香港海防博物館 屋外展示編

文・写真:nona

image001

 本当なら中国航展を2日かけて見る予定でしたが、また会場に入れる怪しかったので、珠海を離れて香港へ向かうことにしました。

 
最終日の朝に九洲港のカウンターで香港中城(九龍)港行きのチケットを購入し高速船で香港へ向かいます。調子に乗って拙い広東語で話したせいで、なぜかファーストクラスの席を買うことに。価格は少しだけ割高な265元(4000円)。

世界の「戦車」がよくわかる本 (PHP文庫)
齋木 伸生
PHP研究所
売り上げランキング: 255,792

image002

 ファーストクラスなので一応軽食付きです。

image003

 建設中の港珠澳大橋。珠江口を横断し珠海、香港、澳門を結ぶ海上自動車道です。橋梁長は約30km、トンネルや埋め立て地を含めた総延長は約50km。東京湾アクアラインの倍以上の長さがあり、橋の「端」が水平線に隠れて見えません。

 
来年末完成予定ということで、次回の珠海航展では利用できるようです。

image004

 香港・九龍のターミナルに到着。周辺は東京銀座のような場所です。

image005

 南に10分ほど歩くと、ビクトリア港と香港島が見えました。スケジュールの都合で、残念ながら100万ドルの夜景は楽しめませんでしたが。

image006

 こんな世界都市香港ですが、今回紹介しますのは、香港島の東、筲箕湾の丘にある「香港海防博物館」です。この「香港海防博物館」は1887年にイギリス軍が設置した「鯉魚門砲台」の跡地に築かれた軍事博物館で、入場は無料。

image007

 駐車場のすぐ後ろには火薬庫跡が残されています

image008

 中には17~19世紀までの前装式の大砲が並んでいました。ここ鯉魚砲台で使用されたものではなく、他所で使用されたものばかりです。由来書きには「1970年代建築地盤出土」とあるように、近年まで土に埋もれていたものが多数。

image009

 火薬庫の先には10インチ(25.4cm)砲の砲身が展示されています。1880年代から1930年代の長期間使用され、重量は約32トン、砲弾は226kgの重量がありました。この砲も鯉魚砲台ではなく、外海に向けられた他所の砲台から運ばれてきたようです。

image010

 彗星一型坦克車(コメットMark1巡航戦車)。この車両は朝鮮戦争中に香港へ運ばれた1両です。朝鮮戦争に投入された車両かどうかは不明です。

 
長砲身の主砲は「77mm砲」なる珍しい型。wikipediaでは「17ポンド砲の砲弾の弾頭とQF 3インチ 20cwt高射砲の薬莢を組み合わせた砲弾を使用する、いわば弱装17ポンド砲とでもいうべき砲」としています。

 
機関は700馬力の流星汽油引擎(ミーティア・ガソリンエンジン)によって最大速度は55km。車体は快速で名を馳せたクロムウェル巡行戦車をベースとしていますが、60%もの個所で設計が改められているそうです。最大装甲厚は101mm。

image011

 なお本車の同軸機関銃は2門に増設され、計3門の機関銃が装備されていました。

image012

 サラセンMark2装甲車(撒拉森二型装甲運兵車)

 
2名の乗員と10名の兵士が搭乗する装甲兵員輸送車。エンジン出力は160馬力、装甲厚は16ミリ、重量は11.2トン。武装は砲塔にブローニング30口径機関銃(L3 機関銃)を搭載し、1950年代から軍と警察の双方で使用されました。

image013

 フェレットMark2装甲車(雪貂二型巡邏車)

 
1949年に完成し、1971年まで4409両が生産されたうちの1両。最大装甲厚16mm、武装としてブレン軽機関銃を搭載していました。

 
なおサラセンとフェレットは1967年の香港暴動には投入された可能性があります。この暴動は中国本土の文化大革命の飛び火が原因でした。

image014

 車両展示スペースから進み、エレベーターで丘に上がると、すぐに64ポンド砲と復元された砲座が展示されています。この64ポンド砲は鯉魚砲台の建設当初から1887年に設けられたようですが、1905年には早くも撤去。砲は1990年までアドミラルティガーデンの土中に埋もれていました。

image015

 25ポンド野戦砲Mark2型。1940年から1945年に12000門生産されたうちの1門で、1945年のイギリス領復帰に伴い香港に持ち込まれ、1960年まで使用された、とあります。

 
この25ポンド野戦砲の口径は87.6mm、射程は12.255km。りゅう弾砲としても対戦車砲としても使用できる万能兵器で「第二次世界大戦最著名的火砲之一」とか。

image016

 25ポンド砲の砲旋回用のターンテーブル。砲の旋回を容易に行うための機構で、L118(M119) 105mm榴弾砲でも採用されています。

image017

 25ポンド砲の後ろは博物館の建屋があります。

image018

 博物館建設以前の鯉魚門砲台。博物館は半地下壕の真上に、屋根をかぶせるようにして建築されています。

image019

 ブレナン魚雷。20世紀初頭まで鯉魚砲台の海岸部の発射ステーションに配備されていました。

 
ブレナン魚雷とは、オーストラリアの発明家ブレナンが1877年に製作したもので、英語版wikipediaによると、"the world's first practical guided missile(世界初の実用誘導投射兵器)"

image020

 ブレナン魚雷の誘導は2本の高張力ワイヤによるもので、これを陸上から緊張弛緩することで針路を制御できるそうです。当時の試験では1800メートル先の標的に対し、わざと逸らした状態で発射され、180度回頭させて命中させています。雷速は27ノットと、当時としては高速です。

 
欠点はワイヤー繰り出し距離の限界に、夜間における誘導の困難さ。このため20世紀初頭には早くも退役したとか。

image021

 博物館の裏庭。塹壕風の通路が設けられ、砲台も復元されています。

image022

 6インチBL後装填式砲。(復元モデル)

 
口径152m、射程8200m、砲員は23名。普段はドーム内に格納され、射撃時にのみせりあがる機構により、砲台の位置を秘匿し、さらに被弾面積を減じています。


image023

 残されている地下壕も見学が可能です。

image024

image025

image026

 内部は綺麗に整備されていました。

 
次回(最終回)は博物館の屋内展示です。


参考資料
香港海防博物館パンフレット
そうだったのか!中国(池上彰 ISBN978-4-08-746545-7 2010年4月30日)
ぶらりあるき香港・マカオの博物館(中村浩 ISBN978-4-8295-0567-0 2012年12月20日)
世界の「戦車」がよくわかる本(齋木伸生 ISBN978-4-569-67338-7 2009年10月19日)
学研の大図鑑 世界の戦車・装甲車(竹内昭 ISBN4-05-401696-0 2003年4月1日)

世界の戦車・装甲車 (学研の大図鑑)

学習研究社
売り上げランキング: 883,580