無題 Name 名無し 16/12/10(土)17:10:22  No.1197934

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大英帝国海軍と日本海軍との戦いは大戦序盤は有名ですが
中盤以降はどんな船とどこで戦ったのですか
画像は12月10日戦没のレパルスさん
無題 Name 名無し 16/12/10(土)20:35:32  No.1197948
ロドネーとR級をあるだけ派遣した方が良かったよね

無題
Name 名無し 16/12/10(土)20:50:09  No.1197951
沖縄戦で特攻機の猛攻を凌いだイラストリアス級の装甲空母群とか

無題
Name 名無し 16/12/10(土)20:55:19  No.1197953
日本のぶっといシーレーンが通ってるでもなく大規模な通商破壊に出てくるでもなく
英海軍主力艦艇がインド洋出張る意味がほとんどない
ドイツがあらかた片付いて陸軍に余裕ができないことにはビルマやマレーの本格反攻にも出られん
かろうじて米海軍と共同でパレンバン空襲に出たくらい

無題
Name 名無し 16/12/10(土)22:18:28  No.1197963      
1481375908791
イタリアのマイアーレには負けないよ

無題
Name FMG 16/12/11(日)00:44:44  No.1197981
>中盤以降はどんな船とどこで戦ったのですか

中盤は東アフリカの基地まで待避し、戦力の温存を図った。
本国では既に日本海軍との戦闘には回避して戦力温存するしかない旨の指示を発していた。
…スラバヤ海戦の後(?)

無題
Name 名無し 16/12/11(日)11:29:41  No.1198035
英国は序盤の大敗を受けてから中盤以降は日本海軍を相手にせずっていう戦略に切り替えた
ドイツ・イタリアはインド洋封鎖を必死に頼んでいたんだけど
日本は米国との戦いに集中するため、相手にしなかった
でも、このインド洋封鎖を成功させるのが、枢軸国の唯一の戦勝パターンだったというのが当時の日本軍は気が付かなかった

無題
Name 名無し 16/12/11(日)13:50:42  No.1198053      
日本としたら太平洋でアメリカの体制が整わないうちにできるだけ戦果を挙げておきたいところで、インド洋に深入りしている余裕はなかったんじゃないでしょうか。
実際、開戦から8か月後にはガダルカナルでアメリカの反攻が始まりますし。

日英の海戦に話を戻すと1945年に足柄がイギリス潜水艦に、羽黒がイギリス駆逐艦に沈められています

無題
Name 名無し 16/12/11(日)14:35:04  No.1198061
戦略物資や兵員の調達先としちゃ大して貢献してないからインド封鎖されたくらいじゃ折れんでしょ
仮に日本軍が42年4月にコロンボを占領に出てても陥落させて基地として機能しだした頃にはエジプト前面でロンメル軍団は潰走はじめてて連携にならない
豪州・NZからの輸送路もまだパナマや南アメリカ回りがあるし

日本が動くのが1年早かったらえらいことになってたろうけど

無題
Name 名無し 16/12/11(日)14:56:21  No.1198064      
1481435781593
>中盤以降はどんな船とどこで戦ったのですか

英海軍は日本海軍のセイロン島攻撃の後は主力をマダガスカルまで下げていまして米軍が日本本土に近づくまでインド洋上で積極的な攻勢に出ることはありませんでした
日本海軍も同様でドイツのレーダー元帥・フリッケ作戦部長、ヨードル国防作戦部長、イタリアのムソリーニ首相や参謀総長の度重なる要請を受け漸く腰を上げますがガダルカナル戦等で手一杯だった為、派遣されたのは甲先遣支隊(特設巡洋艦報国丸・愛国丸・伊10・伊30・伊16・伊18・伊20)だけで大規模な艦隊の派遣は行われていません
その後も同様な潜水艦部隊の派遣を行い最終的にのべ38隻がインド洋へ入り撃沈120隻(60万8000トン)、撃破16隻(9万6000トン)の戦果を挙げています

無題
Name 名無し 16/12/11(日)14:57:42  No.1198065      
1481435862923
インド洋での作戦は日本海軍に余裕が無かったせいもあるのですが
ドイツとの相違もありまして独側にとってはインド洋は英国経済の大動脈であり(オーストラリアやニュージーランドの食料、ベンガルからの石炭、エジプトからインドへの米等)、それらを遮断することによって英国との和平を出来るだけ早めたい希望があったんですが対する日本海軍は対米戦が第一ですしインド洋は第二戦線扱いでしたので余裕の無さも相まって結局大規模なインド洋派遣はセイロン島攻撃作戦以降は行われていません

無題
Name 名無し 16/12/11(日)18:00:59  No.1198084
サイパン陥落、ドイツ降伏後に太平洋戦線に復帰してたっけ
イギリス艦隊

無題
Name 名無し 16/12/11(日)18:02:39  No.1198085
記録にあるのはフィリピン、沖縄戦で
カミカゼ特攻隊の猛攻を受ける盾役になったイギリス艦隊の話くらい

無題
Name 名無し 16/12/11(日)19:56:04  No.1198106      
1481453764554
>カミカゼ特攻隊の猛攻を受ける盾役になったイギリス艦隊の話

当時エゲレス装甲空母「フォーミダブル」に乗艦していたある新聞記者さんによると、

「長期間の洋上行動に慣れていた米艦船は、乗組員用のきわめて組織化された休養娯楽計画を持っていた。空母では、飛行甲板でフットボール試合をやるチームを編成し、戦闘のないときは殆ど毎晩、映画を上映し、何組もの管弦楽団や合唱団をつくっていた」
「奇妙なことに、イギリス艦船では娯楽設備がなかった(略)寄港地のない太平洋地域では、作戦期間がより長期に及び、日本軍の特攻隊により、さらに途方もなく緊張を強いられることになったので、イギリス太平洋艦隊の乗組水兵たちは米水兵にくらべてみじめな”従兄弟”の立場に置かれているのに気付いた」

…んだそうで

無題
Name 名無し 16/12/11(日)19:57:09  No.1198107      
1481453829495
「米水兵たちは、かきのスープ、ビフテキ、アイスクリームという御馳走を食べていた一方で、イギリス水兵たちはシチューと、干しブドウ入りプティングをあてがわれていた(略)カフェテリア方式による米艦艇のすばらしいクロム張りの烹炊所は―食事をまとめて烹炊所から受け取り、居住区で食べるという非衛生的な、英海軍の古いやり方にくらべて―何百名もの乗組水兵たちに、より速く、より効果的に、かつより清潔に食事を提供することが出来た」

「(米供与の)アベンジャー機パイロットのビル・スチュアート少佐とそのクルーは(略)海上に不時着してから(略)米艦に救助されて、厚さが2センチもあるビフテキを食っていた。クルーの一人、イアン・デイビスは『われわれは、贅沢な待遇を受けた。われわれは開戦以来、こんな素晴らしい食事にありついたことはなかった』と語った」

なんて感じで、同海域での戦友たる米海軍とは随分色々と将兵の給養に差があったんだそうな

…え?エゲレス海軍のメシマズは伝統だろ、ですっt(

無題
Name 名無し 16/12/11(日)21:59:33 IP:240f:0082.*(ipv6) No.1198124 del
>「長期間の洋上行動に慣れていた米艦船は、乗組員用のきわめて組織化された休養娯楽計画を持っていた。空母では、飛行甲板でフットボール試合をやるチームを編成し、戦闘のないときは殆ど毎晩、映画を上映し、何組もの管弦楽団や合唱団をつくっていた」

アメリカのこういうところって本当にすごいと思う。

無題
Name 名無し 16/12/11(日)22:09:12  No.1198126
>アメリカのこういうところって本当にすごいと思う。
平時のタンカー乗組員も例えばトランペットが玄人はだしだったとか
当直を離れれば自由な時間だし大音量で練習しても苦情は来ない大海原だからね

無題
Name 名無し 16/12/11(日)20:32:22  No.1198113      
1481455942650
昭和20年4月1日、沖縄戦での作戦の支援中に日本軍の特攻機が突入し21名の戦死者を出したが、装甲甲板のおかげで5時間後には航空機の運用が可能となった。

Kamikaze attacks HMS Indefatigable
https://www.youtube.com/watch?v=LQNl1SCLj7A

いやーいい時代になったもんだわ

>記録にあるのはフィリピン、沖縄戦でカミカゼ特攻隊の猛攻を受ける盾役になったイギリス艦隊の話くらい

フィリピン戦には参加してないでしょ。
あと昭和19年12月と20年1月に行われたスマトラ島の油田施設に大打撃を与えた空襲を忘れてはいけない

無題
Name 名無し 16/12/11(日)22:21:17  No.1198127
日本も優勢な時は慰問とか有ったろうが
アメリカほど戦争中の兵士の娯楽や休息考えてる軍隊は他に無いだろうな。長期間の戦闘継続を可能にしてる。日本の場合疲労困憊で早く玉砕して楽になりたいと思う電通方式へ行ってしまった

無題
Name 名無し 16/12/12(月)06:36:50  No.1198162      
1481492210144
昭和18年前半に可動空母が1隻になった米海軍の依頼でビクトリアスが半年以上にわたって貸し出されてますねえ。サラトガとタッグを組んでソロモン諸島の海空戦を戦ってます。意外と知られてない話ですが

無題
Name 名無し 16/12/12(月)19:32:19  No.1198212
>ビクトリアスが半年以上にわたって貸し出されてますねえ

空母の無い艦隊がどんな末路を辿るのか
両軍痛い程知っていて、米軍の可動空母を0にするのが
日本の唯一の講和のチャンスだというのに簡単に借りて来やがって汚いぞ!

しかも、どうせ数合わせのポンコツでも借りたのかと思いきや
後に改修してジェット戦闘機を運用する立派な主力艦じゃないですか

無題
Name 名無し 16/12/12(月)19:34:46  No.1198213
そういうのも含めて外交の勝利なんだろうな

無題
Name 名無し 16/12/12(月)12:36:00  No.1198183
昔から謎だったんだけど英国砲弾はなんであんなに種類があるんだ?
末端まで全更新するのは手間だから?

無題
Name 名無し 16/12/12(月)20:02:01  No.1198216      
1481540521545
昭和20年5月4日に、台湾の宜蘭基地から零戦4機からなる特攻隊(第17大義隊)が沖縄に来襲中の空母機動部隊攻撃に発進してるんですが、直掩機として同行した角田和男中尉さんによると

「0950、宜蘭基地上空を発進する。高度10メートルで予定針路につく。谷本中尉以下4機が左後方に続く(略)情けない事にこの日特攻機の翼上面には日の丸のマークが見えなかった。翼は、濃緑色に塗りつぶされていた」
「超低空接敵、目標の千メートル手前より急上昇、高度500メートルより急降下、体当たりを敢行しようとする戦法であった(略)搭乗員はみな明るい、遊び好きな青少年である(略)超低空を翼下面と胴体の標識だけにして飛べば、確かに発見される恐れは相当少なくなるだろう」
無題 Name 名無し 16/12/12(月)20:02:58  No.1198217      
1481540578072
「しかし、爆装機は(略)海上に出てしばらくするとイタズラを始めた。高度が有れば編隊宙返りでもしたい気持ちだろうが、最初は谷本機が下がり過ぎてプロペラ渦流のため海面に白く航跡を残した。これを見付けた列機はさっそく編隊を離れてそれぞれ交互に海面すれすれに飛ぶ。
数百メートルにわたって三条の白い航跡がつく。私は驚くと共に最後の腕の見せどころがこのようなことしかない爆装機の辛さが身に沁みた」

「谷本機は、一気に右前方の大型空母に突っ込む(略)見事に飛行甲板の中央に自爆、500キロ爆弾の爆炎はたちまち大火災となって船体を覆った」

「一度東方視界外に出て、高度を上げ、戦果の確認に近づいたが(略)誘爆の閃光は多かった。
ただ、誘爆が底より吹き上げる火炎でなく、おそらく甲板上の飛行機か爆弾と思われ、停止していたものの、詳細は不明だった」

無題
Name 名無し 16/12/12(月)20:03:54  No.1198218      
1481540634674
…そうなんですが、一方同日の「フォーミダブル」艦上の新聞記者さんによればこの日、

「今回の特攻機は零戦で、どこからともなく一機が不意に降下してきた(略)その零戦のパイロットは技量抜群であった。飛行甲板上を低高度で通過した零戦は、海面上数フィートまで降下した。
この零戦があまりにも低高度だったので、同機の直下の海面が波だった(略)海面上から、パイロットは垂直上昇に移り、対空砲火の中をくぐり抜けて、やすやすとおそらく500フィートぐらいの高度まで上昇しただろう(略)甲板に倒れる(伏せる)まえ、私が最後に見たものは、反り返った零戦の右翼の下面に描かれた赤い丸と機体の褐色であった」

…という「カミカゼ」攻撃を受けたんだそうなんですが、省略しました前後の状況を含めて角田さんのみた「第17大義隊」の攻撃の模様と非常によく一致してるんですよね

無題
Name 名無し 16/12/12(月)20:04:36  No.1198219      
1481540676526
この特攻機の飛行甲板への命中で、「フォーミダブル」は装甲を留めていたリベットが吹き飛ばされ機械室に達して損傷を受け一時停止を余儀なくされたものの、2時間以内に飛行甲板の破孔は塞がれ、機械室の損傷も修理されて戦列に復帰しています(ただし乗員8名が死亡、約50名が負傷)
他に英艦隊は空母「インドミタブル」が2機の攻撃を受け1機命中(装甲飛行甲板で跳ね返り海中へ)1機至近に突入と記録されているものの、当日は他にも陸海の特攻隊が多数出てますんで必ずしも「第17大義隊」の戦果と断定はできないんですが、仮にそうだとすると奇しくも日英双方の記述から、特攻機が事前の打ち合わせ通りの戦法(急上昇反転突入)を見事完遂した事、エゲレス空母の装甲甲板構造が効力を発揮したこと等が読み取れるわけなんですが、進撃途中に最後の悪ふざけに興じていた特攻隊員さん達も、アメ艦のビフテキに感動する無邪気なエゲレス艦乗員さんたちも、多分お互い似通った年頃の若者同士だったのかなあ、なんて思うと、色々カナシイお話ではありますですなあ…

無題
Name 名無し 16/12/12(月)23:33:29  No.1198246
>カミカゼ特攻隊の猛攻を受ける盾役になったイギリス艦隊の話くらい
イギリス空母の艦載機は性能が貧弱で日本機の敵ではなかったが沖縄に進出したころとなると目標にする艦船も少なく出撃する機会はなかった
その上装甲空母だったので搭載機数も少なく表立った活躍は見せていない
しかし特攻して来た機体を装甲甲板がはじき返したことによりその有効性を証明するという戦訓を残したと以前似たようなここに書き込んだ記憶がある

無題
Name 名無し 16/12/12(月)20:23:44  No.1198220
しれっとキングジョージ五世が日立や浜松の艦砲射撃に混じってる。

無題
Name 名無し 16/12/12(月)20:30:43  No.1198221
ペナン沖夜戦が日本海軍最後の水上艦同士の戦闘になるのかな?

無題
Name 名無し 16/12/13(火)21:56:47  No.1198325      
>ペナン沖夜戦が日本海軍最後の水上艦同士の戦闘になるのかな?

アンダマン諸島に対する補給作戦では、重巡「羽黒」と英駆逐隊が戦った1945年5月16日のペナン沖夜戦の後の6月12日にも、輸送船「第2黒潮丸」と護衛の駆潜艇「57号」が英駆逐艦部隊と交戦、トライバル級駆逐艦「ヌビアン」により「57号」が、同じく「エスキモー」により「第2黒潮丸」
がそれぞれ撃沈されちょるそうなんですが、エゲレス人によるとコレが彼のロイヤル・ネイビーの大戦中における水上艦艇同士の戦いでは最後のもの、という事になってるんだそうな

420トンの13号型(若しくはその改良型の)駆潜艇「57号」の備砲は8サンチ高角砲一門きり、主砲4.7インチ連装砲4基に4連装魚雷発射管1基を備えた1960トンのトライバル級駆逐艦2隻相手では、多分ほぼ一方的な戦闘に終始したんじゃあないかとは思うんですが…

無題
Name 名無し 16/12/13(火)21:58:10  No.1198327      
因みに大戦中日本が保有した約60隻前後の駆潜艇の内、「57号」は43番目の喪失艇で同時にほぼ最後の喪失であったみたいなんですが、姉妹艇の「34号」「63号」も同じくアンダマン輸送関連の任務中に英第26駆逐隊(「羽黒」を沈めた隊でもありますな)によって沈められてたりするんだそうで

一方で「57号」を沈めた「エスキモー」「ヌビアン」らの属するトライバル級駆逐艦も、大戦の初期からの激戦で姉妹艦16隻の内12隻が沈み、「エスキモー」らは僅か4隻となった生き残りグループの面子だったそうでして、ある意味ではまあ、日英の水上艦艇同士の戦闘の締めくくりが、派手な主力艦ではなくて、地味ながら過酷な任務を黙々とこなして大戦を生き抜いてきた歴戦の古強者の小艦艇による戦闘だったってのは、先の大戦の性格をよく示してたりするのかもしれないですのう

引用元: http://cgi.2chan.net/f/res/1197934.htm

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