無題 Name 名無し 16/12/27(火)22:48:32  No.1199619

マルシン工業 一式戦闘機 隼特別塗装
散々語り尽くされた感じもありますが
陸軍戦闘機のスレでもどうでしょうか?
ついつい零戦と比較されがちな一式戦ですけれども
調べれば調べるほど零戦をも上回る傑作機なんではないかとふと思ってしまいます
もちろん搭乗員の皆様の技量によるところもあるんでしょうけど…
ビルマ航空戦〈上〉連合軍記録の裏付けを得た陸軍航空部隊の勝利
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無題
Name 名無し 16/12/28(水)01:55:24  No.1199630     
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陸軍機はカラーリング派手なの多いですよね
と思ったらその派手な物のほとんどが特攻機仕様で辛い気持ちになります

無題
Name 名無し 16/12/28(水)08:08:52  No.1199643      
https://cgi.2chan.net/f/src/1482880132312.jpg

無題
Name 名無し 16/12/28(水)12:49:06  No.1199662
艦載機みたいに飛行には無駄パーツや制約がないからエンジン強化の恩恵も強く受けられるから高性能な面はあるだろうけど
ポテンシャルの限界まで持っていくより後継機への転換が最良の手だったよね

無題
Name 名無し 16/12/28(水)22:29:57  No.1199691
>後継機への転換が最良の手だったよね
軽戦は97戦→隼1型~3型、重戦は鍾馗→疾風と新型機の開発・配備は海軍よりずっとうまくいってる
隼も本土邀撃戦時点だと先に飛んでた零戦をあっさり追い抜いてって海軍の搭乗員がポカーンとなったり
当時の海軍搭乗員からすると自分たちは零戦だけなのに次々と新型機を投入できる陸軍が羨ましかった様子

無題
Name 名無し 16/12/30(金)16:42:19  No.1199821
>隼も本土邀撃戦時点だと先に飛んでた零戦をあっさり追い抜いてって海軍の搭乗員がポカーンとなったり

カタログ性能に実態と差があったとしてもそこまで顕著な差があったとは眉唾だな
ソースは?

おおかた見間違いの類だろうが

無題
Name 名無し 16/12/31(土)09:28:40  No.1199862
>おおかた見間違いの類だろうが

ムルマンスクでも、護衛のハリケーンをPe-2がヒュイーンと追い抜いて行ったという話がありましたけど、結局ハリケーンは巡航速度、Pe-2は全速だったなんて結論でありました…
よくある話かも

無題
Name 名無し 16/12/28(水)22:36:45  No.1199692
海軍は零戦を引きずりすぎなんだよ
終戦まで覆面の新型機ってのは流石におかしい

無題
Name 名無し 16/12/29(木)00:51:22  No.1199704
>軽戦は97戦→隼1型~3型、重戦は鍾馗→疾風と新型機の開発・配備は海軍よりずっとうまくいって
     
飛燕はどういう評価になるんですかね?

無題
Name 名無し 16/12/28(水)13:03:47  No.1199663
戦隊マークの意匠が
1960年代までの空自の飛行隊マークに受け継がれているのが興味深いです

無題
Name 名無し 16/12/29(木)00:54:20  No.1199705
キ44、キ61、キ84とずっとエンジンに泣かされているような…

無題
Name 名無し 16/12/29(木)09:25:13  No.1199718
隼は艦上機と比べて制約がない分、飛行性能に全部振り分けた感があるからなあ・・・
7.7ミリの豆鉄砲じゃ流石に辛いがな
二型乙以降でも13ミリ2丁じゃちょっと心細い

「実現不能」といわれた厨二病要求を達成した零戦はやっぱすごいと思うぞ

無題
Name 名無し 16/12/30(金)06:40:36  No.1199783
>二型乙以降でも13ミリ2丁じゃちょっと心細い
13ミリは一型乙からでしょ。それに二丁とも早い時期から狙いやすい機首装備ってのは結構デカいと思うぞ。ゼロは52型までここは7.7ミリの豆鉄砲のまんなだったわけだし

無題
Name 名無し 16/12/29(木)10:39:28  No.1199725
穴吹さんの手記を、祖父が買っていた丸でちょっと拝見した記憶が鮮烈に残っています。(思えばザ・コクピットなる名作を、友達に教えてもらった頃でした)

確か吹雪号が飛行時間を満了する辺りですが、隼の瞬発弾の威力はすごいいいいい!! の記述に、SFで秘密兵器が登場したような興奮を覚えました。
多分ホ103とマ弾と思いますが…

無題
Name 名無し 16/12/29(木)11:20:07  No.1199729
>隼の瞬発弾の威力はすごいいいいい!!
瞬発なので貫通できないって欠点があって現場じゃイマイチだったんだが

無題
Name 名無し 16/12/29(木)12:27:00  No.1199730
>瞬発なので貫通できないって欠点があって現場じゃイマイチだったんだが

ほいじゃあの戦記はなんだったのか…

無題
Name 名無し 16/12/30(金)00:37:34  No.1199772     
1483025854844
>隼の瞬発弾の威力はすごいいいいい!!

マ弾(空気信管の新型マ弾も含む)装備のホ103のことですね
雑誌「丸」に連載され単行本にも成ってますが「蒼空の河 穴吹軍曹 隼空戦記録」です

>ほいじゃあの戦記はなんだったのか…
ちなみに当然ながらホ103はマ弾(新型マも含む)だけでなく徹甲弾・曳光弾等の併用です(・w・

無題
Name 名無し 16/12/30(金)08:10:57  No.1199789
>徹甲・曳光併用

すっかり忘れてました。
全部マ弾とか、もの凄く危ないよぅ…と・・・

無題
Name 名無し 16/12/29(木)19:18:47  No.1199750
一式戦は開戦が無かったら消えていた戦闘機なのを忘れてはいけない(本命は二単)
III型という例外を除けば何だかんだで零戦の方が性能はいい

飛燕はなんていうか…見た目はカッコイイヨ!!

無題
Name 名無し 16/12/29(木)20:42:19  No.1199755 
>III型という例外を除けば何だかんだで零戦の方が性能はいい
まあ本来III型に相当する筈なのは53型だしね

無題
Name 名無し 16/12/29(木)20:56:38  No.1199758
海軍が広げた戦域だろと自分でケツふけと陸軍は言いたかろうけど
南方でも陸軍航空隊に見せ場があればなあ
ラバウル防空でもっと協力できてれば海軍機との性能や運用能力比較語る材料にもなったろうし
飛燕のラバウル進出失敗やらウェワク大空襲やらどうもいかん

無題
Name 名無し 16/12/30(金)15:24:35  No.1199815
隼3型は44年7月から終戦までの1年程度で1,000機以上生産されてて1型よりも生産数多いんだよね
45年春に立川飛行機が空襲を受けて工場が大破してるのを考えるとそれまでは月産百機以上のペースだっただろうから
44年後期以降の陸軍軽戦主力は3型に転換していたと考えていいんじゃないか

無題
Name 名無し 16/12/30(金)16:48:02  No.1199822
>44年後期以降の陸軍軽戦主力は3型に転換していたと考えていいんじゃないか

主力も何もフィリピンじゃ初期不良で2型にもどす部隊があるわ、45年になったら実質特攻専用機だわで軽戦なんて運用を陸軍はしてないわな

海軍びいきの反動で陸軍びいきが増えたけどにわかも増えたよなぁ

無題
Name 名無し 16/12/30(金)23:08:01  No.1199845
海軍善玉論の反動はあるかもね
知り合いの中にも、開戦や敗戦の責任を陸軍は戦後押し付けられたに過ぎず本当に悪いのは全て海軍だ!みたいにいう人もいるし・・・
まあ時間が経てば段々と熱が冷めてベターな結論になっていくんじゃないかな

無題
Name 名無し 16/12/31(土)04:19:12  No.1199860
隼の加速力は零よりよかったんじゃなかったかな
機体が軽いんでⅢ型は高高度でも編隊ができたと世界の傑作機にかいてあった

無題
Name 名無し 16/12/31(土)11:31:08  No.1199869      
1483151468996
機材の評価は例え同じ部隊で同じ機体を使ってた人の間でさえガラッと違ってたりするのが興味深い所だと思うんですけれどね…w
日本陸軍戦闘機スキーのバイブル「ビルマ航空戦」の上巻に、飛行第64戦隊の中隊長だった黒江保彦さんが、同僚の中隊長の大谷益造大尉(42年末に戦死)の言わば遺言として

1)防弾防火設備の至急完整、敵の一撃奇襲により撃墜されるが如き飛行機を排撃す、性能は犠牲とするも、これを完備せよ
2)速度を与うべし。一式戦のごとき旋回性能は絶対に不要これを速度に変えて敵を捕捉しうる飛行機を作ること
3)武装の増加。絶対に20ミリ級の武装を要す。今日、13ミリにては既に時代遅れも甚だしい。(略)更に砲数の増加も必要(略)戦争して真に感得したるこの所見は、どこに出すも正論たることを確信す」

という氏の所感を日記に書き残されてるんですが、言い換えれば大東亜戦争初戦から「隼」で戦い抜いてきた中隊長さんが、自体の機材について抱いていた不満を示してるわけなんですな

無題
Name 名無し 16/12/31(土)11:37:22  No.1199870      
1483151842815
一方同じ「ビルマ航空戦」の下巻に、やはり64戦隊で戦った池田昌弘軍曹さんのインタビュー記事が載っているんですけれど、この中に64戦隊が新型4式戦に改編する話が出た頃のエピソードが紹介されてまして、曰く

「機種改編ちゅうから、『お、やった!4式戦!』って皆よろこんどったんですよ。で、(江藤)戦隊長が着隊してきたら、『うちは(1式戦)3型でゆく』っていうから『エーッ』ってね。これは戦隊長が決めたんじゃないすかねえェ。で、『どうしてですか』って聞くと、「3型は旋回性能がエエし、稼働率がエエから』っていうてましたね。そんでも、速い飛行機には魅力あったなァ。逃げる時も4式戦はシャーッと速いし、1式戦はもたもたしてて、何回も攻撃かけられるしね、敵さんから」

…との事で、4式戦なんかはまさに故大谷氏の望んだような重武装高速の重戦だったわけですけれど、それがいざ64戦隊に配備される事になった時には、実際の戦場事情にそぐわない、てんで拒否された、という話になったみたいなんだそうで

無題
Name 名無し 16/12/31(土)11:39:44  No.1199871      
更にもう一人、64戦隊の池沢十四三軍曹さんの証言も引用させてもらいますと

「4式戦への機種改編は、64戦隊へ先に話があったけど、江藤戦隊長がわたしんところは隼でやるって断ったっていうんだよね。だから50戦隊が4式戦に機種改編して、(昭和)19年末頃からはサイゴンにいて、ビルマに残った64戦隊が手に負えない敵が来た時にやって来て(略)ババーッってやって、また引き上げちゃう。4式戦と作戦で一緒に行って、スピットファイアがパッと上に来ると、いやァ逃げるの速いや。4式戦はパッと頭突っこんでダーッと逃げちゃう。
上から被られたらどうしようもないんだろうな。旋回性能悪いから。で、取り残された一式戦が空戦やってると戻って来て、ダーッと機関砲撃って、またサーッと行っちゃう」

…そうなんですが、一方では

「わたしらも、4式戦に乗ってなかったから、助かってるようなもんじゃねえかなァ」

…なんて仰ってまして、ざっとコレだけでも、機材の評価ってものの難しさがよく分かる気がしますのう

無題
Name 名無し 16/12/31(土)12:51:26  No.1199880
>「わたしらも、4式戦に乗ってなかったから、助かってるようなもんじゃねえかなァ」
それまで培ってきた戦法が取れるかどうかって言うのも大きいかもしれませんね
慣れた戦法から別の戦法に切り替える時にどうしても損害が出ちゃうでしょうし

無題
Name 名無し 16/12/31(土)13:30:45  No.1199883
>それまで培ってきた戦法が取れるかどうかって言うのも大きいかもしれませんね
それがモロ跳ね返ってきたのが海軍の雷電
視界に運動性能と速い離着陸速度で「殺人機」「爆弾」呼ばわりまでされてしまった
審査部の小福田貢も「初めから育てた専任搭乗員がいれば」だったし

無題
Name 名無し 16/12/31(土)14:54:20  No.1199890
>機材の評価は例え同じ部隊で同じ機体を使ってた人の間でさえガラッと違ってたりする

なるほど
評価の異なる2人の方のインタビューを紹介されてますけれども、これ、もしどちらかの方が戦死されてたら一方の評価しか我々は目にすることができなかったかもしれないわけで、この種の経験談を聞くときにはあくまでその人個人の考えや経験に基づくものであることを頭に置かなければならないですね。

無題
Name 名無し 17/01/01(日)13:27:34  No.1199975
陸軍戦闘機の話を聞くと、
軽爆や襲撃戦隊から戦闘機隊への「転科」関連の話をあまり聞かないんだが、実際はどうだったんだろうか。戦争後期の転科組は次々と撃ち落されていったのだろうか?

無題
Name 名無し 17/01/01(日)16:51:05  No.1199985
>軽爆や襲撃戦隊から戦闘機隊への「転科」関連の話をあまり聞かないんだが、実際はどうだったんだろうか。
それなりの数は居たみたいだけど勝手の違いから消耗率は多かったみたいよ
本を実家に置いたままなので載ってた本の名前出せないが、、、

無題
Name 名無し 17/01/01(日)20:03:00  No.1199998
>それなりの数は居たみたいだけど勝手の違いから消耗率は多かったみたいよ

やっぱりそうなんだ。ああいう目にあったのは30戦隊や31戦隊だけじゃないんだ。

引用元: https://cgi.2chan.net/f/res/1199619.htm

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