アクセスランキング

軍事系まとめブログ

軍事・防衛ネタを中心としたおーぷん2ちゃんねる、ふたばちゃんねる等のまとめブログです。 政治的議論に深入りせず知識欲を満足させるようなブログを目指します。

    第26回 連載「フォークランド紛争小咄」パート9
    イギリス任務部隊の出港と最初の遭遇

    文:nona

    image001
    http://news.bbc.co.uk/2/shared/spl/hi/guides/457000/457033/html/nn2page1.stm
    イギリス任務部隊(タスクフォース)の主力は4月5~6日にイギリスを出港。ジブラルタルの部隊と合流し17日(16日とも)にアセンション島に入稿した後、21日には排除海域前に到達した。

     1982年4月5日、イギリス機動部隊は国民の声援の中ポーツマスを出港。フォークランド侵攻から僅か3日後のことでした。一方のアルゼンチン軍はイギリス機動部隊を捜すべく、南大西洋で哨戒飛行を開始。イギリス側はどうにか阻止したかったものの、そこは未だ海上排除区域の外。第三国の民間船に旅客機、果てには情報収集を進めるソ連偵察隊の姿もあり、誤射を警戒して有効な対策を取れませんでした。

    【【読者投稿】第26回 連載「フォークランド紛争小咄」パート9 イギリス任務部隊の出港と最初の遭遇】の続きを読む

    第25回 連載「フォークランド紛争小咄」パート8
    フォークランド紛争の参加兵力、イギリス編

    文:nona

    image001
    http://www.defensemedianetwork.com/stories/falklands-war-l-photos/
    フォークランドを行軍する英軍兵士の有名な写真。ユニオンジャックに括りつけているのは無線機のアンテナロッド。

    今回はイギリス側が投入した兵力の内訳です。

    【【読者投稿】第25回 連載「フォークランド紛争小咄」パート8 フォークランド紛争の参加兵力、イギリス編】の続きを読む

    第24回 連載「フォークランド紛争小咄」パート7
    フォークランド紛争の参加兵力、アルゼンチン編

    文:nona

    image001
    http://www.fireandfury.com/orbats/falklands_argentina.pdf

     今回と次回にかけて、アルゼンチン軍とイギリス軍の投入戦力を紹介いたします。なお、実際の参戦機数は資料によって異なります。絶対数ではなく、あくまで目安とお考えください。

    【【読者投稿】第24回 連載「フォークランド紛争小咄」パート7 フォークランド紛争の参加兵力、アルゼンチン編】の続きを読む

    第23回 イベントレポート「土浦駐屯地&武器学校」

    文・画像:nona

    image001

     2015年10月10日、茨城県の土浦駐屯地で駐屯地開設63周年記念行事が開催されました。陸自の3戦車の走行展示や、武器学校の貴重な収蔵品では様々な再発見がありました。

    【【読者投稿】第23回 イベントレポート「土浦駐屯地&武器学校」】の続きを読む

    第22回 観艦式事前航海で急患発生? 横須賀に救難ヘリ飛来で周囲は騒然

    文・画像:nona



     去る10月12日、私は横須賀のヴェルニー公園を歩いていたところ、海自の基地にヘリコプターが降りる様子を目撃しました。突然の事態に周囲は騒然。実は練習艦「しらゆき」から、急患を乗せ飛んできたヘリコプターだったのです。

     上の動画のUH-60J救難ヘリコプターが飛来したのは12日の14時50分ごろ。場所は海上自衛隊横須賀基地の地方総監部前。この日は横須賀で空母ロナルド・レーガンの一般公開や、観艦式事前公開に参加した護衛艦の見学のため、私はたまたま横須賀におりました。(こちらは別記事で公開の予定です)

     空母の見学を終え、ヴェルニー公園から横須賀基地を撮影すると、なにやら不思議な光景が。

    【【読者投稿】第22回 観艦式事前航海で急患発生? 横須賀に救難ヘリ飛来で周囲は騒然】の続きを読む

    第21回 連載「フォークランド紛争小咄」パート6
    アルゼンチン軍の防衛体制

    文:nona

    image003
    http://www.elcorreo.com/vizcaya/rc/20120203/mundo/islas-discordia-201202030917.html
    当時のアルゼンチン軍兵士。

     1982年4月2日、アルゼンチンによるフォークランド占領で、イギリスはアルゼンチンの想定以上に態度を硬化させました。サッチャー首相は4月6日に戦時内閣を設置。さらに予備役の動員や機動艦隊の編成を始めたことで、アルゼンチンもイギリスが本気であることに気付き、防御態勢の見直しが始まりました。[1]

    【【読者投稿】第21回 連載「フォークランド紛争小咄」パート6 アルゼンチン軍の防衛体制】の続きを読む

    第20回 連載「フォークランド紛争小咄」パート5
    ロサリオ作戦とイギリス軍の抵抗

    文:nona

    前回から続く、アルゼンチンによるフォークランド上陸作戦の第二弾です。

    image001
    https://aquellasarmasdeguerra.wordpress.com/2012/04/29/algunas-armas-utilizadas-en-la-guerra-de-malvinas/
    スタンレーにアルゼンチン国旗を掲げる兵士

    【【読者投稿】第20回 連載「フォークランド紛争小咄」パート5 ロサリオ作戦とイギリス軍の抵抗】の続きを読む

    第19回 連載「フォークランド紛争小咄」パート4
    アルゼンチンの無血フォークランド侵攻計画

    文:nona

    今回から連続で「陸戦中心のフォークランドまとめ記事」となります。

    image001
    http://www.revistanaval.com/fotonoticia/20120514-110010-malvinas-30-anos-despues-2
    戦車揚陸艦内のVPVT-7。

    【【読者投稿】第19回 連載「フォークランド紛争小咄」パート4 アルゼンチンの無血フォークランド侵攻計画】の続きを読む

    このページのトップヘ