無題 Name 名無し 16/06/25(土)22:52:04  No.1177085

1466862724300
(画像引用元)http://sve.2chan.net/cgi/f/src/1466862724300.jpg

縁の下の力持ち兵器?スレ
古今東西新旧陸海空関わりなく
アニメ・漫画・仮想小説は無し

取りあえず有名な
小松製作所G40型押均機(ブルドーザー)
昭和17年12月に日本開発機製造に試作依頼
小松製作所で組み立て
後に全て小松で生産
148台生産・・・IFはダメですが戦前に揃っていれば・・・
っとちょっと思ってしまいますね

図解 軍用車両 (F-Files No.049)
野神 明人
新紀元社
売り上げランキング: 384,213

無題
Name 名無し 16/06/25(土)22:54:36  No.1177086
1466862876063
(画像引用元)http://svc.2chan.net/cgi/f/src/1466862876063.jpg

同じく鐘淵デイゼル工業制作の5t押均機
18年8月に完成、生産は大凡70台

無題
Name 名無し 16/06/25(土)22:56:42  No.1177088 
1466863002455
(画像引用元)wikipedia,原典 Taki's Imperial Japanese Army HP

九八式装甲運搬車

本邦としては実に贅沢な装備…

無題
Name 名無し 16/06/25(土)22:58:30  No.1177089 
1466863110467
(画像引用元)http://aug.2chan.net/cgi/f/src/1466863110467.jpg

同じく鐘淵デイゼル工業の7.5t押均機
ウエーク島で捕獲した米軍のALLISE CHALMERS製とシンガポールで捕獲したCATERPILLAR製のブルドーザーを基本にして昭和19年4月に完成
150台前後生産

無題
Name 名無し 16/06/25(土)23:01:49  No.1177092 
1466863309064
(画像引用元)http://svb.2chan.net/cgi/f/src/1466863309064.jpg

鐘淵デイゼル工業の15t押均機
戦局悪化で50台予定が実質試作3台で中止に;
昭和19年8月完成

無題
Name 名無し 16/06/25(土)23:08:11  No.1177095
1466863691750
(画像引用元)http://svf.2chan.net/cgi/f/src/1466863691750.jpg

久保田鉄工陸式8t押均機
これは九二式8t牽引車改造型ですが陸軍では排土車(海軍では押均機、つまりブルドーザー)と呼ばれ陸軍航空本部の命で大凡50台生産
海軍へは1~2台提供

無題
Name 名無し 16/06/26(日)00:20:28  No.1177104
モータリゼーションや農業の機械化を経ること無しに戦車どころか補助車両すら安定して供給できない
まあそんな国そのものが現代に至っても少数だしね。
でも、日本の黎明期の状況を考察できる資料になると思う

無題
Name 名無し 16/06/26(日)03:22:19  No.1177122
1466878939070
(画像引用元)http://jan.2chan.net/cgi/f/src/1466878939070.jpg

飛行場に戦艦の主砲弾を何百発撃ち込まれても
数日でまた飛行機を飛ばすまでに修復する
アメリカの機械力はチート

無題
Name 名無し 16/06/26(日)05:00:24  No.1177125 
1466884824400
(画像引用元)http://aug.2chan.net/cgi/f/src/1466884824400.jpg

おおはじめてみる写真がいっぱい…
牽引車は大正時代から使われていましたね
これはホルト五屯牽引車

>148台生産・・・IFはダメですが戦前に揃っていれば・・・
CAT D7が輸入されたのが41年だそうで
それより以前の満州での取り組みが成功していれば…とは思うのですが

無題
Name 名無し 16/06/26(日)08:20:23  No.1177135
しかし、工作機械も満足に揃ってないのに戦争始めたのかよw
ったく当時の偉い人は何考えてたんだろうね

無題
Name 名無し 16/06/26(日)13:19:41  No.1177170
>しかし、工作機械も満足に揃ってないのに戦争始めたのかよw
>ったく当時の偉い人は何考えてたんだろうね

足らぬ足らぬは工夫が足らぬ

ちょっとやそっとの工夫など物量と技術で無に等しくなる

無題
Name 名無し 16/06/26(日)14:05:42  No.1177186
>足らぬ足らぬは工夫が足らぬ
>ちょっとやそっとの工夫など物量と技術で無に等しくなる
技術とは体系化された工夫です
例えば滑走路
日本のコンクリート滑走路に対してアメリカのアスファルト滑走路は施工が早く済む利点があった訳ですが、その弱さゆえに日本では使われなかったのです
実際アメリカでも開戦前後まで同じで、重爆用のアスファルト滑走路開発では、例えば1941年のラングレーの試験舗装は失敗しています
でもここで、カリフォルニアのハイウェイ技術開発で生まれたCBR試験が問題を解決します。路盤砕石の厚みを試験結果から外挿された値にしたのです。必要だったのは厚さ70センチ以上の角礫砕石でした
戦後、世界中の道路と滑走路が、CBR試験の値と最大荷重で路盤厚みを設計するようになりました
ハードウェアだけでは何にもならんのですよ

無題
Name 名無し 16/06/26(日)08:22:50  No.1177136
>戦前に揃っていれば・・・
だって戦前は人件費安かったから、土木事業は失業対策だし。以上テンプレ(まだどなたかも書き込んでなかったので

無題
Name 名無し 16/06/26(日)13:09:19  No.1177168 
1466914159993
(画像引用元)http://svd.2chan.net/cgi/f/src/1466914159993.jpg

海軍設営隊の加藤製作所 一二型10t牽引車と金剛製作所製 六立米鋤取車(キャリオール)

個人的にこういう後方支援車輌ですとかロジスティック系が大好きです

無題
Name 名無し 16/06/26(日)13:18:34  No.1177169
1466914714428
(画像引用)http://aug.2chan.net/cgi/f/src/1466914714428.jpg

大阪鉄工所 10t牽引車(後ろは金剛製作所製 六立米鋤取車)
昭和18年~20年までに21台の発注でしたが完成車は可成り少数だったようで・・・

因みに、この大阪鉄工所は明治14年にイギリスの実業家により創業
基本的に造船が主力でしたが昭和11年に日立製作所の傘下に入り昭和18年に日立造船となっています
大手の会社の歴史も面白いものですね

無題
Name 名無し 16/06/26(日)10:14:14  No.1177144  
トラクターがないのなら、馬を使えばいいじゃないか

無題
Name 名無し 16/06/26(日)10:34:19  No.1177151
力仕事をお馬さんにさせるなんてとんでもない!
そこは牛だろ

無題
Name 名無し 16/06/26(日)13:33:27  No.1177175 
1466915607665
(画像引用元)http://jul.2chan.net/cgi/f/src/1466915607665.jpg

>トラクターがないのなら、馬を使えばいいじゃないか

>そこは牛だろ

くくく…どうやら地上で最も力持ちな動物さんの出番のようですな…!

因みにわが日本軍がもっとも象さんにお世話になったのはやっぱりタイ・ビルマといった東南アジア戦線なんですが

歴史的には過去の王朝が戦象部隊を運用してたりするこの地域、WW2頃には主にエゲレスの植民地事業としての林業での使役がメインでして、例えばビルマではエゲレスのチーク材会社で1万頭近い象さん達が鼻と脚で2~4トンのチーク材を密林から引き出す作業に使われてたそうなんですが

大東亜戦争開戦後に日本軍がビルマを占領した際、同事業を引き継いだ日本ビルマ木材組合でも約6000頭の象さんをそのまま再雇用(?)したんだそうな

無題
Name 名無し 16/06/26(日)13:34:32  No.1177177 
1942年11月から始まった有名な泰緬鉄道の建設においても、タイ・ビルマから動員された300頭の象さんが大きな働きを示して、

「一頭で人間約三十人分」

と能率よく作業をこなし、南方軍鉄道隊参謀だった広池俊雄大佐をして

「この鉄道は象鉄道」

…と言わせしめる功績を残してるんですが、一方で象さんの駄載力は意外に低く(米俵2個=約200キロ程度が限度だとか)、その調教も「素人」の日本兵の手には余り、地元の象使いさんにしかこなせないとあって、物資輸送よりはそのパワーを活かした密林の伐採や道路工事向けの「兵器」だとみなされてたんだそうで

無題
Name 名無し 16/06/26(日)13:39:39  No.1177178 
ただ逆にこれが幸いしたのが1944年3月からのインパール作戦で、いわゆる「ジンギスカン」作戦で物資輸送に動員された牛・馬・羊等が、前進する部隊に同行しての強行軍の中、次々に悲惨な末路を迎える中で、象さんのみは言わば後方待機の形で温存されまして、やがて作戦が敗北に終わり、悲惨な退却戦が始まりますと、雨季に入って泥濘と化し、頼るべき軍馬も殆ど失った日本軍部隊の為にこれらの象さんによって「特別挺身輸送隊」が編成されまして背中に5人用の乗用カゴを取り付け、道中で見つけた傷病兵さんを拾い上げては後送するという任務に動員されたそうです

この「象部隊」に命を救われた人数は少なからぬ数に上ったそうなんですが、飢えて病み疲れ切り、道端で死を待つだけだった兵隊さんには、まさにジゴクにホトケといった存在だったんじゃないでしょか…w

無題
Name 名無し 16/06/26(日)13:40:13  No.1177179 
因みに日本のビルマ占領で従業員(?)の象さんごと会社を奪われたエゲレスチーク材会社の支配人だったウイリアム=サンと言う方、インドに脱出すると英軍の「象顧問」に就任、インパール戦においては日本軍撃退後に150頭の象さんを駆使して、追撃用の車両道路を啓開する作業に当たってたりするそうで

ここでも象さんの働きっぷりはなかなか評判がよろしかったらしく、エゲレス側司令官のスリム元帥も

「特に象たちには感謝の言葉もありません。彼らは私たちの為に、道路や飛行場や何百もの橋を建設し、大砲の輸送を一手に引き受けてくれたのです」

…と最大級の賛辞をささげてたりするんだそうで
まさに「縁の下の力持ち」として、敵対する双方から頼りにされた「兵器」だったということみたいですな…w

無題
Name 名無し 16/06/26(日)16:04:50  No.1177204
>>米俵2個=約200キロ程度

米俵1俵100キロ?

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%B5_(%E5%8D%98%E4%BD%8D)
では60キロなんだそうだが

無題
Name 名無し 16/06/26(日)13:44:39  No.1177181 
1466916279385
伊361型潜水艦(潜丁型)
所謂 輸送型潜水艦です
まあ・・・搭載量が100t弱だったそうです

魚雷発射管は無しでしたが、なんと敵レーダー波対策で艦橋の一部を逆台形型にして電波を拡散するという・・
現用艦艇のステルス艦橋の御先祖様です

無題
Name 名無し 16/06/26(日)22:27:16  No.1177295
>>輸送型潜水艦です

この存在に疑問を持たなかったのかなー
これを使用しなきゃいけない離島じゃ戦力の維持なんてできっこないって
まず普通にシーレーンを維持できる所まで引けってw

ドイツから色々持ってくるのを阻止されてるから
それらの運搬用に使えばよかったのに

無題
Name 名無し 16/06/26(日)13:55:58  No.1177183
1466916958522
工作艦「明石」
それまでこういう艦艇建造が予算的に不可能だったようですが
昭和9年に漸く予算が認められ12年より建造開始
1隻で連合艦隊修理の40%を担当できるほど有能でした
また繰り返しちゃいますが「せめてもう1隻(ry」

因みに中身ですが工作機械114台で、工作関係材料の重量は1155t、
工場は第1・第2機械工場、第1・第2組立工場、焼入工場、鋳造工場、鍛冶鉱金工場、鍛冶工場、銅工場、溶接工場、木具工場、兵器工場、電機工場、工具室、青写真室等々

無題
Name 名無し 16/06/26(日)14:15:20  No.1177189
http://c5557.photoland-aris.com/100siki-keninsya.htm

これは有名ですので載せるかどうか迷いましたが

一〇〇式鉄道牽引車
名前の通り鉄道車輌を牽引する車輌ですね
満州や対ロシア、南方でも使えるようにゲージ調整が可能

朝霞駐屯地に現物が未だに保管されています
ただ朝霞の車輌のエンジンは戦争中に故障若しくは破損したらしくオリジナルのいすゞDD10型からいすゞDA6B型に変えられているようですね
貴重なのに変わりはありませんが(・w・

無題
Name 名無し 16/06/26(日)14:38:11  No.1177193 
1466919491079
(画像引用元)http://svb.2chan.net/cgi/f/src/1466919491079.jpg

再び、自分で書いた記事に誤解を生じさせる数値を発見したので修正を

スレの小松製作所のG40型押均機ですが実はG40型自体は昭和10年より生産されています
押均機(ブルドーザー)としてG40の車体を使った物が148台で他にトラクター用途のG40型が273台の合計421台となります
余談ですがブルドーザー化に際して油圧式土工装置は日本開発機製造製

更に余談の余談ですが、このG40型押均機はキスカ島に送られて居まして現在でも残骸が残っているようですね
写真はそのキスカ島のG40押均機残骸の写真

無題
Name 名無し 16/06/26(日)15:02:18  No.1177198 
>ハードウェアだけでは何にもならんのですよ
佐用泰司さんという、日本大学工学部土木工学科を卒業後、日本海軍の海軍施設系第一期技術士官として奉職、「機械化施工合理化の研究」という論文で工学博士号の学位を取った海軍技術大尉さんがおりまして、戦時中は海軍設営隊の指揮官として活躍されてたそうなんですが、この方の手記によると遅まきながら昭和18年末頃にはある程度の機械化された設営隊が前線に送られるようになりまして
その陣容は例えば

「大発9隻、トラック20台(内ダンプトラック数台)、ブルドーザー
及びキャリオール十数台、ロードローラー数台」

無題
Name 名無し 16/06/26(日)15:06:04  No.1177199
「トラクター、トレンチャー、起重機車、製材機車、濾過機車などから各種ウインチ、ミキサー、コンプレッサー、クラッシャ、ポンプ、杭打機、発動機、発電機など相当な設備を有する」

…ものだったそうなんですが、一方では

「多くは米国製品のイミテーションであった(略)昭和18年中ごろにいたり、あらゆる悪条件を克服して、ようやく実用化されたが、製造技術の低調、材質不良、運転技量の未熟などから故障続出し、その能率はとうてい鹵獲品には及ばなかった」

無題
Name 名無し 16/06/26(日)15:06:40  No.1177200 
「米軍が各種機械を組み合わせて(略)縦横自在に駆使し、機械化施工の真価を発揮したのに対応して、我が方は機械が十分に揃わず、また経験も浅いため、やっと一台ごとの機械を一応こなしうる程度にしか到達できなかった」

「更に悪い事には、従来この種機械そのものが無かった為、運転員や修理工が全然いないので、トラックの運転手がこれらにあてられた(略)簡単な設営機械講習を受けたものも若干いたが、これらの機械を初めて見たものが多かった」

「アメリカにおいても、これらの機械を駆使して能率よく作業できるオペレータを養成するには、3年ないし5年かかると言われている」

無題
Name 名無し 16/06/26(日)15:07:45  No.1177201 
「それが、全く素養の無い日本のトラック運転員が使用するのであるから、能率が上がらず、どちらかと言えば、機械は人力の補助というのが実情であった」

…というのが問題だったんだそうで

ハードだけ大急ぎで揃えても、同時にそれを運用する人材(ソフト)等の育成が追い付かないと結局真価を発揮できないとか、なんだか今でも色んな分野で聞く話のような気もしますね、コレ

無題
Name 名無し 16/06/26(日)16:58:06  No.1177213  
満州国の開拓には、アメリカのトラクターが動員されていました。
日本軍も導入していたんでしょうか。

画像は、McCormick-Deering社のT20型


引用元
http://www.geocities.jp/ramopcommand/_geo_contents_/081021/sangyou2.html

無題
Name 名無し 16/06/26(日)17:04:18  No.1177214
さらに満州では拓務省が機械化を推進したみたいです。
RD4 caterpillar tractor
が活躍していますね。

陸海軍でも役に立ったと思うんですが。


http://www.geocities.jp/ramopcommand/_geo_contents_/20111127/kaitakukikai.html

無題
Name 名無し 16/06/26(日)17:07:48  No.1177216 
>米俵1俵100キロ?
確かにちょっと変ですね…w
支那事変の頃の徴用動物の駄載量がお馬さんで24~36貫(90~135Kg)、牛・水牛も同じなんだそーですので或は200キロ=2俵でなく(駄馬)2頭分、の誤記なのかもしれません
ともあれ、御指摘どうもありがとうございました

序に佐用さん手記の引用を続けさせてもらいますと

「陸海軍がそれぞれ別個の飛行場を建設し、所要の設営機械も別々に生産し、その間に統合連携の実現しなかったことは、非常な損失であった。物量の劣勢による不利を、更に不利に導いていたのである」

無題
Name 名無し 16/06/26(日)17:09:31  No.1177217 
「ブルドーザー、キャリオールなど設営重機械の国産の必要に迫られた時、海軍施設本部はこれらを生産する適当な管理工場を持っていなかった。例えば、最初に海軍のブルドーザーを生産した小松製作所も、元来陸軍の管理工場であった為、すぐに陸軍のブル生産に追われ、海軍の需要に応じられなくなった」

「施設本部は歴史が浅いため、民間工場との関係も薄かったので(略)艦政本部系工場に対し、差し迫っている前線の実情を熱心に説明してその生産を交渉したが、いずれも従前からの兵器生産に追われていたから、設営機械など相手にされなかった」
「設営作業にはキャタピラ付き車輌機械を必要としたので、戦車、トラクターなど重量車輌の製作(略)経験ある陸軍系工場にも交渉したが、これまた問題にされなかった」

無題
Name 名無し 16/06/26(日)17:10:58  No.1177218 
「当時一流メーカーは兵器の生産に手一杯で、設営機械にまでは手が伸ばせず、いきおい二流、三流となり、しかもその多くは陸軍の管理工場で海軍の為に残されているものは数少なかった」
「施設本部では(略)工場の拡充、増資、前渡金支払いなどその培養育成に努めたが、一朝一夕に出来る業ではなく、製作工場の能力不足から、生産は到底需要を充たすに足らず、前線に行く設営隊の幹部も発進準備の多忙な時間を割いて、工場に日参するという状態」

…だったんだそうで

無題
Name 名無し 16/06/26(日)17:12:29  No.1177219 
また根本的な原因としては既に指摘されてる方が居られる通り

「我が国においても電力、隧道、港湾工事などのごとく、どうしても機械化しなければ施工の困難な部門については(略)機械化が進んでいた。然るに(略)飛行場設営機械は、平時においては主として道路建設、整地、開墾などの土工運搬機械であった」
「昭和7年頃から数年間、道路工事が盛んに行われ、その技術は一応世界的水準に達しつつあったが、ただ施工機械、とりわけ土工運搬機械は、トロ運搬と言う旧来の手法を墨守し、急速施工の観念からはほど遠いものであった」
「施工の機械化が発達しなかったのはには、当時その発達を阻む幾多の社会的、経済的、政治的の特殊事情が存在していたことを忘れてはならない(失業対策による人力重視等ですね)」
「かくて戦前の我が国における施工の機械化は、停滞というよりも、むしろ退歩していた」

無題
Name 名無し 16/06/26(日)17:14:47  No.1177222 
「他方アメリカにおいてはニュー・ディール政策の実施は、日本とは反対に、機械化を著しく発達させていた。この潜在設営能力の一大懸隔は、急に焦っても、いかんとも取り返しがつかず、戦勢破綻の一因となったことは非常な不幸であった」

…と指摘されてるんですが、いまじゃコマツといえば工事重機の分野で世界トップレベルの大企業なわけでして
そこまで育つにはやっぱり戦後日本みたいな長期安定と経済成長による需要の伸び、って後押しが必要だったんだとしたら
それを戦前期の色々慌ただしかった日本に望むのは、やはりちょっと難しかった気もしますですな

無題
Name 名無し 16/06/27(月)23:11:41  No.1177455
>「施工の機械化が発達しなかったのはには、当時その発達を阻む幾多の社会的、経済的、政治的の特殊事情が存在していたことを忘れてはならない(失業対策による人力重視等ですね)」
失業者や若者に女子を機械作り(農業や兵役に人夫も良いけど機械には精度速度パワー共人力は負ける)に生かせられなかったのが大変残念…戦時はもちろん戦後も割と早く車両類や玩具等で発展したのに…

無題
Name 名無し 16/06/26(日)17:07:06  No.1177215
ブルドーザーの存在は米軍のを接収した際に初めて知ったと聞いたが

無題
Name 名無し 16/06/26(日)17:15:44  No.1177223 
>ブルドーザーの存在は米軍のを接収した際に初めて知ったと聞いたが
海軍設営隊の手記(雑誌「丸」号数失念)に「実は昭和15年に当時の国鉄が工事用に4~5台米国より購入していたのを聞いたとき(云々)」と言う文章が有ったと思います
一応輸入はされたようですが一般には殆ど知られていなかったようですね

無題
Name 名無し 16/06/26(日)17:19:33  No.1177224
>ブルドーザーの存在は米軍のを接収した際に初めて知ったと聞いたが

自分がその逸話を知ったのは古い仮想戦記の『聯合艦隊ついに勝つ』という笑える小説で、タイムワープした軍オタが海軍参謀に鹵獲したブル使えとアドバイスしていた箇所だった。実際どうだったんだろうね

無題
Name 名無し 16/06/26(日)17:30:30  No.1177227 
>ブルドーザー
佐用さんの引用ばかりになっちゃいますけれど
曰く

「ブルドーザー、パワーショベル、スクレーパーなどの重機械は、戦前既にシヴィル・エンジニアリングや、エンジニアリング・ニュース・レコードなど米国の専門雑誌やヨーロッパの雑誌にも出ており(略)米国キャタピラ社のブルドーザー、グレーダー、トラクターなどの宣伝映画も輸入されていたのだから、決して新兵器でも何でもなかったのである」

「ただ(略)失業救済事業(略)などの問題があって、従来、設営機械に対する一般の研究と関心とが足らなかったため、米軍の設営力に対して、おのずから認識を欠いていたもの」

…だそうで、コレが土木工学の専門家からみた戦前の状況ってことなんでしょかね…?

無題
Name 名無し 16/06/26(日)17:24:43  No.1177226 
1466929483857
(画像引用元)http://sep.2chan.net/cgi/f/src/1466929483857.jpg

金剛製作所の五〇〇型牽引車
戦中に生産された珍しい装輪式牽引車ですが実は米軍が使っていたJ.I.CASE社S1トラクターのコピー品でした・・・

無題
Name 名無し 16/06/26(日)17:39:32  No.1177232 
1466930372225
>実際どうだったんだろうね

重機としては一応、伐開機 ホK というのも有る
「車体正面に油圧作動による上下の位置調節が可能な大型の衝角(ラム)を備えており、これにより樹木をなぎ倒して密林に突破路を切り開く」

使う状況がよくわからんが

無題
Name 名無し 16/06/26(日)19:07:00  No.1177247 
1466935620189
>伐開機 ホK というのも有る

>使う状況がよくわからんが
伐開機ホk車は元々シベリアの樹海を突破するために瓦斯電(現日野自動車)に陸軍が依頼した物です
大木を相手にすると思われがちなんですが実は太さ10~20cm程度の樹木伐開用

5~6輌生産されて一部がニューギニアへ送られたと言うことですが詳細は不明ですね
輸送船ごと沈んだとか上陸後使い物にならなくて破壊されたとか色々言われています
(グランドパワー「第二次大戦の日本軍用車両」より)

写真はビアクで鹵獲された同車輌

無題
Name 名無し 16/06/26(日)20:09:00  No.1177255
>伐開機 ホK
日本陸軍航空本部総務部の施設主任だった釜井耕輝少佐さんによると
昭和17年10月頃から東條首相さんの厳命から、千葉県柏飛行場で陸軍初の機械化設定隊として第十野戦飛行場設定隊甲(甲は機械化を意味する符号だとか)が編成され、満州から呼び戻された森本工兵少佐を設定隊長に、陸軍内及び民間から

・運土車(ダンプカー)東京都土木課所有、1トン積み…1台、他トラック若干
・掬土車(パワーショベル)東京築地の掘削用30トン車…1台
・牽引車 最新鋭の6トン車(抜根、転圧用)…6台
・滑車式抜根機 農林省が桑の根を抜くために考案したもの…1台
・伐開車(機) 満州東部の森林地帯で使用想定の工兵用秘密兵器…1組(両?)
・南方で入手した(敵)土木機械(ブルドーザー?)のコピー品(小松製作所等に発注)

…等の機材が集められ、運用研究・演習が始められたんだそうで

無題
Name 名無し 16/06/26(日)20:11:30  No.1177256 
各種機材の評価は

・滑車式抜根機は桑の木用で、大木には全く歯が立たない
・重砲用の6トン牽引車による抜根の効率性は良いが、重すぎて実用的でない
・伐開機は凍土層の樹木用であり、椰子林なら使えるが、南洋のジャングルでは期待できない
・自重30トンの掬土車も野戦向きでない
・運土車は利用価値が有る

…とまあ、正直あまり芳しくはなかったんですが、釜井さんの証言によればともあれ第十野設甲他1隊の計2隊をようやく編成して、ラバウル経由でニューギニアに送り出したんですが、昭和18年5月に、目的地到着寸前で空襲により虎の子の機材全てが海没してしまったんだそうで、上司だった河辺虎四郎総務部長さんに「これが戦争だよ」と慰められたそうです

尤も、鹵獲伐開車の写真が残ってる、という事はその後また改めて送られ到着した車両が有ったってことなんでしょうけれど…w

無題
Name 名無し 16/06/26(日)20:13:13  No.1177257 
因みに余談ですが当時ニューギニアに派遣されてた田中耕二参謀さんによると、当時陸軍の飛行場設定隊が来る、と聞いた現地の海軍部隊が大喜びしたそうなんですが、いざ着いてみたら

「指揮官と小隊長が何人かいるだけ。要するに何もないんです」
「我が陸軍の飛行場設定隊は、現地に指揮官が行き20~30の頭を作り、後は苦力を集めて作業を進める構想でしたからね。ニューギニアには、苦力はいませんよ」
「ガダルカナルに飛行場を造った設定隊は既に本式の土木機械を持ち込んでいたんです」

…となって

「どだいから海軍の信用を失ってしまった」

そうなんですが、本来なら本式機械化設定隊が到着して大いに面目が立つところがフイになっちゃうあたり、どうにもツキに恵まれなてなかった感が有りますのう

無題
Name 名無し 16/06/26(日)20:29:35  No.1177260
>フイになっちゃうあたり、どうにもツキに恵まれなてなかった感が有りますのう
ツキというか、現地徴用とかの不確定要素を重要な部分に据えて計画組んでるのもあるかな

重要な部分なのにそこで痛恨のミスが起きてるということは前線と後方で必要な情報のやり取り(現地の住民やその状況、規模等)ができなかったことでもあるかもしれないが

無題
Name 名無し 16/06/26(日)20:53:55  No.1177270 
>現地徴用とかの不確定要素を重要な部分に据えて計画組んでる
機械化設定隊の誕生前の野戦設定隊他の実情について当時の関係者さんの証言をいくつか拾うと

「当初の設定隊はインド人捕虜を苦力代わりに使い、設定隊は監督だけだった(略)敵はポートモレスビーやガダルカナルに飛行場を造るにしても(略)5つくらいの滑走路を持つ航空要塞飛行場群が出来上がり、しかもアスファルト舗装だった(田中参謀)」

「仏印でも(略)軍飛行場設定隊があった。これも昔流の設定隊で安南人を雇っていた。機械化したのは、うんと後だ(川島寅之輔航空本部総務課長)」

「第6飛行師団が(略)(昭和)18年から南東方面で本格的な作戦が開始される頃(略)飛行場にマレーから来たインド人主体の作業隊が(鹵獲品の)ブルドーザーを持ってきたのに私は吃驚した」

無題
Name 名無し 16/06/26(日)20:57:02  No.1177273 
「それまでは椰子の木を鋸で切り、大勢で根を引き倒していたのに、ブルドーザーは木もろともゴソッと引き倒す。これは凄い事をやるわいと思ったもんです」
「ニューギニアにはウェワクとマダンにしか飛行場はなく、第18軍にお願いして各師団で一つずつ飛行場を造ることになった。これらは、全て円匙と十字鍬と鋸で出来たもの(略)みな第18軍の地上部隊の腕力で作ったものなんです」
「最も悲惨だったのはフィリピンです。ここでは全陸軍を挙げて飛行場造りをやった。そうしたら、その完成前に敵はレイテに上陸し、その為地上部隊は自分の陣地を造る暇がなくて戦闘に突入した」
「航空に対する地上部隊の反感・不信はニューギニアから最後まで尾を引くわけです(高木作之第6飛行師団参謀)」

無題
Name 名無し 16/06/26(日)21:00:14  No.1177276 
「陸軍はもともと満州を基準にし、割合飛行場が容易に手に入る思想ですから数が前提になる。更に航続距離が小さいのでどうしても要求する数が増える。こういうことで、最後まで飛行場は足らずじまい。そして無理をして兵力を(少ない飛行場に)集中するとバサッとやられてお叱りを受ける。こういうことの繰り返しです」

「参謀本部が要求する飛行所場の数に近いものが、兵隊さんの血を注ぐくらいの気持ちで出来ても、その時は既にここに展開すべき飛行部隊が無くなっている、という状況で終戦に近づくわけです(田中参謀)」

…との事なんですが、なんというか航空戦で機体やパイロットと言った戦力が額面上の威力を発揮する為には、実際に空を飛ばないでソレを支える多数の支援部隊、言い換えれば縁の下の力持ちの働きってのがいかに重要かが窺えるお話ですのう

無題
Name 名無し 16/06/26(日)21:05:29  No.1177280 
1466942729943
日本が戦後に渡って軍事に影響を与えた100式司令部偵察機
偵察と観測は大事な

無題
Name 名無し 16/06/26(日)21:37:35  No.1177282
1466944655316
(画像引用元)http://jan.2chan.net/cgi/f/src/1466944655316.jpg

日本陸軍はイメージ的に後方機材が遅れて居たイメージがあるんですが(主観ですみませんが)数は少ないなりに機材開発は行ってますよね
当たり前って言えば当たり前なんですけど(笑)

写真は一式観測挺進車テレ
九八式装甲運搬車を基本に製作された砲兵観測設備運搬車です
有線の設置関係を支援

無題
Name 名無し 16/06/26(日)21:39:24  No.1177284
1466944764249
(画像引用元)http://sve.2chan.net/cgi/f/src/1466944764249.jpg

その九八式装甲運搬車ソダです
弾薬運搬の他に牽引車輌として活躍してます

写真はどうやら東南アジアで英軍に鹵獲されたもののようで

無題
Name 名無し 16/06/26(日)21:40:23  No.1177285 
決戦に備えて基地航空隊を展開しようとしたら
米軍の陽動に振り回されて戦う前に大量に消耗していった話を思い出した。

「湯水の如く」と同じでゼロから造るという発想が希薄なのは日本人の特徴なのか。

無題
Name 名無し 16/06/26(日)21:54:54  No.1177290
>「湯水の如く」と同じでゼロから造るという発想が希薄
需要はあれども供給が追いつかなかったんじゃなかろうか

重機の1台よりは戦車を1台作りたいし、運びたい とかで

無題
Name 名無し 16/06/26(日)23:08:46  No.1177314
>重機の1台よりは戦車を1台作りたいし、
最初に牽引車としてつくった装軌車両にもったいないからと銃塔をつけてしまうくらいです
機銃マウントくらいにしておけば手間もかからなかたものを

無題
Name 名無し 16/06/26(日)21:43:56  No.1177287
1466945036218
クレーン戦艦 キアサージ

交戦距離50mとかなら活躍するかな

無題
Name 名無し 16/06/26(日)22:05:24  No.1177293 
1466946324754
母体は日露戦争時にイギリスに発注された戦艦「朝日」です
船体の関係で 戦艦>一等海防艦(大正10年)>練習特務艦(大正12年)>潜水艦救難艇>工作艦 っと目まぐるしく艦種を変えていますが
実質工作艦が前記した明石のみの状態でしたので太平洋戦争時には限定的な工作艦としてかなり重宝されています
六六艦隊計画の艦船で唯一太平洋戦争で活躍した艦艇ですね
昭和17年5月25日米海軍潜水艦の雷撃により沈没

無題
Name 名無し 16/06/26(日)22:49:25  No.1177304 
1466948965830
(画像引用元)http://svf.2chan.net/cgi/f/src/1466948965830.jpg

そもそも飛行場と言っても、日米で結構違うものを作っています
例えば昭和16年と22年の横田
米軍によって格納庫前の舗装が拡張されているのと滑走路が丸ごと作り変えられているのが目立ちます
滑走路の幅が半分になっているのが面白いですね
米軍のものは目地が切られているのが航空写真からでも見て取れます
あと地味に重要なのが排水溝が掘られている点
土壌の含水量が舗装品質を左右するというのは戦中のアメリカの舗装研究の結論のひとつでした

無題
Name 名無し 16/06/26(日)23:04:16  No.1177311
横田基地の沿革ではほぼ触れられてないな…
http://www.town.mizuho.tokyo.jp/yokota-kichi/siryou/23.pdf

無題
Name 名無し 16/06/26(日)23:31:52  No.1177319
1466951512861
(画像引用元)http://sve.2chan.net/cgi/f/src/1466951512861.jpg

九五式小型乗用車
サイドカーに変わる軽便な偵察車輌として開発されましたが
なかなか先見の目があり各戦線で重宝されています
ただし生産は陸軍向け4275台、海軍向け480台の4775台(資料により差異)でしたのでキューベルワーゲンの各型合計64700台(同)、ジープの639245台(同)・・・
縁の下の力足らずでした・・・

無題
Name 名無し 16/06/26(日)23:46:44  No.1177321 
1466952404933
(画像引用元)http://sva.2chan.net/cgi/f/src/1466952404933.jpg

ウオルヴェリン IX64(IXは不類別雑用特務艦の意)

空母発着訓練用の船ですね
ちなみに訓練場所は五大湖デス
元々五大湖用客船シーアンドビーを訓練用に改装
なんと外輪式でした

同様の五大湖客船グレーター・バッファローも
セイブル IX81として改装されています

こういう訓練艦も米国は凄いですよね

無題
Name 名無し 16/06/26(日)23:58:05  No.1177323
なんというか軍隊って穴掘って橋かけて線路敷いての武器持った土木建築のプロでないと務まらないと思うんですけど
南方での飛行場建設も民間のように人足がどれだけ必要で資材やコンクリが何立米いるか、要する期間の見積もりとか作らなアカンと思うんですけどそういうのきちんとやってたんでしょうかね。

北海道で線路敷設演習も兼ねた国鉄路線の延長を手がけてみるとか、網走の囚人使うより陸軍がやった方が勉強になったんじゃないかなと。
戦前の日本の道路事情の悪さからも、各地に空港バンバン演習がてらに作って、民間の航空会社にも使わせたら内需にも工業化にも寄与できたかも。

無題
Name 名無し 16/06/27(月)13:57:50  No.1177365
>1177323
設営隊っていう専門部隊がありますがな。
優秀な隊だと南方のジャングルに上陸して、一ヶ月以内に戦闘機が発着できる滑走路を設営していたりする。
これは米軍と比べても遜色ない早さ。
投入人員は米軍より多いけどね。

無題
Name 名無し 16/06/27(月)00:32:48  No.1177324
満州に比べて本土のほうが機械化が遅れていて、原因は職を失う労務側の反発が大きかったから、なんて話もあるけど、どうなんだろうね。
ただでさえ融通の効かない公共工事だし、今よりも当時のほうがさらに怒らせると厄介なセクタだったかもなあ。

無題
Name 名無し 16/06/27(月)02:14:53  No.1177328
>満州に比べて本土のほうが機械化が遅れていて、
>原因は職を失う労務側の反発が大きかったから、なんて話もあるけど、どうなんだろうね。
単純に、公共インフラ投資の概念が無かったんですよ
満蒙のインフラ投資は、資源の現地加工のための投資の一環として行なわれたもので、資源を得る政策の一部だったんです
そもそも民間向けの投資は民間が行なうものだと当時は考えられていました。
飛行場も港湾も民間が整備していたんです

無題
Name 名無し 16/06/27(月)05:57:34  No.1177331
>飛行場も港湾も民間が整備していたんです
有事の際には徴用する前提で輸送船や客船に補助金を出してたのをもう一歩踏み込んで港湾や空港のインフラ整備まで手を出していればなあ…

無題
Name 名無し 16/06/27(月)09:19:47  No.1177337
1466986787394
(画像引用元)http://oct.2chan.net/cgi/f/src/1466986787394.jpg

ちょっとマイナー中のマイナー支援兵器なんですが

九四式特殊重砲運搬車(後ろの車輌。前は九五式13t牽引車)

化け物的に巨大な七年式30糎榴弾砲にある程度の機動性を持たせるために制式化された車輌デス
分解された七年式30糎榴弾砲を組み立てるために起重機付き(写真では見られませんが)

移動時に国内の道路や橋の一部を破損してしまったとか・・・

無題
Name 名無し 16/06/27(月)19:36:59  No.1177410
見積もりしっかり出来ていたら、陸海軍の仲が悪かったとはいえ友軍が持ってくる設営隊の陣容が来るまで分からないなんて有り得ないと思うんだが。いや旧日本軍に対する悪態なんだけどね。

空港作る時も本命がポシャった時のために第二候補に同時に着手しておくとか、輸送船が沈没した時のために装備を分散して運ぶとか
つい黒部ダムの工事を思い出すんだけど、目標を完遂するために当初の方針を頑なに変えないとか、失敗や遅延が生じた時のバックアップが乏しいような。
引用元: http://cgi.2chan.net/f/res/1177085.htm

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