第9回艦載三次元レーダー技術の歴史 パート2

文:nona

■イギリスの電磁レンズ方式■

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http://www.rnmuseumradarandcommunications2006.org.uk/TYPE_984.html
1958年に実戦配備されたイギリスの984型レーダーの透視図

 電波を収束させる電磁レンズを備える三次元レーダーです。イギリス海軍の984型3次元レーダーに採用されています。資料サイトによると最大5本のビームによる走査ができるほか、1本のビーム収束させることも可能です。走査の方法については確認できませんでしたが、電磁レンズに付随してビームを偏向させる装置(例えば電子顕微鏡の走査コイル)が組み込まれているのかもしれません。イギリス海軍では正規空母の退役で984型も姿を消し、その後にFRESCAN方式の996型レーダーが登場しています。

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http://www.woolleyfamily.co.uk/Victorious2.htm
984型レーダーは3基だけ製造され、正規空母にのみ搭載された。

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■ソビエトのVビーム方式■

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https://yaostrov.ru/corps/bditelnomu-45/item/27373-bditelnyj-boevaya-chast-upravleniya-bch-7

MR-310U「アンガラーM」。1963年登場したにアンガラーシリーズの3次元レーダーモデル

 2基の二次元レーダーを擬似的に三次元レーダー化する方式です。2つのレーダーで2つの縦長の走査線を生成し、これを傾斜させ回転させながら交互に目標を探知させます。すると対象がある方位で走査線が交差するので、この地点を測角することで高度を算出しました。精度はFRESCANより劣りそうですが、二回転目以降であれば半回転ごとに探知情報が更新できるメリットがあります。


■バックトゥバック(背中合わせ)■

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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:MR-710_%C2%ABFregat%C2%BB_on_destroyer_%C2%ABOtlichnyy%C2%BB,_1988_%281%29.jpg
MR-710「フレガート」

 なおソ連では異なる特性のレーダーをバックトゥバック(背中合わせ)に搭載する例があります。例としてMR-710「フレガート」シリーズでは、多重ビーム走査方式(と思しき)三次元レーダーまたはFRESCAN方式(と思しき)三次元レーダーと、二次元式長距離捜索レーダーを組み合わせています。この他にも複数の組み合わせパターンがあるようです。省スペース以外のメリットは不明ですが、ソ連地上軍の防空システムや、現代のロシア、中国、インドの艦艇でも採用例があるようです。


■フェイズドアレイレーダー■

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http://www.harpoonhq.com/waypoint/articles/Article_044.pdf
フェイズドアレイレーダーの原理。位相器(電波の周期)を制御することで電波の方向を変える。

 各アンテナ素子の位相を変化させることで、ビームの方向を制御できるレーダーです。FRESCANと比較して、アンテナは従来のスロット導波管から位相器を備える放射素子に変化しています。ビームが横方向へも指向できるようになり、制御可能な本数も増加しています。アクティブ式の場合はより小型で故障に強く、細やかなビーム制御が可能です。さらに捜索、追跡、ミサイル管制など複数のモードを併用することもできます。


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むらさめ型に搭載されたOPS-24三次元対空レーダー。投稿者撮影

 フェイズドアレイレーダーが実用化されるのは1980年台。アメリカ海軍ではAN/SPY-1を搭載したタイコンデロガ級イージス艦が1983年に就役します。ソビエト海軍でもS-300ミサイル管制用のフェイズドアレイレーダーが1980年に、多機能フェイズドアレイレーダーのマルスパッサートが1987年に空母へ搭載されています。海上自衛隊は世界に先駆けてAESA(アクティブ電子走査アレイ=アクティブフェイズドアレイレーダー)のOPS-24を1990年に実用化しました。日本の防衛技術研究本部では早い時期からAESAが試作されており、陸上用兵器では80年代からAESAが実用化されています。

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http://www.mod.go.jp/trdi/data/pdf/50th/TRDI50_09.pdf
防衛庁技術研究本部50年史より


■まとめ■

 1950~60年代にはさまざまな方式のレーダーが登場するものの、1970年代になると各国共にFRESCAN方式が採用されました。そして1980年代以降はフェイズドアレイレーダーがこれを置き換え、現在はAESA化が進んでいます。軍用レーダーの三次元化も進み、長らく三次元レーダーと縁のなかった民間でも気象レーダーとしての活用が始まっています。一方でルネベルグレンズのSPG-59やSCANFARなど主流になれなかった方式も、三次元捜索+多機能化+固定式アンテナという現代のAESAとコンセプトはほぼ同じ。1950年代以降三次元レーダーは何度も姿を変えていますが、求められるものは今も昔も変わらないのかもしれません。



■おまけ:画面も3Dに!■

 レーダー自体の三次元化は進んだ一方で、コンソール側は従来のPPIスコープのままでした。スコープ内の目標にはトラックナンバーが与えられ、高度やその他の情報は別画面に表示されていました。この方法は現代でも主流です。しかし三次元情報を二次元でしか表示できないコンソールが不完全に思えたのか、1960年代初頭には3D表示のできるレーダースコープも思案されていました。
 

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http://scienceservice.si.edu/pages/103_033Reference_1961HughsAircraftFrescan.pdf
ヒューズの3次元レーダースコープ。同社はアメリカ海軍のFRESCAN方式三次元レーダーの開発を担当していた。


 アメリカの古い専門誌によると1960年初頭にヒューズ社がプライベートベンチャーで3Dコンソールを構想していた、とのことです。これは2つの投影機とハーフミラーを用いることで、高度情報を奥行きに反映したものでした。機器が大型・高コストであること、正面以外の方向からスコープを見れないことが欠点かもしれません。3D表示は運用上必須のものでなかったのか、結局主流となりませんでした。

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https://www.youtube.com/watch?v=7YWTtCsvgvg
ただホログラムはいろいろな方法があるようなので、いつかは実戦配備されるかもしれない。


参考文献(最終閲覧日2015年8月22日)


984型レーダーについて
rnmuseumradarandcommunications2006.org
http://www.rnmuseumradarandcommunications2006.org.uk/TYPE_984.html


アンガラーレーダーとVビームスキャンについて
Wikipedia日本語版 アンガラー (レーダー)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%A9%E3%83%BC_%28%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BC%29


フェイズドアレイレーダーについて
EW101電子戦の技術 基礎編 ISBN 978-4-501-32940-2 C3055
第3章4節 フェイズドアレイアンテナ(P45~50)より

フェイズドアレイレーダーについて2
改訂レーダ技術 ISBN 4-88552-139-4
4.5 電子走査アンテナ(P119~128)より


自衛隊でのアクティブフェイズドアレイレーダー開発について
防衛庁技術研究本部二十五年史(昭和53年1月31日発行)(P181~182)より
防衛庁技術研究本部50年史 2章 第2研究所( P246~249)より
http://www.mod.go.jp/trdi/data/pdf/50th/TRDI50_09.pdf

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