無題 Name 名無し 14/12/08(月)15:24:53  No.355697
プライベート・ライアン [Blu-ray] 

ノルマンディーみたいな大きな作戦で
どちらの兵もたくさん死んで
米兵の遺体は米兵が運ぶなり片付けるなりするんだろうけど
ドイツ兵の遺体とかはどうしたんだろう?

アーロン収容所 (中公文庫)
会田 雄次
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無題
Name 名無し 14/12/08(月)16:16:42  No.355704
放っておくと伝染病が蔓延するので必ず埋める

その前に情報部隊が何か情報は無いかと死体のポケットや鞄を漁るけど、その前に前線の部隊が国へのおみやげにすでに漁られていることも多い

無題
Name 名無し 14/12/08(月)17:33:41  No.355708
ブルドーザー使っていっぺんに死体埋めてたなぁ
映像の世紀やフューリーでもそんなシーンあったし

無題
Name 名無し 14/12/08(月)17:54:56  No.355710
インパール作戦の時は、道端でとにかく火炎放射器で燃やしたんだっけ?
伝染病蔓延の危険もあったから、虫の息だと判断されれば生きていても燃やされたとか。

無題
Name 名無し 14/12/10(水)01:58:34  No.355954
西洋人は敵兵の死に対する礼はあるんかね?

無題
Name 名無し 14/12/10(水)01:59:53  No.355955
そりゃあるだろ

無題
Name 名無し 14/12/10(水)02:26:32  No.355956
ミズーリに特攻した兵士の遺体を最高の敬意を持って弔ったのは有名な話じゃん

無題
Name 名無し 14/12/13(土)10:50:21  No.356490
>ミズーリに特攻した兵士の遺体を最高の敬意を持って弔ったのは有名な話じゃん

生身同士で殺しあう陸戦と、機械に乗って殺しあうのじゃちょっと違うんかもね。
後者のほうはある意味「文明的」なので理性が働き易いのではと思う。

無題
Name 名無し 14/12/10(水)07:26:09  No.355982
むしろ西洋は戦争慣れしすぎて合理的になってる予感

無題
Name 名無し 14/12/10(水)10:02:42  No.356001
余裕のあるなしの影響を受けやすいので余裕のない敗戦側が叩かれやすい要素の一つだね。

無題
Name 名無し 14/12/12(金)02:41:51  No.356308
>ドイツ軍の遺体は
そう言えばイタリア戦線じゃアメリカ軍の足止めにドイツ軍が自軍兵士の遺体を街道上に並べたとか
それが本当に役立ってアメリカ軍はいちいち死体を踏みたくなくて退かして前進して術中に嵌まったとか
イタリア戦線の頃はまだアメリカ兵は戦争慣れしてなかったんだな

無題
Name 名無し 14/12/12(金)07:17:52  No.356316
遺体にトラップがあるかもしれないから
遺体処理は捕虜の仕事にしたら
捕虜が銃砲を集めて隠し持ってたってのがあったな

無題
Name 名無し 14/12/14(日)00:49:55  No.356625
余裕があれば礼節を持って弔ってくれるだろうけど、勇戦して損害を与えれば与えるほど、相手も余裕なくなるからねー

無題
Name 名無し 14/12/14(日)14:20:15  No.356689
そりゃ陸戦なら片付けるだろ
体重約60gの大型哺乳類の死骸なんて放置して安全な訳がない
自軍だろうが敵軍だろうが巻き添えの家畜だろうが一緒やが

無題
Name 名無し 14/12/14(日)20:56:10  No.356729 
戦時中歩兵第144連隊所属で所謂「南海支隊」の兵士としてニューギニア等で戦った西村幸吉さんと言う方の話なんですが、1942年1月にラバウルを同部隊が占領した時、1000人近いオースラリア兵の捕虜を得てるんですが

その捕虜の作業を監督する立場だった西村氏は食事等の便宜等を図ってやるうちに親しくなった豪軍捕虜から日本陸軍の上陸前に、ラバウル近くに墜落した日本海軍の偵察機の搭乗員を埋葬したという話を聞きまして海軍航空隊の隊長さんにもその旨を伝えたそうなんですな

無題
Name 名無し 14/12/14(日)20:57:59  No.356730 
西村氏いわく
「その海軍の隊長がそれはありがたい話だと言って、早速現地に行ってみた。すると日本人パイロットを埋めて、そこにきちんと墓標まで立ててくれていたそうです。おい、オーストラリアには武士道精神があるぞ、と言うことになりましてね。それから、オーストラリア兵の捕虜は虐待しちゃならんと通達まで出たんですよ」

…と言う顛末になったそうなんですが、西村氏としてもそうなると
豪軍捕虜側に何らかのお返しはしたくなりまして
そこで思い付いたのが彼らの家族に手紙を届けて上げる事だったそうです

無題
Name 名無し 14/12/14(日)20:59:13  No.356732 
「その海軍の隊長にまた相談したんです(略)手紙を爆弾の代わりに袋に入れて敵の陣地に落としてくれませんか、って頼んだんです(略)隊長は、向こうも紳士だ、こっちもそのぐらいの事はしてやりたいと協力してくれることになったんです。隊長もそんなのが上に知れたら大変ですわ。手紙を書かせて、手紙の中にちょっとしたこっちの情報でも書かれたもんなら、パーです(略)私は、捕虜たちに絶対に余計な事を書くなよ、書いたら、俺たちはこうなるんだと首に手を当てて彼らに説明して、手紙を書かせました。」

そうして書かれた手紙は4つの袋にまとめられ、海軍の隊長さんが自らの乗機に搭載してニューギニアはポートモレスビー上空で豪軍基地目がけて投下してくれたんだとか

無題
Name 名無し 14/12/14(日)21:00:33  No.356733
その後南海支隊はそのポートモレスビー攻略を命じられ結局補給途絶の苦難の中で作戦中止、撤退、西村氏の所属小隊も全滅し

ただ一人生き残った西村氏は他小隊に配属されニューギニア北岸の防備に付きますが、そこでも食糧補給はなく、やがて反攻してきた連合軍との想像を絶する苦闘が続くんですが

その極限状態の中でやむなく斃した連合軍兵士の遺体を食料として利用せざるを得なくなったそうなんですな

「(南方なので)暑いでしょ、すぐに死体が腐るんです。そうするとお腹が膨れてきて、4、5日したら破裂する。すると、物凄い臭いがするの。これはたまらんので、撃ち殺した兵隊は、はらわたを引っ張り出して埋める様になりました」

無題
Name 名無し 14/12/14(日)21:01:47  No.356734
「こっちは、餓死寸前でした。ある時、敵兵の腹を割いて、はらわたを引っ張り出した時に手が汚れているから口でなめたんです。飢えで体が”何か”を求めていますから、血が甘く感じました(略)内蔵の肝です。それでなんとか生き抜きました。血の味を覚えたんですね。血の汁で、塩分の補給も出来たと思いますよ」

西村氏が極限状態で行わざるを得なかったこういう行為の是非について問う気は全くありませんけれど

仮に当時日本軍陣地に侵入した連合軍側が、腹を割かれ、内臓を引き抜かれて一部には食われた形跡もある友軍側の戦死体を収容したとして、それをやった日本軍兵士が、かつて命がけで連合軍捕虜に親切してやったような心優しい人物であるだなんて想像することはまずなかったでしょうな…

無題
Name 名無し 14/12/14(日)21:02:48  No.356735
因みに西村氏はニューギニア戦線から撤退後、次に配属されたのがビルマ戦線と言うよくよくツキのない方なんですが何とか生還を果たされ、晩年はニューギニアの遺骨収集活動に粉骨砕身されちょります

その際に色々伝手をたどって調べていたのが、かつて海軍の航空隊隊長さんに託した件の4つの郵便袋の消息だったそうなんですが

その後、遺骨収拾に同行していた在日豪大使館員の方への調査依頼等で、郵便袋は豪州側に無事回収され内容の手紙も家族まで届いていた事が判明したそうです

ただ、西村氏に手紙を託した当の豪軍捕虜の方々は後に捕虜収容所へ移送される途中、乗っていた輸送船が連合軍潜水艦に撃沈され(恐らく米潜『スタージョン』に撃沈された『もんてびでお丸』)遂に故国に帰ることは叶わなかったそうで

まあ、色々な意味で神様ってのは全く意地悪ですなあ…

無題
Name 名無し 14/12/14(日)22:35:04  No.356740
>連合軍潜水艦に撃沈され(恐らく米潜『スタージョン』に撃沈された『もんてびでお丸』)
>遂に故国に帰ることは叶わなかったそうで

一部の捕虜が駆逐艦に拾われて、日本に移送されたみたい

無題
Name 名無し 14/12/14(日)21:57:27  No.356738
なんか映画になりそうなエピソードですねえw
引用元: http://may.2chan.net/39/res/355697.htm

<管理人>
非常にデリケートな話題ですが、meshさんの話がなかなか興味深いものだったのでまとめました。
当ブログは政治的議論に深入りはいたしません。戦争犯罪について我が国を含め特定国家を非難したとしてもブーメランとなって返ってきます。コメントに投稿する際は今一度内容が妥当なものであるかご確認ください。

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