無題 Name 名無し 16/11/08(火)15:13:12  No.444580

【山口直送】「ふぐ刺身2人前/超冷」
プーチン来日時ふぐ料理を出すと言われているが
調理人の身元を秘密警察が徹底調査
裁くところを軍関係者が監視
数十人の毒見役が同行
とかあるんだろうか

無題
Name 名無し 16/11/08(火)23:40:24  No.444627
毒魚といえば、日本軍が離島で自活しようとして失敗した話があったね
南方は毒のある魚が多いとか

無題
Name 名無し 16/11/09(水)04:03:51  No.444637
>南方は毒のある魚が多いとか
シガテラ毒ね
普通食用とされる魚でも保有している例が多くて厄介な毒

無題
Name 名無し 16/11/11(金)21:17:48  No.444868      
1478866668335
元日本海軍主計中佐の瀬間喬さんによると、日本水産研究所の協力で軍需部が編纂した「毒魚毒草図鑑」なるものが当時あって、各艦船部隊や軍需部に配布されていたそうでして、毒性は★の数で表すようになっていたんですが、既にレスされてる方の内容通り同じ魚でも場所によって毒性の違いがあるため、

「そこで海軍では最大公約数的な表現を取り、しかもなお安全を取って★印を実際より大目に付けてあるということであった」

…んだそうな

因みにこの方、昭和18年五月頃に第4海軍軍需部部員としてトラック島に赴任されてるんですが、既に戦局我に利あらず、生糧品の補給も乏しいとあって、先の図鑑と首っ引きで、現地で獲れる熱帯魚の中から安全そうなモノを選んでは細々と補給していたんだそうで

無題
Name 名無し 16/11/11(金)21:20:50  No.444869      
そんなある日、部下の糧食主任の主計中尉さんが

「部員!(略)毒魚を一晩冷蔵庫に入れておくと毒がなくなるのか食べられることを発見しました。部員(瀬間氏)も試食してください!」

…と提案してきたんだそうで、瀬間氏としては気乗りしないモノの、糧食担当の職責上、食べないわけにはいけないなあ…と決死の覚悟で数種の毒性★有り魚を試食したそうなんですが、「幸いにして死ななかった」為、

「先ず最初は横浜刑務所から施設部に送られていた囚人部隊に補給し、大丈夫であることを確認し、次に施設部の作業員の部隊に補給し、ここでも大丈夫であることを見極めてから将兵のいる部隊に補給することにした」

…んだそうな

無題
Name 名無し 16/11/11(金)21:21:36  No.444871      
勿論冷蔵と毒性減少に関する因果関係の科学的な研究というのは実際にはなく、死人が出なかったのはたまたまだろう、と瀬間氏自身も述懐されてるんですがw
補給途絶で餓死の危機にあってはまあ、こういう体を張った毒見というか実験もやむなしな状況だった、って話なんでしょかね

因みに瀬間さん、毒魚を試食する際には

「もしこれを食べて死んでも名誉の戦死ということになるのだろうか」

…との思いが脳裏をよぎったそうなんですが、実際どうなるんでしょねこういうケース…?

無題
Name 名無し 16/11/11(金)23:28:10  No.444889
数年前にタラワ島で山本匠が刺身を調理する番組がやってたのを思い出した
現地の日本兵たちも祝賀の日には刺身作ってたのかな

無題
Name 名無し 16/11/12(土)00:07:31  No.444890
>数年前にタラワ島で山本匠が刺身を調理する番組がやってたのを思い出した
>現地の日本兵たちも祝賀の日には刺身作ってたのかな

南方だとすぐ捌いて食べないと腐敗するから難しいんじゃね?
海軍は業務用冷蔵庫を載せているから、その点は楽だけど。

無題
Name 名無し 16/11/12(土)09:55:40  No.444921
>海軍は業務用冷蔵庫を載せているから、その点は楽だけど。
調理に時間に取られて食卓に並ぶ頃にはシナってたり
冷蔵庫があってもあの頃のじゃ保管期間とか
そんなに長く取れんだろし
もっとも健康管理上で生物はマズくないか?

無題
Name 名無し 16/11/12(土)14:24:44  No.444944      
赤道南下 (中公文庫)
>調理に時間に取られて食卓に並ぶ頃にはシナってたり
>冷蔵庫があってもあの頃のじゃ保管期間とか
>そんなに長く取れんだろし
>もっとも健康管理上で生物はマズくないか?

帝国海軍は南方でも釣り上げた魚を夕飯に出してたよ
もっとも軍艦からの釣りは禁止だが、食料事情から黙認状態だったらしい
     
無題 Name 名無し 16/11/12(土)16:39:12  No.444952      
>命に関る猛毒の魚を養殖してまで食べるってのはどうなんだ
>海外から見たら昆虫食級の嫌悪感だったりしないか

ウナギやアナゴの血液は淡白毒
だが60℃、五分間の加熱で無毒化できる。
正しい知識と調理法の確立で食の版図を広げてきたのだ。

日本人はタコ食うけどナマズはあまり食わないね。

無題
Name 名無し 16/11/12(土)21:06:09  No.444988
>現地の日本兵たちも祝賀の日には刺身作ってたのかな

昔の「丸」に海軍主計科の特集があって(中曽根首相の頃)、武蔵か何かの主計の人が書いてた記事に
トラック泊地でキハダマグロを刺身にして兵食で出そうとしたら
軍医長から「生ものは危険」との意見があり
ネギマ汁に作りかえて出したという話しが出てたな。

無題
Name 名無し 16/11/13(日)07:00:23  No.445021      
1478988023279
>冷蔵庫

これも前記瀬間さんのトラック島勤務時代の話なんですが、在任中防備の為配属されてきた陸軍部隊にも糧食補給することになったそうなんですが、現地産の魚を補給しようとすると

「海軍部隊は『冷蔵庫がないので要りません』という。それに反し陸軍部隊は『何でも頂けるものは皆ください』と言っている。海軍は平常軍艦に乗っている。軍艦には冷蔵庫も有り専門に作られた糧食庫もある。いわば部隊が糧食庫と一緒に動いているようなもので、食事は主計科がいつでも作ってくれるものと思っている。従って氷(南興水産の製氷機で氷はいくらでもできる)をつけてやるといっても冷蔵庫がないから要らぬという」

「陸軍部隊に『どうやって魚を保管するのかね』と聞いたら、『土地に深く穴を掘ってドラム缶を埋け、その中に魚を入れ氷で冷やします』と答えた。野戦に明け暮れて生活を続けてきた陸軍は違うなあと思った」

…そうなw

無題
Name 名無し 16/11/13(日)07:11:13  No.445023      
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因みに瀬間さんによると戦前戦中の日本海軍と漁師さん達の関係は非常に良好で

「練習艦隊や給油艦のように外国を回る艦が遠洋を航海していると、その船でおそらく一番新しいと思われる日の丸の旗を風にはためかせながら(遠洋漁業の)漁船が近寄ってきて『海軍サーン!新しい魚を食べて下さい」と怒鳴って真っ黒い顔に白い歯を見せて笑いながら、とれたての鰹や鮪を甲板の上に放りあげてくれたものである」

…んだとかで、早速飛び入りの食材で刺身が供食され、艦内の乗員の士気は大いに上がり

「全く軍民一致の良き時代の美しい光景であった」

…そうで
まだ日本海軍健在なりし頃の、微笑ましい思い出という所でしょうか…w

無題
Name 名無し 16/11/13(日)09:13:33  No.445026
>まだ日本海軍健在なりし頃の、微笑ましい思い出という所でしょうか…w
ところが漁網破ったり船舶に損傷出ると補償問題とか
当たり前のように噴出して海軍幹部は頭を痛めるんだな
あと「護衛艦あたご衝突事故」でもおなじみの縁起担ぎで漁師は軍艦スレスレを航行するから衝突事故も起きるし
潜水艦の潜望鏡が漁労中の木造船の船底ブチ抜いて弁償したこともあるし
内心ヒヤヒヤもんだったとか

無題
Name 名無し 16/11/13(日)10:18:26  No.445029      
大艦で内地の狭い水道通るときに、釣り船とかが喜んで手を振ってくるのはいいんだけど
こちとら細かい操艦はできないんだよ!航路開けて!!って苦労した話とかもよくありますよねw

因みに戦争も終盤頃になると、なけなしの燃料は艦船や輸送船に回されて漁船は出漁不能、一方で補給が滞って海軍の各部隊では生鮮食料が不足しがち…というわけで、海軍の側から燃料を斡旋して出漁させて(操業海域の監視も兼ねる場合もあったとか)、持ち帰ったサカナは海軍で買い取るようにしたそうなんですが、それに関わる話の一つで、元海軍衣糧研究部部員の賀陽徹生主計中佐さんによりますと

「台湾の漁船数百隻が岸壁に繋留されたまま遊んでいるのに目を付け、燃料を斡旋してこれにマグロを漁獲させる案を当時の日本水産の米根寿一という取締役が持って来られた」

無題
Name 名無し 16/11/13(日)10:22:13  No.445030      
「早速実施となった(略)数百隻の漁船はスール海に行って一トンもあるような大きな黒鮪をどっさりとって来た。黒鮪の肝臓には二〇万単位のビタミンAが含有されている(略)葛原工業の丸山重役を呼び、ビタミン食の資源として活用したものである。肉は合同パインの中村氏に頼んでフィッシュボールの缶詰に製造して補給品に充当した」

…んだそうで

ビタミン(A)食は当時航空兵他の夜間視力補強サプリメントとして重視されてましたから、あるいは戦争後半、優位のアメちゃんに決死の夜戦を挑んだ我らが海の荒鷲さんの奮闘の幾許かは、マグロの肝臓が支えていたりするのかも知れませんですな…w
     
無題
Name 名無し 16/11/13(日)10:57:02  No.445033
ビタミンといえばRAFの夜戦隊が食べたらなぜか夜よく見えると
ブルーベリー食べてたなんて話があったような

>潜水艦の潜望鏡が漁労中の木造船の船底ブチ抜いて弁償したこともあるし
ゴンとぶち抜いた手応えあったとも思えないし
聴音器で異音に気付いたか潜望鏡を覗いたら
目の前に木造船の船底だったなんて事だったんだろうか

無題
Name 名無し 16/11/13(日)11:07:02  No.445036
>ビタミンといえばRAFの夜戦隊が食べたらなぜか夜よく見えると
>ブルーベリー食べてたなんて話があったような

 第二次世界大戦当時、イギリス空軍には夜間迎撃戦闘機で活躍した、ジョン・カニンガムというパイロットがいた。イギリスの航空機メーカー、デ・ハビランド社のテストパイロットであり、後に取締役にまで上り詰めた人物だ。

 ドイツ空軍との空戦では連戦連勝。当時のイギリスでは。その原動力として「暗視能力の高さ」が挙げられた。そして「毎日、ニンジンを食べていたから暗視能力が高かった」とPRされたという。ん? ニンジン……? そう。ビルベリーでもブルーベリーでもなく、元ネタはニンジンだったのだ。

無題
Name 名無し 16/11/13(日)11:07:48  No.445038
実は当時のデ・ハビランド社のモスキート機には、最先端技術であったレーダーが搭載されていた。実際の戦果は高機能レーダーによる部分が大きかったが、イギリスの情報部としてはその事実は隠蔽しておきたい。そこで「特殊能力を持つヒーロー」を作り出し、戦闘力の源を隠すことで戦いを有利に運ぼうという思惑があったというのだ。

「食べ物で目がよくなる」という説自体、旧イギリス空軍による事実の捏造である上に、いつの間にかニンジンがベリー類に入れ替わってしまったという、歴史の捏造の見本のような見事な展開。もちろん果実に罪はないが、少なくとも”機能性”という意味において、ビルベリーやブルーベリーの立場がとても(ベリー)弱くなるのも致し方ないのかもしれない。


http://hbol.jp/66543

無題
Name 名無し 16/11/13(日)13:39:16  No.445046
>目の前に木造船の船底だったなんて事だったんだろうか
その辺は士官の食事時の会話で詳しく書いてないが潜望鏡上げて見回しても真っ暗
一度降ろして上げ直すと必死に逃げる手漕ぎの漁船がいたとか
追いかけて手空き全員で修理して謝罪の上いくらかの弁償をとなったが
「こんな恐ろしい目を見たのはへその緒切って以来初めてじゃった」
と漁師は震えてたとか

無題
Name 名無し 16/11/13(日)17:17:40  No.445070
>「こんな恐ろしい目を見たのはへその緒切って以来初めてじゃった」

海軍の水兵さんと違って、選択の余地もなく漁師になった人たちは根性が軍人やヤクザよりも遥かに据わっているので、マジのケンカになったらヤクザは漁師さんにとても叶わないそうですね

そんな漁師さんがこう仰るのですから、海の怪物に遭遇したような生まれて初めての恐怖を覚えたのでしょう。嵐や難破は覚悟していても、あまりに想定外だったでしょうし

無題
Name 名無し 16/11/13(日)17:43:55  No.445071
>「こんな恐ろしい目を見たのはへその緒切って以来初めてじゃった」
>海の怪物に遭遇したような生まれて初めての恐怖を覚えたのでしょう
もう少し詳しく書くと
「舟板破ってにゅっと出たモノに光る目が爛々と輝いてた。龍神様の祟じゃ!と思て一生懸命漕いだ」
とか
その話を聞いた艦長は
「どっかで聞いたことあったが君が犯人か!」
で一同どっと沸いたそうな

無題
Name 名無し 16/11/13(日)14:04:39  No.445048
>なけなしの燃料は艦船や輸送船に回されて漁船は出漁不能
漁獲量が知れてるとはいえ手漕ぎの漁船による沿岸漁業もあるわけで
燃料切れ=出漁不能
じゃねーよ!
No.445029は漁師にケンカ売ってんのか?
時代遡れば江戸時代に遠浅の海があって貝が拾い放題なんで
飢饉の時は浜で潮干狩りして飢えをしのいだなんてところもあるし

無題
Name 名無し 16/11/13(日)14:31:30  No.445050      
>夜よく見えるとブルーベリー食べてた
賀陽さんによるとビタミンAによる視力向上は御自身の研究テーマでもあったそーなんですが
厳密にいうと単純な暗視視力ではなくて、眩惑照射に対する効果を狙ったんだそうなんですな

要は夜間雷撃の際、標的の敵艦から雷撃機が探照灯で照射されるとそれまでの闇に慣れた搭乗員さんの視力は一時的にうぉっ眩し!と低下して、その後再び正常に戻るわけなんですが、当然回復する時間は短ければ短いほどよろしいわけなんですね

そして当時既にこの時の人体の働きを高めるのにビタミンAが効果的との知見が得られておったんだそうでして、空母「赤城」搭乗員を対象に暗室を用いての実験の結果、ビタミンA投与者に効果あり、即ちビタミンAがエーで!という事になったそうですw

尤もビタミンAは体外に排出されにくい脂溶性ビタミンで、天然でコレを豊富に含む魚や白熊の肝臓での食中毒事例もあったりしますので、過剰投与はまたよくなかったりするそうなんですが

無題
Name 名無し 16/11/13(日)14:34:07  No.445051      
余談ですが「海軍主計大尉小泉信吉」という本がありまして、コレは戦中重巡「那智」および特設砲艦「八海山丸」で主計科士官として勤務された方が御家族に送られた手紙を中心に父親の小泉信三さんがまとめられたものなんですが、その中に「八海山丸」主計長として南方で哨戒任務に就いていた時の様子も詳細に描かれておりまして

「兵隊が盛んに釣りをする、そして刺身にして食べる話は既に御知らせしたこととて御承知のことと思いますが、嘗て小生が『南洋の魚には毒魚が多い』と言ったことも覚えて居られると思います。しかし我々の居る所は、殆ど毒魚らしきものは棲息せず、ただ内地の平鯵の如き二三尺もある魚、これは時々食べたものが『シビレ』ることがあると聞いていました。それもしかし、食べれば必ず『シビレ』がくるわけではないので兵隊は平気で食べます」

無題
Name 名無し 16/11/13(日)14:34:31  No.445052      
「ところが二三日前の夜の事です。その日は夕食にビール一本ずつ出したので、ビールの肴にと、釣り糸を垂れたものが相当ありました。その中に、本艦の釣り好きの一人たる看護兵曹も居ったのです(略)三尺近き平鯵、早速この獲物は待って居た主計兵曹と、主計科で働いている前身が魚河岸のアンチャンたる一等水兵の手により刺身に作られ、看護兵も一人それに加わって、四人で刺身を食い、ビールの満をひいたのでした殊に主計兵曹は刺身が大好物で、もりもりと貪り食ったそうです(略)数時間後、主計兵曹は全身がシビレてきて目を覚ましました。驚いた彼は、今は徒に涎れの流れる口に力を入れ『フィビエタ(しびれた)』と言いました」

「翌日一日休んで身体は全く恢復(略)ぴんぴんと働いて居ますが、あぶない話ではありませんか」

(ペロッ)…これはシガテラ!! って所ですけれど、まあ美味しい鮮魚を食べたい欲求と食中毒の危険性、自然の生き物の複雑さまで色々複雑な事情が垣間見えるエピソードではありますのうw

無題
Name 名無し 16/11/13(日)14:47:36  No.445055     
>手漕ぎの漁船による沿岸漁業もあるわけで
言葉足らずで申し訳なかったですけれど、まあ遠洋漁業用の機船のお話という事で…

因みにこれも瀬間喬氏の著書から、戦争末期の佐世保での話になるんですが

「時々、特殊漁船が底引き(網漁)の魚を一杯積んで入港した。その魚は兵食として艦船部隊に補給するのである。特殊漁船と言うのは、民間の漁船は燃料が無くて動けぬので海軍から燃料を官給し、海洋に出ている時は敵潜の監視の役をやらせながら漁労に従事させ、獲れた魚は海軍が皆買い上げる仕組になって」

いたそうなんですが、ある時その魚の中に大きなトラ河豚が混じっていたそうなんですな

無題
Name 名無し 16/11/13(日)14:48:19  No.445056      
「当時九州で河豚を食うのは福岡県と大分県だけであった。こんな事から軍需部との間に入っている請負人はどうしようもないので捨てると言い出した。私はそれを聞いて、『それは俺が食うので俺にくれ』と言ったら皆目をまんまるくしていた」

そうなんですが、実は瀬間氏の奥さんが偶々河豚の調理法を心得ておられまして、持ち帰った河豚は早速テッサとテッチリにして美味しくいただいたんだとかで、「糧食部員としての唯一度の役得であった」そうな

ただし翌朝早くに、付き合いのあった水産会社の社員さんが自宅に、

「河豚中毒で死んではせぬかと思って」見に来た、というオチがついたそうですが…w

  引用元: http://may.2chan.net/39/res/444580.htm

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