題
Name 名無し 17/01/29(日)13:50:10  No.450610      
「さりとてわれわれは、この消極的戦法戦果を以て事足れりとするには絶対に日本人の血が許さぬ事だ!我等また恨み恨み重なる彼の本土を衝いて、天譴的爆弾を見舞い、彼等の所謂摩天楼を木葉微塵に粉砕し、青鬼どもをどかーンと天空高く一束げに吹き飛ばして、改絶無比の最後の止めを刺さなければ已まない。それこそ、この戦争の最終場面(ラストシーン)を飾るに相応しい光景ではなかろうか」

…とありまして、まあ他愛のない戦意高揚小説と言えばそれまでなんですが、原子爆弾で敵国の都市を吹き飛ばすのがこの戦争のラストシーンだ!ってのが日本側では仮想戦記だったところが、逆に米国の手で現実になっちゃっうとは、まさか立川さんも当時の読者の皆さんも思わない所だったでしょうねえ…

引用元: https://may.2chan.net/39/res/449594.htm

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