無題 Name 名無し 16/10/25(火)00:30:23  No.1193433

800px-Japanese_Type_1_Anti-Tank_gun
47mm砲スレ

無題
Name 名無し 16/10/25(火)06:26:02  No.1193464
やはり一番の見せ場は沖縄戦でしょうか?
2門しかなかった砲を挟撃戦法でかなりの戦果をあげちょりますからね
撃破される前の12門すべて挟撃で使えていたら
もっと戦果が上がったのでしょうかね

無題
Name 名無し 16/10/25(火)06:30:01  No.1193466
47mmじゃ苦労したろうな。88mmが有れば

無題
Name 名無し 16/10/25(火)08:57:50  No.1193469
こいつと弾を共用したいって理由でチハに試製五十七粍戦車砲の搭載が見送られて四十七粍戦車砲になったんだよな

無題
Name 名無し 16/10/25(火)09:19:18  No.1193470
>試製五十七粍戦車砲
試製五十七粍戦車砲は四式中戦車の1号車に搭載されてましたね(・w・
例の沈んでると言われている四式は1号車だそうで

無題
Name 名無し 16/10/25(火)15:59:54  No.1193493
120mm迫撃砲のほうがいい仕事しそう

無題
Name 名無し 16/10/25(火)17:00:23  No.1193496
戦車には重量やサイズの問題で乗せるのは無理でもまともな対戦車砲くらい作っとけって感じよね

無題
Name 名無し 16/10/25(火)19:00:31  No.1193502
>こいつと弾を共用したいって理由でチハに試製五十七粍戦車砲の搭載が見送られて四十七粍戦車砲になったんだよな
ドイツのⅢ号戦車も最初は50㎜砲を搭載するつもりだったけど似たような理由で37㎜砲になったんだよな
日本の場合は57㎜榴弾砲から47㎜速射砲という流れだったけど
その後どちらも想定していた目標よりも重装甲の相手に苦戦して火力を強化する結果になったのは興味深い
>まともな対戦車砲くらい作っとけって感じよね
対戦車砲に関しては昭和17年に研究が開始されたみたいだけど(所謂ナト砲)
その際に牽引型で実現するのは困難って事で自走式となったけど
結局重量やサイズの問題は対戦車砲まで影響を与えたみたい
一応90式野砲は対戦車砲としても活用されたけど
これはM4に対しては有効だったけど十分な威力を持ってるとは言いがたい状況だったし

無題
Name 名無し 16/10/25(火)22:39:07  No.1193532
応急措置で砲身をのばす気はなかったんだろうか
60口径くらいは可能だったんじゃないかな。

無題
Name 名無し 16/10/25(火)23:00:28  No.1193540
>応急措置で砲身をのばす気はなかったんだろうか
砲身を伸ばす事によって得られる威力向上が
それに必要な手間や資源や発生するデメリット(重量増加とか)に見合ったかどうかが問題だな

無題
Name 名無し 16/10/26(水)00:42:13  No.1193552
逆に47ミリ短戦車砲って短砲身版を試作してるよね

無題
Name 名無し 16/10/26(水)07:38:28  No.1193562
>応急措置で砲身をのばす気はなかったんだろうか
長いほど支える根本はツラくなるし
熱に晒されて曲げモーメントのかかる砲はさらにタワむだろ。
それなりに解決する課題は多いと思う。
ライフリング切るのも大変そうだ。

無題
Name 名無し 16/10/25(火)22:54:11  No.1193538      
http://cgi.2chan.net/f/src/1477467660671.png
47mm Skoda vz 38
これを日本戦車に乗せようぜ

無題
Name 名無し 16/10/26(水)07:40:24  No.1193563
離島や密林みたいな比較的近距離で敵も運用上軽戦車が主流な中でいくつか戦果あげてるけどもし41~42年あたりにロシアと戦ってたら戦果あげられたのかな?

無題
Name 名無し 16/10/26(水)07:58:18  No.1193565
タイフーン作戦が失敗するまで極東は後回しになるのでBT-7と少数のT-34なら対抗できる。
対ソ戦の場合ウラジオルートを遮断になるからタイフーン作戦が成功するかも。
その場合ヨーロッパ方面をすててアジア方面に火力を集中するかもしれない。

無題
Name 名無し 16/10/26(水)12:23:35  No.1193580
ノモンハンの時点で動けない対戦車砲は位置曝露したらアウトレンジから仕留められてたでしょ
障害物利用できない地形だと数押しのパックフロントでも構築するしかないけども
長大な戦線を予備戦力とともにカバーするほどの量投入するかしないと迂回や突破で終了

ドイツの猛攻受けてる中でもソ連の極東防備がおろそかになってたわけでもないし
T-34やKV相手じゃ5cm PaK38でも駄目

無題
Name 名無し 16/10/26(水)15:41:40  No.1193589
>ドイツの猛攻受けてる中でもソ連の極東防備がおろそかになってたわけでもないし
いや、ある程度おろそかにはなってるよ。
精兵や優良装備は東部戦線に送られて、補充兵と二線級装備で埋めてる。
部隊数や兵員数は減ってないけど、戦力は低下してる。
末期の関東軍ほどではないけど。

無題
Name 名無し 16/10/26(水)12:28:50  No.1193581
長砲身になると寿命が短くなりそう
日本の台所事情的にも対戦車限定の砲より野砲としても使える砲が便利なんやろな

無題
Name 名無し 16/10/26(水)16:41:00  No.1193594      
http://cgi.2chan.net/f/src/1477467660671.png
防衛戦主体になることが分かっていた大戦後期の東南アジア。昭和17年初頭にはドイツからこの技術が伝わっていたんだよね。ジリ貧ドアノッカー機動砲47ミリに後付けできる軽量安価で大量生産OKのよいことづくし。
運用もそれまでの対戦車戦闘方法に加えて目標によって選択すればよいだけの、正に貧乏日本人向けオプション兵器なのになぜ採用、配置に踏み切れなかったんだろう?
砲兵科内でのカテゴライズやセクト意識
「歩兵の重擲弾筒じゃあるまいし、速射砲兵が帽子付を撃てるか!」からだったのか?

無題
Name 名無し 16/10/26(水)22:15:55  No.1193645
>なぜ採用、配置に踏み切れなかったんだろう?
それって装填に手間が掛かる上に命中精度もあまりよくなく有効射程が100m程度だそうだから
そこまで引きつけるなら普通に側面を狙った方が良いと判断されたとか?
あとはそういった外装式成形炸薬弾よりも野砲や山砲用のタ弾の方が装填速度や命中精度の点で有効だと判断されてそっちが優先されたんじゃないかね

無題
Name 名無し 16/10/26(水)16:51:41  No.1193595
一式機動四十七ミリ速射砲は普通にM4抜けたし。
東南アジアでよく見かけるM3やバレンタインなんか余裕だし。
KVやJSが出てくる東部戦線とは違うのだ。

無題
Name 名無し 16/10/26(水)17:20:34  No.1193597
>普通にM4抜けたし。
笑いをとりに来てるのか?

無題
Name 名無し 16/10/26(水)17:32:29  No.1193598
待ち伏せ攻撃する範囲では抜けただろう。
少なくともNo.1193594の擲弾モドキが有効なような距離では。
37ミリにってんならわかる話だけど。

無題
Name 名無し 16/10/26(水)17:38:49  No.1193600      
http://cgi.2chan.net/f/src/1477471129983.jpg
>待ち伏せ攻撃する範囲では抜けた

ここ↓読んでレスした?
>それまでの対戦車戦闘方法に加えて目標によって選択すればよいだけの
君の論理で行くと西部戦線独軍はこれで大方対処できたのに
なんでオーバースペックの対戦車砲を揃えたんだろうね?

無題
Name 名無し 16/10/26(水)17:48:56  No.1193601
M4の装甲は砲塔正面76ミリ、車体正面51ミリで、KV-2の砲塔正面110ミリには遠く及ばない。砲塔側面75ミリと同程度。
JS-2の車体側面90ミリより砲塔正面が薄い。
対峙する敵戦車の強さが全然違う。
M4の車体側面は45ミリで、一式機動四十七ミリ速射砲は距離700メートルで抜けたそうな。
もちろん条件によるんだろうけど。

無題
Name 名無し 16/10/26(水)17:49:58  No.1193602
牽引対戦車砲なんて元々待ち伏せするのが本来の使い方だし。

無題
Name 名無し 16/10/26(水)18:11:11  No.1193604
丁寧にレスしてくれたのはよいんだけど
>もちろん条件によるんだろうけど。
そこが分かっていて
諸元ゲーム的な抜ける抜けない。はいいんだわ
軍板の住民なら嘉数高地の奮戦は知ってるだろうしね
スレの流れは47mmの開発~アップデイトの流れになってたし、よくあるifとして日本陸軍の外装式成形炸薬弾の可能性を問いかけてみたくなったんでね

無題
Name 名無し 16/10/26(水)18:24:39  No.1193605
高射砲用の徹甲弾すら準備がなくて平射転用がろくにできなかったわけだし
さらに特殊性が増したような砲弾には生産すら期待できんでしょ

無題
Name 名無し 16/10/26(水)22:25:28  No.1193647      
>高射砲用の徹甲弾すら準備がなくて平射転用がろくにできなかったわけだし
八八式高射砲はノモンハン事件や嘉数の戦いでは対戦車砲としても運用されて事もある他に装甲列車や沿岸要塞の備砲としても使われてたし結構平射運用は行われてたんじゃないかね
一式徹甲弾も用意されてたし

無題
Name 名無し 16/10/26(水)23:15:28  No.1193657
使用弾種一覧には徹甲弾があるけどじゃあその数はどれだけってなると
ドイツみたいに最初から高射部隊が対地上目標射撃前提の設計・運用になってなきゃ期待できるもんではないだろう
BTくらいのペラさなら中口径高初速の榴弾でも食えるがシャーマン相手ではもうだいぶ厳しい

ラバウルの例だと水際平射配置は砲身寿命がきてしまった砲の余生
舟艇や兵員相手なら榴弾でいけるし

無題
Name 名無し 16/10/27(木)02:11:22  No.1193672
>使用弾種一覧には徹甲弾があるけどじゃあその数はどれだけってなると
アジ歴で見つけた資料によると1941年から1945年までに生産された八八式用の一式徹甲弾は
41年:一万六千五百発 42年:四万発 43年:十五万発 44年:十万発 45年:4千発(四式徹甲弾:8月まで)
となっていて一式徹甲弾以前にも九五式破甲榴弾が使われていたと言われているけど
こっちは残念ながら見つけられなかった
ただM4登場以前から一式徹甲弾の生産が万単位で行われていたことを考えると
こっちもそれなりの規模だったと思うんだけど実際どうなんだろう

     
https://www.jacar.archives.go.jp/aj/meta/listPhoto?NO=5&DB_ID=G0000101EXTERNAL&ID=%24_ID&LANG=default&image_num=4&IS_STYLE=default&TYPE=JPEG&DL_TYPE=pdf&REFCODE=C14010826800&CN=1

無題
Name 名無し 16/10/27(木)14:25:23  No.1193706
>アジ歴で見つけた資料によると1941年から1945年までに生産された八八式用の一式徹甲弾は
>41年:一万六千五百発 42年:四万発 43年:十五万発 44年:十万発 45年:4千発(四式徹甲弾:8月まで)
うーん意外なほど作ってるね…総量でティーガーI用の徹甲弾1年ぶんくらいにはある
平射や俯角射撃に配慮されたマル特仕様の7高と一緒に船舶武装用に回されたか?
徹甲弾はあるのに敵新型戦車に対しては高射砲の対戦車転用でしのごうって動きが大々的にはみられない理由はあったはずだし

無題
Name 名無し 16/10/27(木)20:04:31  No.1193723
作れてもそれを前線まで輸送できたかは別の話。

無題
Name 名無し 16/10/27(木)00:34:13  No.1193667
防盾が逆台形ぽい形で足元がら空きな所が悲しい
がっちり陣地構築して偽装できないと
位置がばれたら手前に榴弾落とされて皆さん爆風と破片で…
あと、日本の対戦車砲チーム 他の武装は指揮官の拳銃と小銃1丁であとみんな銃剣のみ装備だけなのは泣けた

無題
Name 名無し 16/10/27(木)02:24:16  No.1193677      
>がっちり陣地構築して偽装できないと
>位置がばれたら手前に榴弾落とされて皆さん爆風と破片で…
そりゃほぼ全ての対戦車砲に言えることだと思う
防楯なんて大きさはたかが知れてるから大概のやつは位置がばれたら終わる
下手すると防楯ごと吹っ飛ばされるし

無題
Name 名無し 16/10/27(木)06:59:55  No.1193682
手前に落ちた榴弾に耐える砲なんてないだろ。
砲の発砲炎防御が目的だし。

無題
Name 名無し 16/10/27(木)04:12:53  No.1193679
>日本の対戦車砲チーム 他の武装は指揮官の拳銃と小銃1丁であとみんな銃剣のみ装備だけなのは泣けた
当時の米軍や独軍、露軍は小銃や騎銃装備ですが、日本陸軍的には速射砲兵に限らず、砲兵は基本ゴボウ剣しか装備していないので「そういうもの」と思っていたんでしょうね
ただでさえ砲が重くなって大変なのに、小銃なんか持たされるなんてとんでもないという感じだと思います
スレ画は装軌砲牽引車で移動していましたが、射座につけるのは人力ですから・・

無題
Name 名無し 16/10/27(木)04:00:17  No.1193678
戦車第二師団速射砲隊で小隊長(少尉)だった方から生前伺った話

小隊にはスレ画像が装備されていたんだけど、旧型の三十七粍の方が評判が良かったそうで
理由は方向転把のロッドが設計ミス(という表現を使っていた)で、揺架に当たってしまい操作しづらかったからだとか

駐屯地は満州は勃利だったけど、T34の情報は全く部隊に伝わっていなかったとの事
部隊に居たのは昭和18年から19年、師団が比島に動員される直前に転出
(戦友会の名簿を見ると殆ど全員戦死/戦病死しています)
戦車師団速射砲隊でT34を知らないという事は、他部隊でも情報はなかったのではないかと思っています
ノモンハンで鹵獲したBTは教材になっていて写真も見ましたが、砲塔しか写っていなかったのでBT5か7かは判別出来ず
BTはチハに比べ作りも粗く大した事はないから、ソ連戦車をあなどっていたそうで

引用元: http://cgi.2chan.net/f/res/1193433.htm

日本陸軍の火砲 歩兵砲 対戦車砲 他―日本の陸戦兵器徹底研究 (光人社NF文庫)