無題 Name 名無し 15/04/12(日)16:29:59  No.1113287
Kwantung_Army_Headquarters

満州国にいた兵力は大戦中何をしてたんだろう
ソ連と睨み合ってただけ?

無題
Name 名無し 15/04/12(日)18:13:36  No.1113298
>満州国にいた兵力は大戦中何をしてたんだろう
南方に転出
部隊によっては中支からベトナムまで徒歩で移動したなんてところもあったとか
装備が冬季仕様だと大変だったろうね

無題
Name 名無し 15/04/12(日)17:37:56  No.1113294 
1428827876910
在満兵力の内大体12個師団(約25万人)は戦争後期には南方戦線に転用されておりますそうで

転用先では本来勝手が違う米英軍相手での戦闘でも大いに敢闘しておりますけど
そのかわりそれだけの精鋭引き抜かれた満州もソ連侵攻時にはエライことになるわけですな

無題
Name 名無し 15/04/12(日)19:08:19  No.1113306
>転用先では本来勝手が違う米英軍相手での戦闘でも大いに敢闘しております
ペリリュー島で戦った歩兵第2連隊も確か満州に駐屯してた部隊だそうだね

無題
Name 名無し 15/04/12(日)18:19:21  No.1113299
>そのかわりそれだけの精鋭引き抜かれた満州もソ連侵攻時にはエライことになるわけですな
入植者見捨てて撤退始めたなんて悪評ばかりで全くいい話聞いたこと無いけど
そんなにソ連に蹴散らされるようなボロボロな状態だったのかな

無題
Name 名無し 15/04/12(日)18:52:14  No.1113305
まあ現地徴用で穴埋めしてたほどだから質は推して知るべし

無題
Name 名無し 15/04/12(日)18:23:30  No.1113300
所謂関東軍ですよね?満州にいた兵力は対ソ連意識したそれなりに強力な軍隊だったと思うんですけど
戦車とかの機材も南方に持っていちゃってもぬけの殻だったのかな?

無題
Name 名無し 15/04/12(日)20:13:26  No.1113315 
1428837206572
>戦車とかの機材も南方に持っていちゃってもぬけの殻だったのかな?

満州の日本側の航空兵力は第2・第4飛行師団主力の第2航空軍なんですけれど、肝心のその二個飛行師団のいずれもが実際には1944年末からのフィリピン戦線に転用されてまして
日ソ開戦時に残ってたのはわずかな独立飛行団及び飛行中隊、錬成部隊等で練習機を除く実戦用航空機はせいぜい百数十機、対するソ連側は3個飛行軍他で4千650機に達したそうで

また戦車等の機甲戦力でも日本側のやはり百数十両に対して、ソ連側5千500両地上兵力では日本側の70万人に対して150万人以上と言う格差があったわけで、仮に兵力転用が無くてもかなり厳しい戦いになったでしょうねコレ

無題
Name 名無し 15/04/12(日)20:20:30  No.1113317 
1428837630244
それでも一部の部隊は圧倒的戦力差にめげず敢闘したのも事実でして
第2航空軍では唯一最新鋭の4式戦「疾風」約40機を擁する飛行第104戦隊を基幹とする独立第15飛行団、99式双軽・襲撃機を保有する独立第101教育飛行団等が侵攻するソ連ザバイカル方面軍に地上攻撃をかけ、戦車その他車両数十両を撃破する戦果を挙げておリます他
中国本土に展開していた第5航空軍からも若干機が対ソ軍の地上攻撃に発進しておるそうで
ここら辺は寧ろ長年対ソ戦を念頭に訓練してきた日本陸軍航空隊にとってはようやくの本領発揮の舞台になった感もありますですな

無題
Name 名無し 15/04/12(日)20:21:33  No.1113318 
1428837693852
またソ連ザバイカル方面軍総司令官マリノフスキーの手記によると、日本側の防御戦闘の様相は

「多くの決死隊員は特にソ軍将校を目標とし、白刃をかざして襲った。彼らはしばしば爆弾や手榴弾を体に縛り付け、高い高粱の下に隠れながら、戦車やトラックの下に飛び込んだり、ソ兵たちの間に紛れ込んで自爆したりした。時には多数の決死隊員が身体に爆弾や手榴弾を結び付け、生きた移動地雷原となった」

…ものだったそうで、少なくとも最前線でソ連軍と対峙した各日本側部隊の敢闘っぷりだけは、後世に恥じないものだったのは確かではあったみたいなんですけれどね…

無題
Name 名無し 15/04/12(日)20:35:38  No.1113319
>時には多数の決死隊員が身体に爆弾や手榴弾を結び付け、生きた移動地雷原となった
背後にいる入植者達を守るって気持ちもあったんですかねえ
中には家族がいた兵隊さんも…

無題
Name 名無し 15/04/12(日)20:43:05  No.1113320
>No.1113318
収奪された寄せ書き入った日の丸はくるものがありますな
全員マンドリン装備してる所を見ると大量生産で扱い安い武器充てがわれたあまり練度の高くない部隊に見えますね
顔も田舎の青年の寄せ集めって感じで軍紀が悪そう…

無題
Name 名無し 15/04/12(日)21:30:32  No.1113327
>収奪された寄せ書き入った日の丸はくるものがありますな
>全員マンドリン装備してる所を見ると大量生産で扱い安い武器充てがわれたあまり練度の高くない部隊に見えますね
>顔も田舎の青年の寄せ集めって感じで軍紀が悪そう…
敵といえど根拠もなく悪く言うのは奮闘した日本軍にも失礼よ

無題
Name 名無し 15/04/12(日)22:18:06  No.1113330
ソ連兵なんて田舎で平和に暮らしてたのにわけもわからんまま強制連行のごとく徴兵されて、ろくな訓練もなしに前線投入とかザラなわけで
彼ら自身の境遇は間違いなく被害者的ですわな

無題
Name 名無し 15/04/12(日)20:51:48  No.1113321
次、戦うときは十分な戦力、補給、そして戦意を。

無題
Name 名無し 15/04/12(日)22:38:36  No.1113333 
1428845916063
これも満州のソ連軍なのかな

無題
Name 名無し 15/04/12(日)22:45:39  No.1113334
囚人兵を投入したとか
強姦略奪それはすさまじかったと引揚者から聞いた

腕時計を取り上げ腕に10個もはめて喜んでいる兵士も居たそうな

無題
Name 名無し 15/04/13(月)01:50:55  No.1113368
>腕時計を取り上げ腕に10個もはめて喜んでいる兵士も居たそうな
数年前に亡くなった親戚のおじさんから聞いた話(違ったかも)なんだが
腕時計を着けたソ連兵がおじさんに「腕時計が壊れた。洗っても直らないから見てくれ。」と言ってきて
見てみたらただネジが切れてただけだったので巻きなおして渡したら感謝されたんで「露助は馬鹿だなぁ」と思ったそうで
まぁそういう層の人間も投入されてたんでしょうな

無題
Name 名無し 15/04/13(月)19:47:41  No.1113456
>全員マンドリン装備してる所を見ると大量生産で扱い安い武器充てがわれたあまり練度の高くない部隊に見えますね
全員SMGってある意味豪華とも思えてならないんですけど、ステンやグリスガンとかなら別にして
>まぁそういう層の人間も投入されてたんでしょうな
数年前の北海道新聞の特集だと(こっちは北方領土)
時計を生き物だと思ってた例も…

無題
Name 名無し 15/04/13(月)21:07:29  No.1113470 
1428926849706
>全員SMGってある意味豪華とも思えてならないんですけど

国力の違いは悲しいですねえ満足にSMG配備できなかった日本軍を基準に考えると豪華に見える装備だけど
末端の兵士果ては民兵や少年兵まで行き渡ってたと言う

無題
Name 名無し 15/04/13(月)21:17:53  No.1113471
1428927473287
平均寿命は2-3週間と悪名高いタンクデサントの戦車跨乗兵も大量生産されたPPSh-41を装備してる場合が多くて、扱いやすくて即戦力にするのに最適だったのかな

無題
Name 名無し 15/04/12(日)23:31:53  No.1113347
満州に進行してきたソ連の部隊は欧州から左から右へ移ってきた部隊なのかな?
休戦協定結ぶまでは日本警戒して精鋭部隊置いてたと聞いたけど、もしT-34なんかが押し寄せて来てたら日本軍の装備じゃ絶望的ですな

無題
Name 名無し 15/04/12(日)23:50:57  No.1113352
ソ連軍の満州侵攻は機甲部隊にBTが混じってたとかで二線級の部隊で片づけたようにも思えるんだけど
空挺と組み合わせてドイツ流の電撃戦をやってるんだよね
関東軍が主力を南方に引き抜かれてなお勇戦したのは確かなことかも知れないけれど
果たして第二次世界大戦の「戦訓」を学んでそれを活かした戦略や戦術は身に付けていたんだろうか?

無題
Name 名無し 15/04/13(月)02:11:07  No.1113369 
1428858667927
Red Army officer atop a T-26 light tank before the offensive against the Imperial Japanese Army, 1945.

>地上兵力では日本側の70万人に対して150万人以上と言う格差があったわけで、

小銃すら行き渡らなかった日本軍では数字以上の差が…

>満州に進行してきたソ連の部隊は欧州から左から右へ移ってきた部隊なのかな?
>ソ連軍の満州侵攻は機甲部隊にBTが混じってたとかで二線級の部隊で片づけたようにも思えるんだけど

スターリンが日本が降伏する前にと遮二無二急がせた結果、欧州の精鋭も二線級もすべて投入したのでJS-2やT-34/85がいるかと思えば、戦前のT-26軽戦車やBT戦車もいて日本軍に撃破されていたりする

無題
Name 名無し 15/04/13(月)02:19:15  No.1113370 
http://livedoor.blogimg.jp/gurigurimawasu/imgs/9/1/9113c3d9.jpg
全く見つからずに20両喰ったのなら
これだけの重砲をどう置いてたのか気になる

あとドイツ降伏から満州侵攻まで約3ヶ月空いてるのは
そんなに準備大変だったのか何か政治的な事情があったのか

無題
Name 名無し 15/04/13(月)09:39:33  No.1113396
>そんなに準備大変だったのか何か政治的な事情があったのか
シベリア鉄道の距離だけでも8千キロ以上あるんだろ?
戦車とかバラして駅に運んで電車に積み込んで移動して下ろして組み立てて再編成してってやってりゃ3ヶ月なんてあっという間にすぎると思うが

無題
Name 名無し 15/04/13(月)10:11:16  No.1113397
100万以上の大軍を陸路10000kmも移動させるんだぞ
たった3ヶ月でやったのは驚異というしかない

無題
Name 名無し 15/04/13(月)10:17:49  No.1113399
>そんなに準備大変だったのか何か政治的な事情があったのか

シベリア鉄道って当時単線だぞ
逆にたった三ヶ月であれだけの兵力を準備したのは偉業と言っていい

無題
Name 名無し 15/04/13(月)10:32:24  No.1113400
>シベリア鉄道って当時単線だぞ

全線電化が完成したのはソ連が崩壊した後、複線化に至っては未だに完成していないので今でも単線区間が残ってる

無題
Name 名無し 15/04/13(月)02:19:33  No.1113371
当時、祖父さんが満州に出兵していた
どこだかわからないけど、祖父さんがいた街は戦闘があったが激戦地ではなかった
戦地から逃れた中国国民がその街に避難して来たけど、医薬品は無かった
中国民は日本兵に医薬品を求めたが祖父達日本兵も戦争後半で物資が来ていなかったので持ち合わせがなかった
なので火傷の応急処置として靴墨を渡したと言う話は聞いた

無題
Name 名無し 15/04/13(月)21:52:27  No.1113481 
最前線にだけでも良い装備を充実させるってのがソ連にできてなぜ日本に出来なかったのだろう

無題
Name 名無し 15/04/13(月)21:58:53  No.1113482
>最前線にだけでも良い装備を充実させるってのがソ連にできてなぜ日本に出来なかったのだろう

資源含む国力の差。
そもそも最前線だけにでも良い装備を充実させられるだけの資源と工業力があれば戦争してないって・・・

無題
Name 名無し 15/04/13(月)22:05:39  No.1113485
日本とソ連じゃ工業力も技術力も違いすぎない?

無題
Name 名無し 15/04/13(月)22:35:40  No.1113494
日本軍の短機関銃は生産数1万挺
ソ連のPPSh-41は500万挺で差は歴然ですね

無題
Name 名無し 15/04/13(月)22:37:27 ) No.1113498
プレス加工の技術のない当時の日本ではこの種のSMGの大量生産はハードルが高いですね

無題
Name 名無し 15/04/14(火)01:09:37  No.1113520
>日本軍の短機関銃は生産数1万挺
>ソ連のPPSh-41は500万挺で差は歴然ですね

対独戦で市街戦を散々やった結果でもあるけどな
地平線が見えるような場所ならライフル銃の方が有効だけど
接近戦が中心の場合は短機関銃の方が絶対有利

無題
Name 名無し 15/04/14(火)11:59:54  No.1113547
>対独戦で市街戦を散々やった結果でもあるけどな
地平線が見えるような場所ならライフル銃の方が有効だけど
接近線が中心の場合は短機関銃の方が絶対有利


ベルリン戦でもパンツァーファウスト装備兵への対策でppsh装備の歩兵による集中射撃という対抗策があったみたいだしね

無題
Name 名無し 15/04/14(火)03:47:00  No.1113528 
1428950820164
日本軍も南方のジャングルでの遭遇戦でSMGの類が無いせいで凄く苦戦しましたね
生産力の低さのせいで大陸での装備から南方の装備に更新がうまく行ってなかったけど仮に配備出来たとしても弾薬の生産と補給が追いつかなかったと言う…

無題
Name 名無し 15/04/14(火)15:00:00  No.1113555 
1428991200443
>日本軍も南方のジャングルでの遭遇戦でSMGの類が無いせいで凄く苦戦しましたね

海軍陸戦隊はベルグマン短機関銃を持ってたらしいけど
どの程度普及してたんだろうな

無題
Name 名無し 15/04/18(土)20:39:36  No.1113895 
1429357176139
>海軍陸戦隊はベルグマン短機関銃を持ってたらしいけど

>どの程度普及してたんだろうな
資料がないから何とも言えないけど、シャン陸や大東亜戦初期の陸戦隊の集合写真や個人写真をみるとそれなりに普及してる感じだね
ベルグマン以外にもソロターンMP34なんかも装備してる

ところが中期以降になると機関短銃装備してた部隊の話なんかはあんまり戦記とかでも聞かなくなってくる

無題
Name 名無し 15/04/18(土)20:47:45  No.1113898 
あと、海軍が装備してたのはベルグマンMP18じゃなくて
正確にはSIGがOEMで作ってたSIG-M1920ね

無題
Name 名無し 15/04/19(日)10:02:33  No.1113952
>海軍陸戦隊はベルグマン短機関銃を持ってたらしいけど
>どの程度普及してたんだろうな

上海事件あたりで320丁、58万発の弾薬購入との記録ありとのこと。

無題
Name 名無し 15/04/18(土)22:10:25  No.1113910
>ところが中期以降になると機関短銃装備してた部隊の話なんかはあんまり戦記とかでも聞かなくなってくる
弾薬やら部品の備蓄が切れてきたのかね?

無題
Name 名無し 15/04/18(土)22:18:22  No.1113911
>ベルグマン以外にもソロターンMP34なんかも装備してる
結構いろんな物を買ってたんだな
海軍は散弾銃を使ってたと言う話も聞くし何気に近接戦闘に役立つ武器に関しては意外と導入が進んでたみたいね
>弾薬やら部品の備蓄が切れてきたのかね?
あるいは活躍するような戦場にいた部隊は玉砕してしまって活躍が伝わらなかったか

無題
Name 名無し 15/04/20(月)16:17:48  No.1114087
>弾薬やら部品の備蓄が切れてきたのかね?
>あるいは活躍するような戦場にいた部隊は玉砕してしまって活躍が伝わらなかったか
その両方だろうね
外国製機関短銃を装備できた部隊は比較的初期に編成された部隊に限られてくるだろうから、装備・練度共に優秀な部隊として最前線で機関短銃と共に消耗したと思う

無題
Name 名無し 15/04/20(月)22:29:13  No.1114149 
>中期以降になると機関短銃装備してた部隊の話なんかはあんまり戦記とかでも聞かなくなってくる
百式短機関銃を基幹装備にした星兵団ってのがあったけど、レイテ逆上陸部隊として投入されてるから、ほとんど記録が残っていないという……。

無題
Name 名無し 15/04/19(日)11:06:36  No.1113961
http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/faq110821cn10.jpg
日本のベルグマンで毎度思い出すコレ
処分されてしまったのだろうか

無題
Name 名無し 15/04/25(土)11:25:25  No.1114914
>日本のベルグマンで毎度思い出すコレ
>処分されてしまったのだろうか

http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_mili&p=ojk428-jlp04964811

「歴史的価値がある」として廃棄を免れ博物館で保管…とはなりにくい予感
http://www.47news.jp/CN/200911/CN2009111101000512.html

無題
Name 名無し 15/04/20(月)17:19:55  No.1114090
>日本のベルグマンで毎度思い出すコレ
>処分されてしまったのだろうか
拳銃とかなら戦地から隠し持って帰れそうな気がするけど短機関銃は凄いな…
一応武装解除って事で調べられるだろうに良くちょろまかして日本まで持って帰ったものだ

無題
Name 名無し 15/04/24(金)19:29:42  No.1114781
>一応武装解除って事で調べられるだろうに良くちょろまかして日本まで持って帰ったものだ
大陸から引き揚げるときは現地の官憲に賄賂渡せばまぁある程度はこっそり持ち出せたそうだ
そうやって祖父が軍刀持って帰ってきた

無題
Name 名無し 15/04/25(土)01:31:56  No.1114876
やっぱり軍刀とかは伝家の宝刀を仕立て直したものだったりしたから持ち帰りたいのかな
拳銃とかは引き上げるまでにの護身用と敗戦した日本がどうなるのか分からないからって思いで持ち帰った人が多かったみたいだけど

無題
Name 名無し 15/04/25(土)13:24:43  No.1114927
>やっぱり軍刀とかは伝家の宝刀を仕立て直したものだったりしたから持ち帰りたいのかな
知人元将校(故人)は普段使いの偕行社刀と、いざ実戦となったら使う用の親戚から贈られた古刀軍刀拵えの二本を持っていたんだけど、米軍の武装解除で偕行社刀は「武装」として提出、古刀は「私物(建前上、私物は渡す必要ナシ)」として隠し持っていたと言っていた
「偕行社刀は買った物だし安物から惜しくないが、せっかく親戚が送ってくれた古刀を米兵にやるのは惜しい」と思ったそうで
(終戦時は本土勤務)
拵えと登録した刀身は別々に持っていて、拵えの方は見せてもらった

大東亜戦で大量に下級将校が増えたので、親族の誰かが持っていないと拵えられない「私物」を持ってる人は少数派だと思うけどね

無題
Name 名無し 15/04/25(土)13:33:56  No.1114928
>親族の誰かが持っていないと
は親族か知人が持っているか高い古刀を買わないと
・・の方が正確だな

無題
Name 名無し 15/04/25(土)23:41:27  No.1114995 
1429972887690

無題
Name 名無し 15/04/25(土)23:41:54  No.1114996 
1429972914235

無題
Name 名無し 15/04/25(土)23:42:29  No.1114997 
1429972949511

無題
Name 名無し 15/04/19(日)08:58:57  No.1113947
さっきチンタオの海軍基地で警備隊をやってた(実は予科練航空学生)
じーちゃんに聞いたんだけど、ベルグマンは小隊に2,3丁あった
って言ってる。
あと9mmルガー弾も潤沢にあったそうだ。

無題
Name 名無し 15/04/19(日)10:07:01  No.1113954
>さっきチンタオの海軍基地で警備隊をやってた(実は予科練航空学生)
>じーちゃんに聞いたんだけど、

えらくご高齢だな。
長生きされてなにより。

無題
Name 名無し 15/04/19(日)11:06:48  No.1113962
>ベルグマンは小隊に2,3丁あったって言ってる。
下のページの編制表が正しいとすれば各分隊の分隊長が使ってたか
あるいは指揮班あたりの将校や下士官が使ってた感じかな

http://www.horae.dti.ne.jp/~fuwe1a/newpage65.html

無題
Name 名無し 15/04/18(土)17:23:43  No.1113887
ソ連はトラックの供給とか多分にアメリカ頼みで、前線兵器に生産を集中できてたのも大きそう。

無題
Name 名無し 15/04/18(土)18:14:43  No.1113889
>トラックの供給

ノモンハンでソ連側は大量のトラックを動員して戦力の集積をやりましたよね

無題
Name 名無し 15/04/18(土)21:40:32  No.1113907
>ノモンハンでソ連側は大量のトラックを動員して戦力の集積をやりましたよね

教科書的にはそういうことになってるけど実際は馬車から何から総ざらいして持ってきて運んだみたいね
手段はどうあれ、集積したんだから問題は無いけれど
ソ連/ロシアは上級将校の最低限として攻勢に必要な物資の確保ってのが挙げられてて、コレができないのは無能って評価になる
引用元: http://cgi.2chan.net/f/res/1113287.htm

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