Name 名無し 15/05/13(水)00:15:07  No.1117793

 なぜに、軍艦、小銃が菊章なのに旧軍戦車が星章なのでしょうか?

無題
Name 名無し 15/05/13(水)00:17:33  No.1117794
明治時代にモデルにしたフランス軍服の星章をそのまま使ったと聞いた。

無題
Name 名無し 15/05/13(水)16:21:03  No.1117848
菊の御紋がついているのは陛下のもの。
星章がついているのは陸軍の物。
星章の物は基本消耗品枠。

無題
Name 名無し 15/05/13(水)18:16:15  No.1117860 
明治4年に廃藩置県が行われまして
翌年には旧幕府及び各藩が所有していた兵器が明治政府に還納、という形で国有化されるんですが
これらの兵器には各藩の大名の家紋、徽章等が刻まれているのが常でして
明治政府としては改めて新政府軍の兵士に支給する際、所有権が明治帝統治下の新国家に移ったことを明示するため、あれこれ研究した結果、帝室のご紋章から単弁(16弁)の菊花紋を打刻しなおして支給することにしたそうで
コレが兵器に付くご紋章の始まりになるんだそうです

無題
Name 名無し 15/05/13(水)18:18:04  No.1117861 
その後、明治13年に国産の村田銃が制定された際、東京砲兵工廠側から時の陸軍卿大山巌中将に村田銃の銃身に刻印する内容の提案があったそうなんですが
「大日本帝国村田銃」「東京砲兵工廠小銃製造所」
「明治十三年」及び製造番号、等の案に並び菊花紋章も提案されておりまして、この際
「小銃は各人携帯のもので、兵器尊重心を養う事が最も必要」
という理由から、菊花紋章も採用されたといういきさつがあるんだそうで

無題
Name 名無し 15/05/13(水)18:19:35  No.1117862 
もっともこの時、火砲の砲身にもご紋章の刻印を…という提案も同時になされてたんですがこれは却下され、以後も各種制式小銃のみに因習的に施された、とのことでして
言わば元々菊のご紋章は「大日本帝国」という新体制が成立する際の過渡期の産物であって、その後新国家が確固としたものになっていく中では不要になっていく性質のものだったのが、ごく初期から採用されていた兵器に限っては半ば伝統と言うか習慣で残されていたもの、と見ることも出来る気がするんですが…どうなんでしょかね?

無題
Name 名無し 15/05/13(水)18:53:02  No.1117869
>以後も各種制式小銃のみに因習的に施された
それで38歩兵銃サマとかいう状態になって
磨きすぎで精度が狂ったとか色々な弊害が生まれる事になったんだろうな

無題
Name 名無し 15/05/13(水)20:46:47  No.1117886
なるほど。勉強になりました。

無題
Name 名無し 15/05/14(木)00:03:45  No.1117916
星ではなくて桜の花弁(ヘタの部分)だと思ったが・・・

無題
Name 名無し 15/05/14(木)00:24:36  No.1117919 
海軍が桜なら陸軍は右近の橘かな?とか思ってた

無題
Name 名無し 15/05/17(日)10:19:18  No.1118337
旧軍ももっと柔軟になれば良かったのに
状況によっては兵器を捨てても構わない、武器弾薬尽きたら降伏して良し(ただし相手にしゃべりすぎないよう訓練しておく)等…
簡単なことなのに

無題
Name 名無し 15/05/17(日)10:56:42  No.1118342
>状況によっては兵器を捨てても構わない、
これは亡くなった親戚の人から聞いた話なんだが
兵器ではないが弾薬とかは行軍中に重いからと言って捨てる人は結構いたらしい

無題
Name 名無し 15/05/17(日)16:37:56  No.1118391
>兵器ではないが弾薬とかは行軍中に重いからと言って捨てる人は結構いたらしい
これは日本軍的には普通
変に律儀に弾持ってると重くて体力消耗して死ぬ

無題 Name 名無し 15/05/17(日)12:57:05  No.1118358
>ただし相手にしゃべりすぎないよう訓練しておく
捕虜にならない前提ゆえこの訓練を全くやってないため、うっかり捕虜になった人が優しくされてペラペラ喋ったとかなんとか。。

無題
Name 名無し 15/05/17(日)12:52:11  No.1118355
対日戦用マニュアル書まとめた『米軍が恐れた「卑怯な日本軍」』って本読んで
このマニュアル作ったメリケン頭いいなと感じた
こんなマニュアル渡されたら捕虜もとらないし拷問もする

無題
Name 名無し 15/05/17(日)21:29:45  No.1118423 
キスカ島撤退の時に
海軍側から現地陸軍部隊に、艦船移乗の際は小銃機銃の類は海中投棄してほしい、との要請が事前になされて陸軍側からの抵抗はあったもの結局実施されたんですが
陸軍現地部隊(北海部隊)指揮官だった峯木十一郎少将が内地帰還後状況報告の為陸軍省に出頭した所、富永恭次陸軍次官より

「皇室の御紋章のついた銃を捨てて帰るとは以ての外である。特に現地の陸海軍部隊が、勝手にそんな協定をしたことは甚だけしからん」

…と手酷く叱られたという、気の毒な話が残っておるんだとか

無題
Name 名無し 15/05/17(日)21:30:15  No.1118424 
因みに峯木少将の北海部隊はアッツ島で玉砕した山崎部隊の母隊でもありまして、少将はアッツ島へ米軍部隊が来襲した際、速やかな救援実施を求めてかなり強硬な電報を中央に送っているんですが、コレもこの時槍玉にあげられまして

「アッツの山崎大佐からは、何ら救援の請求がなかったにも関わらず司令官から執拗に兵力増援を求めてきたのは、指揮官としてけしからん処置だ」

…と責められたんだそうで

無題
Name 名無し 15/05/17(日)21:30:59  No.1118425 
ただ実際には山崎部隊長からは玉砕前に北海部隊司令部あてに

「歩兵一個大隊半、野山砲一個中隊」
「94式榴弾5千発、重擲弾筒弾1万発、99式普通実包50万発」
「圧縮口糧10日分、調味品20日分」

…等を揚陸補給してくれるよう緊急要請が行われてまして
言わば先の峯木少将の救援要請もそれに基づくものだったんでしょうけれど
コレも峯木少将が東京に帰着する前、山崎部隊の玉砕直後の大本営報道官の発表では

「…かふいう惨憺悲愴なる状況下にありながら山崎部隊長は只の一度でも一兵の増援も要求したことがない、また一発の弾薬の補給をも願はない、その烈々の意気必死の覚悟には誰しも…」

…という事に「なっていた」からだったみたいなんですな

無題
Name 名無し 15/05/17(日)21:32:08  No.1118426 
因みに山崎部隊に対しては玉砕前、北海部隊を飛び越えて北方軍司令官より

「敵兵員の尽滅を図り最後に至らば潔く玉砕し、皇国軍人の精神の精華を発揮するの覚悟あらんことを望む」

…との要請電が打たれ、山崎部隊最後の突撃後の大本営発表でも「守備せる全員悉く玉砕」とされたんですが、実際には28名ほどが米軍の捕虜として生存されてるんだそうで
その一人だった佐藤国夫上等兵さんの手記によりますと
「まずアダック島の仮収容所に送られた。そこには二重の鉄柵、十数棟の新しい建物があった。将校の話では、アッツ島を三日で陥とすつもりで、全員を捕虜として収容しうる収容所をここに新設した由。将校、下士、兵と部屋を分けており、その収容能力は約3千名もあった」
…んだとか

無題
Name 名無し 15/05/17(日)21:32:55  No.1118428 
米軍の待遇も概してよく
「アメリカ兵と差を付けんかった…温泉治療も十分にしてくれて帰国したんです。(野戦工兵・中屋敷源治郎上等兵)」

…なんて様子だったんだそうですが、後にこれらの捕虜の方々がアメリカ本土に転送された際、シアトルの現地新聞に
「奇跡の生還者。日本の勇士、アッツより来る」
…と賞賛する記事が出て、それを読んだ先の佐藤上等兵が

「ヤンキーどもに後ろ指をさされるような真似は、絶対にやらないことを誓おうじゃないか」
と仲間を戒めた話を捕虜仲間の方が書き残されておるそうです

色々とまあ、考えさせられる話ではありますな

無題
Name 名無し 15/05/17(日)22:08:17  No.1118433
>富永恭次陸軍次官より
こういうところでも富永出て来るのね・・

無題
Name 名無し 15/05/17(日)22:54:39  No.1118451
硫黄島の戦いで意識不明となったところを米軍の捕虜にされた生存者の方の証言でも
いつかは殺されるものと覚悟していたが、ついには米本土にまで移送されることになって、そこでは「最前線で戦うからこその捕虜」ということで礼をもって遇されたなんて話がありますな。
>「ヤンキーどもに後ろ指をさされるような真似は、絶対にやらないことを誓おうじゃないか」
これはこれで実に日本人らしい…

無題
Name 名無し 15/05/18(月)00:45:15  No.1118461
ノモンハンなどでは停戦後に捕虜交換交渉をしているから
秘密裏にでも捕虜の取り扱いを陸軍が考慮していなかったのは明白な落ち度だね

無題
Name スレ主ではありません 15/05/18(月)01:34:15  No.1118463
ところで、
旧陸軍はなぜ星章なのでしょうか。
どなたかご存知の方、教えてください。
僕も知りたいです。

無題
Name 名無し 15/05/18(月)02:25:49  No.1118466
>No.1118463
先頭の方で既出ですが、諸説ある訳ですよ…


http://www.warbirds.jp/ansq/42/D2002031.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E8%8A%92%E6%98%9F#.E5.A4.A7.E6.97.A5.E6.9C.AC.E5.B8.9D.E5.9B.BD.E9.99.B8.E8.BB.8D

無題
Name 名無し 15/05/18(月)10:46:00  No.1118476
>「敵兵員の尽滅を図り最後に至らば潔く玉砕し、皇国軍人の精神の精華を発揮するの覚悟あらんことを望む」
まさに日本陸軍らしいですな
訓電内容が抽象的で精神主義的、おまけにまともな作戦指導の体もなしてない

日本陸軍は長期戦や物量戦でアメリカに絶対勝てないという事を自覚してたらしく、精神力でカバーするしかないという結論に帰着したとの事だけど
「頑張って最後まで粘れ」なら気持ち的に理解できるけど玉砕勧告とか、まともに戦争に勝つ気があったのかね?

無題
Name 名無し 15/05/18(月)15:02:52  No.1118500
>玉砕勧告とか、まともに戦争に勝つ気があったのかね?
じゃあどんな命令出したら勝率上がるの?

無題
Name 名無し 15/05/18(月)15:44:26  No.1118505 
>じゃあどんな命令出したら勝率上がるの?
「突撃禁止でひたすら防戦かな…?」

無題
Name 名無し 15/05/18(月)17:23:34  No.1118520
栗林大将は、最初から玉砕覚悟で米軍の足止めが目的で、単に万歳突撃を禁止しただけだし。
結果、アメリカの予想を遥かに上回る1ヶ月以上も抵抗し、アメリカの負傷兵数が日本を上回る事態となった。
全員死ぬ気で組織戦を展開すれば、ある程度までは敵にダメージを与えられるという事。

無題
Name 名無し 15/05/18(月)22:03:32  No.1118591
そもそも孤立した島の守備隊の降伏しどころってどこら辺なんだろね?

無題
Name 名無し 15/05/18(月)22:06:36  No.1118592
まあ降伏にもタイミングやルールがあるからね
下っ端がただ参りましたって手ぇ上げただけじゃ米兵の生きた標的扱いにしかならんのは太平洋でも西部戦線でも変わらん

無題
Name 名無し 15/05/19(火)03:20:50  No.1118646 
いわゆる万歳突撃はサイパンのような例外を除けば
ほとんど兵力を極端に消耗している状況でしか行われないので
(タラワの戦いであれば兵員約5,000名中約150名)
(ペリリューの戦いであれば兵員約10,000名中約50名)
その程度の寡兵で防戦しても戦果はほとんど上げられない

戦果を上げて敢闘できるかどうかは
玉砕か、降伏かや突撃だ、防戦だといった戦闘方針よりも、どれだけ事前に弾薬糧食の備蓄や陣地構築などの準備を行えたかだろう

沖縄のように防衛一方で戦力を残していると士気が落ちて夜襲やりだすし

無題
Name 名無し 15/05/18(月)22:57:10  No.1118607
無謀な出撃命令を拒否して反乱を起こしたドイツ海軍の水兵にはちょっとだけ憧れを持ってしまうな
沖縄戦の時の第2艦隊の将兵さん…無謀な命令は拒否して全然構わないんやでと言ってあげたい

無題
Name 名無し 15/05/19(火)07:05:48  No.1118653
>沖縄戦の時の第2艦隊の将兵さん…無謀な命令は拒否して全然構わないんやでと言ってあげたい
特攻や菊水作戦に関しては戦後日本人への励ましや心意気を残すためでもあったし、米英に対して「日本人への恐怖心」
を植え付ける目的があったから、それなりに理解はできる

ただ、陸軍の「玉砕命令」は合理的判断にかける事が多い
離島戦以外にも、第二次アキャブ作戦での歩兵第112連隊への玉砕要求とか、何がしたいの?って思うよ

無題
Name 名無し 15/05/19(火)09:22:22  No.1118660
部隊が玉砕を選ぶのと、命令されるのは違うからなあ。
ただ、当時の日本にあってはどちらもあり得るのが現実だった。
良く言われるけど、今の我々の価値観や社会的規範での判断は通らない部分も多い。
ペリリューでは玉砕させてくれという現地部隊に、絶対に玉砕せず持久せよと、これも酷な命令が出されている。
しかもどちらも降伏の選択肢がないところが当時の日本。軍ばかりでなく、世相全体がそういう方向だったのだろうと想像できる。
特攻が成立してしまったのもそうだろう。

で、大きく変わったとはいえ、そういう日本人気質は消えてしまったわけでもないだろうね。
中東での人質に対する自己責任論やアルジェリア人質事件で見せたという日本人の態度などからもそう思う。

無題
Name 名無し 15/05/19(火)14:15:23  No.1118680
でも、抵抗が続いてれば一定数の部隊は貼り付けとかなきゃいけないからなぁ。
フィリピンとかニューギニアとか、普通に考えれば降伏してしかるべきな状況だったけど、抵抗してたせいで二線級とはいえ終戦時点でも10個師団以上引き付けてる。

無題
Name 名無し 15/05/19(火)15:04:04  No.1118684
当時の価値観がとは言うけど、特攻にしたって玉砕にしたって当時から「ふざけんな!」って意見があったわけで

無題
Name 名無し 15/05/19(火)18:31:37  No.1118704
>>当時から「ふざけんな!」って意見があったわけで

あったけど、実際に行われてしまったわけで。
今の価値観や社会観念じゃ考えられないレベルだろ?
しかもなお、今に至ってもその是非や功罪が論じられ続ける。
逆に当時も反論があったという視点で価値観を論じるならば、また状況によっては日本と日本人は同様な選択をしてしまう可能性は多分にあるという証左にもなってしまう。
長い歴史の蓄積で培った部分てのは中々変われないもんだしね。
せめて犠牲と引き換えに得た教訓を少しは継承したいものだが。

無題
Name 名無し 15/05/19(火)15:58:51  No.1118687
水木しげるは上官が玉砕命令拒否したおかげで生還できたと言ってたな

無題
Name 名無し 15/05/19(火)19:21:26  No.1118712
軍人であることに誇りを持つのは結構なことなんだけど、それが必要以上に行き過ぎてたって感じがするのよね
職務に忠実であろうとする姿勢があまりに純粋過ぎて捕虜になる、降伏するという一種の職務放棄を受け入れられない、というか…
元軍人の回顧録を見るとそんな感想になる

無題
Name 名無し 15/05/19(火)18:58:49  No.1118709
そもそも玉砕とされてる隊って本当に玉砕したのかな?
投降者も存在したのだが全員殺されたから玉砕って可能性もあるよね?

無題
Name 名無し 15/05/19(火)22:12:18  No.1118741
>そもそも玉砕とされてる隊って本当に玉砕したのかな?

例えば1944年7月18日に「総員玉砕」と大本営発表があったサイパン島守備隊の場合ですと、7月6日の最後の突撃前に同島守備隊の最高指揮官だった南雲忠一中将より
「戦陣訓に曰く、『生きて虜囚の辱を受けず』勇躍全力を尽くして
従容として悠久の大義に生きるを悦びとすべし」

無題
Name 名無し 15/05/19(火)22:17:36  No.1118742 
…との最後の訓示を受けてまして、大本営発表では
「サイパンの我が部隊全員壮烈な戦死・傷兵3千は自決す」
と報じられたんですが
実際には海軍中佐や陸軍少佐を含む約2300名程が米軍の捕虜となって生還しております

つまり当時「玉砕」と言われた部隊・戦いであっても、実際には文字通り将兵が一兵残らず全滅した例はごく少なく相当数の生存者がいるのが普通だった、とみてよろしいようです

無題
Name 名無し 15/05/19(火)22:19:09 ) No.1118744
先のレスで水木しげるせンせいの話に触れられてる方がいらっしゃいますけれど
例えば1945年3月、ラバウル南方約80キロのワイド湾にオーストラリア軍が上陸、現地のズンゲン守備隊(1個大隊、約500名)が応戦するも約6倍の兵力差に衆寡敵せず3月17日には大隊長成瀬少佐の名で

「本夜を期してズンゲン守備隊隊長以下全員、最後の斬り込みを敢行する。ラバウル将兵の赫々たる戦捷を祈る」

…との決別電が届き、以後消息を絶ったため
在ラバウルの本隊である第38師団司令部では「成瀬守備隊玉砕」を大本営及び方面軍司令部へ打電、身近で起こった「玉砕」の知らせにラバウルの将兵は「我らもいずれ…!」
と奮い立ったんだとか

無題
Name 名無し 15/05/19(火)22:20:15  No.1118745
ところが成瀬部隊「玉砕」の2日後、第38師団司令部にズンゲンとラバウルの中間地点であるヤンマーに配置されていた警備隊より

「ズンゲン守備隊の生存将校以下十数名、ヤンマー警備隊に来たり」

…との報告が届き、慌てた38師団司令部は

「ズンゲン守備隊の将校以下は(略)任地(ズンゲン)に復帰し、その任務を遂行すべし」

と言わば玉砕のやり直しを命じてたりする一幕があったそうで

無題
Name 名無し 15/05/19(火)22:21:32  No.1118746 
しかしながらヤンマー警備隊からの続報は指揮官の少尉以下14名はヤンマーに留まったまま前進する模様はなく

「別にズンゲン守備隊の将兵三々五々ヤンマーに終結しつつあり」

…と、更に「玉砕」部隊の生還者が増加しつつあるという知らせが届く有様

そして慌てて現地に派遣された作戦参謀の調査によると、当時の事情は次のようなものだったんだそうで

無題
Name 名無し 15/05/19(火)22:23:12  No.1118748 
3月17日、追い詰められたズンゲン守備隊では指揮官成瀬少佐より

「全員死んで、ラバウル将兵の亀鑑となろう」

…との提案がなされたんですが、これに部下の中隊長だった児玉中尉が「遊撃戦に転じ、犬死にを避けるべきだ」と真っ向から反対、論争の末

「では児玉中尉に、現在の部下の他(略)さらに一部の兵隊をやるから、思うとおりにやってみろ(成瀬大隊長)」

…という事になりまして、大隊長自身は先の決別電を打たせた後、副官と共に残りの部下を率いて最後の斬り込みに出ていったそうです

無題
Name 名無し 15/05/19(火)22:25:16  No.1118749 
一方の児玉中尉指揮下の一団はズンゲンより交代の途中、体調の悪化した児玉中尉が自ら望んでジャングル内に残り、他の方々はそのまま後退を続けるんですが途中出会った友軍部隊より

「ズンゲンの生き残りは前線へと追い返すように」

との師団命令が出ていることを知らされ、一端はズンゲンへ引き返すものの再び断念して後退している所を、ヤンマーへ友軍部隊によって「連行」された、ということだったそうなんですな

無題
Name 名無し 15/05/19(火)22:27:34  No.1118750 
実はこのへんの話をモチーフに水木せンせいが「総員玉砕せよ!」という漫画を書いておられまして、細かいディテールは異なりますが「90%は事実(水木氏)」という筋書となっております

この漫画では最後、生き残りは兵士も含めた全員が再び連合軍に突入させられ全滅しますが、実際にはズンゲン守備隊の生存者はヤンマー守備隊に再配属と言う形で吸収され、終戦まで生存されておるんだそうで

ただし、師団参謀がヤンマーに派遣される前、単身ラバウルまで報告に来たズンゲン守備隊所属の軍医中尉および後退部隊の指揮官の中尉・少尉一名ずつが敵前逃亡の責を問われて自決した、というのは実際にあった事なんだそうです

無題
Name 名無し 15/05/19(火)22:30:35  No.1118751 
結局「玉砕」とみなされた成瀬大隊の内、生存者は自決させられた3名含めて将校8名、下士官兵130名と部隊人員の4分の1以上に及び、最後に成瀬大隊長と行動を共にしたはずの兵も約半数は生還しておりまして
このへん、生存者の一人堀亀二軍曹さんはその回想録で「なぜ我々のみが死を決しえないのか」という点について

「ラバウルに十万の将兵が安易徒食している事実が、心の底を離れない為ではないだろうか。安易徒食―決してそうでないにしろ、現在(=当時の)我々のおかれている苦境からすれば、そう考えざるを得ないのだ」

…と記されております
要は最終的には全員玉砕にしても、ラバウルの本体が長期抗戦体制を整えてるのになぜ我々が死に急がないといけないのか…という疑問を払拭できなかったのが原因、という事らしいんですな

無題
Name 名無し 15/05/19(火)22:31:10  No.1118752 
また水木せンせいの語る所を引用させてもらいますと

「だいたい同じ島で、『俺達あとで死ぬからお前たち先に死ね』と言われてもなかなか死ねるものではありません。『玉砕』というのは、どこでもそうですが必ず生き残りがいます。まあ、べリリウ島(ママ)等は、ものすごく生き残りが少なかったので、模範という事になり、ラバウルではベリリウ島に続けという事がよくいわれました。しかしベリリウ島みたいな島で全員が一度に死ねるというなら玉砕は成功する。ラバウルの場合、後方に十万の兵隊が、ぬくぬくと生活しているのに(略)死ねと言われてもとても兵隊全員の同意は得られるものではない」

無題
Name 名無し 15/05/19(火)22:32:37  No.1118753 
「一寸の虫にも五分の魂という言葉があるが、兵隊全員の暗黙の同意なしに、ただ命令というだけでは、玉砕は成立しないと僕は思う」

「将校、下士官、馬、兵隊といわれる順位の軍隊で兵隊と言うのは『人間』ではなく馬以下の生物と思われていたから、ぼくは、玉砕で生き残るというのは卑怯ではなく『人間』としての最後の抵抗ではなかったかと思う」

…とのことでして
無論、当時の兵隊さん全てが水木せンせいと同じよう考えていたとみなすことも出来ないんでしょうけれど
一口に「玉砕」と言っても、その内実は決して単純なものじゃあなかった事が窺われますなあ…
引用元: http://cgi.2chan.net/f/res/1117793.htm

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