無題 Name 名無し 15/10/11(日)16:20:03  No.1136481
日独伊三国同盟の起源 イタリア・日本から見た枢軸外交 (講談社選書メチエ) 

ヒトラー「日伊との同盟で英仏を牽制!全兵力をもってソ連を征服する!」

帝国陸軍「ドイツと組んで満州に脅威を与える宿敵ソ連を挟撃する!」←わかる
帝国海軍「ドイツと組めば米英との戦争に巻き込まれる危険がある!日独同盟には反対!」←わかる

-日独同盟締結後-

ヒトラー「イギリスは米ソの参戦に期待している!日伊との同盟でアメリカを牽制!後はソ連を倒せば英国は講和に応じる!」←まあわかる

帝国陸海軍「イギリスは間もなく降伏する!イギリスが降伏すればアメリカは戦意を喪失する!よってソ連と中立条約を締結して米英に宣戦を布告する!」←?????????

なぜなのか

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無題
Name 名無し 15/10/12(月)13:10:10  No.1136594
枢軸国同士で連携取れてないと言いたいんでしょうが

ドイツと一緒にソ連を挟撃しようにも燃料が無い
当時、米国からの輸入に8割を依存してるので南進して英国と戦い資源を確保するしか無い
英国相手に戦えば、自動的に米国も参戦してくる
それなら、先にこちらからと・・・

今現在の人口やGDPで見ると、組んだ相手として悪くない先見性でドイツがユーロを治め、アジアを日本が牛耳るのも新たな版図として悪くない

ま、武力に訴えた時点で賛同が得られず瓦解は必須
米国への過小評価もここに極まりって具合でどうにもならんけど

無題
Name 名無し 15/10/12(月)16:10:43  No.1136606
>今現在の人口やGDPで見る
ここの意味がさっぱりわからん。
>組んだ相手として悪くない先見性で
当時から組んだ時点で世界中を敵に回す事になるのは明白だったわけで、結んだ張本人の松岡洋右が死ぬ程後悔した同盟に今の時点でそんな評価をあたえる人間が現代にいる事が不思議でならんわ。

無題
Name チヌボウ 15/10/12(月)20:13:40  No.1136651
日本の中国大陸進出、特に石原莞爾がなんとしても止めようとした万里の長城以南への進出には消極的な考えを持っていたチヌですが、チヌ自身の出世のために海外赴任を選択する可能性が高くなってまいりまして、また考え方が変わってまいりました。

一般ビジネスマンとしてましては、お国の利益のために頑張っている時に、自国や関係国に安全を守って貰いたいわけでして、それは当時の在外日本人も、あるいは、中国の同じ租界で暮らす欧米人も同じ気持ちであります。

そんなところで、遅れてきた日本は敵視されます。そこで紛争が始まります。
ドイツは中国国民党軍に莫大な軍事援助をしておる。
アメリカはフライングタイガースまで出して直接攻撃してくる。
ソ連は中国共産党を援助して国境紛争で直接攻撃してくる。

日本はドイツともアメリカともソ連とも戦っていたと。
そこをドイツと組み、ソ連とは一時的な不可侵とし、ほぼアメリカのみと戦う道を選んだというのは当時の選びうる最高の手だったように思うのです。

無題
Name 名無し 15/10/12(月)20:24:23  No.1136660
米英と敵対した時点でどうにもならなかったってのは言わないお約束ですかね…

無題
Name チヌボウ 15/10/12(月)20:39:58  No.1136665
英米との対立は、結局は、避けられない物であったであろうと考えます。
そうなると、一度戦って、なるべく良い条件で、できる限り名誉ある立場で、英米の傘下に入るしかありますまい。
そこで、ドイツと組み、ソ連とは一時的不可侵とし、最高の条件で米英と戦う。そしてやがて国を繁栄させる。
当時の日本は何気に最高の一手を打ったのではないでしょうか。

無題
Name 名無し 15/10/12(月)21:07:33  No.1136677
正直、結果だけ見れば、なまじ勝つよりも良い結果を出したとも言える。
結果論としてのアジア解放というのもデカい。
中共という怪物を残してしまったのは今現在に響いているけれどもね。

無題
Name 名無し 15/10/12(月)22:40:47  No.1136712
>正直、結果だけ見れば、なまじ勝つよりも良い結果を出したとも言える。

過程が目を覆いたくなっちまうんだよぅ
中国で好き勝手やらかして傀儡政権を多数おったてて、諸外国からにらまれ始めると上海で陽動の為にテロとか時代を間違えすぎなんだよぅ
内側しか見てない行動だよ・・・

無題
Name 名無し 15/10/12(月)21:20:18  No.1136688
結論を言うと、日本にとって米とソ連じゃ重要性も脅威度もまるで違うから
米は日本にとって重要資源の輸入元で繊維製品の輸出先
米ではビンソン案はじめ海軍拡張法が次々成立し開戦しなくても建艦競争で押し負けた
  
日本がドイツと手を組んだのは「時代遅れの封建的社会慣行と進展する近代経済、その差の過酷さに耐えかねて対外侵略を支持した民衆がいる」という共通点があったから

無題
Name 名無し 15/10/12(月)21:23:38  No.1136690
ドイツも日本もあの時期を逃すと、戦わずに屈服するしかないってのもよく言われるよね。

無題
Name 名無し 15/10/12(月)22:02:12  No.1136696
ルーズベルトは自分からは戦争しないって誓った上で当選してるからイギリスと戦争になっても自動的にアメリカが参戦してくるって当時の分析はどうもおかしい。

日本に先に手を出させる為に苦心してたアメリカの動きは明らかだし。せいぜいフライングタイガース出したり武器援助する以上の事は米国民の反発を招くので出来ない。

やはりアメリカが先に手を出して来るまでは南方の油田とシーレーン固めてた方が良かった。どうせ負けるだろうが「リメンバーパールハーバー」と言うアメリカが一枚岩になる様な口実与える世紀の大失策は起きなかった。残念だ

無題
Name 名無し 15/10/12(月)23:20:14  No.1136717
>やはりアメリカが先に手を出して来るまでは南方の油田とシーレーン固めてた方が良かった。

その場合、アメリカは中立法を楯に石油以外の対日輸出を強めてくるだけでなく、参戦していない他国からの対日輸出も厳しく制限しようと動く。
結果、日本は東南アジアだけでは石油以外の戦略物資を確保できず、ジリ貧になってしまうだけで(石油もかなり希望的観測だが)対独戦を終え、圧倒的な陸海空軍兵力を整えた米軍が有利な時期に有利な戦略で日本へ攻勢を開始できる、という日本にとって最悪の対米戦になりそうだが・・・

無題
Name 名無し 15/10/12(月)22:22:34  No.1136702 
日本の他の枢軸諸国との足並みが揃ってないように見える一因ってのは、そもそも当時の日本の中でさえ、三国同盟をどのような戦略に結び付けて活かすのか統一された方針がなかった、ってのが大きいと思うんですよね

例えば三国同盟にソ連を加えた4ヶ国体制で米英に対抗しよう!って提唱して、日ソ中立条約の立役者になった松岡洋介外相でさえいざ1941年6月に独ソ戦が始まって、ドイツ側から参戦要求を受けると

「独ソ戦争は短期に終わる、秋又は本年中には独英戦は終わる、過度に形勢を傍観するのは不可」

無題
Name 名無し 15/10/12(月)22:24:02  No.1136704
「帝国は参戦の決意をせざるべからず。南に火をつけるのを止めては如何。北に出る為には南仏印進駐を中止しては如何」

「英雄は頭を転向する。吾輩は先般南進を述べたるも、今度は北方に転向する次第なり」

…と転向しちゃうわけで、よく言えば臨機応変、悪く言えば機会主義と言うか、本来日独伊ソが連携して初めて米英に対抗しうる!って進めてた筈の算段が崩れちゃったって大変な状況でもある意味凄く前向きなんですけれどw

これを受けて実際「関特演」の形で対ソ戦準備が行われた事を思えば、結局当時の日本指導部全体でも松岡サン同様、目先の状況変化に動かされて長期戦略をアッサリ転換しちゃった面があるのは否めないトコなんですよね

無題
Name 名無し 15/10/12(月)22:25:34  No.1136705 
因みに独ソ戦の始まる前、1940年11月22日、ちょうどBOBが独軍の敗北で終わった頃の話になるんですが、ドイツ海軍駐日武官のポール・ベネカー大佐が海軍参謀総長オットー・シュニューヴィン大将に次のような上申を行ってるそうなんですな

「ドイツにとり最も重要な目標はイギリスの屈服であり、日本のシンガポール攻略こそ勝利への第一歩である。アメリカが参戦しても鉾先が専ら日本に向けられることは確実であり、このため日本を扇動して南方への攻勢をとらせるよう全力を傾注すべきである(略)日本陸軍の首脳もこの見解に反対ではないので、海軍の説得さえ成功すれば、南方へ進出することへの障害は除去されるであろう」

無題
Name 名無し 15/10/12(月)22:29:55  No.1136706 
この上申を受けたドイツ上層部では以後外交筋を通して日本の対英参戦を強く働きかけるんですが、この影響を受けて例えば日本側でも1941年6月には親独派の海軍省軍務局第2課長石川信吾大佐らを中心として(南部)仏印に対する軍事的進出を速やかに断行すべし、とする「現情勢下に於いて帝国海軍の採るべき態度」が海軍第一・第二委員会で決定されてるんだとかで

この辺松岡サンが「吾輩は先般南進を述べたる」所以にもなってるんですけど、そうやって対英戦(南進)を煽ってたドイツ側がいざエゲレス攻略に挫折して対ソ連に方向転換すると

「ソ連邦が一敗地に塗れた後に、日本が行動を起こすことは道義的および政治的地位を著しく害するであろう(オイゲン・オット駐日大使)」

…と誘ってるんだか脅してるんだか分からない勢いで今度は北進を説くわけですから、この辺日本も随分馬鹿にされてる気がするんですが

無題
Name 名無し 15/10/12(月)22:31:04  No.1136707 
とはいえ結局ドイツ側の言い分と異なって東部戦線の進捗は停滞して期待していたような極東ソ連軍の戦力も起こらず、対ソ参戦を断念した日本側は再び南進論に傾き
南部仏印に進駐した所で米英の在外資産凍結、石油全面禁輸って制裁を受けて対米英戦待ったなしの方向に向かっちゃうわけですけど、この辺例えば最近川田稔氏が「昭和陸軍全史」で詳しく考察してるんですが、この制裁は必ずしも日本の南進のみに対応したわけでなくて、実はその前の対ソ戦準備をも視野に入れたものだったんだとか

と言うのも当時既にメリケンは対独戦真っ最中のエゲレスに本格的に肩入れしてたんですけれど、エゲレスにとって一番助かるのはドイツが東西2正面作戦の泥沼に嵌って対英圧力を低下させてくれること、その逆はドイツがソ連を早々に打ち破ってソ連が脱落する事なわけなんですな

無題
Name 名無し 15/10/12(月)22:33:21  No.1136709 
従ってアメリカとしてもソ連の対独戦闘力を削ぐような動きは当然見過ごせないわけして、そうすると極東でドイツとソ連を挟撃しようなんてのは以ての外、更に南進した先の東南アジア諸国で最大の植民地権益を保持してるのもエゲレスですから
結局アメちゃんが対英支援政策を主軸とする限り、実の所日本が北進しようと南進しようと対日強硬政策に走るのはほぼ決まっていたようなんですな

松岡サンなんかは三国同盟はあくまで対米「牽制」の手段であって、実際には対米開戦は避けるべきとのスタンスで、また南部仏印進駐に関しても、当時の日本首脳部には寧ろアメリカの対日(石油)全面はないだろう、って予測の方が主流だったそうなんですが、実際には既に世界が英(&米)ソ連合と独伊枢軸の間で全面戦争に突入していた状況下で、日本自体の主張や思惑がどうあれ、枢軸側を利すると見做される事自体が取り返しのつかない危険行為だったわけなんですけれど

独のコロコロ変わる要求に振り回されて文字通り南北往復してた当時の日本の関係者各位の間でその辺どこまで認識されてたんでしょかねえ…?

無題
Name 名無し 15/10/12(月)23:36:52  No.1136720
>松岡サンなんかは三国同盟はあくまで対米「牽制」の手段であって
牽制ちゅうかこの段階では英米、とくに英とは対話出来る状況になかったので独との同盟にソ連を巻き込んだら勢力的に互角になると思ってしまったんだよね。
で、独がソ連侵攻しちゃったもんだから全てがご破算。
でも当時の駐ソ連大使だっけかがソ連なんて信用出来ないからダメだと電報打ちまくってたんだよね。

無題
Name 名無し 15/10/12(月)23:01:14  No.1136715
戦前日本の経済統計を見ればわかるけど、貿易相手国は大陸アジアと北米なんだよね
内訳は、繊維の原料を輸入して繊維製品を輸出してんの
仮に北方進出、ドイツと挟み撃ちって選択をとって、ソ連に勝ったとしても、資源も市場も得るものが全くないもの
そんな戦争民衆は支持しないよな
対ソ戦という選択肢自体、あるにはあったけど一部軍ヲタのような連中が唱えてただけの、ほとんど机上の空論だったんじゃないか

無題
Name 名無し 15/10/12(月)23:16:20  No.1136716
ゾルゲ  「寒さに弱い日本人は南進したほうがいいです」
ルーズベルト「国民は孤立主義を支持してるからポーズとっとこう」
英国  「アメリカを引き込むには情報で煽るしかない。上海の消息筋が日本南進をすっぱ抜いたと新聞に流そう」
スターリン  「ヒトラーは信じられるからソビエトには攻めてこないよ」
ヒトラー  「共産主義信用できないからソビエト攻める!」

無題
Name 名無し 15/10/12(月)23:54:49  No.1136723
もしもソ連好きなルーズベルトではなくて、共産勢力を危険視する政治家が大統領になっていたら、英国とドイツの仲裁に入って講和させることに成功し、その後ドイツがソ連と開戦した時もソ連に援助するどころか、むしろドイツに石油や金属などの戦略物資を供給して手助けしたのではなかろうか?

大戦後にソ連と中共が勢力を拡大して西側の脅威となったことを考えるとルーズベルトの戦略は失策だったのではないだろうかと考えることがある。

無題
Name 名無し 15/10/13(火)00:12:16  No.1136725 
例えルーズベルトが賢明でも、ドイツの首魁がヒトラーである以上どこかで手が付けられなくなる
下手に力を付けさせるよりもあそこで叩き潰しておいて正解

無題
Name 名無し 15/10/13(火)04:48:30  No.1136730
日本もそうだけど
そういうのに自浄能力が働かないから
叩き潰されて正解になっちゃうんだよね

まあ終わってみれば
英国も含むEUという枠組みの中でドイツ一人勝ち
ブロック経済の中へ入れてやれば戦争も起きなかったという
落ち目の英国の我が儘が原因なんでしょうかね

アジアはどうだろ近代化の目覚しい中国と輸出先確保で揉めそうで、まだ一波乱ありそうですね
まあ相手が何が欲し、どこで妥協できるのか政治で解決してもらいたいですが
日本がユーロにおけるドイツになれるのか、それとも英国か楽しみですなw

無題
Name 名無し 15/10/12(月)21:26:02  No.1136691
最近読んだ第二次世界大戦はノモンハンから始まったという本が目から鱗だった
確かに時系列でいうと
1939年5月~9月ノモンハン紛争
1939年8月23日独ソ不可侵条約
1939年9月ポーランド侵攻
ノモンハンでソ連が関東軍の脅威に対して2正面作戦を避けるために独ソ不可侵条約を締結
独ソ戦の心配が無くなったドイツがポーランド侵攻
一方日本はノモンハンで思い知らされたソ連の強さに対ソ戦をあきらめ中国南進を開始して対米戦に繋がったという説で
自分的にはすごく腑に落ちる内容だった

無題
Name 名無し 15/10/13(火)10:01:39  No.1136738
>一方日本はノモンハンで思い知らされたソ連の強さに対ソ戦をあきらめ中国南進を開始して対米戦に繋がったという説で
確かに納得できそうな説だけど、陸軍参謀本部内では北進か南進かで未だ揉めていた

一方、海軍の主張で対米英を睨み南進(北部仏印進駐)を図った日本政府や陸海軍は北部仏印進駐に対してアメリカは怒んないだろうとタカを括っていたところ、アメリカ激おこで対米交渉は詰んでしまった

結局のところ、当時の日本に一貫した戦略があった訳ではなく、場当たり的で何ら国家内でコンセンサスを得られないまま対米英戦に引きずられていったというのが正解みたい

無題
Name 名無し 15/10/13(火)10:05:27  No.1136739
こういうやり取りを見ていると軍板サイコーと思う。
ノモンハンを陸軍視点から対ソ戦を考えると、一言「とても辛い」だと思う。
この時点で対ソ戦はない。
海軍は船が動かないと勝負にならないから、石油は欲しいが対米戦は「マジ無理」。
前後に動けない状態で、内圧ばかりが高まってる。

HOIではないけど、とりうる選択は蒋介石と手打ちにして中国戦線撤収、内閣総辞職。停戦ラインはやっぱり万里の長城になるのかねぇ。
これで関東軍を北側に貼り付けて要塞化。
これをやろうとすると結局対独強硬路線になるけど、極東で日本のトモダチは居ない訳で、孤立を深めて結局圧死か暴発か、ということで……

無題
Name 名無し 15/10/13(火)10:18:31  No.1136741
>対独戦を追え、圧倒的な陸海空軍兵力を整えた米軍が有利な時期に有利な戦略で日本へ攻勢を開始できる、という
>日本にとって最悪の対米戦になりそうだが・・・
それは当時の陸海軍首脳部で珍しく一致した意見だったみたいね
今みたいな紳士的な世界情勢じゃなかったから、米の方から攻めてくる可能性は無いとも言えなかった

今の視点や結果から、当時の日本の決断を簡単に批判する人がいるけど、何が間違いで何が正しかったなんて本当に難しいと思う

無題
Name 名無し 15/10/13(火)10:27:36  No.1136742
>米の方から攻めてくる可能性は無いとも言えなかった

要するに、どうあがいても戦争では勝ち目なしってことじゃないか。対米戦での勝敗は結果論って言えるほど、勝率なんてないだろ。

無題
Name 名無し 15/10/13(火)10:42:58  No.1136743
>対米戦での勝敗は結果論って言えるほど、勝率なんてないだろ。
戦争での勝ち負けを超越した、今の日本の状態がどうなっていたかって事だよ
アメリカの圧力に屈して譲歩した日本は、確かに対米戦は無かったかもしれない
しかし当時、欧米の日本や有色人種に対する差別や優越感は凄まじかった
そんな状況下で「日本は圧力を掛ければ譲歩する」という前例を作ってしまったら、どんどんアメはおろか、他の国も日本に対して不利な条件を吹っかけてきた可能性は無かったとも言えない
そんな日本の未来はどうだったか想像しかできないし、確かな事は言えないけど、そういう事を考えると中々難しいと思う

無題
Name 名無し 15/10/13(火)11:03:14  No.1136744
可能性だけならなんとでも言えるけど、少なくとも戦争で負けなければ、現在のように主権を制限されるような恐れはまずありえないだろ。
敗戦が日本にもたらしたものは功罪あるけど、明治維新後に日本が獲得してきた国際的な権利を棄損したのは間違いない。

無題
Name 名無し 15/10/13(火)11:50:37  No.1136750
まあ何を言っても結果が無条件降伏だから、
「やらない方が良かった」って言われたら
「ですよね」としかw
日本は戦争とかじゃなくて相手の国に入り込んでずる賢く政局引っ掻き回したり盗聴したり暗殺したりもっと卑怯さを鍛えて欲しい。中国韓国と言う卑怯のプロが居るのに生ぬる過ぎる。甘過ぎると言っても良い

無題
Name 名無し 15/10/13(火)11:59:38  No.1136755
>敗戦が日本にもたらしたものは功罪あるけど、明治維新後に日本が獲得してきた国際的な権利を棄損したのは間違いない。
確かに仰る通り
日本が敗戦や屈辱的な従属の両方とも免れるチャンスだったのは、対中国におけるトラウトマン工作と北部仏印進駐あたりを上手く片付けとけばよかった

>もっと卑怯さを鍛えて欲しい。
それが日本には無かった
今でもそうなんだろうけどね

無題
Name 名無し 15/10/13(火)12:59:01  No.1136766
逆にあの時ああいう形で第二次大戦が起こらなかった場合、米ソを頭に東西に別れた冷戦期より遥かに複雑な世界情勢で各国バラバラに核兵器を実用化していく状況になったかもしれない訳で
むしろ余計やばい事になってたような気がする

無題
Name 名無し 15/10/13(火)17:20:43  No.1136791
日本は地理的に米ソの緩衝地帯になる可能性があるので対米開戦や終戦のタイミング次第で朝鮮戦争とその後の半島のような歴史になったかもしれない
対馬海峡を隔てて資本主義VS共産主義という図式になっていれば今の日本ほど経済偏重の政治は行えなかっただろう。
あるいは共産主義に対する防波堤とするためにアメリカが日本の軍部に比較的寛容で帝国陸海軍が存続していたかもしれない。

無題
Name 名無し 15/10/14(水)21:01:50  No.1136940
 日本お人好し説を唱える人ってどういう心理状態なのか知りたいところ。卑怯さでいえば日本も相当なもので、その卑劣さは他の卑劣な国と同じく、他国にも自国民にも遺憾なく発揮されてきたので、マジやめてほしい…
  
 近代日本は、もともと侵略に向かいやすい条件がそろっていたのだから、まあ対外侵略と日米激突は歴史をIFで改変しても回避不可能でしょうね。
もし回避可能だとすると
A.石原莞爾の云う様に、ペリーを追い払って鎖国継続、か
B.敗戦後の社会改革並の改革を日本が独力でやり遂げる
くらいしかなくて、ああ、こりゃどっちも机上の空論だなや…
  
 逆によくあの時期まで開戦せず保ったもんだと考えることもできる。
八八艦隊なんてできた途端に帝国政府が機能不全に陥るシロモノだし、NAVAL HOLIDAYがなければ、日本の破滅はもっと早く来たでしょうねえ

無題
Name 名無し 15/10/14(水)08:04:27  No.1136891
>今の視点や結果から、当時の日本の決断を簡単に批判する人がいるけど
しないといけないんだよ。
今でも当時の情勢なら対米開戦やむなしって、どんだけ敗戦に学んでないのかあきれ果てる。
ハルノートだって当時も期限書いてないから40年後にやりますって言っとけって言ってた人もいるわけで、ちゃんと内容を公表してアメリカもフィリピンとハワイ返還するならこっちもやりますよーと言っとけばいいだけ。

無題
Name 名無し 15/10/14(水)21:14:46  No.1136941
>今の視点や結果から、当時の日本の決断を簡単に批判する人がいる
現代的価値観で当時を語るに止まらないスレ文はもっと酷いと思う…
日本の外交が完璧というには程遠いのは事実にしても、なぜ独ソ戦ありきで専ら足を引っ張ったのは日本みたいな言い回しなのか?

枢軸国、連合国どちらもソ連の取り込みに向かうべき情勢下にあって独ソ開戦とか十分おかしいからね。

東郷茂徳が外相就任前にそれまでの日米交渉を分析した際に
米の態度が4月の所謂諒解案の頃とは異なり変調をきたした経緯を6月に米案に固執の様相を見せ、7月よりは非妥協的態度が一層顕著となったと見ているのだが、ハル国務長官によると6月の第1週に独のソ連攻撃の確度の高い情報を入手しており、これが対日外交に役立ったと述べているんですな。

強硬な態度に出ても日ソ間に同盟のような接近がないと判っていたからこその変調と実際の独ソ開戦による顕著化と見るときソ連の取り込みがいかに重要であったかが分かるわけで、さすがに独ソ戦ありきの独に偏った視点で批判を加えられたのでは当事者もやりきれないだろう。

無題
Name 名無し 15/10/15(木)00:51:40  No.1136987
>戦後は間違いなく、戦前の教訓を汲んでる。
実は極論で対応してるって時点でベクトルが逆なだけで構図は同じなんですよ。
「戦争しない」ではなく出来なくなってるだけ。

>ソ連の取り込みがいかに重要であったかが分かるわけで
当時の行使官が大反対して松岡が後悔してる事が重要ってなぁ・・・。

無題
Name 名無し 15/10/15(木)06:42:57  No.1137005
>行使官が大反対して松岡が後悔してる
松岡推しのところ悪いが自分東郷の方が好きなんで…
冗談はともかく松岡の後悔が重要かそうでないかの判断基準になるというのは正直理解しがたいですな。松岡の変節など関係なく当時のソ連の動静は無視できないもの。

確かな国際感覚をもっておられた昭和天皇がソ連を不信の国と評しており事実その通りとは思うが、同様に言及された独との同盟が成っていたことを思えば国際信義を物差しに出来る情勢でもない。

ちなみに行使官?というのが具体的に誰を指すかは分からないが東郷も当時駐ソ大使として中立条約の事前交渉に携わっている。

その東郷は三国同盟によって米を牽制しようという構想が矛盾を抱えているとの考えから三国同盟自体に反対の意を度々示していたのであるが同盟が成った以上、状況に即してそこにソ連を加えるという構想については否定していないんですな。

無題
Name 名無し 15/10/15(木)22:29:18  No.1137079
>松岡の後悔が重要かそうでないかの判断基準になるというのは
最悪の結果を招いたから後悔してるという事が理解出来ないなら致し方ない。
これが松岡基準なのかねぇ。
後半は結局何が言いたいのかよくわからん。
ソ連に仲介たのもうとした連中はアホだという話なだけですやん。

無題
Name 名無し 15/10/15(木)23:50:52  No.1137091
>No.1137079
実際に米への牽制となっていたことからも開戦前のソ連の取り込みの重要性が分かると述べた自分のレスに既に連合国に取り込まれた終戦工作時のソ連を持ち出して反論になると思っている時点で話になりませんな。

ただNo.1136987の行使官というのが公使館の誤変換にしても当時既に大使館だし一体何を指すのかとモヤモヤしていたのだけれど佐藤尚武駐ソ大使のことを指していると分かりスッキリできたのが救い。

無題
Name 名無し 15/10/14(水)23:46:14  No.1136973 
>「日本は圧力を掛ければ譲歩する」という前例を作ってしまったら

というかそもそも日本の近代化そのものがカイコクシテクダサーイって黒船の砲艦外交のガイアツに屈して鎖国政策を転換した所から始まってるわけなんですけれど

そこで当時の日本が他国の圧力に屈して要求を呑むぐらいなら、例え勝ち目の無い戦いでも敢えて戦う!なんて短絡的な選択をしてたらそれこそその後の近代化も日本の発展もアジアの解放云々も全ておじゃんだったわけでして

寧ろ幕末以降の近代日本の対外政策ってのは、例え意に染まぬ要求でも相手との戦力差を冷静に考慮して受け入れざるを得ない所は受け入れて、その後逆にその状況を利用して自力の向上に努めるとともに地道に失地回復を目指す、ってのが基本的な流れだったと思うんですよね

無題
Name 名無し 15/10/14(水)23:46:34  No.1136974
例えば徳川政権時代の1861年3月13日、日本の対馬の尾崎湾にポサドニック号というロシアの軍艦が来航して来たんですが、対馬藩の開港所外への寄港は困る、との抗議にも耳を貸さず、逆に4月13日に芋崎浦に船体修復を口実に上陸すると、現地に営舎を立て、井戸を堀り、畑を作りと本格的に居座りの姿勢を見せ始めまして対馬藩の退去要求にも応じないばかりか、衝突した島民を射殺、露側の不法を詰問しに行った津島藩士を拉致(藩士は舌を噛んで自殺)するなど傍若無人の振る舞いに及ぶんですな

実の所ポサドニック号艦長ピリリョフ大尉はロシア極東艦隊司令官リハチョフより既に対馬占拠の司令を受けておりまして、「船体修復」もあくまでその口実に過ぎなかったんだとかなんとか

コレに大いに困っちゃったのは徳川幕府でして、慌てて現地に外国奉行・小栗忠順さんを派遣するもロシア側は退去に応じず、かくなる上は武力を持って退去させたくてもそもそもロシア軍艦に対抗できるような一等軍艦なんて一隻も持ってないわけでして

そこで幕府が自体の解決策に選んだのが、当時世界一の大国だったエゲレスへの協力要請だったそうなんですな

無題
Name 名無し 15/10/14(水)23:47:12  No.1136975 
後年当時の幕臣勝海舟さんが語る所によれば

「対馬は、この時事実上すでに露西亜の為に占領せられたも同様であったのだ。つまりかういふ場合にこそ、外交家の手腕を要するといふものだ(略)当時長崎に居った英国公使といふのは、至極おれが懇意にして居った男だから、内密にこの話をして頼みこみ(略)公司は直に北京駐在英国公使に掛け合ひ、その公司はまた露国公司に掛合つて、堂々と露国の不条理を詰責して、わけもなく露西亜をしてたうとう対馬を引き払わせてしまつた(略)いはゆる彼に由りて彼を制するといふものだ。
それをもしも当時の勢で、日本が正面から単独でロシアへ談判したものなら、露西亜はなかなかうんとは承知しなかつたであらうよ。仮にその時談判が調はずに、対馬が今日露西亜の占領地になつて居ると思つて御覧、極東の海上権は、とても今のやうに日本の手で握ることは出来ないであらう」

無題
Name 名無し 15/10/14(水)23:48:12  No.1136976
…という次第になるんですが、細かい経過は多少海舟さんの語る所と異なるとはいえ

実際この時エゲレスの初代駐日公使オールコックの指示により海軍中将ジェームズ・ホープ中将指揮下のエゲレス軍艦2隻が対馬に派遣されまして、この武威に屈したロシア側は9月29日に至ってポサドニック号を対馬から退去させております

まずは一件落着、と言った所なんですが、一難去ってまた一難と言うか、実はこの時、他ならぬオールコック公使が本国政府に対して、露西亜に代わってエゲレスこそが対馬を占領すべきである、なんて提案を送ってたりするんですね(1861年8月8日、英外相への通信)

先述した小栗さんなんかはこの時の状況を「前門の虎、後門の狼」になぞらえてたりするんですが、言わば日本としたら「用心棒」として雇った筈のエゲレスにロシアを追い出してもらったのはいいものの、そのまま今度はエゲレスに居座られるかもという本末転倒の危険に晒されてたそうなんですな

そして幕府側がこれに今度はどう対処したか、というと、これがロシア側への接近だったっていうんですな

無題
Name 名無し 15/10/14(水)23:49:24  No.1136977 
1861年7月4日に英公司オールコック氏が江戸に到着するんですが、実はこの時期、ロシア側駐函館領事のゴシケーヴィチ氏も江戸に滞在してまして、「幕府が指名した人間と秘密交渉を行」ってたって言うんですね
(1861年7月21日、ゴ氏の書簡より)

オールコック氏なんかもこの動きは掴んでいたようで、ロシア側に対馬租借の便宜を与えるような譲歩は断固容認できない!「と抗議してたりするそうなんですが、実の所ゴ氏の言う「秘密交渉」において日本側は対馬の租借要求には断固応じないとした上で、ロシア側からは

「他国(英仏)が対馬を占拠しようとするなら、ロシアは(武力行使を含む)あらゆる手段で阻止する」

…旨の言質を引き出してたりするんですね
この辺、ちょっと複雑なんですが、要は日本側が目指したのはロシア・エゲレスの双方に

「相手の(一方的な)対馬占拠は絶対に許さない」

との立場を明確にさせることで、双方に(日本にとって不利益な)お互いの過剰な行動を抑止させる事だったみたいなんですな

無題
Name 名無し 15/10/14(水)23:51:16  No.1136978
実際エゲレスとロシアはクリミア戦争(1853~1856年)で交戦して、極東地域でも戦火を交えてますから日本海交通の要衝たる対馬をあわよくば自己の勢力下に置きたい、ってのはそれなりに切実な欲求ではあったんですが、お互い極東の一部地域を巡る紛争から再び全面戦争に入るのも避けたい、って面では共通してたんですな

結局、日本はロシア側に対しては今度の事件はあくまで現場の勝手な暴走、という事で面子を立て、エゲレス側には紛争解決の見返りとして日本沿岸の測量を許可、伊能忠敬作成の日本地図を英海軍に提供するなどして事件を治めるんですが、自分は一兵も動かさずに対馬喪失を回避した見返りとしては寧ろ破格に安いものだと思うんですよねコレ

更にこのポサドニック号事件の40数年後の1905年、この対馬沖で日本の連合艦隊が露のバルチック艦隊に完全勝利する訳なんですけれど

この時も日本の旗艦「三笠」はエゲレス製の当時世界最大最強の最新鋭戦艦、その購入資金のみならず戦争全体の戦費をまかなったのは米英からの借り入れ金な訳でして

無題
Name 名無し 15/10/14(水)23:51:42  No.1136979 
言わば再び日本は他国の力を借りて目前の危機を解決したわけなんですが、この場合の「他力本願」は、むしろ当時の日本の外交能力、政策・情報分析等の優位の結果であって、決して恥じるようなものでないというか幕末以降、「日本が正面から単独で」敵対する列強と交戦する愚を避けてきた政策の正しさをまた証明したものだったと思うんですよね

だからWW2期の日本の、連合と枢軸っていう2大勢力の衝突に向かう世界的な変動に乗じて利益を得よう、って姿勢自体は必ずしも非難すべきでないというか、ある意味ではそれまでの路線の継承では有るんですよね

ただまあ、ある意味それは自国の命運を他国に任せる、と同義ですから、大前提として組むべき国と敵対する国の実力や動向について、極めて冷静かつ正確な情報収集と的確な分析に基づいた見極めがないと、反って奈落の底に道連れにされる結果になりかねないわけでして

逆に言えばその辺の読み違いこそが、結果から見れば何一つ利益を生まなかった枢軸同盟に命運を託したちゃった原因の一つ、って事になるんじゃないでしょかねえ

無題
Name 名無し 15/10/16(金)09:35:47  No.1137113
>というかそもそも日本の近代化そのものがカイコクシテクダサーイって>黒船の砲艦外交のガイアツに屈して鎖国政策を転換した所から
>始まってるわけなんですけれど
失礼ながら開国要求とハルノートでは同じ外圧でも性格が全く異なる案件だと思うのです

最も貴殿の仰る通り、日本の対中国政策や満州国承認問題を別な方向からの外圧をカウンターアタックとして用い、アメリカからの圧力を相殺するか、あわよくば日本に有利な方向に持って行くべきだったと思いますね

もっとも、そうしようとはしたものの、結果はアレだった訳で・・・

無題
Name 名無し 15/10/15(木)02:30:25  No.1136997
去年の軍版で開戦時点から日本が勝てたシナリオがあったかというスレが盛んに立って、その時点からIFを始めても無理だと何度言っても誰も聞かず、やれ日本が貧乏だから負けたの大合唱でいい気分になっていたのを考えるとこのスレの飛躍振りはどういうことなのかと疑いたくなる

まあ、何かが動き出してこうなったのならそれはそれで歓迎だが、当時の世界情勢のごとくこのスレも混乱している

世界情勢を語るならアメリカはイギリスの植民地から独立したことや世界恐慌の煽りで戦争なんて真っ平ごめんとほとんどの国は考えていたこと、落日のイギリスや新しいリーダーとして頭角を見せてきたアメリカとアジアを植民地から委任統治領へ移行しようとしていた動き等を考えに入れなければならない

さすれば自ずとこの大戦の仕掛け人が分かろうというもの

無題
Name 名無し 15/10/15(木)03:27:20  No.1136999
日本よ、もっと汚くあれと
不意打ちしてんじゃねえよって話があるのが面白いね

独ソ不可侵条約の期限は10年それをたった2年で破って攻め入る
ひげちょびん
日ソ中立条約の期限は5年あるのに2年残して攻め入る
なるほど、お前がシベリアへ行け糞野郎
鈴木貫太郎首相よ弔電出してる場合じゃないぞ
ヤルタ会談で参戦してくれたら千島列島、樺太あげると約束する
そいつも糞野郎だ

といやはや「国家に真の友人はいない」とはよく言ったものです
手違いで宣戦布告前に攻撃する事になってしまったとしても些細な事では?

無題
Name 名無し 15/10/15(木)09:27:48  No.1137011
>手違いで宣戦布告前に攻撃する事になってしまったとしても些細な事では?

宣戦布告してても卑怯な奇襲をしたってことになったんでないかな
先にぶん殴りに行ったことには変わりないわけだしさ
義勇兵だの何だのを考えればどっちが先かってのにはいろいろ思うところは無いわけではないが、軍を使って先に一撃ぶちかましたのは違いないわけだし

無題
Name 名無し 15/10/15(木)09:34:09  No.1137012
>手違いで宣戦布告前に攻撃する事になってしまったとしても些細な事では?

ついでにパリ不戦条約をおもいっきりぶっちぎってるのもマズイ
あのヒトラーにスターリンですら「先にぶん殴ってきたのはあっちだから仕方ない、自衛戦争デース」とやってるのに、そんなのは西洋の勝手な都合とばかりに「自存自衛!」で突っ走ったのは明らかにマズイ

何かやる時はそれなりに釈明というか大義というか理由付けがないといかんだろうに、自分に都合が悪いから先に殴りました、はちょっと弱すぎると思うんです

無題
Name 名無し 15/10/15(木)09:34:21  No.1137013
ただ厭戦ムード満々のアメリカ国民がが一気にお祭り状態になる材料与えたのは間違いない。

無題
Name 名無し 15/10/15(木)09:38:02  No.1137014
あと宣戦布告した後で卑怯な奇襲って言いがかり過ぎて理解出来ない。それだったらアメリカに先に手を出させれば良かったよね?

無題
Name 名無し 15/10/15(木)23:58:26  No.1137093 
>そんなのは西洋の勝手な都合とばかりに
少なくとも不戦条約に照らして見れば、むしろ国際法を意識しているとも言えますな。
なぜなら国際法において相手方の留保を援用するというのは当然の考え方。

即ち、何をもって自国の安全に係わる保護法益見なすか、またそれに対する如何なる侵害をもって自衛権行使の要件の充足と見なすかは各国の主権的判断に基づくものであるという米側解釈の援用が可能。

加えてケロッグ国務長官が示した経済封鎖に対する米側の認識を意識したならば、あくまで国際法を意識した上で利用できるものを利用しただけにすぎないのだが「当時の日本のことだからヒャッハーしてるに違いない」みたいな先入観からか法的に説明がつくものまでもその意識を欠いていたかのように言われがちですな。

無題
Name 名無し 15/10/15(木)16:45:55  No.1137043
ソ連の対日宣戦布告は道義的にはクソッタレなのは論を待たないが
実際潜在的敵対国家が軍事的に死に体で、邪魔になる英米も大陸領への侵攻にはゴーサインを出してるなら攻めない手はないわな
政治家として少しでも脳味噌ある奴なら即攻め込んでる状況になってもソ連を信じた日本外交の敗北というか

無題
Name 名無し 15/10/15(木)18:16:42  No.1137050
色々な意見が出そろってくると、逆にというかなんというか、日本を含めてどこの国もたいして反省もしてなきゃ教訓も活かしてない様に思えてきちゃうね。
今の世界情勢を眺めると特にさ。

また、大戦待ったなしなのかねえ。

無題
Name 名無し 15/10/15(木)09:51:14  No.1137017
mesh氏の知識はさすがだな
>ただまあ、ある意味それは自国の命運を他国に任せる、と同義ですから、
と石原莞爾さんも申してますし。
結局、油と鉄とアルミが満州にないのがダメなんだ。
そうすると譲ってもらうか、取りに行くかとなり、譲ってもらうなら結局他国任せ、取りに行くなら孤立上等。
ああ、ままならん。

無題
Name 名無し 15/10/15(木)20:53:43  No.1137064
よく誤解されることだが満州の建国自体は戦争の引き金ではなかった
アメリカは中国利権のためにソビエトの南下を阻止する緩衝地帯として黙認していた
満州は万能な土地ではなかったが日本へさまざまな資源を送り出す役目に変わりはなく時間をかけて国力を拡充することが石原莞爾の計画であった
日本の立場を危うくしたのは当時各国の利害が交錯していた中国を地の利を生かして独り占めしようとしたためである
中国利権を取り上げられた各国が憤慨し背後から中国を支援したのは自明の理であろう

無題
Name 名無し 15/10/15(木)22:21:01  No.1137074
満州に価値があったというよりも
ハルノートを受け入れるというのはつまり、日清、日露以降の40年間行ってきた日本の大陸政策が水泡に帰すというわけでしょう。
過去40年間で得た既得権益と犠牲をすべて忘却するという政治判断ができる大人物や組織が果たして現実に存在するかどうか。

仮にハルノートを受け入れたとしても日本と戦争を起こしたがっているルーズベルトが更なる厳しい要求を突きつけてくることは自明であるし

無題
Name 名無し 15/10/15(木)23:45:03  No.1137089
>ルーズベルトが更なる厳しい要求を突きつけてくることは自明であるし
ところがアメリカは当時の日本と違って民主主義の国で国民のご機嫌取りをして大統領選に勝たなければ政権の維持が難しい
いくら大統領が親中で日本に戦争を仕掛けたくとも恐慌で疲弊した国民は戦争に乗り気ではない
日本が米国の中国利権を保障していればルーズベルトも無理はしなかったはずだ

無題
Name 名無し 15/10/15(木)23:26:41  No.1137087
本来戦争するんだから満州どころか
負けたら日本が消滅する危険性を認識しないとならないのだが。
引用元: http://cgi.2chan.net/f/res/1136481.htm

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