第33回 連載「フォークランド紛争小咄」パート13
ブラックバック作戦と炎のランナー 後編

文:nona

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http://www.telegraph.co.uk/news/uknews/1550113/Bombing-Argentines-just-wasnt-cricket.html

 燃料に不安を抱えながら、とうとうフォークランドの目前に迫った1機のバルカン爆撃機。「後になってみるとほとんど当たり前のようにいわれるのであるが、とてつもない離れ業だった」とサッチャーが回想するブラックバック作戦は最大の山場に差し掛かっていました。[1]

 フォークランドへ約1500kmの地点で最後の給油を受けたバルカンは転進するヴィクターを見送り、単機で南下を継続。460キロの地点に近づくとゆるやかに降下を開始しました。

 地球の丸みを利用し水平線下に隠れることで、アルゼンチン軍が設置したAN/TPS-43警戒レーダーから隠れようとしたのです。この降下はゆっくり何段階かに分けて行われ、最終的に高度300フィート(90m)まで降下しています。[2][3]

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http://www.forcesdz.com/forum/viewtopic.php?f=21&t=123AN/TPS-43
警戒レーダー。移動式で空輸にも対応する。

 次第にスタンレーへ接近するバルカンですが、実のところ正確なコースを維持しているか不安がありました。バルカン爆撃機は後付されたばかりのカラセル慣性航法装置と(おそらくLORANの併用)だけで、目印なしにフォークランドへ夜間飛行をしていたのです。[3]

 正確な位置を確認するため、スタンレーから約100kmの地点で対地レーダーを起動。第二次世界大戦の夜間爆撃機がそうするようにレーダーの反射パターンから地形を読み取ろうとしたのです。[3][4]

 ところが想定通りの地形の反応が帰ってきません。そこで高度を一時的に150mまで上昇。少し高い位置で再捜索を行うことで、目標のフォークランドの標高700mのウスボーン山から反射を確認。ようやく適切なコースにあることが判定しました。[3][4]


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Falklands' Most Daring Raid (2012)
対地レーダーのイメージ映像。全ての反射波は一緒芥に表示されるが、専門の航法士であれば地形や目標を理解できるらしい。当然逆探知の危険もあった。

 しかしこの行動と前後するタイミングでバルカンのESMがAN/TPS-43捜索レーダーの電波を逆探知。アルゼンチン軍に捕捉されつつありました。[3]

 しかし乗員は怯まず74キロ地点で再び上昇を開始、2分のうちに高度1万フィート(3000mとも)に到達しました。この上昇は自由落下する爆弾に十分な突入速度を与え、対空機関砲やタイガーキャット対空ミサイルを回避できる高さとして爆撃のための高度に選定されたものです。[4]

後に新型のローランド対空ミサイルの配備が確認された際は、対策として高度をさらに上げたようですが、逆に爆弾の命中率を落すデメリットがありました。[5]


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Falklands' Most Daring Raid (2012)
洋上を進むバルカン爆撃機

 なおも前進を続けるバルカンですが、爆弾倉を開けたタイミングで射撃管制レーダーの連続波を探知。35mm機関砲のスカイガードレーダーにロックオンされつつあったのです。対抗措置として後付けのジャマーポッドを作動しようとすると、奇妙なことにレーダー反応が停止したそうです。なぜロックが外れたか、イギリス側にとっても謎のようです。[2] [3]

 こうしてアルゼンチン軍による迎撃がないまま、0423時、ついに投弾が開始されました。爆撃コンピューターにインプットされたタイミングで、遅延信管が装着された21発の1000ポンド爆弾が、45メートルの間隔で、1列で飛行場へ落下していきます。[3]

 バルカンの古い爆撃システムでは正確内地に投弾できないことが想定されたため、1発か2発でも命中するようにと滑走路を30度の角度で横切るように投弾されたそうです。[1] [3] [5]

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http://forums.canadiancontent.net/news/68333-historic-day-aviation-vulcan-bomber.html
投弾するバルカン。実際のブラックバック作戦では0.25秒に1発の間隔で投弾された。

 投弾後、バルカンは急旋回して離脱。再び300フィート(90m)に降下して、対空射撃の回避に移ります。このときスタンレーの街の灯と、直後に雲が地表から閃光で照らされる様子、そして対空砲の弾幕が見えたそうです。対空火器の射程圏外に脱出したバルカンは、燃料を節約するために巡航高度へと上昇しました。[3][4]

 攻撃を受ける心配がなくなったバルカンでしたが、乗組員は自分たちが両国を後戻りできない状況にさせたとの思いで意気消沈していたようです。燃料の不安もありました。一方で達成感からくる喜びも次第に強くなり、乗員は互いを称えあいました。[3][4]

 そんなバルカンを見つけた機動部隊は「グッドモーニング」という冗談めいた無線を発します。任務上挨拶は返せなかったものの、所定のタイミングで作戦成功を伝える「スーパーヒューズ」の暗号が発進されました。この成功は機動部隊、アセンション島、イギリス国防省、そして朝食中のサッチャー首相にも伝えられます。[1][3][4]

 この後燃料が尽きかけていたバルカンはブラジル沖でヴィクターとのランデブーに成功。給油が開始されました。[3]

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http://www.aviationartprints.com/aviation_art.php?ProdID=25464
最後の給油を受けようとするバルカン爆撃機。

 しかし、またも給油アクシデントが発生。今回はプローブとドローグ間から燃料が漏れだし、さらに風防に油が付着し視界が覆われてしまったのです。[3]

 本来ならば一旦接続を解き、燃料を吹き飛ばしてから再アプローチするべきでしたが、漏れる燃料が微量なこと、そして燃料の余裕のなさから、給油はそのまま継続されました。手空きのバルカン乗員が油が付着していない箇所に張り付いて外を覗き、操縦士へ伝達することで姿勢を維持しました。[3]

 ようやく最期の空中給油を終えると、ヴィクターは無線で作戦の成功を祝福。帰路のバルカンではカセットテープを用いてとある映画のテーマを再生したそうです。 [4] 

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Falklands' Most Daring Raid (2012)
なぜか持ち込まれた「炎のランナー」のカセットテープ。「炎のランナー」は紛争前年の81年に公開されたイギリス映画。アカデミー賞。
作曲は「南極物型」「ブレードランナー」で知られるヴァンゲリス。


 帰投後には記録破りの任務成功を讃えて、バルカン機長のウィザーズ大尉、最後までバルカンに同行したヴィクター機長のタックスフォード少佐に勲章が与えられています。[2]

 なおバルカンが投下した21発の爆弾は、4発が飛行場内に着弾、滑走路に1発の爆弾が命中していました。周辺に駐機していた軽攻撃機にも損害を与えたと考えられています。 [5]

 しかし滑走路の穴はすぐ塞がれてしまい、第二次ブラックバック作戦は滑走路を大きく外してしまいます。スタンレー飛行場はアルゼンチン本土から飛来する輸送機の発着用として、紛争の終結直前まで機能しました。[5]

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http://fly.historicwings.com/wp-content/uploads/2013/06/HighFlight-BlackBuck2.jpg
第一次、第二次のブラックバック作戦で空いたクレーター。二次攻撃はより高い高度から投下されたこともあり、滑走路をわずかにそれている。

 イギリスも第三次ブラックバック作戦で飛行場の完全破壊は諦め、以降のバルカンにはSEAD任務が与えられます。超長距離作戦は終戦まで継続されましたが、しかし給油トラブルは減らず、6月3日に燃料の不足に陥ったバルカンが中立国ブラジルに不時着。抑留される事態にも発展しています。[3][5]

 一方滑走路の完全破壊を免れたアルゼンチンも、新たな脅威に気付きました。バルカンによるアルゼンチン本土爆撃です。アルゼンチンは防衛策の見直しを迫られ、フォークランド戦域からはミラージュⅢを首都の防衛に引き抜かざるを得ませんでした。(燃料不足で満足に戦えないことが判明した、ということもありますが)。[3]

 こうした事情もありフォークランドの航空優勢は常にイギリスが握り続けました。


出典
[1]サッチャー回顧録 上 P273~274
[2]The Falkland Islands Campaign、Operation Black Buckより
[3]空戦フォークランド P36~40、P48~49、P66~68、P215~217
[4]Falklands' Most Daring Raid (2012)の証言より
[5]フォークランド戦争史8章 P156~157、P172、P187

参考書籍/WEBサイト
狂ったシナリオ―フォークランド紛争の内幕  (朝日新聞外報部ISBN 9784022550200 1982年8月20日)
空戦フォークランド ハリアー英国を救う  (Aプライス&Jエセル ISBN 4-562-01462-8 1984年5月10日)
海戦フォークランド―現代の海洋戦  (堀元美 ISBN 978-4562014262 1983年12月1日)
SASセキュリティ・ハンドブック (アンドルー・ケイン&ネイル・ハンソン ISBN 4562036664 2003年7月10日)
サッチャー回顧録 ダウニング街の人々 上巻  (マーガレット・サッチャー ISBN4-532-16116-9 1993年12月6日)

フォークランド戦争史 (防衛省防衛研究所 2015年9月8日取得)
「島嶼問題をめぐる外交と戦いの歴史的考察」(防衛省防衛研究所 2015年11月1日取得)
The Falkland Islands Campaign (イギリス空軍公式サイト内 2015年12月10日取得)
フォークランド紛争 (日本語版wikipedia 2015年12月20日取得)

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