<書評「日本軍の陸戦兵器」定番書籍編

文:
烈風改

 兵(つわもの)が集まる当ブログの常連である皆さんには既知の情報かもしれませんが、お勧め書籍の紹介をさせていただきたいと思います。今回の対象ジャンルは「日本軍の陸戦兵器」です。運用・兵器体系や開発史的な記載内容よりも掲載兵器の種類が充実している図鑑的な書籍を優先して選んでみました。筆者の独断と偏見がかなり入っていますが、どうかご容赦を。

日本の戦車―1927ー1945 ([バラエティ])

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■定番書籍
 いわゆる“定番”書籍は今となっては情報が古かったり明白な誤認が含まれることがありますが、現在の“定説”を形成した源流でもあります。最初からアジ歴などの一次史料を追いかけるより、こういった定番書籍で知見を得てから史料に当たった方が有意義な考察が可能となる場合もありますので、目を通しておいて損はないでしょう。
“定番”書籍は高価だったり入手困難なものも多いので、とりあえず内容に触れてみたいという場合であれば、収蔵されている図書館を探して活用すると良いでしょう。市営クラス以上の図書館にはこういった本を蔵書してある場合も多いです。(国会図書館や九段の昭和館図書室等のような軍事専門系図書館を利用するのもお勧めです)
 最近はたいていの図書館はPCによる検索システムを持っていますので、地元の図書館に足を運んでみると意外な稀覯書が見つかるかもしれません。仕事で使うので手元に無いと困る、とかでも無い限り無理して購入する必要性は無いと思います。

◆陸戦兵器の全貌(上) 菅 晴次 興洋社【昭和28年】
◆陸戦兵器総覧 日本兵器工業 図書出版社【昭和52年】
 「陸戦兵器の全貌(上)」は昭和20年代後半に興洋社から出版された「わが軍事科学技術の真相と反省」と題された一連の書籍群の一冊であり、その第5巻として発行されたものです。
 1巻が造艦技術、2巻が機密兵器、3、4巻が航空技術、5、6、7巻が陸戦兵器、8巻が基地設営戦を扱ったものとなる予定でしたが、興洋社の倒産により5巻の「陸戦兵器の全貌(上)」発行後(興洋社による)シリーズは途絶してしまいました。この未完に終わった「陸戦兵器の全貌(上~下巻)」をまとめたのが昭和52年に発行された「陸戦兵器総覧」です。
 しかし、約20年間のブランクで中、下巻用に用意された写真や資料には散逸したものも多く、当初予定された「陸戦兵器の全貌」の完全再現には至らなかったようです。(上巻の内容も完全には反映されていません。)
 戦争中に直接兵器開発/行政に携わった方が監修しており、所謂“陸戦兵器”だけでなく気球や船舶、毒ガスなど陸軍が関与した兵器を幅広く扱っています。(戦後の占領期の回想もあり、アメリカ軍に「兵器行政がなっていない」と叱責されたエピソードまで入っていたりします。)網羅されている範囲も広いため、一冊で陸軍兵器を俯瞰できる好資料と言えるでしょう。
 この本はサンフランシスコ講和条約発効後、日本人による自由な戦争関係書籍発行が解禁され始めた時期に刊行されており、同時期に発行された堀越さんの「零戦」や、他の「全貌シリーズ」等と同様、戦争中に兵器開発に関与した方の見解が色濃く反映した構成となっています。こういった資料本は実経験に基づく体験や見解をうかがい知ることが出来る反面、記憶違いやどうしても自己の業績に対して自画自賛的になりやすい側面もあります。しかし、やはり当事者による証言は貴重であり「開発現場の当事者達がどのように捉えていたのか」を知るには重要な資料であることには変わりありません。
※陸戦兵器総覧は似た名称の書籍が平成22年に発行されていますが、本書と全く関係は有りません。ネット等で入手する時は間違わないように気を付けましょう。

◆日本の戦車
原 乙未生/竹内 昭/栄森 伝治 出版協同社
上巻【昭和36年】、下巻【昭和36年】、上巻改訂版【昭和44年】、新版【昭和53年】
 後述する「機甲入門」の執筆者である佐山二郎先生をして「あまりにも完璧なものが最初に出てしまった」と言わしめた名著です。日本軍戦車マニアなら一度は目にする書名ではないでしょうか。発行は古く、最初の上巻の発行年は昭和36年で、実に半世紀以上前の本ということになります。
 “日本戦車の父”である原乙未生が直接関与した書籍で、日本の装甲車両を俯瞰的に扱っています。具体的には“戦車”というよりも戦前の装甲車両全史と言っても過言でない誌面です。戦後の自衛隊車両(供与車両含む)についても若干触れており、10年以上のブランクを経て開発された新式国産戦車六一式への梯段を読み解く上でも興味深いものとなっています。
 また改訂版以降は試作戦車に関する情報(青沼氏資料由来?)が増え、現在知られている主要な試作戦闘車両の存在については、ほぼこの時点で言及されていると言っても過言では無いでしょう。
 但し著者(監修)の原乙未生氏は「零戦」の著者堀越氏のような立ち位置とは異なり立場的には初期の戦車を除いて設計者ではなく、開発を統括する立場であり設計の細かい部分にコミットした訳では無いため、戦車開発のディティールのような部分を把握するにはやや物足りない面もあります。
 五式中戦車の88ミリ砲伝説や、「九七式中戦車改」という名称が生まれた本でもあり、定番の論争トピックシーンを理解する上では外せない本でもあります。本書の特別な存在感を肯定するにしろ否定するにしろ、多くのマニア達が「意識せざるを得ない」という点でも本書が未だに“権威”(もしくは呪縛)であることが伺えると思います
 本書は資料性はもとより“読み物図鑑”としての完成度も高く、戦車に詳しくない方でも読んだり眺めたりして楽しめる内容となっているのも特徴です。
 通常は昭和53年発行の新版(基本的には上巻新版+下巻の合本)のみを押さえておけば問題ありませんが、改訂版では削除された記述(不確かだとか間違いと判断された?)もあり、可能であればマニアとしては上巻、上巻(改訂版)下巻、新版の4冊全てに目を通したいところです。

◆日本の大砲 竹内 昭/佐山 二郎 出版協同社【昭和61年】
 定価9,000円という高価格で発売された日本陸軍火砲の決定版と言える知名度の高い書籍です。
 メジャーな砲はもとより列車砲や試作砲のようなものもカバーされているだけでなく、使用弾種や使用信管まで網羅されており正に日本の大砲総覧といった位置づけに相応しい資料と言えるでしょう。内容的には「戦車マガジン」誌上で連載されていた筆者陣の記事ベースに大幅に加筆・修正を行った内容で、大判の誌面を生かした図や写真は圧巻の一言に尽きます。
 内容もさることながら、本書はずっしり重く函入りで存在感のある装丁は風格を感じさせ、日本兵器マニアならコレクションアイテムとしても本棚に置いておきたい一冊です。
 残念なことに元々が高価な上に、諸事情から同人誌並みの発行数となってしまったことも災いし、希少性から古書市場でも安価に入手するのは極めて困難となっています。

◆世界兵器図鑑GUN(日本軍編) 小橋 良夫【昭和50年】
 兵器研究の権威によってまとめられた銃器・火砲の図鑑です。どちらかと言えば小火器中心の書籍で、火砲について内容的には「日本の大砲」に及びませんが、大砲以外の小口径火器全般の他、海軍砲や珍兵器(!)についても触れられています。
 内容が古いのが難点ですが掲載写真も多く、日本軍の火器を俯瞰的に一冊でまとめて読むには良い書籍です。シリーズにはアメリカ、ドイツ、共産諸国編も有るので機会があれば目を通しておくと良いでしょう。古書相場もそれほど高くないので入手も比較的容易だと思われます。

<著者紹介>
烈風改
帝国海軍の軍艦、特に航空母艦についての同人誌を多数発行。
代表作に『航空母艦緊急増勢計画』
Twitter: https://twitter.com/RX2662

日本の大砲
日本の大砲
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竹内 昭 佐山 二郎
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