初期ジェット戦闘機の不思議な光景。なぜ翼端に増槽が?

文:nona
 
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http://www.nasa.gov/centers/armstrong/multimedia/imagegallery/T-33A/index.html#lowerAccordion-set1-slide3

 1940年台後半から1950年台にかけ登場した一第、二世代ジェット戦闘機にはチップタンク(翼端に装着した燃料タンク)が搭載されていました。一般人から見てこの姿、とても不思議に見えます。しかし当時の航空機にとってチップタンクは空力的に優れる画期的なアイディアでありました。今回はこのチップタンクについて解説したいと思います。


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■揚力と誘導抵抗■

 まず飛行機が飛ぶ仕組みを簡単におさらいします。鳥の翼や航空機は上下に形状差(上側を厚く、下側を平らにする)がつけてあり、翼全体に当たる空気と比べて、上面は早く、下面は遅く流れていきます。すると、流速の早い上面は低圧に、流速の遅い下面は高圧になります。この気圧差によって、上面の空気は翼を引っ張り上げようと、下面の空気は翼を押し出そうと翼を持ち上げてくれます。この力が揚力です。


 しかし、揚力を発生させる過程である問題が発生します。下面の空気が上へ向かおうと左右の翼端から上方へ逃げ出そうとするのです。そしてこの空気の流れは翼端から上面へ回り込んで圧力差を減らし、揚力を落としてしまうのです。これが誘導抵抗(誘導抗力とも)と呼ばれます。この回りこもうとした空気がその場で渦を巻き、いわゆる翼端渦となります。C-130のフレア煙が「天使の翼」のようにクルっとなるのはこの翼端渦の影響です。


 特に旅客機級の翼端渦は強力な後方乱気流の元であり、小型機程度なら吹き飛ばされかねない危険なものだそうです。言い換えれば、翼端渦の生成に無駄なエネルギーを費やしているのです。

■誘導抵抗を減らす試み■

 そこで誘導抵抗の対策も研究されており、翼のアスペクト比を長くすること、翼端を楕円形にすることが航空機開発の初期から考えられていました。最も効果的なのは翼のアスペクト比を長くする方法で、スポーツグライダーや旅客機、輸送機など多くの機体に採用されています。

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http://www.history.nasa.gov/SP-367/f57.htm
左の翼に比べて、右の翼は誘導抵抗が1/4になるようです。

 しかし、この方法は副作用としてロール性能の低下、高速飛行時の空気抵抗(摩擦抵抗)の増加を招くため、小型機では翼を従来の矩形型から楕円形にする手法が主流になります。日本では1930年台に楕円翼の96式艦上戦闘機や99式艦上爆撃機などが登場しました。後に楕円翼は曲線を多用する翼は製造が複雑になるため、翼端のみ改造を施した機体や、楕円翼をシンプルにしたのテーパー翼が登場します。

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http://www.history.nasa.gov/SP-367/f62.htm
上→誘導抵抗が最小のスピットファイアMk.1の楕円翼
下→コストカットのため、翼端のみ整形したエアロコマンダー100軽飛行機

 また、主翼下面をそぐことで誘導抵抗を減らす試みも知られており、日本では艦上偵察機彩雲に採用されました。

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http://www.history.nasa.gov/SP-367/f62.htm
プラモの彩雲を作るとき、翼端底面を少しだけ削ってあげると少しだけリアルに

■ジェット化の時代とチップタンクの出現■

 さて本題に戻り、チップタンクの解説を行います。1940年代後半、戦闘機のジェット化と燃料消費の増大に伴い、増槽も複数搭載が要求されるようになります。しかしジェット機のような高速機は増槽への空気抵抗(摩擦抵抗)も増大するため、増槽を増やしても摩擦抵抗で航続距離が伸び悩むことになります。

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http://www.history.nasa.gov/SP-367/f59.htm

チップタンクの概略

 そこで「翼端から流れ出る空気を増槽で塞いで、増槽の摩擦抵抗を誘導抵抗の阻止で補えないだろうか」との考えから誕生したのがチップタンクでした。この空気を塞ぐというアイディアは以前から知られており、大戦期に活躍した双尾翼機の垂直尾翼がその役割を果たしていました。ただし双尾翼自体の重量のため効率はそれ程でもなかった、と考えられています。

 このチップタンク、一見すると強度に不安を感じますが、飛行中に荷重が主翼の付け根に集中する傾向を防ぐことになり、むしろ逆に機体のたわみを防ぐ効果がありました。当然ながら戦闘機としての強度も十分に維持されていますし、空中戦時には投棄も可能です。

 チップタンク搭載が当たり前になると、F-84戦闘機やF-89戦闘機のように翼端の整形を省略した機体も登場します。これらの機体は増槽を非搭載にすると誘導抵抗が増大しするため、チップタンクの燃料がなくなっても、空中投棄を行いませんでした。ちなみにF-89迎撃機のチップタンクは後に武装化され、F-89D型は26発の対空ロケット弾ポッドに、F-89H型は4連装対空核ミサイルランチャーに換装されています。また戦闘機以外でも、ロッキード・コンステレーション旅客機やP2ネプチューン哨戒機、日本のMU-2ビジネス機にもチップタンク搭載が考慮されるようになります。


■増槽が必須のF-104■

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摩擦抵抗低減を狙った薄い翼には燃料が詰めこめなかった

 そして1958年から配備の始まったF-104戦闘機。この機体は以前にも増してチップタンクを必要とした機体でした。アメリカにとって初のマッハ2級戦闘機でしたが、70kN 級のJ79エンジンでそれを達成するために(F-16戦闘機のF110エンジンは120~140kN)、主翼は短く薄く設計されていました。(最薄部はりんごの皮むきに使えるほどの鋭さ)この翼がアスペクト比の低下に伴う誘導抵抗の増大と、燃料を搭載する空間の消失で、航続性能が低下することが予想されていました。そのためチップタンクは搭載が必須の機体でした。

■チップタンクのその後■

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http://www.nasa.gov/centers/langley/news/factsheets/C-17.html
C-17輸送機とウイングレット


 F104戦闘機でその効果を最大限に活かされたチップタンクでしたが、次第に搭載するメリットが薄れていきます。これは空中給油やエンジンの高出力低燃費化によって、航続距離を伸ばす手段が増えたためです。後退翼機が登場した直後はチップタンクを搭載できる直線翼機が航続距離において未だ有利でしたが、技術進歩によってその差は縮められてしまいます。やがてF-104も早期のうちにアメリカから姿を消すことになりました。空中給油機構を持たず、航続距離延長の恩恵を受けられなかったためです。

 また、翼端の重量物であるチップタンク(F-104戦闘機の場合、2本で2110ポンド)にはロール性能を低下させるデメリットが有り、格闘戦に回帰した第四世代ジェット戦闘機にとって都合の悪いものでした。そのためF-16戦闘機のような直線翼形の機体もあえてチップタンク搭載は行われていません。現在ではSu-34戦闘爆撃機の翼端板や、A-10攻撃機の折り曲げ翼端に小さいながらも、誘導抵抗対策が見られます。ただ低速での揚力を補うことが目的であるそうで、申し訳程度の大きさに留められています。

 しかし旅客機の分野おいては、低燃費化の要求が年々大きくなり、誘導抵抗を少しでも減らすため、翼端にウイングレットを装着することも一般的になりました。全日空ではウイングレットの効果を燃費5%の向上と紹介しており、誘導抵抗対策が現在でも重要であることを示しています。

参考
日本航空 航空実用辞典
飛行機に働く力 http://www.jal.com/ja/jiten/dict/p051.html
NASA(アメリカ航空宇宙局)http://www.nasa.gov/
Wikipedia